解凍・爆発・迷惑省みず・顧みる
「バルトンって知ってます師匠?とりあえずこいつが言っている事に心当たりは?」
苦い顔をして師匠は考える。
「あぁ、知っている。・・・ふぅ、私が宮廷魔法使いを辞めたあと、しつこく自分の所に雇われないかと勧誘してきた者だ。都市長選挙での有力候補で次の当選は確実的と言われていたな。たぶん私が勧誘を断り続けた事を恨んでいるのか・・・」
どうやらそんな大物人物の裏は心の器が小さく、そしてどうやら随分と違法な事にも手を染めていると分かる。
「こんな調子だと叩けば埃が大量に出てきそうだ。殺しなんてやろうとする奴にまともな奴はいないでしょう。しかも、この分だと師匠を殺して、その死体を前に有る事無い事擦り付けて自分のやった犯行を師匠のせいにして揉み消しにも使おうとも考えてたんじゃないですかね?」
このバルトンと言うのは気に食わない、そんな理由で師匠へと刺客を送り込んできた。
きっと「あの件」の事もあしざまに勝手に解釈した理由を師匠に付けて「コイツが悪い」と宣伝しつつ、何の関係も無い自分アピールを始めるためだけの切っ掛けに利用しようとしていたのではないだろうか?
「やろうとしている事が全部悪人の考えそうな事で、しかもみみっちいな。って言ってもここまで俺の想像でしか無いか。でも、師匠を気に食わないって理由で殺そうと企んだのは悪人認定でいいよね。」
「バルトンの人物像はお前の考えているので合っているだろう。しつこく勧誘してきていた時に本人が訪ねて来た時があったが、終始上から目線でものを言われた。外面は整えているが内面はロクでも無いとすぐに分かったさ、その時にな。」
どうやら師匠も俺の想像が正解だと思っているらしい。
そんな奴なのに都市長選挙で次の候補に上がるくらいなのだから油断できない奴なのかもしれない。
人を騙す演技力、問題に対して機を見るに敏だとか、気配りが上手く人脈作りが美味いだとか。
でもちょっと穿った見方をすると、只の小心者、とも取れる。
「どうします?犯人が分かった事ですし潰しに行きますか?ソレなら俺も手を貸しますよ。」
「・・・エンドウ?お前は何を考えているんだ?相手は曲がりなりにも有力者だぞ?潰すとは言えどもソレだけの大物を潰すなら証拠が必要になるだろう?ソレに国の方にも手を回さねば・・・」
「あ、そう言う面倒な事は無しにしましょうよ。文字通り、物理的に潰すんですよ。・・・どうしました?」
「出来るはずが無いだろう!そもそも私とお前だけで何の後ろ盾も無いのにそのままぶつかりに行っても門前払いをされるだけだ。この暗殺者を衛兵に突き出した所で裏で握り潰されるだけだ。せめて私の知り合いに救援を頼まなければ・・・」
「あーだから、そう言うんじゃ無くて、もう俺と師匠はこうして真実を知っているじゃ無いですか。そして現に暗殺者から自白を取れて裏が確認出ましたよね?じゃあ周りが何と言おうが、どうと言おうが、誰に憚られる事無くそのバルトンって奴をぶっ潰せばいいんですよ。証拠なんて後から国家権力が介入して探してくれるでしょ。舐められてるんですよこっちは。なら、相手に痛い目を見せてやらにゃ気が済まん、ってヤツです。」
「先程から何なんだ一体エンドウ・・・お前は何が言いたい?」
「え?うーん?そうですね、俺はこの世界で我慢もしなければ自重もしない事に決めたんです。ちゃんと道理が通ったなら、自分により、自分による、自分の為の行動を取るって。耐えたり様子見をしない。この力で、魔法で敵対する奴はどんな奴でもぶっ潰しますよ。」
俺はどうやらこの世界に来て、そしてこの森の中で弱肉強食な生活を続けて、ある種の悟りを開いてしまった。
勤めていた会社では遣り甲斐、生き甲斐、楽しさをある程度仕事に持っていた。
しかしそんな中でもやはり自覚は無かったにしろストレス、鬱憤なども溜めていたのだと思う。
それらは小さかったにしろ、心の中に降り積もり、堆積し、圧力がかかって圧縮され、そうして固まった物があったんだと思う。
部下の失敗、上司の小言、忙しさに隠れた疲労。
程よいと思い込んでいた責任感の重量が思ったよりも負担だったりも。
仕事の事ばかり考えていた毎日。それらが今、この場には何も無い。
きっとそんな心の奥に在った高密度の圧縮されていた「何か」がここに来て解凍されて俺の心を爆発させたように感じる。
この世界で生きる上で遠慮はしない。それこそこの世界がどうなろうと俺の与り知らぬ所だ。
自由、ここに来てソレを自分の中心に置いた俺。それは我が儘だとか、自己中とか言われる物なのだろうが、もうソレを修正するには遅かった。
この世界で生きて行くのに他に侮られる事は鬱陶しい。
そういった存在は自らよりも相手を下に見るので、力をちらつかせれば相手は何でも言う事を聞くと勘違いする。
だからそんな奴を「無力」だと理解させる事ができないと、そんな奴らはいつまでもこちらを搾取しようと纏わりついて来るのだ。
ガツンと最初に一発思いっきりぶん殴ってやらないとそう言った奴らは理解ができない。
しかも徹底的に反抗心を抱かせない位にやって、ヤッて、やり尽くさないといつまでもそう言った輩は逆恨みをしてくる。自分の力の無さを恨まずに。
