ちょっと待ってくれ。あっちもどうにか終わらせたい
まあギルド長もビビッて思考停止したくらいだ。この火空蜥蜴を買ったと言うスポンサーやらそのお抱えの従魔師が同じ反応をするのは分かり切っていた事である。
魔法の契約を魔物へとかける専用の部屋があり、そこに魔術師と従魔師、それと購入者の商人が入って来たのだが。
誰もが皆目の前の魔物を一目見て入り口で立ち止まって固まるモノだから何時までも話が先に進まない。
火空蜥蜴は檻には入っておらず床に描かれた魔法陣の上に立っている。コレが余計に彼らを凍らせた要因の一つでもあるが。
ここでギルド長が手を二度叩いてから声を掛ける。
「さあ、準備を始めてくれ。魔術師たちはいつも通りにやってくれて構わん。この魔物が抵抗をする事は無い。大丈夫なんだな?エンドウ?」
ギルド長は俺に向かって最後にそう言って確認を取りに来た。
「大丈夫ですよ。こいつには一通りどうしてここに連れて来られたのか、今後どうなって行くのかの説明をしてあります。魔力を受け入れる事も了承させました。」
この俺の説明にこれからこの火空蜥蜴の主となる事となっている従魔師が「何言ってるのかサッパリ解らない」みたいな顔をする。
ギルド長も俺の言っている事を半ば無理矢理呑み込んで話しを進めようとしているのがバレバレな表情になっている。眉間に大分皺が寄っているのだ。
それこそ魔物の購入者の商人はそもそも話について来れていない様子。
檻に入っていない魔物にビクつきながらも魔術師たちはどうやら配置に付いた。そこでギルド長が合図を送る。
すると一斉に魔術師たちが魔力を発し始める。その魔力は床に描かれている魔法陣に流れる様に吸われて行った。
これにどうやら充分な魔力が行き渡ったらしい魔法陣が青白く光り始める。するとその光が今度はその中心に居る火空蜥蜴に纏わりつき始めた。
そんな事になっていても火空蜥蜴は大人しい。そうしている内に徐々に光は収まって行く。
するとどうやら契約が成功したのか、火空蜥蜴の首の部分に床にある魔法陣と同じ紋様が入っている。
「ほほーう?こうなるのかぁ。あ、どうも見学させて貰って有難うございます。それじゃあ俺はコレで。」
もう用は済んだ。俺はこれでこの場を去ろうとしたのだが。
「ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ。エンドウ、君に手伝って貰いたい事が・・・」
ギルド長に呼び止められたのだが、その手伝って欲しい事の内容は何となく予想が付いている。
「岩塊蜥蜴を何とかして欲しいってヤツですか?」
「そうだ。アレも君が捕らえて来た魔物だろう?こちらの方もどうにか終わらせたいのだが・・・」
ギルド長が苦い顔をする。どうやら「魔力を吸収する」と言った性質に難儀している様だ。
魔術師が魔力を放出して魔法陣を起動させるのだから、それを邪魔する様にして岩塊蜥蜴がその魔力を吸い取ってしまうと話にならない。
そもそも魔法の契約自体が岩塊蜥蜴に通用するのかの疑問も出る。
契約で刻まれたあの魔法陣は魔力を帯びていた。ならば上手く岩塊蜥蜴に契約の魔法陣を成功させても無効化されてしまう可能性も考えなくてはいけない。
「別の魔物を連れて来た方が良かったですかね?」
今更な事である。このタイミングで聞く事では無い。思わず俺はそんな言葉を漏らしてしまったがコレにギルド長が。
「いや、あれはあれで良いんだ。珍しい魔物だからな。もしも魔法契約が上手く行かなかった場合は魔物を研究している機関があるからそちらに売る事も出来る。」
どうやら岩塊蜥蜴はここでの契約ができずに終わればその研究機関にドナドナされてしまうらしい。
とは言え、別にそれに俺が横からとやかく言う立場に無い。既にギルドの捕獲依頼は既に終えている後だ。
別にこのギルド長の頼みに応えてみてもいいだろう。ちょっと試してみたい事もある。
「じゃあ案内してください。ちょっと様子を見てみましょう。」
そうして俺が了承をすると直ぐにギルド長が「案内する」と言って部屋を移動する。
俺の気が変わらない内にと思っているのかその足取りは早い。
こうしてさっさと部屋を出ていく俺たちを、火空蜥蜴の新たな主となった従魔師は何とも言えない不思議な表情で見つめて来ていた。
そうして移動して三十秒も歩けばその部屋に着いた。入ってみれば中には檻に入れられたままの岩塊蜥蜴。
(同じ蜥蜴呼ばわりでも姿形は全然違うよなぁ)
改めて二匹の蜥蜴を見て思う事はそんな下らない事だった。
この世界の「蜥蜴」の分類はどう言った部分を以てしての判断なのだろうか?
