今度は何呼ばわりされるのかと思えば
俺はまだ彼女の、アラビアーヌの顔を拝めていない。何故なら全身にマントを羽織ってフードも深く被っていたからだ。
その手だけは見る事が出来ている。ナイフを未だに手放さず仕舞わない彼女の警戒心の為に。
その手はもともとはハリのある肌をしていたんだろうが、この砂漠での逃亡、或いは生活にてカラカラに乾いていた。
若い女性なのだ、このアラビアーヌ。声からして二十台だと思えるのだが。それでも乾燥した空気で喉が渇いていた事で喋るのが億劫なのかもしれない。未だにだんまりなのは。
だが最初に聞いた「何者」と言うその声質からは王家、或いは上流階級と言った響きを俺は感じていた。その短い一言には気品が内包されていたと思えたのだ俺には。
一応は俺はそう言った階級の人物と知り合いが多いと言える。なのでそう言った部分から感じたアラビアーヌは高貴な出だと、そう判断したのだが。
で、ソレはまだ確認できていない。アラビアーヌはまだこの俺の魔法で作ったハウスに入りながらも沈黙を続けているから。
水も飲んで多少の時間が過ぎては居るのだが、喉の渇きも潤って多少は声を出すに体調は整ったと言えるだけの時間は充分過ぎたと思うのだが。
十五分、彼女は黙ったまま。その間に俺が何もしなかった訳じゃ無い。テーブルには追加でお茶を出している。
どうぞ召し上がれ、そんな言葉に対してアラビアーヌは出されたお茶の匂いを嗅いで警戒したり、手に取ってまじまじとソレを見つめていた。
一言も喋らないでそうした時間が過ぎて、やっと温くなった茶をとうとう一口飲んだアラビアーヌが「美味しい」と本心から言っているのだろう小声でボソリと呟いたのがせいぜいだった。
だけどそれだけで俺は充分。
「お茶が温くなっちゃったな。追加でどうぞ。あ、ソレが口に召さないなら果物はどうだ?」
俺はメルフェの実を取り出して茶の横に置く。途端に甘い香りが辺りに広がり充満する。
甘いものは正義、甘味は兵器、女性は甘い物に目が無い。今後俺は警戒心を中々解いてくれない相手にはこうして最終兵器としてメルフェの実を出す事に決めた。
何故ならアラビアーヌがソレに目を釘付けにされていたから。今だ持っているナイフのその手から力が僅かに抜けているのが目に入る。多分無意識に抜けてしまっているのだろう本人からしてみれば。
この反応で俺は「ツカミハオッケー」と思って心の中でにんまりと笑顔になりかけたのだが。
その後のアラビアーヌの反応は俺の描く予想とはかけ離れたモノであった。
「・・・こ、コレは幻の・・・神の・・・果実?」
「え?今なんて?」
まあアラビアーヌの警戒心の強さに只事では無いんだろうなとは思っていた。
だから彼女が何も言わずに去ると言うのであれば追いかけるつもりも、これ以上の助けを出す事もしようとは思わなかった。
だから次にいきなり態度を変えたアラビアーヌの行動に俺は面食らってボケッと間抜け面を晒してしまう事に。
だけども相手が土下座をしているからその俺の顔を誰にも見られる事は無かったのだが。
「お願いしますどうか神よ私をお救いください故郷をお助けくださいどうかどうか服して、服してお願い奉りまする!故郷を我が国をお救いくださると言うのであればこの身この命がどうなろうと構いません!どの様な扱いを求められてもソレを全て受け入れますればどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかどうかあああああああ!」
「え、突然早口で何言ってんのか聞き取り辛かったし、いきなり土下座とか止めてくれませんか?しかも最後の方、壊れかけてる・・・コワー・・・」
生き残ると言うギラギラとした決意、それと同時に故郷を、国を救うのだと言う大きく硬い決意があってアラビアーヌのこのセリフと行動なのだろう。
とは言え、どうしてそうなる?と、彼女の中で俺への印象がどの様な経路で、どの様な帰結に至ったのかがサッパリだ。
だが一つ言える事は彼女は俺に縋っていると言う目の前の事実と、その土下座の根拠が俺の出したメルフェの実だと言う事くらいだ。
助けて欲しい内容がサッパリ分からないのに返事など出せる訳が無い。なので俺はアラビアーヌに先ずは土下座から立ち上がらせ、椅子に座り落ち着いて、そして最初から事情説明を求めようとしたのだが。
