お疲れ!
「と言う訳で、今のノトリー連国は食糧の増産をこれからは最低でも数年はやっていくし、俺が政府の一番上に食い込んでるからこちらの国への戦争はさせないよ。と言うか、寧ろ戦が起きるなら寧ろ内紛かな?今の政府に不満を抱えた奴らが兵を起して首都に、何てのがあるかもしれないくらいかな。まあそんなのをやった奴は俺が潰すけどね。」
「・・・はぁ~、分かりました。ではこちらも内政を固めるとしましょう。隣国が攻めて来るなどと言う憂いが無くなったのは大きな安心です。私もこれで少しは安らげるというものでしょうね。」
メリアリネスはそう言ってため息を一つ。安心した、と言うよりも俺に対して「呆れた」と言った様子なのは解せない。
「じゃあ俺はまだ暫くはあっちでノンビリしながら支援の続きしてるから、何かあったら俺の作った村の方に連絡入れてくれれば良いよ。そしたら直ぐに動くから。遠慮しないで俺の手を借りたかったら協力要請を直ぐに出してくれ。」
「じゃあ今貸してください。」
いきなり即答で返って来たこの言葉に俺はちょっとびっくりして「は?」と呆けてしまった。
「私を廃して新王を起てようと画策している者が居ます。そやつらはこちらに現場判断での決定で済む様な案件を余計に回してきて私の仕事量を増やして来た者たちです。しかもひっそりとソレを誰が回して来たか分からぬ様にと隠蔽まで施して回してくる阿呆です。それらの紛れ込ませを選別したりするのは私付きの文官たちがするべき事であるのですがね・・・これまた馬鹿共の息が掛かって妨害が・・・あー、イライラする。」
メリアリネスはしかめっ面で最後にそう言って説明を止めてしまう。そこで俺は質問した。
「まさかそいつらって今の状況をもの凄く喜んで積極的に大胆に動いてる?」
叛意ありの者たちが今の状況を嬉しがらない訳が無い。つまらぬ女王への嫌がらせがこうも功を奏したのだ。寧ろ効果が予想以上だと言って手放しで喜んでいるかもしれない。
「私がこうして倒れたのは確かに過労からです。しかしそれはこれまでの積み重ねによる所が大きい。嫌がらせの今回の件が引き金になっただけで。ですがこれに屁理屈をくっ付けて無理やり論点をずらして引きずり降ろそうとしているんですよ、そいつらは。今の王は上に立つ資格無しってね。この程度で倒れる様では軟弱に過ぎるとね。」
「一度倒れただけでソレ?余りにも強引過ぎない?」
「私を女と侮る者たちがその多くです。しかも無能な癖にいっちょ前に権力欲だけは人一倍ときた者たちです。弟を玉座に座らせて傀儡にする魂胆が見え見えの頭空っぽな貴族たちです。それを知った時には呆れて物が言えませんでしたよ。こちらの諜報能力を相手は侮り過ぎていて逆に悲しくなりました。我が国は何時からこれ程の多くの無能を抱える様になったのかと。今もコソコソと動いている様なのですが、筒抜けなんですよねぇ・・・」
「そう言ってるって事は既にもう調べは付いてるんだろ?なら断罪しちゃったら?って言うか、そんなに多いのかよ。」
「それをエンドウ殿にお願いしたい。」
「え?何でそこで俺なのよ?」
「・・・もう、そいつら要らないかな、って。」
「おい、目が死んでるよ、正気に戻れ。」
メリアリネスが疲れからか視線を斜め上に向けて虚空を見つめている。どうやらこんな状態にメリアリネスがなってしまう程にそいつらは役立たずなんだろう。
「私が王になった際に各貴族家で世代交代をする家が多くあったのですよ。私の年齢とざっくり同世代の子息に各家の当主は家督を譲ったんです。私の相棒となれる、或いは伴侶として引き上げられれば、などと言った下心が丸出しなのが笑えますね。近づく機会が無ければ目にも止まりませんからね。家督を継がせて私の目に入る位置に立たせると言った所ですよ。安易過ぎて考えが浅すぎます。そんな事をした家自体が権力を欲していると判断が簡単でこちらとしたら線引きが楽ではあるんですけど。そんな所の者たちを重用なんてする事は有り得ないと何で分からなかったのでしょうか?理解に苦しみますね。私が何を欲しているかを先ず探るのでは無く、自分たちの都合をこちらへと押し付けようとしてきているのが解っていないのがまた何とも言えず。引退、隠棲をした貴族たちは新当主の若い者たちを監督しながらという形で仕事の教育を施していると言う話なのですが・・・まあ、蓋を開けてみれば、これです。」