そう言う奴らは、相手よりも力が無かったから潰された、それを分かろうともしないのだ、中途半端な対応では。
こうしていれば、ああしていれば、そんな考えが挟まる猶予すら与えない位に最初で最後と言った具合に潰さないとだめだ。
賢い者ならば「君子危うきに近寄らず」だろう。
腹に一物抱えている賢い奴になると「お近づきになって仲良くしましょう」と擦り寄ってくる。
こちらが不快にならないくらいな距離で。むしろこちらに恩を売るかの様な友好的な態度も取る。
場合によっちゃそう言った者たちは、こちらの顔色を窺って人間性を確認してから対等な関係を作ってこようとする誠実さも併せ持つ。
「おい、まさか、街中で「アレ」を放つ気か?・・・馬鹿な真似は止めろ?」
俺のこの答えを聞いて師匠は顔色が悪くなっている。
たぶん俺の実力と自分の実力とを比べて「止められない」と一気に結論に至ったようだ。
頭の回転が速い師匠。ならば説明しておこう。
「そんなのはもう使ったりしませんよ。戦争しようって訳じゃ無いですからね。あ、もちろんそれを使わなければ危うい状況なら躊躇なく使いますよ。でも、被害を考えないでいきなりブッパはしませんて。関係無い人命をそんな簡単に巻き込んで虐殺する様な趣味は無いですからね。」
「それは状況如何によっては殺すと。巻き込むと言っているようなモノだろう。それに、バルトンの私兵は三百はいるぞ?それこそ戦争をするようなものだろうに。しかもこちらは二人だぞ?どういう神経をしている?」
俺はこのまま師匠と話していても先に進まないと思って、ははは、と笑って次の話題に移る。
「で、どうします?あ、今日はもうここで休んで明日からにします?それならごちそうを準備しますよ。小屋の方も今から改造しますから狭さは解消させるし、上等なベッドも用意しますよ。」
「・・・あくまでもお前は私の意を尊重してくれているのか?だったらバルトンは許せん。しかし、今は打つ手が無い。」
「師匠は頭硬いですね。「力」なら貸しますって言ったのに。力づくで潰しちゃいません?まあ、そこら辺はいきなり俺も殺害されそうになったから、その点で感情的になってるのは否めないんですけど。あくまでもこいつらは師匠を狙ってますからね。俺は師匠の意見を「一応」聞きますよ。」
「既にお前の中ではやる事が確定してるんじゃないだろうな?」
「既にしてますよ?それこそ師匠がやらないってんなら俺一人でやってきますし?今はまだ、なんて師匠が言うのですぐ潰さないだけです。なんなら今から十分ほどで俺一人で壊滅させてきても良いんですけどね。」
この俺の発言に頭を抱える師匠。どうやら諦めたようだ。
「まだエンドウの底を測れない私の方が未熟者か・・・分かった。お前を単身で乗り込ませる方が危ないと判断する。私も行こう。・・・いきなり暴れたりするんじゃないぞ?」
俺はそれに沈黙で返す。約束できないからだ。
相手次第だという事だ。話し合いも無くいきなり相手がこちらに難癖付けて「排除」なんて手を打ってきたら、俺は暴れる。
ソレに危ないと言っているのは俺の身の事では無く、相手の身がと言いたいのだろう。
「何故黙っている・・・ああ、もういい。分かった。暗殺者はお前に先に問答無用で攻撃してきたんだ。私は小屋の中に居ただけだ。お前の好きに動けばいい。だが、これには私も関わっているのだから先ず最初は私が話をする。それでいいな?」
「ええ、そのくらいは。だけど危ないと思ったら、それこそこいつらふざけてるのか?と思ったら容赦はしないで即刻やっちゃうので、そのつもりでいてください。」
こうしてこの日は小屋に師匠が泊まって行く事になった。
翌朝、増築した小屋の方から師匠が出てくる。
もちろんあの後に俺が魔法で作り出した師匠の寝室用に造った物である。
地面に手を付き、魔力を流しながらイメージするのはコテージである。
だけどそこに地面から出てくるのは温かみのある木のコテージでは無く、まるでコンクリートの質感のコテージ。
形はイメージ通りなのだが、その材質がまるっきり違う。まあそれは狙った訳だが。
ここにあった元々の小屋よりもよっぽど立派なものが目の前で出現した事により師匠は開いた口が暫く塞がらなかったみたいだった。
ベッドは周囲の木から作り出す。立派な木を一本選び、それに手を当てる。
後はベッドのイメージを魔力を通して木に流すだけ。マットレス付きだ。そのマットレスは木の繊維を利用するイメージだ。
そうして出来上がった、多少低いがベッドそのものが目の前に現れる。
どんな原理でこの様な事が実現できるのかは追及する気は無い。使えるなら何でも使う。根本的な事など分からなくても便利なのだから使わない手は無い。
「漫画原作の実写に、えーと、アレだ、錬金術を題材にした映画があったっけ。」
腕が機械仕掛けの兄、どんな理由だったか忘れたが全身重甲冑な弟?の活躍するファンタジー。内容はうろ覚えで全く知らない。
「エンドウ、私は夢でも見ているのか?どうしたらこんな事ができる?」
とまるで夢でも見ていると言った具合に師匠の口から洩れたのがこの言葉だ。
その言葉の後にベッドをインベントリに入れてコンクリコテージへと運び、そこで師匠に就寝してもらった。
