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俺は一度しか食べた事が無い

「と言う訳で、昨日の内に城の外壁は直しておいた。今は内部の方だな。ああ、それと盆暗と昼行燈が集まって踊ってたからその報告もしとく。」


「既にその件は私の耳に入っていますけど、入っていますけど・・・何で派手にするんです?」


「え?派手?」


「城が一気に修復されていく様をその目にしている者が何人いたか把握できていますか?」


「いや、知らん。依頼をしてきたのはメリアリネスだし、そこら辺の箝口令はそっちでやってくれ。」


「一つ減ったらまた増える・・・」


 どうやらもうメリアリネスの体調は戻っている様で今日は椅子に座っての会話である。

 しかしどうやら今の話の内容に頭痛が発生した様だ。こめかみに手を当ててムニムニと揉んでいるメリアリネスの表情は渋い。


「内部と言いましたね?今もそれは?」


「うん?現在進行形だけど?あ、もうそろそろ終わるかな。」


 城の中で仕事している者たちにきっと目撃されている。自動であっちこっちが修繕修理がされていく光景を。

 そこにメリアリネスは再び「頭が痛い・・・」とこめかみを揉み始める。


「なあ?浮いた費用はどうするつもりだ?本来であればコレは業者に支払われてソレが巡り巡って経済やら社会の活性化に流れて行くはずのものだろ?」


 俺はここで別段俺に全く関係無い質問を飛ばす。こんな事は俺が知らなくても良いモノだ。国の予算にケチ付けた所で俺に何らの利益も無い。

 何処か別の件に今回の浮いた分を回すのだろう事は分っているし、ここで深く突っ込まなくてもメリアリネスはちゃんと使い所は考えているだろう。


「・・・弟へ王位を譲る際に使います。盛大にする予定なんです。その費用の為に貯蓄ですね。もう後二年は私が王の椅子に座る事になりそうですけれどね。国の安定化が出来たら直ぐにでも交代したいのですが。弟に切り替えるにしてもその時になったら準備と時間が必要ですし。人材の確保も念入りにしておかねばなりませんから。それこそ、お金は有ればあるだけ、もっともっと必要です。」


「王様交代に際しては何処の地域もお祭り騒ぎにして数日はどんちゃん騒ぎ?ソレで経済を一気に回すつもりなのか?それまでは節制か?」


「仕方がありませんよ。そもそも贅沢は敵です。貴族や王家はそれこそ権力や財力の安定を民たちに見せて安心させると言った面もあります。国は健在なんだ、と。しかしそれは上を見れば際限のない贅沢をして良いと言う意味ではありませんからね。貴族がする贅沢は国民への還元がそこに無くてはならないのですから。」


「あー、立派だ。立派過ぎて涙出そう。じゃあ俺が助けてやれそうなのはそこら辺か今度は。」


「・・・余りの過剰は後々での不満の元にもなりますから程々に抑えて頂ければ助かります。」


 メリアリネスは遠慮の言葉を言わなかった。それだけ金の問題は厳しい所にあるんだろう。


「じゃあ何からする?あ、城の中の修理終わった。それじゃあ今度は金策な。適当に魔物の素材を大量に傭兵組合に持ち込んで売り払えば良いか?その金をメリアリネスに貯金して貰っておくとして。」


「派手な事は控えて頂きたいのですが?目立つ事はこれ以上勘弁願います。」


 俺はここで既にもう以前にワニを大量に売った話をする。すると「何でそうなる・・・」とメリアリネスは遠い目をしてしまった。

 少し高めのストレスをメリアリネスに与えてしまったかな?とここで俺は反省。取り合えず俺が稼いで金をメリアリネスにポイッと渡すだけが金策では無い。別の方法も考えるべきだ。


