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やはり頼るなら専門家が宜しいようで

 昼を食べてからマルマルの冒険者ギルドに行く。会うのはゲルダだ。

 以前に闘技場に出ている魔物のリストをゲルダは見ているので聞けば一発で「コレ!」といった魔物を教えてくれるだろう。


「今は別段忙しくないからその頼みは聞いてやるけどよ、ちゃんとギルド長に先に許可取ってこい。」


 直接解体場に行ってゲルダに話をしてみたら許可を先に取れと怒られた。確かにいきなり仕事中に尋ねているので当たり前の対応だこれは。

 暇だからと言って仕事を勝手に抜けるのは如何なものか、と言った所だ。


 俺は言われた通りに今度はギルド長の部屋を訪ねる。もちろん受付で今大丈夫かどうかを聞いてからである。

 そうして部屋へと入ってゲルダと話がしたいとギルド長に求めれば。


「・・・別に今日一日は解体は時間が余っているみたいだから大丈夫よ。問題は起こさないでねくれぐれも。」


 話が早かった。ここでギルド長はヤベエ事はすんなよ、と俺に一応は釘刺しを忘れない。

 許可も貰ったので再びゲルダの所に向かう。そこでは解体台には綺麗に何も無い。どうやら今日は冒険者たちの持ち込みが少ないらしい。


「こういう日がごく偶にあるんだよ。ちょうどそんな日に来るなんてよ、お前は何とも言えない奴だよ、まったく。」


「え?俺なんで久しぶりに会った知人にいきなりそこまで深い溜息付かれなきゃいけないの?」


 とりあえず他の職員も周囲に居たのだが、別段聞かれても悪いこっちゃ無い内容なので解体場でそのままゲルダに事情を話す。かくかくしかじか。


「・・・相変わらずだな、そっちはよ。で、アタシに決めて欲しいって?つーかよ?その見つけた魔物全部従魔にしちまえば良いじゃねーか。飼えない訳じゃねーだろ?」


「あー、まあ、そうだけどさ。たったの今回一回だけ出場させる気なんだよ。だからそこまでずっと拘束していたくないんだよね。」


「その考え方が意味分かんねーし、理解できねーし。まあ、そこは良いや。で、決めてやっても良いけど、どんなのが良いかは大体の感じ決まってんのか?」


「じゃあコレ見てくれるか?」


 俺はゲルダに決めて貰う為にこれまでに遭遇した魔物を立体ホログラフィ映像で目の前に出す事にした。

 言葉で説明するのは難しいし、壁に映した映像だとイマイチ臨場感や迫力などが薄れるかな?などと言った思い付きだ。

 まあ、それは成功した。しかしどうやら過剰過ぎた様で。


「・・・お前、やっぱり加減ってモノを知らないんだろ?他の職員どもが腰抜かして立てなくなってやがるじゃねーかよ。一旦今すぐコレ消せ。」


「え?」


 先ず最初にアオ熊を出したのだが、いきなり何も無い場所に現れたその姿に驚いたらしい。恐怖と混乱でこの場に居た職員がゲルダ以外全員、腰を抜かして地面に尻を付いていた。


「うん、流石ゲルダ、肝が据わってるなぁ。」


 やらかした事を誤魔化す為にゲルダをヨイショしてみたのだが。


「エンドウのやる事、なす事、大体がおかしい、って、アタシは知っていたからな。それでもかろうじてだぞ?」


 ゲルダにも先ほどの立体ホログラフィ映像はヤバかったらしい。ギリギリだったと告白された。


「いきなり目の前にそんなもん出されりゃ驚かねー方がおかしいぜ・・・ホント、バカだな、エンドウは。今の奴が何だか知らねーでしかも見せたんだろ。ちょっとは考えろ。」


「もしかして、もしかしなくても、ヤバい奴だったりする?」


「あの種類の「赤」は話に聞く事はある。けど、赤って言っても血みたいに赤い訳じゃねえんだぞ?せめて赤茶色って所だ。それが何だ?今見せた奴は?青だぞ?真っ青だぞ?本当にそんな色、あり得るか?嘘を言って無いだろうな?」


「いや、嘘言う意味が無いじゃん。俺は会った魔物を正直に見たままに再現して見せたぞ?」


「じゃあそれが本当なら未だに発見報告がされてない突然変異種だろうな。もう一回見せてみ?ちゃんとアタシの知ってる特徴が合ってるかどうかもう一度じっくり見てやるよ。別種の可能性が無いかどうか、新種かどうかも見てやる。」