「あ、おはようございます。どうでした?良く眠れました?」
もちろん掛け布団が無かったのでやっぱりそこは木をシーツに変えて使ってもらった。
布とは繊維の加工品だ。ならば木から線維をイメージで変換できる。それに気付いたのはこの小屋に着いた時から二週間後の事であった。
頭の中のイメージ、それを魔力を通して対象に流し込む。それをマスターした事で俺は大体の物が何でも作り出せるようになった。
「眠れなかったよ。エンドウが見せたこれにどうしても頭の中が整理しきれなくてな。」
「あー、そうですか。あ、朝食はできてますから。どうぞ。」
テーブルの上にはたくさんの野草の入ったスープ、一角兎のステーキとシンプルに二つ。
「全部コレここら辺の物なんですよ。この森は豊かで過ごしやすいです。そのおかげで食に困りませんでしたからね。」
師匠はここに辿り着いた時、結構な荷物を持っていた。食料と水だろうと言う事は分かった。
ここに数日滞在するだけの最低限の分だったようだ。この小屋は師匠の隠れ家であるからして、この森の豊かさを知っているはずだ。
長期に滞在するつもりであったならば現地調達を考えてもっと食料は減らしていただろう。
「さあ、食事も終わりましたし、少し休憩をしたら行きましょうか。あ、荷物は置いていっていいですよ。それとも俺が持ちましょうか?」
もちろんインベントリに入れると言う意味で。
「・・・戻るにしてもここからどれだけの距離があると思っているんだ。そこまで急いでも意味は無いだろう?・・・何かやるのか、また?もう私は驚かんぞ。驚かないんだ。」
どうやら昨日の事が余程ショックだったようでこれから俺がしようとしている事に驚かないための準備をしているようだ。あえて驚かないと自らの口に出して。
「取り合えずこいつもこのまま連れて行くんで。そうっすね、死体にして持って行っても良いんですけどね。」
「やめろ!止めてくれ!殺さないでくれ!頼む!」
昨日俺が魔力を頭に流し込んだ暗殺者は既に自我を取り戻していた。
昨晩中こいつは石の棺の中で過ごしたのだ。棺の中で暴れて脱出を試みたようだが、それは成功しなかったようである。
必死に懇願されるのだが、俺はこいつを許す気は無い。だが、今はこいつをどうにかしようと言うつもりも無い。
ちょっと脅しただけである。脱出を試みたせいで暴れて体力を使ってしまっていた暗殺者はぐったりとしていて顔色も悪い。
「コイツ一人だけだったのか刺客は?それなら私でも対処できたか?しかし、私に感知させない技術であるならばやはり私はエンドウが気付かなければそのまま殺されていたんだろうな。」
師匠は人数が何人最初いたのか聞いてくる。これに俺は別に答えないなんて事はしない。
「三人いましたけど生かしておく必要性無かったんでこいつ残して二人はもう始末しましたよ。」
「そ、そうか、ならばいいんだ。いや、良くないか。一人だけでも殺される可能性は非常に高かったのにソレが三人か。最早確実に私を殺す気だったんだなバルトンは。そう言えば、始末をしたと言うのであれば死体は?」
コレは別に重要な事では無く、ただ何となく始末したならその形跡が無い事が気になっただけだろう。
「あ、沈めましたよ?見つかる可能性は皆無ですね。そもそも相当深く地下に沈めましたから。もう俺も引き上げる事はできないですね。」
俺のこの「沈める」という言葉に疑問だったのか師匠の顔は訝し気な物へと変わる。
「やって見せましょうか?ホラ、この通り。」
俺は一角兎の骨、スープの出汁に使用済みの要らない骨を取って来て地面へと放った。
それがゆっくりと地中へと文字通り沈んでいく。ズプズプと。
暗殺者がそれを見てがくがくと恐怖で震え出した。師匠は師匠で目をカッ!と開いてソレを見つめる。
「エンドウ、どうすればこのような事ができるのだ?教えてくれ。」
「あ、良いですよ。えー、密度がスカスカな地面て水を吸い続けると液状化現象が、どろどろになっちゃってまるで底なし泥沼?そんな映像を思い浮かべながら地面に魔力を流すんですよ。あんまり近寄ると危ないので下がっていてください。」
「言っている事は・・・何となく解るが、どれくらいの魔力がいる?」
「そんなに要らないですね。うーん?実際に地面に魔力で作った水を浸透させている訳じゃ無くて、魔力を浸透させてこの現象を作っているんで。沈める物の重さや大きさに比例しますかね。浸透させた魔力を地下へと下げていくんですよ。そうすると少しづつ魔力で土が変化した部分だけこうして柔らかくなって、そんでそこに入っている物の重さで自然と沈んでいくみたいな?」
そこで小石を師匠は手に取って俺の教えた事を実践しようとし始めた。
地面に手を付いて俺の教えたイメージを魔力と共に流し始めたのだろう。
師匠の額には汗がにじんでいた。凄い集中力である。
そして十秒も立たないうちに小石は地面へとちょっとずつ沈んでいく。
「おー、スゴイっすね師匠。いきなり成功とか。伊達に宮廷魔法使いはしていなかったと。」
俺のこの言葉に師匠はピクリと反応し手を地面から離してしまう。
