お勉強しようよ
その日の夕方になってもリューは戻ってこなかった。何か問題が起こったのかと少々心配してみるが。
「・・・アレをどうこうできる奴は居ないだろうし、事故?それとも世界を初めて見て回って興奮して我を忘れて戻って来ないだけか?しょうがない、調べてみるか?」
一応は探そうと思えばやれない事は無いのだが、見つかったらソレはソレ、何か起きていた場合はそこに俺が介入せねばならなくなるだろう。余りそう言った事に首を突っ込んだりはしたく無い。
リューには遥か上空なら邪魔して来る存在は居なかろうと言う事で飛んで散歩して来いと言ってあるのだが。
しかし迂闊にも地上に降りてしまう可能性も無くは無い。テンションが上がって興味津々で危機感をほっぽり投げているかもしれない。
「うーん、そうなったら危ないのは興味を持たれた方だな。リューに手を出して下手に暴れさせたらそこら中が破壊されて廃墟だろ。・・・その場合の責任を取らなきゃいけないのは結局俺になるんだろうなぁ。」
成育させたのは俺だ。そして散歩して来いと勧めたのも俺。だからリューが何かとやらかしていた場合の責任は俺が背負うべきモノなのだろうそこは。
何せドラゴンは「世間知らず」とリューの事を評しているのだ。それを育てた俺はリューの親も同然である。子の不祥事は親の責任、と言った所か。
「その世間知らずを少しでも最初の内に緩和しておこうと思って散歩してこいと言ったけど。村の側から離れるなよ、とも注意していたんだけどなぁ。・・・あ、もしかしたらアイツ基準で離れている、って感じる距離が滅茶苦茶俺とは差があると?」
空には目印が無い、遮るものが無い、障害物が無い。そのせいで何処までも広がる世界にリューは「これ位ならオッケー」と思ってかなりの距離を飛んで村から離れたのかもしれない。
俺の感覚とリューの感覚はそもそも同じでは無い。その点をそもそも俺が失念していた事も悪かった。
ついでにリューがこちらの言葉をすんなりと理解しているのもいけなかった。そこで俺は「素直に言う事を聞いてくれる」と思って軽い気持ちで散歩して来いと言ってしまっている。
「・・・明日戻ってくると信じて今日はもう飯食って寝ちまうかぁ。アイツはそれこそ頭が悪い訳じゃ無いからなぁ。いや、まさか迷子になってる可能性も否定できない?・・・面倒臭いな?」
一々心配するのがアホらしくなってきてしまった。明日になったらまた何か考えれば良いと思ってリューの事を考えるのを止めた。
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そして次の日。朝食を摂って一息入れてから外に出てみればそこには蜷局を巻いて寝息を立てるリューが居た。
「帰巣本能とか持ってたりするのかね?いつ戻って来てたんだ?俺が寝てる間だろ?帰って来たの。こうして蜷局巻いてるって事は着陸した訳で。一切の振動を感知しなかったんだがなぁ。」
リューのこの巨体である。空から降りて来た際に着地で大地に震動が起きそうなモノであるのだが。
「・・・浮いたままじゃねーか。器用な奴・・・」
リューは微かに地面から浮いていた。完全に着地した訳では無かった。しかし逆にコレもこれで大丈夫なのか?と新たな疑問になる。
「浮いたままを維持って、ドラえも◯じゃあるまいし・・・」
未来のフィクションな世界の全体的に青い色した耳の無いネコ型ロボットの設定を思い出してしまう。
とは言え戻って来た事にはホッとする。するのだが、リューがどんな体験を、と言うか、問題などを起こしたりはしてないかに気が行く。
「はぁ~。ドラゴンを呼ぶかぁ。リューの教育を早めにやってしまいたい。せめて人型になってくれりゃ世話もしやすいしな。」
俺はこうして朝からドラゴンを呼び出してリューの教育を始めてくれと頼む事にした。
「ふむ、なら今日からやってしまっても良いか。エンドウに甘えておったのでもう少し後でもと考えてもいたのだがな。」
呼び出したドラゴンはそう言ってリューを見る。まだリューは起きていない。
