やるときゃやるよ
(十五万ってこっちの魔力計だとどれ位と言った感じなのかね?帝国でも一回計測したんだけどな)
向こうとこちらではその計器の「基準」が違うかもしれない、と言うか、ところ変われば常識も変わるものだ。
使っている理論などは同じかもしれないが、その数値を出す為の内部計算の基準は同じじゃ無いだろう。
「メリアリネス、聞こえるか?そのまま走らせたままで聞いておいてくれ。どうやらさっきのもう一つのは宰相のバリダーって奴が出した刺客だそうだ。そいつらは宰相に報告した後はこっちに一切今後関わら無いってよ。」
俺は魔法を通してメリアリネスだけにこの件を伝えた。アーシスにも教えておいても良いかとも考えたのだが、あーじゃない、こうじゃないと何かとギャアギャアと怒り喚きそうだったので止めた。
アーシスはメリアリネスを随分と慕っている。そのせいでちょっと過剰な部分が見られる。
こうして刺客を放ってメリアリネスを暗殺しようとしている者の名がハッキリと分かるとアーシスが暴走してそいつらに突撃しかねない。
一人は既にもうバラスガルド侯爵と判ってしまっている。なのでここでもう一人の黒幕の名前を知ったら余計な面倒を引き起こすのではないかと危惧してしまう。
それほどに今のアーシスの表情は歪んでいた。眉根を潜めて前方を睨むその顔はこの場にその侯爵がいたら「殺してやる!」と叫びそうである。
俺のこの報告でメリアリネスは流石に苦い顔に変わった。王を一番近い所で支えている存在が自らを殺そうと企んでいたと分かったのだ。この事実は流石にキツイだろう。
しかも国王はこの暗殺の事に関しては何も関わっちゃいないのである。関わっているのはメリアリネスを軍から完全排除しようとしている部分のみ。殺そうなんてまで考えてる訳じゃ無いらしいのだ。
さて、このまま一行はチョウダズを走らせ続けて雨の降って足止めを食らった分の遅れを取り戻しただけでなく、寧ろ半日以上旅程を進めた。
まあ俺がまた途中で魔力をチョウダズに込めて速度とスタミナアップをさせたからであるが。
「チョウダズって名前、どうにかならなかったのかね?何でこんな言い難くて妙な響きの名前なの?」
一旦休憩を挟む為に俺たちは平地に一時的に止まっていた。
俺が魔力を分けたチョウダズは別に疲れなど見せてはいないが。しかしそれに騎乗する者たちは違う。
幾ら乗っているだけ、走るに任せているだけとは言え、それでも座りっぱなしでも体力が必要だ。
騎乗訓練を得た者でも流石に長時間の乗りっぱなしは疲労する。
「この魔物を一番最初に発見した者の名前が元となっていると聞いた事がある。」
俺は今姿を現している状態である。俺のこの素朴な疑問を全員が聞いていたのだが、答えてくれたのはメリアリネスだ。
アーシスは今は多少落ち着きを取り戻しているのだが、それでも不機嫌である事を隠そうとも思っていない表情である。
「貴様はつまらぬ事を思い付くのだな。今の状況が解っていないのか?」
どうやらアーシスが俺に対して自らのイライラをぶつけてきた。コレをメリアリネスは叱る。
「アーシス、止めなさい。私の言った言葉をもう忘れましたか?ならばもう貴女はここまでです。付いて来なくても構いません。今すぐにでもこの場で私の秘書としての任を解いても構いませんよ?その場合はその時点で貴女と私は何ら関係の無い赤の他人です。」
この言葉はどうやらアーシスにとって相当な脅しとなったらしい。コレにショックを受けたのかアーシスは目を見開いて口を大きく開ける。次には直ぐにしょんぼりとして力無く俯いた。
暴走仕掛けているアーシスを止めるのにメリアリネスは慣れているのか、澄ました顔で俺がインベントリから出した椅子に座っている。
「さて、今後の方針を少しだけ話し合っておきたいのですが、エンドウ殿、宜しいですか?」
「んー?俺はもう行き当たりばったりで良いんじゃないかなーって思ってる。黒幕が分ったとしてもさ?こっちは打って出れる様な状況でも無いし、軽い気持ちでぶつかっていける相手でも無いでしょ?侯爵とかって立場の相手にどうやって立ち向かうつもりメリアリネスは?その場その場の出たとこ勝負とかしかできなくない?」
「ソレは戦力が全く無い状態ならそうなのでしょうが。貴殿が私に味方をしてくれると宣言して頂きましたからね。そうなればこちらから攻め入る事も簡単でしょう?」
メリアリネスの武器は「軍」だ。しかしそれは行軍訓練の為に今一緒じゃ無い。それに首都に到着するタイミングも大幅に違うし、先にメリアリネスは国王に報告に行くので「軍」との合流はできない事になる。
彼女の軍での敬われ方を見ているのだが、多分メリアリネスが「命令」を出したら嬉々としてそれに従う者たちの方が多いのではないだろうか?
