お金は世の中を明るくします
クスイは俺の考えていた通りにありとあらゆる投資事業を展開してくれていた。
もちろん無利子無担保。それを始めた最初の頃は気が狂ったのかと同業者たちから言われたそうな。
しかし失敗も成功も関係無しに金をばら撒くものだから逆にクスイは恐れられたらしい。
何故かと問えば、裏の商売を始めたのだと判断されたからだそうで。
しかし段々と投資した事業やら新しい商売を始めた者、傾いた店の立て直しなどでの成功例が出始めると次々にクスイに縋る者が出て来たそうだ。要するに、詐欺やら高利貸しやらでは無いとキッチリと判明したからだろう。
その頃には俺の預金額は確実に減っていたと言う事だ。絶妙に見通しギリギリな計画で融資を受けたいと申し出て来た者たちの存在もあってそれらの失敗などが重なりかなりのマイナスとなっていたと言う事である。
しかしそこに問い合わせが殺到。何かと思えば帝国から。魔力回復薬である。
その件で超巨大で長期の契約が入り、その売り上げで俺の口座の数字は爆発するかの様に増えたのだ。
しかも投資、出資した事業や商売などの成功した所からは「恩」と言う形の目に見えない「利益」が膨れ上がっているとクスイに言われてしまった。
「詐欺などには今の所は一度たりとて金を掠め取られたりはしておりません。損失が出た案件は数知れずではありますが。それと、国から金を借りたいと言う要請が来ております。如何致しましょうか?」
「・・・え?国から金貸してって来たの?うーん?じゃあその件ちょっと俺が預かるわ。これから城に行く予定だったんだ。ついでに詳細聞いてくる。と言うか、そんなに国庫がひっ迫してるのか?どんな事をするつもりで金を貸せって言って来たんだかな?」
一体幾ら借りたいと言うのだろうか?別にこれを断らずに直ぐ受けてしまっても構わなかったのだが。
こういう大きいお金の動きと言うのは中抜きされたり、そのお金が全く関係無い奴の懐に入り込むと言った事も考えてしまう。横領である。
動く金額が大きいので少額ちょろまかして帳簿を軽く誤魔化せばどうせバレないだろう、そんな風に思うバカが現れそうだ。
「クスイ、もしかして貸さないとひどい目に遭わせるとか言われて脅されたりしてない?」
「御心配ありがとうございます。ですが今の所はその様な脅迫は受けておりません。」
「あー、だけどさ?そのうちにクソな貴族がやって来て理不尽で不条理な要求をしてくるかも?そういうのに対しての防衛対策はしてあったりする?俺の想像だけどさ。そういう奴らって短気で平気で命を奪って来ようとするんじゃ?」
「その辺りの点も一応は対策を取ってあります。とは言えども、できるだけの事をできるだけやっているだけに過ぎないのですが。」
「・・・何だか心配になっちゃうなぁ。うーん、俺が原因なんだよなぁ。何かしら俺の方でも考えとか無きゃダメかな?それとも国を脅してそういったクソ馬鹿を今から予め潰しておくのが良いか?」
「・・・余り国の崩壊に繋がる様な事はなさいませんよう、お願いしますね?」
「まあ半分冗談だ。じゃあこれからもお金の管理とかはクスイに全権任せる感じで。苦労を掛けちゃうけど、よろしく。」
「・・・半分は本気ですか。はぁ~。行ってらっしゃいませ。」
俺はそう言ってワープゲートで今度は王子様の私室に移動した。その時のクスイの顔は俺に呆れた様子だった。
「おや?丁度お茶の時間だった?なら少し話しても良いか?金貸してって要請出したんだって?」
休憩中だった王子様に俺は単刀直入。これに眉根を顰める王子様。
「・・・何の話だい?私の耳にはその様な話は入って来てはいないのだが?誰が、誰にそんな?」
「え?どういう事?だってクスイのやってる融資業に国が金貸してって要請が来たって聞いたよ?今さっき当人に聞いたばっかのホヤホヤホクホクなんだけど?」
話が嚙み合っていない。それこそ国が民間の者に対して金を借りる何て事になったら国の運営末期である。そうなればこの件が王子様の所に情報が行ってない訳が無い。何だか雲行きが怪しい。
「クスイが今俺のお願いで世の中に金をばら撒いてくれてるんだけどさ、それは知ってた?」