 そうゲルダに言われて再び立体映像を出す。すると今度は他の職員も遠巻きながらもコレを注視し始めた。


「・・・耳、頭部形状、手の特徴に背中側・・・脚、牙、鼻。はぁ~、間違い無いな。こりゃ変異種だろ。何でここまで毛が青くなった?理由は、原因は何だ?通常種のこれまでの大きさの最大記録を軽く超えてるな。おい、エンドウ、これを捕まえてこいよ。解体させろ。」


「趣旨が変わってるから、殺したりする気無いから。俺の話、聞いてたよな?意味も内容も理解してたよな?」


 突っ込みを入れたのだがこれに「冗談だ」と冗談では無い目をしてゲルダにそう返される。

 そこに納得がいかないのをぐっと堪えて俺は次の魔物を映し出す。

 今度はあの赤いウサギだ。両手両足に鋭い爪と額に刀の様な角である。

 アオ熊が消えてしまった事に職員の数名から残念がる溜息が僅かに聞こえてきていたが、コレを無視する。


「今度はこいつかよ。これも変異種に見えるな。なんだよ、このエグイ角は。しかも全身の毛がそもそも赤い?やっぱりオカシイぞ?さっきの青と言いこの赤といい、どこでこんなの見つけてきやがった?」


「教えないよ?教えたらそこに行く気だろ。大事な事だからもう一度言うぞ?ゲルダに、従魔を、決めて貰いたくて、来たんだが?」


「別に慌てる事もねーんだろ?ならそうイラついてんじゃねーよ。時間はあるんだからよ。」


 そう言いながらゲルダは赤ウサギをじっくりと観察している。

 何だかそんなゲルダの態度に納得がいかなくて俺は赤ウサギを即座に消した。

 これにはゲルダが「ちっ、ケチくせぇな」とぼやいてきた。これに益々俺はイラっとしたが我慢する。


 次はヒツジだ。あの額の角が巻いてない闘牛みたいなアレ。これにゲルダのコメントは。


「お前ホントに何処まで行ってきやがったんだよ。呆れるぜ。こいつは高山に住む奴だろ?縄張り意識がかなり強くて雄同士でこの角をガンガンと横殴りして叩きつけあって勝負するって話だったな、確か。」