そんな事を一瞬だけ考えてソレを頭の隅にポイッと捨てる。今はそんな事が問題では無いからだ。
「契約は一度試してみたりはしたんですか?」
「いや、まだだ。こちらもこの魔物の生態調査書は写しを取り寄せて読んだ。その内容で即座に魔術師に実際に魔法をコイツに向けて放って貰ったのだ。それが・・・」
「ソレがいきなり消失した?」
先ずは魔物を弱らせる。別に飢餓に因っての衰弱だけでなく、怪我をしたり痛みでの衰弱と言った方法もあるだろう。
ギルド長はこの魔物の特性を知って直ぐに魔法契約を試すのではなく、衰弱させるのに魔物を攻撃して痛めつける方法をとってみたのだろう。
魔力を吸収する、と言った研究内容を見て実際に本当にそんな事が起きるのかどうかを確かめる事も視野に入れて。
「放った魔法は火の魔法だったよ。それが魔物の表皮に当たる寸前にまるで空気に溶ける様に消えたよ。実際に目の前でソレをこの目にすると、それを知っていても驚かされるね。」
その後はずっと動かなかった岩塊蜥蜴が目を覚まして檻の中で暴れたそうで。
「生きた心地がしなかった。安易に試す事では無かったよ。檻の耐久力を高く作っておいたからこそ今私は生きている様なモノだ。」
どうやらその暴れっぷりは相当だった様でギルド長はその時の事を思い出したのか小さくブルリと震える。
「魔力を吸収するって言うのは俺にとっても天敵みたいなモノですよ?俺ができる事って大抵は魔法の力ありきですからね。とは言っても、試してみたい事はあります。いや、確認したい事、かな?」
興味があった。この岩塊蜥蜴はどれ位の魔力をその身に吸収できるのか?限界は無いのか?
無限に吸収し続ける事ができたとして、さて、それをどうやってその身体の中に収めているのか?
「そもそもこいつ等って餌は何なんでしょうね?魔力だけ食べさせてりゃ永遠と生きるんですかね?」
ふとした疑問だ。こいつらが居た場所、そして地面に潜っていた姿を思い出す。
あんな場所で餌取り何てできる訳が無いだろう。食事もせずにずっとあのままと言うのは流石に無いのでは無いかと。
でももし、魔力だけを吸収し続けるだけでその身体の維持ができるのだとすれば?
その仕組みは一体どういった構造なのか?俺でも再現できるのか?その場合はどれ位の量の魔力を一日で吸収
しているのかなど。
(とは言え、真似をする気は無いけどな)
魔力だけで生存、何とも味気無い。食事が不要などとなれば楽しみが減ると同義だ。
食は娯楽である。それが無くなる人生など考えたくも無い。美味しい、そう感じる事は幸せだ。その幸福を放り投げる様な事をする気は無い。
さて、俺の疑問など今は隅に置いておけばいい。俺は自分の興味によってこの岩塊蜥蜴を調べてみる事にした。
俺は魔力ソナーで岩塊蜥蜴を覆ってみる。しかしそれは直ぐにスッと消え去る。吸収されたのだ。
今の俺は全く動かずに岩塊蜥蜴を見ているだけにしか見えていないだろうギルド長には。
しかしこの状況にギルド長は一切口を挟んで来ない。じっと推移を見守る気の様だった。
俺の魔力ソナーを吸い取って岩塊蜥蜴が起きて来た。先程までジッと目を瞑っていたのにノソノソと起き上がって俺の方を見てくる。どうやらこちらを「食い物」として認識してきた様だ。
檻から出ようとしているのか、ゴリゴリとその身体をゆっくり押し付けている。
「・・・大丈夫、なのかね?」
ギルド長がそう俺に聞いて来る。そこには不安が詰まっていた。
「何か起きれば俺が一切の責任を負いますよ。まあ、一番最悪な場合でもこいつを殺してでも止めますから。被害はそれで最小限に収めます。」
