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やっと到着?イイエ、これから

 一時間は休憩を入れた。船の揺れも俺がキッチリと抑制していたので波の影響と言うモノが無い。ゆっくりとできたと思う。


「さて、出発・・・どうした?」


 休憩を取り始めた後すぐからメリアリネスの元には引っ切り無しに報告と言う名の「説明要求」と言うモノがやって来ていた。

 恐らくはこれが俺の仕業だと言う事は説明していないだろう。しかしこれを誰もが普通で無い事を解っている。

 孤島でのあの魔力障壁の事もあったので、この船の異常進行が「魔王の仕業」だと誰もが直ぐに理解したんだろう。

 部下たちが求めるその内容は「どうして魔王がこの様な!?」そんな内容ばかりだった。

 ソレを受けてメリアリネスはぐったりとしているのだ。船酔い?した後にこれなので既に限界を超えているんだろう。

 責任者として説明責任は果たさねばならないのだろうが、それでも頑なにメリアリネスはそう言った部下たちの要求に答える事は無かった。

 代わりに「お前たちはこの様な力を持つ存在に逆らえるのか?」と返している。

 コレにメリアリネスに迫った部下たちはギョッとした顔で誰もが黙るのだ。


(俺は脅した覚えは無いんだが?)


 それでも部下たちが納得するだけのアレコレと詳しい説明などを出来るはずも無いメリアリネスには、こう言うしか即座に黙らせる方法が無かったんだろう。

 知恵を絞って一言で問答を終わらせる言葉を考え付いた結果、群がられる事は直ぐに無くなって騒ぎは収まっていたのだが。


「気が重い・・・」


 どうやら本国に到着した後、そして帰還報告に戻った際の事を悩んでどうやら気疲れしてしまった様だった。

 これはどうにも一言で部下たちを黙らせたおかげで他の事を考える時間的余裕ができてしまったのが原因である。

 真面目な性格なのだろうメリアリネスはきっと今の状況などよりも、俺が国に乗り込んだ際のシミュレーションに力を入れてしまいぐったりしている様だ。

 幾つもの「最悪なパターン」を考え続けて頭も精神も疲弊してしまったらしい。メリアリネスは誰の目も憚る事無く大の字になって寝転がっている。

 未だにブツブツと「あーなったらおしまいだ」「こうなってしまうとお先真っ暗」「先が読めない」などなどと漏らしながら死んだ魚の目になっている。


 こんな風になってしまえば俺が幾ら声を掛けても無駄だろう。俺はキッチリと出発時間を「一時間後」と宣言していたので船をまた走らせる。

 この休憩時間もしっかりと他の船にも連絡は行っているはずなので気にせず全ての船に魔法を掛けてさっさと前進だ。

 まだ陸地など見えてこない。まだもう暫くは時間が掛かりそうだ。

 とは言え、俺はこの船団をこのまま一昼夜ずっと動かし続けるつもりである。そんな事をすれば流石に陸地が見えて来るだろうと。

 もう休憩を入れるのは無しだ。役割を持っている船員、操船者には悪いが、コントロールは全てこっちでやる。

 この船の本来のスペックだけでの航海では帰還が遅くなり過ぎる。そんなに気長に待ってはいられない。

 これはせっかち、だと言うのでは無い。俺の感覚の問題だ。公共交通機関、と言った面において俺はバス、電車、フェリー、ジェット機と言うモノを知っている。

 この船の本来の最大速度が何の制約も無い場合にどれだけの速度が出せるモノであるかは知らないが、そう言った俺の知る高速移動手段と比べたらそれこそ遥かに遅いモノであるのは明白だ。そうなると我慢がならない。

 面倒事は早め早めで終わらせるに限る。時間が経てば経つ程に厄介さが増す事項、事案なんて幾らでも世の中にはあるはずだ。

 今回の事もそれに含まれていると思って行動した方が良いだろう。そうして覚悟をして行動した方があとあとで発生するかもしれない後悔を受け止めやすいというモノだ。


 さて、それだけの速度で船を一昼夜爆走させ続けていれば流石に翌朝には陸地が見えていた。

 船員たちはコレに唖然としている。恐らくは残り1kmと言った距離になってから俺は船へ掛けていた魔法を解除した。

 この解除タイミングはちゃんとメリアリネスと話をしてあった。その伝令は各船にも知らせてあるはずなので此処からは彼らの仕事である。


 船を一昼夜爆走させ続けていた間も俺はちゃんと睡眠を取っていた。寝たままで魔法を発動し続けると言った事はもうとっくに慣れている。

 もし寝たままでそのまま船が陸地に近付いたとしても、その時には自動で魔法が解除される様にはしていた。

 原理や理屈などは今更どうでも良い。それができるのだから、難しく考えないでも良いだろう。こう言う場面が俗に言う「考えるな、感じろ」なのだろうか?多分コレは使い方が大幅に間違っているだろうが。