「早速だけど、どんな風に教育する気だ?そこら辺の所をちょっとだけ聞かせてくれ。方針だけでも聞いておかないと不安だ。」
「うむ、こやつを連れて世界を旅して回ろうではないか。その間に人化も教えておいてやる。即席で教育をするならこれが一番良いだろう。」
「なあ?昨日はリューに村の上空を散歩してこいって言ってずっと返ってこなかったんだが、何か気が付く所はないか?」
「ほう?ならアレだろう。初めて見る景色に興奮して遠くに飛び過ぎたのではないか?私にも覚えがある事だ。私はある程度長い期間を成長に使っての事で精神も安定した頃に空の旅をしたからな。興奮もある程度制御できていた覚えがある。しかしこやつは子供だ。我を忘れて、と言った事だろうな。」
「あ、やっぱそう思うか。他人様に迷惑かけて無きゃ良いけどさ。取り敢えずドラゴンからそこら辺の昨日の事を聞いておいてくれるか?そんでもってやっちゃダメみたいな事をしていたら叱っといてくれ。」
「そうだな。そこら辺はしっかりと上下関係を教え込まねばならんだろ。それから説教だな。まあこやつはどうやら阿呆では無さそうだし、エンドウの言いつけは守って飛んでいたのではないか?推測でしかないがな。」
「それなら良いんだけどよ。・・・って、上下関係?ヤル気なのか?」
俺は即座に「怪獣大決戦」な光景を思い浮かべてしまった。そしてその被害が出ない様に魔法での結界を作る自分の事も。
「程々にしておいてくれよ?それと、空中でやってくれ。俺が場を作るから、村に被害が出ない様に配慮して、やるならやってくれ。」
俺の心配にドラゴンは「わかっておる」と軽い返事だ。この村はどうやらドラゴンのお気に入りになっている様なのでその言葉を信じるしかない。
そんな話をしていればどうやらリューが目を覚ました様で胴に乗せていた首を持ち上げて俺に視線を向けて来る。
「しゃー!しゃ!しゃー!シャシャシャシャー!」
「いや、興奮してるのは伝わったけど、何を言ってるのかの具体的な所は分らんから。ドラゴン、そこら辺はお前、分かったりする?」
「初めて見る者ばかりで楽しくてずっと飛び回っていたと。帰って来るのが遅くなったのはソレが原因らしいぞ。それと村を離れて他の地域にまで飛び回ってしまったらしい。まあ、予想通りだな。」
「地上には降りたりとかはしてないな?よそ様の迷惑になったりとかもしてないか?」
俺のこの返しにリューは頷いた。やっとここで俺の心配は完全に晴れる。大きな溜息を一つ付いてからリューに魔力玉を与えて説明をする。
「リュー、これからお前は色々な事をこのドラゴンに教わるんだ。お前のその身体の大きさじゃ世話をするのにも大変だ。周りの者たちにも迷惑が掛かりかねない。だから、お前は人の姿を取れる様に修行をするんだ。それと世界をドラゴンと回って常識をある程度身に着けてこい。そうじゃ無いと俺はお前と一緒に居られない。分かるか?」
「しゃしゃ!しゃーしゃしゃーしゃ!」
リューが何と言っているのかは分からないが二度頷きをしてくるので俺の言いたい事、伝えたい事は通じているんだろう。
「よし、ならドラゴン、リューの先生を宜しくな。」
「うむ、与ろう。さて、面白くなって来たな!はっはっはっはっはっはっ!」
先行き不安だがしょうがない。俺が各地をリューを連れてアレコレと教育すると言った事は難しそうだから。
俺よりも気ままにあっちこっちと廻って来たドラゴンの方がコレは適任だろう。
そしてこう見えても「同種」らしいドラゴンとリューであるので魔法の使い方などもドラゴンが教えた方が確実だ。
ソレに世界の事も理もしっかりと把握しているドラゴンの方がアレもコレもとリューに教える際には都合が良い。
そんな事を考えていたらリューがドラゴンの方をジッと見つめている事に気が付いた。
「おい、リュー、どうした?」
何やらリューは先程からドラゴンを警戒している様に見える。俺が声を掛けても返事をしてこない。