「嫌な事を思い出させるからその話はしないでくれ。あそこはどいつもこいつも腐った奴らばかりでウンザリして辞めたんだ。」
どうやら貴族の絡む仕事場でのそう言ったお決まりのパターンに師匠は嫌気がさして脱出したらしい。
こうして食休みを終えてとうとうバルトンの所へ殴り込みに行く準備を整える。
「じゃあ、ちょっと離れていてください。先ずはクスイの店の裏に繋げますから。挨拶していきましょう。」
そして俺は手を水平に上げて魔力を放出する。どんどんとソレは黒い様な紫の様な、そんな色をした円形で平面な魔力を形成していく。
「はい、じゃあ繋がりましたから、ここに入ってください。俺が先に入るとコレ消えちゃうんで。」
「・・・エンドウ、コレは一体なんだ?お前は何を作り出したんだ?入れだと?・・・ここにか?」
「えーと、早いトコ入ってくれませんかね?コレを維持し続けるのに結構な魔力を使うんで。あ、先が見えないから不安ですか?じゃあ少し広げますね。コレで良いですか?」
穴が広がり、その魔力の渦の中心から別の場所が見えていた。
「見覚えがある・・・確かにクスイの店の裏だな・・・どうすればこんなマネができる?どういった想像をお前の頭はしているんだ・・・まるで・・・これでは・・・」
「あの?後で説明はしますんで早い所行ってくれません?魔法使いは想像力と実践なんですよね?なら体験してください。早いトコ。しんどいんですがねいい加減。」
これに覚悟を決めたのか師匠はその穴へと一歩を踏み込んで一気に飛び込んだ。
それに続いて石の棺に入れたままの暗殺者を軽々と持ち上げてポイとその穴に放り込む。
その時にこいつは「へへへ俺は夢を見ているんだ」と遠い目をしていたが俺はそれ気にしない事にした。
最後に俺がその穴に入る。こうして全員無事、クスイの店の裏に到着だ。
「本当に私は・・・魔法とはこれほどまでに無限の力を秘めているのか・・・私は何も知らなかった・・・これまでの人生は一体・・・」
呆然自失と言った具合に完全に自分を見失っている師匠。
そして精神が壊れかけている暗殺者は「ははは」と引き攣った笑顔が張り付いて変えられなくなっている様子だ。
もちろんこの魔法はかの誰もが知るドラちゃんのどこでも行けるドアをヒントにしたものだ。
しかし、その捉え方は空想科学とファンタジーを混ぜたと言った感じだ。森のあの場所とこの店の裏を魔法で繋げるイメージなのだ。
森のあの場所を小部屋として考え、その「壁」に魔力で穴を開ける。
店の裏までの距離はその壁の厚さだ。空間という「壁」そこに魔力で穴を開けて直接店の裏とくっ付ける。
そしてそこを通れば離れた距離をそのままショートカットで辿り着けると言った具合に。
だからコレ、距離が空いていればいる程に魔力を使う。そして維持するのにも。
しかし俺の魔力量は相当なものの様でこれくらいでは枯渇しない。むしろ枯渇しなくなった。
魔力を使い慣れ始めるとドンドンと省エネを覚え、そしてそうやって省エネしつつも魔力を使い続けたらあれよあれよと魔力容量が上がっていった。
それが本当にどうした理屈なのかは分からない。しかし、あって困るモノでは無いので工夫をして今も常時省エネと魔力使用を継続中である。
それは体温を一定に保つ魔法を使用中なのだ。これを使い続ければ寒い所も暑い所も何処に行っても快適に居られるのだ。
あの森の中は朝は冷え込み、昼はそんなに気温も上がらず、夜は寒い位だったのでこの魔法にはお世話になっている。
なので今も俺の魔力量は僅かにながらも上がり続けている。
そんな事を師匠に説明する。地面に俺の頭の中のイメージを書いて補足しながら。
「エンドウ、私はお前を賢者と認定する。これほどの事が実現できる存在は今までに居たためしはない。むしろ、こんな発想は誰もが思いつかない代物だ。この発想自体に白金貨何百枚の価値がある。それを生み出したお前の頭脳はもう私にははかり知れん・・・」
この言葉の後に師匠は突然頭を下げた。
「私にその賢者の知恵の一部だけでも伝授して頂けないだろうか?どうか、この通り。」
年上、しかも遥か自分より上の人にマジになって頭を下げられる事は勘弁である。やりづらい。
しかし、俺の中身は本来六十の爺である。これに今更どぎまぎすることは無い。
「良いですよ。あ、最初に言ったんですけど、この街でそう言った修行とかするのって不味いからあの森でお願いしますね。それと、期限は一年間。師匠にはこの世界での一般常識を教えてもらいたいです。そうですね、お互いに与えあえるものがあるから対等で居ましょうよ。頭を上げてください。」
「こんなにも劣る私をまだ師匠と呼んでくれるか・・・分かった。互いに精進しよう。よろしく頼む。」
こうして正式に俺と師匠は契約を結ぶ。とは言っても俺が師匠に教えられる事は何があるだろうか?と少し悩む。
「そうだな、こうしてはいられない。先ずは目先の問題を解決しなければオチオチ修行にも身を入れられんな。」
そうして師匠は気持ちを切り替えてバルトンの問題を口にする。
だけどまだ俺は頭を悩ませる。俺の教えられそうなものは魔法で再現できることに、空想科学もできると言うのがマズイのだ。
(コレは教えるにしても色々と考えないといけないぞ?)
