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直ぐに出来上がりまっせ

 今から早速精製を開始するらしい。まあ確かにこのままでは不純物がそのまま混じっている状態だし使い物にはならないだろう。

 ならば俺がチャチャッとやってしまった方が早いのでそこら辺を親方に聞いてみる。


「俺がソレをやっても問題無いか?取り敢えず精製されてる物を見せてくれれば俺がパパッとこの場で済ませちゃえるんだけど。」


「・・・は?何を言ってやがる?あ、いや、お前さんは妙な事ができるようだし、それを出来るから口に出してんだな?いきなり目の前に現れやがるし、こんなデケェ塊を二ついきなり手ぶらなのに出しちまうしよ。ふむ、ならちょっと待ってろ。」


 手間が省けるならソレで良い、そう言って親方は店の二階へと行ってしまった。どうやら住居スペースが二階にあるらしいのだが、そちらにサンプルを保管しているのかもしれない。

 それにしてもこの親方、器が大きい。切り替えも早い。と言うか、鍛冶の事しか頭に無いのか?寧ろ鍛冶以外の事は些末な事だと言った考えなのか、どうなのか?


「おい、エンドウ。お前ちょっと遠慮しなくなってきてるぞ?自重する気は、まだあるか?」


 いつの間にか倉庫に来ていたゲルダが俺の背後から声を掛けてくる。注意してきたその表情はムスッとしたモノで、やり過ぎだと指摘された。

 確かにちょっと?やり過ぎではある事を俺は自覚はしている。毎度の事、抑えなきゃ、抑えなきゃと思いつつも段々と次第に雑になっていってしまうのは俺の悪い癖になって来ていた。


「うーん、でも、一応は信用できる相手にだけだよ?こうしてアレもコレもとやって見せてるのは。」


「移動した目の前に店主が居たのはどう考えてもお前の考えが甘かったからだろうが。」


「・・・面目次第も御座いません。」


 痛い所をゲルダに突かれる。確かにあの時は親方にワープゲートの存在を見せるつもりは無かった。反省しなければならない点であるこれは。

 そんなタイミングで親方が戻って来て俺に精製されているサンプルのインゴットを二種渡してくる。


「ほらよ。コイツを今回使う。で、やれるんだな?そうなりゃ今すぐにでも手慣らしを始められる。明日の昼には完成品を渡せるぜ。」


「ほんじゃま、やっちまいますかね。あ、この事は内密に。」


 俺は渡されたサンプルに魔力を流す。そのインゴットの手応え、魔力の流れる抵抗感、成分の比率などをちゃんと覚えてから目の前の塊に魔力をじわじわと流していった。

 ゲルダのナイフを作って貰うのに親方の錆びた腕前を磨き直す分も必要なので多めに抽出する。

 抽出した成分を固めてゴトン、ゴトンとリズム良く積み上げていく。まるで積み木の様に。形のイメージは金塊のインゴット。

 鉱石の塊はインゴットの山が高くなっていくにつれて逆に小さくなっていく。

 これを見て親方は。


「ヒュー・・・コリャお前さん、コレを仕事にすりゃ大儲けだぞ?やる気ないか?」


 軽く口笛を吹いて驚愕を示してから俺にそっちの仕事を始めないかと持ち掛けてくる。

 ソレを俺はやる気は無いと断ると「そりゃ残念だ」とそれ以上は勧誘されなかった。


 さて、精製はあっと言う間に終わった。後は親父さんの仕事だ。俺たちにできる事はもう無いので明日の昼にまた来れば良いだろう。

 だけども別にこの後の予定なんてモノは無い。だから俺はこのまま親方の仕事を見学したいと頼んで見た。すると。


「うん?まあ良いぜ。邪魔なトコに居なけりゃ見てて良いぞ。面白いモンが見れたからな。今日の俺は上機嫌だぜ!」


 インゴットを両脇一杯に抱えて工房へとスキップで向かう親方。自分で上機嫌と口にしちゃうくらいに浮かれている。


「ゲルダはどうする?明日の昼って事だけど。」


「アタシは完成品ができるまで宿の部屋で楽しみに待つとするよ。おっと、こいつを渡しておいてくれ。」


 ゲルダは解体ナイフを俺に渡してくる。これを親方に渡して参考にして貰うのである。これを俺は与る。

 その後にワープゲートを出す。するとゲルダはさっさと通って行ってしまう。これまでであれば躊躇ったり、一拍間を置いてから足取り重く通ったり、不機嫌な顔して渋々と言った感じであったのだが。

