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出発前に忘れ物は無いですか?

「で、何故貴殿がここで寛いでいるのだ?」


 メリアリネスは真顔で俺にそう言い放つ。感情がストンと落ちた顔である。


「いや、ここで短い間だがお世話になっているからだが?」


「いや、だから、何故?」


「ああ、経緯を聞きたいって事?ざっくり分かり易く言うと、珍しい海鮮物を俺が狩った、それをこの町に全て寄付。その代わりに軍がここから移動するまでは宿と食事の提供をして貰ってる。」


 ポカンと口を開いたままになっているメリアリネス。どうやら俺の答えに思考と理解が追い付けていないらしい。

 たっぷり30秒程してから口を開いたメリアリネスは両手で顔を覆う。


「まさか首都に税金代わりに納められるバーダラスの角は貴殿がやったモノであったか・・・」


 どうやらメリアリネスはこの町長の家にそこ等辺の話し合いと運搬、書類整理の為にこちらにやって来ていたらしい。

 そして今回の事の大本が俺だと知って何と言って良いか分からなくなっている様だ。


「そこら辺は気にしないでも良いんじゃ無い?」


「気にせずにはおれんだろうに・・・貴殿はあれがどれ程のモノか分かっていないのだな。そう言えば貴殿は出身が我が国では無いのだった。」


 俺は「そんなに気落ちする事か?」と思ったのだが、メリアリネスはどうやらそうでは無いらしい。

 仕留めた「角サメ」はバーダラスと言うらしいのだが、それを狩る事はもの凄い事である様だ。

 その後はその点に関してくどくどとメリアリネスに説教でもされるか?と思ったがその後に一言「大事だ」と言われただけで後は無視された。


 後は町長とメリアリネスはテーブルについて手続きを始めてしまう。その際に町長が「お主、メリー様と知り合いであったか」などと俺に言っていた。

 どうにもこの町長とメリアリネスは親しい仲であるらしい。しかも結構年月長く付き合いがあると言った感じだ。

 町長の爺さんは別段メリアリネスに対してその態度は緊張したと言った感じでは無い。

 メリアリネスの方も気さくな感じで町長と話をしている。


「なんだか俺だけ置いてけ堀?まあ良いか。別に二人の関係がどうであろうが俺には関係無いし。」


 俺はソファーにリラックスして座って昆布茶をチビチビと飲んで力を抜く。

 軍が後どれだけここに滞在してから出発するかをメリアリネスに聞くのはこの話し合いが終わってからで良いだろう。別に急ぐ用事でも無い。


(後はそうだな、それまでは何をして暇を潰そうか)


 孤島ではレストが居たのでチェスや将棋、トランプ、すごろく何かも作って相手をして貰っていたので幾らかは楽しめていたのだが。

 娯楽が圧倒的に少ない世界であるこちらは。スマホも無ければTVも無い。一人で出来る暇潰しが皆無と言って良い。

 また今から海に行ってクルーザーをかっ飛ばすにしても微妙である。当然釣りはもう今日はやる気になら無い。


「んん?そう言えばメリアリネスは付き人はいないのか?こんな書類仕事は普通に部下がやる事だろ?」


 俺はちょっとした疑問を溢した。けれどもちょっと考えれば分かる事だ。


「部下には今自由時間を与えている。もう察していると思うが、バジス老と私は長い付き合いでな。息抜きと称して私は今ここに居るのだ。この角の事に関してはついでだ。」


 親しい仲である者の家に遊びに来ていると言う事である。ならば無粋な立場の者はこの場に居ない方が気が楽と言うモノだ。


「なんか、その、スミマセン?そんな所に俺が居るって相当嫌だよな?」


 これはしょうがない。偶然と言うモノだろうが、しかしコレに少しだけ申し訳無い気持ちに俺はなる。

 けれどもそれにメリアリネスが大きく大きく溜息を吐いて来た。


「別に貴殿は悪事を働いてはいないのだから、気にしてはいない・・・いや、正直に言わせて貰おう。ドウシテコウナッタ?」


 滅茶苦茶気にしてた。このメリアリネスの「どうして」の中身はきっと俺が「角サメ」バーダラスをこの町に寄付した事を言っている訳では無いんだろう。もっと大本の事を指している。