内心ヒヤヒヤし始めた俺はもうこの事であまり悩むのを止めた。
自由に生きる。しかもこの世界のしがらみを無視して。そう言った事を心の中心に置いたのだ。心配は俺のする所では無い。
こうして俺は石の棺を一先ず放っておいてクスイへ挨拶をする為に店のドアを開けた。
「ごめんくださーい。お久しぶりです。遠藤です。ご無沙汰しておりました。」
「おお!エンドウ、お久しぶりですな。いきなり見なくなって心配しましたが、どうしていたんです?」
クスイには詳しい説明をしていない。だから俺がいきなり消えて、またこうしていきなり姿を見せるのはこちらも少々申し訳なく思った。
「これには深い訳がありまして。話してしまうとクスイにも迷惑がかかると分かっていたので。突然ではあったんですけど何の別れもせずに消息を絶っていたんです。すいませんでした。そして心配して頂けていたようで有難うございます。」
「そうでしたか。私は御存じの通り何の力も無い商人ですからね。そのお心遣いはありがたい。」
クスイは自分の身の丈を知っている。そこから大きく出しゃばるような事はせず、しかし過少な言動もすることは無い。等身大な商売人と言う所だろう。
迷惑がかかる、その言葉に俺が姿を消していた二か月間と言う長さが加わってクスイの頭の中では計算がすぐになされたのだろう。自分如きには何の力にもなれない事案だったと。
だからクスイはここで「水臭い」などとは言わないのだろう。
命の恩人に対してその恩返しをする。それはクスイの中でも結構優先順位は高い物のはずだ。しかしここではそのような事を一切前に出していない。
それは自分でできる事とできない事がキッチリと分けてあるからなのでは無いだろうか?
まあそもそも「水臭い」と言う意味の言葉がこちらの世界に無いだけかもしれないが。
こちらの言語を日本語で勝手に翻訳・解釈できている時点で何かと勘違いをしてしまいそうになるが、ここは元居た自分の世界とは全く違う世界だ。
言葉の壁はあるはずだ。後にそう言った事ですれ違いが起きて取り返しのつかない事が起きる可能性もある。お互いに言葉の勘違いをして。
「後でこちらに買い物をしに来ます。かなりアレコレ買っていくと思いますから。その時に宜しくお願いしますね。」
「おや?今からでは無くですか?どこかに先にお出かけで?」
「ええ、ちょっと重要な案件を片付けに。」
俺はそう言って挨拶を済ませる。師匠はそれに続いて言葉を繋げる。
「クスイ、すまんが私たちはこれから森に籠るのだ。そこら辺の用意をお願いする。」
「ムム?マクリール殿、少々丸くなられたかね?どういう気の変わりようだ?」
「クスイよ・・・私がどれだけ小さい存在なのか、エンドウと出会い気付けたのだ。この出会いは私の今までの過ごしてきた人生の何百倍もの価値がある。それが原因だろう。素直になる事を覚えたよ、私は。」
「何があったかは、聞かない方がいいのかね?でも、そいつはあんたにとって相当良かった事だと言うのは分かったよ。じゃあ、道具や食料、それと他にアレコレ用意しておく。」
「あぁ、それと、重量は気にしないでいい。なるべくアレコレどんなに細かい物でも構わん。あまり使わない、などと言う制限も要らん。思いつく物は全て用意しておいてくれ。金は私が全部払う。」
「・・・どういうつもりかは知らんが、それがエンドウへの恩返しになると言うのならば用意しておくさ。」
師匠はクスイが俺に命を助けられた事を知っているようだ。クスイが俺に師匠を紹介してくれた時にでもそういった説明をしてあったのかもしれない。
二人の会話は自然だった。そこに特に俺が横から口を出す事も無かったので何も言わない。
「じゃあ次は師匠、警察機構へ案内してくれませんか?」
話し合いを終えて店を出てすぐに俺は師匠に案内を求める。
警察と言った俺の言葉がしっかりと俺の伝えたい意味に変換されて伝わるかどうかわからない。
しかしコレは杞憂だったらしい。
「お前は何をしようと言うんだ?・・・まあ、いい。私の知り合いが勤めている場所へ行こう。信用できる数少ない私の知り合いだ。」
こうして俺と師匠は目立つ石の棺を引きずってその場所へと向かった。
もちろん他の通行人の目が俺たちに全て向いている。
ここは森の中では無いのだから当然だ。マルマルの街内の大通りである。
「・・・エンドウ、いくつか聞いておきたいのだが。いいか?」
「なんすか師匠?良いっすよ。で何が聞きたいですか?俺で答えられるモノなら何でもいいっすよ。」
「そのような重量物を何故お前は運ぶ事ができる?どうすればそんな真似が?」
俺は石の棺、それこそ中に大の大人を一人入れた状態の物を担いでいる。
「そうですね、魔力を使ってますね。えーと、筋肉の補助に魔力を使ってます。」
筋組織というモノは限界を超えると断裂する。それがよりもっと太い筋繊維になって回復して筋肉量は上がり、以前よりももっと重い物が持てるようになっていく。
しかし、筋繊維などよりももっと強力で頑強で柔軟性があり、かつ断裂などしない物が筋肉の代わりにできれば?