 どうやら明日には新しいナイフが完成すると言われて機嫌が良いのだろう。余り待つ事無く新品のナイフの使い心地も試せるのだから。


 こうして俺は親方の仕事を見物させて貰う為に工房の方に移動した。

 親方はもう既に炉に火を入れて轟轟と音を立てさせている。その手には二つインゴットを持ってウンウンと唸っていた。

 先ずは今回のゲルダのナイフの為にこの二種のインゴットを混ぜ合わせて比率の確認と言った具合なのだろう。


「これと同じ物を作って欲しいって事なんでナイフを預かってます。手に取って参考にしてくれますか。」


 俺は親方の目の前にナイフを出す。すると親方はソレを勢い良くその手に取ると。


「解体用ナイフ・・・ふむ、良い仕事しとる。これを超える仕事をせにゃならんな。ワシは負けず嫌いでの。」


 そんな言葉を親方は口にして俺にナイフを返すと手に持ったインゴットを炉の中に無造作に放り込んだ。

 もうここからは俺の口出しも手出しもできない領域だろう。素直に俺は引き下がって親方の仕事ぶりを見学させて貰う事にした。


 高熱となり溶けて専用の出口からどろどろの鉄が流れ出てくる。


 使われた二種のインゴットがどれ位の価値があるのかを俺は知らない。


 しかしこれから親方の作るナイフはきっとそれ以上の価値になる。それだけは分かる。


 溶け出て来た鉄を型に流し込んだ親方はソレを水につけて急速に冷やした。

 そこから軽くカンカンとハンマーで叩いたと思えば型取りされたその鉄をペンチ?で掴んで炉の中に突っ込む。

 再び熱を受けて赤、オレンジ、白と色を変えたナイフの原型は即座に取り出されて今度は激しくハンマーで叩かれる。

 ガンガン、ガンガン、叩かれてはまた炉に入れられて入熱されて、取り出されて、ガンガン。

 その作業はもの凄く早い。迷いが無い。親方は何かのマシーンにでもなったかの如くに同じ動きを繰り返す。


 だがしかしその叩かれている鉄は見る見る内に輝きを出し始めてあっと言う間に「ナイフ」になって行くのだから目が離せない。

 コレに俺は心の底から職人技とは凄まじいなと思った。


 さて、そんな事を思っていたらナイフが一本出来上がっている。練習用一本目だ。それにしても早過ぎる。

 さて、この様な仕事に対して何ら知識も無い素人の俺が見た感想なのだが、親方の研ぎが凄く雑。親方は打ち上がったナイフをどうにも砥石で五回程擦っただけ。

 俺はそれに「え?」と驚かされた。たったそれだけ?と。

 しかし親方は何かの皮の切れ端を取り出したかと思うと、それにその雑に研いだだけのナイフをスッと当て引く。


「うわぁ・・・凄い切れ味。ちょっと引くわー。」


「何じゃい、まだまだこの程度では無いぞ?ワシの腕は。」


 親方はと言うとまだ納得いかない切れ味らしいこれでも。俺には充分過ぎると思うのだが。

 だって無造作に手に持った皮の切れ端にそのナイフの先端をちょっと当てたまま引いただけでソレがスーッと分かれて行くのだ。

 これ程の切れ味なのに親方は何が納得いかないのかが俺には分からない。職人だからこそ許しがたい何かがまだそこに残っているのだろう。素人の俺が口を出せる訳が無い。


 こうして一本目の出来がまだまだなのは分かり切っていたと言わんばかりに、既に親方は二本目に取り掛かっていた。


 出来上がって行く数が二本、三本と増えていく。どんどん増える。五本、六本。

 そうして八本目を仕上げた所で親方は休憩を取った。お昼である。


「何が納得いかないんですか?俺には切れ味抜群のナイフが量産されているとしか見えないんですけどね。」


 素人の素直な感想。しかしコレに親方が。


「駄目だ駄目だ。解体用のナイフだぞ?日夜魔物の素材を切り刻むんじゃぞ?あの嬢ちゃんが仕事道具の手入れを怠らないとは言えだ。耐久力ってモノを考えりゃまだまだ後二本か三本は比率を変えたのを試して徹底的にやっておきたい。・・・まあ実を言うとじゃな。久しぶりに鉄が叩けて只楽しくなってるだけじゃわい。」


