ほら、海と言ったら色々あるでしょ?
海よ、俺の海よ。と言う事でやって来た。俺は今以前に釣りをした時の場所に居る。
ここから海へ直接ドボンとダイブして先ずは様子見をする予定なのだ。
計画も立てずに即座に飛び込むなどと言うのは本来なら自殺行為だろう。それこそこの世界、魔物が存在する、海にも。
無防備で飛び込めば即座にそう言った存在の餌にされてしまう。だが俺にはそんなモノは関係無い。魔法があるから。
「とは言っても、どう言った魔法を使えば海の中を上手く自由に泳げるかね?」
魔法は自由でどんな事でもオチャノコサイサイとできてしまう超御都合主義を極めた代物である。
だけどソレはアイデアとイメージの強さ、籠める魔力の密度と言ったモノで大きく結果が変わるのは分かっていた。
そこら辺はしっかりと下地を固めてから海中へと入りたい。コレをせずに海に入って問題が起こった場合、それで慌てると生死に関わりそうだから。
人はパニックに陥った時ほど危ない事は無い。なので想定できる危険をある程度は頭の中でイメージトレーニングをしておく時間は確保である。
「・・・経験者に聞いた方がよりイメージ固めやすいかな?俺の持ってるイメージだと海の特集番組とかで見たようなモノとか、或いは、海洋パニックモノの映画?タイタ◯ック?」
中途半端なイメージが湧いてきてちょっと不安になってきた。俺はこれから海の底を行こうというのだ。船が沈没する場面は今関係無い。
水中で自在に動ける様にするイメージである必要なのは。それこそ水流モーターが付いたビート板の様なモノを作り出して使ってみる事も考えようかと悩む。
「道具に頼るといざそれがぶっ飛んでどっか行っちゃうと身動き取れなくなりそうか。・・・あぁ、そうなると魔法で水流を作り出せるんだったな、俺は。それを利用して水中行動を自在にできる様に練習した方が良いか。」
新選民教国の船を海流操作してぶっ飛んだ速度を出させた記憶が蘇ってきた。
単純に考えれば良い事であったようだ。ちょっとアレコレ考える事が脱線してしまう癖が俺にはある。気を付けるべき点だコレは。
「服は着替える気無いしな。ぶっちゃけ着たきり雀なんだけど。別に支障無いし。ものぐさだよなぁ。」
海水に濡れたりはしたくない。なので魔力でもう一膜作り出しソレで全身を覆う。一応は念のため。
「・・・ああ、酸素は大事だな。エラ呼吸?原理が分らん。確か海水内に溶け込んでいる酸素を沪し取って吸収する、だったか?ソレを覆っている魔力の膜に付加する?いや、それとも空気を入れておいた物を別で用意するか?うーん、どっちも実験してみるか。」
魚のエラ呼吸の再現は難しいかもしれないので酸素ボンベをイメージした魔法も一応は用意しておくべきだろう。
「あ!俺浮いちゃうんじゃないか?!海に潜水する際には重りを付けたりもパターンであるよな。自分の重さを自在にできる練習もしなきゃいけないのか?」
余り道具関連を身につけたりと言った煩わしい事はしたくない。これが俺の只の我儘であったとしても。
この世界で魔法が使える俺は色々とそう言った道具の役割を魔法で解決してしまっているので何とも贅沢な事をしている自覚はある。
ソレに一々悩んでいると先に話が進まなくなる場面も多かったので、ぶっちゃけそう言った場面になったら思考を放棄する癖が付いていた。
海に入るなんてド素人の俺が幾ら悩んでも足りない。経験のあるインストラクターがこの場に居てくれる訳じゃ無い。
大海原に飛び込む前にかれこれそう言った思考で一時間は余裕で経過していた。
そして考えついた事がある。それは。
「そもそも海の中を泳がなくても良くない?俺の居る場所の周囲の海水を寄せ付けない状態にしておけば海底をそのまま散歩して歩く様に移動できそうじゃん?」
ふざけた考えだ。だが魔法があるからソレを実現できてしまう。