それは要するに魔法の力でそれを実現するのだ。自分の身体、その使う筋肉の部分に、それこそ全身の筋肉に魔力を纏わせる。
そして自身の筋力の代わりに魔力で再現されたソレが代わりに重量物を持ち上げられる存在として作用する。
魔力がパワードアーマーの代わりになる。
それを今俺はしているわけだ。そこら辺を拙いながらも師匠に分かり易くなるように考えて説明していく。
「ありがとうエンドウ。理解はした。それを私が実践できるかはまだ未知数だな。それと、お前はあの森で今までその着ている服で過ごしていたのだろう?ならば、何故そんなに綺麗なままなんだ?どこをどう見ても、ほつれも、破れも、汚れも見当たらん。」
「あ、コレもまあ魔法ですね。表面をコーティングしてあります。」
汚れはそもそも繊維の中に浸透し、それが定着してしまうから起きる。
ならば最初から服の繊維に浸透しなければいい。なので俺は服の表面に魔力を纏わせている。
繊維に着く前に魔力の膜に汚れが付いている訳で、それは軽く叩くか、軽く拭き取るだけで汚れが落とせる。
こうして俺は服を汚れから守り、いつまでもあの森で着ていられた訳だ。
もちろんこの魔力のコーティングは服の保存にも役立つ。この魔力のコーティングはそこそこ強力だ。
いきなりナイフで斬りかかられても生地は斬れない。もちろん魔力コーティングが受け止めてしまうから服に直接、刃が届いたりしないのだ。
そう言ったわけであの森の中でこのスーツを着たまま走り回っても汚れもほつれも破れも無く着ていられたと言う訳だ。
コレは体温調節で使用している魔力と並列して行っている。筋力の方も同じだ。
では何故これだけの事を俺の頭一つだけで処理できているのかと言うと、思考する部分を脳内で増やしたからだ。
森の中では考える事が多かった。超高性能脳内レーダーがもたらす超高密度情報に頭がパンクしかけた時があり、その時にホンの僅かに思い描いた事。
それは自分の脳内にもっと情報処理機能を増やしたいと言った思いつきだった。
脳内にスーパーコンピューターをイメージする。それがどういったものであるかは細部まで詳しい事を知っている専門家では無い俺には実現しようが無かったはずな代物だろう。
しかし、イメージだけでこの世界の魔法とやらは再現してしまう。再現できてしまう。
そうして俺の頭の中に情報処理能力に特化したもう一つの脳が誕生した。
人の脳とは常時全てが使われている訳では無く眠っているとされており、そのポテンシャルを余す所無く発揮している訳では無い。
しかし、それがもし使う事ができたなら人の脳というモノはスーパーコンピューター並みらしいと言う事は知識に在った。
この世界に来てこの未知の力「魔法」とやらでそれを俺は今実現できているという訳だ。
本当にこの事は恐ろしい事である。何せこれができている存在は元居た世界とこちらの世界と両方を合わせてもおそらく俺一人だろうと考えられるからだ。
そしてスーパーコンピューター並みの脳を持つ事ができたとしても俺の人間性はそこまで御高尚なモノに変わった訳では無いのだ。
宝の持ち腐れと言っても過言ではない。むしろ、ソレだけの脳を持ったら人は本当の所の「悟り」を開けるはずである。
しかし俺は何も変わらなかった。思考も心の在り様も何もかも。だからこれに俺は不信感を募らせていた。
(人は何処まで行っても人でしか無く、それ以上にはなれないんだろうし、そこから逃げ出す事もできないんだろうよ)
神だの、仏様だの、お釈迦様だの、極楽浄土だの、解脱だのと言うけれど、人とは所詮は変わらないのだろう。
こうして俺はあの森の中で大きく変わった。変わらない部分もあった。そんなこんなで今の自分がある。
「魔力で表面を防御するのか。ふむ、そう言った事は確かに魔力付与をした盾や鎧など、武器もそうだな。そう言った事に使用されてはいるが、普段着ている服にもと言う発想は無かったな。コレもまた賢者の知恵と言う所か。それでも皇族などの着ている服には防御を重視した魔法が掛けられている物も珍しくはないので、そう言った観点から見ると今までその発想に至らなかったのは何故なのか?」
などと師匠が悩み始めようと言った所でどうやら目的地に着いたようだ。
「すまない、所長を呼んでくれないか?マクリールが来たと言えばわかる。」
そう師匠は入り口に立っていた警備しているのであろう兵士に向かってお願いをした。
建物の入り口その両側に立っていた兵は二人、どちらかが中に入って呼んできてくれるかと思えば返って来た返事は当たり前な言葉だった。
「怪しい奴!そこを動くな!なんだ、それは!お前らは一体ここに何しに来た!そんな物をここに持ってきやがって!・・・どうやって持ってきた?ん?オイ、何でそんな重量物をお前だけしか・・・え?」
それとかそんな物と言うのは石棺の事だろう。そしてソレを軽々と持ち上げてブラブラさせたり軽く振ったりしている俺を見てオカシイと警備兵はやっと思い始めたようだ。
この警備兵の口にした事は何もおかしくない。何処からどう見ても俺たちはアヤシイ奴なのだから。
ここでもう一度師匠は同じお願いをする。
「マクリールが来たと所長に伝えてくれ。重要な案件があると。そう付け加えて。」
