さて、マトモに戦争になるのかどうか?
ワープゲートを使って即座に城に移動。国王に発見された書類を提出。その後は直ぐにまた侯爵邸へ向かう。
「電撃作戦って表現で良いのかね?と言うか、何で侯爵邸には俺たち三人だけで?」
宰相邸にはまだ調査の人員が残り続けている状態だ。そいつらを連れて行かないでも良いのだろうか?
そう思ってメリアリネスに質問したのだけれどもそこに勇者エラルドが現れた。
「私も同行します。私が共について行けばすんなりと屋敷内に入れるでしょう。私にも協力をさせてください。お願いします。」
悲壮な顔で強い決意。そんな顔のエラルド。正義感が強いのは良い事だ。強過ぎるのは頂けないけれど。
「付いて来るのは構いませんが、協力は必要無いかと。全てエンドウ殿が片づけてくださいますので。」
メリアリネスは冷たい言葉でエラルドの協力を突き放す。
このままエラルドが付いて来たなら侯爵の不正の確定を彼は目にする事になる。それはかなりショックが強いだろう。
今の所はまだ全てが全てメリアリネスの言葉だけである。侯爵が悪だくみをしていたと言うのは。
なのでここで俺たちについてくれば確実にその証拠を発見するのでソレを直にその目で見てしまうのは少々エラルドには酷だろう。まあそれも遅かれ早かれ、と言った所だろうが。
コレにエラルドが「構いません」と言って俺たちの後に付いて来た。
こうしてそのまま城を出れば馬車が用意されていた。どうやら侯爵邸は宰相邸よりも遠いらしく馬車での移動らしい。
そのまま馬車は真っすぐに進んで邪魔も入らず暫くすれば目的地に到着した。
因みに馬車に俺は搭乗していない。俺は一応は警戒の為に空を飛んで馬車に付いて行っていた。
もちろん魔力ソナーで不審な奴が居ないかどうかを確認しながらだ。不用意にこの馬車に近付いて来る奴が居ればそのまま「魔力固め」をして動けなくさせるつもりだったのだが、そんな者は一人も現れなかった。
到着後に馬車から先ず顔を出すのはエラルドだ。侯爵邸の敷地内に入るのはスムーズにいった。
何せ侯爵の息子が帰って来たのだから門番はコレに素直に開門するしかない。
因みに俺は魔法光学迷彩で姿を見せない様にしていたのでそのまま馬車と一緒にすんなりと中に入る。
そしてやはり侯爵の屋敷も広かった。国の重鎮の住む所なのだ。広大で、豪勢で、めちゃクソに金が掛っているのだろう事が窺えた。
雇っている人員も馬鹿に出来ない位に居るのだろう。宰相の所も侯爵の所も、雇っていた者たちが路頭に迷わない様にこの後は調整も大変だろう。
何せ犯罪者、しかも一番重い罪を犯しているのだ雇い主が。ならばこの件で「御家」がマルマル取り潰しと言った処置になるのが目に見えている。
そう言った中でこの件に一切関わりの無い者たちは処罰対象にならないのだから、じゃあ勤めていた場所が無くなればこの広さでは百人以上が一気に仕事を失う訳で。
「侯爵家は貴方が居ます。エラルド殿、やれますね?」
メリアリネスはエラルドに一言そう言った。爵位を継げと言う事だろう。
そうなったらエラルドはきっと苦難の道を行かねばならなくなるだろう事は想像に難くない。しかし侯爵家がコレで潰されないと言うのであればエラルドはそれを拒否できないだろう。
ここでエラルドはメリアリネスに一言。
「戦では私の先陣をお許しください。必ずや敵将の首を獲り、国への忠誠をご覧に入れます。」
このやり取りの後に馬車は屋敷前の馬車降り場で停止する。門から屋敷の入り口まで相当遠かった。
「金を使う所を増やさないと貴族ってのは貯まる一方だろうからしょうがないのかねぇ?これらは税金だろ?一定の雇用を安定させるって言えばソレはそれでしょうが無い事かぁ。」
贅沢をする為と言う事では無いんだろう。それでも流石にコレだけデカいと俺もボヤキたくもなる。
地球の現代社会をこちらの事情に当て嵌める事などでき無いし、俺の中の中途半端な常識や感覚を押し付ける何て事もできないのだ。
とは言えこれらが全て税金で、と考えてしまうと唸らずにはいられない。
「さて、エンドウ殿、宜しくお願いし・・・」
「お帰りなさいませエラルド様。お客様でございますな?急なモノでおもてなしのご用意ができておりません。少々お時間を頂きたく。」
メリアリネスが俺にまた調べて欲しいと口にしたのを遮る様にして扉が開いてそこからこの屋敷の執事だろう若い男が出て来た。ピシッとした身なりで姿勢も良く、エラルドに対して一礼をして見せる。
俺はこの時には既に姿を見える様に魔法は解除してあった。なのでちゃんとこの執事は俺の事も認識している。