「・・・ほう?やる気か?本能的に私の方が格上だと感じているらしいが、お前の方から積極的に力試しをしたいのならば受け止めてやらん事も無いぞ?」
リューの瞳をそう言ってニヤリ顔で見返すドラゴンはそんな事を言って胸を貸してやらん事も無いと述べる。
「おい・・・いきなりここでやろうとするな。ホレ、リューもだぞ?ったく、俺が場所を作るから、そこでやるならやるんだ。・・・おい、ブレスは止めろよ?ブレスは?・・・ちょ!待て待てドラゴン!ここで変身しようとするな!おい!もっと別の場所に移動だ!移動!お前ら言う事を聞けよ!村に被害を出すのは絶対にすんなよ!そんな事になったら俺が相手するぞコラァ!」
双方睨み合っていたが、俺が怒っているのを察してリューがプイッとドラゴンから視線を逸らす。
だが戦意は衰えていない様でドラゴンとぶつかり合うのはヤル気満々と言った感じだった。
こうして場所を移動して広大な草原に出る。その上空に俺は特設リングを結界で作った。
「はい、じゃあ説明するぞ?この結界の中だけで戦う事。ブレスは無しだドラゴン。リューもだぞ?ブレスって言うのはな?魔力を高めてソレを口からブッパなす事だ。それはやっちゃ駄目だ。それ以外なら、まあ、興奮し過ぎて相手を無駄に傷つけようとする行為な。相手が参って降参してたら追撃はしちゃ駄目。降参した方はソレを覆して油断した相手に攻撃を再び開始するとかも駄目だぞ?そんな事をしたら泥沼になるからな?一応は場所を広く取っているけど、地上に被害が出ない様にしてあるだけで上空にまでは結界を張っていない。だけど上空にずっと逃げ続けるってのは無しだ。そんなのは腰が引けてるのと同じだからな。その時は判定負けで俺が止めるからそのつもりで。最後に、コレは殺し合いじゃない。互いの力の差を知る為の戦闘だ。ムキになったりせずに冷静に自分の事を見極めるんだぞリュー?それじゃあ始め。」
こうして怪獣大決戦みたいな戦いが始まる、と思ったが、ドラゴンの方は何故か人型のままで最初はヤル気みたいで「真の姿」には戻らない。
「何考えての事なのかは知らんが、まあ、それでもド派手なバトルだなぁ・・・」
思わず現実逃避したくなる光景と言ったら良いか。リューもドラゴンもどうにもこうにも、魔法合戦をドンパチやり始めているのだ。
初手はドラゴンの炎球だった。宙に浮いて腕組したままの偉そうな姿勢で虚空からいきなり炎球を作り出し速攻でリューへと飛ばしているのだ。ノーモーションでその場から動こうともしない。
これにびっくりした様子のリューは身体を捻ってその炎を躱したが、その後が驚きだった。
見よう見まねだったのか、或いは最初から使えたのか。リューがドラゴンと同じ炎球を作り出してドラゴンに向けて発射したのだ。
そこからは双方高く高く空に舞い上がりながら様々な種類の属性の魔法を撃ち込み合い、躱し合い、相殺し合い、と、ド派手でドッカンバッカンと攻撃魔法の応酬だ。
共に魔法でダメージを受けると言った場面は無かったが、その差は歴然だった。
ドラゴンは偉そうな姿勢を崩さずにリューからの魔法が当たりそうになったときはソレを目の前で掻き消していた。何の動作も行わずに。
逆にリューは魔法が当たりそうになると身体を捻って躱すと言った様子でドラゴンみたいに掻き消すと言った事は出来なさそうだった。
「もうこれで格の違いはリューも感じただろうから、これで終わってくれたら良いんだがな・・・そうは、なら無かったかぁ。」
互いに魔法が当たらない、そこに焦りでも覚えたのかリューがもの凄く巨大な氷の塊を生み出すとソレをドラゴンに向けて放つ。
この攻撃で均衡を崩そうと考えたのかもしれない。巨大な質量とはそれだけで単純に厄介だ。
重さは威力、そしてその範囲に直接的に影響する。直径10m程の大きさの氷の塊だ。
ソレがドラゴンに接近する。それこそ高速で。それを陰にしてリューがどうやら接近戦を挑むつもりらしい。
リューがその氷の背後を追いかけてドラゴンに急接近していく。
