パーティの後に
俺と料理長は会場に作られた簡易舞台の上に居る。そこでメリアリネスに紹介されていた。
料理長は今回の料理を作った者としてその名を呼ばれ、そしてその料理の味を褒められている。
名誉だ。これは料理長にとって。こんな大舞台、女王主催のパーティでこの様な抜擢をされてしかも客たちの面前で名をこうして呼ばれて王からの称賛を得たのだ。これ以上は無いといっても良い事であろう。
そしてその次は俺だった。今回の特別枠、サプライズをした者として俺の名が呼ばれる。
塩釜焼はどうだったか?と、そんな質問が女王の口から今回の客全員へと飛ぶ。
これに客たちの反応は様々複雑だ。ありとあらゆる感情や気持ちと言うのが渦巻いている様に見えた。
だがそんな中にも料理の名前「塩釜焼」という言葉に着目している客たちも居た。恐らくはこの料理の再現をしようと試みるだろうそう言った者たちは。
そこで俺に対してメリアリネスから説明をして欲しいとの言葉を受けた。
なので今回の塩釜焼の「調理」の説明をする。もちろん俺が今回この場で見せた方法の解説だ。
先ず使った食材は何か?ソレを魔法で実物大を映し出して客たちの前に御開帳である。
ソレを見た一部の客が泡を吹いて気絶した。まあ見た目がヤバいので心胆小さい者は一瞬で気を失ってしまったのだろう。まあ使用したその魚魔物の大きさも問題だったと思う。デカいのだ。迫力は満点を超える。
すると客たちの中から悲鳴が飛ぶ、飛ぶ。魔法で再現した魚の魔物の見た目に悲鳴、倒れた貴族に驚いて悲鳴、気絶する者の悲鳴。会場内はもう阿鼻叫喚。
それがある程度収まるまでは俺は魚の魔物の立体映像をずっと出し続けている。
そうしてやっと場の悲鳴がある程度出て来なくなってから続きの説明だ。
魚の魔物の立体映像を使ってソレを三枚おろしにする映像を流す。その切り身が今回使われていると俺はここで一言説明を入れた。
そして今度はその切り身の映像の横に大量の塩と卵の白身を混ぜた映像を付け加える。
そのできた塩で切り身を完全に包んで火で熱を加える所も映し出す。
実物で今ここで料理をして見せている訳では無いのに、これに客たちの喉から大きな大きな「ゴクリ」と喉を鳴らす音が響いて来たのにはちょっと笑いそうになった。
食べた時の事を思い出して唾液が大量分泌されたのだろう。あの一口だけしか味わっていないのに「梅干し反応」みたいな事になっている状態だ。余程衝撃が大きくて脳内に焼き付いたのだろう。
その焼き付いた味が今後一生忘れられなくなったというのは、それはかなりの残酷な事である。今後の生涯にてもう一度味わえるかどうか分からない、それくらいの料理となってしまったのだ客たちにとっては今回の塩釜焼は。
ならばソレをもう一口だけでも食べたいと願う者たちが多くなる事は火を見るよりも明らか。それをまた食したいが為だけに、女王陛下へと擦り寄ろうとする食道楽が現れたりもするかもしれない。
そんな者たちとは同じにはならない様にと、調理法をしっかりと覚えて帰ろうとする客たちの数もまた多くこの場にある。俺が映し出す映像を隅々まで見逃さない様にと、その視線は鋭い。
こうして俺は調理法を見せているのだが、まあ料理の味を完璧に再現をできるかどうかを保証した訳では無い。
使う食材も同じ物を揃えられるかどうか?と言った問題もあると思う。パーティ本番までに他の食材で塩釜焼を幾つか作って試食、食べ比べをしてみたりもしているが、今回使っている魚の魔物の味を超える食材は無かった。再現しようと試みる者はここでも大いに頭を抱える事となるだろう。
料理一つでこれ程に威信を見せつけている。メリアリネスとしてはこのパーティは大成功と言えるモノとなったはずだ。
客の中には俺の事に気付いている者が大半だった。俺が「魔王」とこの国で陰口言われている存在であり、そんな人物がメリアリネスのパーティに協力しているとなれば貴族たちはこの事実に震え上がった者も居た事だろう。
こうして俺が料理の解説をしてパーティは御開きとなった。最後の最後で肝っ玉の小さい客が気絶して倒れると言うハプニングがあったりもしたが。
しかしそれは全体からしてみれば些細な事だ。メリアリネスの目的は達成できたといっても良いだろう。
「俺と女王陛下は仲良しですよ、ってアピールを見せられただけで充分ってか。まあ後はその事をどうやってメリアリネスが上手く利用できるかに掛かってるからな。俺はここでお役御免ってな。」
今回の件もやはり俺の行き当たりばったりな即興での思い付きで全てが終わった感がある。