メリアリネスの不満が爆発している。批判を口にしている間ずっと顔を顰めていたメリアリネスは最後には盛大な溜息でコレを締めた。
「色々と育て方が悪かったのか、どうだか、尊大で不遜で不敬な馬鹿たちが一斉にってか?」
メリアリネスの心労は察するが、俺にとっては所詮は他人事。馬鹿がやはり馬鹿をやらかすと言う事態。
「手を貸すって言ったからにはまあやるけどさ。何を俺にさせたいんだ?」
「簡単です。エンドウ殿が私の味方である事を見せつけて頂けるだけで。」
「おい、何する気なんだよ、逆に不安だよ。」
「仕事もせずに悪ふざけや悪だくみしかしない下らない連中など要らないのですよ。隠居した貴族たちを引っ張り出してもう一度当主の椅子に無理やり座らせる為にも、その馬鹿たちにはこの国から退場して貰います。」
「仕事をしない怠け者も要らないし、問題を生み出す有能は持っての他ってか?無能で毒にも薬にも為らない奴は居るだけ経費の無駄ってな。あーあー、今回のやらかしてる奴らは存在するだけで仕事が増えるってか・・・でもそれをやると人手が足りないって後で泣き言を漏らす羽目にならんか?」
「思い切って不要を切り捨てるべき時なのでしょう。これを放置して将来育ってしまえばもっと大事に発展しかねませんからね。国が腐る原因ですよ。早めに処置してその元を断っておくべきです。減った人員の補充はこれまでそう言った馬鹿に搾取されていた仕事のできる者たちを引き入れて活性化を狙います。これが上手く行かなかったらまた別の事を考えますよ。今は腐臭を発生させている能無しどもを処分ですね。」
「おいおい、処分って言ってるけど、俺にそいつらを殺せって言うのか?」
「いけませんか?貴方の力なら簡単な事では?」
「おい、メリアリネス、チョーシこいてる?」
ここで少々の沈黙が訪れる。先にこれに口を開いたのはメリアリネスの方だ。
「貴方が介入するべき問題ではありませんでしたね。力を貸して欲しいと口にしたのは取り下げさせてください。これは私が王として対処して片づけなければならない事でした。安易に強大な力に頼ろうとしたのは早計ですね。とはいえ、使える物なら何でも使う、と言った覚悟も持つべきなので間違っていたとは言いませんけれどね。」
「疲れてると人ってのは普段は言わない事をふと口走るって事もあるんだろうさ。今はゆっくり養生してくれ。とは言え、殺し屋みたいな事はせんけれども、やって欲しい事は他に何かあるか?」
ノトリー連国で俺が貴族たちを纏めて排除した時と、こちらの状況は全く違う。ここでメリアリネスの頼みを受け入れなかったのはそう言う事だ。
向こうは切羽詰まった状況だったし、しかも俺がソレをやると言う意思を持ってして動いた事であるからアレだけの事をやらかしている。
けれども神選民教国の状況はそれとは別だ。ならば女王陛下には頑張って貰う。のっぴきならない状況にでもならない限りは俺は排除の手助けなんてのはする気が無い。
「これと言った得に大きな事項は有りませんね・・・細々とした修繕がここ最近は増えているくらいですかね。ソレに経費が結構持って行かれていて地味に痛い感じです。これは前王時代に散々後回しにしていた事案と言った所で。毎年小さな部分からコツコツとやっていればいい物を、それらを後回しにした経費を別の方に回していた様で。中には懐に入れていた者も突き止めているので証拠をキッチリ揃えてそいつらは処分ですけどね。」
「あー、じゃあそっちを手伝う感じで良いか?今からやっちまおうか。・・・おい、処分って方じゃ無いぞ手伝うのは?修繕の方な?そっちな?おい、メリアリネス、目がまたおかしな事になってるぞ?」
