どうやら狙われるらしいです
一体どうすればこんな状況になるのだろうか?空から今のメリアリネスのピンチを眺める。
「まあ、一日目は何も無かったからイイさ。でも?何で二日目にしていきなりこれなんだよ?」
十五名の野盗?盗賊?どうにもそんな奴らに早速行く手を塞がれているのだ。まだ接敵と言える程の距離では無いが、しかし一触即発と言えなくも無い近さである。
一日目は順調だった。一つ町に入ってそこで馬を変えてまた即座に出発、その日の夜は野営だった。
「いや、そこはそれで良いんだけどさー?俺、馬って言ったら普通に、ねぇ?」
俺はそもそも今よりも昨日の方がびっくりした事がある。こちらの国で「馬」と言ったらその姿はと言うと。
「ダチョウが二連結したみたいな魔物が居るとか?そっちの方が俺にはビックリだったんだけど?」
メリアリネスが襲われている今の状況の方よりも、そっちのインパクトの方が余りにも強過ぎて俺の中では未だに現実感が戻って来ていない。馬と言ったらこちらの国ではそんな魔物に乗るのである。
とは言っても今の現状を放っておく訳にもいかないので手助けをする。敵が突撃してきてメリアリネスたちと乱戦になると面倒だ。
練習を兼ねて以前に見ている「ファイアーボール」の魔法を真似て敵さんどもの目の前にぶち込んでみる。
その結果は失敗と言って良いだろう。いや、成功か?
威力の方で言うと「出過ぎている」ので失敗だ。しかしメリアリネスの手助けと言う面で言うと成功だろうか?
十五名の内の十三名がこれに直撃はしていないが、しかし爆発の余波で吹っ飛んだ。5mくらい。
まあ目の前で強力な爆発が起こったのだから、その衝撃で人を気絶させるに充分だった。と言うか、下手すると死んでる。
敵は横に広がって道を塞ぐ様に並んでいたので両端に居た者たち、その二名だけが多少は爆発から遠かったのでその威力が減衰したものであった。なのでこの二名だけが気絶を免れていた。
これは助かったと言えるのか?いや、そうでも無い。恐らくは耳が駄目になっているだろうきっと。
爆発と言うのは音も脅威だ。強大な爆音は鼓膜を破壊、或いは麻痺させて聴覚を使い物にさせなくする。
そしてその予想は当たっていた。その二名は耳を抑えて地面でのたうち回っている。
「・・・あー、メリアリネスの方もこの爆発で放心状態になってやがるな。さて、どうしたもんか?」
メリアリネスの方はファイアーボールの爆発地点からソコソコに遠い。なので余波は深刻では無かった模様だ。
それでもいきなり何処からともなく飛んできた火の玉が目の前で爆発したら呆気に取られるのは当たり前だろう。
ここで声を掛けようか迷った。俺は昨日メリアリネスに話しかけたりはしていないかった。帰還する事に集中させた方が良いだろうと気を使ったのだ。
このまま俺としては城に到着して王様にメリアリネスが報告をするその時までは一言も話し掛けないでいようと考えていたのだが。
「しょうがない。おい、メリアリネス、捕縛するなり、殺すなり、情報を得る為に拷問するなり、無視するなりしろよ。時間が勿体無い。」
当然俺はメリアリネスだけにしか聞こえない様に魔法を使って言葉を届ける。
ここでようやっとメリアリネスだけが気を持ち直した。そしてキョロキョロと左右前後上下を見渡している。どうせ俺の姿を探しているんだろう。
だけどもその姿が見えないと分かるとメリアリネスは「奴らを無視して先に進むぞ!」と声を張り上げて馬を走らせる。
それに置いて行かれない様にと慌てて護衛とアーシスも馬を走り出させた。
「俺が付いて行っているってのがバレても別に問題じゃ無いんだよなあ。俺がメリアリネスを助けたって言う事実が後で変に問題にならなけりゃ良いんだけど。それにしても・・・」
メリアリネスには一応は無事に城に到着して報告をして貰わねばならない俺としても。
なので「7対15」と言った不利な数の戦いに突入する前に俺がほぼ片付けてしまったが。
この襲ってきた奴ら、随分とその装備している武具が綺麗だ。しかも全員がお揃いである。整い過ぎているのだ。
こうなるとこいつらは欺瞞工作と見て間違い無いだろう。しかも随分と以前から準備されていた、用意されていた計画的なモノだと見て良い。
メリアリネスの排除、しかもこうなると「生死問わず」と言った非道な、手段を選ばないと言う形である。
待ち伏せ、しかも犯罪者が襲った様に見せかける為の偽装である。
「どう言う訳なんだか。政治的なもの?それとも怨恨?もしくは嫉妬に狂って?ちょっと正気じゃ無いねぇ。」
やってきた事が寄りにもよって「野盗に見せかけて」の襲撃である。実に汚い。
「おいおい、まさかこの先も繰り返しこんなのが出て来るってのか?」
考えてみれば襲撃が今回だけと言うのは楽観的過ぎだ。そうなると後何回襲撃されるのか?
