また再びの
皇帝の私室には俺、皇帝、その秘書。それと聖女にその護衛二人が居る。それ以外は人払いをしていて誰も居ない。
聖女の護衛は男性で二人とも俺の事をもの凄い形相で睨んできている。どうやら前回の時にも居た護衛である様子。俺への敵意が半端無い。どれだけ聖女至上主義なのか?前回、前々回?の俺の聖女への態度と言ったモノが気に食わないのだろう。
「さて、では聖女殿。お話と言うのは何なのかな?」
皇帝が簡潔にそう聞く。ここにこうして集まったのは聖女がいちいち俺と皇帝に話を聞いて欲しいと頼みに来たからだ。
聖女と言ったどうにも帝国の教会の一番上の立場であるなら、俺の所に来て話を聞いて欲しいと言いに直接来なくても使いを出して呼び出しをすれば良い。
皇帝に対してはそうはいかなくても俺にはそうできたはずだ。だけどもそれをしなかったのは聖女の元々の性格からか、はたまた話の内容の重要性からか。
(あの場に狙って現れた様に感じるんだよなぁ。皇帝が控室に来るって読んでたんじゃ?簡単にそれくらいなら予想できるしな。それで手間を省く為に試合後にやって来た?)
俺に話をして、皇帝にも話をして、と二度も同じ内容を喋らなくてもこうして集まって貰えば一度で済むし、その中身如何によっては意見を聞けるとなれば機会を窺っていたと言える。
「我が教会の宣託部所でこの度「魔王」の出現を観測したとの報告を受けました。その事で話をしに・・・あら?」
聖女のその言葉に俺は表情を「すとん」と落として真顔になる。さんざん呼ばれたその「魔王」に俺は感情が凪ぐ。
どんな事を話してくるのかと思って多少のソワソワはあったのだが、これに俺は一気に心が冷める。
「エンドウ様?何か?」
「気にしないで話を続けて、ドウゾ。」
俺は内心「何でここにきてまた魔王なんだよ・・・」とげっそりである。
そんな事は知らない聖女はその魔王に対する教会の認識の説明に入る。
「我が教会での伝わっている魔王の伝説、伝承と言うと、この世界に混沌、破壊、変異をもたらすと言い伝えられています。この三つの内の一つかもしれませんし、三つ同時、或いはこれらを順に繰り返すと言う事なのです。その魔王が生き続ける限りそれは続き、討滅させねば世界は滅びるとさえ。」
「・・・疑問なのだが、観測した、と言ったね?それはどういう事なのかを教えてくれないか?どうしてその様に?」
「帝国聖教会は以前より密かに古代遺跡の探査をしており、そこで発見された貴重な資料があります。」
「それは私も知らなかったな。なるほど、それで?」
皇帝も聖女も深刻な表情で話を続ける。どうにも聖女は皇帝が知らなかった事実を此処で暴露して、皇帝はそれを聞いてもシレッと話の先を促す。これに俺は二人ともまともな精神じゃない様に見えた。
(教会の秘部でしょ?普通はそこら辺を濁さない?皇帝もさ?そんなにすんなりと受け入れずに、驚きでもう少し表情崩すもんじゃないの?)
