本当にもうヤバかったみたいで
まあ何時もの事だ、そんな風に考えて気にしないでおく。大抵調子に乗ると大体人はロクでも無い事をしでかすものだ。
そして俺はこの世界に来てからそんな事を何度もやらかしてきている。ならば今回の事もスルーしよう。
何せ別に悪い事をしようって訳じゃ無かったのだ。そして実際に悪い事をした訳でも無い。
俺が先ず手始めに「魔改造」しようとした土地の近くにあった村に帝国から買い込んだ食料を提供しただけだ。
食料に関しては一応は「御挨拶」と言う意味を込めて持ち込んだだけである。
「この度、村の側の土地を使って土壌改善をします、つきましてはその件でこちらの村民に何かと不安を持たせてしまうかもしれないと思いますので事前のお詫びです。」
そこで村の食糧倉庫をパンパンにしたのである。俺としては「隣に引っ越して来たんで蕎麦持ってきました」的な軽い気持ちだ。
そんなのはこちらの世界で通用しない俺だけの個人的な考えなのだが。しかしそんな事を気にせずに俺は食料を大量放出した。
こちらでは食べられていないだろう、見た事も無いだろう食べ物も大量にある。しかし全てが食べられる物だと直ぐに理解できたんだろう村長は喜んでいる。
しかしここまでのコミュニケーションを取れるまでに相当に時間が掛かっている。
先ずは帝国で皇帝に事の流れを頼んで食料を買い込むだけ買い込んで貰った。市場が混乱しない程度に購入店を細かく、そして多くに分けて。
購入量もちゃんと計算をして貰っている。帝国を干からびさせるつもりなど無いのだから当たり前なのだが。
そうしてそれらの支払い代金をカードから引き落として貰ってもまだ相当な残金が残っているのを帝国の経済担当責任者?に呆れられたりした。
因みにそのカード内の残金が幾らかは俺は確認してはいない。
これらの準備と支払いまでで三日は掛かっている。皇帝が指示を出してコレだけの短期間に大量の購入をしてくれたのには驚きと感謝だ。
これらの仕事はかなり無理を言ってやって貰ったのは理解できていたので、コレに代わりと言っては何だが俺は皇帝に何かして欲しい事は無いかと聞いてみたら。
『今度、従魔闘技場に特別出演してくれたらソレで良いよ。その時にはあの黒い魔獣は当然として、それ以外に別のが居たら盛り上がるだろうから、それを頼みたいかな?』
どうやら闘技場でイベントを企画中との事らしいので俺はソレを了承しておいた。
最悪は「巨狼」に頼んでついてきて貰うだけで良いだろう。クロよりも格上の魔獣だし、その時には観客も充分満足してくれるだろう。
その後で俺は「魔改造」予定の土地に戻り、その近くの村に訪問をしたのだが。
『なんだキサマは・・・余所者はこの村には入れん。さっさと去れ。』
と、いきなり言われたのがインパクトがデカかった。俺の予想通りなのかよ本当に、と思ってこれにはちょっと呆れた。
その後は何かと敵意も害意も無いと俺は言葉で伝えたにも関わらず一向に取り合って貰えず、ずっと頑なに拒否され続けるばかり。
このやり取りに途中で別の村人たちが集まって来てその手に粗末な槍をこちらに向けて威嚇してくる始末だった。
そうしてこうなってからやっと村長が出て来て俺が「食料を提供する用意がある」と伝える事で話を聞いて貰える空気になったのだ。
その時には先ずはこれから俺がやりたいと思っている事をざっくりと説明したのだが、これに思いきり村人たちに諦めの溜息を吐かれた。
そこには夢も希望も無い、寧ろ少しだけ絶望が混じっている事を俺は感じたくらいである。相当に重傷だ。