こればっかりは今考えても仕方が無い事なので諦めて俺もメリアリネスの後を追った。
その後は順調に進んで一行は町の宿に泊まるらしかった。どうやら予想していなかった襲撃の件で話し合いを設けるつもりらしい。
メリアリネスの泊る部屋に全員が集まって立ち塞がって来た者たちの事を話し始める。
「お前たちはアレをどう考える?一瞥しただけでも奴らの武具は質の良いモノだった。それを野盗があれだけの数を揃えられるはずは無いだろう。刺客と見て間違いないと思うのだが、どうだ?」
このメリアリネスの言葉に全員が頷く。どうやら意見は一致している様だ。
「ならば突然決めた今回の少数での緊急帰還に奴らが待ち伏せていたのは?これは不自然過ぎる。」
メリアリネスが即時帰還する伝令を出しているので城にその情報は行っているだろう。だがタイミングとしてはそれでも距離的に間に合わない位置での待ち伏せ。
城に知らせが到着してからの派遣では襲撃した位置的にも、装備の準備的にも時間が足りないはず。
即興で決められた襲撃計画では無いだろう。既にかなり以前から準備は終わっていてずっと待ち伏せをしていたはずだ。
「本来であればこんなにも早く戻って来る予定では無かった。そして戻って来たとしても首都に戻るのは行軍訓練に同行する形だったのだ。しかしこの中央街道を最短で少数にて帰還する事は緊急時の際の対応としては計画に組んであったのは確かだ。コレに敵は「あわよくば」と思って、もしかしたら前々から私の命を狙う機会を逃さぬ為に中央街道に刺客をずっと配置させていたのかもしれん。」
メリアリネスはこれに続けて「気の長い、偶然に頼った馬鹿げたやり方だ」と断じる。しかしメリアリネスは小さくフッと笑って続きを話す。
「そんな下らない愚かな策に私たちはまんまと嵌ってしまったのだがな。さて、では、皆に話しておかねばならん事がもう一つある。あの炎撃弾の事だ。」
どうやらファイアーボールの話をするらしい。メリアリネスは真剣な表情で全員の顔を睨む。
「絶対に、敵対してはならないとコレで皆は理解できたな?アレは「例の人物」の助太刀だ。我が国がその者ともし敵同士となったら、あの馬鹿げた威力の炎撃弾が国に向けられて撃ち込まれると言う事だ。そしてその者がこの炎撃弾を何発撃てるのかは未知数だ。」
メリアリネスの脅しがどうやら効いたのか、全員が喉をごくりと鳴らして唾を飲む。どうやら俺の事は出発前にメンバー全員に事前に説明をしていた様だ。
「助けてくれたから味方だ、と思ってはならない。もしその人物の機嫌を私たちが損ねる様な事をしたら?あの炎撃弾が私たちに向けられ撃ち出されるかもしれんのだ。・・・その時には我々がどの様な姿に変わるかなど簡単に想像できるだろう?」
迂闊な事もするな、侮辱する言葉を吐くな、そう言い聞かせる様にしてメリアリネスは全員を脅している。
「襲撃者との距離がかなり離れていたからこそ助かった、あれがお構いなしに乱戦の中に撃ち込まれていれば?」
そうなったら「お終い」だとメリアリネスは護衛たちに言い聞かせた。そしてその後は少しだけ沈黙してから口を開いた。
「・・・そして、エンドウ殿、恐らくは、この部屋の中に居るのだろう?居るのならばその存在を示してくれるか?」
メリアリネスには見抜かれていた。そう、俺はこの部屋に居るのだ。魔法で姿を消したままである。
今後の動きを話し合うのだろうと思って俺もソレを聞いておいた方が良いと考えて部屋に一緒に忍び込んだのだが。
(さて、じゃあ求めに応じましょうかね)
本当はこのままバレずに部屋から出て行くつもりだったのだが。しかし俺は観念してテーブルを二度ほど「こんこん」と指先で叩いた。
コレに即座に動いたのは護衛の五人。メリアリネスはどうやら精鋭中の精鋭を選んだらしい。