何だか俺は自分がここに居るのが場違いなのではないかと不安にさせられた。しかしそんな事は知る由も無い聖女は説明を始める。
「古代人の残した警告が刻まれた素材不明の板が発見されています。残されたその文字は古代語でしたがそれをできる範囲まで解読した所、先ほどの説明の内容が記されておりました。」
「それで、観測、だね?それはどの様に?」
「この警告の刻まれた板と同じ箱に魔力観測用と思わしき道具が入っており、そちらも調べてみた所によれば「特定の存在の魔力に反応する」と言った性質になっている道具だと予想されております。」
「なるほど、その警告の「魔王」の魔力に反応すると思われ、それが誕生した時に知らせる役目だと思われる物その魔道具が反応したから、それで魔王が出現と。」
「世界に危機が迫っていると判断してその対処に関し教会のみでは何もできないと思い、力になって頂けないかとこの様にしてお願いを。」
「観測はいつ頃されたのかな?魔王の影響が今どれだけ出ているかは分かるのか?」
皇帝と聖女が何だかどんどんと話を進めて行ってしまう。そこ、皇帝、疑わないの?と疑問に思ってしまう。俺は薄情者なのかと心配になりそうだ。
魔王だなどと言う存在を聖女の言うままに信じて話を皇帝が進めている様に見える。まるでホイホイと詐欺師に引っかかっているのでは?と見えてしまう光景だ。
「その道具に反応があり、一時間程の時間ずっと光輝いたと報告を受けたのですが。申し訳ありません。影響と言う部分に関しては全くそれは分からないのです。その反応以降、何故か全く何も起きる様子は無く。なので各地の調査の為に帝国から冒険者ギルドに要請を出して頂けないかと。」
「確かにその魔王の話が現実で起こるならば、この帝国を守る為にその異変調査はせねばならないのだろうが。しかしそれは無理と言う話だな。」
「やはり金額面ですか?」
「いや違う。問題なのは「世界規模」と言った部分だな。余りにも我が国だけで対処するには膨大、問題が大き過ぎる。帝国だけの問題ならば直ぐに調査隊を組んで周辺に派遣しただろうが。これは世界を相手にしている警告なのだろう?古代の警告がこの帝国だけを名指しで指名している訳はあるまい。この世界を対象にした警告だろうからな。ならばこれは他の国々へと極秘で共有する情報だろう。王国にこの件を密書で送るくらいしかできんな。」
「帝国周辺の調査は無駄だと?」
「そうでは無いんだがな。なんと言えばいいか。もう起きてしまった事の調査は無駄にはならんのだが、それを役立て様としても無駄に終わる、今回の件はそういうものだろ?何処で何が起きるか、起きないのか、全く分からない。そして起きてしまった事には事後対処をするが、その他の場所、何処かで起きる異変への未然に防ぐ為の対処は不可能と言える。何せこちらは情報が無さ過ぎる。警告には何がいつどの様に起きるかなどまでは書かれていないのだろう?それは手の打ち様が無いと言う事になる。それが世界中で起きるんじゃないのか?帝国だけの問題では無いんだろう?やるなら各国との連携を密にして起きた被害のその後の収拾に全力を注ぐのがせいぜいだ。その場その場の行き当たりばったりな、見つかるかどうかも分からない「兆し」を探し続けるのはキリが無い。目の前の事だけに囚われ過ぎて他の事にまで手が出せなくなる状況に追い込まれるのが一番ダメなんだよ。今回の件は全て後手に回る事しかできないのが現実となるだろうな。それとも観測でその魔王の居る位置が判明していたりするのかね?そうなれば総攻撃でも何でもかけて魔王を討ち果たせるのだが?」
「納得いたしました皇帝陛下。では、我々はどの様な動きを今後して行けば宜しいでしょうか?」
話の進みが早い。今の皇帝の説明で聖女はどうやら理解はした様だ。少し前まではちょっと深刻そうな様子が見受けられていたのだが、今は多少そんな雰囲気は治まっている。
何だか俺が全く話の中に入っていけれないのだが、それは別にどうでも良かった。しかしここで皇帝が。
「いや、ここは全部マルッとエンドウに任せてしまおう。お願いできないかな?」
「・・・は?」
俺に全部押し付けようとしてきた。いきなりここで俺に話を振って来たので反応するのに少々の時間が掛かってしまった。