だけども幾らこの世界は魔法が使えるからと言ってこの様な結論を出す魔術師は一人足りとて存在しないだろう。俺を除けば。
そもそも現実的に見てそんな事を実現できる程の実力と魔力量を持っている者が居ないのだこの世界の魔術師は。だから思い付いても本来なら机上の空論と言った感じで「実現は不可能」と判断されるモノである。
しかしそれが俺にはできる。出来てしまう。ならばソレを実験してみるのは当然だろう。
これを試してみる為に俺は移動をする。ここから海に直接入る事はしないでおいた。
先ずは浅瀬でコレを実際にやってみて何かしらの失敗や穴が無いかどうかを調べて見るのだ。
これでいきなり海中にドボンで宜しく無い結果が出た場合、パニックを起こして何をしでかすか分からない。自分で自分を信用できない。
なので支障の出なさそうな場所から海に入ってみて実験を繰り返して魔法のイメージを掴んでより完璧に出来る様に練習を重ねる計画だ。
そして色々実験した。魔法の壁で海水を押し返してみたり、魔力を放出して海水に直接流し込んで操作をしてみたり、身体をバリアで囲って海に入ってみたり。
そしてそれらを様々に組み合わせて自分のイメージ通りにできたと思えるモノが完成した時には二時間は経過していた。夢中になり過ぎた。
そのおかげで納得のいく状態で海中散歩がこれで出来る。いや、散歩が目的では無いのだが。
出来たのはまるで水底を歩いているかの様な、かの有名な水族館のあの通路みたいなモノが出来上がったのだ。
これで海底を歩いて散策し、海の幸を回収と言った流れである。
「良し!まだ今日は時間があるしここの周囲を調べてみるか。うーん、ホタテとかハマグリとか?ワカメにひじきに昆布に海苔?ウニにアワビにカニにエビに?」
俺の脳内は海鮮丼の事で一杯になる。しかしそれを無理矢理追い出して真剣に海の中を見つめる。
「これから海に入って何が起きるかも分からないのに浮かれてるとか。ヤバいな。事故るだろ、これは。気を引き締め直しておこう。」
調子に乗ってやらかす事が多かった俺はその経験から一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
そしてようやっとで海の中へと進んでいく。
「これって俺が水族館ツアー的な事を始めたらもの凄く売れるのではないだろうか?」
そう思える位に美しく、そして神秘的な光景が俺の目の前に広がっている。
「まあ結構深い所まで行くと岩がデコボコで歩くの大変だけど。ルートを考えて進まないと面倒だな。おっ?!ホタテみたいな見た目の貝、見っけ!」
俺はソレを拾って袋に放り込む。インベントリでは無く。今回は様子見と言う事で制限を設けたのだ。
何かと興奮したり集中したりすると夢中になってインベントリに何でもホイホイと詰め込んで行って際限が無い。
なので我を忘れると言った事が起きない様にと、今回は袋の中身が一杯になるまでを上限とする事にしたのだ。
そして同じ物を幾つも拾うのでは無く、なるべく満遍無く色んな代物を袋に詰めていく事を条件にしていた。
「コレは・・・ワカメ?昆布?うーん?見た目が似てるからって言って食べられるかどうかは、分からんのだったなぁ。ここは異世界、か。いつもそう言った部分を忘れそうになるなあ。」
食べたら不味い、何て事は覚悟して当たり前。俺の知っている海の幸とこちらの世界の海産物はそもそもが根本的に違うという事を忘れてはならない。
「だけども見た目的にカニエビ系は絶対にゲットしておきたい所存。どっかに居ないか?ああ言ったのは大体岩陰の中に隠れているモノか?」
俺は次第に深い方へ、深い方へと進んでいく。まだまだ日の光が入ってそれほどには暗くは無い程度の深さ。
しかし日が落ちて暗くなったら俺が光の玉を出して辺りを照らせば良いだけである。散策に支障は出ない。