ここで執事のこの言葉にエラルドは答える。
「構わないでイイ。用事は直ぐに済む。長く滞在をせずに城に戻る。」
「はい、アウトー。」
この突然の俺の言葉に執事も、アーシスも、メリアリネスも、エラルドも、誰もが視線をこちらに集中して来た。
「宰相邸では屋敷に居る奴らはあの私兵たち以外は全部無罪な者たちだったよ。けど、アンタは真っ赤っかだ。」
そう、俺は魔力ソナーで既にこの屋敷も敷地も全域を調べている。そしてついでに敵対者も。
この執事、俺たちに対して判定が赤なのだ。それは要するに侯爵の罪業を知っていてしかも協力していたと言う事。
「どうやらこの執事だけが罪人だな。他の者たちは全員が白らしい。」
俺がそう言った途端に執事はバックステップ一つ、その後逆手にナイフを持ちこちらへと敵意剥き出しの顔になった。
どうやらこの俺の言葉で執事は直ぐに侯爵の悪事がバレている事を理解した様だ。判断が早い。
はぐらかしたり、言い逃れしたり、言い訳したり、惚けたりなどと言った事は一切せずに戦闘態勢に入るなどと思いきりが良過ぎる。
とは言え、こちらは四人だ。数的に見て普通はこんな決断はしないモノだと思うが。しかしこの執事は自分の腕前に相当な自信でもあるんだろう。この場で俺たちを「始末」してしまえば自分だけでも助かると考えたのかもしれない。
と思ったら、その懐から何やら黒くて丸い直径2センチ程の玉を取り出して床に叩き付けた。
その衝撃でその玉からは黒い煙が一気に広がって視界を遮る。
「まあ俺たちには何ら被害は無いけれどね。とは言ってもこの状態を直ぐに処理しないと何時までも面倒そうだし、直ぐに片づけるけど。」
執事の行動は「ニンジャ・フィクション」にはアルアル過ぎるモノだ。煙玉で姿を晦まして即行で逃げる。
執事が懐から球を取り出した時には俺にはソレが直ぐに「ピン!」ときてしまったので煙が玉から吹き出し始めた時には既に魔法でソレを抑え込んでいた。
本来だったら屋敷中にこの黒い煙が充満する予定だったのかもしれない。しかし煙は広がらない。俺が魔力で包み込んで抑えてあるから。
逃げ出そうとしている執事が自分の予想外になっている光景に驚いてギョッとした顔で2階に上がる途中で硬直していた。
と言うか、結構な足の速さ。一瞬でそこまでの距離を稼いでいるのである。中々の手練れの様だ。
そこで執事がこちらにナイフを投げる気でいたのか腕を小さく振る様な動きをしようとする。
でもそれは俺が止める。執事は中途半端なそのままの体勢で俺の「魔力固め」により硬直した。
「屋敷にどうやら隠し部屋は無いな。裏庭の用具倉庫の床にどうやら地下への階段があるみたい。どうする?執務室を先に漁ってからそっちに行く?それとも地下の方を?」
きっと重要な書類は侯爵の執務室には無いかと思われるのだが、一応は調べないとならないだろう。なのでどちらにするかと聞いてみたが。
「地下に先ずは行きましょう。あからさまに怪しいのはそちらです。そこで見つかったモノが決定的なモノであるならそのまま城にまた提出しましょう。ソレで片は付くはずです。」
こうして俺たちは裏庭用具倉庫に向かったのだが。そこで俺は報連相を一応しておく。
「罠が張ってあるけど俺が無力化してるからパパッと開けていいぞ。・・・ん?どんな罠なのか?床のその扉を開けると矢が飛んで来るな。しかも毒が付いてる。手順を追って仕掛けを外してからじゃ無いと即死だね。まあでも俺が起動させない様に固めちゃってるから安心してくれ。ソレとどうやら正規の手順で開けないと警報が鳴るらしいけど、ソレも止めてあるから大丈夫だ。」
この言葉に唖然とするのはこの場ではエラルドのみ。アーシスもメリアリネスも驚いた様子は無い。
二人は俺がこれ位の事はする、簡単にできると理解できているんだろう。
今後二人を驚愕させるには相当大きい事をして見せないとならない。まあ積極的に俺からそんな事をしようとは思わないが。
このままだとその内に戦争に俺が顔を出す事になるだろうから驚かせる機会としてはその時になるだろう。
そんな事を考えて地下への階段を進む俺。安全の為と言う理由で俺が先頭を歩かされているのだが、ぶっちゃけもう魔力ソナーからの「全部纏めて魔力固め」で安全は完全に確保できている。
「地下空間広くね?何処まで大きく作ったんだよ・・・どれだけの金と労力使ってんの?」
大体広さ的に見ても学校の教室くらいはある。天井は流石に低いが、頭をぶつける程では無い。
コレだけの広さと高さの地下室なのだ。何時どの様に作られたのだろうか?この屋敷が作られる際に一緒に作られた代物なのか?