「・・・なあ?何で俺よ?そもそも俺に全部押し付けって、それ、国としての対応として良ろしくないんじゃないの?と言うか、何でこの話を聖女な様様は俺に聞いて欲しいなんて?コレ、俺関係なくない?」
「私の勘でしかありませんが、貴方が「魔王」ではないかと思いまして。この話を聞いて頂いてその反応を先ずは見てみようと。」
シレッとここで聖女が失礼な事をほざく。これには皇帝も呆れた顔に変わっていた。
しかしここで聖女はその考えの根拠を続けて説明してくる。
「貴方があれほどに強力な魔物を従えて、しかも従魔としての刻印も無く。その様な事をできる存在と考えると、それこそ「魔の王」くらいしか居ないのでは?と思いました。しかも強力な三体の魔物も捕獲を成功させていますし。」
「・・・良くそんな考えしていてこの話をその魔王と疑う俺に持ち込んでこれたよね?何?聖女ってそんな肝が据わってるって表現じゃ表しきれない程の度胸が無いと務まらないの?それとも危機感とか、身の危険とかへの意識が低いの?寧ろ、何も考えてない頭の中スッカラカン?」
この最後の言葉に聖女の護衛二名が即座に剣を抜いて俺に斬り掛かって来た。
皇帝も聖女も秘書も、もちろん俺もその瞬間的素早さに対して対処できず。
剣はそのまま俺の頭に振り落とされた。まあそれを食らった俺は無傷なのだが。
「俺の反射神経はぶっちゃけ一般人くらいしか無くてね。こうして鍛えてる人たちの動きに突然に付いていけれる訳無いんだよなぁ。と言うかさ?聖女の護衛って、こんな頭に血が上ったら最後、問答無用で人を殺す様な奴らばっかりなん?」
恐らくは聖女を馬鹿にした事を口にしたので護衛が怒りで俺を斬り殺そうと動いたんだと思うのだ。その証拠に護衛二人、顔真っ赤。
しかしそうなると二人とも息ぴったり過ぎて驚くくらいだが。
「・・・申し訳ありません。この二人はどうしてもと志願して私に付いて来た者たちです。私の事を神聖視し過ぎで普段からその言動が少々問題視されている者たちでして。二人の処分は如何様にもお好きになさって頂いて結構です。」
「これはあんたが、教会が仕込んだ事では無い、って事で?」
「そうです。私はこの度に彼らへは何らの指示など出してはおりません。今日一言も彼らとは一切言葉を交わしてもいませんから。本日の彼らの仕事は只の私の護衛となっています。それ以外の勝手な行動は重罰です。私の命が危うい場面で無ければ、その剣を勝手に抜く事も、使用も禁じています。」
この追及に嘘は言っていない、そう俺には感じられた。もしかすれば最初から聖女が仕組んでいたと言った事も考えられたのだが。しかし俺にはこの聖女がその様な事をする性格だとは思えない。
魔力ソナーで嘘か本当かを探っても良いかと考えたのだが、それは止めておいた。そもそもこの聖女が俺をいきなり殺すにしては、皇帝の私室にまで来ていきなり護衛二人に襲い掛からせるという手段は遠回り過ぎるし、皇帝の目の前でそんな事をする理由も分からない。
そして今俺が斬られたのはどう考えても護衛の禁止事項に抵触しているだろう。だって聖女の命があの場面で危うい、などと言った事はあり得ないのだから。
只俺が聖女に対して「スッカラカン」と批難しただけなのだから。
皇帝の方はと言うとこの一連の事に呆気に取られて固まっている。その皇帝の前に秘書が構え庇う様に立っている。その表情は硬い。暗殺、もしかしたら皇帝の命が危なかったと気が気ではないのかもしれない。
こうなると本当にこの護衛たちが勝手に動いたのだと言うのが顛末なのだろう。狙いは百パー俺。
俺が聖女の事を「頭の中スッカラカン」と評した事でこの護衛たちはそこで瞬間沸騰してしまったと。
以前の時からずっと俺を目の敵にしていた様なのでいい加減プッツンしてしまったと。自らの役割を投げ捨ててまで。
さて、いきなりのこの修羅場である。この後どう収拾を付ければ良いか俺は悩む。
これに関しては全ての元凶は俺だと言う事ではあるのだろう、この護衛たちからしたら。だが、だからと言ってこの護衛たちがやった事は重罪に値する行為である。
幾ら聖女を馬鹿にされたという理由でも、いきなり殺害に至るなど、そんなのは言い訳が通るはずも無い。まあ俺は死んでも居なければこれぽっちの怪我もしちゃいないのだが。