「・・・マクリール?あの?元宮廷魔法使いの?し!失礼しました!只今呼んでまいります!」
どうやら二回目は上手く行ったらしい。そして師匠は結構有名人のようだ。
「師匠、有名人じゃ無いですか。ここの所長とはどういったご関係で?」
「エンドウ・・・ニヤニヤするのは止めてくれ。お前がここに用があると言ったんじゃ無かったのか?」
師匠のこの返しに俺は揶揄うのを止める。
「これからぶっ潰しに行くのにちゃんと裏を固めておかないと面倒でしょ?事が終わったらここでちょっとの間匿って貰うつもりなんですから。」
「おい、エンドウいきなり潰すとはどういう訳だ・・・」
「おう!お前は相変わらず湿気た面してやがってよ!いきなり訪ねてきやがって!今日は雪でも振るのか?あぁん?」
と、ここで出てきたのはどこの極道様ですかと言わんばかりの大男。
スキンヘッドに右目元から頬を通り顎先ににまで走る傷痕。ここはヤクザ事務所かと間違えそうになりかけた俺の思考。
豪快な見た目と豪快な声音。筋肉はムキムキで着ている服が今にもはち切れそうな警察機構の所長がこちらにノシノシと歩み寄ってくる。
「久しいな、ゴクロム。早速だが、話がしたい。」
「おう!お前が来るって事は相当な問題なんだろ?俺の力に頼らなけりゃいけない位にな!」
「いや、正確に言うと話があるのは私では無く、エンドウの方だ。」
師匠が俺を指さす。その指の先を辿ってゴクロムは俺を睨んだ。
その迫力はすさまじく、俺の遥か後方にいた猫らしき動物が「しゃー!」と警戒の声を上げたかと思うと次には「にゃうん・・・」と弱弱しい声を上げて一目散に逃げだしたほどだ。
睨んだだけなのに何か物理的作用を発する正体不明のエネルギーでも出ているのでは?と俺はそれを疑いそうになった。
そんなド迫力に動じない俺を見てゴクロムは睨んでいた表情を今度はニカッ!とした笑顔に変えて笑い始めた。
「こいつは何とも計り知れないお客様だぜ!はっはっはっはっは!おう、入れ入れ!面白くなってきたじゃねーか!最近は退屈でよ!なんも変わらん書類仕事ばかりでくたびれてたんだ!」
こうして応接間らしき部屋へと所長自ら案内してもらった。
もちろん暗殺者の入った石の棺も一緒だ。ただし、顔の部分は蓋をして閉じてある。もちろん空気穴は確保してあるので中の奴は窒息死なんてしない。
「さて、何を話してくれるんだ?事と次第によっちゃ俺直々にお前らを逮捕せにゃならんから、面白くない冗談は要らんぜ?」
ソファーにドカッと座り、そう先ずは先制口撃を仕掛けてきたゴクロム。
コレは要するに単刀直入で話せと言うやつだろう。見た目通りの人物で間違いが無さそうだ。
「師匠が命を狙われました。確実に殺す気だったようで。それに俺が巻き込まれた形です。殺し屋はこの中に閉じ込めてあります。自白も取りました。犯人はバルトンだそうです。これから報復に行きます。」
「おい!エンドウ!・・・はぁ・・・もう、既に遅いか。聞いた通りだ。・・・ゴクロム?」
俺の言葉を聞いて俯き、プルプルと震え出しているゴクロム。
しかし次の瞬間、彼はこの部屋、だけでなく外まで聞こえそうな大声で大爆笑し始めた。
「ギャハハハハは!!お、お、お、お前が弟子を取っただとぉ!?あんな自分の事しか考えてなかったあの堅物馬鹿にかぁ!?あっはっはっはっは!おいおい!しかも命を狙われてしかも確実に暗殺されるだろう戦力!?そりゃあれだろ?「影の軍」かぁ?あひひひひひ!腹がいてぇ!笑い死ぬわ!」
師匠の知り合いはオカシナ人物なのですか?そう目で俺は師匠に聞いてみる。
人とは時に言葉などよりもよっぽど目を見ればわかる事もあったりする。
この俺の言った事のどこにこれだけ笑う事の出来る要素があったのだろうか?
人の笑いのツボと言うのは本当に複雑怪奇である。そして師匠の答えとは「スマン」の謝罪の目であった。
一通り笑い満足したのか息を整え始めたゴクロムはまだ追加で言いたい事が有るらしく、言葉を続けた。
「影の軍をとっ捕まえたとか言うのはエンドウって餓鬼でいいのか?しかも自白までか。信じられんな。しかし、マクリールが嘘を許すはずも無いし、嘘を言う事も無い。だが、証拠を見せてくれ。」
マジな顔つきになり迫力が最初に見た時より二倍三倍に膨れ上がったゴクロム。
「あー、暗殺者は三人だったんですよ。それで、ですね。コイツ残して二人は始末して証拠も出さない様に沈めちゃいまして。ダメでしたかね?」
俺は別に悪いとは思っていない。ここでダメでしたと言われても「はぁそうでしたか」と流す。
ここは先に俺が言っておきたい事を言う。ゴクロムの聞きたい事、知りたい事に俺は答えない。
「お前、舐めてんのか?もう一度言うぞ?証拠を、見せてくれ。」
一層ゴクロムの圧は上がるが、俺は別に何ともない。それを何とも思わない。
目の前の顔の怖いオッサンがドスの効いた声音で幾ら訊ねてきても俺には届かない。
そもそも俺にはこのオッサンが、ゴクロムが怖くないのだから。
そしてここでもゴクロムの証拠見せろ発言に取り合わない。