 そう最後に白状した親方の顔は実に上機嫌な子供の様な輝く表情をしていた。


 こうして翌日の昼である。あっと言う間だ。昨日は親方と昼飯を一緒に食べた後も見学を続けさせて貰っていた。

 親方の仕事っぷりを見ていたらあっと言う間に夜になりその後は直ぐに宿に戻って寝た。

 朝起きてゲルダと一緒に外に出る。屋台飯で朝食で摂った後はそのまま帝国内をぶらついて昼時になって親方の店の前に。

 既に一度見られているのでササッとワープゲートで移動してしまう。

 コレにゲルダが凄い俺の事を睨んできていたのだが、気にしない。


「おう!出来上がっとるぞ!嬢ちゃん、ホレ。」


 親方がゲルダへと渡したのは二本のナイフ。一本はゲルダが親方へと参考用に渡した物。もう一本が今回の本命と言う事である。

 その二本をゲルダはスッと抜く。そして手の中でクルクルと器用に回し始めた。まるで曲芸師の様である。


 新しいナイフはこれまで使っていたナイフと形は同じ。なのでゲルダはどうやら重心を確かめている様だ。

 手に感じる重みや手応えなどに違和感が起きないかをじっくりと確かめている。

 時に大きく振ったり、いきなり千切りでもするかのように細かく振ったり。ペン回しでもするかの様に指の間を通したりと。時には右と左のナイフを宙に投げて入れ替えてキャッチすると言った事もして見せる。

 見ていてちょっと危ないと感じる位にゲルダはずっとナイフを手の中で弄び続けていた。

 でもそれだけずっとしていて一切手を切らないと言う事は、きっとそのナイフは手に馴染むものなのだろう。もしくは今この場で馴染ませていると言った感じなのだろうか?


 そしてとうとうゲルダがフィニッシュを決める。ナイフ二本を同時にその手の中で高速回転させてそのままの勢いで鞘に「シュッ」と収めたのだ。


「良いね。手応えは完璧だ。後はコイツの切れ味だな。」


「おう!不満が出たらすぐに来い。調整は幾らでもしてやる。」


 ゲルダと親方が互いの顔を見合って「ニヤ」と笑う。どうにも俺には分からないのだが、二人の中でどうやら何かが通じあったらしい。

 ここでゲルダが代金を出そうと動いたのだが、親方がソレを制した。そして求めてくる。


「金じゃ無くて現物をくれねーか?お前さんたちが採って来た残りの材料を譲って貰いたい。と言うか、こっちがそうなると代金を払って買わせて貰わにゃならん位の量になっとるが。」


「俺たちが持っていても使い道無いし。寧ろ処分の為に引き取って貰うって形でどうです?お金は要らないんで。正直言って、採ってき過ぎちゃったんですよねぇ。」


 ゲルダは俺のこの言葉に「今それを言うのかよ」とツッコミを入れて来た。

 親方はと言うと「ワシには宝の山だがな」とガハハと笑う。


「またいつでも来てくれ。補修も修繕も嬢ちゃんのナイフはタダで仕事をさせて貰う。ワシの渾身の作だ。欠けたりはせんと思うが、その時にはまた新しいのを作っちゃるわい。最優先でな。」


 親方は胸を張ってそう言葉にする。大した自信だ。


「うーん?試し切りができる物って無いんです?今この場でやってしまえば微調整も簡単でしょ?・・・あー、そんなに睨まないでくれない?ゲルダ。」


 こういうのは親方が用意しておいてくれたら話が早かったのだが。

 どうやら親方はナイフの制作に夢中でそこら辺のサービスが頭の中からすっぽ抜けていたのか小声で「オッとイケね」と溢している。


「・・・何か持ってるんだろ、エンドウ。出せ。」


 ゲルダは不機嫌だ。そんなに悪い事を言った覚えは俺は無いのに。俺の言葉のどこら辺がここまでゲルダの機嫌を悪くさせているのだろうか?

 他人の地雷スイッチがどうなっているのかなど分かりはしない。ましてやまだゲルダとの付き合いは短いのだから当然な事なのだが。


「えーっと、親方、倉庫借りて良い?あ、出す物は誰にも言っちゃ駄目ですよ?ゲルダも口を閉じてくれよ?」


「一体何を出す気なんだよお前は・・・」


 ゲルダから新しいナイフを手にした時の機嫌の良さが消えていっている。これは俺のせいなのだろうか?