「で、誰コイツ?侯爵の部下?宰相との連絡役?それともノトリー連国の工作員?」
中央のテーブルに足を乗せて椅子にふんぞり返っている男が一人。
暇そうな顔で酒を片手に持っている。どうやら飲んでいたらしい。
そんな男は微動だにしない。俺たちがやって来ても。それもそうだ。俺が「魔力固め」で既に動けなくさせてあるから。
絶妙なタイミングで止めてしまった事で妙なポーズで固まってしまっている、と。
このままではこの男の事が分からないので俺は首から上の「魔力固め」を解除して話せる様にしてやった。すると男は即座に叫ぶ。
「俺の身体は一体どうなっちまってんだ!?お前らは一体誰だ!?コレはお前らがやってんのか!おい!こら!」
余計にシュールな絵面になってしまった。男は頭を必死に振って俺たちに向けて威嚇して来るのだが、その動きが余りにも滑稽で思わず俺は吹き出してしまう。
「ぶふっ!我慢ができん・・・ブフっ!」
妙に俺の笑いのツボに入ってしまってこの場に俺の笑いが響く微妙な空気に。
ソレを気にせずにメリアリネスがタイミングを見て男に質問をした。
「お前は何処の所属の者だ?正直に話せば見逃してやってもいい。」
見逃すと言うのは些か寛大過ぎる処置だと思うのだが。しかしメリアリネスのこの言葉に男は黙秘を貫いた。
「・・・お前は拷問を受けても情報を吐かないと言う自信があるのか?苦痛の果てに死ぬ覚悟は?このままお前を捕縛し城に連行すれば、悲惨な死の運命しかお前には残らんぞ?お前の忠誠は誰に捧げている?ソレは自分の命よりも大切か?命よりも矜持の方が重いと言うのであるならば、もうこれ以上私は何も言わない。」
男は自分が完全に動けなくさせられている事はもう悟っているだろう。その上でメリアリネスのこの言葉である。
このまま黙っているだけでは死ぬ事が確定、しかも拷問を受けての死だろうその時は。沈黙を続けて行けばこの男に残された未来は残酷なものとなる。
メリアリネスの言葉を段々と理解して行ったのか、男の呼吸は緊張で少しだけ荒くなっていた。
そんな男を無視してメリアリネスはこの地下室の奥にある棚を物色し始める。そこには大量の書類が並んでいたからだ。
恐らくは重要な案件の書類をこの地下室に保管でもしていたんだろう。その内容はきっと外には一切漏らせない様な中身ばかりに違いない。
そうで無かったら屋敷の方に保管すれば良いのだ。やましい中身だからこそ、こんな怪しい地下室に守る様にして存在してる訳で。
「ここにある書類は全て侯爵がこれまで犯してきた罪の塊だ。まさか私が把握していた情報量の五倍に及ぶとはな・・・コレは頭が痛い。」
侯爵はこれまでずっと裏で悪事を働いて、その尻尾を掴ませずに居たんだろう。それをメリアリネスはずっと追いかけていた、と。
そこでこうして今ソレを掴んでみれば、把握していた犯罪の数を遥かに超える証拠がここにある、頭痛の一つもする事だろう。
「エンドウ殿、これら全てを運ぶ事は可能ですか?できるのなら直ぐにでも城に運んで国王陛下に確認を取って貰います。」
どうやら早急に相談しないといけない案件でもあったのだろう。メリアリネスはかなり真剣だ。
別にコレを断る理由も無いので俺はその証拠をインベントリにさっさと仕舞う事にする。
エラルドは俺のこの行動に目を見開いて信じられないモノを見たと言った様子になっていた。
「取り敢えずは奴隷売買の件が半数近いですが、それ以外にも野盗、強盗の類と裏で繋がっていた事、そ奴らに自分の都合の悪い部分を消させていた様です。この様な証拠を何時までも此処に残しているのは迂闊過ぎますね。恫喝、殺人、脅迫、誘拐、隠滅、ノトリー連国との密約もありました。嘆かわし過ぎて・・・言葉が見つかりません。」
国を支える侯爵と言う立場なのにやっている事は悪事のオンパレード、しかも自分の私欲が全て。