せっかく捕まえて来た魔物だ。それを殺してしまって「最小の被害」とは良く言ったモノだ。
でもこの岩塊蜥蜴が檻を破って外で暴れ回って人的被害が出るよりかはマシだろう。
その被害で死亡者が出たら俺は自分を許せないはずだ。ならばそんな事にならない様に立ち回らねばならない。
手っ取り早いのが暴れている魔物を殺す事。それが事態を深刻化させない一番の方法になるだろう。
万が一の時にはソレを実行する。俺の全力を以てしてだ。
「さて、俺とお前で比べっこしようか。」
俺は先ずどれ位の魔力を吸えば岩塊蜥蜴が大人しくなるのかを先ずは確かめてみる為に放出する魔力の出力を徐々に上げて行った。
すると魔力がぐんぐんと何もしないでも自らに注がれる事に気付いた岩塊蜥蜴が檻に体を押し付けるのを止める。
俺はこれを見て更にどんどんと魔力を岩塊蜥蜴に流し込んでいく。そう、無理矢理にである。
先程までは吸収されていた。だけども今は違う。俺が半ば無理矢理押し込んでいる。
吸った魔力を入れる器がもう既にこいつは満タンになっていたのだ。しかし俺はソレを無視して遠慮無く魔力を流し込んでいる今も。
「オエッ!オエッ!オエッ!・・・オエエエエエぇぇぇぇ・・・」
嗚咽し始めた岩塊蜥蜴。ここで俺はやっと魔力を止めた。
「受け入れられる容量はそこまで大きく無いんだな。ふむ、もしかしたらとか思ったりしたんだけど。」
無限に魔力を吸収すると言った事は無いらしい。生物としての限界と言うモノだろうかコレは。
ソレを考えると今の俺の異常さが際立つと言っても良い。何しろ俺はどうにも魔力を使いたい放題、放出し放題らしいから。
(ヘコむ事を思い出しちゃったなぁ。まあ、いいや。今の内ならこいつに魔力契約を刻めるんじゃないのかな?)
「ギルド長、ちょっと試してみて貰えます?今こいつは魔力を吸収できない状態なので。恐らくは契約を出来ると思うんですよね。」
今まで魔物に契約魔法を発動して来た状況と真逆だ。
本来であれば魔物を放置して飢餓状態にして契約の受け入れを押し付けると言った形。
しかし今の岩塊蜥蜴はお腹一杯、所じゃ無く、はち切れんばかり。
そんな魔物に契約を受け入れさせようと言う状況である。上手く行くかはやってみない事には分からないが。
それでも試してみる価値はある。まあその後の経過は知らん。もしかしたら岩塊蜥蜴がこの状態から脱したら契約の魔法に使われている魔力を吸い取って無効化してしまうかもしれない。
「・・・で、では、今すぐ魔術師を呼んで来よう。エンドウはここでコイツを見張っていてくれるかね?」
そう言ってギルド長は俺の方を警戒しつつ後ずさりしながら部屋を出て行った。
「何で魔物の方を見ながらじゃ無くて俺の方を見ながらビビりつつ部屋を出て行くんですか?」
俺はソレをギルド長に問いたかったのだが、素早く廊下に出た後のギルド長は走って行ってしまったので聞けず仕舞い。
「・・・あ?もしかして魔力見えてたのか?俺を見てビビってたって言うのであればソレを理解してたって事だよな?」
何かしらの方法で俺の出していた魔力を見ていたのかもしれない。魔道具か、或いはギルド長自身が魔術師であったのか。
この帝国冒険者ギルドのギルド長は「タヌキ」だ。腹黒い部分があるのは明白である。
とは言え、例えビビッていても俺への態度や言葉遣いが変わったと言った事も無い。しっかりと胆力と言うモノも持ち合わせているのだろう。
まあそうで無ければギルド長などと言った組織の上役など務まらないはずだ。
何せ帝国の冒険者は魔物を捕獲して来るのが仕事の中心だと聞いた。相当な実力と経験が無ければソレは務まらないだろう。