 とは言えここでこうして居ても始まらないので奥の倉庫に入らせて貰う。

 そして解体台を俺は魔法で作り出す。地面剥き出しの床だったのでこのままではやり辛いだろうと思って。

 これを見て親方もゲルダも白けた目を俺に向けて来ている。俺がもう何をやっても「そう言う奴だ」と言った感じでスルーするつもりなんだろう。

 ゲルダがそう言った感想になるのは分かる。しかし親方はまだつい先日顔を合わせたばかりだ。それでも親方は俺の事は「とんでもない奴」とでも認識していて何が起きても驚かなくなっているのかもしれない。


 ここで俺は「ワニ」を出した。俺のインベントリの中には大量の「ワニ」が入っている。

 以前にこの内の一体を冒険者にダンジョン攻略をした「証明」として譲り渡している。俺たち「つむじ風」のスケープゴートになって貰う為に。

 さて彼らは無事にギルドで話し合いを済ませる事ができたのだろうか?


 そんな俺の回顧など知ったこっちゃないゲルダはこれを見て目をランランに輝かせる。どうやらお気に召したらしい。

 親方はと言うと腰を抜かしていた。唖然と「ワニ」を見つめて間抜けにも口をポカンと開きっぱなしだ。

 一応は一番小さいモノを取り出したのではあるが。それでもどうやら大き過ぎた様だ。親方は「ワニ」の迫力に負けてしまって未だに立ち上がれずにいる。


「えーっと、じゃあゲルダ。思う存分にやってみてくれ。」


 こうしてゲルダの魔物解体ショーが始まった。

 この魔物は恐らくゲルダは初見だろう。しかし一刀目にナイフを刺し込む場所に迷いが無い。首の部分にブスリ。

 似た様な骨格、肉付と言ったその他の似た魔物は幾らでも捌いて来ているだろうからその経験を活かしているのかもしれない。

 と思っていたら次々にスルスルと魔物にナイフを通してゲルダは解体を進めている。

 どうやらかなりの切れ味らしい。皮を剥ぐにも肉を切り分けるのにも、関節部分の軟骨を切り離すのにも、何ら抵抗感と言った感じが見られない。

 ゲルダの身体の動きで分かる。余りそこまでの力を込めている訳じゃ無い。

 それなのにアレヨアレヨと「ワニ」はバラバラになって行くのだから驚きだ。

 ナイフの切れ味、ゲルダの長年の経験が噛み合ってここまでのスムーズな解体になっているんだろう。いわゆる一種の芸術の様で俺は思わず見入ってしまった。


 かなりの集中力を見せたゲルダ。解体が終わった時には軽く息を吐くだけ。

 魔物の大きさは結構なものだったのだが、ゲルダはそこまでの労力を使った様に見えない。

 何だかスカッとした顔つきでゲルダがこちらに振り向いた。そして一言。


「もう一体出せ。」


「いや、何でだよ。」


 俺は即座にツッコミを入れてしまった。お試しで解体するだけならこの大きさ一体で充分過ぎるだろう。

 なのにゲルダはまだ物足りないのか、何なのか。「良いから出せよ」と迫ってくる。

 その手は魔物の血で汚れて、はいない。血抜きはインベントリ内で完璧に済ませてある。

 しかしやはり脂や肉の汁などでテカテカしていてそのまま掴み掛かられたくない。ソレとその手に持っているナイフがキラリと光って何だか妙な威圧を放っている様で押し負けた。

