飲め飲め
「何だコレは?・・・液体?飲めって事か?」
「まさかコレ、魔力薬?そんな美味しくないもの飲んで回復するくらいならここで長い休息を取ればいいじゃない。」
「巷で噂のアレか?何でこれをエンドウが持ってる?・・・あぁ、そうか。分かった。事業ってコレか。」
ラディがいち早く察してくる。マーミは訝し気に瓶を眺め、カジウルはラディの言葉に「あぁなるほど」と手を打つ。
「確かコレは、甘くて美味しいと、実際に飲んだ事のある冒険者が話しているのを耳にしましたね。」
ミッツは実際に使った事のある冒険者の生の声を聴いているらしかった。
「コレは俺と師匠とクスイで合同販売をする予定なんだ。その試作品。なんだけど。ほぼ師匠に製作は任せているし、店の方の手続きなんかもクスイにばかり任せてるから。俺が実際にこうして生の感想って聞く事そう無いんだよね。で、ここは一つ、俺の我が儘に付き合ってそれ飲んで感想聞かせて。開発者としてそう言った実際に飲んだ人の声はちょっとくらいはしっかりと受け止めたい。」
幾度かクスイの店に来ている魔力薬を買っていった客が感想を述べて言っているのは聞いているのだが。
俺に対しての直接の感想を口にしてくれているのではないのだ。なので四人には俺にそう言った飲んだ感想をぶつけてきて欲しいと。
ちょっとくらいドキドキしてみたい。目の前で飲んだ本人からの感想。美味しいと言ってもらえるのか、もしくは不味いと切って捨てられてしまうか。
自信作ではあるけれど、どうしてもそう言った他からの感想を聞いて何処か改良点は無いかなどのヒントもあればいいかな?などと贅沢な事も考えていたりする。
こういったものは開発者が感想を聞くタイミングなどは、後々で時間をおいて感想やらこうして欲しいと言った改良の意見を貰うものだ。
だからちょっとでも早くに個人の好みなどのリサーチも入れて味の改良などの着手する時のための意見を一つでも多く欲しい所なのだ。
気が早い、クスイに全部任せている、などとツッコミを脳内ではしてはいるが、コレは俺の自信作である。
もっとしっかりと、早くに多くの人々に広まって飲んで欲しいと少しは考えているのだ。
将来この「つむじ風」はビッグネームになるに違いない。ならば彼らが愛飲している魔力薬、といった宣伝ができればもっとこの改良版魔力薬は売り上げを上げていくだろう。
そうすればクスイの店をマネして他の店もどんどんと魔力薬を改良したものを開発して美味しい物を作り始める。
そうなれば瞬く間にマズイ物は淘汰されていくのだ。最初の内はクスイの儲けを考えて製作レシピは非公開だろう。
だけどその内、そう遠くない未来にそれを公開した時はきっと魔法使いのレベルもその魔力薬製作のために高いレベルにまで腕前を上げるための努力をする者たちが増えていくに違いない。
そういった流れになれば師匠の「嘆き」もその内に過去のモノになって愁いを取り除く事に繋がるはずだ。
そんな中で真っ先にソレを飲んだのはカジウルだった。まるでどこぞのサラリーマン戦士だ。栄養ドリンクを飲み干すかの如く。
「う、う、う、う・・・うまーい!うーん、もう一杯!」
なんだろうか?オヤジ臭さが半端無いリアクションだ。
続けてミッツがこくりと一口飲む。
「ふわぁ~、美味しいですねぇ。甘くて、サッパリ。これならもっとたくさん飲みたいですぅ~。」
甘いものに飢えているのか、ミッツのその言葉は心の底から出ているかのようだった。
「あ、飲み終わった瓶はこちらで回収する。渡してくれ。中を洗って再利用するから。」
リサイクルである。これをそのまま瓶をゴミとして捨てるのは勿体ない。勿体ない精神である。
「へぇ~。凄いな。昔危うい場面で仕方無くミッツが飲んだ魔法薬を、その時の残りを興味で指先ちょっと舐めてみた事があったが、あれは強く記憶に残る不味さだったんだがな。」
ラディも魔法薬を飲んでそう感想を述べる。
ここでようやっとマーミが蓋を開けて瓶に口を付ける。そうして恐る恐ると唇が微かに濡れる程度に魔法薬を味見した。
「な、何なのコレ・・・甘いじゃない。あんなマズイ物がどうしたらこんなにおいしくなるの・・・」