革命を下手すると起こせると俺は考えている。最初にあの孤島でのメリアリネスのカリスマを相当な物だと俺は感じていた。
なので無理矢理侯爵やら宰相が兵をメリアリネスに向けても「軍」が彼女と共にあれば返り討ちくらいしそうだと言った予想である。
さて今のままでは敵を追い詰めるのに「軍」以外の方法は無理だろう。決定的な証拠が無い状態で侯爵やら宰相を問い詰めようとしても簡単に相手は言い逃れできてしまう現状だ。
刺客たちから得た情報だけでは相手を追い詰める事など到底無理だ。証言だけでは相手を窮地に追いやるなどできやしない。
軽く一当たり、と言った感じでぶつかって行っても、寧ろ準備万端であろう相手の方が逆にこちらを追い詰めてきそうだ。
ソレも数と言う名の暴力で。その暴力と言っても賛同、多数決と言った「その内容が間違っているものでも多数と言うだけであたかもそれが正しいかの様に見せかける」そんな手腕でである。
立ち向かうにしても現状メリアリネスには手札が余りにも無い無い尽くしだ。
首都に到着後、こちらに味方してくれる者を集める根回しができる時間は恐らく無い。敵が仕掛けてきそうな「多数の暴力」に対抗できる準備をする余裕は無い。
それこそ、敵はそんな猶予をこちらに与える事をしないだろう。
「何を相手にしようとも、他の追随を許さない、国を相手取っても御釣りが有り余る程の「暴力」を貴殿は持っている。そうでしょう?」
フッと笑ってそう言ってくるメリアリネスが俺の顔を見つめてきた。
「あー、まあ、確かにそうかもね。でも結局メリアリネスが国王に報告する時に俺の要求を呑ませるつもりだから、やるならその時で良いだろ?」
「ええ、ソレで充分です。有難うございます。」
この俺とメリアリネスのやり取りをどうにも複雑な顔で見ている護衛五人。アーシスだけは今だに少々拗ねた顔で俺を睨んでいた。
さてこうして休憩も終わって出発だ。もうここまで来たら一気に首都迄の距離を進んでしまっても良いだろう。
チョウダズの体調は俺が魔力譲渡をして元気ハツラツなので、このままかっ飛ばして到着予定日数を大幅に短縮してしまえば良い。
俺は休憩終わりにチョウダズに魔力をバンバン流す。すると何だか様子がおかしい事に俺は気付いた。
(・・・ん?何だか筋肉の付き方が最初見た時よりもバッチバチに太くなってない?)
脚だけじゃない、身体全体がどうにも筋骨隆々になっている。だけどこの事を俺以外は誰も気づいていない様子。
ソレもそうだ。俺は魔力をチョウダズに流す際にその体調も気にして調べる為に内部の様子を探っていたから気付いたのだ。
外からの見た目では何ら変化が見られない。少しだけ足が太くなったかな?くらいだ変化としては。
そんな心なしか太くなっている脚、と言った事に今の状況で気付ける様な精神的余裕はメリアリネスたちには無い。
(あー、自然と俺の与えた魔力で「回復」を無意識に繰り返して急激に細マッチョにでもなったのかね?)
そんな変に気楽な考えをしながら街道を爆走する一行を俺は空を飛行して追う。
もう既にこの爆走速度に慣れて来たのか、全員の騎乗姿勢は緊張感がある程度抜けている様に見えた。
アーシスはもう無理矢理今の状態のチョウダズを制御しようとはしていない。
(まあこれなら明日の夕方には首都に到着かな?)