しかしメリアリネスのやろうとしていた事は全部クリアできたのではないかと思う。
このパーティでメリアリネスは貴族たちへ強い印象を与える事に成功している。料理しかり、俺との繋がりしかり、と。
今後どの様にコレを利用して政治を動かすかはメリアリネスの判断一つである。そこに俺は介入する気は無い。
「あ、バカをやろうとしていた貴族のボンボンはどうなってんのかな?俺の気にする事じゃねーか。」
王弟を担ぎ上げて現王を引きずり下ろす計画を話し合っていた者たちはどうしているだろうか今頃は。
気にも留めていなかった、完全に忘れていたのだが、今になって思い出してみたらそいつらはパーティに参加していた様に思う。
「・・・おい、確かそいつら全員気絶して無かったか?」
パーティはもう終わって俺は今客室でまったりと過ごしていた。
直帰でも良かったのだが、メリアリネスからの伝言を受けたメイドさんに呼び止められて俺はこうしてこちらに案内されている。
どうやら俺と話したい事があるとの事で。
「俺には別に無いんだけどな。パーティの大成功おめでとう、って言っておけば良いのかね?」
パーティの主催者だからと言って楽が出来る訳じゃ無い。メリアリネスは後片付けの方にも力を入れねばならないのだ。
部下たちに任せられる部分もあれば、メリアリネスが直に指示を出さなければならない所もあったりするんだろう。
俺はこうした大きな催し事などやった事など無いのでそこら辺の苦労とやらは分からない。
メリアリネスは一向に姿を見せる気配は無い。だからと言って俺は魔力ソナーで今の状況を探ろうとも思っていない。
王様と言う立場の者が主催したパーティなのだ。時間も手間も労力も人員も金も神経も使った後だ。使用人たちも片づけの速度は落ちているはず。
メリアリネスがひと段落して時間が空くまでに、こうして俺が待ちぼうけになってしまうのは致し方ない事だ。
そんな待たされている俺がなるべく飽き無い様にと気にしたんだろう。お茶の用意もしっかりされてテーブルにはどっさりと色とりどりの菓子が並べられている。
メリアリネスと俺との仲である。そこまでの気を使わないでも良いと思えるのだが、どうやらそこら辺はケジメとして向こうは受け止めているっぽい。
「俺も疲れたからなぁ。ダラダラして癒しの時間をこうして取るのは別に悪いこっちゃ無いんだよね。」
きっと城の中はまだまだ暫くは片づけでドタバタし続けるのだろう。そんな中でこの客室の中だけは静かだ。贅沢な時間である。
こうしたゆっくりと過ぎる時間をここ最近は感じずにいたな、と気づいて苦笑いする。
ノトリー連国の情勢が完全に落ち着いたらまた旅行に行こうなどと考えていた事を思い出して再び苦笑いが続く。
「落ち着きは何処に行ったんだ、俺の中で迷子か?今度は砂漠を行こうなんて思っていたんだったな。・・・あ、砂漠に捨てたノトリーのクソ議員どもはとっくにもう干乾びて死んでるかね流石に。」
もし万が一にでもまだ生きていたとしたら、助けてやっても良い。しかし俺はソレを直ぐに否定する。
どう考えてもあのメンツで生き残れている訳が無いな、と。砂漠のサバイバルで生き残れそうな可能性などあいつらの中には原子の一粒も無さそうであるからして。
そんな下らない事を考えていたらメリアリネスとアーシスが部屋に入って来た。
「遅くなって申し訳ありません。それでは、聞いて頂きたい事があります。」
神妙な顔で俺にそう言ったメリアリネスは俺の座るソファーの対面に座って説明を始めた。
その内容と言うと、ざっくりとまとめてみれば別に簡単だった。
魔改造村を将来的に、先ずは30年を掛けて神選民教国に取り込みたいとの事だった。
しかしこれは今メリアリネスがそう考えているだけであって他の貴族や大臣などには相談していないとの事。
俺としては30年と言う歳月を掛けての取り込みと言うのは何だか気長だなぁと思ってしまったのだが。
と言うか、こっちの世界での国の常識として一地域を取り込むのに30年と言う数字は遥かに早いと言えるのではないかと考えを改める。
インターネットも無い、電話も無い、そんな状態での遠い土地での政治のやり取りと言うのは相当な時間を取られるモノだ。
国と魔改造村での政治のやり取りを交わすのに多大な労力が必要となる。
(ああ、だから地方代官として権限を託してその人物の采配で治めろって派遣されるんだよな)
細かい、そして幾度ものやり取りをしないで済む様にと一気に全ての管理権限を派遣代官に背負わせて送り出す。そう言った方法をこちらの世界の政治は取る事を思い出す。辺境伯?とか言ったりするんだろうかこういうのは?
