さあ、パーティの始まりだ
そうして本番の日はやってきた。調理場は戦場だ。先日にお邪魔した際に居た料理人以外にもここにはもっと多くの人員が配置されていた。
調理専門、盛り専門、運ぶ専門、会場へとそれらの料理を運ぶメイドさん、ドリンクの準備担当、などなど。
百人近くだろうか?それくらいの人数が出ては入って、入っては出てを繰り返している。
そんな中で俺のここでの出番は倉庫みたいな物だ。料理長から指示を受けてインベントリ内の食材をその都度取り出して並べていく立場である。
ここで今パーティに使う食材を一気に放出するとソレを置く場所だけで相当な広さを使ってしまう為にこの様な立ち位置になってしまった。
俺の塩釜焼はパーティが盛り上がって来るだろう中盤に会場のど真ん中でアトラクションの様な感じで調理する所から始める予定となっていた。
コレを決定したのはメリアリネスだ。それまでは俺はこの調理場での冷蔵庫代わりである。別に俺はその点に文句は付けていない。
俺は協力すると言ってあるのだ。ならばコレは女王仕切りのパーティである。その最初から最後まではメリアリネスの決めた通りに事を運ぶのが筋である。俺が横からこれ以上に口を出す部分は無い。
そうして大分落ち着いて来た調理場に声が掛かる。それはやや緊張した感じの女性の声。どうやら俺を呼びに来たメイドさんである。
「え、エンドウ様!ご、ご準備をお願い致します!」
その呼び出しに料理長が頷く。そこで俺は事前の話し合いの予定通りに残りの食材を一気にインベントリから出して並べていく。まあ一気にとは言ってもまだまだ在庫は大量にインベントリに残っているが。
俺がコレから会場入り、と言った所でここで料理長の声。
「私たちも一旦ここで休息を取る。しかしその時間は短い。集中して休む事。体全身の力を抜いて各自次の戦いへと体力を戻しておく様に。」
料理長、厳しいお言葉である。しかしこれには慣れているのか他の料理人は一斉に規律を以ってして椅子に腰かけ始めてジッと目を瞑って調理場がまるで葬式場にでもなったかの様に静まり返る。これに俺は流石にビビる。
しかし俺には俺のやる事があるのでその場を早々に去ってメイドさんの案内でパーティ会場の入り口前へと到着だ。
今回の流れは既に話し合いをして頭の中に入っている。その通りに俺は動くだけだ。
(変な緊張感が・・・ああ、でもちょっと懐かしい様な?)
お披露目と言うのは何時やっても絶妙な緊張感だ。ここ最近はこういった場面になる様な事は無かった。
そんな俺の気持ちなど関係無いと言わんばかりに扉が開いていく。俺はそのまま大勢のパーティ客の視線を浴びながら会場のど真ん中に準備されたテーブルの前に。
このパーティは立食形式である。所狭しとパーティ会場には様々な料理が並べられていてソレを客たちは結構な勢いで食していた様だ。
珍しい海産物の料理で、しかも新鮮である。誰もが誰もソレに注目し、食べる事に対して遠慮をしていなかった。食べる機会の少ない代物だと言って喜んで食しているのだ。
狙い通りである。これ程の物を揃える事が出来るメリアリネスを舐めて掛かる様な貴族は今後は減るだろう。
そして俺がコレから行う料理を置くテーブルの上には大きな大きな、それこそどんだけ巨大なんだよ?と思わず口に出てしまう程の大皿。
皿を置いているテーブルと同じくらいの大きさの円形の皿。中華テーブル?位の大きさの円形テーブルと同じだけの大きさの皿なんてどうやって用意できるの?と思えた。
メリアリネスは短い間にこの皿を作れる職人を探して急ピッチで製作させたのだろう。
(言ってくれたら俺が作ったんだがなぁ?何でそこで遠慮するのかね?いや、寧ろ忘れていた?)
