聞く耳を誰も持たない悲しさよ
今、俺の目の前には広大な草原地帯にこれでもかと言わんばかりの数の兵が規則正しく並んでいる。
それを前にしてコロシネンは堂々とその正面に立つ。そして報告してくる。
「どうやら私の出した宣戦布告に全員が漏れ無く反応した様です。この場に高みの見物と言った様子で誰もが戦支度、戦装束にも無しに御輿の上にふんぞり返っています。」
「・・・いや、本当にこの国の根っこは腐りきってたのかよ・・・なぁ?まともな貴族って、いや、まともの基準はドウのコウのとあるかもしれないけどさ?こっちの味方と言うか、国の改革に賛同してくれた貴族って、本当に、居ないの?」
俺は本当にこの国の心配をしてしまう。これ程までに芯の芯まで私欲に塗れ切った貴族ばかりだとは思っても見なかったのだ。
ノトリー連国はどうやら議員、幹部などと言った形で国の行く末を決める機関がある様だが、その決定、方針を受けてこの貴族と言う立場の権力者がそれぞれに自分たちの支配する地域で政治を行って治めると言う様な形になっているらしいのだが。
「誰も彼もが居なくなった上の奴らの後釜に収まろうとしてコロシネンを狙ってるんだろコレ?この争いで活躍した奴がその椅子に座るって約束になってるとか、ホント、何処までもどうかしてるよ、マジで。」
コロシネンが集められた兵の数は五百も無い。しかし目の前に布陣する数は全部集めれば五千を超える数だ。
戦力十倍以上、武装も比べてみれば向こうの兵の持つ武具の方がしっかりとした物を揃えているのが一目で分る。
戦意だって遥かに差が出ている。こちらの集めた兵は絶望の顔色で怯え切って話にならない。いや、それは当たり前だ。この戦力差であるのだ。逃げ出さずにこの場に留まっている事自体が不思議だと言える程である。
まあ一度戦が始まってしまえば恐らくは即座に瓦解する事だろう。こちらの兵の抱えている恐怖は限界を既に超えているのが分る。
向こうの兵はこちらとは全く違う。勝ち戦と分かり切っている、と言った様子でヘラヘラした表情にニヤニヤを時折浮かべては緊張感の欠片も無い。
この争いで自分たちが死ぬなんて事は有り得るはずも無い、そんな考えがはっきりと透けて見えている。
こんな事は直ぐに終わらせて早く報酬を貰って酒でも、女でも買いたいと、そんな思いが解り易く読み取れた。
そもそも向こうの兵の数を五千以上とは言ったが、ここに集まっている貴族たちの数はざっと二十は居るのだ。
一人の貴族が集められた数はそうなると大体250前後と言った所だろうか?コロシネンよりも少ないのである。
貴族としての力はそこまで大きい訳じゃ無いようだ。きっと金で揃えられる者たちを早々に集めてここに集まったと言った感じだろう。
(兵士のお前らは報酬も貰え無ければ、それこそトラウマを抱えて帰って貰うぞ。結局はお前たちも自分たちの住む国が破滅しそうなのを全く分かって無いって事なんだろうからな。今回の事で危機感を覚えて帰ってくれ)
砂漠に放り出したあの幹部たちは今頃どうしているだろうか?早々に干乾びて死に至っているかもしれない。
あれから五日だ。コロシネンは貴族たちにこの国の行く末を説いた手紙書いた。それを俺がパパッと素早くコピーして数を揃えてコロシネンの案内で貴族たちの屋敷に漏れなくぶち込んで半日も掛からずに全ての配達完了である。
その手紙で既に最高決定機関の幹部たちがこの国から排除された事を貴族たちには教えていた。
そしてそれと同時にこの内容に不服があったら既定の期日に所定の場所で戦でケリを付けようと言った事も付け加えて書いていた。
(二転三転しているこの国の状況の調査をしようとしている者たちは一人も無し。コロシネンをまた排除すれば事が終わると思ってる奴らしかいない。しかも、この国の支配が自分が手を伸ばせば届くと、それを掴もうと必死になってる。幹部たちの行方やらをこちらに問うとか、助けようと言った様子は一切見られないとか、薄情にも程があるだろ。普通は幹部を助けて恩を売るとか、融通を聞かせて貰えるようにとか、貸しを作っておく、みたいな事を先ず思うんじゃないのか?)