 少々の時間を費やしてやっと少し持ち直したメリアリネスが口を開いた。


「今度私が主催でパーティを開く予定になっています。その時に出す料理に海の物を使いたいのですが、お願いできますか?」


「おー?別に構わないぞ?ふーん、パーティねぇ?お?なあ?面白い料理があるんだけど、俺に一品作らせてみない?」


「・・・思い切り不安になるんですけどソレ・・・どう言った料理なのですか?」


 王様が開くパーティなのだから客をビックリさせられる料理で美味しい物を用意できればメリアリネスの権威と財力をしっかりと示す事が出来ると言えよう。

 なので俺はここで作ろうと思っているその料理の説明をメリアリネスにするのだった。


 パーティの準備や招待客の接待などにも金は消費されるが、食材と言う面での費用は俺が海の幸を持ってくればタダだ。ここで多少の金は浮く。

 と言うか、この様な王様主催のパーティで使われるだろう費用の概算など知りはしない俺ではあるが、多少と言う表現でも莫大な金額が動くのだろうくらいは想像は出来た。

 ソレを以って金策代わりにして貰うと言う事で俺は早速海へと向かう。

 しかしパーティはこれから一週間後である。別に急ぐ程の事じゃ無い。今行かなくても明日に行けば良いのだが。


「海の中は雨は関係無いしな。今日の内に採ってしまっても構わんだろ。」


 一応は前回採取した食材以外の物も探す気でいる。それらを獲った後はインベントリに突っ込んでおけば良いだけだ。

 俺の提案した料理には塩が大量に要るし、卵白も必要なので後でダンガイドリの卵もゲットしておかねばならないかもしれない。

 卵の白身が大量に必要になるので別にダンガイドリで無くてもどんな卵でも良いと考える。そこら辺の事は別の物を探して見ても良いかもしれない。

 獲った食材は一度今回のパーティの食事責任者のシェフと話をしておかねばならないだろう。

 どんな料理をそのシェフが作る気なのかとか、俺がやろうとしている料理と被ったりしそうな物が無いかどうかを軽く打ち合わせはしておきたい。


 そんな事を考えながらやって来たのは前回海に潜った場所である。

 港町の方は雨は降っていなかったが、どんよりとした灰色の厚い雲が覆っていて薄暗い感じになっていた。

 こんな天気では漁の船も出ないのか、海は何処を見ても静かである。


「そんな俺は海面で釣りをする訳じゃ無く、海底をまた歩き回るんだけどな。」


 海は食糧の宝庫。しかしその分危険もあるし、それらをゲットしようとするならばかなりの労力と費用が必要となる。

 そして安全の為の知識や経験も無くてはならない要素だ。船が沈没してお陀仏、何て目には誰だって遭いたくは無いだろう。

 だがそんな事は俺には一切関係無い。魔法で解決だ。全く持ってして魔法を使え無い者たちから見れば俺のやっている事はズルとしか言い様の無い事だろう。


「カサゴ?マグロ?あー、サンマ?・・・アレは、ウツボか?他にも見た事あるようでいて、だけど形がよく見ると全く違うとか。バラエティ豊かって言う表現はおかしいよな?」


