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次に行く所は

 さて、俺はメリアリネスから幾つかの質問を受けた。先ずはそもそも「冒険者」とは何か?と言った所から。

 向こうの国にはその様な組織は無いらしい。だが俺の説明の後に似た様な組織があると口にした。ソレは傭兵組合と言うらしい。


 次にはこの場所の事を聞いて来た。ここは一体何なんだ?と。ざっくり過ぎるその質問の仕方に俺は何と答えようか悩む。

 そしてどうせ説明しても信じちゃくれないだろうと言った諦めを込めてこれまでの経緯を話す事にする。


「この島は最初からここにあったモノだな。城はとある場所から引っ越しをして俺がここに運んできた。」


「・・・貴殿が何を言っているのかサッパリと理解ができないのだが?いや、済まない。説明して欲しいと求めたのは私の方だった。さて、ではまだ聞きたい事はあるのだが、コレだけ、嘘偽り無く聞いておきたい。貴殿は何をするつもりだ?」


「はい?これまた要領を得ない質問だな?うーん?取り敢えずここでゆっくりして満足したらどっか別の場所に観光しに行くつもりだけど?それにまた疲れたらここに来てまたノンビリするつもり。」


「観光・・・それだけ・・・か?」


「うん?何が言いたいのかハッキリと言ってくれない?」


「これ程の魔法を操る存在を見逃す事はできん。これ程に強大な力を持つ者を放置する危険を国が許すはずが無い。上層部は貴殿が何処の国にも所属していない事に対して何らかの行動を取る、必ず。それこそ「魔王」として打ち取ろうとまた懲りずに軍を動かして貴殿の命を狙う様な愚かな事を決定する可能性が高い。そうで無ければ懐柔しようとしつこく接触をしようとするだろう。派閥の違いでそれぞれが別々に、同時になどと言った事も起きうる。・・・関わり合いにならない、その様な選択を取る事は無いと確実に言えるだろう。」


 俺はこの回答に「そうなるかぁ」と大きく溜息を吐き出した。ぶっちゃけ、面倒臭い。


「我々の話を聞いていたのだから分かるだろう?膨大な魔力、歪み、これを生み出しているのは貴殿で間違いが無いな?」


「そうだねぇ。そこら辺の事を誤魔化す気は無いかな。それで合ってると思うよ一部は。以前にドラゴンからも説明を受けたし、間違い無いねぇ。こんなウザい事に繋がるとは思っても見なかった。」


 追及を受けて俺は素直に答える。どう考えても俺である。大気中の魔力密度?とやらが増えているのは。

 ソレと、この孤島に空間の歪みだか何だかがあるのはこの「城」の事だろう。だってダンジョンだ。歪みもするだろうな、と。

 ここでメリアリネスは訝し気な声で聞いて来た。


「貴殿は・・・「本物」の魔王なのか?」


「いや、それいきなり失礼でしょ。俺は普通の人ですけど?いや、普通じゃないか。ともあれ、ちゃんと否定しておく。魔王じゃない。コレだけは確かだよ。っていうか、本物って何だよ・・・」


 俺はしっかりとここで「魔王じゃないよ」と言葉にする。賢者呼ばわりされるのも嫌であるが、魔王呼ばわりされるのはもっと嫌だ。

 しかしメリアリネスは国が俺の事を「魔王」としてまた討伐軍を出すだろうと言う。そうで無ければ懐柔の使者がやってくるだろうと。

 俺がここで幾ら否定しようが向こうはちょっかいを出そうとするだろうと言うのだ。本当に勘弁して欲しい。


「ねえ、止めてくれない?アンタは今回の軍の総指揮官なんだよな?ぶっちゃけ、アンタが抵抗して一切を抑え切ってよ。正直言って何度も来られるの、迷惑。」


 きっぱりとこちらの意志を伝えた。けれどもここでメリアリネスに国を止めさせる約束を取り付けてもソレが上手く行くかなどは結局その時になって見なければ分かりはしないのだ。