「神を相手にあろうことか私は刃物を向けてしまいました!その暴挙と愚昧は許されざる事でありますれば私の様な愚か者が神と同じ場に共に存在する事が不敬の何物でも無く!せめて土下座でお話をさせて頂く事しか許しを得る為の行為を私は知りません!しかも施しを受けても感謝の言葉の一つ、捧げ奉る祝詞の一つも口にせずとの恥を搔いている事も承知の上でその上塗りと思えどもどうか!国を!国を救って欲しいとの厚かましい願いを言葉にする事を止められませんでした!この命を奪うのであれば如何様にも!それだけの無礼を働いてると自覚しております!ここで願いをお聞き頂けず、神の手で直々に命を奪われる覚悟もございます!しかしながらどうか!話を!話を聞いて欲しいのです!どうか!どうか!どうか!」
「いや、だから早口は止めようね?焦ってるのは理解したから。しっちゃかめっちゃかになってるから、無礼も何も気にしちゃいないから、話が先に進まないから・・・うん、命令、深呼吸して落ち着いて最初から事情を話せ。」
もう相手が混乱の極致に辿り着いているこの様子だとこう言った方が早かった。命令、その言葉は強制的にアラビアーヌを黙らせた。
ソレは彼女が俺の事を「神」だなどと崇めているから。こう言えば命じられた事に従わねばと、アラビアーヌはその通りに動くだろうと思っての事だったのだが。
ここで彼女は俺の言う通りに深呼吸もする。それで多少は落ち着きを取り戻したようにも見える。しかし冷静になったからと言って土下座から顔を上げる事すらしないアラビアーヌ。
寧ろ最初から事情を説明しろと言う求めに脳内の整理をしようとしているのか、土下座のままフリーズ状態だ。ピクリとも動かなくなった。
(どうしよう?このまま俺はドコゾのどの様な神様とも知らない存在を演出してその様に振舞って行かないとならんのか?今後も彼女は俺に対して毎度の事こんな過剰な態度で一々話が先に進まなくなるのか?)
毎回早口で話されても困る。いや、聞き取りは出来てるのだが、その中身、話の内容が頭の中に馴染むのに時間差が出てしまうのだ。
所詮は魔法でアレもコレもと何でも出来ちゃうはずの俺ではあるが、いきなりこんな相手とのコミュニケーションに慣れろと言われても無茶であった。
賢者やら魔王やらと言われた俺だが、その中身は至って一般人。突然とも言える目前の異常に即座に対応できる切り替えの早さは持ち合わせていなかった。
しかも今回は神呼ばわりされている。解せぬ。本当に何をどうすればそんな結論に至るのか?
(いや、彼女がどの様な人物で、どんな知識を持っているのかも知らない訳だし。こうして出会ったばかりの俺に理解が出来る訳無いや)
一応は魔法で相手の頭の中を覗く事はできる。しかし余りやりたい事じゃ無い。プライバシー保護と言うヤツだ。
相手の思考を覗くのはあんまり気持ちの良い物じゃないと俺は感じている。まあ今更何を言うのかと言った感じだが。
これまでに何度かやって来ている。きてはいるが、目の前の女性に対してソレをする必要性、と言うか、そんなのは単純にやりたくない。
しょうがないので俺はアラビアーヌが口を開くまで待つ事にした。
ここで無理やり魔力で操って立たせて椅子に座らせる事もできるだろうが。
ソレをやったら彼女は余計に俺の事を「神」認定してきそうで嫌だ。
「足が痺れるだろ?その体勢は窮屈だよね?そのままだと会話がし難いな?俺にそんな難儀を押し付けるつもりかな?」
おい、会話し難いから立てやコラ、を遠回しに言ってみた。そこでやっとアラビアーヌは顔を上げる。
でもまだ土下座状態。しかもフードも取っていないので顔も分からない。立ち上がらせるのにはもう一声必要な様だ。
「もう一度言うね?立って、椅子に座って、事情説明をして?」
苦笑いな顔で俺はそんな一言を告げる。これでやっと覚悟が出来たのか、彼女は大きく深呼吸を一つしてやっと立ち上がり椅子に座ってくれた。
「改めまして、自己紹介をさせて頂きます。私はサハールの第一王女、名をアラビアーヌと申します。」
やっとまともに会話が出来ると思えば、やっぱり高貴な出の人物だった。これに俺は内心で「いや、あり得んだろ」とちょっとだけ思ってしまった。
こんな砂漠の只中で、どうやら「サハール」と言うのが国名らしいが、その王女、しかも第一と来たもんだ。
そんな相手と出会う確率やら可能性なんてどれだけなのか?と。
俺はそう言った身分の人物と何処に行っても知り合う運命にでもあるのだろうか?