今日は宿場町の宿に泊まらずに野営になるだろう。このままの速度で行けばこの世界の常識からすると有り得ない走行距離が稼げたはずだ。
この調子で行けば宰相バリダーに報告が届く前か、届いたギリギリ同時くらいにメリアリネスは首都に到着する流れになりそうだ。
そうして野営は俺が周囲を魔力壁で囲って安全を確保、これで今日はぐっすりと就寝だ。
全員がキッチリと休める様にと俺がインベントリからテントを出して提供したらやはり驚かれた。
もう驚き過ぎて疲れたのか、護衛たちの表情は非常に疲れた様子であった。
こうして何事も無く夜は過ぎて早朝だ。昨夜の夕食は俺が食材提供、調理器具貸し出し、調理場も作り出しておいたので充実した食事になっている。
魔力壁の事も既に信用は得られているので全員がしっかりと睡眠時間を取れたはずである。コレで交代で夜番をしていたので眠い、何て言われたらソレはソレ、俺の知ったこっちゃない。
朝食も昨夜の余りのスープを温め直して、追加でサラダとパンである。軽めのモノでパパッと終わらせて出発を早々にする事に。
「エンドウ殿にはできない事は無いのか?まるで奇術を見させられているかの様だ。」
メリアリネスは出発前に片づけをしている俺にそう言ってきた。
コレに賛同しているのかアーシスも護衛の者たちも俺の方をジト目で見て来ている。
「できない事?幾らでもあるんじゃない?思い付かんけど。」
俺の返しにメリアリネスは溜息を一つ吐いてから出発の号令を出す。
こうしてまた首都までの道を走り出すのだが、チョウダズの様子がやはり変わっている。身体が一回り大きくなっている。
これはやはり昨日俺が与えた魔力に因る作用なのかもしれない。流石にこれには全員が気付いていた様子だが、何もその事に言及しようと言った雰囲気が無い。
寧ろ意識してこの事を無視しているかの様な他所他所しい所が見受けられる。
コレに俺も深くは何も言わない。時に言わなくても、一々言葉にしないでも良い事など人生には幾らでもあるのだ。
余計な事を言わずに今日もチョウダズに俺は魔力を与える。コレで多分本日夕方頃には首都に到着するだろう。
既に俺は魔力ソナーで残りの距離を把握していたりする。走行速度から計算してもう少し予定が早くはなりそうだが。
途中で休憩も入れれば大体それ位だろう。到着したらメリアリネスは一旦自宅に戻る流れになっている。
国王に会うのにも身だしなみの準備や時間と言ったモノを考えれば、夕方に到着して直ぐに謁見、と言う事にはならないはずだ。
正式な手続きをして城に登城するのだ。このメリアリネスの報告は公式なモノとなるはずなので首都に到着後にそのまま城に突撃、何て事は有り得ない。
王の側近を集めてメリアリネスの報告を聞くと言った形にしないとならないはずだから、その集める時間も必要になるはず。
今回のこの軍の遠征は「国政」であるのでこの考えは外さないと思うのだが。
(まあ使者が来ていきなり国王がお呼びだ、何てメリアリネスを無理矢理招集する展開になったらソレはそれなんだけどさ)
例外もあるだろう。そのパターンだとメリアリネスに自由な時間を一分一秒でも与えたく無いと思っている輩の横槍だと考えた方が良い。
今からどうなるかなど考えるだけ無駄だし意味も無いので俺は空の散歩を楽しむ気分でメリアリネス一行の上空を飛ぶ。
その後は何のトラブルも邪魔も入る事無く休憩に入ってまた出発。順調に進んでいる。
何も無い事が一番だ。煩わされるモノが無いと言うのは大事な事である。
(賢者と呼ばれるのも嫌だけど、魔王呼ばわりされるのはもっと鬱陶しいしな)
早い所この件を片付けてまたのんびりとしたいと考えていればあっと言う間に日が傾き始める時間となる。
既にメリアリネスたちにも首都が見えているはずだ。計算通りに「カリアリネール」だったか?日が傾き切るギリギリ前に首都に到着ができるだろう。
そうしてその内メリアリネスたちは門の前に到着。門番はソレを出迎えて最敬礼、通行許可を出す。
通ったのは通常の門の方では無く、どうにも高貴なお客様が来た時に入る方の門であるらしい。
メリアリネスはお高い階位の貴族なのか、それとも只門番にすらここまでの事をさせる程に敬われているのか、どっちもなのか。
そんな話はどうでも良いとして、一行はそのまま今度は馬車に乗り換えてメリアリネスの屋敷へ向かうらしい。
チョウダズを係りの者らしき男に任せて用意されていた馬車に乗り込んでいく。メリアリネスとアーシスが乗る一台、護衛五人が乗り込む一台で合計二台で中央通りを進む。
馬車を引く動力はこれまた妙な魔物だ。サイ?カバ?どうにも足して二で割った様な見た目なのだが、とにかく力強い。
のっしのっしと何だかのんびりとした足取りに感じるのだが、しかし出ている速度は相当だ。遅いと言った事は無い。
寧ろ何でそんな短足でそこまで速さが出せるのかと不思議に思える位だ。
(いや、確かカバもサイも本気を出すとめっちゃ速いんだっけか?)