「私からも意見を述べて一切関わらない様に働きかける事はしよう。だが、期待はしないでくれ。こうなってしまった以上は国の体面と言ったものもある。どう転ぶにせよ、貴殿にあらゆる接触を試みようと国は動くだろう。私個人としてはもう二度と貴殿に敵対したいとは思っていないと言う事だけは知っておいて欲しい。・・・私個人としては、貴殿とは争わない為の最終手段として軍を辞する事も覚悟している。まあ私が辞めた所で後釜が据えられてより一層状況が悪化する危険が大きいのだが。」


 そんな事をメリアリネスが口にした。どうやらどうあっても俺との敵対はしたくないのだそうで。どうしようも無くなったら軍を辞めてまで俺と関わらないと言い切る。


 さて、そんな事を言われてもこうなってはしょうがない。今更ここで俺の偽物の「首」を作ってソレを国に出したって無駄だろう。魔王を討伐したなどと信じはしないだろう。遅いのだ。物理的な証拠とやらを捏造しても調べられてしまえばソレがウソだと判明してしまう。


 海のド真ん中に孤島があり、上陸してみればそこに城があり、その壁に散々兵士たちは攻撃を仕掛け、そしてそれが一切通じずにこうして撤退するのだ。

 人の口に戸は立てられぬ、と言った状況である。多くの者がこうした体験をしてしまっている。全員の口封じはできない。

 真実は調べれば直ぐに分かる。出兵したその先で何があったのかなど。それこそ千人規模の大軍団である。

 虚偽の報告などメリアリネスはできないだろうし、あのブレイクダンスを踊った士官四名がきっとある事、無い事を色々な部署にでも報告する事だろう。

 兵士たちに聞き取りをしてしまえば必ず真実が浮かび上がってくる。魔王を倒せずに撤退した、などと兵士たちは口々に言うだろう。

 マトモな戦闘すら起きていないと言う事までちゃんと調査、聴取が行われれば簡単に分かってしまう事である。


「ここの城はさ、俺のじゃないんだよ。だからここにしょっちゅう来られても城の主に迷惑が掛かるから来ないで貰いたいんだけど?俺は休息を取り終わったらここから離れるんだからさ。そっちは俺の事を追いかけて来るつもりなのか?」


「・・・貴殿の行方が分からないならここに軍、或いは使者を派遣するしかないだろう。」


「やっぱりそうなるのかぁ。仕方が無い。きっぱりとここで断ち切るにはこれしかないかぁ。それにしたってどう交渉すれば個人で国なんてモノを止められるんだろうな?」


 俺は腹を括った。神選民教国に向かう事を。俺自身で向こうに行って今回の「魔王」と言う茶番事を撤廃しろと言うしか無さそうである。


「・・・城の主とは?先程から貴殿が気を遣うその者は一体?」


「いや、だからさ?もう関係してこないでって言ってるんだからそんな所を気にする必要性ある?まあ教えても良いけどさ。当人に許可を取ったら話に参加して貰うかぁ。相談したい事一杯だわ。俺もう疲れた。おーい、何か良い案ある?」


 俺はここで一旦レストに声を掛ける。ここまでの会話をレストもずっと聞いている。

 これにレストは苦笑いをして肩をすくめる。恐らくはレストも「無駄」だと思っているに違いない。


「国と言うのはそう簡単に口に出した言葉をひっくり返さないものだ。そう易々とコロコロと言を覆せば民が国に不安や疑心を持つ。それこそそんな流れになれば信用を失いかねないからな。信用が無くなっても国は回るが、しかし良い回り方にはならんな。だが、聡明で勇気のある君主ならばこれを躊躇わず、やる。それはそれで大抵はその後の処理や処置を既に考えてある場合だな。即座に謝罪と撤廃の後にその埋め合わせや、ある程度の情報操作なども含めて諸々の手を全力で投入して少しでも損害を抑え込む。そうして最小限に抑え込んだ後は時間が経って騒ぎが治まるのを待つだろうな。もしくは他の政策を大きく打ち出してそちらに意識を誘導して忘れさせる。」