完全に村人たちはこの荒廃した土地に殺されかけているのだ。この騒ぎで集まった村人には若者が少ない。
村に見切りを付けて早々に出て行ったのか、或いは出稼ぎに行って今は居なかったのかは知らない。
けれどもどうにも「限界集落」と言うのは俺でも解るくらいにヤバイ雰囲気を村人たちが発していたのを感じられた。
ここで村長が俺に言うのだ。
『この村はとうに国に見捨てられておる。どうしようも無いわい。死を待つだけの村でお主が何をしようが構わんよ。好きにせい。』
そう言われてやっと俺が提供すると言った食量を出す事になってこの村の共同の食糧倉庫に案内されたのだ。その時には。
『手ぶらでどうしようと言うんじゃ?奇術でも使って我々を楽しませてくれるのかの?』
などと村長から嫌味と悪意と敵意と八つ当たりを込めて言われる始末である。コレにこの村が限界極まっている事が嫌でも理解させられる。
まあ実際に俺が提供すると言っておきながら何もその手に持っていない事が悪いのだが。
そうして今に至る。今俺の目の前で村人たち全員が揃って俺を崇め奉っている状況だ。
「貴方様は神の遣いの方で御座いましたか!真に失礼いたしました。数々の無礼をお許しください。」
村人全員が集まって俺に頭を下げて一向に上げない。なので俺は気を楽にして欲しいと思ってこう返した。
「俺は別にそんなんじゃ無いから別に気にしないけどね。寧ろ神様なんて信じちゃいない・・・かな?それじゃあ俺は早速だけど作業に取り掛かるから、邪魔しに来たり、近づいてきたりしない様にね。食料が足りなくなったら言いに来てくれればまた提供するし、ここで俺が厄介になっている間は支援は惜しまないから遠慮無く言ってくれ。」
村人たちの体躯は非常に痩せ細っていて見ていて痛々しく苦しく、こちらの胸が締め付けられる。
なのでそんな申し出を俺はしてしまったのだが、これが余計に駄目だった。
村人たちはこの俺の言葉で平伏、全員が土下座を始めてしまった。そして誰も口を開かなくなったのだ。
中にはすすり泣く者も出ていて「これどう言う状況?」と俺は心の中で小さく混乱してしまった。
「えーと?皆さん、お腹空いてません?あー、食事にしましょうか?調理道具は・・・調味料は・・・煮炊きするのに燃料は・・・あ、はい・・・」
そんな気持ちでこの現状を変えようと口にしたのは「食事しようぜ」だった。
しかしここで鍋も鉄板も塩も薪も調理場もマトモに無いと村長から説明されてしまう。
どうやら物資やら修理などはもう何年も無いらしく、どんどんと擦り切れてダメになっていっていた様だ。
本当に俺が来るのがもっと遅かったらこの村は消滅していたかもしれない。大勢の餓死者を出して。
こうなるともう俺が最初から最後まで世話を焼かねば後味が悪い。
なので俺はここでこの村の広場で食事の準備を始めたのだった。
このもうどうしようも無い村に残っていたのは此処から移動を出来ない者たちだったのか、それとも村を捨てきれない感情で残っていた者なのか。
そんな者たちが今俺が作った食事を漏れなく全員が滝の様な涙を流しながら食べている。
この村がどれだけ追い詰められていたのかが無理矢理にでも心に理解させられる光景に、俺は国の中心はどう言う状況になっているのかが少々気になった。
これ程に一つの村の死にそうな現状を目にさせられたのだ。国の救援物資などが配給されていてもおかしくないのにソレが無いのは「見捨てられた」と言う村長の言葉通りなのだろう。
国の中心もこの村と同じ様な状況なのか?或いは逆に中心部に行けば行く程にこの状況は緩和されていて食糧問題は無くなっていくのか?