「・・・いや、クスイが融資会社を設立したと言うのは知っていた。知っていたが、エンドウ殿がやらせていたのか・・・ああ、それならば納得した。」
「いや、なんか勝手に納得しないで貰えない?何をそんな「腑に落ちた」みたいな顔してんの?」
「エンドウ殿がやらせているのにその事業内容と金を貸す相手の基準などを把握していないのか?」
「・・・あー、その、全部丸投げしてる。取り合えず方向性だけ伝えて後の判断はクスイに全権委任。ここに来る前にちょと話を聞いただけ、だね。え?もしかして、俺の想像以上に世間が騒いでたりする?」
「無責任過ぎるだろうに・・・まあ、その話は後にしよう。国がその会社に要請を出しているんだったか。経済部と国庫財源管理部と、それから国王陛下に話を聞きに行こうか、今から。」
「あれ?何か話が変な方向に?」
王子様にどれくらいの金額欲しっているのかをちょこっと聞いてみるつもりなだけだったのだが。
どうにもこのままだと国を騙った詐欺が現れた、みたいな流れに、もしかしなくてもなろうとしてやしないだろうか?
お茶を飲み干した王子様が立ち上がる。そしてスタスタと部屋を出て行った。
「あれ?俺は付いて行かなくても良さそう?・・・ちょっと一息つくかぁ。」
俺の本来の用事はデンガルに会う事だ。古代文字の方で何かしらの新しい情報を仕入れられないかと思ってこちらにやって来たはずだ。
それがちょっとクスイの所に寄り道しただけで変な事になりかけている。そう、なりかけているだけ。まだ確定じゃ無い。
もしかしたら王子様の所にまでこの件の報告が届いていないだけだったかもしれないのだ。そこに俺が先に滑りこんで情報を出してしまったばかりにこの様な展開になっている可能性だって残っている。
「王様が勝手に決めた事だったりしたら王子様の所にまでその報告が流れてこない、何て事は・・・有り得るか?」
将来に王となる立場の存在に関してその様な杜撰な対応になったりはしないだろう本来なら。
そう考えたら今のこの状況が少々おかしい、なんて所じゃないと言う結論になってしまう。
「俺は関係ないや・・・などとは言えないんだよなぁ。俺がクスイに頼んだ事なんだから。あーあ、どうしてこうなってるんだよ・・・」
自分の知らない内に妙な事が起きている、などと言うのを避けたいならば責任を持つしかない。自分が思い付きで始めた事に。
今回の件に関しては俺には文句を付けられる権利も立場も無い。痛い所である。
こんな事にしたくなかったのなら最初から俺がクスイと一緒に協力して管理して入れば良かったのだから。
それからしばらく待つ。王子様が出て行って既に時間は30分を超えている。
もうこうなると「何も無かった」とは思えない。そうしてまたそれから大体十五分過ぎた辺りで俺が「確定かな?」などと呟いた時に王子様は戻って来た。
「・・・ああ、問題は解決したよ。エンドウ殿はもう戻って頂いても良いのだが。顛末を一応聞いておくかい?」
どうやら別に俺の出番など無かったようだ。まあそれが普通だろう。非常識な俺の力が必要だなどと言う事になっていれば、それはきっともっと物事は複雑になっていて巨大なモノであるだろうし。
「えーっと?これは国の方で対処して全てキッチリ片が付く、って事で良いの?だったら、あー、俺がそれを聞かなくても良さげだよね?うん、聞かないでおくよ。で、いきなり話変わるけど、いい?本題はこの話じゃなくてさ、本当は。」
この俺の返しに王子様が疑いの目でこちらを見る。お次は何だ、と言いたそうだ。
しかし俺がそれを言葉にしようとする前に王子様が先に口を開いた。
「ああ、ちょっとそれよりも先ず話したい事がこちらにあってね。それを済ませてからで良いだろうか?」
「うーん?何?あんまり無茶な頼みは聞けないぞ?」
「私からしたらエンドウ殿がこれまでして来た事の全てが無茶を通り越して不可能な事を可能にしてきていると言えるんだが・・・」
この王子様のセリフを否定できないのが俺には何とも言えない気分になる。
とは言えそんな気分にいつまでも浸っていてもしょうがないのでさっさと話とやらを聞く態勢になる。
ここで飛び出して来た話の内容が。
「融資してくれないだろうか?」