剣を即座に抜いてこちらに切っ先を向けて構えている。その動きは素早かった。しかしその視線は俺を捉えていない。
何も無い所から音がした事でそちらに目を向けているだけ。俺は魔法で姿が見えない状態なので俺の事をハッキリと認識はできていないのだ。
警戒、護衛として鍛えてきた反射行動と言った感じである。
「お前たち、剣を収めなさい。彼の機嫌を損ねる恐れがある。消し炭になりたく無ければ早く仕舞いなさい。」
先程の会話の内容を直ぐに思い出したのか護衛は剣を即座にしまう。その表情は硬い。
「私が言った事でしたが、無駄に驚かせてしまいました。・・・さて、エンドウ殿。今後のお話をしたいと思います。姿を見せては貰えませんか?」
「別に俺はあれ位で機嫌を悪くはしないけどね。とは言っても余り悪意を向けられれば嫌な気分にくらいはなるけど。」
俺は魔法を解除して姿を見せる。恐らく向こうには突然「ぱっ」と俺が現れた様に見えただろう。
もう少しだけ「徐々に姿が見えてくる」と言った演出にした方が良かったか。
メリアリネス以外の全員が息を止めて目を見開いている。驚かせ過ぎたかもしれない。
「さて、では続きを。エンドウ殿、私の事をどうやら城に上がる前に始末したい者が居る様だ。しかも中々執拗で、執念深く、気が長い者であるらしい。そんな者の恨みを買った心当たりが私には無いのだが。このままだとまだもう一度、或いは二度、襲撃があってもおかしく無いと私は思う。エンドウ殿はどう考えているだろうか?」
「そもそもこのまま城に無事辿り着いても軍を辞めさせられそうだし、そうで無くても刺客が来て殺されちゃうかもって、どれだけなのよ?この国、何処まで腐ってるの?」
俺のこの発言に少しばかり思う所があるのか?護衛もアーシスも顔を顰める。メリアリネスは溜息を吐き出してから呆れを含んだ笑い顔になる。
「おそらくはその腐った者たちがこのままだとエンドウ殿を「茶番」だとせずに正式に「魔王」と決めてしまうでしょう。脅威である、排除すべき、と。貴方がどれ程の力を持つ存在なのかを知りもしようとせずに。」
どうやらメリアリネスはこの度の事で心底国を見捨てた感じである。
これ以前からもきっと色々と問題があったのかもしれない。そして堪忍袋の緒が切れた、と。
「もう私は恥も外聞も気にしません。エンドウ殿、助けては頂けないだろうか?」
「いきなり助けろって言われても、何処からどこら辺までの事を言ってるんだ?別にソレは良いんだけど、ちゃんと決着はどうするか考えてある?」
俺に助けを求めるメリアリネスをアーシスが思い止まる様に言う。
「お姉さま!こ奴を頼るのですか!?我々では力不足と!?」
この言葉にメリアリネスは何も返さない。しかしコレが答えなんだろう。アーシスはこのメリアリネスの態度にショックを受けた顔になって固まった。
「報酬は私のできるだけをお支払いしよう。全財産を払えと言うのであればソレを差し出す覚悟もある。」
ここで俺は「そう言えば」と言った感じで今の事とは全く関係無い事に思考が飛ぶ。
(俺が金を稼ごうと思うと大抵は自重せずにでっかい事して大金稼いでるなぁ。しかもそういう時は毎度の事、国が絡んできたりするんだよなぁ・・・)
傭兵組合からまだ例の「ワニ」の素材の金額を受け取っていない。
しかもどうにも国から使者が来ていて俺に面会をしようとしていたと言った事もある。
魔物の素材を売るにしても余りにも非常識に大量に買取をお願いし過ぎたと今なら反省できる。
しかしその当時はインベントリの中身を整理できると思ってちょっとそこら辺を気にし無さ過ぎた。馬鹿である。
毎度似た様な流れでややこしい事や面倒な事を引き寄せているのに、過ちをこれから後何回俺は繰り返せば学習するのだろうか?