それでハイ終わります、許します、とは俺がそうさせない。こんな危険な奴らを野放しにはしておく気は無い。しかもここは皇帝の私室だ。そんな場所だと分かっていて剣を抜いて振り切って見せたのだ。お咎めが皇帝から発せられる場面である。
さて、また何処かで俺を暗殺しに来るかもしれないと考えればここでこの二名を殺害して禍根を断つのが一番良いのだが。それは簡単過ぎるし殺伐とし過ぎなので俺はここで少々考える。
「どうせ自らが崇め奉る対象に馴れ馴れしいとか言った勝手な言い草で俺を殺そうとしたんだろ。だって四六時中ずっと俺の事を恨みの目で睨み続けてきてたもんな?良くずっとそんな態度を続けていて疲れないよな、って思ったわ。」
俺がこんな呑気な事を言っているのも既に護衛二人は俺が固めてあるからだ。魔力固め最強説。
その護衛は俺に剣を振り切った姿で動け無くさせてある。正直言って、邪魔だ。
「処分は俺に任せてくれるって事だけど。それならこの二人、教会から破門するってどう?それとこの帝国からも追放。さて、この求めは承諾して貰えるかな?」
俺のこの要求に護衛たちは必死に何かを訴えたそうな雰囲気になっていたが、無視だ。口も固めてあるのでこいつらは喋る事はできない。
「わかりました。この場で私が宣言します。この二名は破門とします。教会に戻りましたら即座にその手続きをし、この二名には教会に今後一切入る事を禁じます。」
「ああ、それと、もう二度と聖女と顔を合わせない、接触しない、ってのも追加で入れて。それが一番こいつらには殺されるよりも辛い罰だろ。なぁ?」
「わかりました。その事項も追加で入れましょう。教会の出す正式な書類で、署名も入れて処理をしておきます。」
聖女が余りにも即答するので動けない二名は俺の拘束から逃れようと必死に魔力を放出し踏ん張っている。自由になり弁明でもしたいのだろうが、でも、それは効果を出していない。
護衛と言う事で恐らくは剣も魔法も両方使えるエリート、と言った所なのだろう。
しかしそんなエリートの足掻きは無駄だ。俺が今回に込めた魔力の量も密度もこいつらの実力と比べたら桁違いである。その程度でこの「魔力固め」が破れる訳が無い。
ここで皇帝が口を開いた。俺が追放を求めた事に関しての事を話す。
「ここは、私の私室だ。そんな場で幾ら聖女の護衛と言う立場であっても剣を抜いて、しかもそれを私の友人を殺そうとそれを振り切ったのだ。聖女を守る為で無く。この様な事を見逃せるはずも無い。本来ならこの場で拘束、即座に投獄、その後尋問、情状酌量など無しの死刑、と言った流れであるが。我が友人の願いを受けてこの場で私自らが二名に命ずる。この帝国より追放だ。もう二度とこの先この帝国の地は踏ませない。」
この言葉に秘書が素早く書類を作り始めた。仕事が早い。ついでにいつの間にかどうやら応援も呼んでいたらしい。
部屋に五名の豪華な鎧を着た騎士が入ってくる。そして俺が固めていた二名に縄をかけてキッチリカッチリと縛り上げた。
この時に俺は捕縛し易い様にと魔力固めを操作して二名を動かしている。
皇帝の連れていけ、との言葉を聞いてそのタイミングで俺は魔力固めを解いている。
しかしそのタイミングでどうやら自由に動ける様になった事で二名の内の片方が暴れる。
「聖女様!私はッ!あがッ!?」
しかしこの行動に一瞬で対応した騎士に後頭部を打たれて気絶させられて担いで運ばれて行った。
そして部屋の扉が閉められてやっと静けさが戻って来た時に俺は口を開く。
「・・・で?何の話をしてたっけ?」
いや、覚えているのだ。どんな話をしていたかは。だけどもこうした騒ぎが起きたせいでドタバタしたので俺は話を整理したいと思っただけである。それ以外の他意は無い。
しかしこれに皇帝も聖女も二人して小さく「はぁ」とため息を付いて来た。
俺はそれが不満に思い追加でここで言う。
「特定の存在の魔力に反応、って道具?それ、嘘くさいね。と言うか、解釈間違ってない?だって俺が感じる魔力って、全部同じだぞ?特定とか、特殊とか、違いとか感じないぞ?どれもこれも、何から何まで差異とか感じないんだけど?それが魔王の魔力にだけ反応する?いや、それ違うんじゃね?」