さて、俺は足元の岩場ばかりを見ていたので頭上の状況を確認していなかった。
そんな時にふと突然に周囲が暗くなったので何かと思って見上げてみればそこには巨大な何かがあった。
「・・・ふぁ!?何だこのデカさ・・・」
ソレは鯨を超える大きさで、しかし蜥蜴の様な手足が付いていた。尾びれがもの凄く長く雄大で、胴の横側にはヒレ?の様なモノが付いていて大きくソレが開いていた。
チラッとしか見えなかったのだが、その顔は。
「・・・もしかして、海中に生息してる「竜」って事なのか?」
その存在は俺の事を認識していたのか、そうで無かったのか。何らリアクション無くそのまま泳ぎ去って行った。
かなりの速度を出していてあっと言う間に遠くへ行ってその姿は霞んで見えなくなった。
「・・・海、ヤベエな。ちょっと甘く見てたわ。後でドラゴンにこの事を聞いてみよう。」
もしかしたら只の魔物と言う可能性もあるので後で村に帰ったらそこら辺の確認をドラゴンにしておいた方が良いかもしれない。
「うん、散策を続けるか。何が食べれて何がダメかは港で町長の爺さんに聞くか。」
その手の専門家に話を聞くのが一番手っ取り早い。袋を満タンにした俺はさっさと港に戻る事にした。
とは言え結構な距離を進んだので 普通に戻るのは時間が掛かりそうだ。
だけどもこのままワープゲートで一気に戻ると言った事は止めておく事にした。
戻る際にも何か面白いモノが拾えるかもしれないと思って帰り道も周囲に視線を振って海中を泳ぐ魚や魔物らしきそれらを観察しながら帰った。
そして港町に戻って来たら町長の家に突撃訪問だ。
「こんばんわー。町長さん、いますー?教えて欲しい事があるんですよねー。」
大きな袋を背負った俺は誰がどう見ても不審者にしか見えないだろう。
しかしここの町長とは既に顔見知りである。
「・・・おうおう、何じゃ。アンタか。と言うか。いきなりじゃな。まあそこまでこちらも忙しい訳じゃ無い。入ってくれ。持て成そう。」
一応は歓迎されて家の中にお邪魔させて貰った。そして単刀直入にこちらの頼みたい事を口にしてみる。
「今日はこれらの事を教えて欲しくて急遽来たんだ。何が食べれて美味しい食材か。どれがダメで、何がいけないかを説明してくれると助かる。」
俺は袋の中身を一つ一つ取り出して見せる。採れ立て新鮮な海の幸である。
「・・・お前さん驚かせるじゃないか。どれもこれも高級品ばかりじゃな。これはどうした?港の競りにでも出品されていたのを落としたのか?」
「え?そんな面白そうな事をやってんのここ?ちょっと見てみたいなぁ。と言うか、そうじゃ無いよ。」
「うむ?確かに今日は競りはやっとらんかったな。ならどうした?誰か個人の船から買ったのか?」
「え?自分で採って来たんだが?」
「・・・うん?自分で?」
「自分で。」
ここで奇妙な沈黙が流れた。俺は何か悪い事でもしてしまったかと首を傾げてしまう。これに町長は。
「船はどうした?漁網は?持っている漁師は少ないんじゃが?まさか素潜りした訳ではあるまい?」
「いや、あー、何と言うか、説明が難しい方法で誰の力も道具も借りずに自分だけで獲って来た。何かこの町の決まり事に引っ掛かったりする?」
「・・・ちょっと待ってくれるか?話が呑み込めん。いや、何も別に悪い事だとは言わんし、余所者が海に入っちゃイカンと言う決まり事も無いが。」
町長は眉根を顰めて深く深呼吸をする。そして目の前に並んでいる海の幸を一つ一つ確認していく。
「どれも茹でて良し、焼いて良しで味も保障しよう。滅多に獲れん品じゃな。海には魔物もおるからこうした品は余り出回らんからな。余り遠海に出て漁などすれば危険も増す。もし獲れても漁師たちで消費してしまうからのう。浅い漁場では獲れん物ばかりだが、お前さん、どれだけ深い場所まで?」