「さて、俺は不用意に姿は晒すべきじゃ無いな。ガツンと一発言ってやる時にでも現れてやれば良いか。」


 俺の姿は恐らくはこの国でも目立つだろう。何せスーツ一丁である。

 先程に港に到着したのだが、周囲を見渡してそこで働く者たちを見ればいかにも「海の男です」と言った服装なのだ。

 Tシャツ、短パン、肌は焼けて小麦色、筋肉隆々で誰もが「力仕事してます」と言った見た目のイカツイ男たちばかりである。

 そんな場所で何て俺の姿はお披露目できないだろう。侮られる事請け合い、である。

 俺が姿を見せるのであるならば国王の前で、であろう。いきなり現れて「初回インパクト大」でそのままこちらがリードした状態で話を進めて丸め込みたいのである。


 そんな事を何となく思っていたら次々に船からは兵士たちが下りていく。それぞれに大荷物を抱えて。

 まあこのまま船に物資を積んだままと言う訳にもいかないだろう。これから国に帰還するのであるからして。

 そう言った兵士も船員も一つの倉庫に皆荷物を運び入れていく。恐らくは国が用意した一時預けの倉庫なのだろう。

 倉庫に入っては運んだ荷を下ろし、そして再び船に戻って荷をまた運ぶ。この繰り返し。

 相当な量になっている。それもそうだ。何せ兵士だけで千人ちょいだったはずである数は。

 ならばこの軍を維持する為の物資も、戦闘の為に運び入れる武装の数々も、こうして船から一々降ろさなければならないのだ。船に入れっぱなしにはできないだろう。


 俺はそんな光景を他人事の様に眺める。いや、そもそも他人事だ。俺が手伝う義理が無い。

 その間にもメリアリネスは各自に指示を飛ばして兵たちがスムーズに動く為の役割を全うし続けている。あれだけ船酔いが酷かったのに休憩も入れずに。


 そうしてその作業も終わるとやっと落ち着きが少しづつ訪れていく。もう時間は昼である。

 各々の仕事が全て終わり次第に兵士たちも船員たちも休憩を入れていくのだ。兵士たちは今の各自がやっている仕事が終わり次第に長い船旅、遠征の疲れを癒やす為に早めに休む様に、と言った命令をメリアリネスは出している。翌日にここからまた出発である。今度は本国への道を。


 そんな命令を出しているメリアリネス本人はまだまだ書類と格闘を続けながらぼやき続けている。


「憂鬱だ・・・この報告書を読んだ際の大臣たちの反応は既にもう分かり切っている・・・」


 姿は見せずとも俺はメリアリネスにずっと付いていたので、こうして仕事をし続けているメリアリネスを観察し続けていた。

 総指揮官用に準備されていた部屋で一人ポツンと机に向かって書類作成をしているメリアリネスの愚痴をBGMにして一人ソファーに座ってお茶を楽しんでいる俺。趣味が悪いかもしれない。

 もちろん魔法での光学迷彩は発動しっぱなしなのでメリアリネスがこちらに気付く様子は無い。

 ソファーを良く見れば俺の体重で沈んでいるし、お茶の香りも消していないので神経を集中すれば部屋に俺が居る事が分かっただろうが。

 そんな事ができる余裕が無い状態であるメリアリネスは。なので報告書類作成が一段落をするまで俺は静かにして物音一つ立てずに待っていたのだった。


 そうして暫くして。


「何故貴殿がこの部屋に居るのか?いや、賓客、それも第一級・・・以上の扱いをこちらがせねばならぬ場面であったのに放置していたのは私の方であるな。すまない、お待たせした。客室がある、そちらに案内しよう。姿が見えないままなので貴殿の存在をすっかりと失念していた。重ねて謝罪する。」