妙な雑学を思い出した所で馬車が人気の無い道へと入って行ってしまう。
「おーい、メリアリネス、状況は分かってるか?返事は頭の中で念じるだけで良いぞー。」
俺は馬車の上からその不審な馬車の動きをメリアリネスに伝える。もちろん魔法でメリアリネスだけに聞こえる様に。
「・・・馬車は確かに私の屋敷の物です。御者も乗り込む前に見た者は確かに我が家で雇っている者でした。」
どうやら真っすぐに屋敷に戻る道を外れて馬車が走っている事はメリアリネスも直ぐに把握したらしい。
御者も俺が見ただけでも別段変な様子は見られない。しかしやはりこれはどう考えてもおかしい。
しかし馬車二台はそのままさも「間違っていません」とばかりに止まりもせずに進んでいく。
そうしてどう見ても倉庫街と言った場所に馬車は辿り着いた。そしてかなり大きな倉庫にそのまま馬車は入って行ってしまう。
そこでやっと馬車は停止する。そして止まったと同時に倉庫の中に明かりが灯った。そして「げっひっひっ」と言った感じの下品な笑い声が一つ響く。
「お嬢さんがた、馬車から降りて来な。護衛の奴らも一緒にな。」
コレに応じてメリアリネスもアーシスも、護衛たちも馬車から降りた。
そのタイミングと同時に倉庫の一角から何処をどう見ても「暴力が商売です」と言った風貌の男たちが一斉に現れる。
そして馬車を完全に囲んで一切逃がさないと言った雰囲気を出している。
「あんたらはここで全員死んで貰う。」
男がそう言うと倉庫の扉は閉じられてしまった。メリアリネスたちを万が一にも取り逃さない為だろう。
「依頼主からは万が一に備えて、何て言われてずっと張り付いていたんだがな。ずっと無駄だと思っていたんだが。ヒヒヒ、一体どうやって刺客から逃れてここまで到着できたんだか。まあそれも此処でアンタらが全員死ねば関係無いんだ。こっちは金をタンマリと頂いてるからよ。仕事はキッチリと熟さねえとよぉ?」
どうやらこいつらを雇った者はメリアリネスが万が一にも生きて首都に到着した時の場合の事も考えてこうしてずっと刺客を待機させていたらしい。
ここまで来ると慎重と言うよりも心配性と言えるのではないだろうか。もしくは粘着質?まあその対応はこうして当たっているので何も言えないが。
「・・・おい、何であんたらそんなに落ち着いてやがんだ?その腰の剣すら抜かねぇで身構えもしねぇとは、いったいどう言った了見だ?」
メリアリネスたちの態度を訝しんでいる男。しかしそれもどうでも良いと言った感じで男は言い放つ。
「まあそんな事はこれから殺しちまうんだから気にする必要も無いか。おい、お前ら、一気にやっちまえ。」
大きな倉庫とは言え大の男が三十人も居たら圧迫感がある。その半分の数はメリアリネスたちに向けて剣をかざしてジリジリと距離を詰める。
残りの者たちは剣は抜いているが構えない。警戒をしているだけ。メリアリネスたちが反撃をしてきた際に対応をする為だろう。
ここでメリアリネスが口を開いた。
「お前たちの依頼主とやらは誰だ?素直に言うのであれば、死ぬ事は無いだろう。今この時に剣を捨てて投降するのであれば、恐怖せずに済むし、痛い目も見ずに済むが?」
「・・・あ?何言ってやがる?死ぬ前に自らを殺そうとしてる奴が誰なのか気になるってか?余裕だな?しかし俺たちはこの道で食ってるんでな。幾らこれから殺す相手の最後の頼みとは言え、教えてやらん。こういう時は答えてやるのが一興と言うやつなんだろうがな。俺はそんな優雅な趣味は持っちゃいねぇよ。せめて一息に殺してやるのが慈悲ってもんだろこの業界じゃあよ?ヒヒヒ。」