そこに一つも「国の為、民の為」が無いとあればメリアリネスが絶句するのもしょうがない。
宰相と侯爵と言う国の中心となっている者たちが裏切って隣国へと祖国を売っていたのだ。泣きたくもなるだろう。
書類の一部をエラルドは手に取ってその中身を確認している。相当酷い内容であったのか、もの凄く怒りの表情をしていた。
俺は別に侯爵の裏の顔などを詳しく知る気も無いのでどんどんと書類をインベントリに放り込んでいく。
そんな中で忘れ去られている未だに動けずに居る男は強がって見せた。
「この家の執事は強いぞ?お前らがここに居る事を直ぐに気付いてやってくる!その時になればお前ら四人程度、殺されて終わりだ!」
「・・・それだけ優秀な人物なら俺たちがここに入って来る前に止めに入るよな?で、何で俺たちは此処に居るんだと思う?」
知らないと言うのは哀れだ。そしてこの男は自らの命が掛かっているし焦っていて冷静になれていなかったと言うのもあるだろう。
俺のこの返しでより滑稽さを増した男の顔は真っ青。この時点でもうメリアリネスもこの男を見逃す気は無くなっていた様で。
「長く苦しみ続ける事にならぬ様、有用な情報を洗い浚い吐いて楽に死ねる様に懇願する事を勧める。さて、行きましょう。」
「ま!待ってくれ!この場で何でも話す!話すから!見逃してくれぇ!行かないでくれぇ!」
今更懇願しても遅すぎるだろうにその男は叫ぶが、メリアリネスはこれを全く以て無視である。
俺たちは仕事が終わったのでまた城に戻る事にする。取り敢えずはこの侯爵邸にも捜索の為の兵士が既に派遣でもされている事だろう。
その時になったらこの男も、固めてある執事も捕縛される事となる。この二人の人物がどんな犯罪の関係者なのかはその時の取り調べで分かる事で、今この場で俺たちが直ぐに知ろうとしなくても良い情報だそこら辺は。
俺はこの地下室迄の通路の途中にてワープゲートを出す。戻るのならばもう一瞬で行ったり来たりできる。
あくまでも行った事の無い場所にはワープゲートを繋げられないのであって、今はもうこの通りだ。
この場ではエラルドだけがこのワープゲートを通った事が無いのでギョッとした顔で俺を見ている。
メリアリネスもアーシスも、もうこれが何だか分かっているのでスムーズにコレを通って行く。
エラルドだけが困惑の極みに居るのだが、俺は「さっさと行って?」と一言圧力を掛ける。ここに何時までも居るのは只の無駄だ。
「貴殿は一体何者なのだ・・・それに二人が早々にこの渦の中に入って行ったと言うのは、既にコレが何なのか知っているのか?・・・どうなっているんだ・・・」
ワープゲートは玉座の間に通したので国王の執務室も近い。直ぐに今回の証拠書類を提出できる。
今日の俺の仕事はコレで終わりにするつもりでいるのでさっさとエラルドに移動して貰いたくてその背中を押す。
もう宰相と侯爵の件は俺の力をもう必要としないだろう。後は国が処分する。俺の仕事は一段落だ。この後は暫く休む事に決める。
こうして俺たちは一瞬で城に戻って来る。エラルドはこの事に魂でも抜け出る程の驚きだったのか、口を半開きにして呆けてしまっている。
ソレを先に通っていた二人が生易しい目で見守っていた。エラルドと同じ体験をした先輩としてその気持ちが充分理解できているんだろう。
(エラルドにワープゲートをばらしちゃったけど、まあ、言い触らしたりはしないだろ)
彼の性格を俺は付き合い短いながらにも多少は知った。この件をあっちこっちに広めると言った事はしないだろう。
それにしても面倒だと思った時にこうして魔法で何でも解決してしまう癖は何とかしないといけないかもしれない。
一応は人を見て俺の魔法をバラしていると自分では思っているが、もしかすればその基準も他人から見たら緩過ぎるのかもしれないし。と言うか、緩いだろう。