「え?その話まだ続いてるの?」
まさかの金貸してくれであった。ざっくりと事情を聞かせて貰えば。
「今年中にやっておきたい治水事業で予算が足りなくなった部分が出てしまって。来年度に持ち越しするのは如何なモノかと言った所なんだ。早急に、とまでは迫ったモノではないのだけれど。しかし先延ばしにするのも憚られると言った微妙な所でね。他の事案に投入する予定の金額を削って回すかどうか議論していた所なんだよ。もちろん他の所だってかなりギリギリで遣り繰りしているモノだから、各部担当者の大多数が拒否を示していたりしてどうにも結論が出ず。しかし毎回と言って良い程に会議を開く度に同じ議案が出されるからどうしようも無くてね。」
「で、民間に借金しようかってなった?そこに丁度俺が来たから、って事?」
「まあそうなるね。まさか国を騙った詐欺が出ているとは思いもよらなかった。そんなお土産まで付いて来た感じだけれど。」
王子様は苦笑い。どうやら各署に問い合わせと国王陛下に確認して裏が取れたのだろう。
クスイの所に来た融資して欲しいと頼んできた輩は詐欺だった様だ。国を騙るとはかなりの大胆手口である。度胸も凄いと言わざるを得ない。
「詐欺師はどうするの?俺が捕まえる?」
「いや、そちらは直ぐにでも捕縛する計画を立てたので大丈夫だよ。」
犯人逮捕は王子様が既に手続きの指示出しを済ませているのだろう。ならば話はもうこれ以上別に複雑にする必要も無い。
「クスイにちゃんと説明を国の方からしっかりとしておいてくれれば、俺の方からは何も言う事は無いよ。遠慮せずにジャンジャンバカバカドッカンと金を持って行ってくれ。正直、大金があっても使い道がこれと言って無いんだよ俺。溜まる一方じゃ世の中に宜しくないからね。金は天下に回す物ってね。」
本来なら「回り物」と言うのだろうが。俺の場合は使う所が余りにも無いので積極的に「回す事」を意識しないといけない。
放っておけばそのうちに自動で溜まりに貯まってどうしたら良いか分からなくなるくらいの数字になってしまう事態に陥るのが目に見えていた。
「借りるのだから金利は・・・」
「要らん。イラン。いらーん。」
俺が要らないと言った事に王子様が「は?」と理解不能といった顔に変わった。
「使い道が無いから減らす努力をしてる訳よ。まあちょっと迂闊な事して増えたんだけど。金利とか何とかカンとかしてたらまた増えるじゃん?だから要らんのよ。」
「何ですかその贅沢な悩みは・・・呆れてモノが言えませんよ・・・と言うか、刺されますよ?」
王子様は俺のこの悩みに小さく溜息をついた。普通の人なら思いもしない様な事をやっている事に何処までも呆れたらしい。と言うか、刺されるとはなんだ、刺されるとは。
取り合えず金貸してと言う話は終わったので今度は俺の方だ。
「それで、俺の話しても良いか?デンガルに会いに来たんだけど、向こうは面会の余裕はある?」
「ああ、そうだったので?別に問題は無いでしょう。寧ろエンドウ殿が訪ねて来た事を喜んで入っている予定を全て無しにしそうではありますね逆に。」
「え?何それ・・・ドン引きなんですけど・・・」
王子様が言うには俺が指導をした後のデンガルはどんどんメキメキとその実力を上げていったらしい。
限界かと思われたこれまでの実力を嘘かの様に超えて、果てはその超えた先をまた数日もせずに超えて新たな研究や論文を発表しているそうな。
その精力的な活動は今も止む事無く、今日も今日とて机に齧り付く様に書類を仕上げて、また実践研究、そして新たに身に付いた技術を他の魔術師に伝える為の教科書の様なモノを書き上げているだろうとの事。
「・・・会うのは止めておこう。そんなに忙しいなら突然顔を出すのは大幅に相手の調子の狂う原因にもなりかねないしな。予定のいきなりの変更は他の周りの人に迷惑を掛けるだけだ。また今度にしておこう。」
これまで毎度の事いきなりやって来ていた俺が自分の行いを全否定する様な発言に王子様は少々の白けた目を向けて来る。
今回もこうしていきなり城にやって来たのだから俺の登場で王子様の調子を狂わせただろうし、他の役人たちにも大幅な迷惑を掛けているだろう。お前がソレを言える立場か?と言った所である。