 レストが自身の見解を述べた。この言葉はメリアリネスにも聞こえている。

 いきなり俺とは別の人物の声でそんな意見が天幕の中に響いたので大層メリアリネスは驚いた様子だ。

 しかしそれも短い時間だ。次のメリアリネスの表情は苦いモノに変わる。


「聡明で、勇気、か。済まないが、その様に行かない事を先に謝罪させて頂く。」


「おいおい、それって、そう言う事?」


 メリアリネスは自分が仕える王様の気質に言及していきなり謝罪して来た。

 これは要するにレストの言った流れ、謝罪と撤回は到底期待できないと言う事だ。


「それにしてもあんまり良い印象をアンタは王様に持ってないって事なんだな。いきなりそんな事ぶっちゃけちゃうって、相当だよ?仕える者としてどうなのその態度?」


「ははは・・・ここだけの事として黙っていて貰いたい。はぁ~、国王陛下も、その周りを固める宰相や大臣たちも、余り言いたくはないのだが、頭が固いのだ。優秀ではあるのだが、これと決めた事を、その、何と言うか、相当な事が無い限りは覆さない頑固な所がある。それが今までは良い意味で効果を発揮して国は回っていたのだが、な。今回ばかりは・・・」


 メリアリネスはそう言ってから大きく溜息を吐いた。大分メリアリネスとは打ち解けて来た感じだろうか?会話がしっかりとできている。

 こちらの事を何時までも警戒し続けられてギクシャクしてばかりの情報交換にならずに落ち着いている。こちらとしてはこれはこれ、有り難い。


「取り合えずここに使者だの軍だの送られて来るのは勘弁して欲しいってのを直接言う為に、俺も一緒に神選民教国に行かせて貰う。もうこうなると俺が直にそっちに乗り込んだ方が手っ取り早い。一々そっちがここに派遣してやり取りなんてするよりもそうした方がよっぽどマシだろ。長期航海なんてチンタラしてたら問題がいつ終わるか分かったもんじゃない。ドンだけ長く掛かるか分からん。」


 この俺の言葉にメリアリネスがギョッとした顔に変わる。

 ここで今更だがメリアリネスの見た目に言及すれば、金髪碧眼。その髪型は短髪でキリッとした目元でまるで宝塚?と言った感じだ。

 服装はと言うと豪華な装飾の入った軽鎧と言った装備であり、余計にその美しい引き締まった顔が引き立つ装いである。


「き、貴殿が我が国に!?な、何を一体・・・企んでいる?」


「いや、別に悪さしようって思ってそっちに行くって言ってる訳じゃ無いんだけど?そんなにビビる事か?俺が直接行って交渉する?ってだけだろ?何せそっちは俺の事を「魔王」だ何だと言ってる訳だしな?その本人が乗り込むだけだよ。」


 俺にはメリアリネスがどうしてここまで怯えているのかちょっと分からない。別に俺は「国を滅ぼしてやる」などと宣言してる訳じゃ無い。

 そんな事をする気なんて一切俺には無いのだ。ここまでの俺の発言でそれくらいは分かるだろう。


 こうして話し合いをしている間にも撤退の準備は着々と順調過ぎる程に進んでいた。

 あっと言う間に諸々作業は終わり、少しづつだが乗って来た大型船に兵士たちが順次戻って行く。

 それこそ数が多過ぎて大量の小舟で何往復もしなければ全撤退が完了しないので時間が掛かる。

 とは言え、それでも今日中には島から兵士たちは一人残らず船へと戻るだろう。


「で、メリアリネス、アンタは船に戻らないのか?」


「私は最後だ。総指揮を任されている以上は現場の状況をこの目で最後の最後まで見届けてからだ。」


 徹底した現場主義と言う感じだ。しかもそれに兵士たちや士官たちは理解を示しているのか、この天幕には誰も来ない。

 恐らくは全ての工程が終了してから報告がここに入るんだろう。それからこの天幕の解体、回収が始まってやっとメリアリネスは船に移動と。

 総指揮官としてソレもどうかと思うのだが俺は。先ずはこう言う立場の者は真っ先に後方に移動するモノでは無いのだろうか?