ここでアラビアーヌはフードを取って顔をあらわにする。するとそこには肩まである美しい銀髪に、整った顔立ち、目つきは少々吊り上がっていてキツイ、鋭い印象を受けるのだが、まあ、褐色超絶美人である。
「父を暗殺し、私欲を満たす為だけに玉座を奪った我が弟、第一王子のバラハム。奴が私に罪を擦り付けようと画策していたのを部下が察知して国から逃してくれたのですが・・・直ぐに逃げ出さねば命が危うい状況で逃走の準備も最低限以下、行く当ても、頼る相手もおらず、追手も掛かり、途中で部下とはぐれ、仕舞いには砂竜巻に巻き込まれかけ、この様な醜態を晒している始末であります。」
「重たい。何そのやべぇ事情・・・そんなのと出会っちゃう俺ってどうなの?」
「神よ・・・どうか我が国をお救いください・・・このままではバラハムの享楽によって国が滅びてしまいます・・・そのお力でどうか、お願い申し上げまする。」
土下座まではしなかったが、アラビアーヌは再び椅子から下りて床に膝を付いて両手を重ね合わせて俺に向かって祈ってくる。
さて、俺がここで先ずせねばならない事はコレだろう。
「俺は「神」じゃない。だからその呼び方は止めてね?」
神様呼ばわりは勘弁願いたい。これなら賢者と言われた方がマシ。魔王と言われた方が幾分かマシ。
この訂正にアラビアーヌは顔を上げる。祈りのポーズは崩さない。
「俺は遠藤、只のエンドウだ。神なんて御大層な存在じゃ無い。俺は人間だよ?本当だよ?・・・うーん?何でこの果実を見て俺を神だなんて言い出し始めたの?何て言ってたっけ?幻の?神の果実とか言っていた?そんな事とか一切知らないし俺。何がどうなってるの?そこら辺の話とかも聞かせてくれない?」
俺のこの言葉でようやっとアラビアーヌが眉根を顰めて疑問顔に変わった。
そもそもおかしいだろ?と俺はその後に付け加える。
「そもそも、神様ってのはいきなり砂漠で逃走中に出会う様な存在なの?そんなのアリか?俺は最初に自己紹介した時にしっかりと言ったよね?ここに観光に来たって。君が竜巻に追われているのを偶々発見して助けただけだって。この砂漠に詳しいなら案内をしてくれたら嬉しいとも言ったっけ?その際には報酬も出すよとも言ったなぁ。」
この言葉にアラビアーヌが目を何度も何度もパチクリパチクリとさせる。
彼女の内心がその瞬きに良く表れている。「神よ?何をおっしゃられているのか?」である。
まだまだ俺は否定の言葉を続けなければいけないらしい。
「自分の願望が極大に詰まった妄想で目の前を見ようとするのは止めようね?理解が出来ない、みたいな顔をしているけど。世の中はそんな都合の良い様には出来ていないんだよ。何で自分が困っている時に神様が現れて助けてくれるって思っちゃうの?それこそ馬鹿を言っちゃいけない。神様ってそんなに簡単に会える存在?そう易々と人と軽い感じで関わっちゃう様なおちゃらけな性格してんの?自分の見たいモノだけ見ようとして現実逃避してるよ?もしそんな神様と簡単に会えるんだったらさ、それこそ逃げ出さなくても国に居る間に助けてくれたりしたんじゃないか?ちゃんと目の前の現実をゆっくりとで良いから見つめ直してみようか?誇り高い王家の人間なんだろ?ならしっかりとここは気を強く持ち直しなよ?」
散々な目に遭って精神が疲弊しているのだろう。だから妄想に身を委ねて現実逃避などし始めてしまうのはしょうがないかもしれないが。
俺と出会った際のあの時の警戒心、ギラギラした生存への渇望は何処に行った?と言いたい。
「まあ、良いや。最初に言ってあったもんな。ここで休みたいだけ休んで行って良いって。うーん?そもそもが頭の回りが悪くなってるのは栄養が足りて無いからだろうし?だからそんな妄想に突っ走っちゃうんじゃ無いのか?腹減ってる?ああ、なら食事も出そうか。」