 なので俺は解体されたモノをインベントリにさっさと仕舞ってからもう一体を出す。


 コレにまたしてもゲルダは集中を始める。そしてまた「ワニ」の首にブスリとナイフを刺し込んだ。

 二度目は一度目よりも早く解体が終わった。一体目で恐らくコツを既に掴んでいたんだろう。

 二体目は最初の個体よりも一回り大きな物を選んだのだが。しかしコレに何処にも躓く様な事も無くゲルダは全てを終わらせている。


「もう一体出せ。」


「またかよ。」


 何がゲルダにここまでさせるのか?もうしょうがないので俺はこれにトコトン付き合う事に決めた。

 親方には「迷惑かけてすみません」と一言謝罪をしてからバラバラにされている二体目を即座に回収。三体目を出す。

 親方はこの時ゲルダに「程々にな」などと声を掛けていたがゲルダはどうにもこれに聞こえている様子は無い。

 三体目を真剣に見つめてまた同じ流れで解体を始めてしまう。コレに親方は苦笑いしながら椅子に座ってこのゲルダのいつ終わるとも知れない解体ショーを眺めている。


「いや、気持ちが分かるんだよ。お嬢ちゃんは今もの凄く楽しんでるんだ。職人、ってやつだな。しかもコリャ頑固ってな。ワシも同じだ。仕事が楽しいのよ。」


 初見の魔物を目の前にしてはっちゃけているのだろう。どうやら自分の納得ができるまではこの解体をゲルダは続ける気らしい。

 一応はインベントリの中には「ワニ」がそれこそ大量にまだ残っているのでゲルダの気が済むまで付き合ってやれそうではあるが。


「は~。今日の残りはずっとこんな感じか?」


 また綺麗に三体目を無事解体したゲルダは「次!」と言ってもう俺の方を見ていない。

 俺はコレにもう何も言わずに四体目を用意した。


 そうして十体が完了してやっとゲルダが深呼吸をしてナイフのメンテナンスを始めた。どうやらやっとの事満足できたらしい。

 俺はソレを確認するためにゲルダに声を掛ける。


「なあ、もう満足したか?もう一度ここで言っておくけど、この魔物の事は誰にも言うなよ?」


 親方はゲルダの解体をずっと見ていた。飽きもせずに。俺は途中で飽きていたのだが。


「分かってるさ。こいつはまだどこにも出ていない魔物だろ?アタシはこの魔物の事を知らなかった。これまで様々な魔物の情報は取得していたんだけどねぇ。ま、良いさ。ナイフの使い心地も確かめられたし。」