「うーん?こんな奴が見かけられた場所くらいまで?」
俺はここで魔法で映像を流す。あの出会った巨大な「何か」を映して町長に見せてみた。何か分かるかもと思って。
「な・・・な、ななななな!?なんじゃと?」
コレを見た町長のリアクションは驚愕でプルプルと震えてその後の言葉が出てこない。
そして少々の時間を置いてから正気に戻った町長は言う。
「海の守り神様の姿をこの目で見られたとは、有難い事、有難い事。」
いきなり拝み始めてしまって話ができない雰囲気に。
「何でこうなった?どう言う事?守り神?・・・まぁ、いっか。今はそう言う事にしておこう。」
町長の祈りが終わるまで俺は出されてあった温くなってしまったお茶を飲んで過ごした。
時間が少々過ぎて町長の祈りは終了した。それを見て俺は話を再開する。
「で、これで全部で幾らになる?一番高いのはどれで、一番低いのは?」
「守り神様の事で色々と聞きたい事が、と言うか、大量に聞きたい事があるのだが、それはやめておこうか。それじゃあ説明するぞ?」
俺は町長から値段に関しての件を聞いてメモを取った。獲って来た物の中で一番見つけやすく、かつ値段もそこそこな食材を吟味する為に。
そうしてその中で選んだのがホタテに似た貝である。見た目はそっくりだが、その厚さが倍以上あるのだ。ちょっとビビる。
「本来であれば海底に生息する生物でなぁ。そこまで多く取れる物では無いんだがの。一年に一つ獲れるか獲れないか、と言った感じだなぁ。まあ今回獲ってきた品は全てが全て滅多に手に入らん物ばかりなのは違いない。」
要するに、どれを売っても金にはなると言う事だ。そしてこれらは高級食材。これらを買う奴らは大抵が金持ち、と言った形になるだろう。
しかし地元ではこう言った食材が獲れたら大抵が地産地消してしまう訳で。
「ふーん、余計に出回ったりする事が無いって事か。いわゆる幻の、って頭に付くのね。それじゃあ食べてみよっか。」
「おい、食うんかい。売らんのか?」
「え?いや、別に?いつでも取りに行けるし、先ずは食べて味見してみたいでしょ。」
「いつでもこれらを取りに行ける?・・・市場を破壊せんでくれよ?」
「町長も食べるでしょ?じゃあ台所貸してくれます?」
こうして今日の夕飯は海鮮パーティみたいになった。そんな中で見つけたのが。
「これ、真珠貝みたいな事するのな。何でホタテみたいな見た目の貝の中にこんな真っ白でデカくて丸い塊があるんだよ。」
直径で1.5cm程の大きさの真珠の様な塊り、と言うか、何処から見ても真珠が入っていたのだ。
美しい球であり、結構な値段で売れてしまうだろうその存在感は誰の目をも惹き付けるだろう。
もちろん俺と町長はこれに目を丸くさせている。予想していなかった事で余計に。
「・・・コリャおったまげた。これ程に大きな物は私も見た事が無いぞ?」
町長は絞り出すようにそう言う。長くこの町で生きて来た町長だ。これまでにこの様に真珠が獲れた、何て事は幾度かあったんだろう。
しかしその経験からしてもコレだけの大きさの物を見た事が無いと言うのであれば相当な代物である事は確定だ。
「これ、普通に売れないなぁ。御城に持って行ってメリアリネスに買い取って貰うしか無さそう。・・・アレ?これを売っぱらった金額で村の貯金充分、と言うか、過剰になるくらいの値段になるんじゃね?」
こんな物を普通に市場に流れる様な事をしたらそれこそ大騒ぎである。
そして恐らくだが、このホタテみたいな貝の乱獲をしようとする馬鹿が現れる可能性が高くなる。
今までは海の魔物の脅威が高くてそう言った者たちが多分出てこなかったのだろうが、もしかするとコレの件で目の色が変わって次々に海に飛び込む命知らずが増える事も考えられた。
お金の魔性とはそれほどに酷い。大金を得られるならばと言って自らの命をチップにしてそう言った危険に即座に飛び込む人たちも世の中には存在する。