愕然としている表情はじっと魔法薬を見つめている。どうやらマーミはこの改良された魔法薬に大分ショックを受けているようだ。
マーミは別段、戦闘する時には臆病な所を見ない。けれどもこういった「日常」には大分敏感で、それでいて保守的な精神を持っているようだ。
自分の日常や常識が崩れる事は人にとってかなり強いストレスとなり得る。
例えどんな良い変化であっても、受け止める本人が「悪く」受け止めてしまえばソレは衝撃でしか無く、改善されて良くなったことでさえ「今まで通り」が崩される事自体がストレスになってしまう場合もある。
マーミはそう言った所に大分敏感であるようだ。
でもそう言った事から回復するのも早いらしい。すぐさまグイっと魔力薬を飲み干した。
「ねえ、コレもう一本無いの?おかわりは?」
「やめとけやめとけ。一本で充分だ。回復しただろ充分一本で。ならもう少し休憩してから、巣にブッ込んで行くんで宜しく。」
俺のこの言葉にカジウルは苦笑い、マーミは嫌そうな顔、ラディはいつもと変わらず飄々と、ミッツは気合十分と言った感じに。
準備運動はここに来るまでのダッシュで充分してある。後は心と息を整えるだけだ。
そうしている時間も短い。どうやらもう既に戦う心の準備はできていたようだ。
皆で一応は固まって静かにその目的の巣へと少しづつ近寄る。
周囲に隠れていて奇襲をかけてくるような者が居ないかどうか慎重に歩を進める。
こうして順調にそのゴブリンの巣の前へと着いた。そこは大きなそびえ立つ崖にぽっかりと開いた洞窟。
それはおそらく今回のターゲットのゴブリン集団よりももっと前にそこに居たであろう存在が広げたのだろう。
ぽっかりと整えられたかのように入り口の壁肌がなめらかである。
その洞窟はかなり奥まで有り、その一番奥はどうやら広場になっているようだった。
ここまでかなり森の奥に入ってきていた。確かにこの場所は大分見つけにくい自然のカモフラージュになっている。
樹木や蔦、岩などが所々にあって洞窟の入り口を隠す様な配置だった。そしてそこに大分違和感を感じさせる。
「なあ?この入り口、どうやら隠してあるよな?イヤな予感するんだが?」
カジウルの不安にマーミが静かに同意する。巣は目の前なので大声でしゃべるとこちらを見つけられてしまう可能性が高い。
「絶対魔物の中に知恵を持つ存在が混ざってる・・・どうするの?少しづつおびき出したりして削っていく?」
「それでも構わないんだろうがな、今までだったら。でも、今ここに居るのは俺らの力試しだからな?このままツッコむしかないだろうよ。」
ラディはここに俺たちがいるのは「目的」が有るからだと口を出す。
「私たちの力はもう既にダンジョンに入る前とは格段に、二段も三段も違うんです。ここは真正面からぶつからないと今の私たちの力量が把握しきれないと思います。」
ミッツが今回のゴブリンとの真っ向勝負で昔と今の違いを明確に認識するべきだと主張する。
オマケで最後に「エンドウ様が付いていますから!」と危なくなれば保険が在るとも付け加える。
コレにマーミは大きく盛大な溜息を一つ吐きだした。
「分かったわよ。やるわよ、ヤルヤル。この中で一番慎重だったのはミッツだったはずなのに。何ともまぁ過激になったわよね・・・」
マーミが遠い目になりかけたのをカジウルの言葉が止める。
「んじゃま、真っ直ぐこのまま姿を現すとしようか。」
俺たちは隠れていた茂みから立ち上がりそのまま真っ直ぐにゴブリンの見張りが立っている目の前まで進んだ。
そうなれば当然ゴブリンどもは喚き散らす。そう、仲間を呼んでいるのだ。
それはかなりの大声で、洞窟内に居た戦力二十匹が一斉に出てきて洞窟前に並ぶ。
「警戒は怠るなよ?洞窟内はこれだけかもしれないが、森の中に狩りに行っている個体が戻って来て戦列に時間差で並んでくるかもしれん。」
目の前の数にカジウルが「他」の可能性を注意喚起する。もしかしたら仲間がまだ増えるかもしれないと。
その言葉に一層気を引き締め直した四人の前に現れたのはこのゴブリンの集団の頭であろう存在だった。