さて言葉ではこう言っているが、正直に言って俺がデンガルに会う気が失せただけである。
こういった精力的な研究馬鹿は会えば話の終わりが見えなくなる位に喋り倒す。そして別れるタイミングを計らせてもくれない。
そしてこちらに絶対に質問の嵐を飛ばしてくる。それに答えたらそれはそれでドンドンと次、次と言った感じでこちらの事など考えず、慮らずに怒涛の質問攻撃を続けて来る事だろう。
なので、逃げた。
俺は王子様にそこで「じゃあ、またいつか」と言ってワープゲートを即座に出して移動する。繋げた先は魔改造村の自宅。
「多分あのまま城に残ってたらデンガルが俺の事を聞きつけて突撃されてただろうな。危ない所だった。」
古代文字の件を聞く事が出来なくなってしまったが、仕方が無いと諦める事にする。
「ワークマンの所にまた・・・いや、もう何か今日はこれ以上動く気にならなくなったな。残りは休息にして続きは明日にするか。誰に古代文字の事を聞けば良いかねぇ?」
この件についてはワークマンとデンガルくらいしか思いつかない。後はドラゴンか。しかしドラゴンは今世界中を飛び回っていて捉まりそうにも無い。
俺としては別にこの「魔王出現(笑)」に関しての事に危機感を持っていない。帝国の教会の聖女様はどうやら深刻に捉えているらしいが。
(なんか妙に引っかかるんだよなぁ俺の中では。何が?何処が?・・・色々と、だな)
余り考え過ぎてもストレスだ。この引っかかった何かがきっと俺に危機感と言うものを抱かせないんだろうと何となく理解していた。なので深刻にこの問題を捉えられていないのだ。
「今頃帝国では騒ぎになっているのか?まあそれは教会だけの事なんだろうけど。」
貴重な物を俺が持ち逃げした様な、そんな状況になっているのだ。
一応は心当たりがある知り合いの所を回って協力を仰いでくる、と言った趣旨の事は最後に伝えてからあの場を後にしたのだが。
そうは言ってもそんな一言で許される様な代物では無いだろう教会にとっては。
古代遺跡から見つけて来た、しかも今、帝国教会では最も重要な案件の資料である。
「もしかしたら俺の事を盗人扱いして指名手配でもしてるかもな。うーん?皇帝がソレを許さないだろうけど。」
帝国で指名手配ができずとも、教会で指名手配を出せるだろう。
信者に俺の似顔絵でも見せたりして発見次第に報告をさせる位はしようとするはずだ。
今頃はそんな手配でテンヤワンヤになっている可能性がある。
「・・・一度戻った方が良いか?でもなぁ?説教をされるつもりはないからなぁ。今日はもう良いや。飯食って寝よ。」
今戻っても、後々で戻っても説教をしてくるのは同じだろう。
まあそもそも俺はそんなモノを素直に受ける気はサラサラ無いが。
皇帝が俺に今回の件を一任したのだ。それをしっかりと聖女様は認知しての今回のコレである。誰にも文句を言われる様な事をしていないと俺は自負している。
聖女様が皇帝に協力要請を出しているのだ。ならばその皇帝から全てを任せられた俺の行動を呑み込め無い、認められ無いと言うのなら、最初から教会だけの力で全てを解決するべきだったはずだ。
俺は取り合えず何も気にしない事にした。どうせここは別大陸である。海を隔てたこんな所に教会の手の者がやって来れる可能性はゼロだ。
ならばもう今日はやる気が出ないのでのんびりと残りの今日の時間を使うだけである。
そうしてゆっくりとその後を過ごした次の日。さて何処に行って、誰にこの古代文字の事を聞けば良いかと考える。
これまでにで会って来た人物を一人一人朝食を摂りながら思い出していく。
一度しか会っていない者たちもいたりして名前が思い出せ無いと言った事もある。
顔は思い出せたけど、名前何だったかな?などと言うのは生きていればアルアルな事だ。
「あ、歴史家のオッサン二人は古代文字とか知らねえかな?うーん?良く考えたら勉強する必要も無いか。帝国の歴史の編纂をするのが仕事だったんだろうし?」
過去を調べているからと言ってもジャンル違い、調べるターゲット違いだ。
そこでふと思い出す。ダシラスだ。帝国の魔術師。ワンチャン古代文字を研究していたりしないだろうか?