 ここは俺の知っている世界じゃ無いのでやはり海を泳ぐ魚類もその姿形は俺の知るモノは無い。全く同じモノは一つも無い。

 しかし似た物は生息しているのでそれらを見ると俺の脳内が一瞬バグる。

 それらを見つけては海の中に魔力を流し込んで一瞬で確保、こちらに引き込んで一瞬で三枚に下ろしてインベントリへとポイ。魔力は万能、魔法は便利である。

 もちろん三枚おろしにしないで一匹マルマル絞めて丸ごとインベントリに入れていたりもしている。


 そうして海中が暗くなる頃まで漁・・・漁?コレを漁と言っては漁師に怒られそうだが、海の幸を獲り続けた。

 王様が主催するパーティと言うのがどれ程の客が来るのか俺には想像も付か無い。

 今日獲った量で足りるかどうかを明日にでもまたメリアリネスに確認しに尋ねるべきだろう。

 後で料理が足りなくなったなどとなれば恥をかくのは女王のメリアリネスになってしまう。

 そうはならない様に具体的な数を教えて貰っておくべきである。

 今日の分でまだまだ不十分となれば明日もまた海に来る事になる。

 今はもう夕方を過ぎて夜に入ってしまうので全ては明日にすれば良いだろう。


「さて、帰って俺も夕飯を食うかぁ。海鮮丼かなまた?いや、刺身も良いな。焼き魚?煮魚?うーん?醤油にみりんにザラメも考えたら欲しくなってくるなぁ。贅沢な話だ。」


 本格的に料理の事を考えてしまうとそう言った物が欲しくなる。

 けれども作り方や、そもそもこの世界でそう言った物を再現するのに材料は何が必要かなどは全く俺は分っていない。

 帝国ではそれらを再現したのであろう料理が売られていたのだが、俺は自分で一からそれらを作り出して食おうと言う気は無い。

 帝国ではラーメンもあったし、焼き鳥もあった。お好み焼きもあった。絶対に俺がこの世界に来る以前に「日本人」がこの世界に居たはずだ。


「とは言っても別にその人の足跡を探ったり辿ろうとは思わねーけど。俺は俺で自由にこの世界を楽しめば良い。」


 こうして俺は自宅に戻って本日の夕食、シーフードカレーを作ってその味を堪能した後にグッスリと眠った。


 そうして翌日も何時もの午前中の見回りを終わらせる。その後はメリアリネスの所に行って今日の修繕する場所などに指定があるかどうかを聞いてからそこの作業をササッと片づける。


 終わった後にはメリアリネスに俺が作ろうと思った料理を一度味見して貰った方が良いかと思ってそこら辺を聞いてみた。


「なあ?本番でいきなり出すよりも一応はメリアリネスが食べて吟味しておいた方が良いよな?どうする?」


「まあそうですね。話だけを聞くとどの様な物なのか想像がしにくいですし。それに料理長にも食べて貰って意見を聞いておくべき所ですね。」


 パーティはメリアリネスが主催すると言う事で料理の名目、どんな、何を、と言った細かい所もチェックをしている。

 なので俺が一品、客たちを驚かせる為の料理の事も知っておかねばならないだろう。


 そうして俺とメリアリネス、それとアーシスで向かったのは調理場だ。

 そこには真っ白なエプロン、コック帽を身に着けた五名の男性たちが。

 その内の一人は立派なカイゼル髭である。目立つ。多分料理長。と言うか、その分野で偉い立場に居る者たちはこの世界だとカイゼル髭にするのが流行っているのだろうか?


 その予想は当たっていた様で入って来たメリアリネスに挨拶を始めるカイゼル髭男性。


「おお、陛下、お元気になられた様で何よりでございます。消化の良い栄養価の高い食材を選んで料理をおつくりしましたが、味は御口に合ったでしょうか?非常に特徴的な苦みが僅かに残ってしまう調理法しか取れず、完全にソレを消せる方法を見つける事が出来ませんで、修行不足を感じておりました。」


「ああ、ミゼント、君の料理は何時でも美味しいよ。今回の料理も美味だった。これは御世辞でも何でもないよ。本当に美味しかったんだ。苦みも良く味に纏まっていて君の思っている程の雑味と言った感じを受けなかった。ミゼントの腕前と新しい調理法への熱意は称賛されるべきものだ。私は満足しているよ。」


「有難うございます。そう言って頂けるだけでこのミゼント、感涙の極みで御座います。今後の精進の励みになります。・・・して、そちらの方は?」


 この料理人、名はミゼントと言うらしい。俺の方を見て「はて?」とか「おや?」みたいな顔をしていた。

 どうにもこのミゼント、俺の事を全く知らない様子。どうやら料理、調理にしか興味が無い人物であるらしい。

 俺がこの城で魔王などと呼ばれている事など知らないみたいだった。

 ここで俺の事をメリアリネスが紹介してくれる。


「彼はエンドウと言う。私の、まあ、友人?・・・その、友人、だな。うん。それで、料理長、調理場の一角を借りたいんだが、良いだろうか?ああ、それと彼がパーティの食材を持ち込んでくれるので顔合わせも兼ねている。今日は彼がパーティに出す一品の試食をとの事でやって来た。大丈夫かい?」


「おお、この方がそうでありましたか。珍しい食材をと言う話でしたな。しかも海の物であると。楽しみで仕方がありません。ああ、申し訳無いがどんな物を持って来ていただけるのかの目録は有りませんかな?私が扱った事のある食材なら直ぐにでもどんな料理が良いかを判断できるのですが。まだ調理した事が無い物であるとその当日に、と言った事になれば悩んで時間を無駄にしてしまいかねない。事前にそこら辺の情報を得ておきたかったのだが、準備などはされているだろうか?」


 昨日適当に獲って来たのでその様な物は作っていなかった。なので俺は実際にここに出しても良いか?と逆に質問で返してしまった。これは失礼だったと思ったが、しょうがない。目録を作ろうにも俺はこの世界の海の生物の名前にどんな名がつけられているかなど知らないのだ。