洞窟内から最後にその姿を現したのだ。身の丈2m。額には二本の角。赤い肌。筋骨隆々でその手には木を削り出した棍棒を持っている。
茶色い腰巻を一つしているだけで残りは全裸である。何処をどう見ても赤鬼。
(オーガ、そのまま日本語訳で鬼でいいのか?でもなぁ?うん、まあいいか)
と俺が今別段重要でも何でもない事に思考を飛ばしているとマーミがこの「鬼」を見て危険だと口にする。
「ちょっと!コイツ角が二本よ!ヤバいんじゃないの?!」
「オーガだな・・・しかも確か角が多い種は知恵が増すとか言ってたか?過去には五本生えていた奴が発見されたなんて情報を耳に入れた事が有ったな・・・」
ラディが情報を付け加える。そこにミッツも。
「角の本数が一本だと本能のままに暴れる獣と大差ないと聞きました。けど、私たちは今まで一本のオーガしか相対したことが在りません。しかもそれも他のパーティーとの共闘で二度です。」
しかもその時も大分苦戦して倒す事ができたそうな。被害は大怪我が一人、しかし、それも命の方は助かるレベルの怪我だったそうで。
こうして警戒をしつつ会話を続けている間にゴブリンたちは俺たちを囲むような動きを続けている。
コレはしっかりとした「作戦」の動きだと理解できる。周りを囲んで逃がさないようにして一斉にオールレンジ攻撃。防御をさせない、一気にカタを付ける。
そう言った意思が動きの中から感じられた。
「確定だぞ?二本角のこのオーガがこのゴブリンの群れを統率してやがる!」
カジウルもソレを感じ取ったのか目の前のニヤニヤ顔を止めないオーガを睨む。
こうしている間にもジリジリと俺たちを囲むゴブリンの輪が迫ってくる。
そんな状態で俺は一言だけ発する。
「じゃあここら辺で一気にやっちゃって大丈夫じゃないか?」
この言葉に「そうだな」とラディが余裕の声を上げる。
「まあ、そうね。こいつらをやっちゃってから話の続きをした方が落ち着けるってモノよね。」
マーミがどうやら冷静さを取り戻し始めた。
そしてカジウルもどうやら自分の魔力を身体能力向上に入れ始める。
「俺が右のゴブリン、左はラディで!ミッツは討ち漏らした分がいたらそれを追撃。マーミは矢でオーガを!初っ端から全開でとばしてけ!・・・せーの!」
こちらに一体のゴブリンが大きく一歩踏み込んできたタイミングを見てカジウルが大きく掛け声をかけて戦闘開始に入った。
先ずカジウルの踏み込みが先制をした。振り切られた剣はゴブリン三体を纏めてすり抜ける。
が、斬れていないわけでは無く、切れ過ぎているからこそだ。次にはゴブリンの胴が二つに離れてドサリと落ちる。
どうやらちゃんと剣は切れ味を増している様子だ。これならすぐに囲んできているゴブリンを片付ける事ができるだろう。
ラディの一歩もその踏み込みは鋭かった。手にしたナイフは二刀流。シャ!とか、シュ!と風を切る音がする。
その時にはもうゴブリンが二体、三体と次々に倒れて行った。しかもその音は止まらない。四、五、六、と瞬く間に風の音がゴブリンたちの首を断っていく。
この二人の間から抜けた一匹がミッツに迫るが、普段からおっとりして見える彼女が素早い身のこなしでゴブリンの大上段からの一撃を避けた。
ゴブリンはかなり錆びたロングソードを振りかぶっていたのだが、その一撃は普段のミッツでは躱せないのでは?と思うくらいには鋭かったのだが。
そんな交錯をしてからのミッツの反撃は流れるようだった。半身を軽く横にずらして剣を避けてからのゴブリンの頭へメイスの一撃。
ミッツの持つメイスは何故か警棒の様な作りになっており、手に持つソレを素早く振りかぶった時には先端にごつごつした突起が現れている。
ソレを何の躊躇いも無くゴブリンの脳天へと。「ごす!」と鈍い音がして見事にゴブリンの頭蓋は陥没した。即死だろう。
そしてマーミは素早く弓をオーガに放った。その淀み無い構えへの流れはオーガの隙をついたらしい。
それもそうだろう。カジウルとラディの動きを見てオーガは驚いていたのだからそこに付け入るのは容易い。