 恐らくは国が「魔王ぶっ倒せ!」と宣言するその前からの一連の流れを全て総括しての発言だと思われる。

 遠い目をして固まってしまったメリアリネスに町長が淹れたての昆布茶を目の前にそっと置いていた。


 暫くして手続きも終わり、積もる話の方も出きった様子の二人に俺は声を掛ける。


「で、滞在期間は後何日だ?顔を合わせた事だしそこら辺を聞いとこうと思うんだが?あ、爺さん、世話になる期間は軍がここを離れるまででいい。ソレと飯は最初の時みたいに豪勢なもので無くて良いぞ。アレを毎日なんて食べてたら飽きちまうからな。」


「後二日は静養予定だ。どうやら船の異常な航行速度を体感して兵士たちが、その、「魔王」を酷く恐れ初めてな。心の平静を保たせるのに少々、いや、かなり、いや大分、時間が掛かりそうなのでな。」


「ソレ俺のせいじゃねーよ・・・いや、俺のせいか。つか、そこら辺は王様と側近に付けておいてくれ。元凶はそっち側にあるしな。」


 俺の返しに苦い顔をしてくるメリアリネス。町長はこれに意味が分からないと言った表情をする。

 これまでの町長とメリアリネスとの二人の会話の中に俺の事情説明は含まれていなかった。分からないのもしょうがない。

 これの件については機密情報?秘匿情報?辺りに相当するだろうから余り話せる事では無いだろう。

 目の前に居るのが国が指定した「魔王」だなどと口が裂けても言えないはずだ。

 何せメリアリネスは俺とこれ程までに会話をしてしまっている。討伐目標な相手に。


「詳しい事は分からんが、お主、メリー様にご迷惑を余り掛けるんじゃないぞ?滞在の事は承知したが、お主の齎した恩恵はその程度では返し切れんのでな。またこの町に来た時はワシの家に来ると良い。世話をしよう。」


 町長の口から「もっと恩を返させろ」と言われてしまった。俺はコレに「気が向いたらね」と言っておく。再びここに戻って来るかどうかは分からないから。

 こうしてメリアリネスは帰って行った。俺は今日の残り時間を何して過ごそうかとボケーッとしながら考える。


 色んな所を気の向くままにフラフラと旅して回っていたので様々な事を思い出す。

 そこで今回の事のここまでを皇帝に説明しておこうと思った。この件で多少は気を揉んでいるに違いない。

 皇帝に相談しに行った時の別れ際の表情を思い出して苦笑いを浮かべた俺は町長にちょっと出かけて来ると言って家を出た。


 人気の無い場所でワープゲートで移動する。もちろん城の内部に直接は移動しない。前に皇帝にそれを注意されているので。

 出て来たのは従魔闘技場の裏手側。人気が無い場所に出る。ここからちょっとだけ帝城は遠いのだが、まあ迷惑を余り掛けない様にと思っての事だ。

 城の周辺にいきなり俺が何処からとも無く現れる所を万が一にも見つかったら面倒に発展しそうだ。

 とは言え、そんな事は今更な事なのでいつもの俺だったら気にしなかったのだが、今回は皇帝に注意を受けた事が思考に影響を齎したのでこの様に闘技場の裏手と言う場所に移動したのだが。


「あら、お久しぶりで御座いますね、エンドウ様。この様な場所でお会いするとは、運命でしょうか?」


 多分俺のワープゲートは見られていないと思うのだが、絶妙なタイミングで「二度と会いたく無いな」とぼんやり思っていた相手が現れた。


「どうしてこんな所にマシルが居るんだ?」


「あら?ソレはこちらも同じ事をお聞きしたいと思っております。我々は先程迄そこに居ましたからね。その際に周囲にエンドウ様の御姿は無かったはずですが。」


 帝国聖教会が動く案件、しかも従魔闘技場に関連した事?俺は一瞬でそこまで悟ったのだが。


(何か不正でもあったのか?いや、そうとは限らないか。別件って事もあるか)