 だから実際に出して見て貰った方が早い。と言うか、目録など作る何て面倒だ。実物をこの場で選別して貰った方が良い。

 だって食べられる、食べられない、を考えないで獲って来てしまっている。

 もしかしたら中には獲って来た物に毒を持つ生物が混じっているかもしれない。フグの様に特定の免許が無いと捌いてはいけないと言った食材もあったりする可能性もある。

 そこら辺の判断はその道の人物が選定した方が安全だ。毒物が混在していてパーティで「サスペンスドラマ」みたいな事になったら大変である。


 と言う事でそこら辺の説明をすると料理長からの許可が出たので調理場一杯にどんどんと獲って来た食材を並べて行く俺。

 もちろんインベントリは御開帳である。それを隠して食材を並べると言った事は一々手間だ。

 なのでバレてもオッケーと言った感じで開き直って俺は様々な種類の魚、貝、甲殻類?海藻などを出してみた。

 これに調理場の端で俺たちのこのやり取りを見ていた他の料理人はぎょっとした目を向けて来ている。

 何せ何処からとも無くこの調理場を埋め尽くさんとばかりに獲れたて新鮮な魚介、海の幸が出て来る光景だ。普通はそちらに驚く。


 しかし料理長は違う。メリアリネスが言った通り、その興味と熱意は俺のインベントリでは無く、次々に出て来る食材の方に向いていた。

 料理長はその人生の全てを料理、調理に向けているんだろう。俺の事なんて何らの興味など無いと言わんばかりに「こ!これは!」とか「おお!?コレも!?」などと食材に夢中だ。

 そして続けて「スープ・・・いや、焼いても良い!」「寧ろコレは煮るか?いや、しかし、蒸すのも・・・」などと言い始めている。

 その目はずっとキラキラしていてここに女王陛下がいる事なんてすっかりと忘れている様子だ。


「なあメリアリネス、これで食材足りそう?客がどれ位来て、どんだけ食べて行くか俺には予想も付かないからまだここに出した量の三倍はあるんだよね。どう?そこら辺の判断は?」


「・・・毎度の事、貴方は限度と言うモノを・・・いえ、足ります、充分過ぎます。ここに出した量だけで。はぁ~。」


 メリアリネスが何故溜息を吐いたのかの理由は俺は知らない。取り合えず足りないよりかは良いだろう。


「あ、まだ卵取って来て無いなー。ちょっと俺出かけて来るから、済まないけどメリアリネス待っててくれるか?」


 俺のこの言葉にメリアリネスは視線をこちらに向けて来てからまた「はぁ~」と溜息を吐いて来た。解せぬ。

 溜息の理由を追及するのは止めてさっさとワープゲートで俺はダンガイドリの所に移動した。


 ダンガイドリの産卵時期と言うのを俺は詳しく知らない。もしかしたらシーズンが過ぎているかもと思ったが、そこには沢山の卵が。


「うーん?大きさ的に二個は欲しいな。無精卵は・・・これとこれか。後コレもかな?良し、それじゃあ餌を大量に置いていくか。代金の代わりだ。」


 突然現れた俺に警戒の声を上げるダンガイドリたち。しかし中にはちゃんと俺の事を覚えている個体が居た様でそいつが一鳴きしたら騒ぎは収まる。


「済まないな、騒がせちゃってよ。それじゃあな。またいつか来るかも知れないからその時も宜しくな。」


 とんぼ返りで調理場に戻った俺は早速準備をし始めた。いきなり消えて、そしてまた現れた俺の事など眼中に無い料理長は食材に夢中、と言うか、次々にそれらを捌いて調理を既にし始めていた。

 部下の料理人にも指示を飛ばして幾つもの同時調理を熟している。まるで本番前のリハーサルの如くである。


「メリアリネス、良いのかコレ?」


「まあ良いでしょう。できた料理は特別に城の警備兵たちへの食事に回します。ありつけた者は幸運ですね。ハハハ・・・」


「ふーん、それじゃあ俺も作り方がうろ覚え・・・って程でも無いけど、やってみるか。」


 俺は卵を割って白身だけを器に取り出す。それに大量の塩を混ぜて行く。

 既に捌いてある魚の身をインベントリから一つ取り出してソレで包み固めていく。


「塩釜焼って一度しか食べた事が無かったけど、これで合ってるのか?あー、表面は凝ってて魚の形に整えられてたなぁ。ソレも倣ってみるか。かなり造形をリアル寄りにしてみてッと。」