何をどう言っても「今更」である現状だ。今回の俺がやる塩釜焼には必要な大きさの皿だったのでソレはもうどうしようも無い。俺もそこら辺の事まで考えていなかったのが悪い。
当日その時になったら魔法で自前で用意するつもりだったし、俺がメリアリネスに一言ソレを言わなかったのも悪い。
俺はそこら辺の事を今は忘れてインベントリから巨大な切り身を取り出す。もちろんこれは例の魔物の魚の身である。
既に切って下ろして身だけ、しかも魔法で骨も除去した完全に身だけの食べやすい状態にしてある物だ。
魔法でソレを空中に浮かせている。2m近い体長の魚の切り身である。それが二枚ある。
下ろした際には三枚下ろしにしているので当然これらを使って二つの塩釜焼を作る事になるのだが、追加のもう一枚は一枚目が無くなってから作る手はずだ。
ここで既に客たちからは声がざわざわと漏れて会場を騒がしている。
どうやら信じられ無い大きさの切り身が出て来たと言った感じでそこに注目、驚いている様子。
(まあしかし、まだまだ驚愕して貰うんだけどな)
アトラクションはまだこれからだ。塩釜焼はそもそもここからが面白い所なのだ。
既に白身を混ぜ込んだ塩をインベントリからまるで練り消しゴムかの如くに魔法で操って引っ張り出す。
コレを目にした客はぎょっと目を見開いて先程まで喋っていたのに驚きで一斉に黙る。
その俺の操る塩が切り身にグネグネと取り付いていく光景に「おぉぉ・・・」と妙な感嘆の声が客から漏れていた。
しかし本番はもっともっと先だ。その塩が切り身を包んでいくのだが、その造形がドンドンと「元の魔物の姿」に変わって行くと客たちが引き始める。
再現した体長こそ小さくコンパクトに纏めた物となっているが、その見た目の凶悪さは完全再現だ。
ソレを操って俺は客の前にその「塩の魔物」を泳がせて見せて近づける。
すると全員が全員それにビビッて「ひえァァァ!?」と逃げ惑う。取り合えず前後左右にその塩釜焼を接近させて客に悲鳴をある程度上げさせた後に俺の前に戻す。
その後は調理だ。もちろん魔法での演出は欠かさない。
先ず幾つもの炎を出現させる。それを塩釜焼の周囲に近づけるのだ。
そうして炙られる塩釜焼。内部への過熱具合は魔力ソナーで観察しているので火加減は完璧だ。
そして完成間近になった時にもう一度演出を挟む。炎を一気に燃えあがらせてから消すのだ。
これに客たちの視線は釘付け。その後に俺は「出来上がりです」と告げるのだった。
そして次には追加でこう告げる。
「勇気ある方はこちらへどうぞ。さて、記念となる一人目はどなたが?」
そう、見た事も無い演出、料理だ。先ずコレを最初に食べる勇気のある者は居ないか?と聞いたのだ。
しかし誰も声を上げたりしない。まあソレもそうだろう。
俺が操ったこの塩釜焼の「元の魔物の姿」にビビッて悲鳴を上げていた者たちの方が多い。全く怯まないでいられた人物はそう多く無かった。
そんな数少ない勇気か、或いは胆力がある者が目立つ事を嫌う傾向にあったりしたら、何時まで経っても誰も近づいて来ないかもしれない。
ここに集まっているのは貴族だろう全員が。俺はこの国の貴族たちの性格やら行動の傾向など一切知りもしない。
だからここで誰もこの塩釜焼を割る第一手をやってくれる者が出なかったら俺がやるしかない。
と、ここで前に出て来た勇者が。
「私が最初に頂いても宜しいか?」
それはエラルドだった。文字通りこの国で勇者と指定されている人物である。今のバラスガルド侯爵家の当主をしているんだったか。最後に会ったのは大分前なので彼の今の状況を俺は知らない。
とは言え今はソレは関係無い。俺は木槌を彼に渡して伝える。
「さあ、この魔物を叩いて砕いて中の絶品なるその身を取り出し味わってください。ああ、量は最初に見せた分だけしか用意できませんでしたのでホンの少量しか味わって頂けないのですが、ソレで充分と言える味であるとここで先に言っておきます。なるべく大勢の方に味わって欲しいと言うのが女王陛下の願いですのでね。お代わりは無しで皆さんご了承を。きっと一口食べたら二度と忘れる事の出来ない経験となる事でしょう。それを保証しますよ。」
俺は煽った。美味しいよ、と。しかしこれで一斉に客たちが近づいて来ると言う事は無い。
エラルドに注目をしているからだ。その手の木槌が上げられ、そして塩釜焼へと振り下ろされる瞬間を見つめている。
そして割られた。何とも表現し難い音がしてその割れた部分から優しい香りが漏れ出て来る。
ソレを間近で嗅いだエラルドは驚いたのか大きく目を見開く。
その後はメイドさんがテーブルに近づいて来て割られた塩を綺麗に取り除いてその下の身を一口分だけ小皿に移す。ソレをエラルドへと渡した。
エラルドは困惑と言うか、真剣と言うか、何故か微妙な顔になっていてその一切れ、たったの一口分を食すのを躊躇っているかの様に見えた。
しかしもうここまで来て「食べません」と言う事は出来ない。そしてどうやら気合を入れ終えたのか大きく長い溜息の後にフォークに乗るその切り身を口へと運んだ。
そのエラルドのリアクションは酷いモノだ。食レポなどは別段求めてはいなかったが、それでも「美味い」くらいは小声であろうとも出して欲しかった。
エラルドは小刻みに震えてプルプルし続けるだけでその場から動かずにいるだけなのだ。
(おいおい、周囲に誤解を生む様な反応はしないでくれよ。メリアリネスの評判が落ちるだろ?)