「そっちは仕事で此処に居るって事か。相変わらず護衛の不躾な視線が俺に向くの止めて欲しいんだけどね?」


「エンドウ様はどの様な御用件でこちらに?もしかして私に逢いに来てくださったのでしょうか?」


「はぁ~、偶然だね。俺としてはもう二度と会うつもりは無かったんだけど?」


「あら?ソレは悲しい事を聞いてしまいました。私はもっとエンドウ様とお近づきになりたいのですが。」


「ゾッとしないね・・・まあ、いいや。お仕事ご苦労様です。では俺はコレで。」


「どちらに行かれるので?私も今終わった所なのです。ご一緒しませんか?」


「・・・皇帝に用があってね。城に行くんだ。そっちはそっちで行く所があるだろ?無理してついて来ないでも・・・」


「あら、そうでしたか。偶然ですね。私も皇帝陛下からの依頼で今回こちらに来ておりまして。その報告を上げに私も城に向かう所ですの。」


 俺はコレを聞いて溜息を吐いた。どう言う偶然だ?と。ソレと皇帝は何を調べさせていたんだろうと言った興味が浮かんできたのだが。

 俺はソレを口に出さないし、直ぐに考え無い様にする。俺にはきっと関係無い事だ。首をツッコむつもりも無い。


「さて、ではご一緒しましょうエンドウ様。」


「嫌だ。護衛の視線が一々鬱陶しいから。」


 俺はそうバッサリと切り捨てた。ずっと俺を睨み、そして殺気を向け続けて来ている聖女の護衛が心底ウザいから。

 マシルがどんなに注意しようとこの護衛たちは俺へと向けるソレを止めないだろう。

 殺意、敵意、害意、妬み、恨み、憎しみ。俺が聖女と親しく会話をするだけでこいつらは俺にそう言った意識をガンガン向けてくる、飛ばしてくる。

 護衛と言う領域を超えているそんなモノを俺にぶつけてくるのだから心底面倒臭い。護衛とは一体何なのか?と小一時間くらい問い詰めたい。

 護衛たちはマシルを崇拝でもしているのだろう。神の如くに崇め奉っている。だからそんな自分たちの思い崇めている存在が気さくに話掛ける相手が羨ましいのだろう。

 そしてそれに対して何ら畏まりもせず、敬いもしない俺の言動がこいつらは殺したい程に憎いと感じていると。


(アホかよ・・・そんなのに付き合ってられないって。ソレって只の嫉妬だろ?ウザい、マジでウザい)