今更そんな事に反省しても今後も同じ様に動く事は簡単に予想できる。その時その時になって「反省はした、でも、後悔はしない」とかふざけた事を口にするのだろうな、と自分でも解る。分かっていた。
「エンドウ殿、国王陛下の執務室で書類を出して貰えるか?」
メリアリネスのこの言葉で俺の短い反省の時間は終わりだ。この後直ぐに国王の所に行って俺は書類を全部取り出してメリアリネスに伝える。
「一段落ついたし、俺はもう今日は帰るわ。そんじゃ、また。」
アレもコレもと今日はあり過ぎて精神の方が疲れてしまった。なので人目を気にするのをこの際やめてワープゲートをその場で出しさっさとレストの所、孤島の城に移動した。
コレを国王も、その秘書?付き人?護衛?も見ていたのだが、どうせその内に俺の力の色々もバレるのは時間の問題だっただろうし、と考えて気にしない事にした。
「と言う訳なんだよ。ホント、疲れた~。」
俺はざっとレストにこれまでの経緯を騙りながらぐったりと椅子に座っていた。
この「魔王」の件はレストにも関わりがあるので情報共有は必要だ。
今回の件が片付けばこの孤島にやって来る者も居なくなるだろうが、油断もできない。
そんな心配を俺はレストに話して見たのだが。
「あの規模の船団がここにやって来る事は今後は無いだろう。あっても偶然にも遭難した船くらいじゃ無いか?エンドウはそこら辺を考え過ぎだろう。一応はこの島を帝国領として向こうの国に申請しておけば取り敢えずは問題あるまい。何かしらあればその時は今度は私が対処をするさ。そうだな、現皇帝からそこら辺の書類を貰って来ておいてくれればその点は直ぐに解決だろう。」
「あー、確かにその対処で良いか。明日にでも貰ってこよう。今日は飯食ってもうゆっくり寝るわ。」
俺が今何も気にせずに全身の力を抜いてゆっくりできる場所はこの孤島だ。
レスト以外には誰も居ないこの場所はこうして何も心配せずに心行くまで一人ぐーたらリラックスできるのである。
(いや、そんな場所なのにも関わらず、ここにやって来れたじゃ無いかメリアリネスたちは。この世界の観測技術の高さや航海技術などは馬鹿に出来ないんだから油断はしちゃ駄目か?)
結局は俺が一か所に留まって何もして無くとも向こうから今回は厄介事がやって来た。こんな誰も来る事が無いだろうと思っていた絶海の孤島でも。
もしかしたら俺にはそう言った事を引き寄せる何かが宿っているのかもしれない。コレは迷惑だ何処までも。
とは言えだ、それを何とかできそうな手段も方法も思いつかないので飯を食って早々に俺は寝床に入って寝る事にした。考えるだけ無駄、と言うやつである。
そうして翌朝だ。清々しい程の朝である。何事も無い、それがどれだけ素晴らしい事なのか、ちょっとだけ噛み締めつつ寝床から起き上がる。
「さーってと!うーん!何かやり残しか何かはあったかなぁ・・・」
昨日はレストに帝国でこの孤島を帝国領とする書類を貰って来てくれと言われている。
朝食を食べ終えたらすぐにそこら辺を皇帝に頼みに行けば良いだろう。直ぐに書類の件は用意してくれるはずだ。
以前にもそんな関連の話を皇帝としていたのですんなりと話は通ると思うのだが。
「それと、神選民教国の傭兵組合に売った素材の代金を受け取りに行かないとな。・・・まだあの国の使者ってのは居るのかね?」
絡まれたらまた面倒そうだと思った。警戒しつつ代金の事をもう一度確認しに行こうと決めて俺は朝食の準備をする。
食事をし終えればレストに行って来る事を伝えてワープゲートで帝国へ。もちろん何時もの様にと言わんばかりに遠慮無く玉座の間に出る。
何かしらの儀などが行われていたりする可能性もあるので、その場合はいきなりの闖入者と言った感じになってしまうのだが、もう今更だろう。