報告書は国へと送るだろうし、本国はその書を元に修正方針などを返してざっくりとした方向性は合わせると言った感じになるのか。
俺はこの世界の政治に詳しく無いし、そもそも政治と言う中身の詳細をざっくりとしか理解していないと言える。
なので任せた。
「良いよ。メリアリネスがあの村を悪く扱わないって約束するなら別に俺は文句は付けない。だけどもし村民への弾圧やら排除なんかをその派遣代官がやらかす様な事があったら容赦はしない。あそこの村は今住んでいる彼らの物だ。それを基本に置いてくれていれば実効支配でも、ノトリー連国に正式に戦争して奪い取っても構わない。俺が土地も村の基礎も作ったし、ソレをただ彼らに引き渡しただけと言えるんだけどね。でも今は俺は別段これと言って村の経営やら運営には口の一つも出して無いし、手を離れたって言えるかな?だから今は住んでいる彼らの村なんだよあそこは。」
俺がノトリー連国で奴隷を買って村に住まわせたのだ。しかし今は彼らは奴隷でも何でもない。あの村の住民だ。
「俺がノトリー連国からかなり無理やり切り取った感あるけどね。そのノトリー連国も俺が既に色々とやらかしてる状況だからこっちの国があの村を取り込むって話も俺が一言口を挟むだけで話はスイスイ進むと思う。・・・メリアリネス、女王としての任期がこれしちゃうと長くなっちゃうんじゃないの?」
俺は気づいた。早く弟に王の座を引き渡したいと言っていたメリアリネスである。
まだ他に漏らしていない話だと言っているが、この魔改造村の吸収の話を始動させてしまったらきっと王の椅子から腰を上げる時期がかなり後になってしまうだろう。
なのにコレを今俺に話すと言う事はそこら辺の覚悟が出来ていると言う事だ。
「・・・その弟が、トリネールがこの度のパーティで食した料理に、はぁ~・・・魅了されてしまいまして。自分は料理人になる、などと言い始めた次第です。そもそも別室に弟を隔離してあったのです。王の座に擦り寄ろう、私をその椅子から引きずり下ろしたい者たちを遠ざけておくために。ですけれど、食事はパーティで出した物を乞われたので、出したのです。自らが出る事の出来ないパーティの、せめて料理は口に入れたいと願うモノでしたから。それくらいはと思って許しましたけれど。しかしソレが、いけなかった。」
疲れた様子でメリアリネスは肩を落とす。これはどうやら予想外の事だった様だ。
その食事に感動した弟さん、料理長に弟子入り志願をしに部屋を飛び出してしまい、そのまま興奮して会場の前まで来てしまったらしい。
側近に会場内に入る事は止められたらしいが、俺が中でアトラクションをしていた真っ最中を覗き見たと言う。
ソレで出来上がった塩釜焼に興味深々。部下に一皿取りに行かせてソレを隠れて食べてしまったらしい。
「あー、うん、料理長の作った食事、美味しかったもんな。それで・・・その、まあ、俺もそこまで気にして無かったわ。何か変な動きする奴が居たのは分かってたけどそこまで気にも留めて無かった。あー、そっか。廊下で食べてた奴って弟さんだったのね・・・」
会場でアレコレやっていた時にその事に気づいていたけど、そこは会場に居た客たちへ意識が大きく行っていてそんな事に構ってはいなかった。
塩釜焼を取りに行かせられたその部下もそんな事になるとは思っても見なかったんだろう。
その一口を食べてしまった弟さんがどうやらそれで余りの美味さに覚悟が行く所まで行ってしまったと。
だからメリアリネスはこの話を俺に持ち込んで来たと言った流れか。
そんな事になるだなんて俺にだって予測など付けられはしない。これには苦笑いしか出ない。
メリアリネスにとっては苦笑い所で収められる事では無いはずだ。俺は他人事としてしか見ていないからこんな反応しかできないと言うだけである。