 そんな奴らに付き合う気はこちらに無い。聖女マシルはこれらのクソ護衛たちの内心を理解していると見受けられる俺には。

 その上で注意をしないのだ。それはもう無駄だと分かっているからだろう。この護衛たちは何を言われようと改心などしないと。

 だけどもポーズくらいはして見せてくれたら俺だってもう少しくらいはこの場で会話を続けても良いと思えたが。

 俺は自分に向けられる視線が不快だと訴えたのだから、聖女と言う立場から自らの護衛に注意くらいはするべきだ。だけどもマシルは何も言わない。

 そんな対応をされて俺が我慢できるはずも無い。


 俺は直ぐに光学迷彩の魔法を自分に掛けてこの場を離れた。何時までもこんなのに付き合ってはいられない。

 そして俺は一気に飛行して城の側に着地、そのまま魔法を解除してから門の側に近付く。そして気付く。


「あ、別に人気の無い路地裏に一々出なくても良いじゃ無いか・・・何で今の今になってそんな事に気づくのか・・・俺は、馬鹿か。」


 ワープゲートで移動する際に俺一人の時なら別に何処に出たって良いのである。

 わざわざ人気の無い路地裏などに出なくたってこうして空中に出てしまえば良い。そうすれば人の目など気にしないでも良いのだ。

 こうして周囲から姿を見られない様にする為の魔法も使えるのである。併用すれば誰にも見られる可能性は無い。


「各地にそう言った拠点を作っておくのも良いかもしれないなぁ。・・・ソレはそれで無駄になるか?」


 誰にも目撃されない様に小さな倉庫を各地に存在させ、そこに移動すると言った事も考えるが、その案は却下した。

 金を無駄にするだけだ。偶々そこに侵入者が、何て事も万が一ある。


「この件は後で考えよう。何だか聖女御一行様に遭遇して疲れちゃったよ。」


 早い所皇帝に神選民教国の事を報告して港町に戻ろうと思って門に俺は早足で近づき門番に話しかけた。

 しかしどうやらこの門番は「教育」されていなかった門番らしく。


「何だとキサマ・・・?皇帝陛下と会うから中に入れろ?何様だ?不敬だぞキサマ。怪しい奴め。ひっ捕らえてくれる!」


「なにこの踏んだり蹴ったり・・・もう良いか。バレても。」


 俺はこの門番の反応にうんざりだ。以前に来た時は俺の事がちゃんと知らされてあった。すんなりと中に入れた。なのに今回はこれ。

 皇帝に注意をされてこの度、偶々ちょっと意識して自重して動いてみればこの結果だ。運が無い。

 その門番を俺は無視して光学迷彩の魔法を使って透明になってその場を離れる。

 俺を突然見失った門番は驚きでキョロキョロと左右を何度も確認しているが、無視だ。

 路地裏に入ってワープゲートを開いて玉座の間に繋げて移動する。


 そして駄目だった。タイミングが悪い。何かしら行事でもやっていたのか、何だろうか?どうにも官僚が勢揃いだった。

 もちろんワープゲートはそのど真ん中に繋げたのでバレた。皆大注目である。

 しかし俺は姿を魔法で見えない様にしたままだったのでこの場に俺の姿を目撃したと言った者は居ないだろう。


 だけどワープゲートを知っている皇帝は大きく溜息をついた。


「皆の者、気にするな。・・・気にするなと言う方が無理か。エンドウ、以前に言っただろうちゃんと。」


「すまないな。門番に皇帝に報告する事があるから通してくれって言ったんだけどさ。どうやら俺の事知らされてない者が当番だったらしくて追い返され、あ、いや、捕縛されそうになったもんだから。」


 この返しにまた皇帝は大きく溜息を吐いた。そして続けて「手短に報告してくれ」と言う。因みに俺は姿を隠したままである。「声はすれども姿は見えず」な状態だ。


「今、俺、神選民教国に居るから。ソレと、俺が直接向こうの王様に文句付けるから、帝国は今回の件について関係無いって事で。俺が個人でカタを付ける予定だ。外交問題には発展させないから安心してくれ。」


「安心しろって言ってもなぁ・・・エンドウだからなぁ・・・」


「え?そんな言い方、無くない?」


 このやり取りにここに集まっている官僚たちはザワザワとし始める。どうやら俺のこの「報告」に対する皇帝の反応でこれが事実だと理解したらしい。

 とは言っても神選民教国の事を知らない者たちが大半を占めている様で。誰も彼もが何処の国だと口々に漏らしていた。


「皆の者、今の話は口外禁止、聞かなかった事にしろ。忘れておけ。それができない者は二度とこの場に呼ばれる事は無いと心得よ。」


 皇帝は脅しをかけた。この件は扱う事は今後無いと。


「それじゃあ俺の用事も済んだし、戻るわ。じゃあな。」


 来たばかりだが俺は早々にこの場を立ち去る。去り際に「頭が痛い」と皇帝の声が聞こえた。


「さて、こっちに戻って来ても用事って程の事も無ければ、やる事も無いんだよね・・・あ、いや、なんで何か用事が無いかと悩む必要があるんだ?はぁ~、全く俺と言う奴は・・・」


 孤島でリラックスをしてボーっと過ごしていた時にはこんな事を思ったりしなかった。

 なのにこうして動き始めたらコレである。悪い癖と言うか、何と言うか。

 どうやらサラリーマン時代の自分が今も精神の奥底にこびり付いていて時々こうして浮上してくるらしい。


「まあ、明日になったらなったで傭兵組合で売却額を受け取りに行くんだし、今日の残りはもうノンビリするかぁ。」


 アレコレとまた考えない様にする為に俺は残りの時間を何も考えず海を眺めて過ごす事にするのだった。


 そうして翌日、只今傭兵組合にやって来ているのだが、何だか様子がおかしいのだ。

 何が?と言われるとソレが何だかピンと来ない。まだ中に入っていない。外から建物を眺めている状態なのだが、その時点で何だか嫌な予感がするのだ。


「まあ入って見ない事には始まらない、よな。あークッソ。マジでなんだよコレは?」


 何だか今の俺は妙な星の巡りにでも入っているのか?どうなのか?入り口から真っすぐに俺は例の魔物の買取専用カウンターに向かう。

 そこには妙にソワソワした先日担当してくれた職員が立っていたのだが。俺を見るなり。


「これはこれは、ようこそ御出でくださいました。では、早速割符の方を頂いても宜しいですか?はい、確認致しました。それでは買い取り額の件の方ですが・・・と、その前に、会って頂きたい方がおりまして。」


