誰も彼もが勝手に
呆れてしまった。見逃していたと言えばそうだ。俺が固めておいたのは確かに重装鎧の者たちだけ。
けれども今目の前に現れたこの勇者はどうにも謁見用の軍服?みたいなモノを着ていた。その腰には大層豪華な装飾の剣が装備されている。
ソレを大袈裟に見せびらかす様にゆっくりと抜いて頭上に掲げる「勇者」である。
その後は俺にその剣の切っ先を向けてこう宣言して来た。
「キサマの命運もここまでだ!この勇者エラルドがお前を討ち果たす!「魔王」!覚悟!」
何処までもこの演出染みた動きと台詞に俺は逆に呆気に取られて動けない。
何せこの勇者エラルド、どうやら「本気」らしいのだ。それこそ本当にこの国の茶番を「真実」として受け入れている。
目の前の俺を本当に「魔王」と思っているらしい。いや、何処で俺の事を?と思うかもしれないが、事前のメリアリネスの送った報告書から誰かがこのエラルドに色々と何か吹き込んでいたのかもしれない。
この玉座の間には確実にエラルドは居なかったので話の流れは分かっていないはずだ。本当に今さっきこの玉座の間に来たばかりだ。
誰かしら、何かしらタイミングを計って登場できる様に合図を送っていた人物が居ると思うのだが。
「メリアリネス様!さあ、早くこちらへ!アーシス様も!私の一撃でその魔王を見事殺してご覧に入れましょう!魔王の側に居れば巻き込んでしまいます!さあ、早く!」
こちらを睨んだままにエラルドはそう言葉にする。俺の横には一向に動かないメリアリネス、そしてその側にアーシス。
俺を攻撃すれば一緒に巻き込むとエラルドは言っているのできっとド派手な必殺技でも放とうとしているのかもしれない。
「エラルド殿、落ち着いてください。彼は、エンドウ殿は「魔王」などではありません。剣を収めてください。彼は話し合いの上での「取り下げ」を望んでくれています。彼を力で排除しようとするなど、不可能な話なのです。」
メリアリネスはエラルドを落ち着かせる様にそう言ったのだが。
「・・・くっ!貴女は魔王に唆されているのだな?ならば今すぐにでもお助け致す!悪辣非道な魔王め!人心を弄んで愚弄し、この国に混乱を齎そうとするか!我が命に代えても必ず今この場で消滅させてやる!」
ウザい、本当に、ウザい。何も知らない者が全てを勝手な思い込みで物事を進めようとする様は。このエラルド、本当に心の底から信じている、この国の茶番を。
コレを解らせるにはどうしたら良いか?いや、寧ろそんな事を気にせずとも俺は今この場で本当に「魔王」になってしまった方が一層の事、気が楽になれるのでは?とすら思えて来てしまった。
ソレを止めるのはメリアリネスだ。
「エンドウ殿、お気を確かに。自棄になられては困ります。どうか抑えてください。」
そんなメリアリネスの言葉とは裏腹にこの玉座の間に居た武官だろう者たちはいつの間にか武器をその手にしていた。
恐らくは儀礼用?か何かだと思うが、それぞれがその剣を抜いてこちらに向けて来ていた。敵意マシマシで。
きっと勇者が現れた事で気を大きくしたんだろう。もしくは勇者を手助けして自分の功績にしようと思った者も居るのか。
「話ができないばかりか、余計に面倒臭くなってるじゃんか。俺にどうしろと?」
もうこの玉座の間に居る者たちは俺を今この場で殺してしまえば何もかも上手く丸く収まると勘違いしている様子だ。
「おお!エラルドよ!お前が来てくれたからにはもう安心だ!さあ!その男をやってしまうのだ!」
国王は吠えた。この国王も大概だ。そして宰相も侯爵もニヤリといやらしい笑みを浮かべているのが嫌になる。
「おお!我が息子よ!自慢の息子よ!良くこの機に現れてくれた!さあ!その「魔王」をお前の手で殺してその名を歴史に刻むがよいぞ!」
このタイミングで侯爵が息子にエールを送る。どうやら勇者の強さと言うのはそれなりにあるらしい。
確か武闘会か何かで優勝したから勇者になったのだったか?その強さは八百長では無くて本物なのかもしれない。