俺は遠目からその行動が見えているからその意図が分かったのだが、多分ドラゴンの視点で言えば氷が邪魔でリューの動きは視界に入っていないだろう。
そうなれば不意打ちが成功する確率は高くなっていると言えるが、その程度でドラゴンが倒せるのならばこの戦闘でリューがこれ程に追い詰められたりはしていなかったはずだ。
そしてソレは当然防がれた。もちろん氷はドラゴンの目の前で弾けて霧散した。
ついでにリューの接近戦の狙いも看破されていた。目の前に近付いていたリューを見てもドラゴンに動揺など一切無い。
ソレでも構わないとばかりにリューはその胴体をドラゴンに巻き付けて締め上げようと言った行動に出た。
しかしその行動を妨害するでも無く、反撃に出る様子も無い。ドラゴンは体勢を崩さない。
「シャァぁァぁァぁァぁァ!」
少々長めにリューは吠える。気合を入れ、力を込めたのだろうと推測される。
しかし直ぐにその様子がおかしい事に俺は気が付いた。
「ドラゴン、全然効いてないだろうなぁ、コレ。」
グルグルと既にそのリューの胴に巻かれて姿など見えていないドラゴンなのだが、そのリューの胴体は次第に外へ外へと押し返されていた。
「・・・ここで変身を解くのかぁ。まあそんな事しなくてもドラゴンなら人型のままでもどうにかできたんだろうけどな。」
多分この拘束からドラゴンが脱出したらこのバトルは終わりを迎えるだろう。
そんな予感を持ちながら上空に視線を向けていると、とうとうリューの拘束は限界を迎えている様子だった。
そして次の瞬間にはドラゴンがリューの胴体を弾き飛ばして拘束から飛び出してくる。その姿は例の「真の姿」だ。
弾かれた事で体勢を崩しているリューにドラゴンはその大きなアギトを全開にして近づく。そしてパクッとリューのその首を咥えた。
その後は急降下だ。そのままリューを結界に叩き付けるつもりであるらしかった。
「おいおい、ドラゴン!リューを殺す様な真似すんじゃねーぞ!」
俺はこれに危ないと思ってドラゴンに向けて叫んだのだが、落下して来る速度の方が早かった。
注意を言い終えたと同時にもの凄い衝撃と音が辺りに響く。
「・・・はぁ~。余り心配させんなよ。さて、これで決着は付いたな?なら、ここで試合は終わりだ。」
リューはどうやら気絶している。ドラゴンも人型にいつの間にか戻っていた。
「ふむ、中々に面白かったな。もう少し暴れたい感じもするが、どうだ?エンドウ、やらないか?」
「うっせーよ、お前は。これで満足しとけよな。ったく、最後はヒヤッとしたじゃねーか。」
「別にあの程度でこやつ、リューが死ぬなんて事はあり得ぬよ。そんなにも脆弱であれば私が相手するまでも無いからな。」
俺はこのドラゴンの言葉に溜息を一つ吐いてからリューの身体に魔力を通して何処かに怪我がないか診察をした。
「何処も痛めた所は無いみたいだな。只意識を失っただけか。ホント、心配させてくれるよ。そもそもドラゴン、リューを子供だって評したのはお前だろ?子供相手にちょっと大人げないぞ?」
「何を言うか。見合わぬ力を有した子供だぞ?今こうして躾をしておかねば暴れれば我儘が通ると思い込めばこやつは暴れたい放題になっておったわ。それを矯正しようとしたらもっと労力が必要になっておったろうに。」
身体の大きさも相まってリューが子供特融の癇癪と我儘で暴れ始めたらと考えたら頭が痛くなってきた。そんな事をされたら周囲への被害がどれだけになるか計算できない。
そこまで考えが行って深く俺は溜息を吐く。ドラゴンのやった事は正当な行為だと納得した。
「ソレに言ったであろう?リューのこの身は既に成体になっておる。この程度で何処かをおかしくする様な貧弱な身体では無い。寧ろこの程度で気絶してしまった事の方が私から言わせて貰えば問題なのだがな?」
どうやらドラゴンにしてみればもう少し粘って欲しかったと言う事らしい。
「はぁ~、それはさておき、これで取り敢えずは明日からドラゴンにリューの事、任せても良いのか?」
「無論だ。私に任せておけ。むっはっはっはっはっはっはっ!」