俺はアラビアーヌの反応を待たずしてササッと食事の準備をして料理を開始。
そのまま簡単にスープとステーキと野菜炒めを作って出してやった。
これに余計にアラビアーヌは理解が追い付かなくなったと言わんばかりに唖然とした顔になってしまっていた。
なので俺は畳み掛ける。何時までも放置したら冷めるから食べなさい、と。
ここで何時までも長々と唖然とされても時間の無駄だ。食事に手を付けさせるのに視覚的な刺激だけでは無く、嗅覚でも刺激してみる。早めにマトモになって貰う為に手持ちの俺特性ブレンドスパイスを振り振りと料理に掛けてやった。
すると部屋の中が一気に香辛料の匂いで一杯になる。先ほどまではメルフェの実の甘い香りで満ちていた空気がこれで一気に変わる。
アラビアーヌはこの急激な変化でやっとテーブルの上の料理にしっかりと意識を向けた。そして盛大にお腹を鳴らす。どうやら胃腸の方が香りに負けて動き出した様だ。
さて、フォークにナイフにスプーンに箸。この砂漠の国での食事の方法を俺は知らない。
なので色々な食器を出してみたのだが、どれもコレも反応がイマイチ。まさか手掴みじゃ無いだろうな?などと思いながらも俺は使い方を実践してアラビアーヌに見せる。
「うん、もうちょっと塩コショウが欲しいかな?ほら、自由に味付けして食べて良いよ。どうぞ召し上がれ。」
俺は肉を切ってその切れ端をパクッと食べる。焼き加減はミディアムにしておいたのだが、もしかしたらウェルダンがアラビアーヌの好みだったかもしれない。
そんな下らない事を考えながら塩と胡椒をテーブルに並べて俺は食事を勧めたのだが。
と言うか、アラビアーヌは先程からごくりと唾を一度飲み込んでからはジッと動かなくなってしまった。これに俺は何事かと思って問いかける。
「食べて良いよ、って言ってるんだけど、どうしてそんな風に料理を見つめるだけなの?聞きたい事があるのなら、ソレをしっかりと食べ終わったら聞いてあげるよ。どうやらその分だと食事もマトモに摂れて無かったんだろ?ほら、席に付いて。ゆっくり食べなよ。」
俺の顔とテーブルの料理とに視線を行ったり来たり。アラビアーヌは混乱と困惑でどんな選択肢を取って良いのかが決められないらしい。
だがソレも短い時間だった。本能には逆らえなかったんだろう。先ずはスープに口を付けて飲み始めた。
そこからは少しづつだが料理を口に運んでいく。野菜炒め、ステーキ、をゆっくりと噛み締めながら食べている。
その食べている間ずっと不自然なくらいに瞬きの回数が多かったアラビアーヌ。きっと今の自分の状況が信じられ無いのだろう。鼻息も少々荒かった。
だがその食べている姿勢は流石に王族か。美しく背中を伸ばして動きも優雅だ。
そうしてやっと腹を満たし終えたアラビアーヌに再び俺は言う。
「さて、もう一度言うから、ちゃんと理解してね?俺は神様じゃ無い。他の土地からここに観光に来た者だ。この砂漠の国、サハールって言うんだっけ?その神様ってのを俺は全く存じ上げないのよ。で、何でまた俺をそんなのと勘違いしたの?」
しかし俺のこの声は届いていなかった。アラビアーヌは既に寝てしまっていたのだ。
「おい・・・まあしょうがないのか?いや、どうしてこんなタイミングと場面で寝るんだよ。頭の処理能力が追い付かずに落っこちたか?」
砂漠を行き続けた疲れ、刺客やら砂竜巻に追われての死の恐怖、喉の渇きと空腹、強い日差しと焼ける様な気温で体力は限界だったのだろう。
そこに食事を腹に入れて胃に血流が集中したら、精神的な疲労も重なって頭が睡魔で即落ちするのが当然か。
恐らくは碌に寝れずにいたのだろう。こんな一面何も無い砂漠のど真ん中でグッスリと眠れる訳が無い。
「そこにこんな過ごし易い部屋で人心地付いたら、そりゃどんな緊張感をソレまでに持っていたとしても寝ちゃうわな。」
室内温度も湿度も調整しているのだ俺の魔法で。砂漠のど真ん中のオアシス、などよりも余程快適である。