そちらも相当に心労の重い案件である様だ。良くもまあこれだけの問題が浸透していて国が崩れなかったものである。ギリギリで保っていたのか、或いはそこまで傾く程の額が動いてはいなかっただけなのか。
それでも貴族子息たちのアッパラパーな能天気に育った頭の方はもうどうしようも無い所なのだろう。
そちらは確実にメリアリネスは粛清の嵐を起す気に違いない。その嵐に血が余り混じっていない方が怨恨を生み出さないのだが。
こうして俺はこの城の修繕仕事を請け負う事になった。その内容は多岐に渡る。
外壁、内壁、訓練場、備品倉庫、手が回っていなかった部分の掃除やら廃品処分、老朽化した宿舎や馬房の改築などなど。
女王付きのメイドさんに案内されて城壁の修繕をと言う事で連れられて来た場所から見たその問題範囲は広い。
「と言うか、ここが一番酷い。ここに繋がってる訳だから他の部分も。そうなると・・・え?城全体を満遍無く整えなくちゃいけなくない?」
「・・・あー。そうなりますねぇ・・・」
案内してくれたメイドさんもそれに今頃気づいて力無く同意。ここまで酷い事になるまで放置していた事に寧ろ逆に感心してしまう程だ。
恐らくはピカピカと綺麗だった外壁は今やザラザラのボロボロ。風雨に晒され、風化を重ねて無残な姿。
歴史を感じられる、などと言葉を変えれば良い、と言うにはちょっと行き過ぎている。
「業者がお手上げって言う段階を超えて無いか?本来だったらその修繕業者に払うべき金が今回の俺の協力で浮く訳だ。だけどその金、本当は市場に流れて行ってこその経済の安定化だろうに?ソレをするのも厳しい程に城の財政がひっ迫してるとでも?」
「あの、そこら辺まではわたくしには・・・」
メイドさんが律儀にも俺の独り言というボヤキに返事をくれた。
「ああ、いや、スイマセン。今のは忘れてください。じゃあちょっと先に修繕用の材料を採ってきますのでここで待っていて貰えますか?」
「え?あの、今からですか?今日は下見、だけですよね?」
「いえ、今日中には城の外壁は全て綺麗にする予定です。あ、そうするとここで待って貰わなくても何時もの仕事に戻って頂いても良いのですが、どちらにします?」
メイドさんはどうやら俺の仕事の見張り、と言うか、仕事の進み具合の報告なども請け負っているそうなのでここで待つと言う。
俺はメイドさんの目の前でワープゲートを出して直ぐに岩塊蜥蜴の生息地に飛んだ。あそこには沢山の岩がある。
いや、別に蜥蜴を狩ってその甲羅?背負う岩?を補修材料にしようと言う魂胆では無い。
普通にボロボロの外壁にあてがう為の岩を採りに来ただけだ。
魔法で表面だけ綺麗に整えるだけなら直ぐにでもできたが、しかしやはりここは風化して減っている表面部分の補填も兼ねてしっかりと整えるつもりでこうしてその表面に塗る為の材料を採りに来たのだ。
「インベントリに岩を入れるのに、こいつら反応してくるかな?やってみなけりゃ分らんか。」
魔力に反応して起き上がって来る岩塊蜥蜴たちだ。もしかしたらインベントリを開く際に使っている魔力に反応してこっちに突撃してくるかもしれない。
こいつらは魔力を食べる。吸収する。なのでこっちに近づかれると面倒なのだ。俺の仕事がはかどらなくなる。
インベントリを開いている時の使用している魔力に齧り付かれたらどの様な事態に陥るか想像ができない。なので問題になる前にさっさと材料に使う為の充分な量の岩を回収したい。
こいつらの特徴は見分けられる。以前にゲルダに教わった事を思い出しながらそれらに近づかない様にしてゴロゴロと大き目の岩をパパッとインベントリに収容していく。
外壁の補修の為に必要な量がどれくらいになるか分からない。なのでざっと目に付く大き目の石、岩は全て収容していった。
かなりの時間を掛けて「充分かな?」などと思える位には夢中になって採取作業を行っていた。そして忘れていた事を思い出す。
「あ、メイドさんを待たせてた。うっかりしてたな・・・」