そんなこんなで今日の所はリューの体調を心配して明日からと言う事になった。
その後気が付いたリューがどうやら簡単にドラゴンにあしらわれた事が相当なショックだったらしい。
気落ちしたままに結構な長い時間俺に巻き付いて来ていた。そう、巻き付いて来ていた。多分慰めて欲しいのだろうと察したのだが。
尻尾の先の方だけではあったが俺とリューとの体格差は言わずもがな。すっぽりと覆われてしまって思わず。
「鬱陶しいから巻き付くな!負けるの前提で胸を借りたんだろ?ならこれからちゃんと一矢報える様に世の中の事を良く知って来い。ドラゴンはお前に負けたくないって理由で虚偽を吹き込んで来たりはしないから。そんな小っちゃい奴じゃないからしっかり教えて貰え。学ぶって事は大事なんだぞ?リューは何もかも足りない。ちゃんとソレが埋まれば今度は一撃しっかりと入れられるくらいには成長するだろうさ。」
一応はそんな事をサラッと言ってみたが、これにリューの纏う空気が変わった。
何かを考えているのか、静かになり大人しくなった。さっきまで頻繁に「しゃー・・・しゃー・・・」と何やらぼやいていたのだが。
取り敢えずこうして怪獣大決戦みたいなドッカンバトルは終了した。
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翌朝になったらドラゴンもリューもどうやら朝早くから出発をしたみたいで村には居なかった。
「んあ~・・・っと。さて、俺はこの後どうするかね?まあ別にリューがいつ戻って来るか何て分らんしなぁ。そこら辺の所は延長するかもしれないし、もっと短い時間で帰って来るかもしれないし。ドラゴン次第?リュー次第?どっちにしろ俺は今一時的に開放されてるんだよなぁ・・・あ?」
リューの事で思い出した。帝国の店に教えに行かねばならないのだった。約束は守らねばならないだろう。
「何て説明したら良いんだ?ドラゴンに教わった内容をそのまま伝えるか?・・・いや、見せるだけで説明は要らんか。何か深く突っ込まれてきたりしたら「知らん」って言ってやり過ごすか。自分で面倒に一々する様な方向に話を向けんでもいいよな。」
とは言えだ。当のリューが居ない。と言うか、リューを帝国になど連れて行って直接店主に見せると言った流れも難しいだろう。
あの巨体だ。移動も難しい。ワープゲートで移動、などと考えたのだが、却下だ。
リューの成体はその身を隠すのは難易度高い。移動先で誰かに見られたらそこで即パニックが起きかねない。
魔法で姿を見られない様にするのは多分できる、俺なら。だけどもそこまでの手間を掛けてと考えたら、そんな面倒で見つかれば即ヤバい事などする気にならない。
それこそリューが光学迷彩で見えなくなったとしても、その状態でリューがウッカリ動いて周囲の物を破壊したら余計問題が簡単に膨れ上がる。
上空に待機、と言った事も手段として取れるのだが、それも余り変わらない。ヤバさ的に考えても五十歩百歩だろ、と答えが出た。
「律儀にこんな約束守らんでも良いんだろうけどな。生まれて来た存在が存在なだけに。教えない方が良いんだろうけど・・・」
だが自分から店主に約束した事である。何だかソレを果たさないでいるのはムズムズするのだ。なのでしょうがない。
「あ、皇帝からお願いされてた件があったな。思い出した。新しい従魔を連れて闘技場で一戦やれって事だったっけ?」
確かこちらが落ち着いたら、と答えた様な気がする。確かその時には。
「あー、巨狼を連れて行こうかと考えていたっけ?あれ?違ったか?うーん?他に別の魔物でも捕まえて連れて行っても良いよな?」
そう言えば従魔闘技場の方のバランスとやらはどうなったかと気になった。
それとついでに言うと王国の方の俺の地方改革した町も気になって来る。
「雪はもう溜まり始めたか?アレ?気候が違うからすっかり忘れていたけど、シーズンもうとっくに過ぎてるか?まあ向こうは良いや。」
ウインタースポーツは町を出る前に散々遊んだ。雪遊びもそこそこ満足している。