多分ソレは無い。そうここで俺は思ってしまった。そもそも他に多少の余裕があったならば、この村に救いの手は幾らかでも出せたはずだ。それがあればこの村はここまで死にかける様な事は無かったはず。
(最悪なのは国の上層部が自分たちの為だけに食い物を囲い込んでるってパターンだな)
他が幾ら飢えても関係無い。自分たちだけが美味い物を食い、酒を浴びる様に飲んで、暴食を極めている。
もしそうだったら俺は多分ソレを徹底的に潰すだろう。ふざけるなと言う事である。
(さて、食料だけじゃ無くって燃料にできる木々の植林も問題になって来たなぁ。あ、野菜類だけじゃ駄目だから畜産も?・・・ヤベェ、土壌改善のはずだったのに村を救うプロジェクトになっちまうこれじゃあ)
これでは開拓村を作るのと何ら変わらない。無い無い尽くしの今のこの村ではもう最初から作り直した方が良いと思えて来てしまう。
(俺だけじゃ駄目だなぁ・・・そこら辺の事を良く知ってる奴を巻き込まないと俺だけで考えただけじゃ偏りが出そうだ)
俺は食事をしながらボーっとそんな事を考える。開拓経験者が誰か居なかったか?などと思っていたら当て嵌まる人物を見つける。
「よし、レストがちょっとくらいそこら辺の知識を持ってるだろ。何せ初代皇帝だし?土地開発の指揮系統をやった事もあるだろ。俺の考えた仕事の流れを話してみれば間違いがあれば修正とかしてくれるはず。」
こうして俺は一旦村からまたあの孤島の城に向かう。レストに今後の相談をしに戻る。
因みに村には色々と調理道具に調理場、水、ソレとプロパンに小型ガスコンロを大量に作り出して置いて来た。使い方もレクチャーして。
「と言う訳で、レスト、こんな流れで行きたいんだけど、どう?」
「・・・エンドウは本当にいつも突拍子も無い事をしでかし始めるなぁ。予想が付かんよ、どうしてそうなるのだろうか?」
「え?何かマズかったか?だって耕して、栄養足して、水でしょ?そこを完成させたら植える物を選定して栽培、からの安定供給に向けて管理。で次は植林に、あー、畜産は何か良い動物居ない?・・・ん?あれがあるじゃん!あー、でもこっちに移住するのに頷いてくれるかな?どうかなぁ?一種類だけだと何だかつまらないし・・・あぁ、アレも試してみるかぁ。」
「勝手に一人で完結しているみたいだな。まあ、別に大雑把な流れには別に問題は無さそうだが、あるとすればエンドウ自体に問題があると思うが?」
「は?何で俺なの?いやいやいや、別に問題なんて起こさないよ?只「村を救おう!」って事には別に悪いこっちゃ無いでしょうよ?」
「・・・やり過ぎそうで私は怖いんだが?まあ、そのやり過ぎがあったからこそ、私はこうして今までなら考えられなかった程にのんびりとさせて貰っているのだから文句も言えんか。」
「・・・まあ、うん、やり過ぎるだろうな、ってのは俺も心配だけど。今回はその「やり過ぎ」くらいで丁度良いって感じじゃない?規模的に見て。だって多分あの国、その村だけじゃ無いと思うんだよねー、困窮してるの。まあそれは只の俺の予想だけど。」
コレは当たらずして遠からず、と言った感じだと思うのだ俺は。あれ程に死にかけの村だったのだ。あそこだけがその様な状況であると誰が決めつけられるだろうか?
別の場所を見に行けば直ぐにその答えも知れるだろうが、俺はそんな事を今すぐにする気も無い。
俺の今までの行動を振り返れば、あっちにこっちにと飛び回ると余計な事まで目に付いてそっちも一辺に纏めて片付けようとしてしまうだろうから面倒が増すと分かっている。
ならば今目の前の村の事に集中力を発揮してから次、とやった方が無駄に気を揉まなくて済むと言うモノだ。
(それでもその内に別の町村の様子を見に行っちゃうかもしれないけど、それはそれで後になるだろうし)
そうと決まれば色々と準備だ。また各地を回ってあれもコレもと買い込みだ。
「あー、クスイに預けてあるお金はどれ位使っても良いモノか?あれ?一度全部引き出してスッカラカンだっけ?畜産業となると誰か指導者が居た方が良いよな?ノウハウなんかが必要になるのは当たり前だ。一から村人に工夫させてたら時間が幾らあっても足りないだろうし。」
こうして俺はまたしても知り合いの所に周りに回って自分の求めている物を集めていった。