何とはなしに矢を1・2・3・4と早打ちしていく。その技術は目を見張る。一切止まる事が無い、動きにひっかかる所が何処にも無い。
その早打ちはオーガの顔面、首、鳩尾、太腿を狙っていた。当然隙を付かれたとは言えオーガも動かない訳では無かった。
咄嗟に狙われた部分を直感したのだろう。盾にするように顔と首、鳩尾を両腕で器用に庇った。
当然太腿はがら空き、しかしオーガはたかだか何の特別でも無い矢が身体に刺さるなんて思っていなかったのだろう。ニヤリとした目がその腕の隙間から見えていた。
自分の身体の硬さに自信があったのかもしれない。それだけ魔物は頑丈なのだろう。
しかしその結果はオーガの動きを止めるものだった。きっとオーガは保険として腕を盾として出したのだ。
目などを狙われてもしそこに刺されば失明は免れない。万が一にも首や鳩尾などと言った急所だろう場所に矢が刺さる何て事になれば一気に自分の命は危うくなる。
自分の肉体に自信を持ちつつも、そう言った考えに及ぶ個体。そう、知恵を持つ個体。
ソレだけ用心深い、そんな魔物の腕、太腿に矢が見事に刺さったのだ。
コレはマーミに教えた魔力付与、貫通する力がアップする効果が出たのだろう。
コレはマーミが魔法がしっかりとイメージをできるようにするために俺が実際にイメージした魔法を披露した。
これくらいの事を頭の中でしっかりとできるように、と。
一番最初に見たインパクト抜群な鮮明なイメージを強く持たせる事は重要だ。忘れないためにも。
その忘れられないイメージをしっかりと脳内再現して放てばきっと、その矢の威力は俺のやったのとは同じにはならなくとも、充分な威力は出るだろうと言った力づくな理論だ。
そう言った狙いを持って実際俺がやって見せた的は魔法で土をガッチガチに固めた壁。
厚さ三センチ、実際に最初にマーミに魔力付与を矢にせずに試しに放たせてみたら一ミリも鏃が刺さらなかったのはやり過ぎだったと思う。
そしてその後に俺が投げた石ころ、それでその土壁を貫通させてしまった事もやり過ぎだったと思う。
軽く放ったちょっと先が尖っている石があっさりと「ずぼり」と土壁にめり込んだと思えばもうその時には壁の向こう側、何処に飛んで行ったかもわからない位に森の中に飛んで消えた。
マーミのその時の不満そうな顔は忘れられない。
で、オーガだが、予想の範囲外な矢の刺さり具合に膝を地に付く。
痛みと驚きと驚愕で全身の力が思わず抜けたのだろう。だがすぐに立ち上がろうとした。
流石に見た目通りにタフであるが、その隙の間に既にゴブリンは全滅している。
そう、流石に身体強化して、しかも武器にまで魔力付与をした二人を、ゴブリン程度の魔物では止める事ができなかった。
十秒とちょっと。たったそれだけの時間で二十体はいたゴブリンが全滅。
これにはやっていた本人たちが一番驚いているようで。
「・・・ヤバいな。強く、なり過ぎじゃねえか?」
「悪い事じゃないが、コレは調子に乗らない方がいい案件だな。」
「ねえ?私の矢がオーガに刺さってるんだけど?これ、オーガじゃ無かったら、貫通してない?怖いんだけど・・・」
「私、何時もの動きじゃ無かったです・・・自分で自分じゃないような・・・危ないですね、心が先に。」
自分の身の危険よりも心の危険を感じたようだミッツは。
カジウルは自分の今までの強さとの乖離に戸惑う。
ラディは強くなった事に「今まで通り」にいかない、より一層慎重さを求めないといけないと口にする。
マーミは魔法の怖さを今更言葉にした。
ここでオーガは自らに刺さった矢を抜き、立ち上がって大声で叫ぶ。怒りで声を発しているだけでは無さそうな雰囲気だ。
どうやらゴブリンは予測通りにここに居た数だけでは無いようであった。
このままここでぼーっとしていてもまた追加のゴブリンに囲まれるだけ。
だけど今の「つむじ風」にはそんな事はどこ吹く風である。
目の前のオーガはやられたゴブリンたちに目もくれずに怒りで目の前の状況が呑み込めていない様子だった。
こちらを睨み続けるオーガ。きっと呼び集めたゴブリンが到着次第に同時にオーガ自身も襲い掛かって来るに違いない。