俺も料理長もメリアリネスもしっかりと本番前のリハーサルでコレを食している。
ほんのちょっぴりだけ身を取って先に塩釜焼にしてみて試食をしてみたのだ。
ハッキリ言って、幸せは味わっている間だけ。飲み込んだ後は余韻に浸れるが、冷静になると後々地獄だ。
何と表現して良いか分から無い旨味で頭の中がどうしようも無くなる。そんな料理なのだコレは。
そしてそんな物を知ってしまったばかりに後戻りできなくなる。他の何を今後食べてもきっとこの料理の味と比べてしまう。
最大級、最高級、究極、至高、色々と言い方はあるだろうが、頂点の味と言うのは時に人を別の所で不幸にするのだと実感した。
メリアリネスは「食べてはいけなかった・・・」と物凄く落ち込み。
料理長は「頂は高過ぎた・・・」と天を仰ぎ。
俺は俺で「忘れられ無い味ってのは罪深いなぁ・・・」と遠い目になった。
そして俺たちは共通意識をその時に持ってしまった。自分たちと同じ経験をもっと大勢にさせてやると。同じ目に遭わせてやろうと。
そう、今このパーティに来ている客たちを巻き込んでやろうと。犠牲者を増やしてやろうと。
そしてその記念すべき第一号がエラルドである。そのエラルド、震えが止まった後は口を手で塞いでもう片方の手は腰だめに握り拳を作っている。まるで何かに耐える様だ。眉を顰めて俯いてしまった。
「さて、他に味わいたい方はどうぞお気軽にこちらへ。早い物勝ちで御座います。ああ、誤解の無い様に言ってきますが、不味い訳では決してございませんので御安心ください。女王陛下も料理長も絶賛されている味で御座いますのでどうぞ皆さま遠慮無く。さて、いらっしゃいませんか?せっかく女王陛下が皆様へと思って特別な食材と調理法でのご提供で御座います。余らせては勿体無い。そちらの方、如何でしょうかな?」
俺は二人目が近づいて来ない事で積極的に食べに来てねと宣伝をする。
そしてその言葉の最後には俺と目の合った青年に「どう?」と尋ねてみた。
そこで気づく。エラルドがその青年の側に行っていた事を。
しかも何やらエラルドとその青年は知り合いだった様で小声での会話がされていた。
(まあ丸聞こえですよ俺にしたらな)
距離がある程度あり、普通なら聞こえないだろう会話内容。しかし俺には魔法で強化されている聴覚でソレを拾う。
「エラルド、どうしたんだ?何があった?まさか毒を仕込まれていたのか?」
「違う、違うんだ・・・あ、いや、確かにコレは毒だ。でも、違う、そうじゃない!」
「落ち着けよ。詳しく、ゆっくりとで良い。話してくれ。何がお前をそんな風にさせるんだ?」
「ダメだ・・・上手く伝えられない・・・伝えられないんだ。お前はアレを食べない方が良い。二度と戻れなくなる。」
「おいおい、逆に興味が湧く様な言い方はよせよ。不味かったのか?」
「不味い訳が無い。ダメだ、まだ頭の中の整理が付かない。美味いんだ、美味いんだ、美味いんだ。だけど、アレは食べちゃいけない・・・!」
エラルドの言いたい事がその青年に上手く伝えられていない。どうやら混乱と言うか、困惑と言うか、気持ちの整理を付けられていない様子。まあ俺にはその気持ちは伝わったが。
ジッと俺がその青年を見続けていた事で場の空気がちょっと微妙になる。俺が誘ったその青年が食す気があるのか、無いのかの注目が他の客へとジンワリと広がっていく。
多分ここで前に出なければこのパーティの終わった後でこの青年の事を他の貴族たちは「意気地無し」呼ばわりするだろう。
自らが積極的に前に出なかった癖に他人に対してはつまらない事でもネタにしてねちねちと言葉で攻撃するのが貴族、と言った悪いイメージが俺の頭の中に浮かぶ。
俺が指定してしまったばかりにこの青年には「引く」と言う選択肢を採れなくさせてしまった。
舐められる訳にはいかない、そんな状況にしてしまったのは申し訳無いが、俺もこのまま何も動きが無くパーティが終わってしまう事は避けたいのだ。