スローライフと言うか、寧ろゼロから始める村づくりと言うのはそもそも現代に生きていた只のサラリーマンには本来だったら無理な話だ。しかも一人でソレをしようとするなんて。
「鉄◯ダッシュ」でやっていたあの有名企画は何度も見ていたが、アレはTV番組だからこそ組める、予算がある、経験者を出演させて手伝って貰えると言うモノである。
しかしここはそんな番組とは全く違う。俺は若返り、不思議不可思議な魔法が使え、そして人脈ができ、金がある。
これだけあれば何でも、とまでは言えないが、しかしそれなりには創り上げる事ができるだろう。村の土台が。
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こうして俺が好き放題に「やり過ぎて」一ヵ月が経った。もう理想の九割近くは完成しただろうと言う所で我に返ったのだ。
「・・・これじゃあこの村の人口に対して広過ぎる。住民が居ないじゃ無いか。移住者を見繕わないとダメだな。農耕地での作業をする人の数が圧倒的に足らん・・・」
今この一帯は緑一面に変わっている。以前は黄土色に乾いた土地で草などは皆無と言える位にしか生えていなかった土地なのに。
一部には林を作り上げ、井戸も掘って、溜め池も造って、水路も繋げて、畜産用の建屋も建てて、ムゥフィーグを融通して貰い、ダンガイドリも連れて来て飼育、果樹園も作り上げて、公共浴場も建てたし、鍛冶仕事ができる炉も作ってある。
ここに住む者たちのための快適な住居も建てて村人にそれらを提供し、畑に植えている農産物の育成法や畜産に関するあれこれの知識なども教育が終わっているのだ。二毛作、三毛作、四毛作も教えてある。輪作。
その他もろもろにもっと細かい所を言えばキリが無いのだが、そう、「やり過ぎた」のだ。これでは何処のアメリカですか?状態だ。
今の村の人口では大型農業機械も無いのに人力でこれほどの大農地を全て管理できるはずが無いのである。それ位に馬鹿げている程にやらかしてしまっているのだ。
「相変わらず冷静になるタイミングが遅い・・・俺はそもそも最初に只この村をちょっとだけ立て直すくらいに考えていたはずだ。なのに何で最終的にこうなるんだ・・・」
取り敢えずこの「魔改造」は成功を収めたと言って良い。良いのか?寧ろある意味失敗・・・。
この事をノトリー連国の役人が知ったら俺が作り上げたこの土地の恵みをすぐさま強奪しに来るだろう。
「ソレは『ふざけるな』って思うから、そうだなあ・・・壁でも作るか。」
そもそも、この村は国に見捨てられたと言うのだからここに近寄って来る者は居ないだろう。
村長とはこの「魔改造」をしている間に何度も話をしたのだが、徴税官はもう3年は来ていないと言うのだ。
しかしそれを鵜呑みにしてこの先もずっと来ないと考えていては駄目だろう。万が一もある。なので俺はこの作り上げた大農業地帯を土足で踏み荒らされない様にと「万里の長城」を作り上げた。誰も此処に入って来れない様に。ノトリー連国側に。
「よし、後は移住者を募集かぁ・・・あれ?何か忘れてる気がするけど、ま、いっか。」
一ヵ月と言う期間の中に多くの紆余曲折があった。しかしそれらはもう過ぎた事だ。
取り敢えず今の俺は残り一割、と言うか、ここに来てまた問題浮上してきているので残り二割か、三割か。
人口問題はかなり深刻だ。それに俺がやらかしたコレはノトリー連国から支配域を切り取って「独立」させてしまったようなものだ。
まあ見捨てる様な対処をした国なのだから要らないんだろうこの村は。ならば俺がソレを拾ったって文句を言われる筋合いはないはずだ。
「よし、それじゃあ他の村や町の様子を観察しつつ中心都市に向かってみますかね?」
俺は村長に暫くの間出かけて来る事を告げる。ここで俺が「魔改造」した土地全てを囲う様に壁を張ったから安全だとついでに伝えておいた。
因みに壁は物理的な奴だ。魔法で地面から生やした。魔力壁では無い。大体20m位の高さなので登って来れる者は皆無だろう。
そして村長から深く一礼されて「行ってらっしゃいませ」と言われる。ずっとこの調子でこの村の人々から崇拝され続けている。
俺が幾ら止めてくれと言っても聞いちゃくれない。この村の人々は既に俺を人とは認識しちゃいない。神様がこの村を救う為に派遣した者だと思われてしまっている。
もちろん俺はソレを解消する為に村人に魔法を教えたりもした。そしてその魔力量を底上げして公衆浴場の湯を沸かす為の魔石に魔力充填できる様に魔力回復薬も提供していたりする。