もう何度も何度もそう言った場面に俺は突入していたりする。なので今回も何も考えずに移動した。帝国で面倒事が起こっていませんように、と願いながら。
毎度の事、帝国に移動した時に面倒事、厄介事に巡り合うのは御免被りたい。とは言え、皇帝の命がヤバかった事が一度あったので「一度あった事は二度三度と起こりうる」と心に留めておく。
「おっす、ラーキル。元気にしてたか?今日は事の顛末とその後の動き、ソレと孤島の帝国領化の件で来た。」
玉座に座って物思いに耽っていた皇帝に俺は声を掛ける。コレに皇帝がガクッと首を項垂れさせた。
「毎度の事いきなりだね。まあソレで命を救われた場面もあったから何も私から言えないのが・・・まあ、良いさ。話を聞こうか。」
「いつもいつも護衛を付けないのはどうかと思うぞ?そこら辺の事を改善する気無いのか?」
「深い考え事をする時には外させてるんだよ。ここが一番静かに思案に耽っていられるからね。ここは入り口が一か所だけ。その扉の向こうには五名の護衛が誰も此処に通さない様にしているよ。それこそ、今ここに入れるのは君くらいだよ。」
ちょっと深めに苦笑いをしてそう口にする皇帝。取り敢えず俺はそこら辺の事をこれ以上深く突っ込まずにこちらの用件だけさっさと済ませる事にした。
それにしても玉座の間だと考え事が捗るなんてちょっと皇帝も変な所があるな、と思うだけにしておく。
そうして神選民教国の今回の件の裏側全部を暴露、ソレと戦争になりそうと伝えておく。
「・・・余りにも遠く離れた国だからね、その情勢を私が知っても何もできる事は無さそうだ。それで、次に帝国領化?もしかして?」
「ああ、その通り。ちょっとそこら辺の証明書を発行してくれよ。そうすれば今後も何かあったら対処の方も取っ掛かりがソレで出来れば解決もし易そうだから。」
「こうなるとは思っても見なかったよ。こんな奇妙な体験をした皇帝はこれまでに私くらいだろうな、はは。」
乾いた笑いをしつつ皇帝が「一時間程で作るから」と言って書類製作の為に執務室に移動。
その際に扉を守っていた五人の護衛が俺の事を見てギョッとした顔になってから槍を俺に向けて来た。
ソレはそうだろう。誰もこの玉座の間に通していなかったのに皇帝の横に俺が居るのだ。有り得ないと思って不審者だと槍を向けて警戒、威嚇して来るのは理解できる。
ソレも皇帝が軽く手を上げただけで槍が下がるのだから教育が行き届いていると言って良いのだろう。
こうして護衛に守られつつ執務室に入ってそこで俺にはお茶と菓子を出された。それをソファーに座ってゆっくりと堪能する俺。
皇帝は部屋に入るなり書類製作に入った。しかしそれもモノの四、五分で終わる。
書きあがった書類に判を押してソレを机の端に置いて別の書類を皇帝はまた書き始める。
ソレも即座に終わって判が押されてまた机の端に。その後は手元に置いてあった鈴を振って鳴らした。
すると隣の部屋からどうやら秘書であろう男が出て来る。その男は書きあがった書類をサッと回収して部屋を出て行った。
恐らくは関係部署でその書類の手続きを終えて正式に完了と言う事なのだろう。その流れが全部終わるのが「一時間」くらいと言った所か。
その後は雑談を交わして時間を潰す。机の上に書類が無いのはどうしてなのか俺が聞いてみれば午後に山となって運び込まれると皇帝が返してくる。
どうやら昨日に仕事を一辺に終わらせて今日の午前中はゆっくりするつもりだったらしい。
そんな所に俺がやって来た事で中断してしまったと。俺はコレに口先だけで「すまんな」と謝っておいた。
コレに皇帝は溜息を深くついて返答としてくる。まあ溜息の一つも付きたくなるだろう、俺のこの態度には。
後は歴史家二名の今の進捗状況、帝国魔術師たちに俺がなんちゃって指導をしたあの後の事など。
テキトーな話題を振って書類処理完了までの時間を潰した。