なので一度俺は帝国に戻る事にした。それも教会に。
何故教会かと言うと、この板と装置を返却する為である。
一応は聖女様に見つからない様にとひっそりと俺はこれらの保管してあった部屋にワープゲートで移動、ブツを置く、即座にとんぼ返り、をする。
「ふー、これで一安心。別に悪い事をしたと思っちゃいないけど、見つかったら絶対に文句付けて来るだろうしな。それに付き合うのは面倒だからな。返却した事はそれとなく伝えておいた方が良いか。なら今度は教会関係者に伝言を頼んでおくか。」
俺はワープゲートで今度は帝国の人の通りの少ない路地を思い出してそこに繋げる。
移動した後はそのまま歩きで教会へ向かった。その教会の前の道を箒で掃いていた者に声を掛けた。
「あー、すみません。頼みたい事があるんですけど、一つ良いですか?伝言をしてもらいたいんですよ。」
「・・・貴方は何処のどちら様ですか?」
「ああ、別に俺の事を疑って貰っても良いんですけどね。あ、コレ、お使いして貰う為の駄賃です。それで、ブツは元の場所に返却しておいた、って聖女様に伝えといて貰えます?それじゃあ。」
俺は即座にパパッとササッと自分の要件だけ相手に押し付けてその場を去った。
引き止められても面倒で、追及されても面倒だ。伝えるべき事はこれで最低限やった。
「板に刻まれてた古代文字は俺がもう全部記憶しているし、後はダシラスに会いに行ってコレを確認取って・・・」
知らなかったらそれまでだ。そうなったらドラゴンを探して俺が世界を飛び回って聞いてみる事にする。
しっかりと調査としてこの古代文字に何が掛かれていたかの全貌を明らかにしておいた方が、後々の面倒やら勘違いなどが防げるだろうから、こういった部分はキッチリと最後までやっておいた方が良いだろう。
もしかしたらマジ物の「魔王」だなんて存在が本当にいたらと考えたら今の内に古代文字の解明はしておかねばならない。
(俺は魔王のレッテルを一国に貼られた経験があるけどね。そんな似非なんて物じゃ無く、本当にこの世界での本物の「魔王」なんてのが本当に存在するのなら、それはたぶん・・・)
俺にはその「正当」だの「正統」だの「本物」だのと言った「魔王」がどの様なモノであるかなどと言うのは想像ができないが。
魔王と言うその響きだけで「何かヤバそう」くらいは思うのだ。
自分の中にある「違和感」が「そんな心配は要らない」と主張しているのだが、万が一もある。
と言うか、俺の中のそんな曖昧な感覚でこの調査を終わらせるなんて事はしちゃいけないだろう。
と言う訳で俺は先ず皇帝に今回の調査の中間報告を上げに出向く事にした。
調査依頼はあくまでも皇帝から受けているのだ。聖女様や教会から受けた訳じゃ無い。
なので報告は皇帝に直接するのが筋である。
そして俺は皇帝の私室にワープゲートでサクッと移動だ。
「で、こちらにやって来た訳か。昨日は聖女が私の所に突撃してきてエンドウの事をギャンギャンと批難していったよ。これには私もホトホト困った。どうしてくれるんだ?」
「いや、そんなの文句言われる筋合い無いよこっちは。あ、なら中間報告聞くの止めておく?」
「はぁ~、受けるよ。受けるけど、勝手に持っていった物は教会に直ぐに返しておいてくれないか?また聖女が文句を付けに私の所に突撃してこない様に。」
溜息を付いた皇帝が諦めたと言った感じで俺にそう頼んできた。まあ既に例の物は元あった場所に返しておいてあるが。