しょうがないので俺は追加でベッドを用意してそこにアラビアーヌを寝かせて起きるのを待った。
そうして既に周囲は暗くなっている。随分と限界だったのだろう。まだアラビアーヌは起きる気配が無い。
俺はハウスの中から出て外の砂漠にて景色をずっと眺めていた。
「こんな絶景見た事無い、って言えば良いのかね?夕日が地平に沈む所から、砂にその日差しが反射してまあ美しい事。夜に段々と変わって行く色のコントラストが綺麗だったなぁ。」
誰も居ない真っ暗な中で俺は一人感想を漏らす。しかし絶景はまだまだある。
「星・・・夜空、月、うん、満足満足。」
暗くなったらなったで満点の星空だ。本当にここ砂漠には余計な物が何も無い。周囲を見渡せば全方位のプラネタリウムである。
このまま砂の上に寝転がってそのまま寝てしまっても良かったのだが、取り合えずソレは止めておいた。
アラビアーヌがハウスの中でまだ眠っているので彼女が起きた時の事を考えておかねばならないから。
こうして俺は心が空っぽになるまで思う存分夜空を眺め続けた後はハウスの中へと戻る。
アラビアーヌは微動だにせずに静かな寝息を立てて眠り続けている。随分と長い眠りだ。それだけ追い詰められていた反動なんだろうなと勝手に納得して俺も寝る事にした。
そうして翌朝。目が覚めると横には土下座のアラビアーヌが。
「え?何で?マジで止めて?起きざまに土下座を目に入れさせられた俺の気持ちも考えて?」
「お願いいたしますエンドウ様。どうか国を救っては頂けないでしょうか?」
「・・・昨日の続きをいきなり?今度はこっちの心の準備ができないよ?朝起きたばっかりでキツイなぁ・・・」
俺の事を神呼ばわりしていないので恐らくはアラビアーヌの中で整理はついたんだと思う。落ち着いて冷静になれているのだと思うのだが。
しかし昨日の「国を救ってくれ」との話を目が覚めた俺に対していきなり土下座しながら開口一番で願ってくるのはどうなの?ってこちらは思うのだ。
まあ冷静になれたとしてもその部分での焦りだけは拭えなかったのだろうなと察する事はしてあげられるのだが。
「はぁ~。先ずは朝食にしようか。話はそれからな?あと、落ち着け。いや、充分に睡眠は取れた?おはよう。」
土下座から顔を上げないアラビアーヌを俺は無視して食事の用意をしてしまう。
だってこれ以上は言葉を交わそうとしても「国を救ってくれ」と求められるだけになりそうだったから。
アラビアーヌの懇願する声には必死さが練り込まれている。練り込まれ過ぎている。
余りにもその切羽詰まり過ぎている状態を本人は自覚できているのか、いないのか。
「さあ、食事にしよう。一緒に食べようか。・・・食べないと話を聞かない。」
土下座から顔すら上げていなかったアラビアーヌを俺は脅す。
俺はここで別に彼女を見捨てたって良いのだ。しかしそこまでの薄情冷血人間では無いのでソレをする気は無いのだが。
しかしここまで極まっている相手にはこちらの対応も極端にせざるを得ない。そうじゃ無いと話が全く進められないから。
この場では俺はアラビアーヌから頼まれている立場であり、その望みを断られたく無ければ言う事を聞け、と言う訳だ。
なので俺は流れを整える。俺に話も、望みも聞いて欲しいならこちらの要求にも従え、と。
「はい、頂きます。」
この脅しに素直に従う所が怖いのだ。どんな事になろうとも自分の事より国の事、そう考えている節がアラビアーヌにはあり、そしてソレを実践しているのだから行きつく所まで行ってしまっている。
アラビアーヌがどこら辺までを限界を設定しているかは分からないが、多分俺が「裸踊りをしろ」とか言ったとしても躊躇いも無く即座に服を脱ぎ始めそうである。
国を救って貰えるなら何でもする、そんな覚悟がアラビアーヌから滲み出ているのだ。