(俺はてっきり裏で全て操作された大会だと思っていたんだけど。どうやら強者を求めていたって言う所だけはちゃんとしていたのかな)
偶々の巡り合わせの妙でこの勇者エラルドとやらが爆誕した、と考えると、それはそれでどんな運なのか?とも考えてしまうが。
ソレでも侯爵子息「エラルド」はちゃんと小さい頃からしっかりと武を積んできていたんだろう。
剣を構える姿勢は凄くしっかりとしていて今もまだ俺への視線を逸らしたりはしないし、集中力を切らせたと言った様子も無い。
周囲への警戒も怠ってはいないらしく、俺への一挙手一投足すらも見逃さないと言った気概が見えている。
正眼の構え、それから一切の動きをしていない勇者。こちらの力量が読めず、そしてメリアリネスが俺の横から未だ移動して避難を開始しないからこその警戒らしい。
場が動かない以上は俺が動くしかないだろう。俺は大きく溜息を吐いてからゆっくりとした足取りでエラルドに近付いた。
ここで俺も頑張ってみる、一応は。そう、エラルドに声を掛けたのだ。
「えー、こんにちは、エラルドさん。俺は遠藤と言う。宜しく。君は俺の事を魔王などと言うが、そもそもその存在をでっち上げたのはこの国だ。俺はそんな存在では無いよ。勝手に悪者を作り出して俺にその役を押し付けて無理矢理に事を収めようとしているのはどうやら宰相と侯爵みたいだ。まあそれに乗ってホイホイと王様も自分の意見や考えなどを放棄している所が見受けられるけどね。」
「キサマ!国王陛下を愚弄するばかりか我が父と宰相殿まで馬鹿にするか!」
エラルドが俺の言葉に激昂するのだが、ここでメリアリネスが溜息を吐いた。
「はぁー。エラルド殿、エンドウ殿の言葉は嘘ではありません。真実です。私にも今回の案件の裏側は国から説明を受けての遠征でした。・・・すべては茶番です。無理矢理に市場に澱んだ金を動かす為に施行されたモノです。経済活性の為の切っ掛けにする為に宰相派閥が考えだしたものであります。そのきっかけは確かに異常な程に上がっている大気中の魔力濃度の観測からではありましたが、それにこじつけて「魔王」などと言ったモノを生み出して利用したのが今の状況の発端です。」
エラルドがこの説明に唖然とする。思い込みは少々強い様だが頭は悪くないらしい。そしてその回転もどうやら速い様だ。
「では一体こやつは何者だと言うのですか!?私が受けた事前説明では海の遥か彼方に空間を歪ませる程の濃密な魔力を放つ「魔王の城」が発見されたと、そこに魔王が存在し、世界に混乱を齎す為に大気中の魔力濃度を上げようとしていると。それを打ち倒さねば魔物の狂暴化、大量発生、作物異常、天候異常、迷宮の活性化と発生率の上昇などと、様々な悪影響が発生すると教えられました。」
どうやらエラルドはそれに上乗せで「純粋」らしい。
「へー、そうなのか。それはちょっと考えなきゃいけないなぁ。・・・ん?本当にそんな事全部が全部起こっちゃうの?大袈裟に言っていたり、そもそも勝手に付け加えていたりしない?」
俺が一番知っておきたいなと思っていた事がエラルドの言葉から分かってちょっと深刻に考えたのだが、そもそもソレってどれ位の規模になるのか疑問になったとの、そんなに悪い事の起きる数が多いので「そこまで?」と不思議に思ってしまったのだ。
「そう言った悪影響の中で幾つ観測や観察、検証が行われたの?メリアリネスは知ってる?」
「・・・分かりません。それは研究者たちの領分ですので。私が軍を率いて出た時はまだ大気中の濃度の上昇度の観測をしていただけのはずですので。」
どうやらメリアリネスが出陣するタイミングでは他の様々な案件に対しての調査はまだ始まっていなかった様子だ。
「で、今はもうそこら辺の初期報告として、その可能性があるよって事は研究者たちが導き出した、と。それがどれ位の規模や頻度、或いは危険性になるかって言うのはまだこれからって事か。」
ここで割り込んで来たのは侯爵だった。