他の貴族にこの機を取られまいと気を逸らせている誰もが。御輿に乗ってニヤニヤとした顔を浮かべつつも、その内心は何処までも汚い事を考えているんだろう。
他の貴族たちをどうやって排除するかとか、手柄の横取りは可能かとか、抜け駆けは出来そうかなど。
貴族たちはちらちらと全員が同じ行動を取っている。他の貴族たちの様子を横目でしょっちゅう窺っているのだ。その姑息さの何とも醜い事である。
「指定の時間はまもなくですエンドウ様。先ずは様子見とのご命令で御座いますが。」
「ああ、向こうが時間になって直ぐに攻め込んでくるようならそのまま俺が処理をする。けど、動かずにコロシネンの言葉を待っている様子であったなら、一言演説してくれ。」
敵側の全てが全てロクでも無い悪党であるのならば話が早いのだが。
流れや、周囲の目などに怯えて向こう側に付いている者が居ないとも限らない。もしくは自らよりも上位の貴族に脅されて仕方が無くこの場に出兵したとか。
なので一応はと言う事でコロシネンには宣言をしてもらう事にしてあるのだ。
まあその程度の事は本来なら送った手紙で「まだまとも」な奴らの選別ができていれば良かったのだが。そうすればこの場での手間も省けたし、戦場にこれ程の数の兵など揃わなかったのだが。
コロシネンの手紙で俺は少ないながらもこちらの味方になる貴族が出ると思っていた。だが結果はこの通り。
なのでちょっとだけ諦め悪く俺はこの様な手間を掛けて最後の審判をしようと思ってコロシネンにこの場で再びこの国の行く末の話をしてもらう事にしてあった。
「聞け諸君!今どの村も町も、食糧が不十分で民は飢え、死に、生きる気力さえも湧かず、絶望の淵に立って自らの生すら諦めてしまっている。こうなってしまえば徐々に、そして近い未来にも国は死ぬ。国が死ねば、貴族など、幹部などと言ってはいられない。国は民が居てこそだ。民の一人も居ない地を治めていると口にする事ほど滑稽な事は無いだろう。今こそ、貴族の我々がやらねばならぬのは改革だ。この緑と変わった地を、早急に開拓、開墾する事だ。民を飢えから解放する政策を打ち出す事だ。それが直ぐに成果が出ない事であっても、将来に豊かに、誰も飢え死にする事の無い国を作り上げる為に、今が、今が必要なのだ!民たちを導き、生かし、幸福に死を迎えられる様に治める事こそ、我々貴族の成すべき事である!目を覚ませ!私の言葉を聞いて心震わせる者よ!汝が今、苦しむ民の事を思うのならば、攻撃指示を出さずその場で待機せよ!もしこちらに攻め入ってくるのならば、容赦無く処分する!今ここでその目を欲望に染める者はこの国の行く末を任せるに値しない!熟考せよ!覚悟せよ!愚かなる者は貴族たる資格無し!民の苦しみを思えぬ者に貴族たる資格無し!この言葉がここに集まった者全てに届く事を願う。」
俺が魔法でコロシネンのこの演説を届けているので聞こえなかったなどと言う者は一人も居ないだろう。
だけども、だけどもだ。聞こえていても「聞いていない」奴らや「聞く耳持たない」奴らも存在する訳で。
向こうはしっかりとコロシネンの演説が終わるまで大人しくしていた。けれども貴族たちの顔からは汚らしい笑みは消えてはいなかった。
コロシネンの演説がどうしてこれほどの距離を通して耳に入って来ているのかと言った事すらも疑問に思っていない様子。
(まあ拡声器みたいな魔法の道具があるかもしれないからな。そう言った事があるから驚いたりしていないんだろうけど)
とは言っても敵兵の一部には何で遠く離れたコロシネンの演説が届いているのかを疑問に思っている者もいた様だ。
俺の目には首を左右に振って演説が何処から聞こえて来ているのかを確認しようとしている者が居るのが目に入った。
コロシネンを全く知らない者も兵の中には居るだろう。と言うか、貴族などと本来なら関わり合う事の無い階級の者たちが兵士としてここに居るのだ。