エラルドの「止めるんだ・・・」と言う勢いの無い制止はその青年を止められはしなかった。
そして塩釜焼の前にやって来た青年がメイドさんに取り分けられたその皿を受け取る。
その一口を食べる所を他の客たちがまたしても注目して見守る。
エラルドのリアクションでは何が何だか分からなかったのだ、他の客からしたら。
反応の仕方で一瞬「毒」と言った様な見かたをされてしまう様な恰好だったが、エラルドは今も何事も無くしているのを見て少数が「どう言う事だ?」と訝し気な目をしている。
そこでこの青年の感想を誰もが待ったのだ。この料理は一体どんな味なのか?と。
そして、ゆっくりとその身を口に含んだ次の瞬間、青年の声が会場に響き渡った。
「ぐううううううあああああああああ!?!?!?!?」
ソレは叫び声だった。客たちはこれに一斉に驚きでプチパニック。まさか?何故?どうして?
毒、そんな事を脳内に瞬時に浮かべた者たちがざわついてコレはどうなっているのかと周囲をきょろきょろとし始める。
だけどそれを止めたのはコレも青年の次の叫びだった。
「うまああああああああああああああああーーーーーーーーいッ!」
これに客たちの顔が面白い事になっていた。俺はソレを観察していて思わず吹き出しそうになった。
叫びの後はまた会場内に静寂である。笑いそうになるのを我慢して俺は次にこう会場内に響かせる。
「さて、皆さん、なるべく多くの方に女王陛下はこのパーティを楽しんで欲しいと願っています。どうでしょうか?この料理を食べてみたい方はお早めにどうぞ。」
この誘いの言葉に小声でエラルドが「悪魔か・・・」などとこぼしているのを俺の耳は拾った。
その後は本当にゆっくりと、しかし確実にこの料理の前へとやって来る客たち。
青年の上げた「美味い」と言う単純な感想だったが、その一言を上げる際の異常さに誰もが興味を刺激されたのだ。
そしてメイドさんが皿に取り分けたその少ない量、ほんの一切れに過ぎないその料理を受け取った誰もがゴクリと喉を鳴らして覚悟を整えた上で食していく。
そして全員が全員同じリアクションで叫ぶのだ。「美味い」と。
そうして次第に無くなって行く料理。ドンドンと無くなっていくソレに焦って列に並ぶ者もいただろう。
躊躇いつつも好奇心に負けてコレを食した者もいただろう。
仲間同士で肝試しとでも言わんばかりにこの塩釜焼を食べて見ようと言ったグループもいた。
そこで一人だけ皿を受け取った客が廊下に出て行く所を察知した。しかし俺はコレを無視する。会場の今後の流れの方が重要だったから。
この塩釜焼にどんな理由で興味を引かれたのかなど、食べた後ではもう関係無い。これを食べた者たちは等しく犠牲者だ。この絶品なる料理の。
だから一人廊下に消えて行った妙な行動を取った者の事など気にも留めない。
さてここで、どうにかお代わりを貰え無いかと詰め寄って来た者は追い払った。
バレないだろうと再び列に並んで二口目を受け取ろうとした者は俺が魔力で操って歩かせ壁際で固定してやった。
権力や立場で脅して来たり、金を前面に出して「幾らでも払う」などと言って来た奴らはパーティ会場の外に追い出してやった。
そうして料理の残りが僅かになった所でもう一つの残しておいた切り身で塩釜焼を作って追加だ。
この時点でまだ食べていない客も少なくない数が存在していた。
この二回目の塩釜焼はそんなまだ食べていない者たち用である。
「さて、まだ食べていらっしゃらない方はいませんか?このパーティに来ている以上は女王陛下の出す特別な料理を一度もその口にせずに帰るのは不敬とは思いませんか?」
食わないでそのまま帰る奴らはその全員が不敬者だと俺は言ってやった。
しかしこんな脅しに負けてこちらに歩を進めて来る客がいない。
恐らくは「食べてしまうとヤバい」と分かって「黙ってジッとしていればバレたりしない」などと考えているのだろう。