そんな者たちの集まりを纏め上げる役職なのだ。ギルド長自身が強く無ければ冒険者たちに舐められてしまう。
そんなギルド長であるとして、さて、俺を見てビビッていたのであるならば。
「抑えていたつもりだったけど、怯えさせちゃう程の魔力を俺は出しちゃってたって事か。迂闊だった。」
俺がそれに気付いた時に火空蜥蜴の時の魔術師たちが部屋に入って来たのだった。
さてその魔術師たちがどうにも驚いた顔をする。岩塊蜥蜴を見て。
その岩塊蜥蜴の方はと言うと目を開けて起きている状態なのだが、雰囲気はグロッキー。
ソレは俺がバンバンと押し込み詰め込んだ過剰な魔力のせいだとみられる。
これに魔術師たちは一体何が起きればこんな事になるのか?そう思った様だ。
とは言えどうやら直ぐにそんな考えを後回しにして準備に入る。彼らは優秀らしい。今自分たちに求められている仕事と言うのを弁えている様だ。
魔術師たちは岩塊蜥蜴を囲う位置についた。しかし火空蜥蜴の時の様に床に魔法陣は無い。
だが魔術師たちが唸り始めると部屋には魔力が満ちてソレが床に集まって行く。
すると青白く光る魔法陣が発現。火空蜥蜴の時の様にその光は岩塊蜥蜴へと纏わりついて行く。
ソレが収まった。どうやら成功したらしい。岩塊蜥蜴の額に小さい魔法陣が浮かび上がっていた。
コレにギルド長はホッと胸を撫で下ろしてから再び気を引き締める。
「・・・成功したみたいだな。とは言え、うーん?様子見は必要だろうがな。」
俺の懸念している事をギルド長も分かっている様だ。今の状態が落ち着いた後に魔法陣の魔力を吸収して無力化されるのでは?と。
「じゃあ俺はこれで。もう良いですよね?後はそちらで処理してください。俺もこの後に用事があるので。」
「ああ、また何かあったら依頼と言う形で助力を求めよう。今回は突然すまなかったな。」
こうして岩塊蜥蜴の契約にまで付き合ったのは俺が火空蜥蜴の契約を見学させてくれと言ったついでである。
なので俺はこの事に関しては別途料金など求めないし、ギルド長もそこら辺の事を考えている。次に何かあれば俺に頼む際はちゃんと報酬は出す、タダ働きさせないと。
俺はこうして部屋を後にする。その後は人気の無い場所でワープゲートを出して火山へと移動だ。まだ鉱石採取がある。
「さてと、それじゃあちょっとやってみるかな。」
俺は鉱石を見つけたポイントで気合を入れる。失敗すれば崩落、もしくはこんな場所であるからして噴火からの地形変動、なんて事も考慮に入れる。
慎重に魔力を地面の下に流し込んでいく。流し込んだ魔力で発見した鉱石の塊を包み込んでいく。鉱石の大きさは非常に大きい。直径2m?
「これを普通に持ち上げる?その隙間には周囲の地層を寄せて埋めていくか。」
まるで緩い泥の中からクレーンで引き上げて行くかの様に。そんなイメージを魔力に浸透させていく。
隙間に流れ込んだ鉱石周りの地層は即座に硬化させていく。少しづつ、少しづつ。
「結構神経使う作業だな、これは。」
クレーン作業をしている工事現場の事を思い出す。ソレと海に沈んだ事故車を持ち上げているニュースも。
即座に「ズボッ」と取り出せる様な代物では無い。かなりの地下深くから引き上げるのだ。気軽にできる事じゃ無い。
「いや、これを掘り出そうとしたらどれだけの費用が掛かるかを考えたら、俺のやっている事は色んな観点から見ても気軽過ぎるな、やってる様子は。」
魔力、魔法、使っているのはたったこれだけ。やっている事もそこまで複雑じゃない。
けれども俺の今やっている事をやろうと思ったら、一体魔術師が何人必要になるだろうか?