俺は以前に「つむじ風」にもこの話をした覚えがある。しかしここでコレに聖女が少々の驚いた様子だった。
「それはどういう事でしょうか?」
「え?どうもこうも・・・何て説明したもんかね?いや、古代文明がどれほどのモノか知らないから俺の言った事の方が間違ってる可能性あるかも。その装置が高度な物で俺なんかじゃ分からない違いを受信してるとか?」
否定しておいて自信が無くなってきた。そもそも実証やら実験やら検証を重ねて来た訳じゃ無い。根拠や証拠がこの場で今示せない。
それにその装置とやらもこの目で見て、触ってもいないのだから何ともしがたい。もしかしたら古代にはそういった技術があって教会が解析したその通りの効果を出しているのかもしれないのだ。
「鵜呑みにし過ぎない事が大事、ですか。確かにそうですね。発見されたそれを無防備に信じ過ぎているかもしれません。」
何だか勝手に聖女はそう言って納得してしまった。ここで皇帝が口を開く。
「まあ何にせよ、今できるだけの事は準備しておいた方が良いな。それが取り越し苦労であればそれはそれで良い。最悪になるよりかは余程マシだからな。」
そんな皇帝のセリフの後に、そこで俺の口から疑問がポロリと零れる。
「なあ?そもそも、魔王っていったい何なんだ?姿形は決まってるのか?それはどんなだ?魔王魔王、言うけれど、どんな力を持っていて、どんな性質で、どういう種で、何が目的で、どんな風に生まれてきて、どうしたら死ぬ?その他にも諸々と情報が無さ過ぎるんじゃないか?」
敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言った部分である。
聖女が「世界の危機」と言って持ってきた問題だが、その肝心の中心となる魔王がどんな存在なのかの情報が一切ないと言っても良い。倒さねばならないと言っておいて。
俺は神選民教国で魔王呼ばわりされているのでどうにもこの話は早く終わらせたい気分になっている。
しかしこうして話を持ち込まれ聞かされたからには気になる点が幾つも俺には沸いて来ていた。
(二つ、三つは妙な事に心当たりがあるんだよなぁ。嫌だなぁ)
俺のこの言葉で聖女がハッとした顔になった。どうやらずっとこれまで聖女は冷静では無かったらしい。それを自覚したのか苦いモノでも口に入れた様な顔をしている。
「余りにもボンヤリで、杜撰過ぎやしないか?いや、だから調査が必要だと要請しに来たんだろうけど。うーん、これまで稼働して無かった魔力に反応するその装置がいきなり動いたから焦ってた、そんな感じみたいだなその様子だと。」
口に手を当ててジッと床を見つめる聖女。自身の事を振り返っているのだろう。
「あー、それで俺に全部丸投げして調査お願いって所に繋がるのね。ラーキルさんよぉ、皇帝陛下様よぉ、ちょいと俺を簡単に扱い過ぎじゃねーかな?」
黙っている聖女を放っておいて俺はここで皇帝批難をした。しかしこれに。
「冒険者組合に指名依頼を出しておこうか?エンドウがやってくれたら問題を解決したも同然だろう?」
などと返されてしまった。俺はこれに「面倒」と言って断った。いちいちそんなモノを通す必要性なんて無い。
「指名依頼とか出さないでもいいよ、もう。分かった、やってやるよ。でもちゃんと報酬は貰うから。それじゃあ最初は教会にあるその装置?機材?でも一目拝んできましょうかね。それじゃあ案内よろしく?」
俺はそう聖女に向かって言う。そこで一拍間を開けてから返事が返ってくる。
「・・・お手柔らかにお願いしますね?」
こうして気を持ち直した聖女の案内で教会へ。その宣託部署と言う所に向かう事となった。
そうして案内された場所は以前来た事のある教会とは別の場所。そこには一軒の普通の家。
「教会の敷地内には全て収めておけない量の研究資料があるのです。ですから、それなら一軒丸ごと家を購入してそれに使ってしまえばいいと言う事でこうなりました。」
「大胆だなー。それで、まあ、結構想像していたよりも片付いてるね?もっとごちゃごちゃになってるのかと思ってた。」
中に入ればどうやら教会の関係者、研究を担当している者なのだろう男性二名、女性三名。