「何をしているかエラルド!その者はこの国を先ずは手始めに滅ぼさんと宣戦布告をしにやって来た悪辣非道、悪逆無道なる「魔王」ぞ!そ奴の言葉に耳を傾ける価値など無い!惑わされるな!早くその諸悪の根源を切り捨てるのだ!奴をこれ以上好き勝手に喋らせるな!何をしてくるのか分らん!危険である!お前の力で国の未来と安全を勝ち取るのだ!」
うっわー、である。よくもまあ、メリアリネスの命を汚い手で狙って来ていてそんな言葉が良く言えると思えた。
同じくメリアリネスの命を狙って来ていた宰相の方はと言うと黙ってこの場の行く末をずっと睨んでいるだけ。
メリアリネスがこの場で今回の「魔王」は茶番だとハッキリと言葉にしてしまった事で国王は苦虫を嚙み潰した表情で黙ってしまっていた。なまじ真実だからこそ言い返せる言葉が無いんだろう。否定も肯定もできない。
武官たちもこの件の事はちゃんと知っているのだろう。誰もがその手の剣を鞘にまでは収めなかったが、先程まで緊張状態の構えであったそれは今は力を既に抜いた状態になっていた。
(この場がどうやったら一件落着になるのか全く思いつかないんだが?はぁ~、本当に俺が「賢者」ならいい案が浮かぶんだろうけどなぁ)
俺が思い描く賢者と言う存在ならば、この場を一気に解決する策や案でも直ぐに思い付ける、と言ったイメージなのだが。
あいにくと俺は自分で自分を賢者などとは思っていないし、思いたくも無い。
これまでの知り合った者たちは大抵は俺の事を知ると「賢者」呼ばわりしてきているが、本当にこっちの世界のその「賢者」と俺の持つイメージはかなり離れていると思う。食い違っていると思う。
ここでメリアリネスが爆弾を投下した。
「私が命を狙われた事は既にお話ししましたが、侯爵閣下、思い当たる節は御座いませんか?」
さっきまでエラルドに激を飛ばしていた侯爵がコレに無表情になった。そしてコレに対して惚けた態度をする。
「何を申しているのかサッパリですな。此度の帰還でメリアリネス殿が狙われたと聞いて「そんな馬鹿な」と驚かされました。そんな私が思い当たる節などと・・・それよりも目の前の「魔王」を今はどうにかするべき・・・」
「私は言いました。そのエンドウ殿に命を助けられてここまで無事に辿り着く事ができたと。侯爵閣下はその点の私の言葉をお聞き逃しになられておりましたか?」
侯爵の言葉に被せ気味にメリアリネスは「おい、お前話聞いてたか?」とやんわりと突きつけた。
コレに侯爵はその無表情は崩さずに黙ってしまう。コレを聞いたエラルドは「どう言う事だ?」と口から溢した。
エラルドは最初からこの玉座の間に居た訳じゃ無かったのでこの話は聞いていない。
それこそここに絶妙なタイミングで入って来たのだからその登場は誰かに計られていた可能性が高い。
ここで宰相がやっと喋り出した。
「全ての事は既に決定事項です。控えなされ。今更貴女の意見など入る余地も無い。国王陛下、御命令を。勇者エラルドに「魔王」を討滅せよとのお言葉を。メリアリネス殿、貴女は国の意向に逆らうおつもりですかな?」
どうやら宰相はこの場を無理やりにでも俺を殺して収めてしまいたいらしい。
この玉座の間までメリアリネスが生きて辿り着いた事はもう既にどうでも良い様だ。彼女の反発も問題の俺さえこの場で殺せれば何とでも処理できると見込んでの事だろう。
焦れたのかもしれない、もう少し辛抱強い人物なのかと思っていたのだが。最終的には目の前にある比較的自分の自由にできる「駒」を使ってこの場を強引に暴力で解決してしまおうと言った「短絡的」な所もある様だ。
それにしても流れを無理矢理に持って行き過ぎだ。そしてエラルドの性格も把握していたんだろうが、ちょっと詰めが甘いらしい。
「メリアリネス殿が命を狙われたと言うのはどう言う事です?しかも・・・父上?」
勇者エラルド、ハイスペック。どうやら勘も鋭いらしい。何処まで属性をガン積みするつもりだろうか?