しかし甘い。甘いのだ。俺は誰が食べて、誰がまだ食べていないのかを把握できている。
だから無理やり、そう、こういった場合はその客たちを無理やりに操ってこの料理の前に歩いて来させるのだ。
不自然にならない様に、ゆっくりと他の客の合間を縫うようにそいつらを歩かせる。男も女も老いも若いも関係無し。
もちろん喋らせたりはしない。不要に暴れられても、喚かれても面倒だ。だから本気で俺も魔力を込めている。
そしてそんな操っている客たちに切り身の乗った皿を流れ作業の様に持たせていく。そして。
「では、ご賞味ください。きっと夢見心地となれますよ?」
俺はその一言と共に魔力で操って塩釜焼を客たちの口に一斉に入れさせる。
もう入ってしまえば操る事を即座に解除だ。これを吐き出すなどと言う貴族はいないだろう。何せそんな事をすれば品性、品格を問われてしまう。
これにてこのパーティに来た客全員に漏れなく塩釜焼を味合わせた。
この料理の事でこの後は話がきっと盛り上がってパーティは大成功だろう。
まだまだパーティ自体の終わりの時間までは長く残っているが、ここで俺の役目は一旦終了である。
「では皆さま、これにて特別料理はお終いで御座いますが、引き続きパーティをお楽しみください。」
俺はそう言って一礼してから会場を去る。その時にはメイドさんが塩釜焼の僅かな残りを回収して俺と一緒に会場から出て行く。
(残りを掛けてじゃんけん大会!みたいなのはこんな煌びやかなパーティじゃ相応しく無いだろうからな)
などと下らない事を考える俺。そもそもこの世界にはじゃんけんなどと言う遊びは存在してたりするのだろうか?
取り合えず会場を出た後の廊下にて俺は塩釜焼の残りをインベントリに回収する。
その時に給仕をしてくれていたメイドさんに「一口食べる?」と聞いてみた所、返って来た返事が「そんな恐ろしい物を食べる気にはなれません」だった。
(どう言う意味だろうか?使った魔物の事?それとも食べた客たちのリアクションに?)
何処に「恐ろしい」が掛かっているのかイマイチ理解がピンとこなかった俺は「そう?」とだけ言って調理場へと戻る事にした。
そうして戻った俺はもちろんこの言葉を口にする。
「だいせいこう!」
「ふぅ~・・・やってしまいましたか。しかし、しょうがありませんよねェ?女王陛下主催のパーティです。横から私が口を出すのは憚られますからな。」
料理長が俺の言葉に反応してそう言って手をパンパンと二度叩く。
その音は調理場にしっかりと行き届いて休憩中だった調理人たちが全員立ち上がった。
「後半戦はそこまでの忙しさにはならないでしょう。しかし、気も抜けません。当然ながら、手も抜けない。お客様方は「アレ」を食べてしまいました。嫌でもその味と比べられてしまいます。だが、そんな比較をさせない位の料理を我々は今後も目指し、見つけ、精進していかねばなりません。本日の事を自身の身に刻み付け、これからも修行を怠らぬ様に。頂点とは、歩みを、もがきを止めぬ者にしか辿り着けない。では、再開しましょう。」
この料理長の言葉で一斉にまた調理場が熱を帯びていく。
客たちが帰る時間にはまだ早い。だからこそパーティ会場で減った料理には追加、そしてまだ出していない別の料理も客を飽きさせないために次々に作っていっては出していくのだ。
俺は再びこの戦場で冷蔵庫代わりである。俺が会場入りする前に出しておいた食材はどうやら下拵えを終わらせていた模様で、次々にそれらが調理されては皿に盛られて調理場から運び出されていく。
ソレを眺めつつ俺は料理長が要求を出す度にインベントリから食材を取り出して調理台へと並べる。
インベントリがこの度、大勢に見られている事になっているが、別にもう今更だと思っておく。
どうせこの国では俺を「魔王」などとまだ呼ぶ輩が存在しているのだ。ならばそんな呼び名に相応しい技能を見せびらかして見せつけてやろうと開き直った。