「毒を食らわば皿まで?あ、使い方間違ってるか?まあ、良いか。もうここまで来ると無視も放置もできんしなぁ、心情的にも。」
もうここまで来てしまうと後戻りと言った事も考えられない。ここでメリアリネスに肩入れしておいた方がどうにも今後の都合にも良さそうだと言うのもある。
「分かった。それじゃあ早速調べるか。」
俺は腹を決めて魔力ソナーをこの宿隅々まで広げて異常が無いかを確認してみる。
「この宿には不審な動きをする奴はいないらしい。それじゃあ次はこの町全体だな。・・・あー、この宿をそこの窓から見える通り、分かる?そこの建物の陰からチラチラこっちを窺ってる奴が居るな。ついでにそいつらの仲間だろう奴らが、あー、六人か。その背後に居るね。」
この俺の発言にメリアリネス以外が不信な目を向けて来ていた。まあ直ぐに信じろとは言わない。敵とも、味方ともまだ言えない様な疑っている相手の言葉など信用に足りないのだから。
特にアーシスはじっとこちらを睨んだままだ。俺はどうやら随分と嫌われているらしい。
そこで護衛の一人が静かに窓の側に寄る。そしてパッといきなり窓を開けて外に顔を出した。そして直ぐに戻って来てこう報告する。
「・・・いました。不審な動きをする者が。そいつの去って行く方向に影が私の目で四人は確認できました。」
どうやら凄く優秀らしい。一瞬で敵の確認をした様だ。しかもそこそこに正確である。
「今度は夜襲でも計画してるのかね?寝込みを襲うってか?メリアリネスだけ狙うならその位の数だと、まあ、妥当かな?」
俺はその護衛の言葉の後に続けて可能性の話を振る。するとアーシスが「きっ」とキツイ感じの視線を送って来る。何で俺を一々睨んで来るのかが解せない。
「お姉さま、我々が今日は一晩中見張りをします。お姉さまの命はこの身に代えても守って見せます!」
「いや、要らんだろ。お前ら全員グッスリ寝てて良いぞ?俺が結界張っといてやる。まあ、俺のいきなりの言葉を直ぐに信用するって事はできないだろうけどな。」
俺は即座にアーシスの言葉をひっくり返す様な事を口にする。コレに。
「バカな事を言うな!貴様に何ができると!」
アーシスはやっぱり俺の言葉に反発して来る。まあ嫌いな相手、認めていない相手から逆の言葉を飛ばされたら怒りもするかもしれない。
これにどうやら護衛たちもアーシスと同じ意見な様でこっちを睨んできている。ファイアーボールの説明をメリアリネスから受けて「敵に回すな」と話をしたばかりなのに。
これは俺が不用意に護衛たちの「覚悟」とやらを否定するかの様な言葉を言ってしまったから、らしい。いきなり「要らん」と口に出してしまったのは確かに彼らのプライドを傷つけてしまう言葉だったと俺は後から気付く。
「結界を張ると言ったのか?なら、安心だな。さて、皆、信じられないのなら彼の力をこの場でその身に受けてみると良い。私はもう不安は無い。」
ここでメリアリネスが納得をしてくれた。そして護衛たちに対して「やれるものならやってみろ」と、俺の力を試せば良いと言ってくる。
取り敢えずこのままだと話が先に進まないだろうから俺もそれに乗る。
「じゃあお試しで。ほら、アーシス、その腰のナイフで幾らでも俺に斬り掛かって良いぞ?」
俺はちょっとだけ挑発する様にアーシスに向けて「かかって来い」と言い放つ。手振りも添えて。
そうしたら一気にアーシスは激昂した。その表情が思いきり怖ろしい形相になっているのだ。
無言で腰のナイフを抜いて無言でコッチに近付いて来る。軽くホラーだ。
どうやら言葉だけで無くて手振りで「かかってこいや」とやったのが余計だったらしい。ソレで煽り耐性が低いのだろうアーシスは「プッツン」してしまった様だ。
だが悲しいかな。そのメッタメタに雑に振り回されるナイフは一向に俺に掠りもしない。
まあ当たり前だ。俺は目の前に魔力で壁を作り出している。ついでにその魔力壁にぶつかったナイフの擦過音も魔法で「消音」しているので金属が硬い物にぶつかる音すらこの場には響かない。