俺は急いでワープゲート出して即座に移動した。そこにはおろおろとしてどうしたら良いかと迷っている姿のメイドさんが。
「・・・ひえ!?あ、あ、あの、いつの間に戻っていらっしゃったので・・・?」
俺の姿を確認したメイドさんはそう言って飛び上がって驚いた後に質問をしてきたが。
「あ、スイマセン待たせてしまったみたいで。早速作業に入りますからそこで待っていてください。」
俺は魔力ソナーを城に広げていく。それこそ漏れが無い様に。それに合わせてインベントリから岩や石を取り出して魔法でそれらを砂に変える。
ソナーで広げた部分に沿ってその砂を流していく。外壁表面と砂に圧力を掛けてそれを圧着させていく。
剥がれてしまっては無意味なのでしっかりと、それはもう変質させるくらいの勢い、溶接するくらいのつもりで圧を掛けていく。
魔法でこれらを行っていくので城自体への影響は全く出ない。本当に魔法は便利過ぎる代物である。この作業は壁の表面だけに行われるので中への影響は無い。
壁はそうやって次第に流れる様にして整って行き、まるで陶器の様な美しい滑らかな表面へと変わって行っている。これまでボロボロだったのがまるで嘘の様なビフォーアフターだ。
コレを目にしているメイドさんは口を半開きにして意識の入っていない目でボーっとコレを眺めていた。
「はい、では作業は完了したので今日の所はこれで終了です。お疲れさまでした。」
俺はそう言ってメイドさんに声を掛けたのだが、返事が来ない。
まあこれだけの事を目の前にしたら誰だって正気を取り戻すのに時間が掛かろう。
石材を積んで建造されている城であるからして、この様ないきなりの光景を目にしては驚きが大き過ぎて自力では戻ってこれない様子。
俺がメイドさんの肩を指で三度程突いた所でやっとこちらに意識が向けられた。
しかしそこでメイドさんは口をパクパクと開いたり閉じたり。何やら俺に問いたい事がありそうではあった。
しかし言葉にできなかったのか、或いはソレを口に出す立場や資格が無いと判断していたのか?メイドさんは最後に諦めた様子で小さく「お、お疲れさまでした・・・」と漏らすだけだった。
こうして初日の修繕は終了だ。後の残りはコツコツとやっていくつもりである。
別に期限が決まっていたりしてソレまでに全て終わらせておいてくれなどと指定があった訳じゃ無い。なので一つ一つのんびりとやっていくつもりだ。
「あー、コレは仕事料を貰うべきものだな。緊急事態の助っ人なら別に人助けって感じでボランティアでも良いんだけど。今回のこれは、ちょっとなぁ?」
俺は一日と掛からずに城の外壁の補修を終わらせたのだ。これは職人を呼んで年を掛けて行わせる仕事だろう。
ソレを大幅と言うか、比べたら一瞬と言える時間で終わらせたのである。超・特急仕事料金発生事案だ。
「とは言っても俺は別にそんなの要求するつもりって無かったりするけど、向こうがどう思うかは知らんなぁ。」
城の外観が以前の様に、と言うか、俺は以前の威容など知りもしないが。修復されて綺麗に一日でなった事に今頃は気付いた者たちが騒いでいたりするのだろう。
そんな想像をしながら俺は自宅ベッドで寝転がってゴロゴロしている。
一日で余りにも仕事を詰め込み過ぎると俺の精神が疲労する。体力も魔力も全く減っていないが、心の方で疲れを感じるのだ。
なので明日からは午前中はノトリー連国を巡回。午後はメリアリネスの城の色々雑事を熟して一日の終了とする事に決める。
そうして翌朝。この日は雨だった。ノトリー連国の方の天気も、神選民教国の方の天気も、どちらも今どうなっているかは知らない。
この魔改造村は丁度双方の国の中間くらいに位置するのでもしかしたらこの地域だけに今雨が降っているだけなのかもしれないのだ。
家から外に出た俺は魔力の壁で頭上にバリアを張って雨を防ぎつつ双方の国の方角にサッと視線を向けてみた。
「ノトリー連国の方は降っていない・・・?曇り空かな?向こうの神選民教国の方は雲間に晴れが見えて所により雨?」
天気は地味に重要だ。見回りするにも雨が降っていると人の動きの観察がし難い。濡れるのを嫌がって住民が家から滅多に出ないから。