まあそれは今は関係無い事だった。
「コレは秘密裏にメリアリネスの所に持って行こう。町長、黙っておいてくれよ?」
「うむ、分かっておる。こんな物の事が世間に知れ渡ればこの港町も何が起きるか分からん大騒ぎになるだろうからの。」
こうして町長に口止めを約束させた後は海の幸をたっぷりと堪能して村に帰った。
そうして翌日、俺はこの真珠を持ってメリアリネスの所にお邪魔した。
「・・・昨日の今日で何なのでしょうか?私も忙しい身なのですけれども?」
嫌味が籠ったメリアリネスの言葉に対して俺は品を取り出して見せる事で答える。
メリアリネスは段々と遠慮が無くなって来たが、コレは良い事か悪い事かは俺には判断が付かない。なので気にしない事とする。
「これ買い取ってくれない?そこまで高い値を付けなくても良いからさ。ウチの村の貯蓄資金にしておきたいんだよね。別に無理した金額を要求とかはしないし、適正価格よりちょっと安くても良いからさ。どうだろ?」
俺の手の平の上に乗る純白の白く丸い物体をメリアリネスとアーシスが目を丸くして凝視して来る。そして喋らない。
そんな時間が暫く過ぎてからメリアリネスは口を開いた。
「・・・こちらはどうなされたので?何をどうすればこれ程の見事な物が貴方の手に?」
お次は真剣な顔で俺を睨んで来たメリアリネス。これに俺は何でそんな風に見られなければならないのか分からずに眉根を顰めてこう返す。
「買ってくれるのか、無理なのか、先に教えてくれない?予算超えちゃう?事情はそれから話すよ。あ、休憩時間取る?」
これにメリアリネスは少し間を置いてから。
「・・・購入はできない、と答えたらどうしますか?」
「他所に持って行くだけだな。他に王族関連で言うと別の国に居るんだよね、知り合い。だからメリアリネスだけじゃ無いんだ。そっちに相談しに行くね。」
「買います。」
即答だった。どうやらこの大粒の真珠を国外に持って行かれるのは勘弁と言った感じの様だ。買うと言った時のメリアリネスの顔が怖いモノに変わっていた。
(まあこちらの国の貨幣が欲しいのであって、帝国やら王国のお金は過剰に持ってるからなぁ。そっちはもう充分で要らんし、今も、あー、増え続けてるんだよなぁ)
元より真珠を他所に売る気は無かった。今も恐らくは魔力回復薬が売れていて俺の口座には相当な金額が振り込まれている事だろうから王国のお金はもうお腹一杯だ。
なのでコレはメリアリネスに発破、と言うか、脅しをかけたに過ぎない言葉である。他に持って行く気は無かった。
(あー、別にノトリー連国に売っぱらっても良かったけど。向こうは今それ所じゃ無いだろうしな)
国土改革に着手してこうした宝石類の事など後回しであろう。出資をするのならば土地開発、開墾の人手の方に回さねばならない経済状況だろから向こうは。
まあそれは俺が脅して命令し従わせている様なモノであるので、俺が「これ買って」と持ち込めば向こうは「はい・・・」としか言えないのだろうけれども。
「少々待ってください。こちらも手続きに保管準備もあります。それと、予算の方も経済大臣が・・・」
メリアリネスはそう言ってアーシスを一瞥する。するとアーシスは即座に動き出した。
部屋を出て何やら道行くメイドさんに声を掛けて指示を出している。それから戻ってくれば部屋の中に数人の職員らしき者たちが入って来た。
テキパキとそれらの者たちにメリアリネスは書類作成をする様に命じている。
それらを受けた職員はぞろぞろと部屋を出て行く。それと入れ違いで顔が皺くちゃの禿頭の爺さんが入って来た。
「女王陛下、何事ですかな?私をお呼びとお聞きしましたが。・・・魔王がこの場に居るとは聞いておりませなんだ。」
俺を見て遠慮も何も無しに魔王呼ばわりして来たこの爺さんは俺の敵だろうか?