 どうやら突き刺すと言った武器では無いらしい。縄張り争いで同種がその様に突き刺しあっていたら直ぐにでも雄の数が減って種の保存どころでは無くなると言った感じか。

 凶悪な角である。刺されば一発で血みどろ確定、死亡確定だろう。そんな修羅の国みたいな縄張り争いをしていると即座に雄が居なくなって絶滅しそうだ。


 お次に見せたのはあのプレイリードックである。先ずは一匹の状態で見せた。


「ふーん?なんだ、このチビっこいのは?」


 どうやらゲルダはこれを知らないらしい。なのでここで俺はサプライズをしてあげる気になった。知らないなら教えてやろう、と。


 そして次々にその数を増やす。その凶悪な顔面も再現で、爪の鋭さ、牙もきっちりと再現である。

 次の瞬間にはプレイリードックの幻影はゲルダを囲う。そして一気に四方八方から襲い掛かるのだ。

 そう、俺がやられた事をそのままゲルダにも疑似体験して貰おうという趣旨である。


 これにゲルダの反応はと言うと、早かった。腰に装備していたナイフを素早く抜き放って襲い来る幻影に対処した。

 しかし流石のゲルダもダメだった。最初に襲い掛かって来た五匹までは何とかそのナイフで手早く切り捨てる事に成功していたが、それ以降は幻影に滅多切りにされていた。


「あー、ゲルダ程の強さであってもこいつらの素早さと集団戦法の前にはやられちゃうのかー。かなり危険度が高い魔物だな、コレは。」


「・・・おい、趣味がワリーじゃねーか。いきなりやらかしてくれるぜ、クソが。」


 所詮は只の映像だ。それが幾ら立体ホログラフィーでも。だからゲルダには怪我も痛みも無い。

 しかし物凄く悔しそうにゲルダは俺を睨んでくる。どうやらいきなりのドッキリを仕掛けられた事にご立腹であるみたいだ。


「イヤー、ゲルダが知らない魔物と言う事で、少しでも知って欲しいと思って。俺が体験した事をゲルダにも味わって貰おうかなって。」


 どうやら悪戯は成功と言えるものの、ゲルダの機嫌は悪いまま。

 なので俺はここでそのゲルダに一匹の魔物を差し出す。


「お詫びのしるしにコレ上げるよ。解体するでしょ?あ、これ一つしかないけど、勘弁ね。嘴もぺしゃんこだけど、許して?」


 俺はあの頭に突進してきて衝突死した鳥の魔物を取り出してゲルダに渡した。すると。


「・・・やっぱりエンドウは頭がどうかしているな。こいつは「命知らずの草原」に居る死突鳥じゃねーか。はぁ~。まぁお前にはそんなの関係無いんだろうけどよ・・・」


 ここで草原と鳥の名前発覚。やっぱりあの草原は名前からして危険地帯で合っていたんだろう。

 そして鳥魔物の名前、どうやら名は体を表す的な名前みたいである。


「で、この中でどれか一匹選ぶとしたらどれが良い?」


 俺が渡した鳥を解体しながらゲルダは答える。


「あー、そうだな。アレで良いだろ、あれで。」


 こうして俺が従魔にする二匹目が決定する。まあ皇帝の頼みの特別試合が終われば元居た自然に帰すつもりであるが。


 ====   ====   ====


 そうしてトントン拍子で試合日が決定した。俺がゲルダに相談しに行った日に皇帝の所にも寄って事の流れを説明している。どんな従魔を出すのかは教えなかった。

 まあこの時はまだ従魔にしては居なかったのだが、即座に皇帝は試合予定の準備を開始するように部下に指示を出している。

 俺が「従魔を確認、見なくて良いのか?」と聞けば皇帝は「それは当日のお楽しみにしようか」と返してきていた。


 で、俺は試合日までの開いている期間に目的の魔物を従えるべくもう一度その場所へと向かう。


「悪いなクロ。お前が居ればこれから従魔にする魔物も素直に説得できるんじゃないかと思ってさ。」


「がう?グルるる・・・」


「お前、最近ふっくらして来た?え?運動してない?じゃあ別にまだ日にちもかなり先で余裕あるし、ここで走り回って遊んできていいぞ?」


 そう言ったらクロは直ぐに走り回り始めた。ここは森の中なのだが、器用に木々をすり抜けて滑らかに森の奥へと消えて行ってしまった。


「よし、それじゃあこの間に会った魔物は魔力ソナーで直ぐに探し当てられるし、のんびりと森林浴しながら散歩かな俺は。」


 急ぐ必要はこれと言って特に無かったりする。なので俺は俺でこの間にリフレッシュのつもりで何も考えずに森の中をゆっくりと歩く。

 マイナスイオンが出ているかどうかは知らないが、静かでしっとりとした空気が俺の心を落ち着かせてくれる。

 深呼吸をしてその空気を大きく吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出す。


「別に魔改造村でスローライフしてそのまま人生を終えても良さそうなモンなんだけどな。アレコレと動く理由を見つけてはこうして動いてるのは何でだろうなぁ?」


 今回のこの闘技場の一戦が終われば多分何も無いはずだ。そう、後は残っているとしたら絶海の孤島、レストのダンジョン城から帝国由来の品やら宝やらを運び出すのが残っていた位だと思う。


「あれ?もうそろそろ一年?はまだもうちょっとあるか。多分長引いていると思うんだよなぁ、あの二人。きっと納得がいくまで突き詰めて編纂するだろうしな。最低でも一年って言われてるからもっと掛かる可能性の方がよっぽど高いわ。」


 ふらふらと道なき道を歩いて森を堪能する。そんな風にして緊張感も無く無防備にしていたら横から突進を食らった。


「おふっ!?なんだ、ビッグブス・・・狩るか。」


 大きさはまあかなりある方だこのビッグブス。しかし衝突しても俺はウンともスンともいわない。

 逆にぶつかって来た方ビッグブスの方が「ぶごふっ!?」と汚い悲鳴を上げて痛痒を感じている模様。と言うか、衝撃でどうやら脳震盪を起している様でふらふらとしながらその場で立ち尽くしている。