「ならもう姿を消すのは止めようか。コレでどう?」


 仕事が終わったメリアリネスは書類の束を片付けた後に背伸びをしてからソファーの異変に直ぐに気付いた。部屋に漂うお茶の香りも。

 そして俺が付いて来ている事を思い出して一瞬驚いた後に「ぐっ・・・」と軽く呻いてから顔を顰めてそう言ってきたのだ。

 そして魔法で消していた姿を俺が解除して見せるとこれまた再び驚愕の表情に。


「・・・その様な見た目であったのか。見慣れぬ服だ。それに顔つきも髪の色もこちらでは見た事の無いものだ。こうして姿を見せたと言う事は少しはこちらを信用してくれたと思えば良いのか?」


「いや、別に。こっちもこっちで姿を消したままの方が都合は良いかなと思ったけど。こうして俺がちゃんと存在するって事をあらかじめメリアリネスにだけでも見せておいた方が話が早く済む事もあるだろうなって思っただけだ。」


 コレに何が気に入らないのかメリアリネスが苦い顔をする。また俺が姿を消すだろう事を考えて扱いが面倒とか難しいとか思っているのかもしれない。

 ここまで来てやっとマトモな顔合わせである。信用と言う意味ではこちらが「ちゃんと俺は居るよ」と言う事をあらかじめ示しておかないと後でその事で一悶着起きそうだと思っての事だ。

 メリアリネスでこの反応だ。他の部下たちや士官たちに俺の姿を見せてもギャアギャアと煩くするだけなのはもうあの天幕での反応で分かっている。


「はぁ~。では、こちらだ。客室に・・・」


「ああ、別にそう言うのはイランイラン。」


 俺はせっかくの対応を断った。何故なら。


「俺はここ等辺を散歩して自由にしてるから、そちらはそちらでやらねばならない事をしていれば良いさ。移動を始めるのならこっちの事を気にしないで出発してくれて良いぞ。俺が勝手にそれに付いて行くからさ。」


「・・・分かった。そこまで言うのならばこちらはそれに従おう。」


 そうメリアリネスが答えたので俺はまた魔法光学迷彩で姿を消す。そして部屋を出ていく。

 メリアリネスには勝手にドアが開いて閉じる様子に見えるんだろう。そしてその光景が呑み込めない、納得したくないのかもの凄くその顔がしかめっ面になっていた。


「さて、どうすっかな?ここら辺の地形と生物分布とか種類がどんなのが生息しているのかとか?フィールドワークでそう言った研究しているのであったなら、こうも新しい未知の土地なんかは終始ワックワク、ってなるんだろうけどなー。」


 俺はこの港町の遥か上空に居る。散歩とは言ったがこの港町を、とまではハッキリと言っていない。この大陸を散歩、である。ちょっと規模がデカかったか。そしてどの方向に向かおうかと言った悩みである。

 取り合えずこの街から延びる大きな主要街道と見られるモノは三つ。その三つの内の一つを先ずは辿ってみようかと思ったのだ。


「首都ってのがこの内のどの道なのか、三択だな。先ずは真っすぐ正面から、かな?」


 この大陸の奥へと真っすぐに続く大街道。それを先ずは辿って行く事にした。

 ここに残って港町の名物を堪能すると言う選択肢もあったのだが。きっと海産物が美味いだろうと。

 でも先に下見をしておきたかった。この「神選民教国」とやらの国民性を知っておきたいと思って。

 そうなれば国の首都に行って見るのが手っ取り早い。


「さて、歓迎され、無いだろう可能性が高いだろうけど。まあ、俺の姿は見えなくしたままで良いだろ。」


 メリアリネスは俺の様な特徴の者を「見た事が無い」と口にしていた。人は未知と遭遇したらその殆どが警戒か、或いは恐怖を持つモノだ。このまま姿は消したままで良いだろう。