俺のこのインベントリを利用しようと声を掛けて来る者が今後に出て来ないとも限らないが、その時はその時の流れで対処するつもりである。
なんでもかんでもと事前に想定しておくのも大切な事ではあるかもしれないが、世の中とはそう言った想像を余裕で超えて来る事もしばしばある。
ならば軽く構えて覚悟はしつつも、その場その場の思い付きで乗り切るのが心の安寧に繋がると思えた。
相変わらず俺は精神に掛かるストレスにはどうやら弱い。体力と魔力は減らないのにゴリゴリとそう言った部分は減りやすいと言うのは分っている。
(今回の塩釜焼の事でも結構減ってるんだよなぁ。自分が言い出した事だから愚痴は言わんけど)
今回は俺が協力すると言って自分で動いている案件である。これで我儘や自分勝手な事を言うのは流石に無い。
単純に思い付きで塩釜焼を提案したのは早まったなと、そんな思う所はあるが。
(この塩釜焼の残りはメリアリネスに後でどう処理するか聞いておくかぁ)
今日の頑張った者への特別ご褒美、労いの為に提供という事で食べさせると言う事もできる。この調理場で働いている者たちの中から食べたいと言う者を募るのもありかもしれない。
しかしそうすると「犠牲者」が増える。この美味さを知ってしまった者はその代償として犠牲を払うしかない。だから犠牲者だ。
俺にも全く分からない、未知の旨味が口内を蹂躙するこの塩釜焼は幸せと後悔を同時に与える料理だ。今後はどんな他の料理を食べてもこれと比べてしまうといった「犠牲」が付いて来るのだ。
俺が海から精製した塩をダンガイドリの卵の白身で固めて焼いただけなのにどうしてこの様な美味いモノに変わってしまうのか?
一応は塩釜焼での試しをする前に生での試食も行っていたりするのだ。しかしその時点でのその刺身での感想は「こんなもんか」くらいしか思わなかったのである。それでも使った魚の魔物の身も確かに美味かったと言えるのだが。
なのにこれである。どういった変化でこうなるのだろうか?「こんなもんか」が絶品に変わるのだ。不思議な事である。
(まさか、まさかな?いやいや、ある得るかな?・・・俺にはそこら辺を追及する気は無いからなぁ)
まさかと思ったが、もしかして俺が「魔力」で、「魔法」で調理した事に因ってこの様な美味さに変化したのかもしれないのだ。そこに思い至る。
可能性が否定できない事に俺は戦慄するのだが、これ以上は考える事を止めておく。
俺は魔法の可能性を追求する探究者でも無いし、究極とか至高を求める料理人でも無い。
深く考え過ぎると何事もドツボに嵌まる。俺は料理長の声で意識を切り替えて食材を取り出すマシーンと化す事にした今は。
そうしてパーティも終わりに近づく充分な時間の過ぎた頃に再び俺が呼び出される。
既に調理場は落ち着いて一部で片付けも始まっている状態だ。
「うん、最後の最後は解説ってな。」
俺は料理長に合図を送って一緒に調理場を出る。
料理長が一緒に来るのはこのパーティの食事を作ったのは彼ですよ、と言った紹介の為である。名誉と言った所だろうか。これはメリアリネスの考えたこのパーティの演出の一つだ。
大勢に自身の名が知れ渡る。有名人と言う訳だ。こう言った場で大勢の貴族に料理の腕前と名前が広がると言うのは誉というモノなんだろう料理人にとっては。
そんな所に俺が一緒に出るのもまたメリアリネスの考えた演出の一つで。
俺がそこで「塩釜焼」の作り方を説明すると言う訳である。
きっと気になっている客たちが大勢居るだろうとの事でソレをこの場でぶちまけてしまうのだ。
本当ならこの調理法はメリアリネスにとって貴族たちに対する有利になれる切り札にもなりそうな物だったのだが。
しかしメリアリネスはこれを「必要は無い」と切り捨てた。俺の「アトラクション」を見て勘の良い者はその作り方に気付く者も居るだろうとの事である。
なので俺が最後にこの様にまた登場して客の前に出るのは「脅し」を含んでいるのだとメリアリネスは言っていた。