「おい、嬢ちゃん。研ぎは必要か?と言うか、ちょっとワシにナイフの状態を確かめさせてくれ。」


 親方はルンルン気分中のゲルダにそう言ってナイフの最終確認をしたいと伝える。

 コレにゲルダは問題は無いと言った感じで親方にナイフを渡した。それをサッと親方は確かめる。

 ここで親方は「流石はワシ」と自分の作ったナイフの事を絶賛している。


「どうやら何ら問題は無いみたいだな。フムフム、切れ味・・・落ちとらん。よし、良い仕事したわい。」


 自身の仕事の完成度を確かめて親方は満足している。ナイフを綺麗に布で磨いてピカピカにしてゲルダへ返す。

 鞘にサッとソレを収めてゲルダは大きくここで一つ背伸びをする。そして外を見て。


「あー、っと。もう夕方か。じゃあ帰るか。」


 ここでの用事はもう終わりだ。全て完了。もうマルマルに戻るも良し。残りの日数をギリギリまで休暇に当てても良し。ゲルダは今自由だ。


「また来いよ!お前さんたちならいつでも大歓迎だ!」


 俺たちは親方に見送られてワープゲートを通る。もう隠したりしない。

 コレに親方は別段ツッコんでくる事も無くニッコリ大満足と言った感じである。

 こうして宿に戻って来た。ここでお腹が空いている事に気づく。ゲルダの腹の虫が鳴って。

 コレに何ら恥ずかしい事は無いと言った感じでゲルダは「早く飯食おうぜ」と食堂に向かう。その顔は上機嫌だ。

 別段異論は無いので俺もさっさと夕食を摂ったら今日は寝てしまおうと思ってゲルダの後を追った。


 その翌日、どんよりとした暗い朝。俺の部屋をノックするゲルダ。


「おーい、外に飯食いに行こうぜ。もう起きてるかー?」


 俺はコレにドアを開ける。そこには実に良い気分と言った感じのスッキリした顔のゲルダが立っている。

 その表情の晴れやかさに外の曇り空との対比が凄い。昨日の事はゲルダのストレスを取り除ききったと言えるモノだったんだろう。


「じゃあ行くか。何処が良いかねぇ。あ、あそこは開いてるのか?」


 俺は背伸びを大きくして朝食を何処で摂ろうかと考える。そして帝国に来て最初に入ったあの「ビーフシチュー」の店を思い出す。

 朝から少し重たいかと思ったのだが、まあまだ朝早い時間なので開いていない可能性もあるので気にせずその店に向かった。やっていなければ別の店に行けば良い。


 そうしてやって来てみれば開いてる。なのでさっさと入って席に着いた。


「おう?お前さんはあの時の氷の!来てくれたのか。んじゃコレに氷くれ。」


「・・・アンタ朝から酒飲んでるのかよ。まあ、良いけど。」


 いきなり俺の顔を見るなり酒を手に氷を催促するとかどれだけ酒好きなんだよと言いたい。


「で、そっちの女はお前さんの「アレ」かい?」


「おやっさん、その手の冗談を口にすると殺されるぞ?」


 下世話な話を振ろうものならこのおやっさんが半殺しの目に遭いかねないので警告を入れておく。

 もちろんゲルダがブチギレ無い様に俺もフォローを入れるつもりではあるが。


 そんなゲルダは椅子に座って腕組をし、足を組んで綺麗な笑顔でニッコリ。その笑顔には極寒の空気が。

 これを見たおやっさんは即座に厨房に入って料理と酒を持って来る。どうやらゲルダの恐ろしさを即座に感じ取ったらしい。

 そうして配膳を終えたおやっさんは素直に奥へと引っ込んだ。ヤバい奴に目を付けられない様にと言った感じで。俺がテーブルに出した料金をもの凄い早業で回収して。


「余り脅したりするなよゲルダ。俺ここの店気に入ってんだから。今度から入り辛くなっちゃうだろ?」


「アタシは何も言ってやしないじゃないか。言いがかりは止してくれよ。」


 そんな言葉を交わしてから料理を堪能する。ゲルダの口にもここの料理は合った様で「うまっ」と言葉にしている。

 俺はゲルダの方の酒にも氷を入れておいた。大抵は俺が勝手に魔法を使うとゲルダは機嫌を悪くするのだが、これに関しては酒を一口飲んでから「へぇ~」とだけしか言わなかった。どうやら酒の方も気に入ったらしい。


 こうしてゆっくりと酒と料理を堪能してから店を出る。


「さて、今日はどうするかね?数日はまだ休暇は残ってる。無理に使う必要も無いんだけど。」


 ゲルダがそんな事を言って背伸びをする。


「あー、でも今はどうやら向こうさんがコッチに用事があるみたいだよ?」


 二十人の男たちが俺たちの前に現れる。どいつもこいつもこちらを鼻で笑った様な表情で。

 コレに俺たちは直ぐに囲まれてしまった。そして相手側から一言「ついて来い」などと言われてしまう。

 前後左右をこれだけの人数で囲まれてしまったら無視して自由に歩ける訳が無い。

 付いて来いなどと言った言葉は「無理矢理連行する」と言っている様なモノだこの状態では。こちらの意志など相手側は慮る気など無い。


「付いて行くのは良いけど、誰の差し金?」


 俺は歩きながらそう尋ねる。しかしコレに誰も答えてはくれない。


「なあエンドウ?これは暴れて良い案件だよな?」


 ゲルダから物騒な質問が投げかけられてくるのだが、これを抑える様に俺は言う。


「話し合いで解決できればそれに越した事は無いでしょ?先ずは話を・・・」


 そう言ってる間に人気の無いちょっとした広場に付いてしまった。

 ここでこの集団のリーダーらしき男が説明を始めた。


「スマンが、俺たちの雇い主がどうやらアンタらに非常に怒りを持っていてな。それでアンタらの始末を依頼して来たんだ。この帝国でこう言った仕事を請け負っている俺たちとしてはこれを断る理由が無くってな。前金だけでかなりの金を積まれてね。」


「その依頼主ってのをちゃんと誰だか教えてはくれないのか?」


「そういった部分は俺たちの仕事の信用って物に関わるからな。勘弁してくれ。とは言え、だ。それは建前でな。こっちも命あっての物種って事でよ。」


 話の流れがどうにも妙だ。これでは「教えても良いけど条件あるよ」と言っている事になる。

 そして自分たちの命が先ずは優先だと、そう言っているのだ。


「調べは付いてんだよ。こんなに人数を揃えたんだけどよ。あんたらにゃ敵わん。俺もこの世界で長年やって来て生き残ってるからな。情報の大切さは良く知ってるし、鼻も利く。で、俺たちは死にたくは無いんだ。でも前金は貰っちまってるから引き下がれはしない。で、お願いだから、金で解決させてくれねーか?」


「・・・あぁ、そう言う事。まあ別に良いけど。金貨での持ち合わせの枚数がそんなに無いから引き落としにして貰いたいんだけど。」


「・・・話が早くて助かる。いやー、アンタらに喧嘩を吹っ掛ける何て命が幾つあっても足りないからな。で、幾ら払ってくれる?」


「ああ、その前金の倍の額で良いよ。ソレと、アンタがこの集団の頭で良いんだよな?一緒にその依頼主の所に来て貰いたいんだけど、良いよな?」

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