畑仕事にも影響する。雨降る中でびしょ濡れになりながら畑仕事はしないだろう。まあ収穫時期になればそうはいかないと思うが。
修繕修復も外での作業の物がやりにくくなる。とは言え俺は魔法が使えるのだからそう言った事は関係無くやれてしまうが、気分的にそう言った感じにはならない。
やはり作業は晴れた中でやった方がやり易いし、見落としなどもしずらいだろう。
まあ俺からしてみればそう言った事は気分的なモノとして処理出来てしまうのだが。魔法が万能過ぎるので。
「・・・俺の気分一つで天気も操れちゃうんだよなぁ。まあそれはやり過ぎだと思うから滅多な事じゃしないだろうけど。」
科学の力で雨雲を消す、と言った実験があって豪雨災害の被害を抑えようとする試みがあった事は知っている。
そしてソレが成功したと言ったニュースも見た覚えがあった。
俺はソレを思い出して「あ、魔法でこの世界では解決できちゃう・・・」とちょっと戦慄してしまう。
しかも恐らくこの世界で魔法でそんな事をできてしまう存在は恐らく俺だけ。
いや、ドラゴンもできるかも知れ無いが、あいつはソレをしようとも思わない所か、思いつきもしないかもしれない。
「いけない思考だよなぁ。これを世間に知られたら、絶対にドン引きされるか、或いは悪行に利用しようとする奴らが近づいて来るよなぁ。」
今なんとなく想像してしまったが、多分俺一人でこの世界を滅ぼす事が可能だ。
「ソレはどんな破壊神ですか?魔王よりも遥かにぶっ飛んでるじゃ無いか・・・賢者って言われるのが可愛く思えて来た。まあだからって言ってそんな風に言われるのは心外なんだけどさ・・・」
俺はコレを忘れる事にして先ずは午前中の巡回を済ませてしまう事にした。
とは言っても雨の中で飛行するのは結構ストレスなので回る町村の数は少なめにしてそうそうに切り上げた。
ワープゲートで移動しても良いのだが、見回りする町村との間に何かしらの異変やら妙な動きをする集団などが無いかも見張っているのでコレはしょうがないと気持ちは切り替えている。
しかしこれまで飛び回っていて別にこれと言って妙な事も起きそうな雰囲気は何処も無い。これは只の俺の心配性から来るものなのだと納得はしている。
だけどしない何て選択肢は選ばない。問題が起きる前に片づける事が理想ってものだから。その為には必要じゃないと思った事もやっておくのは気持ちの整理にもなる。
天網恢恢疎にして漏らさず、などと言う事が俺にできるはずが無い。俺は神様では無いから。警戒し過ぎと言われても完璧では無い俺はコレを止めようといった気は起きなかった。
これに所詮俺は人の域から出てはいないのだと、そう思うと少しだけ安心する部分がある。
けれども他から見たら俺の事など意味不明な存在にしか映らないのだろう。
それらを自らの解り易く理解できそうな物に当て嵌めて人々は「魔王」だとか「賢者」などと言って心の安寧を得ようとしているのだ。
その「賢者」と言う認識と中身に俺の考えているそれと差異が大き過ぎるだけで。
「さて、今日は城内の方の作業を進めてみるかね?」
俺は見回りを終わらせた後に昼食を自宅で摂ったあと、神選民教国の城にワープゲートで移動した。
こちらに来るときは別に一々飛行して、と言った事はしない。一発で城の中である。
今回は城のあちこちの細かい部分を保全、補修、修繕の仕事をしていくつもりでいる。
丁度この首都では雨が降っていた。そこまでの土砂降りと言う訳では無く小雨と言った様相だったのだが。
やはり幾ら魔法で俺が濡れたりしないといっても雨中での作業は陰鬱な気分になりそうだったので城内の件を片づける事にしたのだ。今日は外の仕事はしないで城内に集中だ。
仕事内容を思い出しながら俺は魔力ソナーで城内を一気に調査する。頼まれていた部分や箇所以外にも誰にも気づかれ無い様な目立たない部分に処置が必要な場所が無いかどうかを調べる為だ。
「あ?なんだこいつら?」