声を聴いたくらいでそれが元侯爵のコロシネンである事を分かる者は少ないはずである。
そんな兵の中にはどうやら勘の良い者もいた様で、サッと顔色を青くする者がチラホラ少数ではあるが見受けられたのが面白い。
どうやら演説をしている当人が見受けられないのにそれが聞こえている事を重大だと受け止めている様だった。
しかしそんな勘の良い者たちには無情である声が響く。そう、貴族たちの号令が響いたからだ。
「突撃じゃぁー!」
「他の者たちに遅れる事は許さん!」
「コロシネンの首を取った者には望むだけの報酬をくれてやるぞ!」
「ええい!早く攻め入らんか!この愚図どもが!」
「奴らを殲滅せよ!これは命令である。」
「てめえら!これだけ数がこっちにゃ揃ってるんだ。一人も逃がすんじゃねえぞ?」
「今後の為の見せしめじゃわい。嬲り殺しにしてしまうのじゃあ!」
「大事なのはコロシネンだけ。奴は絶対に逃がすな!殺せ!」
「囲め!向こうの数はたったアレっぽっちだ!包囲してしまえば簡単、お終いだぁ!」
「私がこの国を治めるのです。早い所コロシネンを仕留めてその首を私の所に持ってきなさい。これは命令
です。」
「俺がこの国の上に立ったら贅沢三昧できるんだろ?なら、遠慮無く他の奴らの邪魔もしていかねえと
なぁ?」
「げへっげへっ・・・我がこの国の支配者に相応しいんだな・・・誰にも手柄は渡さないんだな・・・」
「どいつもこいつも馬鹿な者どもだ。この私が次の最高幹部になるのは確定だと言うのに。無駄に張り切っておるな。」
「この下らん戦いが終われば教国へ再び攻め入る計画だ。悪戯に時間を浪費したくは無いが、しょうが無い。他のクソどもよりも私が支配した方が余程マシだろうからな。参加せざるを得ない。」
「他の馬鹿どもの命令を聞かなくちゃいけなくなるなんて真っ平御免だぜ!だったら俺が寧ろこいつら無能を顎で使える様になった方がマシだ!」
「ああ、気に入らない奴らを使い潰して周りを綺麗にできる未来、きっと素敵ですね。なら、ここで頑張って私の揃えた手勢でコロシネンをやらなければ。頑張りましょう。」
「あらまあ皆さん張り切っちゃって。私は別に幹部の椅子は要らないんですけどねぇ?でも、ここは張り切って見せた方が後々の印象も良いでしょうから。」
「俺は誰かに従ってる方が気楽なんだがな?責任を背負わされるって、面倒じゃ無いか?何も考えていないくだらない連中に突き上げ食らう事程にイラつかせられる事って無いだろ?テキトーにやっておくかぁ。」
「・・・即座に撤退できる様に、密かに準備もしておけ。しかし他の貴族に悟られるなよ?しかし攻め入るのに手を抜くな。難しい塩梅だろうが、攻め時、引き際を見極めよ。」
「ここで大事なのは様子見だよ皆。相手の数が少な過ぎるのはもしかしたら罠か何かがあるかもしれないからねー。ウチの大事に育てて来た屈強な兵がこんな下らない事で減るのは勘弁だからね。慎重に行くよー?」
まあ、確かに様々な貴族たちが居るのは分る。分かるが、誰もコロシネンの言葉には従わない。その場で待機すると言った者が出ない。悲しい結果だ。
貴族たちのこのセリフを俺は奴らの上空で姿を消した状態で聞いていた。
「これが終わったら、神選民教国に攻め入る」と言った事も聞いた。
(何処まで行っても、努力と労力を払わずに略奪と言う形で自らの豊かさを確保しようとするのか・・・戦争で死ぬのは自分じゃ無いって事で、ドイツもコイツも他人事なんだろうな)
大事なのは自分の利益、利権。今この戦いを下らないと断じて偉そうに兵に命令を出している貴族たち。
(この国の将来、未来を決める戦いを下らないと言うのなら、よっぽどお前らの方が取るに足らない存在だよ。飢える民の苦しみ何てこれっぽっちも理解できないんだろうな。思う事すら今まで一度もしてきた事なんて無いんだろうよ)