でもコレもコレで失敗だった。俺と貴方たちは同じ存在ですよ、貴方たちも俺と同じ事ができますよ、と伝えたつもりだったコレで。俺と皆は「同類」だと暗に告げたのである。
だけども村人たちも村長も「奇跡の法」を伝道して貰ったと言って余計に俺の事を尊敬の眼差しで見て来る様になっていったのだ。ここで俺は説得を諦めてしまった。
そもそも俺が最初の最初で村の危機的状況に手を差し伸べてしまった事が原因だ。食料を大量提供したあの瞬間から、もう俺がこの村で崇拝される事は決定事項となってしまっていたと言って良い。
(気にしない・・・何てのはもう無理だけど、受け入れる事も嫌だ。何とかならないかなぁ・・・)
そう思いながら俺は空に舞う。飛行してここから隣の村の様子を見に行く。
その場面を村長に見られて土下座からの両手を合わせて祈りのポーズをされるのはしょうがない。もうこれは止められないのだ。
こうして俺はこの新生した土地に入居してくれる移住者を募集しに向かった。
(とは言っても隣り町か村か。最初は先ずそこからだな)
魔力ソナーで既に方向は分かっている。そちらに進んで行けばどうにもデジャヴ。
俺が魔改造した村からかなり離れた位置に村があったのだが、そこも随分と寂れていた。この村も限界を迎えているらしかった。
事情を聴きに降り立ってみればそこには爺さん婆さんばかり。見た事も無い服を着た余所者が村にやって来たのに全員が死んだ魚の目をしてこちらを眺めやるだけ。
既に精神の方がやられていると言っても良い状態だった。只死ねないから生きている、そんな空気に支配されていた。
なので今更俺がやって来た所でその心は動かないんだろう。俺に近付いて来て「何しに来たのか?」と問う者すら出てこない。
なので俺は一番近くに居た婆さんに事情を訊ねてみる。すると。
「アンタ、そんな事を聞いて何だって言うんだい?もうこの村は若い者は全員生きる為に出て行っちまったよ。食料も無けりゃ国からの支援も無いさ。もうかれこれ3年はお役人様も来ちゃいない。ここから中央は遠いからね。こんな年寄りばかりじゃ訴えを出しに行く途中で野垂れ死にしちまうさ。そもそもそこまでの旅費すら絞り出せない位に村は貧乏なんだ。閉じ込められてるんだよ。私らはもうこの村と共に消えていく運命さね。」
「じゃあ生きる道があったらこの村を捨てる事は?その覚悟くらいは残ってる?」
「はぁ?アンタ、何言ってんだい?何処の誰だか知らないけどね、そんなのがあったらとっくに私らはそっちに向かって歩いて行ってるよ。そんな希望も無いからこのザマなんだよ?覚悟?私らが死なない道が、人生を全うできる道があるってんなら目の前に出して欲しいねぇ。」
「なら決まりだな。村長は居る?ソレとこの村の広場に村民を一人残らず集めて欲しいんだけど。」
「・・・アンタ、何考えてんだい?いや、そもそもここに来たのはアンタ一人かい?一体全体なにやらかそうって?しかも手ぶらじゃないか。着てる物は相当な上等品にしか見えないねぇ。御供はいないのかい?護衛は?どこぞの頭のイカレた坊ちゃんにしか見えないよ?こんな村に来て一体なに企んでんだい?」
「うーん?人助け?」
「自分で言っておいて何で首を傾げてんだいアンタ・・・まあ、良いさ。このまま死んじまうくらいなら何だってやってやるさな。面白い芸の一つでも見せておくれ。」
どうやらまだまだ気骨の残っていた婆さんだった。そしてどうやらこの婆さんが村長だったらしい。
俺の要望通りにこの村の広場に村人を集めてくれるようだ。先に俺はその広場に案内して貰っておいた。
「さて、じゃあ説得をしていきますか。スムーズに事が運ぶ様に準備に取り掛かりますかね。誰も彼もげっそりしてたし、移住先に着いて驚きで倒れられても困るしな。」
俺はまだ誰も集まっていない広場で一人炊き出しである。そう、腹が減っては何とやらだ。
荒んだ気持ちのまま、腹が減ったままで俺の話を聞いて貰っても反応はイマイチだろう。既に実証されている事である。
脳に血液が回せる程の余裕が村人たちには無い。しかも誰も彼もが高齢者、判断力と言うのも低下してるはず。
そんな状態で説明を聞いた所で、自らの抱えて来た絶望の方が大き過ぎてマトモに俺の話の内容なんか受け止めようとしないのではないだろうか?