今この場では澄ました顔であるが、メリアリネスは内心ではきっと「コナクソ!」と非難をバカスカと思い浮かべてそれを脳内の俺へと浴びせている事だろう。
ここでメリアリネスはもう一つ話を切り出した。
「そこで、貴方に頼みたい事があります。受けてくれますよね?」
そのニッコリ顔が恐ろしい。ここまでの疲れた様子から一転していきなり姿勢を正して俺へとそんな作り笑顔を向けて来たメリアリネスの有無を言わさぬ圧力が怖い。
「受けて、いただけますよね?」
「・・・いや、その内容を先に言えよ。何でそこを説明せずに話を押し通そうとしてくるんだよ、コエーよ。」
「何かあったら相談しろと、協力するとおっしゃっていましたが?受けて、頂け、ますよ、ね?」
圧が上がる。滅茶苦茶上がる。これまでのメリアリネスからは一度も感じた事の無い程の圧力だ。俺はこれに逃げ出す心構えをする。
しかし、遅かった。アーシスが俺の背後に回って肩をがっしりと掴んで逃さぬ様にしてきた。
別に俺はコレを無理やり引っぺがして逃げ出す事も可能だ。しかしそんな事をしてまで逃げ出すと言うのは大人げ無い、非常に大人げ無いのだ。
そこで俺は折れてしまった。
「・・・分かった、分かったから肩の手を退けてくれ。別に強く掴まれている訳じゃ無いのに何だか訳も分からず無茶苦茶重いんだよ・・・」
「言質は取りました。やって頂きます。責任を取ってください。」
メリアリネスのこの言葉に嫌な予感が一気に膨らむ。そして入って来たのは料理長。
「エンドウ殿、いや、師匠と呼ばせて頂きましょう。私に魔法を御教授して頂きたい。」
ソレはまさかの、料理長が俺へ弟子入りしたいとの申し出。
「おいおい、マジかよ・・・」
「料理の道をより究める為には魔法を使える様になるのが良いと判断致しました。」
料理長、思い切った判断をし過ぎ問題。ここで追加がメリアリネスから。
「弟が料理長に対して塩釜焼を作れないのかと質問してしまったんですよ。そこで料理長は思いついたらしいです。魔法を使える様になれれば、より様々な調理法に挑戦しやすくなるのでは?と。エンドウ殿の塩釜焼を見てどうやらずっと気にしていたようです。そして結論、自分が使える様になれさえすれば、やりたい放題だと気付いたそうで。さて、責任を取って頂きますよ?」
俺はここで一つ、根本的な疑問を口にしてみた。
「なあ?魔法を使える様になる為にはどうしたら良いんだ?素質とか無いとダメだったりするのか?」
「貴方がソレを聞くんですか?しかも私に?」
メリアリネスは呆れた顔になって俺を見る。散々俺が「有り得ない事」を目の前でして見せたり、体験させたりしているので「今更お前は何を聞いトンのじゃ?」と言った感想なんだろう。俺の事が心底間抜けに見えた事だろう。
俺には確かに師匠がいる。マクリールだ。魔法を学びたいと言うのであれば俺では無く師匠に会わせて勉強させた方がしっかりと基礎知識から分かりやすく学べると思う。
「いや、何で俺なんだよ?この国にも魔法を専門にしてる部署か、研究所か、学府があるんじゃ無いのかよ?そっちで学べば良くね?」
自国にも魔法を学べる場所があるはずだろうと俺は指摘した。けれどもソレに返って来た答えはというと。
「彼らは私に魔法を教えてはくれぬでしょうな。魔法を料理に使うなどと言う発想自体が彼らには無い。なので幾ら説明をし、説得を試み、熱意を伝え、利と理を説いても、恐らくは「侮辱」だと彼らは捉えて教えては貰え無いかと。」
どうやら「プライドが許さない」みたいな感じでこの国の魔法使いは料理長に魔法を教えないだろうとの事。