 この軍の全ての責任を預かっているのだから自らの身を守ると言った事も大事な事の一つだろう。大人数で行動する時には指示を出す者が存在無ければ只の烏合の衆である。

 その号令を出す存在が一番危ない現場に最後まで居続けると言うのはちょっと限度を超えている気がするが。総指揮官が真っ先に死んだら誰がこの軍の纏め上げをするのだろうか?まあそう言った展開も想定して誰が、と言った部分は決まっているのだろうが。


 兵たちの士気を下げない為にそう言った措置を取ると言う方法があるのも理解はするが、今はそう言った事をしないでも良いはずの状況だ。

 とは言え、俺が深くそこら辺をツッコミを入れずともいいだろう。そこら辺に俺が文句を付けられる立場に無いし、その権利も無い。所詮俺は部外者だから。


「撤退準備はほぼ完了いたしました!残りはこちらのみです!」


 ここで兵士が天幕の外からメリアリネスに報告をする。


「了解した。」


 それだけ言うとメリアリネスは天幕を出た。どうやら話し合いはここまでの様だ。


「それじゃあまた後で。」


 俺もこのタイミングで会話を切る。ここでメリアリネスが出た天幕を片付ける工兵がテキパキと動く。

 あっと言う間に作業は終わってさっさと兵士たちは帰還準備に入って行く。


 こうして夕方前にはこの島から全ての兵士が船へと戻り終わった。最後の最後でメリアリネスが船へと帰還する。


「んぁ~。終わった終わった。とは言え、問題の本質は何も解決して無いんだけどなぁ。」


 俺はようやっと騒がしいのが終わって背伸びをした。しかしまだ今回の件の落とし前と言ったモノが片付いていない。


「レスト、俺はちょっと行ってくるよ。どうやら休息は一旦終わりって感じらしい。それにしても、何だよ、魔王ってよー?」


 俺のボヤキにレストはプッと吹き出した。そしてこう言う。


「いや、正しくエンドウはそうあってもおかしくない存在だからな。これからは魔王と名乗ったらどうだ?」


 俺を揶揄うレスト。そんなのは冗談じゃない。俺はちゃんと言い返す。


「レストの方が魔王に相応しいだろ。何せこの城の主だろ?ダンジョンの主だろ?普通じゃ無い、って点では俺と同じだろ。寧ろ異常だ、異常。ここは魔王の城だって事だ。」


 俺のこの返しにレストは何がおかしかったのか「あっはっは!」と爆笑した。


「私は確かにここの主だろうけれどな。しかしこの城をここに移動させた張本人は誰だっただろうかな?あっはっはっはっ!私では到底そんな事は思い付きはしなかったし、引っ越しなどと言う天地がひっくり返る様な事などできるはずが無いのだがな。」


 レストは俺にそう切り返して暫くずっと笑っていた。そうやって笑っているレストを一睨みしてから俺は城を出た。


 さて、この船団がどれ位の期間で本国へと戻れるかを俺は知らない。一ヵ月掛かるのか、或いはもっと早いのか、遅いのか。

 船の形は帆に風を受けて走る帆船だ。上手く風を受け続けて進んで、さて、それでどれ位の速度を出すと言うのだろうか?それでどれだけの距離を進めば陸地が見えるのか?

 エンジン付きのモーターボートが俺にはあるので、今回はそれに乗ってこの船団の後ろを付いて行っても良いかも?とか思ったのだが。

 圧倒的にこちらの方が速度が出るのが目に見えている。チンタラ進むのはかったるくなるので却下である。


「・・・別に一々船の進む速度に合わせて一緒に俺が付いて行く必要は無いのか。行く先の大体の方角が判れば先行して港に到着していても良いよな?」


 しかしこの考えは問題がある。


「何時まで待ってれば良いのか分らんな。待ちぼうけを食らって暇になるのは避けたい。とは言っても観光してればあっと言う間に時は過ぎるか?」


 始めて行く土地だ。アレコレと歩き回って見識を広めていれば待って居ると言った感覚も無しにその時はやってくるかもしれない。

 けれどもだ、もし俺の考える以上に船の帰還が長引いたら?もしトラブルが起きて船が戻ってこないと言った事になれば?