最初の登場の時のセリフで正義感も強そうだと言うのは既に察している。そしてこの後のエラルドのセリフもその性格上「ああ、追及せずにはいられ無いよね」と納得してしまった。
「父上、何故黙っているのですか?メリアリネス殿は助けられたとおしゃられました。それも「魔王」に。これはどう言う事ですか?」
何かとエラルドに吹き込んでいたのは父の侯爵だったようだ。
そして黙る侯爵にエラルドの不信感がより募った所でメリアリネスがまた燃料投下だ。
「交渉をして命を助ける代わりに誰が刺客を差し向けたのかを引き出した所、侯爵閣下、貴方だと白状しましたよ?」
「ソレは私を陥れる為の虚言、欺瞞工作だろう。メリアリネス殿の命を私が狙う?その様な大それた事を私がするはずもありませんよ。恐らくは私を引きずり下ろしたい者の策でしょう。」
「ソレを聞けて安心しました。その白状した者たちはどうにも宰相閣下が放った刺客たちだったもので。」
またしてもメリアリネス爆弾投下。俺はどうにも今のタイミングではやり過ぎだと思ったのでメリアリネスの顔をちらっと見たのだが、その目は死んだ魚の目の様で「もうどうでもいい」と言った心情を現していた。
ここで二人に決定的な証拠を突き付けると言った事はしないで徹底的に牽制するつもりなのだろう。
最終的にメリアリネスは「覚悟を決める」と言っていたので何かしらの手段なり策なりが残っているはずだ。
このまま成り行きに任せても良いかと思って俺はこのやり取りをスルーする事に決めた。
「何を馬鹿な事を。私がその様な事を?理由がありませんな。貴女が死んではこの国の大いなる損失です。それで利を得るのは隣国「ノトリー連国」でしょう。工作員が私を陥れる為に用いた嘘でしょう。それくらい貴女であれば見抜けたのでは?」
もうとっくにこの場はグダグダになっている。どの様に結論が出ても疲れがドッと出る事だろう。
侯爵も宰相もこのまま追及したところでボロは出さないだろうし、これ以上の問答も意味は無い。
「おい、それは一体どう言う事であるか?刺客の件、侯爵と宰相?ソレを「魔王」が助けた?訳が分からんぞ?誰ぞ説明をせよ!何だと言うのだこの状況は!」
しかし国王がそこに噛みついて来る。話がこれでは終わらない。だが混乱するのも分かる。
何も分かっていなかった者にしたら今のこの場は混沌だ。だけどしっかりと裏を知っている者からしたら只の言い合いに過ぎない。
その言い合いも決定的な証拠が無いのでやったやらないの水掛け論にしかならないが。
ここで俺は声を掛けた。宰相に、侯爵に、国王に向かって。
「で、取り下げの件は?もう国の決定がこっちが何を言っても、主張しても覆らないの?だったらもうソレで良いからさ、「力の差」って奴を見せるからどっか空いてる場所に兵士集めておいてよ。そいつら全部纏めて俺一人で相手するからさ。俺がそれを圧倒したら魔王呼ばわりするの止めてね?ソレで良いでしょ?」
もう単純に力比べで俺の力を見せて脅して黙らせるのが一番手っ取り早いと考えた。
こんなやり方で取り下げをさせるのは不本意だ。だってコレに俺が勝とうが負けようが向こうは俺を「魔王」呼ばわりを止めないと思う。
俺が圧倒的な力の差を見せてもソレを理由に「魔王」呼ばわりするだろうから。
この提案に国王が乗って来て約束をしたとしても、取り下げはしても裏で俺の事を「魔王」と言い続けるだろうし。
「一体貴様は何だと言うのだ?我が国の兵を一人で相手するだと?報告は嘘では無いと?ならば見せて貰おうか、貴様の力とやらを。この目で確認せねばその様な馬鹿げた事、信じられるはずが無い。ついでにそのまま死ねば良いのだ。貴様が現れたせいで余計な面倒になっている。痛めつけて嬲り殺し晒し者にしてくれる!」
俺のこの話に乗って来たのは宰相だ。酷い言い様である。大分キレている模様。
そんな侯爵の剣幕に俺は付き合わない。軽い感じで質問を投げる。