 俺がマルマルに初めて入った時にはその側にクスイが居たからこそ、直ぐに馴染み受け入れられたのだと思っている。

 その後は色々な人物と関わり合ってきたが、誰も彼もが懐が深いのか、器がデカかったのか、俺の容姿などを気にする者は殆どいなかった。これは幸運な出会いなのだろう。

 その代わりに俺の魔法を見た者たちは口々に「賢者」などと言ってきて「おいおい」とこっちが微妙な気持ちにさせられる事が多かったが。


 今回もそう同じ流れになるかと言えば、そうはならないかもしれない。それをちょっと早めに確かめる為にもこうして俺は一足先にこの国を見て回るつもりである。

 それこそ今回の俺はいきなり「魔王」呼ばわりされているのである。コレだけは何とかしておきたい。


「魔王と呼ばれるのは流石に無しだろ。せめて賢者って呼ばれる方がまだマシだ。」


 俺はそんな事を吐き出してから一気に加速して飛行する。


 そうして飛んでいれば宿場町だろうものが見えてきた。だけど別に寄り道したりはしない。

 まだ時間は夕方にもなっていない。食事をするにも別にここの町で食べる必要も無い。構わず通り過ぎて飛行を続ける。

 こうして俺はこの世界での「非常識」を続けてどうやら「首都」に到着した。

 かなり巨大な都市が目の前にある。ここに来るまでに宿場町は合計で四つ。これを考えると相当遠い距離を飛んできている。恐らくここが首都で合ってるだろうと思うのだが。

 かなりの速度を出して飛んで、しかもその掛かった時間も距離も計算をしていない。なのでこの道程を地上で徒歩と馬車とで行軍するとどれ位かかるか俺は分かっていない。メリアリネスが帰還するまでさてどうやって時間を潰そうかと考える。


 取り敢えず今は昼をソコソコ過ぎた位の時間である。昼食はどうしようかと悩んで結局そこら辺の草原に着陸して自前で用意する事に。


「この国の通貨が手元に一銭も無いからなー。王国のは全部を帝国のになってるし。両替できるのか?無理、だな。」


 帝国とこの国は交流が無いと言う話を聞いているので帝国貨幣は此処では役に立たないだろう。

 そうなるとこの神選民教国で観光をするのならばその遊興費はここで働いて金を稼がないといけないだろうか?

 帝国では王国で稼いだ金を切り替えれたのだが、ここではそうはいかない。


「とは言っても俺はそもそも見た目がねぇ?怪しまれて捕まって牢屋へポイッと放り込まれるんじゃないの?」


 俺は食事の準備をしつつも独り言を続ける。何だかこの国への印象があまり良く無い。

 だって「魔王」とか言った茶番劇で経済をどうにかしようとしている国である。

 そんな事にこっちは巻き込まれている形になる訳で。それが原因でここまで俺が出張って来ている訳で。


「とは言っても大気中の魔力濃度とやらの問題はどうにも俺が元凶だしなぁ。」


 ここの点が痛い所である。今回の事の切っ掛けの根本が俺なのである。こんなの事前に分かっていたらこれを何とかする為の方法をドラゴンにキッチリ聞いていたに違いないはず。


「王様に「魔王呼ばわりスンナや!」って言うのはソレはそれでやるとして、後は魔力濃度が上がると何が起きるのかってのを聞いておかないとヤバイか?」


 これが悪い結果を生み出すとか言う現象なら俺は今の自分の状態を何とかしないといけないし。

 別にどうって事無い、今は、なんて結論であるならば経過観察、観測を俺の方でも気にせねばならない。

 これはコレでどっちに転んでも面倒な事である。一応自分の事でもあるので解決と言えるくらいの答えはちゃんと出して終わりにしたい。


 出来上がった食事を食べつつもアーダコーダとこの先でこの国の王様との問答も脳内シミュレートしておく。

 どんな質問がされるだろうか?とか。俺の自己紹介はどう言った風に切り出そうか?とか。

 いきなり俺を攻撃してきたらどう対処しようか?どうにも優秀ではあるらしいけど頑固であるとも聞いたので、流れで説得するとか言った場面になったら面倒臭そう、などなど。


「そもそも交渉を相手がする気を最初っから持っていない、なんて事になったら脅すしかないのかなぁ?」


 相手の事がまだ全く分かっていないのにこの様に悩むのは労力の無駄なのかもしれない。

 けれども事前にこうした事を考えておいて覚悟と言うモノを多少でも作っておくのは悪い事では無い。

 想定をしておくと言うのはやっておいて損をするものでは無い。なので昼食後の休憩中に頭を回転させておいた。

 とは言え、俺だけがここで先に城に乗り込んで行っても意味が無い。俺の事をちゃんと証言してくれるメリアリネスがいなければ話がスムーズに進まないだろう。寧ろ交渉のスタートラインにすら立つ事ができないって事も有りうるかもしれない。