だから先ずは多少なりとも生きる活力を与えてちゃんと自分の意志で決断させる為にも腹を満たさせる。
いい加減な気持ち、どうでも良いと言う放棄、煮るなり焼くなりといった自棄、そう言ったモノを極力排除した状態で全員一人一人がしっかりと自身の答えを出して欲しくてここまでの事を俺はするのである。
「自分が長く生きて来た土地を捨てさせるんだからな。ちゃんと思考能力を戻して自らの意志で移住を決めて欲しいんだよなぁ。多数決で全員が流される様に移住は無しにして貰いたいね。そこら辺の事もちゃんと伝えておくかぁ。」
こうして考え事をしながら調理している間に少しづつ広場に人が集まって来ていた。
そして何処から用意したのか分からないと言った呆け具合で俺の料理している姿を見て来る。
「アンタ、一体何してんだい・・・」
村長の婆さんも俺の行動を見て納得いかないと言いたげな顔になっている。
「飯、食いません?皆さんお腹空いてるでしょ?先ずは俺の話を聞いて貰うお礼として食事をご提供、ってね。」
「バカなのかいアンタ?私らは確かに明日死ぬかもしれない程に飢えてるさね。だからって言っても見ず知らずの者が作った食事をそう簡単に・・・っておい、お前たちちょっと待ちな!」
村長が制止する前に五名の爺さんがフラフラとこちらに近づいて来た。
そこで俺はお椀を用意してそれにスープを注ぐ。具にした食材はなるべく細かくして消化に負担が掛かりずらい様に柔らかく煮てある。
「何やってんだいこの馬鹿共!」
村長が叱責してもお構いなしにその五名はスープに口を付ける。そして泣きながら飲み干した。
コレで決壊した。村人たちは一斉に俺に群がって来る。俺はコレを収める為にさっさとスープを配り切る。
全員に行き渡った所で最後に村長にスープを差し出す。
「死ぬ覚悟、あったんでしょ?何だってやるんでしょ?それなら他人に施される食事くらいは口にするぐらい何とも無いでしょ?今更俺の事疑っても何にも出て来やしないよ。」
本音と建て前ってモノを村長は使い分けねばならないんだろう。その建前ってのが村人が集まった所でついつい出て来てしまったと言った具合か。
生きる道があるなら示して欲しいと村長の口から聞いていたのだ。ここで食事を提供されるのを突き返す様な事を言うのは矛盾になる。
それでも余所者を直ぐに受け入れる様な立ち位置に居ては村長と言う立場であればできないのかもしれない。
俺と最初に話をした時にはきっと周りに他の村人がおらず聞き耳を立てている者が居なかったから本音で喋って居たんだろう。
「私たちをどうしようってんだい?こうなっちまったらもう私には何もできる事なんて無いよ?何企んでるんだか知らないけどね、こんな爺婆集めて人助け?何をさせる気なんだい?」
「うーん?移住はして貰うね。ソレとその後は移住先の人たちと話し合いだね。それが全部纏まったら後は自由に生きてくれてオッケー。」
「・・・は?おっけー?なんて意味だいそりゃ?と言うか、移住はさせるんだね、私はアンタが本気だとは思っていなかったんだけどねぇ。悪い冗談を言ってるのかと。だけどその様子だと本当に実行する気なんだね?しかしそれを先住民は納得しないだろう?どうせウチだけじゃないはずだ、こんな死にかけになっている村は。他所も何処だって同じ状況なんじゃ無いのかい?受け入れる余裕なんて何処も無いだろうに。それこそ中心都市に住まわせる場所なんて何処にもありゃしないはずさ。門前払いを受けるか、或いはコレだけの数居るからねぇ。もしかすれば「死にぞこない」と称して兵を出されて殺されるかもしれない位だ。アンタが何しようとしてるのか増々胡散臭くなってきてるよ。」
「食事を提供した相手に胡散臭いって・・・それ酷く無い?あ、いや、フツーに胡散臭いわー。マジかー。」
自分のやっている事を冷静になって振り返って我に返る。確かに胡散臭いと言われても返す言葉が無いからだ。
俺が少々そうしてへこんでいる間に村長はスープを飲み干した。そして俺に向かって声を掛けて来る。
「さて、皆落ち着いた様だよ。話がしたいんだろう?さっさと聞かせておくれ。」
こうして俺は移住説明会を始めた。