「じゃあ何処でやる?遠征した軍が戻って来てからでも、国に残ってる精鋭を集めたのでも、どっちでも良いぞ?俺は逃げも隠れもしないし、そこの勇者と今この場でやり合っても別に構わないけどな。」
これに返してきたのは侯爵だ。
「ならば我が家の精鋭百名を相手にして貰おう。そしてエラルド、お前もコレに出て見事魔王の首を獲って見せろ。場所は城外訓練場だ。」
「・・・はい、分かりました父上。」
エラルドは侯爵にそう言われて了解の返事のみをした。不満顔で。
そこに追加が入る。宰相からだ。
「ならばこちらも五十名出します。合わせて百五十を相手にして貰おうか。どの程度の力があるか知らないが、コレだけの数の我が国の精鋭に勝てるはずが無かろう。」
コレに国王が頷く。コレで交渉とも言えない交渉は成立だ。
後は俺がそいつらをウンともスンとも言えなくさせれば終わりである。
「よし、ならメリアリネス、その訓練場に案内してくれない?」
「こうなってしまいましたか・・・私は何処までも無力ですねぇ・・・」
こうしてこの場に何時までも居る意味が無くなったので、疲れた様子でメリアリネスが玉座の間を去っていく。俺はそれについて行く。アーシスも。
コレに監視だろう者がここで三名一緒に付いて来た。この玉座の間に居た武官だ。
俺が妙な真似をしない様にだろう。ソレとメリアリネスの事もどうやら見張るつもりらしい。武官たちのその視線は鋭く俺たちを見つめていた。
「エンドウ殿、私はもう最終手段を取ろうと思います。覚悟は決まりました。」
「何する気なのかは聞かないけど、まあ、頑張って。」
他人事である。俺はメリアリネスの覚悟に何ら言う事は無い。何をしようとしているのかは知らないが、それが並々ならぬ決意と覚悟が必要と言った事は伝わっている。
最悪「革命」でもするのか、或いは他に何か別の方法でもあるのか。そこら辺メリアリネスから相談なども無い事だし、俺が首をツッコむ事はしないで良いだろう。
そんな事を考えながら歩けば相当な距離を進んでいる。城外訓練場と言っていたから一旦城を出るのだろうし、距離が相当あるんだろう。
まだまだ到着まではもう少し時間が掛かる。そこで監視で付いて来た武官がメリアリネスに話しかけた。
「メリアリネス様、決行は軍が戻り次第ですか?」
「ええ、そのつもりです。その為に、エンドウ殿、これから対峙する百五十名を戦闘不能にして頂きたい。」
どうやらこの付いて来ていた武官たちはメリアリネスの味方らしかった。
周囲に人の気配が無いタイミングでメリアリネスに声を掛けてきていた。
「ここで侯爵と宰相を返り討ちにできれば暫くは大人しくさせる事ができます。それにエンドウ殿が勝つのは確定なので約束通りに表面上は「魔王」呼ばわりを止めると思います。裏ではきっと暗殺を計画するでしょうが。」
「それらをさせない為にメリアリネスは軍が戻って来次第に動くって事で良いのか?」
「はい、私が必ず責任を持ってこの国を変えます。」
並々ならぬ覚悟を含めた言葉でメリアリネスは言い切った。そんなタイミングで城外訓練場に到着となった。
その広さはざっと野球場くらい?いや、もっともっと広い様子だ。
「さて、向こうは準備もあるだろうし待ち時間だな。お茶でも飲んで待つか。」
俺はテーブルと椅子を用意する。そこにお茶セットを出して優雅に待ち時間を潰す。全部インベントリからさっさと取り出した。
コレに呆気に取られているのは付いて来ていた三名の武官たち。アーシスもメリアリネスも既にもうこれ位の事なら慣れたのか涼しい顔である。
椅子は人数分出したのだが、武官たちはこれには座らない。メリアリネスだけが座る。アーシスは護衛なのでその後ろに立って静かに直立不動だ。
一応は御茶菓子を多め、お茶も人数分出したのだが、これは武官たちは警戒をして口にしなかった。
メリアリネスだけが遠慮無くお茶と菓子を食べてその甘さにホッコリしている。それを見て「えぇ・・・」と武官たちは困惑していた。
俺とメリアリネスしか食べないでいたので余った菓子はしまえば良いだけ。インベントリは便利である。