「バルトンの犯行の動機は師匠が気に入らなかったから、と言うくだらない理由だったんですけど。ぶっちゃけこっちは被害者だし、しかもいきなり殺そうとするのに暗殺者なんて送ってくるバカですし、報復措置取っていいですよね?って言うか、何と言われようとバルトンはぶっ潰して死にたくなる程の後悔をさせてやりますけど。」
我慢強い方なのだろう。ゴクロムは額に青筋を浮かべる程になっている。
「いい加減にしねえか。もう最後だ。証拠を、見せろ。」
まだ続けるらしい。証拠、これが無ければ話は進まない。そう言っているのだろう。
なのでやっとここで俺は石棺の一部を暗殺者の顔がはっきりと分かるだけ開いた。
これに即座にソファーから立ち上がって顔検分をし始めるゴクロム。暗殺者の方と言えばゴクロムの圧で青い顔になり固まっている。
やっとここで息を吐いて圧力を下げたゴクロムはまたソファーに座る。しかし、今度はゆっくりと。
「確認されている影の軍の一人だ、こいつは。こうしてこいつがここに居る事でお前さんが捕まえた証拠として認める。で、だ、自白だ。百歩譲ってソレが真実だとしよう。それで、バルトンに突っ込むのか?ソレが嘘の可能性は?どうした所でソレだけでは不確か過ぎる。」
自白した事自体は認めると、しかしその内容はこちらに偽の情報を掴ませたのでは無いのか?と言った事を言いたいらしい。
これには俺も納得する。言いたい事は分かった。しかし、俺がこの暗殺者にかけた魔法はそんなウソを吐かせる余裕を持たせる事など無い。
それを知らないからゴクロムはそんな事を口に出さねばならなかったのだ。だけどその辺の事情はこちらには関係無い。
「俺がバルトンを潰した後にこちらの兵を総動員して「探し物」をしてください。一応バルトンがその時に居る場所を俺は潰しますので、その後は関連する箇所を怒涛の勢いでそっちがやってください。言いたい事はソレだけです。」
「お前は、あくまでも報復は個人ですると言いてぇんだな?その上で、俺たちを利用して、後ろ盾に使いたいと。バルトン個人をピンポイントで報復として潰す、と。俺たちゃソレにかこつけて他の怪しい所も潰しまわって証拠を奪い取れってか?まるで盗賊か何かと間違えてねえか?ここをよ。」
「ゴクロム、そんな事を言っておきながらお前、その顔は何だ?」
師匠はこれに突っ込んだ。なにせゴクロムはものすごく嬉しそうな表情で超絶悪い顔になっていたからだ。
「へっへっへ。コレで俺が責任を以て今の立場を辞めれるってもんだ。こういうのを待ってたんだ。ひゃひゃひゃひゃ。つくづくここの椅子は座り心地が悪くてよぉ。」
ゴクロムは今の所長と言う立場を辞めるための「言い訳」を欲していたようだ長年。
そして今その時は来た、と言った感じだろうか?求めていた「言い訳」。しかもこれ以上無い程の「完璧」なモノ。
バルトンの持つ土地、家屋にカチコミする為には理由が要る。ほんの些細な、しかし確実な何かが。
そしてソレは俺の持ってきたこの暗殺者がソレに当たるのだろう。
バルトンが雇った暗殺者、ソレだけでいい。むしろちょっとでっち上げても構わない。それ位の事を思っていたかもしれないゴクロムは。
その言い訳が「成功」しても、「失敗」でも、自分がこの今の所長の椅子に座り続ける事はできない。
責任を以て辞任いたします。事が終わった時にはこの一言で終わらせる。
自分の一存で全ての判断をした。それが良い結果に繋がろうとも、悪い結果に転がろうとも、所長の椅子から尻を上げてもう二度と座らない。それだけの事でこの突撃作戦が決行できる。
尻尾を掴ませない巨悪に、自分ただ一人のちっぽけな存在の責任問題だけで致命的打撃、むしろ息の根を止められる機会。
椅子の座り心地が悪かった、それはきっと小さい証拠はいくつも集まっていたのに今一歩踏み出せないでいた事を言っているのだろう。
ゴクロムの「ソレ」は組織の構成する人間の一人として血気にはやり過ぎている行動だろう。
だけど彼にはそんな事はお構い無し。コレは溜まった鬱憤を晴らすための、そして一世一代の大仕事。
「あの小悪党と来た日にゃよ、このマルマルの都市長選挙に出るじゃねえか!あいつが当選したら手も足も出なくなっちまう所だったんだ。これが喜ばずにいられるか!ってな!」
「じゃあ俺たちはもう行きますね。ゆっくり行く気ですから。今すぐに準備しておいた方がいいですよ。ですけど今日中にはやりますのでお早めに。あ、こいつはこのまま置いて行きますね。どうします?こいつに「聞かれた事に全て答える」魔法かけていきますか?」
「や、やめてくれ・・・ソレだけは!ソレだけはもう勘弁してくれ!止めてくれぇぇぇえ!」
俺は手の平を暗殺者の額に近づける。すると暗殺者はよっぽどアノ魔法が嫌だったのか鼻水や涙をダバダバ垂れ流して懇願してきた。
「おい、お前どうしたらあの影の軍の構成員をここまでに追い詰められるんだ?今度教えてくれ。がっはっはっは!」
「じゃあ、かけないで行ってやるから、そのかわり何でもちゃんと質問に答えてやるんだぞ?いいな?もし俺が戻って来て素直に話そうとしなかった、なんて聞いた時には魔法かけるからそのつもりで。」
俺は散々暗殺者に脅しをかけてから警察所?を後にした。
ちなみにこの俺の脅しに師匠は暗殺者に憐れみの視線をチラリと送るだけだった。