「ゲルダが今の光景を目にしたらきっと俺をディスるんだろうな。まあ関係無いけど。」


 俺はサクッとビッグブスを締め上げて絶命させる。そのままインベントリに突っ込んで散歩を続けた。


 そして次に遭遇したのは巨大なハチ。全長は10cmはあるだろうか。それが目の前に三十匹は居る。


「・・・キモッ。けど、蜂、はちかぁ。うん?ハチで良いのか?俺の知ってる蜂として扱って問題無い魔物なのか?こういう時にハッとさせられるんだよなぁ・・・」


 この世界は俺の元居た世界と違うのだ。目の前のこの存在がそのまま俺の知識に当て嵌めて通用するのなら、ここでハチミツが採れないかな?などと考えてしまうのだ。


「これで養蜂とかやったらこの蜂の大きさだもんな。蜂箱、超巨大になるな。一大建築物だよ、そうなりゃ。」


 種類や地域差などでもしかしたらこの目の前の魔物は花の蜜などは集めないかもしれない。


「うん、そっとしておくか。今の目的はこれじゃ無いし。・・・もしかして俺って別に花の蜜くらいなら自力で大量に確保できるんじゃね?」


 この世界にサトウキビやら甜菜などの糖分を採れる植物はあると思うのだ。恐らく探せばそんなに苦労せずに見つかるのでは?と考える。

 それらを魔改造村で大量栽培できないだろうか?


「・・・また余計な事を考えちまったな。忘れよう、うん・・・とか思ってもなぁ。甘いモノがちょっと食べたくなってきた。これが終わったら探す旅にでも出ようかな?」


 考え事やら思い付きをしない様にと森の中を散歩して頭の中を空にしようとしていたのにこれだ。思考がぶれぶれである。


「さっさと用事を済ませた方が精神衛生上いいな、これは。別の事をこれ以上考えない様にもう行くか。」


 丁度そう考えた所でクロが戻ってきた。どうやらそこそこ満足したらしい。

 こうして合流できたので早速俺は目的の魔物の所に向かう。クロと一緒に。

 そして到着。そこではその魔物が日向ぼっこをしていた。何とも気持ち良さそうに鼻提灯まで作って眠っている。


「青いよなぁ。変異種とかゲルダは言ってたよな?何がどうなると変異なんてケッタイな変化を起こすのかね?」


 俺が近づいて来た事に気づかないアオ熊。とりあえずこれなら抵抗されずにあの従魔にする為の魔法陣を展開できそうだが。


「ここ平らじゃないしな。一応俺は説得して一回だけ出てもらうつもりでこうしてやって来たし?いちいち従魔にするって感じでもないんだけどなぁ。」


 別にこの先もこのアオ熊を従えて生活したり、あっちこっちに出かけたりと言うのはする気は無い。

 このクロも別段その自由を縛る様な事をしていない。俺が求めた時に言う事を聞いてくれているだけで。

 アオ熊もそんな感じで良いのだ。しかも求めるのは一回ぽっきりだけなので出場してくれた後は森に帰って貰ってこれまで通りの生活に戻って欲しいのである。

 クロの場合はダンジョン消滅と言う形で居場所を失ったので俺に付いて来て大狼の森に住まわせると言った流れになったが。このアオ熊はここの森が縄張りだろう。


 こうして落ち着いて考えてみれば俺は安定した森の生態系ピラミッドの破壊を求めてはいない。

 なので今更ながらにあれもこれもと従魔として連行、誘拐をせずにおいて良かったと安堵する。


「候補止まりで考えて連れて行かずにおいて良かった。危うくこの森に混乱を齎す無道を働く所だったわー。」


 自然環境を壊したい訳じゃ無いのだ。しかし俺は思い付きで行動する事が多くあるので、こうした時に思い止まる癖はつけておかねばならないと深く思う。

 今回は偶々と言えるだけ。これまでのやってきた事を振り返ればやり過ぎな点が多過ぎる。


「・・・俺たちもちょっと昼寝して休憩としようか。ちょっと飛ばし過ぎたな。」


 悪い癖だ。思いついたら即行動、突っ走る、やらかす。どうにもそれを俺は毎度止められた覚えが無い。

 今回はこうして自身を振り返る事に成功して一呼吸入れる事が出来たが。

 もしかしたらこのまま突っ走っていれば「五色戦隊」みたいな感じでカラフルな魔物を五匹集めていた可能性も高い。こうしてやらかす前にブレーキが掛かったのは本当に良かった。