そんな相手にこちらがマトモに相手をしようとしても余計に疲れるだけだ。
こうして静かな朝食は始まった。昨日と同じメニューだが別にそこでアラビアーヌは文句を言ったりはしない。
と言うか、彼女が次に口にする言葉の予想など簡単にできてしまう。同じ言葉を繰り返すはずだ。ソレが彼女の望みなのだから。
ソレは、どうかお願いします国を救ってください、と言った類のセリフだろう。
だからここで俺が先に喋り出した。昨日の事はちゃんと覚えているか?と。
「昨日はどうやらアラビアーヌは随分と取り乱していてちゃんと話が出来ていたか怪しいと思うんだ。だからもう一度おさらいしよう。」
そう言って俺は自分の事をもう一度説明をした。観光に来た事を。サハールと言う国を案内して欲しいと言った事も言っておく。
これにアラビアーヌは食いついた。
「是非にともエンドウ様には我が国の全てを見て頂きたく。」
アラビアーヌにとって見れば救いを求める相手が、その救って欲しい国に行きたいと言うのだからここは乗っかるべきだと判断するだろう。
そしてきっとアラビアーヌは都合良く解釈すると思う。俺が遠回しに国を救う事を了承していると受け止めるに違いない。
(被害やら不利益なんかを被る事が無ければ俺は動か無いつもりだけどな。でも、アラビアーヌが俺を無理やり巻き込んで来るかもしれない所は警戒すべきか)
どんな手を使っても国を救う、そうした一念がアラビアーヌにはある事を俺は察している。
なので彼女が俺を騙し、利用して目的を達しようとする可能性も否定はできない。
そしてその目的とやらを予想するのであれば、バラハムと言っていたか?その男の排除だろう。
(そいつが本当に悪党なら別にソレはソレ、俺にちょっかい掛けてきたりしたら相手するけども。だけど、彼女がワザと騒ぎを起こして俺を半ば無理やり関係させようとしてくるパターンも考えとかないといけないよな)
俺にはこのサハールと言う国に何らの義理も無い。国王を殺してその座に収まったバラハムと言う人物にも別段俺は何らの思う所も無い。
だって俺はこの砂漠に初めてやって来たのだ。そんなお国の裏事情などこれっぽっちも、一ミクロンも知らんのである。
こうしてアラビアーヌを助けたのは偶然であり、積極的に国に関与しようと思っての事では無い。
そもそもがこのアラビアーヌの語る全てが真実かどうかすらも今の俺に確かめる術は無い。
彼女が嘘を言っている可能性だってあるのだ。もしくは勘違い、或いは只の自己保身か。
(それにしては必死過ぎるから完全な虚言でも無いんだろうけど。それでもこの話をどうにも全部が全部、信じちゃいけない気がするんだよなぁ・・・)
本人が思い込んでいると自分の都合の良い様に話を整えて人に伝えると言った事もある。その場合は俺の魔法で相手の心理を覗いて見た所で嘘かホントか判別は付かない。
何せ本人が「本当だ」と信じ込んでいれば俺はその心を魔法で受け取るに過ぎないから。
そう信じ込んでいるので、ソレを嘘、或いは真実、もしくは勘違いと気づかず、察せず、理解できずと、主観からの目線でゴチャゴチャのままで客観的な視点が抜けて自らの感情に合わせた話を作り出してしまうのだそうなると。
なので整合性が付いていなくてもソレを何ら疑わずに自分の都合の良い言葉で整えて口に出してしまう。
今ここにアラビアーヌの話を肯定も、否定も、訂正もしてくれそうな第三者はいない。
なので俺が自分の目で見て、体験してみないとどうなるかは分からない。
俺は積極的に動くつもりは無い。アラビアーヌの願いを叶えてやるつもりは無いのだ。
だけども、もし、これでサハールの観光で俺がバラハムとやらから害を受けそうになったらその時はやるつもりだ。
何が本当で、何が真実かを自分で調べる気でいる。
しかし俺はそうならない事を願うばかりだ。
(普通の観光がしたいんだよ、俺は)