 嫌な予感的中だ。だから俺は即座にコレを断る。


「嫌です会いません。金額を受け取ってさっさと帰ります。手続きをお願いします。」


 俺がいきなりコレを断るとは向こうは思っていなかったんだろう。思考が一瞬フリーズでもしたのか「は?」と言ってたっぷり八秒程固まった。


「いやいやいやいやいやいやいやいや!?」


「え?何で?会う理由こっちには無いし?俺のここでの用事は魔物の素材を買い取って貰うだけですよ?何処の誰か知りませんけど会う気は有りません。そんなのはこちらの予定に入っていないので無視です当然。俺は困らないですし?」


「待ってください!貴方と面会をしたいと言っているのは国です!その使者の方なんです!会って頂かなくては貴方が目を付けられてしまいますよ!?」


「ん?心配ご無用です。って言うか、言葉遣いが変になってますよ?・・・あー、もし俺が会わないと組合の方が何かと睨まれるって事ですか?」


 この俺の返しに職員は「うっ!?」と言ってまるで図星ですと言わんばかりのリアクションをしてきた。

 俺に対して「会って頂かなくては」などといった言い方はおかしいのだ。その続きに「困ります」となっていれば組合が困るのであって俺が困る訳じゃ無い文法になる。

 けれどもここで職員が続けた言葉は俺に向けて注意、心配する様なセリフ「目を付けられてしまいますよ?」なのだ。脅す様な言葉で問題をすり替えようとしている。

 これに俺は直ぐ違和感を覚えてテキトーにツッコミを入れたのだが、どうにもソレは正解だったらしくて職員はアワアワして挙動不審になる。そこに俺は追撃を入れた。


「組合の方の事情も俺は知りません。なのでさっさと手続きして金を受け取りたいんですけど?」


「・・・金額の方はまだ準備が整って、おりません。こちらでの組合証を作っておられない買取と言う事ですので、今回の買取額が現金でご用意できる最大額を超えてしまっておりまして。組合証の方を作って頂き、そちらに預け入れをする方法でなら直ぐにでもお手続きは可能なのですが・・・」