 こうして俺はこの場所でクロと一緒に昼寝を取る。アオ熊が起きるまで。

 アオ熊は完全にリラックスしていてグッスリである。しばらくは起きそうにも無かった。

 この森にこのアオ熊の敵が皆無と言う事の証明なのだろう。こうして無防備に寝付いていても敵などいやしないのだから気を抜くのは当たり前だ。

 まあこれだけ接近した俺たちに気づかないのは流石にどうかと思えるのだが。

 アオ熊は仰向けになって見事な大の字になって地面に寝ており、その腹は穏やかに規則正しく膨らんでは萎むを繰り返している。

 鼻提灯が時折小さく「ぱちん」と音を鳴らすのだが、別にこれでアオ熊が起き上がると言う事も無く長閑な時間は過ぎて行った。


 恐らくは一時間程だったと思う。もぞもぞと何かが動く気配がして俺は起き上がった。

 その気配はアオ熊がどうにも目を覚まして動きだしたものであったようだ。

 俺はそこでクロを起して俺の隣にお座りしておく様に言う。そして大の字で寝ていたアオ熊がその時に丁度上半身を起こして大きくあくびをした。

 それが終わった後にアオ熊は人間臭いしぐさで顔を手でごしごしと拭う。続いて背伸びをした。俺にはそれが何だかオッサン臭く見えてちょっと笑ってしまう。


 そのクスッと笑った事でアオ熊は俺たちにようやく気付いたらしかった。

 しかしまだ眠気眼と言う感じでこちらをしっかりと認識できている様では無い。

 たっぷりと10秒も掛けてぎょっとした目に変わったのは野生が足りない証拠だろうか?余りにも危機意識が足りていない様に感じる。まあこの森に敵がおらずにいたのだろうから掛かった時間はしょうがないと言えるのかも知れないが。


 そしてギョっとした後も硬直時間が長かった。まるで「え?・・・え?」とでも言いたげに俺とクロを交互にゆっくりと視線を左右に振る。それはたっぷりと5往復程した。

 その後に唖然として口を開いたままに。間抜けな顔に変わる。しかし次にはゆっくりと立ち上がった。

 そして俺たちに向かって先ず。


「ヴヴヴヴヴヴヴ・・・・ヴァああああああ!」


 と両腕を目一杯に挙げて俺たちを威嚇して来た。いきなり襲いかかってこようとはしなかった。


「何だか可愛いもんだな。この森では恐らくお前はどんな魔物も敵わない王者なんだろうけどな。」


 この威嚇にも怯んだり逃げないと理解したアオ熊は次に体をまるでレスリング選手みたいに構えてこちらを警戒し始める。


「お前、俺の事覚えてるか?」


 俺がそんな何気無い一言を漏らすとアオ熊は何故かビクッと体を小さく震わせた。


「・・・お?なんだ、お前、クロと「同じ」か。なら説得できそうだな。良かった良かった。」


 このアオ熊、俺の事を覚えているし、こちらの言ってる事もちゃんと理解できている。

 意思疎通が可能な魔物とは何とも不思議だ。しかしこうして目の前に二体もそれが居るというのは偶然でも何でもないんだろう。何かしらの理由や理屈、理論があるはずだ。

 でもそれを今俺がここで追及する事は無い。それは何処かのお偉い学者さんが解明する事である。


「なあ?俺の用事に付き合ってくれないか?ちゃんと報酬は出す。一回こっきりで良い。もちろんソレが終わればこの森に帰すし、命の保証はする。どうだろうか?こちらはお前に対して敵意も害する気も無いんだ。落ち着いてくれ。」


 クロも俺の言っている事が理解できる。このアオ熊も同じでこの俺の言葉にその姿勢を崩した。

 しかも何故かどうやら命すら諦めてしまったらしく、力無くガクリと首を下げるとその場に座ってまるで明日か明後日のジョーみたいになってしまう。抵抗すると言う気力が全くその姿に感じられない。


「・・・なあクロ?どうしちゃったのコレ?え?なに?クロの事をこれって怖がってる感じ?いつの間にお前勝手に威嚇したの?それで勝てるはずも無くて、逃げる事も出来ないって悟っちゃった感じ?何してんだよ、お前。」