だからこの国とは全く関係無い俺を頼ったと。道理は通っている。だけども言っておかねばならない事が一つある。
「それ、一度でも実際に試しに言ってみた?ソレで拒否されてるなら納得するけど。」
正直に言って面倒そうだから拒否したい。もうそろそろ仕舞いになりそうではあるが、俺は今ノトリー連国の方に関わっている案件があるし。
しかし既に俺は言質を取られている。それを「やっぱり嫌だ」と断るのもどうかと考えてしまう。
ぶっちゃけ、料理長に魔法を使える様にさせられるとは思う。だけども使える様になったら料理長、その魔法の研鑽の為に俺に指導を求めて来るはずだ。
マクリール師匠はそもそも魔法を使えたから俺のアレコレと解説した内容を直ぐに身に着けていったが。
料理長は魔法なんてそもそもが使えなかった人物である。そんな人が自分の納得がいく魔法での調理法を使える様になるまでどれくらいかかるだろうか?そうなれる迄の期間は俺がずっと面倒を見ないとダメなのだろうか?
そんな長い年月を料理長と同じくするなんて勘弁である。魔法を教えると言うのは別にやぶさかではないが、そう言った理由でちょっとコレは拒否したい。
「確かに、ソレを一度でもしっかりと確かめてからお願いに上がるのが筋で御座いましたな。まあ結果は見えているのですが。」
料理長はそう言って不躾な頼みだったと口にする。しかし十中八九は拒否られるとも付け加えている。ここでメリアリネスが補足する。
「私が命令書を出せば有無を言わさずに、とは出来ますが。軋轢を生じかねないのでやりたくは無いのです。」
無駄に妙な部分で軋轢を作るなんてやりたくは無いだろう。俺に話を持って来たのは当然な件だった。
「はぁ~、しょうがねえ。取り合えずは分かったよ。だけど、やるのは明日以降からにしようか。今日はもう疲れてるだろ?と言うか、弟さんが料理長に弟子入りしたいって押し掛けたのに、その料理長が俺に弟子入りを頼んでくるとか?ちょっと所じゃ無くどうすんの?」
長時間の調理作業での疲労が回復出来てはいないだろうと言う事で今日は休む様に言う。そんな状態で今から、などとは俺も流石に言わない。
と言うか、本当に弟どうするつもりだ?と聞きたい。メリアリネスはこの問題を何と言って弟を諫めるつもりなのか?
しかしその点をメリアリネスは何も答えない。苦い顔になるばかりだ。料理長も小さく溜息を吐くだけ。
二人がそんな態度なので俺はそれ以上首を突っ込まないでおく。藪蛇、地雷を踏むのは嫌である。
こうして俺は料理長に魔法を使える様にさせる事となった。
そうして翌日。俺はあの後にワープゲートで自宅に帰って就寝。午前中はノトリー連国の方の巡回をして終わり、午後はまた城へ。
調理場に顔を出してみれば居る。料理長が。
「あー、すみませんね。昨日は何も取り決めないで帰って。明日以降とか言ってもじゃあどれくらいの時間に、とか決めておくべきでしたね。」
「いえいえ、私の我儘を聞いて頂いている様な形になっていますから、そこはエンドウ師匠の御都合の宜しい時にこちらが合わせますとも。」
「で、教えてやらんって?」
「・・・やはり断られましたね。理由も述べましたが「ふざけている」と一蹴されました。」
魔法は便利だ。水も出せるし、お湯も当然。火もつけられるし、乾燥だっていとも容易くできてしまう。凍らせる事だって簡単だし、粉砕したり摩り下ろしたりも魔法で一発。
これ以上の便利な事なんて恐らく無い。料理にだけじゃ無くどんな事にだって応用が出来てしまうこんな不思議パワーだ。身に着けたいと、自由自在に使える様になりたいと思ってしまったらチャレンジしたくなるのは当然だ。