しかしその年老いた顔には俺に対する敵意が現れていたりする表情では無かった。
これが年季の入ったポーカーフェイスなのか、それとも俺への牽制で口にしたブラックジョークだったのかは窺い知れない。
そして次には美しい真っ赤な布の上に置かれた純白の大粒真珠に気付いて絶句している。
「・・・コレを、買い取る為に私が呼ばれたのですな?なら、納得がいきました。」
つやつやとした鏡の様な真珠の表面に爺さんの呆気に取られている顔が映る。
「少々手に取って見ても宜しいか?」
爺さんはそう言って俺に顔を向けて来た。これに「どうぞ」と返す俺。
ここで暫くの間、部屋は沈黙に支配された。誰も喋り出さなかった。
「畏まりました。予算を組んでおきます。しかし、陛下の身の周りに回す予算の方を大幅に削る形にしますか?それとも国家予算を削りますか?」
「・・・私の方を削ってください。どうせ余る予算です。節約している訳では無いんですよ?必要だと思うものは購入しています。無駄遣いしていないだけです・・・」
何やら爺さんとメリアリネスの間に妙な空気が出来上がったが、それは一瞬で霧散した。
「では直ぐにでも準備に取り掛かりますので、少々お待ちを。宝物庫の方も整理させておきます。」
爺さんはそう言って一礼して出て行った。どうやらこれで手続きとやらはお終いらしい。
そこで俺は要求を口にした。
「あ、細かいのでお願いね。余りにも大きいと使い難いし?貨幣の量が増えても俺にはそれを簡単に持って行く方法があるから心配ないしね。ソレで宜しくどうぞ?」
あの村はその内にノトリー連国か、或いは新選民教国に取り込ませるつもりである。
何時までも永遠に俺があそこに君臨するつもりは無かった。誰かにその内に最終的には押し付けるつもりだ。
あの村を中立地帯的な村にして一大食糧生産地とし両国がシェアし合うと言った形に持って行けれないかと考えていた。
コレは最初っから考えていた訳では無く、ノトリー連国にカチコミに行った時から考え始めていた事だ。
しかしそう上手く行くとは思っていない。多分こんな絵空事は何十年と掛けて実現する事だろう。そしてソレは俺がやらないと始まらないと言う事である。
(うん、メンドクセーから暫くは放っておくけどね。「ツチノコ」の件の方が今は俺には興味を惹かれるし)
ノトリー連国は国土の開拓を始めさせたばかりなので今以上に問題は抱えさせない方が良いだろう。
新選民教国の方もこうして真珠を買い取って貰うので予算の方でゴタゴタし始めるだろうからまだ今暫くはこの話はメリアリネスにしない方が良い。
「あ、ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど、いい?」
ついでにと言った感じで俺は口を開いたのだが。
「まだ、何かこれ以上にあるんですか?・・・頭痛が、いえ、何でもありません。ソレで、聞きたい事とは?」
メリアリネスは額を両手でぎゅっと押し付けつつも次にはパッと顔を上げて俺に何があるんだと視線を向けて来た。
「ああ、新鮮な海の食材、要る?」
「・・・は?」
「市場にそれらは何をどれ位流しても良いとか言った目安とかはあるか?」
「・・・へ?」
「駄目ならダメでメリアリネスにだけ卸すんでも良いんだけどさ。」
「・・・え?」
「どう?幻の海の珍味、御賞味したくない?」
「・・・いや、あの、まぁ。」
「あれ?もしかしてあんまり好きじゃ無かった?」
「いえ、そう言う訳では。と言うか、もうちょっと落ち着かせて貰えませんか?いきなり話をされて矢継ぎ早にこちらの理解を置いて行かれて進められても・・・」
「あ、悪いね。じゃあちょっと昨日の話をしようか。」
ここで俺は港町の事、海の事、俺が珍しい食材を手に入れられる事などを順を追って説明した。
ソレで今回偶然にこの真珠を手に入れた事も話す。
「そうですか、また頭が痛いのがぶり返して来ましたよ・・・私はどうして今この様な目に遭っているのでしょうか?」
「え?女王になる覚悟はあったんでしょ?その内に一段落したと思えたら即座に弟に席を譲れば良いんじゃ無いの?あ、でもその場合でもメリアリネスが補佐に入って仕事をするだろうから今とそう変わらない?」
「私は、何処で道を間違えたのでしょうか・・・?」
ここで遠い目をしてしまったメリアリネス。しかしアーシスはこの女王陛下の様子に何らの反応も見せていない。
メリアリネスが玉座に座る前はこんなじゃ無かった様に思うのだが、まあそれは俺が気にしないでも良い事だろう。人とは変わる生き物だ。
とここでメリアリネスは気を取り直して俺に注意をしてくる。
「市場には出さないでください。そう言った物が出回ると荒れます。そして私の仕事が増えます。持って来るのなら私が買いますので。量の方は控えめでお願いします。既に先程ので相当に予算は圧迫されてしまうので。」
居住まいを正して目を細めて俺を睨んで来るメリアリネスの迫力は相当なモノだった。
なのでコレに俺は「あ、うん」とだけ返して部屋を退出した。