現状維持を狙ってこの場に参加して、あわよくば手柄を立てる。そんな考えでこちらに兵を突っ込ませる命令を出すなんて貴族も居るのが腹立たしい。
(民たちだけで土地の開拓開墾をして収穫が上がったら、それを搾取するだけなんだろうな。改革に金も出さず、人も出さず、指標も指示も計画も出さず。だけども増えた収穫は自分の物だとばかりに奪う。何もしていない癖に。それはやってる事が野盗、強盗の類と同じだ)
人の命を使い潰す事に何ら意識も無い、突撃だけを命ずる無能な貴族。
(どうせ自分が死なないからって高を括ってるんだろうよ。なら俺がお前らの忘れている「自分の命」ってやつを見つめ直させてやるよ)
もうここに集まった貴族たちの本性は見た。そして救えそうな者が一人も居ない事を確認した。ならばもう良いだろう。突撃してきている兵も一緒にまとめて片づける。
バラバラと纏まり無く騎兵も歩兵も只々に突撃。陣形も無い、作戦も無い、戦略も戦術も無し。
数の暴力で蹂躙、そんな意識がバレバレのスケスケに見え透いている。
貴族たちは自分たちが勝つ事を疑わず、突撃を目の前にしてのコロシネンの陣営が全く微動にも動かない事に罠かも、と疑っている様子も無い。
(あー、そう言えば何だったか?こんなごちゃごちゃにくっ付けて転がす操作をするゲームがあった様な?)
塊なんちゃら?だったか?タイトルはうろ覚えだ。そう、今まさに俺が生み出した魔力の玉に一人の兵士がくっついた。
そのまま俺は魔力の玉をコロッと転がす様に移動させる、横へ。
するとくっついた兵士はその勢いと一緒に動く。そのまま魔力の玉にくっついたままで。
そうなったらそれにぶつかる他の兵士も出てくる訳だ。そしてそう言った兵もくっつく。魔力の玉を移動させればさせる程に。
ドンドンとくっついていく。そしてその塊はドンドンと次第に大玉に変化していく。連鎖をしていく。
その変化した大玉はそうなると表面積を徐々に大きくしていくのでより一層に兵士がそれに巻き込まれて付着してまた一回り、二回りとソレは巨大に成って行く訳で。
「阿鼻叫喚の嵐・・・地獄の光景だな。」
その人の集まって固まった巨大玉は止まらない。転がるたびに満遍無く敵兵をくっ付けてはその大きさを増大させる。
「うばああああ!」「助けてくれェ!」「げぼらばべぼぉ!?」「ぎひゃああああ!?」「いでえええええ!」「どうなってんだよぉぉ!」「じぬ!じぬ!じぬぅぅぅうう!?」
「離れろ!離れろよぉぉぉぉお!」「へぎゃああああ!」「嫌だぁぁぁ!」「来るなぁ!来るなぁぁぁ!?」「ひいいいいいい!?」「ぅげえぇぇぇぇぇ・・・」
「神様ぁぁぁ!」「たしゅけ!たしゅけ!たしゅけてへぇぇ!」「ぶえぇぇぇ!?」「あべじ!」「・・・へっ、へへへ、こんな死に方、ありかよ?」「こんな、こんなの!」
「あんまりだぁぁ・・・がべっ!?」「何だよ・・・なんなんだよ・・・何がどうなってんだよ・・・」「誰か!誰か!誰かぁぁぁぁ!?あがっ!」「こんな!はずじゃ!なか・・・あぼえぇ!?」
「クソが糞が糞がぁ!生き残るんだ!生き残るんだぁぁぁ!・・・がぁはへべ!?」
まあ言うなれば「この世の地獄」とでも表現できる光景だ。五千を超えていた数の兵士は全て皆呑み込んだ。
騎馬兵もその機動力で逃げ切る事は出来ず、空しくこの大玉に巻き込まれてその一部と化している。
それを高みの見物していた貴族に向けてごろりと動かす。
「何なんだアレは!?オイ!誰か!説明をせよ!」
「・・・こちらに、近づいてきている?まさか?」
「撤退だ!撤退!こんな結末など認めん!あってはならんのだ!」
「アレに潰されたらお終いだ!逃げるぞ!」
「認められるかぁ!あれはいったい何だと言うのだ!?有り得るかぁぁぁ!」
「やってられない!なんなのだ!こちらの兵士が!どうなっておるのだ!」
「こんなものは戦などでは無い!断じて戦などであってはならんのだぁ!」