透明でもあるので俺の姿はキッチリと見えている。そして余りにも不自然なこの状況に護衛たちは信じられないモノでも見るかの様な顔になっている。
たっぷりと10秒、それ以上だろうか?力一杯にナイフを振り回したアーシスはどうやら疲れた様で肩で息をするくらいになっていた。
「ば、馬鹿な・・・」
幾度か息荒く呼吸をしてからアーシスは俺が無傷である事に驚きの声を上げるが。
そもそも少し冷静になればナイフ自体が俺に全くもって届いていない事は最初の一撃で分かりそうなものだが。
「さて、分かってくれたか?夜は安心して良いぞ。俺がコレをお前らの宿泊する部屋に張っておくから刺客は侵入できないからな。ぐっすりと疲れを取ったら良いさ。助けてやるよ。無事に帰還させないと俺にも都合が悪くなりそうだしな。しょうがない。見守ってるだけにしようと思っていたんだけど、こうなっちゃったらもう、なぁ?」
「宜しくお願いする。私が城に無事に着けたあかつきには、エンドウ殿の「魔王」を必ず取り下げる事を約束しよう。その時にも協力は多少お願いしても?」
「はいはい、最初からソレが目的だったからな。金は・・・まあ、要らん。自前で冒険者組合に魔物の素材を買い取りに出してるから、こっちの国の貨幣はその内ソレで手に入るだろうしな。」
「ん?旅金を持っていないのか?では今夜は何処に泊るつもりだったのだ?」
「え?いや、別に何処でだって寝れるけど?」
「んん?」
俺とメリアリネスの会話がイマイチ噛み合わない。それをアーシスも護衛たちも黙って聞いている。
「あ、もしかして結界を張ったらそれの維持に一晩中起きて側に居ないといけないとか、思ってる?いや、一度張ったら別に込めてる魔力量が充分なら一晩くらい訳無いんだが?張った後なら俺が何処に居ようが結界は維持され続けるけど?」
「え?あ?・・・そうなのか。いや、心配していたのはそうでは無くてだな?・・・うーん?」
メリアリネスはどうにも俺があの港町の爺さんから多少の金銭を受け取っていたのだと思っていたらしい。
「では宿代は私の私費で払う。今日の所はこの宿に部屋を取ってエンドウ殿も休んでくれ。」
「別に要らんのだけど、まあ、お言葉に甘えますかね。」
別にここでこの申し出を強く断る理由も無い。なので俺はこの宿に泊まる事にした。
そうして翌朝。天気は清々しい程の雨である。土砂降りだ。
「はぁ~。良く寝た。昨日は早めにベッドに入ったから睡眠時間は充分・・・なんだけど。この天気は、足止めかな?」
俺は窓に強く打ち付ける雨を見てそんな事を考える。このまま外に出たら一瞬でびしょ濡れだろう。
こちらにはレインコートなど便利なモノは無いだろうし。そもそもそのレインコートも性能の良いモノであろうとこの土砂降りだと直ぐに中に水が隙間から侵入してきて体が濡れてしまいそうである。
こちらの世界の雨避け道具はある程度の撥水加工がされたフード付きのマントくらいだろう。
革製の分厚い生地に蝋を表面に塗った代物がせいぜいだろうか?と言うか、それがあればこちらの世界の人々は「充分過ぎる」と思っているくらいなのだ。
もしかしたら水に強い魔物の皮などを使ったマントなどは高級品として販売されているかもしれない。
俺はまだまだこの世界の常識とやらを全て把握できている訳じゃ無い。こちらの世界の細かい雨具の仕様などを知っている訳でも無い。
「ゴム長靴も無いコッチじゃ足はずぶ濡れだろうからなぁ。傘は・・・この勢いの中は差したら一気に骨もやられるし、吹っ飛ばされてゴミと化すだろ。」
俺は昔の事を思い出す。大風の時に外出している人々。差している透明ビニール傘。道に散乱する壊れたソレ。
そんな光景を頭の隅っこに寄せてから俺は部屋を出る。そして隣のメリアリネスの泊っている部屋のドアをノックして声を掛けた。
「起きてるか?今日の予定を聞いておきたい。この天気だ。雨が止むまでこの宿で足止めか?」