 俺はクロを睨む。するとクロは「え?」と言った驚いた顔を見せた後に申し訳無さそうに頭を下げる。

 クロが説得をすると言うのは俺の言葉がアオ熊に通じ無い場合を想定していたからだ。こうしてアオ熊を絶望の淵に追いやるつもりで連れて来た訳じゃ無い。

 魔物としてクロの意思がこのアオ熊に通じるかどうかはやってみなくては分からない事ではあったが、それでもアオ熊を追い詰める気など俺には毛頭無かった。


「もう、過剰だろ、この反応は。あー、大丈夫だから、命は取らないから。寧ろこちらがお願いしに来てるから・・・なんでこんな事になったんだよ?」


 そんな言葉をアオ熊に掛けつつも俺は途中で我に返って困惑してしまった。

 俺は取り合えずアオ熊が落ち着くまで待つ。この時間でどうやら殺されないと分かったアオ熊は下げていた首を上げるが、その視線の先は俺では無くクロである。

 どうやら怖いのはクロの方で、アオ熊は俺の事など眼中に無いらしい。


「うん、それはどうかと思うんだがなぁ。まあ、良いか。話が通じりゃいいんだ、それで。」


 俺はアオ熊に近づく。そこでやっとアオ熊が俺へと警戒心を見せた。


「まあ落ち着けよ。この間もそうだっただろ?俺にはお前を攻撃する意思は無いんだ。気を楽にしろよ。そうそう、そうやってちゃんと頭の中も冷静にな。」


 俺がそう言った後のアオ熊はたっぷりと10秒近く緊張感で体を硬直させてから大きく息を吐き出して肩を落とす。どうやら観念したらしい。

 ここでやっと俺の要求をもう一度口にする。それは一度俺に付き合って暴れて欲しいと言った内容である。

 これにはアオ熊は「何の為に?」と心底理解できないと言った様子になった。本当に人間臭い所があってアオ熊の事がどうにも妙に面白く見えてしまう。


「報酬はどうしようか?ビッグブス一体で良いか?ここに来る前に一頭確保してあるんだ。そうだな。実験もしてみたいし、デザートも用意してみるか。」


 俺は魔力ソナーを広範囲に広げる。そして「花」を探した。そう、蜜を集めてみる為だ。

 しかしこれだけ鬱蒼とした森の中と言えども探そうと思うと結構見つからないもので。


「うーん?もっと別の場所で探す方が良いか。とりあえずデザートは後払いって言う事でどう?」


 俺の言う事が増々理解できないと言った風にアオ熊は眉根を顰めて口をへの字に曲げて首を傾げる。本当にこういったしぐさは人間臭い。中に人が入っているのではないかと思えてしまう。


「ああ、特定の快適住居を提供するって手もあるぞ?寧ろ提案した報酬全部でも良い。どうだ?やらないか?」


 アオ熊は魔物だ。きっと人の営みやしがらみや社会など全く分かっていないだろう。

 この森の中がこのアオ熊の全てなのだ。「世界」なのだ。だから増々理解に苦しむ内容なんだろう俺の要求は。

 自然の中で生きる存在なら、自らよりも強力な存在が出てきたらそれに追い出されるか、狩られるかでお仕舞いだ。だからこそクロを見て怯えて自らの命の終わりを悟ってしまったアオ熊である。

 今もクロがこの場に俺と一緒に居るから俺の話を聞いている、と言った節もある、このアオ熊は。


 まだ俺の力量を完全には見ていない、体感していないアオ熊は俺がクロと一緒に居る事自体がどうにも納得いかないと言った所も見受けられた。


「疑っているっていうか、不思議過ぎて吞み込めないって感じだな。これはあれか?俺とお前とでどっちが上かって事をはっきりとさせた方が話をすんなりと受ける気になるのか?」


 いわゆる、上下関係、と言った所か。アオ熊はそもそもクロを怖がって今大人しく俺の話を聞いていると言った感じである。

 ならば俺がしっかりとアオ熊よりも上位存在だと体験させた方が話は早かったか。

 しかしクロに俺が命令して言う事を聞かせて見せると言った遠回しではない方が良いだろう。

 直接その身に俺と言う存在のインパクトを与えた方がしっかりとアオ熊も素直になってくれると思う。


「よし、じゃあ力比べをしようか。お前がすんなりと俺の言う事を聞いてくれる様に。」


 アオ熊はこの「力比べ」と言う部分に反応してキリッとした目で俺の方を睨んできた。

 どうやら自身の膂力には自信があるようであった。

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