 最悪な事を考えれば考える程に俺はこの船団に付いて行かねばならないと思えてくる。

 無事に船団を本国に戻してやらねばならない。寧ろソレを考えたら良く本当にここまでやって来れたな?と思えてくる。

 とは言え、どうやらこの神選民教国の技術力は中々なモノであるらしいのでそれくらいのノウハウなどは当然に持っているのだろう。俺が心配をするのはおこがましいのかもしれない。


 そう考えればこの軍は船に関しての操縦技術や役割分担、海の知識、食料、水問題などもそう言った諸々を超えてここまでやって来ているのだ。

 このまま帰るだけなら何ら問題と言った問題は無いのかもしれない。まあ突発で起こる自然災害などに遭遇すると言った事も考えられたりはするが。


「はぁー、そうなると帰るのにどれだけの期間掛かるかが分れば俺はまだ城に居ても良い訳だ。分からない事は知っている人物に聞けば良い話だ。おーい、メリアリネス、どれ位でアンタらは国に戻るんだ?日数はー?」


 俺は実はこっそりとメリアリネスの乗る船に乗り込んでいたりする。既に出発して本国への帰還の為に船は動き出しているのだが、俺に掛かれば密航などオチャノコサイサイである。


「なっ!?・・・何処に居られる?声はすれども姿は見えず・・・」


 ここは指令室と言った部屋だろうか?大きな机と椅子。ここにはメリアリネスしかいない。

 お付きの部下が居ても良いはずなのだが、しかし一人で机に突っ伏していたメリアリネスに俺は声を掛けていたのだ。

 魔法で姿を消しているので俺の事をメリアリネスは見えていない。メリアリネスは突然に声を掛けられたのでギョッとした顔で勢い良く椅子から立ち上がったのだが、次には左右に首を振って部屋内に誰も居ない事で今度は唖然とした顔に変わる。

 ここで俺は質問をもう一度投げる。


「俺の事はどうでも良いさ。それで、どれくらいで船は戻れるんだ?」


「・・・大体上手く行けば四十、それを少し超える位だと思われる。」


「随分と長期航海だったんだな・・・良くそれで耐えられたもんだ。忍耐力、ってのを超えてるんじゃないのか?」


「ソレができるだけの準備は念入りにしてきてあった。訓練もしている。まあ正直に言えば島を見つけた時にはギリギリだった。見つからずにいれば途中で引き返さねばならなかっただろう。」


 往復だ。帰る事も入れて計画が立てられていなければ話にならないのである最初から今回の事は。

 そしてあの孤島を最初から俺が魔法で覆って見えない様にしていたら防げたと言う事だ。まあその事を考えても今更だ。


「ソレもこうして即座に追い出されて何の成果も得られずに逃げ帰るのだがな。」


 メリアリネスはそう言って「ははは・・・」と乾いた笑いを漏らした。どうやら疲れていたからこそ一人でいた様だ。


「長く待つのは流石に怠いから一気にとばす。やっても良いか?良いならその事を伝令で他の船にも伝えてくれ。実行は一時間後だ。返答は?」


「・・・何をする気なのだ貴殿は?とばす?まさか船を破壊しようとしているのか!?」


「いや、ちげーよ。」


 メリアリネスに船の進行速度を上げると説明する。四十日も船旅に付き合ってはいられないと。


「どの様にすればその様な事が可能だと言うのだ?嵐程の風速が帆に当たろうがそれでも船の出せる速度には限度と言うモノが・・・」


「ハイかイイエで答えてくれ。やっても良いか?良く無いか?」


「・・・分かった。やってくれ。他の船に伝令を出しておこう。」


 こうして俺は準備を始める。始めると言っても船の周りの海水に自分の魔力を広げているだけだ。

 ちょっと海表面の海流だけ、船と接触している部分の所だけ操作させて貰う。

 ソレと魔法で創り出す風を帆に目一杯当ててその両方で船をガンガン推進させるつもりである。

 後は余り進むと空気抵抗などが発生するだろうからソレを防ぐ魔力壁を船の全てに付与しておく。


 そうして一時間後、さて、時間である。俺はメリアリネスには直接説明していたが、他の船の船員、兵士たちは伝令を受けただけであろうから、その覚悟の程はどれ位できているか知らない。

 さて、この航海の帰り道は俺の都合と勝手により、早めさせて貰う。


 そうしていざ実行してみれば馬鹿げた速度が出た。大型船だと言うのに。

 時速100キロは出ているのではないだろうか?いや、もっと早いかもしれない。速度の出ている基準を計れそうな障害物が全く、一切無い海上である。感覚がマヒしてきそうだ。