俺みたいに湯水の様に魔力を際限無く垂れ流しにできる魔術師は世界に一人もいないだろう。
「今はそんな事を考えない様にしよう。集中力を切らすと落としそうだ。」
何も余計な事を考えない様にして作業に集中する。徐々にゆっくりと鉱石塊は地上に近付いている。そして。
「・・・おぉ~。この目で実際に見てみると凄い迫力だな。」
スーッと地面から浮かび上がるかの様に出て来た鉱石塊。当然最後の最後にできる鉱石が出て来た窪みは周囲の石を詰め込んで固めて均しておく。
ソレをインベントリにそのまま突っ込んで今日は終わりにした。もう一つの方は明日にする。
どうやらこれを取り出すのに相当に精神に負担をかけた様で俺は大きく溜息を一つ吐く。
「ふはぁ~、疲れた。もう一方はかなりの距離に渡って鉱脈ができてるからなぁ。きっと疲れは今日の比じゃ無いんだろうな。・・・飯食って寝よ。」
俺はワープゲートで帝国に戻る。そしてそのまま宿の方で食事を摂ってから部屋で直ぐに就寝した。
そうして翌朝。雨だった。
「うーん、鉱石採取は今日は止めておこうかな。いや、ゲルダのナイフが作れるくらいは取って来た方が後々良いか?」
今になって昨日採取した鉱石の量がおかしいと気付いた。アレをそのまま工房に持ち込んでも置く所、保管場所が無いだろう。
アレをもっと細かくして綺麗に形を整え精製しておいた方が良い。
「・・・あ、駄目だ。それは親方の仕事を取る事になる。しかもきっと「どうやった?」とか聞かれるだろうしな。」
とは言えここは帝国。あの火山の街では無いので向こうに行けば雨は降っていないかもしれないのだ。ここで悩む事では無かった。
向こうの街までの距離は相当ある。天気が向こうでは晴れているかもしれないのだ。
そんな事を思ていたらゲルダが部屋を訪ねて来た。
「おう、今日はどうするんだ?雨が降ってるし、飯はどうする?」
朝食の事だろう。俺が偶には外に食べに行かないかと言っていたのでソレを訊ねているのだ。
「ここの食堂で食べよう。外に出るのは憂鬱だしね。」
俺は部屋を出てゲルダと合流して宿の食堂に向かう。しかしゲルダは。
「・・・お前なら一滴も濡れないで外を歩けるんだろ?関係ないんじゃねーのか?」
呆れた顔でそう言われてしまった。確かに言われた通りなので言い返せないで俺が黙ってしまうとゲルダが余計に何故か哀れんだ視線をこっちに向けてくる。解せない。
そんなやり取りの後は朝食をササッと食べて今日の予定の話になる。
「親方に頼まれてる鉱石を取りに行こうかと思ってるんだけど。ゲルダはどうする?」
「うん?それにアタシも付き合うさ。エンドウばかりに仕事を押し付けるのもオカシイだろ?アタシが欲しいナイフなんだからさ。」
「別に向こうの街で店を見て回っても良いんじゃない?何か他にゲルダの気に入る何かがあればソレを買えば良いし?そうじゃ無ければコッチでまた賭け事で遊んでいても良いよ?」
「・・・そう言えばエンドウは一度行った場所には何処にでも一瞬で行けるんだったな。」
大きな溜息と共にゲルダはそんな言葉を吐き出した。どうやら未だにゲルダはその事を受け入れたくないみたいだった。
そんなこんなで俺たちはもう一つの鉱石、それが長距離に渡って走っている場所に一瞬で移動する。
ワープゲートで先ず火山、昨日鉱石を採取した場所に出てから空を飛んで移動だ。
やはりゲルダはこの移動方法に不満があるのか良い顔はしない。けれどもやはり便利な事は便利なので仕方なくと言った様子である。
(良い加減慣れれば良いのに。とは言え、それは個人の問題だから俺が何かを言う訳にはいかないか)
その後に俺はこの長く走る鉱脈をどうやって回収しようか考える。
ぶっちゃけ、魔法で一瞬のうちに回収はできてしまう。周囲の環境や自然に配慮しなければ。
「で、何でそんなに難しい顔なんだよ?何か問題があるのか?」
ゲルダにソレは見抜かれていた。まあそうだろう。俺は恐らく神妙な顔つきになっていただろうから。それを自覚してはいる。
「あー、そうなんだよ。今俺が立っている場所からずっと、ほら、そうだな。視界、その果てまで鉱脈が走ってるんだよ、ここ。」
この俺の回答にゲルダがポカンとした顔になった後に暫く間が空いて「はぁぁ!?」と言った大声を出した。
恐らくは俺の言った事が素直に呑み込めないだけなんだろう。ゲルダはまだまだ俺が何が、何処まで出来るかなんてのを把握できていないのだから。
俺だって自分がどれだけの事ができるのかなんて分っちゃいない。けれどもこれまでに無茶な事は散々やってみて、それの全てが実現している。