「俺は黙って持っていった覚えは無いな。一言断ったよ?まあその許可が出る前に持って行ったと言う事実はあるけどね。だって説得しようとしても許可なんて出さなそうだったからね。それじゃあ調査が先に進まないだろ?だから少々強引に持っていっただけだ。何せ俺は皇帝から要請を受けて調査を依頼されたんだ。その権利があるだろ?」
俺の主張に皇帝は「それもそうなんだけどもさ・・・」と言ってまた大きな溜息を一つ吐く。
どうやら俺の言い分も多少は認める所があると納得している様だ。
こうして皇帝の納得を引き出した所で俺は例の装置の事を報告する事にした。
「ある一定量の魔力が注がれれば光るのか。ふむ、ではかなりの時間をずっと光っていたと言う教会側の主張はどう考える?」
「うーん?その装置が光るだけの魔力がずっと一定時間反応するくらい感知されていたって事だけど。じゃあそれを発生させていた原因は何だ?って話になるね。」
「当ても無く調査隊など出せはしないからな。帝国でそれが起きていたのか、はたまたもっと別の地域で起きていた事なのか?全く分らん、と言う事が分かったくらいか。それで、古代文字の警告文の方は何か分かった事はあるのかな?」
「いやー、聖女様がそこら辺の解明解読した部分を俺に教えてくれないってさ。教会が長年かけて来た研究成果は極秘で門外不出だとさ。調査を頼んできたのにも関わらず非協力的と言わざるを得ないね。しかも装置の方も触らないで調べてくれ、だったんだぞ?そんなのイラっとして強引な手も取らざるを得ないってもんでしょ。」
「確かにまあそんなのじゃ調査は進まないね。で、エンドウなら取っ掛かりさえあれば完全解読は可能なのかい?」
「まあそうだなぁ。ある程度はできるんじゃないかと思ってるけどね。それでも自信はそこまでじゃないかな。」
「で、今後はどんな風に進めていくつもりなんだい?」
「それでさ、古代文字の研究とかをここの魔術師の誰かがやっていたりしない?」
「あー、そうかぁ。そう言った手もあるか。なら少しだけ待っていてくれたら研究をしている者たちを調べさせよう。まあいるかどうかは分からないけれど。」
こうして俺は暫し待つ事に。皇帝は仕事が残っていると言うので執務室の方に行ってしまった。
このまま私室で待つ俺は出された茶と菓子を堪能しつつ聖女様がこの場に突撃してこない事を祈る。そして。
「古代文字の件を知る者を必要とされていると聞きました。私はコレードと申します。初めまして、賢者様。」
そう言って部屋に入って来た真っ赤なローブを着た若い魔術師。
見た目は好青年の印象なのだが、その目の下のクマが酷くてかなり不健康に見える。
だが別段歩きはふらふらもしておらず、喋りもしっかりとしていてそこまでの心配はしなくても良さそうだ。
しかし髪の毛は肩まで伸びていて、しかし手入れなど全くされていないようでボッサボサ。くすんだ金髪で目の色は淀んだ青と言った感じである。
パット見では好青年だったの近くに来て良く観察したら物凄く不摂生である。正直、身なりを整えろと言いたい。
「余り近づかないで。ちょっと臭いもあるよ。急に呼び出して済まないと思ってたんだけど。そんな気持ちもちょっと所じゃ無く失せちゃうよ、そんな不衛生じゃさ。それと、俺を賢者と言うのは今後無しで。」
「あー、その、申し訳ござませんでした。古代文字の事を知りたいと言う事で浮かれてしまっていました。」
申し訳無さそうに頭を下げるコレードはどうやら随分と慌ててこの場にやって来た様である。
(浮かれてしまった、ねぇ?一体全体どうしてそうなる?)
俺は一抹の不安を感じつつも、このコレードの宛がわれている研究室に行く事とした。