 ソレをオーブンで焼くのだが、焼き加減や時間が全く俺にはそこら辺の知識が無い。

 魚の身にしっかりと熱が入ってふっくら焼き上がる様に調整するのが難しい。


「いや、俺には魔法があるじゃん。ソレで行こう。」


 何も考えずとも魔力ソナーで調べればそこら辺の事は一発で情報が頭の中に入って来る。

 取り合えず食材は大量にあるので失敗しても良いだろう。いきなり一発で成功させなくても構わないのだ今は。


 じっくりと俺は素材に熱を通す。もちろん魔力を浸透させてソレを熱に変えている。

 イメージ一つで何でも出来ちゃう魔法と言う存在は料理にも使える。つか、ズルい。

 世の中の料理人全てに謝らねばならないレベルである。この様な調理法は外道と呼ばれても言い返せない。


 しかし世の中は無情だ。できた品が幾ら外道な方法で調理されている物であっても、食べて美味しければソレを食した者はどの様にソレが料理されているかに文句は言わないのだ。

 いや、この調理法は邪道と言うのだろうか?外道も邪道も似た様な物だろう。結局はそう言う事だ。


「出来上がったけど、あまりにもリアルに造形し過ぎて今になって自分でドン引きしてる。」


 仕上がったと思った時にはそんな事を言っていた俺。塩釜焼はその表面が固まるまではそこに造形を刻む事が可能で、出来上がりにソレを砕いて中の料理を取り出すと言った所も楽しみの一つなのだ。

 そして目の前には真っ白な、物凄くリアルな魚である。幾らこれが塩でできてるとは言え、ちょっと崩すのが勿体無いと感じてしまうくらいには芸術的にできた。


「と言う訳で、これをカチ割って中のを食べるのがこの料理なんだよね。メリアリネス、どうぞ。」


「これ程の塩を使用するなど正気の沙汰ではありませんね・・・確かにこれなら権威や資金の面で王家は絶大だと威信を示せます。示せますが、本番はどうするつもりなのです?コレを幾つも準備するのは相当な労力が・・・」


「いや、その前に崩して中の魚を食ってみてくれよ。味が問題無いならこれで行くから。」


「・・・崩すのに覚悟と勇気が入りますね・・・と言うか、何故ここまで造形に拘ったのです?しかもそこそこに硬い様です。割るには槌で?」


「え、ちょっと待って。・・・あー、ホントだ。結構カチカチだな。まあ良いや。木槌とか小っちゃいのを用意すれば当日は良いよな?今はそうだな、これ、この包丁の背で叩いて壊せばいい。」


 調理場で使っていなかった包丁を一つ手に取ってメリアリネスに渡す。ハンマーの替りだ。

 ソレを受け取りメリアリネスはちょっと眉根を顰めつつも軽く包丁を振り上げて、そして落とす。

 小気味良い「ぱき」と言う音が響いて固まっていた塩はひび割れ砕ける。

 それらを排除すると中からふっくらと仕上がった魚の身が出てきてふんわりと独特な柔らかい何とも言えない香りがこの場に漂う。

 出来上がりが上々だった事に俺は満足する。後は食べてみた感想をメリアリネスから聞けば良いだけ。

 しかしメリアリネスはジッとソレを見つめるだけで手を出さない。


「ああ、もしかして毒見?じゃあ先に俺が食べさせて貰うよ。と言うか、自分で作っておいて自画自賛なんだけど、美味そうでちょっと我慢が出来ない。それじゃ、頂きます。」


 俺は大きめに切ったその身をパクリと口に頬張った。


「むふう・・・うっま・・・」


 口の中でほろほろと身がほどけるのは調理法での効果なのか、それとも使用した魚の特徴なのか?