「必ず勝てると言ったのは何処のどいつだ!?あんなの聞いて無い!聞いていないぞぉぉぉお!」
「こんな事になるなら来るんじゃ無かった!全力で逃げるぞ!・・・オイ!?どうした!?何故動かんのだ!?早く走れこの愚図が!」
逃げられるはずが無い。逃がすつもりも無い。俺は既に貴族たちを魔力固めで拘束している。もれなく全員。
高みの見物していた貴族たちは最後に取っておいてあった。フィニッシュはこいつらで決まりである。
ゴロゴロと巨大な、遥かに見上げる程に育った人の塊、その玉が迫力満点に貴族たちに迫る。そして一人残らず轢き潰した。
そう、くっ付けない。最後の最後は潰れて地面に埋もれて貰う。
そうして役目の終わった玉はまるで噴水の様に、くっ付いている兵たちをまき散らす。
こうして辺りにはドサドサと兵士たちが地面に死屍累々。
「運が良い奴は生きてるだろ。まあ逆に悪かった奴らは運の尽きだな。」
その後俺はコロシネンの所に戻った。そして一言。
「後片付け頼んで良いか?一応は何かあると困るから最後の方まで俺もこの場に留まっておくつもりだけど。」
「処理は全てこちらにお任せください。」
この言葉を聞いて俺はリラックスチェアを出してそれに座りノンビリする事に。
コロシネンは早速兵士たちに指示や命令を出しているのだが、その兵士たちの動きがどうにも鈍い。
ちょっと視線を向けてどうしたのかと観察してみれば怯えている様子である。まあ、やり過ぎたと言う事だ。
俺は事前に敵兵をどうするかなどを説明などしていない。寧ろこの場で何の事も無く平静に動けるコロシネンの方が異常と言えようか。
コロシネンの息子もこの戦場に同行しているのだが、父親に対して質問攻め、いや、恐ろしい物でも見るかの様な目でブルブルと体を震わせて「コレはどうなっているのか?」と泣きそうになりながら質問している。
コロシネンはその息子の質問に答えずに事後処理を進める様にと再度指示を出している。
納得できないと言いたいのだろう。顔面の筋肉を硬直させつつもコロシネンの息子は兵士たちに動く様に促し始めた。
そして暫く時が過ぎ、片付けが終わってみればかなりの大惨事となっていた事がコロシネンから俺に報告される。
「敵兵の生き残りは千を少々超える程度、応急処置をしましたが、重症者も多く、生存するのは千を切るモノと見られます。今回に参加した貴族は全員が死亡、これにて戦の終了を宣言してもよろしいかと。」
「はい、ご苦労さん。それじゃあ味方の兵士たちには充分な報酬を約束してやって。さて、終わったな。後は何か今後に俺に助けて欲しい事はあるか?」
腐敗の掃除はこれで終わったと見て良いだろう。後はコロシネンの政治の力で頑張って貰う事になる。
だけども俺の力が必要だと言うのであれば手を貸すつもりである。今日の様に。
「はっ!労働者の数は心もとないですが、開拓事業が出来ない程ではありません。しかし、その労働者たちへの食事問題があります。圧倒的に不足しており、この点に関してお恵みを分けて頂きたく。」
「はいよー。それじゃあ早速動くかね。持ってきたら何処に出せば良い?」
餅は餅屋に、である。ここからは俺が勝手にバカスカと好き放題するのではなく、政治を以ってして国を変えさせる。コロシネンにやらせる。
こうしてコロシネンと今後の事をザックリと話し合って俺は魔改造村に一旦戻る。食糧支援の為だ。
「あー、だけどここの土地の魔力含有量はやっと落ち着いて来たばかりだしなー?それをまた、ってのはちょっと。・・・少し離れてる空いた土地に俺専用で新しく作るか。」
ノトリー連国の食糧問題はかなり深刻な所まで行ってしまっている。早急に問題に取り掛からないといけないだろう。
「だけど村人たちに手伝って貰うってのはちょっとなぁ?あー、俺が全部一人でやるしか無さそうか?」
ノトリー連国の問題はここの魔改造村の住民は関係無い。いや、関係あるのか?どうなのか?