そんな事は一々待っていられない。カジウルが踏み込んだ。その踏み込みは訓練の時よりもいっそう鋭いものだった。
どうやらカジウルは天才と言って差し支えないみたいである。飲み込みも習得も早い。そしてこうして実戦で急成長をしている。
さっきゴブリンに踏み込んでいた時の鋭さから二段は速さを増しているその素早さ。
オーガは反応しきれずにただ右腕を前に突き出しただけに終わる。
しかしその突き出した腕が次の瞬間にはボトリと地面に落ちる。肘から先が。
カジウルがオーガの腕の横に回り込み腕を切り落としたのだ。おそらくオーガの目にはカジウルが突然目の前から消えた様に見えた事だろう。
急加速、急転換、からの一撃。マーミはそれに驚きを隠せない。
「急に強くなりずぎでしょ!カジウルってあんなに強かったっけ!?」
そんなカジウルの攻撃に続くのはラディだ。オーガの背中にいつの間にか回っていてその左脇腹を魔力でリーチを伸ばしたナイフで刺していた。
ソレは致命傷だっただろうが、しかし生命力が強いのかオーガは残った左腕を背後へと振り払うようにしてラディへと攻撃する。
だけれどもソレは既に後方に下がっていたラディには当たらなかった。
止めはマーミだった。オーガが腕を振り切って硬直している所を見逃さず、綺麗に「ストン」と矢がオーガのこめかみを貫く。
脳まで達したその一矢はオーガの命を刈り取った。
「お疲れ様です、と言いたい所ですけれど。どうやら追加が丁度来たようです。」
ミッツは三人に労いの言葉を掛けたが、その時にはもうゴブリンの援軍がここに辿り着いて来ていた。
その数は十五匹と少なかった。どうやら思った程にゴブリンは増えていなかったようだ。
でもそれでもピンチである。その数にミッツは囲まれる寸前だった。
戦闘職では無いミッツだと、ここまでの数に囲まれてしまえばいくら身体能力向上を使っても危うい場面。
彼女はそもそも戦闘と言う面においては経験が少ないだろう。ミッツは回復役、それでこのパーティーはできていたはずだ。
今までにもこうした修羅場が無かったわけではないだろう。今こうしてこの場に居ると言うのはその修羅場を潜り抜けていると言う事ではある。
しかしそれでもミッツが危ない場面になっている事実は放っては置けない。
俺が手助けしようかと思っていた所でミッツは囲まれる前に一歩を踏み込んだ。
こちらから先制攻撃を仕掛けるつもりであるようだった。無謀だと口にしたかったのだが。
しかしそれも要らぬ心配だったようである。身体能力向上は充分に操作できているようで、ミッツは即刻一番近い位置にいたゴブリンへ脳天にメイスを放り込み一撃で屠った。
ソレは素早いと言うか、ゴブリンの方も隙を突かれた、と言いたげな顔をするほどに華麗な一撃であった。
どうやらミッツは「間」を取る事に長けているようで次に放った横凪の二撃目も側にいたゴブリンの頭に命中する。
走ってきていたゴブリンたちはその勢いで一気にミッツを囲もうとしていたのだが、この攻勢に一気にその勢いは止められた。
その時にはもうミッツは下がってマーミの側まで退避していた。この時点でもう囲まれる状況だった場所から脱出している。電光石火という程にキレがある訳では無かった。しかしこうして結果を見れば包囲されかけていた所を回避している。
ミッツにはおそらく戦闘に関しては独特なセンスの持ち主だ。この事でソレが良く解る。
この時間稼ぎでカジウルとラディがゴブリンの方へと戻ってくる時間ができた。後はもう殲滅するだけ。
二十は最初に居たゴブリンはこの二人に速攻で始末されている。目の前の数はそれ以下だ。
最初に動くのはラディだった。動きの止まったゴブリンたちのど真ん中に既に飛び込んでいた。
その事に驚かされたゴブリンたちは混乱する。もうこの時点でお終いだろう。他の三人の事を忘れているのだから。
そこにカジウルが斬りかかる。もちろん立て続けに二、三、四と連続でゴブリンは屠られていく。
ラディが注目を集めて、その合間をカジウルが斬りかかる。良くできている連携だ。