魔法が正しく神様の力そのものだって言われても驚かない。寧ろそうで無いと巨大な城を空へと浮かべて飛ばすなんて事ができるはずが無い。
そんな真似ができる力が地下にある鉱脈を取り出せない訳が無いのである。
「じゃあちょっと俺たちの下にある一部分からだけ取り出してみようか。うーん?昨日採取したもう一つの方と同等くらいじゃ無いとバランス悪いかな?」
そう言って俺は昨日採取した時と同じ方法で地下鉱脈に魔力を流す。
集中してジッとしている俺をゲルダが腕を組んで睨んできている。別に俺はゲルダを不機嫌にするつもりは無いのだけれど。どうにもゲルダは俺の言動で常識をぶち壊される事が嫌であるらしい。
しかしもうそこは諦めて貰うしか無い。俺の同行が無ければこうしてゲルダは休暇すら取れなかったかもしれないのだから。
俺の役目はゲルダのストレス発散のお目付け役。俺がこの役目を請け負わなければゲルダはきっと今頃まだマルマルに居たはずだ。
「よっと。取れたけど、最後の穴埋めどうしよ?ここら周辺の土を薄く回収して埋められる量を集めるか。一部分にだけ大きく変化が出ない様になるべく広い範囲から収集するか。」
こうして無事に採取は終了。鉱脈を取り出したその部分も空洞にしておいてある訳じゃ無く昨日と同じ様に魔法で土を操作して埋めておいてあるので後は帰還だけ。
「よし、それじゃあ作って貰いに行こう。・・・どうしたのゲルダ?」
ストンとその顔から先程までの苦々しい表情が落っこちたゲルダ。真顔だ。その視線は採取されたばかりの鉱脈に向いている。
「・・・エンドウが本気になればここ等辺一帯の鉱石や鉱脈は取り尽くすのは簡単だろうな。」
「うん?そんな事する気は無いよ?する必要が無いしな?しようと思えばできるだろうけど。」
俺の答えに納得したくないのか、どうなのか?ゲルダは静かに俺を薄目で睨んでから大きく溜息を吐いただけだ。
「もういい。行こうぜ。もう必要分は充分に取れたんだろ?と言うか、過剰だ、馬鹿。」
「いきなり馬鹿呼ばわりは止めて欲しいなぁ。でも、否定はできない。取り過ぎと言われると言い返せないんだよなぁ。」
俺はワープゲートを出してあのドワーフの親方の店の前に繋げる。
どうせあの店の前の道に人はいないだろう。そんな判断でサッと移動してしまえば良いと思っていたのだが。
「・・・お前ら、何処から現れた?」
丁度ワープゲートから出たら目の前に親方が。
「・・・えーっと、あの、秘密で。」
迂闊とはこの事だ。どうせ店が閉まっていると思っていた。親方も家の中に閉じ籠って俺たちが戻ってくるのを待ってるだろうなと思っていた、思い込んでた。
だけどもどうやらこの間に俺たちと交わした言葉に久々のヤル気が満ちたんだろう。店を開けて俺たちが来るのをずっとこうして待ち続けていた様で。
もしかしたら戻ってこない、と言った事も起きるかもしれないのにどうやら信じて待ち続けていたらしい。
その親方の纏う空気は何だか溌剌。妙なエネルギーを発している。
「で、採って来れたのか?何でいきなり目の前に現れたのかは、気にはなる、気にはなるが!追及はこれ以上しねぇよ。まあ約束を果たしたからこそ、こうしてここに来たんだろ?」
ニヤリと笑って見せる親方。どうやら確信がある様だ。
「えーっと、確かに取ってきましたけど。何処に出せば良いですかね?採って来た量が大量なので・・・あー、違うな。巨大な塊なので、ここじゃ出せないんですけど。」
俺の言葉にやはり親方が予想通りな反応を見せる。ナニイッテンダコイツ?である。
でも直ぐにこっちだと言って親方は店の奥に俺を招く。どうやら採って来た、と言った事実以外は「コマケー事は良いんだよ」であるらしい。
まあでも俺の出した素材の塊を見てしっかりとツッコミはされてしまったが。
「バカなのかお前さんは?こんなデケェ塊・・・塊?オメェ、どうやったらこんな風に?と言うか、こんなの何処から出した今?手ぶらだよな?手ぶらだったよな?は?意味が分からねぇんだが?」
そこは材料倉庫、結構広い場所だったので採って来た塊を二つ一気に出したら普通にドン引きされた。まあ当たり前だろうこれは。
だけども親方は切り替えが早かった。
「これを溶かして先ずは精製せにゃなぁ。後は混ぜ合わせて、合金に・・・比率は・・・あぁ、これだけあれば幾らでも何でも作れちまうぜ。おう、やってやろうじゃねーか!」
ドン引きから即座に回復、どうやら久々の仕事に職人魂が燃え上がったらしい。
このヤル気で親方が一回り大きくなった様に俺には見えた。