 しっかりと付いた塩気と身の旨味?甘味?が刺激となって口内が瞬く間に唾液で満ちる。

 ソレをごくりと飲み込めば鼻から出て行く独特の何とも表現しがたい香りが華やかに通り過ぎていく。

 歯を使っていない。噛み締めていない。溶ける様なその一口がまるで幻の様に感じてしまう程だった。


「あ、やば。これウメェ・・・前に食った事あるやつなんか目じゃ無いぞおい・・・」


 余りの美味さからの恍惚から戻って来た俺は一度冷静になる。そして漏れ出た一言がコレだった。

 異世界の食材が俺の知らない未知の美味しさを秘めていたのか?或いは偶々この調理法が一発目で上手く行った事での幸運だったのか、どうなのか?


 俺のリアクションを見てメリアリネスが増々怪訝な顔に変わったのは解せなかったが。

 取り合えず毒見は俺の身をもって証明したのでこれでメリアリネスも食べる。しかし食べるその分は少量に留めて一口だけ。


「・・・どうして貴方はこうもやり過ぎるのですか?贅沢は敵だと私は言ったのに・・・」


 どうやら大量の塩を使う所までは許容範囲だったらしい。まあ製塩事業をこの国では取っていて港町の方でやらせているとは聞いた事があったか?

 しかしどうやら使った魚の方に問題があった様だ。しかしそんな事は俺は知らん。


「なぁ?これに使った魚、後マルマル十五匹は有るんだけど。偶々コレは獲った時に捌いた物を保管してただけでな。本番に使おうと思っていたのはこっちなんだけど。」


 インベントリから俺は全長2m程の大きさの凶悪な見た目の魚を取り出す。

 メリアリネスは塩釜焼を試食した後は俯いていたのだが俺の言葉で顔を上げてその魚を見ると。


「げえぇぇぇ!?」


 と女性が上げてはいけない悲鳴を上げた。俺はこれに驚いてちょっと引く。

 そこに横から顔を出して来たのは料理長。


「私もこちらを一口頂いても?・・・では、頂きます・・・!!」


 料理長は塩釜焼を一口食べると真顔になって黙った。その顔が非常に怖い。食べる前はニコニコしていたはずなのに突然コレだ。ビビりもする。


「調理法も独特な物、そして、加熱は魔法。この料理に使った魚はあの幻の・・・ですか。全て私の考え及ばぬ、一生思いつきもしなかったでしょうな。私の視野はまだまだ狭かった。これ程の頂を想像もできずに食して衝撃を受けるなどと覚悟と修業がまだ圧倒的に足りていない・・・!そして、本番はこちらの食材ですると言っておりましたな?コレを良く貴方は取って来れた物ですねぇ・・・魔物ですよ?」


「・・・あぁ、それで。」


 メリアリネスが悲鳴を上げたのはどうやら魚の見た目がキモ怖いからじゃ無かった。魔物だったから。

 しかも追加でいきなり目の前に2mもの大きさの魚が出てくれば普通に驚くのは当たり前だ。俺は自分の中から「普通」が既に溶け消えている事を此処でまた再び再認識させられる。


(だけどこんな出来事もその内に忘れてまた「普通」って基準を考えないで行動するんだろうな)


「魔物ですが、味は圧倒的。一生に一度、食べられるかどうかと言った食材です。話には聞いた事があるだけです私は。文献で見た目の事を勉強していてその姿は知識にありましたが、実物をこの目で見るのは初めてですよ。」


 料理長は随分と物知りらしい。まあ恐らくは料理と言う方面で、食材に対しての局所的な知識なのだろうが。


「ふふーん?そうかそうか。じゃあちょっと思いついた事を全部どうせなら今ここで試してみたいから、もうちょっとだけ調理場、借りて良いか?」


 俺の思い付きに対してメリアリネスは非常に嫌そうな顔をしている。

 しかしその手に持つフォークには塩釜焼のお代わりが乗っていた。それをひょいと口に入れて増々眉根を顰める。

 しかし体は正直である。再びまた塩釜焼にフォークを刺して三口目を食べようと無意識に手が動いていた様子。

 これに気付いたメリアリネスの表情筋が物凄くゆっくりと動いて驚愕の顔へと変貌していく。それに掛かった時間は10秒近くとかなり長い。物凄く顔が「女王がしちゃいけない」表情へと変わる。

 そして微かにプルプルと震えながら塩釜焼の方に視線を向けて「わ、私は今何を・・・」と戦慄していた。

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