「へぇ~、プロだな。だからこそ何の後ろめたさも無く返り討ちにできるってもんだ。」
「誰だ!」
俺はそう言うと同時に姿を現した。倉庫の一番奥に。刺客たちがコレに倉庫内を見回して俺を見つけた時には「いつの間に」と誰もが口から溢している。
「誰だと言われて、ハイ自己紹介、何てする訳ないだろ?お前らだってメリアリネスの質問に答えて無いんだから。さて、この数だと多いから先ずは半分減らす。最後に言いたい事があれば早めに言っとけよ?あ、今この時にお前らを雇ったのが誰なのか教えてくれたら見逃してやるけど?」
「・・・おい、標的を逃がさない様に囲って見張っとけ。誰か五人、そいつを殺せ。」
この集団のリーダーであろう下品な笑いをしていた男は指示を出す。メリアリネスたちよりも先に俺を殺す事は確定らしい。
俺の方に向かって来る男たちはどうやら慎重だ。どうやら隙を突く為に俺の挙動を観察しながら近づいてきている。
「さて、慈悲だったか?じゃあもう一度だけ言うぞ?お前らの雇い主は誰だ?今言わないとお前らの数は半分になる。さあ、答える気になったか?あ、言うの忘れてたけど、俺はお前らを直ぐにでも一瞬で全滅させられる力を持ってる。答えるなら今の内だぞ?」
「・・・殺せ。」
その一言が響いた時には俺に向かって来ていた者たちが同時に襲い掛かって来た。
(こいつらの頭の中を魔法で覗いちまえば誰が裏に居るのか分かるだろうけど)
こういった稼業を雇う場合は大抵のお偉いさんは身分を明かしたりして依頼を出さないだろう。
信用第一の「裏の仕事」だろう者たちが早々に依頼主の名を吐くなどと言った事は無いだろうが、万が一もある。
こうした依頼の手続きには何重にも隠蔽を施した「使者」と言った存在がやっているに違いない。そこから犯人を探ろうとしてもきっと行き詰るはずだ。
だからここでコイツらに犯人は誰?と質問を投げてもきっと無駄なはずだ。
「取り敢えず死んでくれ。城に連行するのは一人か二人で良いし。」
俺に向かってきた五人を一息で殺す。「魔力固め」からの首を「ぐりゅん」と百八十度。
これで多分痛みすらも感じずに死ねただろう。まだ生き残っている奴らには恐怖も与えられたはずだ。
一応尋問は形だけでもやっておけばいい。メリアリネスたちがソレで納得できるまで。
その為には全員この場で一瞬で殺すのは良く無い。じわじわと相手に恐怖でも何でも刻んで口が軽くなる様に仕向ける。
その後は相手の決断は早かった。リーダーの男は命令を出す。叫ぶ様に。
「全員でコイツに掛かれ!標的は無視しろ!先ずはこいつを殺す!」
危険な相手はメリアリネスじゃ無く俺だと認識したらしい。正解だ。
でもいけない。これは悪手だ。メリアリネスたちが剣すら抜かずに警戒もせずに最初無抵抗で囲まれていたからと言って、それが逆襲をしてこないと言う保証にはならない。
敵の目が全部俺に向いた瞬間に護衛五人、ソレとアーシスは剣を抜いて斬り掛かっている。コレでまた刺客の六人がその命を落とした。
コレで残り十九人。いや、そのまま斬り掛かった護衛がその後に三人追加で切り伏せた。残り十六。
一気に半分近く手勢を減らされたリーダーの男はやはりそれなりに優秀な奴なのだろう。修羅場をかなりの数潜って来ているに違いない。
「お前ら集まれ!防御陣形!」
コレに直ぐに動き出す部下たちも優秀な集まりなんだろう。倉庫の中央に即座に円陣を組んでいる。
互い睨み合って静かな時間が5秒程経ったその時だ。交渉を持ちかけて来たのは相手側からだった。
「なあ?俺たちを雇った者を吐けば見逃すと言っていたな?ソレは今でも有効か?」
「どうするメリアリネス?別に俺はどっちでもいいぞ?」