返事が無い、何かあったか?と思った時にゆっくりとドアが開く。そこにはアーシスが眠たそうな目でこちらを睨んできていた。
「・・・入れ。お姉さまが今後の事を話し合いたいそうだ。妙な真似はするなよ・・・」
何時まで経っても俺の事が嫌いな様子のアーシスに俺は呆れた目を返す。そうしてからゆっくりと部屋の中へ入った。
そこでメリアリネスはアーシス、と言うか、他の護衛の事を説明して来た。
「昨夜はエンドウ殿の事を皆が信用していなくてな。どうやら交代で見張りをした様なのだ。私はそんな事は必要は無いと言っておいたのだが。それでもやると言われてそれ以上は何も言えなくてな。」
「ふーん、ソレでアーシスは眠そうな顔って訳か。ソレで、良く眠れたか?」
俺は興味ない感じでそんな返しをする。コレにメリアリネスは「おかげさまで」と返してくる。どうやらメリアリネスだけはちゃんと睡眠を取った様だ。
「さて、この雨の強さだ。ここにもう一泊していく。無理に出発しても進める距離は短いだろうし、チョウダズが身体を冷やしてしまい体調を崩してしまう可能性もある。」
チョウダズ、どうにも聞いた事の無い単語だったが、これはどうやらあの「ダチョウを二連結したみたいな魔物」の名前らしい。
要するに、こっちの国の「馬」の事であり、そしてこんな雨の中で走らせたら風邪引いちゃうって事らしい。
「俺が力を貸せばそれらの問題も全部解決できるけど?」
そう、俺が魔法を使えば真上に結界を張って雨を一切受けない様にする事ができる。
雨で濡れた道も同様だ。魔力を流して水たまりを全て排除、地面を乾燥させてカラッと仕上げたりもできる。
そもそもがワープゲートを使えば一発で首都に辿り着ける。その事はメリアリネスもアーシスも知っているのだ。それを言ってこないのは俺に遠慮しての事か、それとも信用をまだしていないからか。
「・・・そうだな。確かに貴殿の、エンドウ殿のその計り知れない力を借りれば、この雨の中も楽々と移動できるのだろうな。だが、それは止めておこう。」
「そりゃ何でだ?余り城に着くのに時間を掛け過ぎると後で文句が余計にうるさくはならないか?ソレとメリアリネスの命を狙ってる奴らが追加で刺客を送り出してくる事にも繋がるんじゃないか?」
恐らくはこちらが未だに無事である事は連絡されているだろう。刺客を送ってきている奴はどうにもメリアリネスが言うには粘着質であるらしいとの事なので、追加を送って来る可能性がある。
そうなればもたもたしているとその刺客の数がどんどんと膨れ上がるかもしれない。ずると面倒なだけなので俺の力を使ってさっさと城に向かうのが良いと思うのだが。
「おそらく奴らは首都に入ってもどうせ私の命を狙って来る事だろう。ならばここで多めに引き付けておいてエンドウ殿に一気に潰して貰っておいた方が向こうに着いた時の無事が確保しやすいと思ってな。相手の人的資源をここに集めて一気に消してしまいたいのだ。首都に入れば城に入るにも手続き、準備が必要だ。忙しくなる。そんな時に一々刺客を相手にしているとそれこそ、そんな事の方が面倒になる。それならば、やるならやり易い場所、そして今の機会でやってしまった方が良いだろう。」
「結構腹黒いなメリアリネスは。俺の力を借りるなら効果的な場面で、って事な。了解した。俺は切り札って感じかね?」
アーシスが俺を睨んで来る。メリアリネスを「腹黒」と言ったからだろう。これは別に馬鹿にしたり嫌味で言ったつもりは俺には無いのだが。
とは言えその視線は気にしないし、ツッコミも入れない。良い加減ちょっと鬱陶しいとは思って来ているが。
こうして宿泊延長と言う事で今日もここでもう一泊だ。俺は自分の部屋に戻った。
ちなみに、昨夜は襲撃は無かった。
(今夜辺りに仕掛けて来るのか、はたまた後から来る仲間が揃うのを待っているのか)
取り敢えずどちらにしろ俺がそいつらを捕縛するなり、ブッ飛ばすなり、その時になれば分かる事だ。
こうして気にするだけ無駄だと結論を出した俺は朝食を摂りに宿の食堂へと移動した。