しかして俺はそこら辺を難しく考えない事にする。このまま永続的に支援し続ける訳じゃ無い。短期集中型だ。
ならばここは一気にやってしまって後々で足りなかったりしたら補填すれば良いだろう。
ここで俺は村長の所に相談しに行く。苗や種などで余りが残っていたりしないかどうかだ。
そう言った余剰などが無いなら無いでまた他所から搔き集めてくればいい。
そうして村長と話をして五つ程の種イモを分けて貰った。
「うーん、これじゃあちょっと足りないかな?まあ一度やってみれば良い事か。甘味があったらあったでヤル気や効率アップとかに繋がるだろうか?」
腹いっぱいになれば人はそれなりに動く事はできる。だけどもそこにヤル気が満ちているかどうかは分からない。
何時もいつも同じ食事を出されれば飽きると言うモノだ。食べられるだけ幸せ、マシ、と言った感情もいつしか薄れていく。
口に入れる食事が美味しければそう言った気持ちの薄れ具合も減少するだろうが。
何ら味気の無い物を食わせられ続ければ人と言うのはかなり早くテンションを下げる。
「芋だけじゃ無くて他にも色々と欲しいよな。それと、メリハリをつける為に週に一回甘い物、ってのはまあ、悪くないか。」
俺は村の外れに向かいながらそんな事を考える。そして良い感じに平坦な土地を見つけてそこの地面へと、地中へと魔力を浸透させていく。
一応は広範囲に魔力を流したのだが、どれくらいの量があれば良いかが分からない。必要最低量、などと言わずに大幅に余らせても別に大丈夫だろうと思って結構広めに浸透させてしまった。
「まあ、先にこの芋でどれくらい収穫できるか試してみるか。・・・大丈夫かな?」
かなり自重せずにやってしまったとこの時に思い至る。けれどももう後の祭りだ。
村長から種芋の扱いをある程度は聞いていたのでその通りに地中に埋めた。
もちろん土は魔力を浸透させた面積全てを既に耕してある。後は待つのみである。
「前にまだ土中の魔力量が多かった時はアレだったか?たった一日で生育が完了していて四六時中収穫していたっけ。」
住人は毎日ずっと収穫物と格闘していた事を思い出す。恐らくはこの芋も明日になったら一気に成長しているのだろう。
「うーん?じゃあコレはこれで良いとして、後は、甘味、かな?メルフェでいっか。この土地でも育つのかねぇ?と言うか、桃栗三年柿八年?種から育てたら何年かかるのかね?」
先ずはメルフェの実を取って来なければならない。取り合えず種が欲しいのでしっかりと成熟した実を一つ取ってくる必要がある。
俺は巨狼の住む森、そこにあるメルフェの木の場所へとワープゲートで移動した。
そこでパパッと魔力ソナーでしっかりと完熟している実を探してそれを一つ捥ぎ取った。ソナーで調べるだけでは無くそれを視覚、嗅覚、触感、などを実際に自分で確かめる。
「よし、これでいっか。これをそのまま土に浅めに埋めれば芽が出るかね?やってみないと分からんなぁ?」
全くのド素人で何の情報も無しにメルフェを植えようとしている滑稽さに俺は溜息が漏れた。
「もうちょっと何か考えようぜ、俺。何でも魔法で解決!ってやってると直ぐにでもボケてしまいそうだ。馬鹿の一つ覚え、うーん?馬鹿とハサミは使い様?」
そこで無駄に頭を働かせようとした俺はメルフェの木の周辺の土を大きめのバケツ一杯分インベントリに放り込んだ。
「アレだよ、ほら?なんだ、生えてるその地の土とかに植えたりすると芽の出る確率が上がるとか、何とか?」
素人の考え丸出しで何らの根拠も無い。正直言って自分で自分に呆れて遠い目になった。
「ほら!こういうのは思い付きと勢いだ!もう戻る!」
こうして俺は専用畑に戻ってその一角に採取した土でメルフェの実を包んでそれを埋める。
「まあ後は明日だ。一応はコロシネンにも一言断わっておくか。」
取り合えず必要な量の試算などもざっと聞いておけばいいだろう。まあだからと言ってそれを聞いてどうなるモノでも無いのだが。
これで準備はオッケーと思った俺はノトリー連国に一旦戻ってコロシネンに明日か明後日には収穫物を持って行く事を告げた。