俺に掛かればプライベートなどと言うモノは有って無い様な物だ。
ソナーで調べたらとある大部屋で十人がどうにも集まっているのを発見してしまった。
一瞬俺は会議でもしているのかな?と思ったのだが。しかし何だか妙な勘が働いて即座に俺は「盗み聞き」をしてしまった。
魔力ソナーを介してそいつらの会話が俺の脳内に流れ込んでくる。
「早い所、兵を集めて城に攻め込ませるべきだろう。」
「未だに療養との名目で出て来ないのは何故だ?我らの動きを読まれてはいないだろうな?」
「トリネール様の確保はまだできておらん。そちらを早急にやってしまうべきだ。」
「説得は通じ無さそうだぞ?そもそも我々の使者と会おうともしていないと聞く。」
「それは女王の指示か?それとも本人の意思で?」
「間者からは女王側にはこれまで怪しい動きは無いと言う報告だが?」
「ならば動きの無い今が好機では無いのか?今の時点で集めてある手勢を城に手引きして女王だけでもやってしまわぬか?」
「トリネール様を我々がまだ担ぎ上げる事ができていない。そちらの方も同時にやってしまうか?」
「接触が出来ておらぬのなら無理やり、だな。とは言っても兵の数がそうなると不安だ。」
「だから傭兵を雇えば良いと言っているだろう?金を積めば奴らはどんな汚い仕事でもやる。やるなら今だろう。」
頭の悪い会話をしているなー、と思ってしまった。こいつらがメリアリネスの言っていた無能どもだろうか?
会話に出て来るトリネールと言う名前の人物が恐らくメリアリネスの弟なのだろう。
こいつらはどうやら自分たちの思う通りに事が運べていない事に若干の焦りとイラつきを込めて会話をしていた。
何て間抜けで、知恵も決断力も無い奴らだ、などと俺は呆れてしまった。
(力を持っていてもソレを使い熟せて無い時点で典型的な凡人以下って感じだな。そんな自覚も無しに地位も名誉も金も権力も欲しいってか?分相応って言葉は、知らないんだろう)
こいつらが新王を立ててソレを操ろうとしても、寧ろ逆に自前でバカを勝手にやらかして周囲から圧力を掛けられて排除されそうである。
それどころかこの十名、仲間同士で足を引っ張り合って醜い争いをし始めて自滅しそう。
短い会話を聞いただけでも俺の中でそんなイメージが湧いて来たのだ。
長くコレを監視していたメリアリネスはそんな俺よりもっとこの馬鹿どもの事を分析できているだろう。
そんな状態でこいつらが革命を起せる可能性は非常に低いと思われる。
「よし、後でこの事はメリアリネスに報告するとして、俺は目の前の仕事を片づけるか。」
城内部の経年劣化が見える壁、微妙に罅が入った石床、色がくすんでしまっている天井、僅かに欠けた部分がある柱などなど。
魔力ソナーで発見できた部分はどんなに小さく、細かく、目立たない場所にある物であっても全て直していく。
城の中を歩き回らずとも修繕は進む。魔力ソナーに流し込んだ補修材、採取して来た石を砕いて粒子状にした物を魔法でそうした部分に融合、融着させていくから。
「傍から見たら俺が只突っ立ってるだけに見えるんだろうなぁ。実際にそうだから、何も知らない人に言われたら俺は文句の一つも言い返せないって言うね。」
滑稽な事である。今の俺を見て仕事をしていると思う者は一人としていないのでは無いだろうか?
俺も今の自分を客観視すれば「そんな所に立ったままで何をしているのか?」と口に出すだろう。
「ああ、そうだ。立ったままで無いとできない訳じゃ無い。メリアリネスの部屋に向かいながらやれば良い事だった。」
先程の十名の会話の事をメリアリネスに教えておく、それを思い出して俺は歩き出した。
いきなりワープゲートで移動でも良かったのだが、まだ城内部全域の修繕修復が終わっていない。
なのでソレを続けつつゆっくりとした足取りで俺は廊下を進む。
この状態でいきなりワープゲートを通ると広げてある魔力ソナーがどの様な風になるのか分からない。
いつかそこら辺の実験もしてみないとならないかもな?などと考えていたらメリアリネスの部屋の前に到着した。