「俺だけ王様の前に行ってもこっちの言葉なんて聞く耳を持たないだろうしな。いきなり現れたどこの馬の骨とも分からない人物の言う事なんて普通は誰だって受け入れたりしない。うん、先ずはこの国を楽しむ為に金を稼がないとな。何事も金が無くちゃ何もできないや。」


 ここまで来てつまらない事に思考を使っていないで楽しむ事を考える。

 しかし楽しむにしてもその資金が無い。そこで訪れた事の無い国の貨幣を先ずは得る手段をと言う事で。


「手っ取り早いのはコレかぁ。傭兵組合ねぇ?」


 俺は首都の中に入る。もちろん魔法で姿を隠したままで。密入国である。もう今更だが。

 そのままぶらついて歩けば直ぐに剣と盾と杖が重なった看板の前に到着した。

 恐らくここがそうだと思うのだが、もしかしたら武器を扱う店かもしれない。

 けれどもこの建物は人の出入りが多い。それこそ精悍な顔つきのいかにも「修羅場潜ってきてます」と言った感じの男たちが頻繁に。

 どうにも酒場もここには併設されているのか中からは賑やかな声が外まで漏れて来ている。

 この建物は非常に大きい。ここで間違いは無いだろう。そのままその建物に入る、事はせずに俺は外で出入りする傭兵だろう者たちの観察を暫く続けた。


「俺がこのまま中に入ったら先ず絶対に悪い意味で注目の的だな。今に始まった事じゃ無いかそれは。さて、様子見だけでもしておくか。」


 俺はやっと建物の中に入る。でも姿は消したままだ。当然コレに誰にも気づかれる様子は無い。

 そしてぐるっとこうして内部を見回してみれば俺の予想は当たっていた。

 正面にはカウンター、きっと受付か何かだろう。そして食堂なのか、酒場なのかは知らないが、結構な広さの何ともイートインスペース?みたいなエリアが確保、区分されている。

 そこでは武装した男たちが集まってジョッキ片手に騒いでいる。そのテーブルにはつまみもあってどうやら飲み会の様。

 さて、ここからである。この「傭兵組合」ではどれだけ稼げるのか?その仕事の内容を先ずは確かめてみたい。と思ったら。


「うーん?何処にもそう言った類の掲示板などが無いな?・・・お?ふーん?そうなのか。」


 どうやらその本人にあった仕事を直接受付で紹介されてソレを受ける受けないのやり取りをするらしい。

 受付の窓口は十五以上あってそれぞれに順番待ちで並んでいる者も見受けられる。


「信用第一、って感じかな?地道な仕事の積み重ねと、それに見合った強さを持って無いとならんのかねぇ?」


 何処もかしこも、どんな仕事もソレは必要不可欠。役立たずは要らないのだ。

 この傭兵組合はそう言った管理を徹底しているんだろう。そうなれば組合と言っているくらいだし組合員、ここに登録している傭兵たちの資料などの管理を考えるとこの建物の大きさも理解できる。