入って来た聖女と俺に対して挨拶をしようと動く訳でも無く、椅子に座って机に広げた資料とずっと睨めっこしている。
その中で女性一名がチラリとこちらに視線を向けてきたりはしたが、それも直ぐに元に戻している。
「歓迎されてない、って訳じゃ無く、これ、いつもこんな感じなんだろうね。」
「ええ、そうですね。そういった方々を私が直接面接で選びましたから。では、装置は二階です。こちらへ。」
どうやら研究馬鹿とやらを集めたらしい、聖女自身が。
俺もこれに別段何も言う事は無いので案内されるがままに付いて言って階段を上がる。
そこで入ったその部屋の中央のテーブルにどっかりと置かれている石板の様な、鉄板の様な物がどうにも警告の刻まれた古代の板の様だ。
その傍にある机にルービックキューブよりも一回り大きい四角い箱がどうにも観測装置なのだろう。
そしてそれは予想通り。ここで聖女が説明を始める。
「こちらが警告が彫られた板ですね。そしてその隣に置いてあるのが例の物です。不用意に触れない様にお願いしますね?何がきっかけでどの様な反応を起こすかは分かりませんので。」
これ一つしか無い貴重な物なんだろう。壊されたりしたら堪ったものでは無いと言いたいんだろう。
しかし色々と触れたり実験してみない事にはこの装置がどの様な仕組みだったり、機能だったりするか理解できない。
しかし俺は先に板の方に刻まれたその古代の文字って奴の完全解読をした方がこの問題の本質の最短距離だと感じていた。
なので俺はジッとその板の方に注視する。しかし。
「取っ掛かりが無くちゃ流石に何も分からんな。解読できてる文字の資料を貸してくれない?」
「機密事項ですのでそれは出来かねますね。」
「・・・この問題解決する気ある?まあ、良いや。じゃあそこの四角いの、触ってみても良い?」
「できうる事なら触らずそのままで観察して頂きたく。」
「・・・ホントにこの問題解決する気ある?まあ、それじゃあしょうがない。」
俺の脳みそは魔力で強化してあったりするのでスーパーコンピューター並みだ、性能が無駄に。
なので板に刻まれた古代文字とやらの解読は一瞬で終わらせられるだろうが。
聖女からは教会保有の解読資料は部外者には公開できないと断られてしまった。
こうなると自力でゼロから解読するのは余計に面倒臭いのでここで粘らずに諦めた。そこまでの労力を掛ける気になれなかった。
はっきり言って今回のこの事に俺のモチベーションはかなり低い。神選民教国での事があるから。
しかしこうなってしまったからには一応は納得できる所までは関わろうと言った気になっている。だからこうしてその観測装置とやらを見に来たのだ。
だけどもどうにも遠回しで「触らずに調べろ」と言われる始末だ。
「どうなるか分からないぞ?」
「え?それはどういう・・・」
俺は魔力ソナーを装置に纏わせる。そして外観の細かい部分までを詳らかにする。
(表面はつるつるに見えて、だけど、極微細の溝が彫ってあるな?これってあれか?導線?まるでランダム、の様に見えてどうにも各面の中心を繋いでるのか?)
俺はこういった分野に関しての知識なんて全く持ち合わせが無い。ならばこの様に細かい部分まで調べる意味は無いのだろう。
だけどもこの調べた情報を各分野のエキスパートに渡せば解読や解析をして貰えるはずだ。
(魔力を使っての調査だからこの観測器がどんな反応起こすか分かったもんじゃない、って問題を除いたらなんだけどな)
この装置の表面の極微細と言うのは顕微鏡で観測するレベルのモノである。
この世界で多分これを読み取れるのは恐らくは俺しかいないと思われる。目視では判別不可能だ。
(さて次は表面から内部だな。少しずつ浸透させて中の構造を見ていくか)
コレを調べた所で先にも言った通り、俺には何がどうなっているかなんてわかったりはしない。
けれどもこれも分かる者に構造図などを渡せば凡その予測は立てられるのではないかと推察する。
こうして何もせずに動きもしない俺に聖女は不安そうに一声かけてくる。
「あの、一体何をなさっているのです?と言うか、黙って見ているだけ?・・・どういう事ですか?」
俺が「どうなるか分からない」などと言っている癖に装置に指先一つも出さない事に対して聖女が眉根を顰め始めた。