 と言うか、こうした海の上、それもこの様な大型帆船で出せる最高速度、出せる限界が一体どれ位までが普通なのかを俺はそもそも知らない。


 先ず海水の抵抗は俺の魔力で操作しているので無いに等しい。しかもその流れも船を前へと押し出す推進力にしている。

 帆に受ける風は狂い無く魔法で当てているので推進エネルギーにロスが無い。余計に速度が出る。

 前方へと進んでいるのだからこの速度なら相当な空気抵抗も出ているだろうが、それも魔法で無効にしてあるので余計に速度がバンバン出る。


「この調子で行くとどれ位の短縮になるんだ?計算とか全く分からんのだが?」


 当然だが、この船団が国から出発した時にはそもそも「魔王」も「目的地」もこの大海原のどの地点、経緯、緯度にあるかなど分かっていないだろうから相当慎重に進んで来ていたはずだ。

 なのでその分だけ進行速度は抑えてあったはず。どの方角に進んで行けば良いかだけしか判っていない状況で、良くもまあ本当にこんな何も無い大海原に繰り出せたものだ、とちょっと呆れる。


 地球では海で船がどの位置に今居るのかを調べるのは夜空に瞬く「星を読む」と言った特殊な方法だったのだ。そこら辺の計算方法などは俺は知らないが。

 こちらでも同じ様な方法とかがあるのあろうか?それとも魔法があるのだからそう言った不思議な力でバッチリ解決できる道具などが開発されているのだろうか?

 取り合えずかなりの超長距離を観測する魔道具?は存在するらしいと言うのは分かっている。ならばもっと色々と他にも便利道具、観測器具があったりしてもおかしくは無いはずだ。この船にもそう言った道具が積み込まれて使われてたりするかもしれない。

 と言うか、絶対に無いとここまで来れないと思われる。


「そう言うのは俺の気にする部分じゃ無いか。今大事なのは後どれくらいで陸地が見えて来るかって事と。このまま進んでいる方向がズレていないかどうか、だな。」


 俺は姿を隠したままに船の先端に居る。乗組員たちは有り得ない船の速度に慌てふためき、そして酔ってグロッキーだ。

 この船だけで無く他の船も同じ状況だろうこの分だときっと。


「で、どうする?一旦停止させて休憩するか?揺れを抑えてこのまま昼夜走り続ける事も出来るけど?」


「い、一度船を止めてくれないか?気分が優れぬ者の中で気絶までした者が出ている・・・」


 かれこれ三時間は余裕で走り続けていた。それでも陸地が見えないのでまだまだ目的地は遠い。


「一度方位がこのまま進んで良いのかどうかも調べておいてくれ。と言うか、それは夜にならないと駄目か?」


「・・・確認はし続けている。そう言った道具がある。このままで大丈夫だと、報告が上がってい・・・うっぷ!?」


 メリアリネスは俺の隣で横になっている。俺がこうして船の先端に行くと言ってから付いて来ていた。

 そして一気に船を加速した時には驚きの、そして信じられない速度に恐怖の悲鳴を我慢して必死になって船の縁にしがみ付いていたのだが。

 今はもうそのやせ我慢もとうに尽きてぐったりとして床に寝転がっている。

 最初の頃よりも船の揺れを今は抑えてある。と言うか、俺が真っ先にやったのはこの船の揺れを無くす所からだった。

 今は全くと言って良い位に揺れは無いのだが、逆にソレが船の上に慣れていた者たちには影響を及ぼしていたようで。

 海で船がこんな速度で進んでいるのに、逆に揺れが全く無い事で脳内が混乱したと言う事らしい。

 常識が壊れた、そんな感じの精神的ショックがどうやらその大本であるらしいので俺は何とも言えなくなった。


(まあ確かに地球でだって船が幾ら大型であろうと海上では波に揺られるのが「絶対的普通」だったからなー)


 考えてみれば俺がやっている事はどっちの世界であってもオカシイものだった。とは言え、船酔いを俺はしたくない。

 と言うか、魔法で体調すら整えられる今の俺は船が揺れようが、それが無かろうが関係無かったのだが。

 無いなら無い方が良い、そう思っての揺れの抑制だったのだが。こちらの世界の人間にはどうやら別の部分に逆効果で酔うなんて思っても見なかった訳で。


 俺は一旦ここで船を止めて暫くは海風の香りを楽しむ事にした。

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