ミッツはメイスを持って構え警戒は解かない。もしかしたらカジウルの討ち漏らしが迫ってくる可能性もあるのだ。
マーミは弓に矢を掛けて引き絞らずに構えてフォローに直ぐに入れるようにだけしている。
ラディやカジウルに危機が迫った時に介入して助けるためだ。
しかしそんな心配はしなくてもいいと言わんばかりに、ラディがカジウルの攻撃に狼狽えてより一層混乱しているゴブリンを確実に討ち取っていっている。
もはやこちらの思うつぼ、まともな攻撃すらできずにゴブリンは全滅した。
「ふう、皆警戒はまだ怠るなよ。このまま少しここで留まってまだ追加でゴブリンどもが集まってこないか確認するからな。」
カジウルがそう注意を促す。どうやら時間差でもっと多い数のゴブリンが来ないかの確認を取るためであるようだ。
その一言に皆は頷くだけに留めてラディとマーミは周囲の警戒、ミッツはゴブリンの討伐証明としてゴブリンの死体から耳を切り取っている。
さて俺はと言えばオーガを丸ごとインベントリに収納だ。
コレにマーミが納得いかないと言いたげな顔を俺に向けてきている。
俺には彼女が何を不満に思っているのか分からない。そして何故その感情を俺に向けるのかも。解せぬ。
その後は十分ほど警戒を続けていたがついにはゴブリンのオカワリは無かった。
カジウルはようやっと警戒を解く。カジウルだけ洞窟内へと入って中の様子を覗いて来ていたのだが、どうやら中は空っぽのようだった。
「こいつらは多分つい最近になってここを見つけたようだな。何も無かった。これがおそらく見つけて暫く経っていたはずなら中に生活感があったが、それもまだかなり薄かった。長い事ここに住まれていたらもっと悲惨な状況だ。気分の悪くなるものを見なくて済んだぜ。」
想像はしたくないが、目を背けたくなる現実を見なければいけない羽目になるのだろう、その時はきっと。
「さて、終わったが、時間が有り余っているぞ?これ、戻って報告して、・・・大丈夫か?俺たちは強すぎる程に強くなりすぎただろ?」
ラディは早すぎる討伐をこのままギルドに報告していいのかどうか戸惑っている。
俺はあの場で今日中に終わると宣言したのだが、その言葉はおそらくギルド長は話し半分で聞いていた事だろう。
だけれどもここまでの速さで問題が解決できる強さがどうやら問題となるらしい。
このまま戻れば「つむじ風」を最悪は要警戒対象としてギルドが見てくる事にも繋がりかねない。
たぶんラディはそう言いたいらしく、苦い顔をし続けている。
「たぶんギルド長なら大丈夫でしょ?あの人はまあ信用できるだろうし。」
マーミはどうやら多少はギルド長の事を解っていると言った感じに述べる。
そんな話し合いをぶつ切りするように俺は質問をする。
「なあ?この洞窟は塞いだ方が良いか?今後ともゴブリンじゃなくともこの洞窟に魔物が住むのは駄目だろ?根本的に解決するならこの洞窟は塞ぐのが一番だと思うんだが?」
コレにカジウルが大きな溜息をついて答えをくれる。
「・・・はぁ~。あぁ、やっちゃってくれ。エンドウならそんなの簡単に出来るんだろ?俺たちの力じゃ無理だしな。そもそも?俺たちがここまで強くなった事には何も言わないのな。」
どうやら自分たちが強く「なり過ぎた」という部分に悩んでいるようだ。
俺としては強くなってくれればなる程に頼もしいと感じるからいい事だと思うのだが、どうやらちょっと俺の考えている事情とは話が違うようだ。
そんな事を思いつつも洞窟の壁に手を付いて魔力を流す。するとガガガガガガと硬い岩がこすれ合うような音が周囲に響き渡る。
俺は内部の空洞の方にまで魔力を流している。その奥の空間から埋めていくように地形を操作しているのだ。
結構な質量を操作するからか、魔力はどんどん吸われていく。しかし、それだけ吸われても俺は物ともしない。
(俺の中の魔力総量は一回はどれくらいなのかちゃんと量らないとなぁ)
などと考えていれば既に俺の目の前までズズズズと壁が迫って来て、洞窟の入り口はどんどんと岩が埋まっていく。
こうして完全に洞窟が無くなって一件落着となったが、俺以外の四人の顔が未だに苦い顔から脱せないでいた。