 そう言った資料は保管するスペースが無いといけない。専用資料室は確実に存在しているだろう。


「さて、そうなると俺がここで手っ取り早くお金を得る事ができる方法は何があるか?」


 俺は姿を隠したままでずっと観察を続けた。そうするとやはりあった。魔物の買い取りが。

 専用手続き場所があるようで、そちらに三人の傭兵だろう男たちが荷車に乗せたビッグブス、あの猪みたいな魔物を運び入れていた。


「ここで売っちゃうか?でも、売買にはここに登録しないといけないとかだったら手続きが面倒だ。」


 推測ばかりしていても時間の無駄だ。分からない事があったら目の前に受付があるのだから聞けば良いのだ。

 この俺の見た目に面白がって絡んで来る様な奴が居たら軽く今までの様にあしらえば良いだけだ。


「すいませーん、ここ初めてでお聞きしたい事が幾つかあるのですが、良いですか?」


 俺は空いている受付カウンターの前で姿を現して受付職員の男性に声を掛けた。

 書類仕事の為に俯いていた職員はそのせいで俺がいきなり突然現れた事に気づいていない。

 しかし声がしたので顔を上げてこちらを見て来たと言った感じである。


「はい、こちらを初利用の方ですね。では御用件はどの様なものでしょうか?」


 嫌な顔一つせずに対応してくれるのは教育が行き届いているからなのだろう。


「魔物をこちらで買取して貰いたいのですが、どの様な手続きが必要かを教えて欲しいです。」


「そうですか。魔物の持ち込みはそちら右手側奥の専用カウンターが承りますのでその魔物を持って行けば直ぐに査定をして貰えますよ。」


「登録とかは必要無いんですか?私は傭兵ではありません。」


「大丈夫です。どんな方が持ち込まれた物であっても査定、買取をさせて頂いております。しかし、組合員登録をして頂いてあると様々な特典が付きますが、どうされますか?登録手続きは簡単に済みますが。」


 何だか聞いていたら「ポイントカードを作りますか?」的な感じだ。傭兵、そんな軽い感じで良いのかよ?と思ってしまう。


「そこら辺は気にしないので登録はしないでおきます。丁寧な対応有難うございました。」


 俺はそう一言礼を言ってから教えて貰った魔物の買取に関する専用受付の方に歩いて行く。

 その時には俺の事に気付いた周囲の傭兵たちが視線をこちらに向けて来ていた。

 誰もが俺の見た目に注目している。そして「あんな装備で大丈夫か?」的な会話を誰もがしていた。

 どうやら俺は新人の傭兵だと思われてしまっているらしい。剣も鎧も身に着けていないのに何故そんな勘違いをするのかを耳を澄ませて聞いてみる。

 そうするとどうやら「妙な恰好をした魔法使い」だと判断された様だ。奇怪な服を着ていると言うだけで俺はどうやら「魔法使い」と見なされた様である。


(向こうの魔術師と、こっちの魔法使いってのはどうやら同じものらしいな)


 傭兵たちが口にする会話を拾い続けて得た情報はそんな感じだ。只呼び方が違うだけらしい。

 こうなるともしかしたら俺に声を掛けてくる者がいるかもしれない。勧誘と言う名の。

 だがそんな心配も魔物買い取りの受付に到着してみれば直ぐに忘れる。別の事に思考が回って。


(インベントリから取り出すのは良いけど、見られたりしない方が良いよな?)


 受付職員からいきなり「この場でその買取の魔物を出して見せろ」とか言われたら売るのは諦めてしまおうと思った。

 何せ俺は今手ぶらである。俺がこの状態で話を進めようとしても恐らくは怪しまれたり冷やかしに来たのかと疑われるだろう。

 これまで自重と言う言葉を所々でぶん投げしてきた俺がこんな事を考えるのは今更だけど。

 ここは初めて来た国である。まだまだ俺の自重は作用してくれているのだ。この場面では控えめで行きたい。

 幸いにも俺の前には先客がいて手続きをまだしていた。なのでこの場を離れて一旦何か良い方法を考えようと思った所で振り向いたらタイミング良く受付職員とは別の職員が声を掛けて来た。


 出直してこようと考えていたのに絶妙なこの声掛けに俺の足は止まる。


「魔物の買取でお待ちであるならこちらへどうぞ。」


 こうして俺は空いている受付カウンターに見事に誘導されてしまった。

 そもそもこの魔物専用買い取りカウンターは三つ存在していた。なので当然一つが埋まっていたとしても残り二つで対応は可能な訳で。


「では本日持ち込まれた魔物はどの様なものでしょうか?どちらに保管してありますか?場所を教えて頂ければこちらで運搬も承っております。大型であると専用受け入れ門の方に運ぶ事になります。この場で魔物の名前を教えて頂ければ大まかな査定なら今直ぐにでも出せます。」


 先ずは簡易的な説明を受けた。どうやら俺が手ぶらな事でここに持ち込めない程の大物の買取をお願いに来たのだと見られたらしかった。


(どう話したら良いかなー?誤魔化すにしてもどうやって?うーん?)


 ここで俺はどんな風に説明をしたら良いのか悩んでしまった。今更「あ、また今度にします」とか言って有無を言わさずこの場を退散するのはどうにも違う。


「あのー、一人になれる部屋って、あります?」


「は、はい?」

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