俺のこの言葉で一気に苦い顔に変わるリーダーの男。俺の気まぐれとメリアリネスの判断一つで自分たちが全滅させられる事が分かっているんだろう。
全員が殺される前に交渉を持ちかけて生き延びる道を探る。頭も良く回るし機転もある。自分たちの命を先ず第一に考えて不利な状況になったらなりふり構わない。随分としたたかな相手である。タフな精神を持っている様だ。
「分かった。ならば誰が依頼をしてきたのか吐いて貰おう。そうすればこちらもこれ以上お前たちに手は出さない。」
メリアリネスはこいつらを見逃すつもりらしい。しかしここで一つ条件を付けた。
「御者はどうなっている?私が車に乗り込む時に見た者は確かにウチの雇っている長年勤めていた者だった。」
「・・・依頼主から渡された魔道具で操った。人に一つだけ言う事を聞かせられる使い捨ての道具だ。その命令を受けた前後の記憶は曖昧になり、足が付かない代物だ。命令を終えた後は気を失って暫く目を覚まさない。」
「禁止されている魔道具か。しかもソレを作るのに確か莫大な資金が必要だったはずだ。そんな代物を軽くお前たちに与える事ができる者が私を狙っていると。」
「俺たちに依頼を出してきたのは見た感じ何ら変哲も無い顔した身なりの良い野郎だった。名前も身分も所属も明かせないとか言ったくせして、支払ってきた金はタンマリだ。コレを受けない理由は俺たちには無かったんでな。あんたの命を狙わせて貰った。どうせどこぞの貴族の使いっ走りだと言うのは分かっちゃ居たが、詮索してもこっちの首を絞めるだけだったんでな。そいつの背後は調べてねーよ。それだけの資金を俺たちなんかに出せる位の大物だ。下手に動いて死にたくはねぇ。だからこれ以上の情報は無い。勘弁してくれ。」
どうやら御者は催眠術か何かを受けていたらしい。しかもそんな怖ろしい事ができる道具が禁止されているとは言え存在している様だ。
そしてやっぱり依頼主はどこぞの貴族だと言うのが判明した。そしてそれだけで充分だと言った感じでメリアリネスは壁の方に寄って扉の前を空ける。
どうやらこの倉庫から出て行って良いと言うジェスチャーらしい。コレに警戒心を上げに上げてジリジリと男たちは扉に近付く。そして慎重に扉を開けたと同時に素早く外へ出て行く。
「あれで良かったのか?一人か二人明日城に連れて行って「こいつらに殺されそうになった」って言って牽制に使っても良かったんじゃ無い?」
国王はメリアリネスを殺そうなどと思っていないらしいのだ。ならば危険な目に遭っている、命を狙われていると国王が知ればメリアリネスへの護衛を厚くするはずだろう。
「幾ら私の身の安全を固めても、その隙間から刺客を捻じ込んで来るのは明白だな。コレだけしつこく私を警戒して、命を狙って来ていたんだ。いくら防備を増やした所でその中に敵の間者が入り込んでいるだろう。寧ろ今は貴殿が私の味方なのだ。それなら少数で動きやすくしている方がこちらに有利であるだろうな。」
大勢ゾロゾロと引き連れてあっちこっちに移動するのは確かに身動きし難い。
なら少数でちょろちょろと動き回れる方が何かとあった場合に対処の為に咄嗟に動き出しやすいだろう。
数が多い事は時にメリットになるし、逆にデメリットもある。少数でもそれは同じだろう。
「全部俺が背負い込むって事ねそこら辺は。まあ別にその程度なら俺に何の負担も無いけどさ。それに関しちゃ。」
「頼もしいな。そしてかたじけない。」
こうして話が纏まった所で気絶している御者を台から卸して馬車の中に寝かせる。
代わりに御者台に乗ったのはアーシスだ。そのまま倉庫から出て今度こそメリアリネスの屋敷に向かった。