さて、今ここに居るこの武官たちにとって俺と言う存在は「得体の知れ無い人物」である。メリアリネスが警戒をしていないから彼らは俺へと向ける意識を少しだけ緩めている。
緩めてはいるのだが俺が妙な行動を取れば直ぐにでも剣を抜いて斬り掛かってやる、と言った気概は感じられる。
しかしいきなり俺がインベントリからアレコレ出す光景が余りにも衝撃的だったのかその気概もどうやらどこかにすっ飛んでいる様だ今は。
メリアリネスの味方なのだろう武官たちも、幾ら何でもまだまだ今の時点では俺の事を信用できていないらしい。
俺を見る目が「何なんだコイツ・・・」と言っているのがアリアリと読み取れた。
そんなゆっくりした時間は暫く長く続く。だって相手は百五十名である。
その数が集まるには時間を掛けないとならないし、その装備も完全武装させるつもりならもっと余計に時間を要するだろう。
さて、そんな待たされた時間は約一時間と言った所か。まあこれが早いのか遅いのかは分からない。
この場に侯爵と宰相が先ず入って来た。その後ろをぞろぞろと今回俺とぶつかり合う為の精鋭だろう者たちが入って来る。
それらが整列して綺麗に並んだ所で国王がやって来た。そこで俺は一言始まる前に注意事項を述べておいた。
「なあ、そもそも最初に知って貰っておいた方が良いと思うんだけどさ。俺は別にこの国に敵意も悪意も持っていないし、敵対何てする気も全く無いんだ。だから、そっちが今回の「魔王」の件をここで取り下げてくれるだけで、無駄に痛い目を見ずに済むんだけど。今もその気は無い訳?」
「はっ!?今更怖気づいたのか?我が精鋭を間近で見て恐れを成したか?だがもう遅いわ。これは貴様が言い出した事だ。その事を死んで後悔するが良い!」
侯爵が俺を鼻で笑う。侯爵自慢の精鋭はどうやら重装歩兵である。この百名の重量で圧し潰すと言った戦法だろうか。
続けて宰相が俺に向かって吐き出す。
「私が連れて来たのはこちらの五十名です。彼らが一斉に魔法を放てば貴方は塵一つ残らない。貴方がどれだけの力を持っているのかは知りませんが、せいぜい頑張って自分の死体が残る様に踏ん張る事ですね。死ぬ結果は変わりませんが。」
どうやら宰相は魔術師を連れて来たらしい。侯爵の兵との連携ができる様に事前に相談はしてあったのかスムーズに布陣を敷いている。
「そっちの二人が俺の話を全く聞く気が無い事はまあ、分かった。王様は一体どうなんだ?そこら辺は?」
「・・・お主がこの件にて一番の不安要素である。因ってこの場でハッキリとさせよう。敵では無いと言うが、我が国の利にならぬ者で、しかもこの様に混乱を齎した者であれば放っても置けぬ。のであれば見極める為にも一当てせねばならぬ。この度の国の決定を覆したいのなら力を見せるが良いぞ。交渉はその後で良いだろう。」
国王の方はと言うと立場的にも人情的にも俺の力を直接見て見ない事には話合いは無理だと言う。
だけどもその中身と言うと、宰相と侯爵に俺がそのまま殺されたらソレはソレと言うモノである。
結局は国王は自分の意見でモノを言っていない。強引にでも俺と言う存在が排除できたら何ら問題無しと言ってきたのと同じだ。
決定した事をそう易々とひっくり返せないと言うのは分かるのだが、俺と直接対峙したメリアリネスの意見など全く以て考慮もしないのはいただけない。
大事で、しかも重鎮の一人だろうメリアリネスを蔑ろにする様な真似を取る国王のこの態度は愚かと断じて良いだろう。
そこでボヤく者一人、勇者エラルドである。
「この状況は一体何なんだ・・・得体の知れ無い相手とは言え、我が侯爵家の無敵重装歩兵百名と無敗魔法師団五十名がよってたかって一人に向かって全力で殺しにかかる?そこに私が?この勇者がこんな・・・」
どうやら勇者様には思う所がある様だ。しかしコレを侯爵が一喝する。
「エラルド!お前は重装兵たちの背後で立っていればいい!配置に着け!」
どうやら侯爵は勇者を今回の戦いの「御飾」として参加させるつもりであるらしかった。