 俺が会わないときっぱりと断った事で職員は「意志が固い」と判断したのか、金を準備できていないと白状した。


「ここに登録する気はありません。全て現金で用意してください。あ、全量は買い取れないって言うのなら返却と言うのも受け入れますけど?」


 俺は押しに圧す。どちらが上かをハッキリさせる。今この場だけは俺の方が圧倒的に優位な状況だ。

 この俺の態度に職員がグッと我慢をした様子になった。どうやら俺の売ろうとした素材は全て買い取りしたいんだろう。

 しかし買い取り金の用意がどうにもこの様子だと難しいと見られる。返却も視野に入れないとならない位に切羽詰まっていると言った表情だ。

 そこに怒鳴りながらこちらに近付いて来る人物が現れた。


「何時まで待たせるつもりだ!何を愚図愚図と!さっさと連れて来ないとはどう言う了見だ!この私を誰だと思っている!」


 どうやらタイムオーバーらしかったので俺はその出て来た人物にこの場の全員が視線を集中させたその一瞬の隙に光学迷彩の魔法で姿を消して建物から出た。


「改めて考えてみればおかしな話、王様やら皇帝だの王子様だのと、国と何処行っても関わってるなぁ?そんなつもり、いつも全然無いのに・・・」


 流れで大抵こうして国と関わる事案になってしまっている。俺が積極的に絡みたいと思っている訳では無いのに。

 しかもソレが毎回マトモな人物が絡んできてくれていればと思うのだが。

 こうして何かしらを勘違いした者が大体は出てくるの、どうにかして欲しい。


「無暗矢鱈と下手に出てくる様な真似をしてこいなんて言わないから、もう少しだけ落ち着いた態度ってもので話を出来ないのかね?」


 私を誰だと思っている、などと使者だと思われる男が叫んでいたのだが。こっちはそんなの知ったこっちゃないのだ。

 ああいった人物に関わると大抵は俺の方が疲れてしまう。精神的に。何せ話が通じないのだから。

 大抵ああいった乱暴な物言いをする者はこちらの言い分、話を聞こうとする態度を取らない。

 終始権力と権威でこちらを上から抑えつけようとし、そしてソレが思い通りにならないと武力をちらつかせて脅し不条理を押し付けてくる。


「さてと、割符はちゃんと持って来ておいたから明日また様子を見に来れば良いか。」


 俺は出てくる際に一旦回収された割符を取り戻しておいた。これは買い取り金を受け取る際の大事な証明だ。

 コレがちゃんと手元に無いと次に来た時に組合の方が「ボッシュートです」と言って素材を全部俺から巻き上げようとしてくる可能性もある。

 そこまで悪辣な事はしないと思いたいが、それでも念の為に持ち出してきておいた。

 まだ手続きは最後まで終わっていない。俺の組合への要求は「金を耳を揃えて用意しろ」である。

 なので今日は無理だと言われたのでこうして交渉を切り上げて即座に退出してきたのだ。


 さてそこで俺は面会を断っている。なのにあの場にその人物が出て来てしまったのであるなら、これは誠意ももこっちを慮る気持ちも持っていないと判断して構わないだろう。

 面会したいと言っている人物を組合の方が抑え込んでおけれなかったのは向こうの責任だ。

 そして俺に許可を得る前に無理矢理と言った形で顔を合わせる様な状況になっているのは組合にも、その面会を求める人物にも常識が無いと言って良いだろう。

 常識を持っていない者とはそもそも基礎にしている部分に食い違いがあると言っているのと同じだ。話し合いなどと言うモノがそもそも根底からできないと言う事である。

 ならばこちらは「会う気が無い」と言った答えを言葉では無くて行動で示すのみだ。これならば誤解は生まない。


「さて、今日のやる事が早速無くなったな。また海でも眺めてボーっと・・・するのは勿体無いか。ここを散策するだけなら、別に金は無くても問題無いんだし。」


 そう思って俺は傭兵組合の前から歩き出す。姿は消したままで。

 消したままなのは職員が俺の姿が無い事に気づいて外まで出て来て探しているからだ。

 しかもどうやらその手には今回の割符を手にしている。ちゃんとその片割れが消えている事も気付いたようだ。

 これで俺が姿を現したら引き留められるのは確実である。そしてその時には、職員は組合の事情を同情を誘う様な言葉を並べて俺に一方的に語って来るに違い無い、説得の為に。こっちの気持ちも都合も事情も考えないで。


「国の権力に頭が上がらない組織なんだな。あの様子じゃぁ、ねぇ?」


 中では使者と思わしき人物がまだ大声で文句を言っているのが外まで響いて来ている。

 ソレが聞こえなくなるまで俺は無心で大通りを真っすぐに歩いた。


「こういう時にワープゲートがあるって事が安心だよなあ。迷子になっても大丈夫なのは心強いよ。」


 知らない土地をあっちもこっちもと何も気にせずにフラフラできるのは魔法のおかげである。様様である。

 そうしてゆっくりと通りを進んで行けばいつの間にか横道に入ってしまっていた。


「あー、露天が色々とやっていたからよそ見して道を一本外したかぁ。」


 それでも俺は構わず進む。この横道に入った直ぐはまだ人気も多かったのだが、奥に深く入るにつれて喧騒は遠のき静かになっていく。

 その内に一人も人が通っていない道に流れ着いてしまった。こう言う場所にはこれまでの経験上小悪党が複数で出て来て俺を囲んで金を脅し取ろうとしてくると言うのが「お約束」だな、などと考えていたのだが。


「・・・出てこないな?オカシイゾ?」


 全くおかしくないのだが、俺はオカシイと思ってしまった。だけどその原因は俺にあった訳で。


「あ、魔法解除するの忘れてた。そりゃ姿が消えて見えないんだから、今この道には人っ子一人居ない状態だもんなぁ。」


 傭兵組合からここまでずっと俺は光学迷彩の魔法で姿を消したままだった。


「まあそれはそれでいっか。俺の見た目はこの国では目立つし、目撃情報から追いかけられても困るしな。」


 そう思い直して俺はそのままの状態で散歩を続けるのだった。

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