「この大陸の中央に行って見るか?他の国家を見学しに行くのは、悪く無いな?」
俺は自分が自由である事を思い出す。随分とその事を忘れていた。
こうして俺は取り敢えずもろもろを済ませたら新しいモノを見に出かけるつもりになった。
そしてこの日は帝国へ。先ずは従魔を扱うリューを買った店に出向く。そして店に入れば都合良く店主が目の前に。
「いらっしゃいませ。・・・コレはこれはいつぞやのお客様ではございませんか。本日はどの様な従魔をお探しで?」
「いや、以前の約束、それを果たしに来たんだ。時間ある?」
俺の返しに少々悩むようなしぐさをする店主。コレはダメか?と思ったらそのすぐ後に「大丈夫です」と返って来た。
一応は店主以外にはリューの事を教える気は無かったので人が来ない部屋でと相談する。するとこれにすぐさま許可を出す店主がその部屋に俺を案内する。
「では、こちらで。さて、あの卵・・・からはどの様なモノが孵ったのか教えて頂けますでしょうか?」
俺は見て貰った方が早いと考えて壁に魔法でプロジェクターを再現してその映像を見て貰った。
先ず生まれる前の卵状態から。それが色が変わったり、大きさが変わったりした場面を見せる。
その後はその卵があの「ツチノコ」状態になる所を流す。そしてそこで俺は口頭で餌の説明をする。魔力が主食だ、と。
そこで店主が困惑して質問をしたそうな顔を無視して続きを上映する。
幼体から成体に変わるあの場面だ。「ツチノコ」が巨大な翼蛇になる。
その大きさの全貌をたかだか小さい部屋の一部の壁に映し出す事などできはしないが、その迫力は店主を尻もちつかせるだけの威力であった様だ。
何せ壁一面に巨大なリューの顔がドアップ、その後に引きの映像を出してその大きさの非常識さを映したのだから一般人にはかなりの衝撃になるだろう。
「こ、この様な魔獣は、は、話にも、伝説などにも聞いた事がありません・・・ほ、本当にこの様な存在がアレから?」
「まあ多分俺じゃ無ければ孵化?させられなかったと思うよ?あれ条件が常軌を逸して厳しいから。それと、今後あれと同じ物が見つかるとは思わない方が良いね。えーっと、コレの事を良く知ってる存在に話を教えて貰ったんだけどさ。アレが見つかったのは奇跡みたいなモンだってさ。だから安心してくれ。」
ポカンとしたままの店主。どうやらもっと聞きたい事が一杯らしいがソレをどうやら呑み込んでいるみたいである。
店主、どうやら「それ以上聞いたらヤバいのでは?」と直感で感じている模様。そうで無ければここは興味でもっと深く聞き出そうとする場面だ。
この従魔の店を長くやっている様子であるのでおそらくはもっと詳しい情報を欲しいと思ってはいるのだろう職業的に。
しかしそこは「好奇心猫を殺す」なんだろう。どうやら店主は引き下がらねばならない場面と言う所に敏感そうだ。流石商売人と言った所かそこは。
ここで俺は映像を切る。そこでやっと店主は立ち上がった。
「教えて頂き、有難うございます。貴方の態度でどうやら今見せられたものが嘘では無いと判断します。叶うのであれば直にこの目で一目見たい所ではありますが、今先程の魔獣を従魔闘技場に出場させるとかは・・・」
「ああ、それは無い。アレはそもそも、あー、あの中に入り切らないね。出すなら新しく別の魔物を従魔にして出場させるよ。」
俺は店主の質問に苦笑いで否定する。そして出すなら別のを出すよと答える。
これに「その時を楽しみにさせて頂きますね」と返されてしまった。
(うーん、どんなのを連れて行けば良いかね?プレッシャーだなぁ)
俺はちょっとここで考え方を変えねばならないかなと思い直す。
従魔には珍しい魔物を連れて行けば確かに誰もが満足するだろう。闘技場の客も、皇帝も、この店主も。
だけどもそれだと面白く無いと感じてしまった。俺が。
「さて、どんな風に工夫すれば相手の度肝を抜いてやれるかね?」
こうして俺はそんな事を考えながら店主との約束を果たしたので店を出た。