「あー、俺は教え方が凄く下手糞かもしれない。訳が分からなかったり、意味が理解でき無かったりしたらちゃんと納得できるまで俺から言葉を引き出す様に質問を繰り返してくれ。魔力は俺が譲渡できるから幾らでも満足いくまで魔法の発動は試してみてくれて構わない。とは言っても限度ってのがあるから休憩も取らせる。集中し過ぎて周りが見えていないと言うのは危ういからな。研究者ってのはそう言う所が自分で見えてないって事があるし。料理長もそう言った類だろ?」
「ええ、お恥ずかしながら。より良い物を生み出す為には?と考えてしまうと何もかも忘れてソレに没頭してしまいますな。気を付けねばならない事ではあるはずなのですが、自身で止められぬモノでして。何時も弟子たちに注意をされてしまう始末です。」
「まあ取り合えず今時間はある?始めちゃおうか。こういうのはどうせならその弟子?の人たちもできる様になっておいたら良いんじゃ無いか?別に料理長だけにしか教えない、何て事はしないよ?」
「なら私の弟子を五名程ですが、宜しいでしょうか?では、おーい、お前たち、今日の朝に通達した通りだ。私はこれから魔法を学ぶ。しかしこれに興味のある者は共に学んで良いとの許可が出た。お前たちの中で魔法を使える様になりたいと言う者はこちらに来る様に。」
この調理場の端に集まっていたその五名の料理人はこの言葉にゆっくりと俺たちの方に近寄って来る。
おずおずとしたその態度はどうにも魔法を学びたいと言った感じでは無いのだが。しかしこうして近くに来たからには俺の講義がちゃんとその耳に届く距離だ。
「じゃあ始めよう。とは言っても、俺も自分で事細かに魔法の事を理解できている訳じゃ無いってのが何ともな?それはこの際だし置いておくしか無いな。」
こうして俺は自分のこの世界で知り得た「魔力」「魔法」を丁寧に、しかしなるべく解かり易く簡潔な言葉で説明していく。
それだけで一時間はあっという間に過ぎた。切りの良いと思った所で俺は一度話を区切って休憩とする。
「それじゃあここで一旦休憩にしよう。と言うか、別にクソ真面目に話をするんじゃ無くてお茶でも飲みながら菓子でも摘まみつつ説明したって良いよな?次からはそうしよう。」
別に俺は学校の授業をしている訳じゃ無い。そもそもどの様な形を取るにしたって最終的に料理長とその弟子の五名が魔法を使える様になれば良いのだ。凝り固まって俺の話を聞く、などとしないでも構わない。
寧ろリラックスして何らの緊張感も無く話を聞いていた方が気持ちも楽だろうし、疑問がその都度出たらその時に質問を口に出しやすい雰囲気は必要だ。
そうして十分の休憩の後は魔法の説明の続きを話す。もちろんお茶と菓子をテーブル出している状態で。
「と言う訳で、この魔力、生きているのなら必ず持っているって事で、後はソレをどの様にして増やすかって事なんだけど。・・・あー、魔力回復薬どうするかなぁ?」
そもそも料理長の「魔法を使える様になる」と言うのはどの程度の所までを求めているのか?そこら辺を聞いておかねばならなかった。
そして聞いてみれば案の定。
「エンドウ師匠の様に、ですな。なので師匠。塩釜焼をお作りになる際にはどの様な感覚で魔法をお使いになられているのかを一つ、参考に説明をして聞かせて頂けませんか?」
「・・・あー、難しいなぁ言葉にするのって。でも、聞きたいんだよね?うーん?じゃあちょっと考え纏めるからちょっと待ってくれるか?」
モチベーションと言うモノがある。俺の塩釜焼を作っている時の感覚と言ったモノが料理長は気になるのだろう。
イメージを沸かせる為にも確かにそこら辺をなるべくなら伝えるのが魔法を使い熟せる様になる為の一つの要因にもなり得る。
当人のヤル気も上がる材料となりそうなので俺はしっかりと言葉を選んで少しづつ順を追って塩釜焼を作っている時の説明をしてみた。