ちゃんと知っておけ
「こいつが話に聞いてたこの女にくっついている妙な餓鬼か?」
「こいつを人質にして女に言う事聞かせましょうよ。最近ヤって無いんですよ俺。」
「そうだな、それが良いぜ。引き渡す前に楽しめそうだな存分に。」
「おう、そいつを捕まえろ。おい、女、コイツの命が惜しかったら俺たちの言う事を大人しく聞くんだな?」
駄目でした。男たちは俺の口にした言葉なんてこれっぽっちもその耳に入っていない。
ついでにそう言った後は三人が俺を囲ってそのナイフを突きつけてくる。
「抑えろゲルダ。今日は美味い飯を食べてるんだ。こいつらの臭い血のニオイでソレを台無しにする必要は無いよ。」
「先に宿に戻っていて良いか?こいつらが後ほんのちょっとでもその臭い口から汚ねぇ言葉を吐いていたら、その瞬間にこいつらを殺してたぞ、アタシは。」
俺が間に入って止めた事で何とかゲルダはその怒りを抑え込んでくれた。
「ああ、この事は即座に忘れてさっさと行ってくれ。宿の人にお酒の良いやつでも頼んで部屋でゆっくり一杯やって、一休みしたら直ぐに寝てしまえよ。」
この俺の言葉に多少機嫌が戻ったのかゲルダのその「美しい笑顔」が多少は崩れる。
ゲルダはそしてこちらを二度と振り返る事無く宿への帰路を再び歩き出す。
「はぁ~。お前ら、誰から雇われて俺たちを襲おうとしたんだ?大体察しは付いてるんだけどさ。それでもちゃんと確認はしないとな?元を断ち切っておかないとこの帝国にいる間はお前らみたいなクズを差し向けられるんだろずっと?鬱陶しい事この上無いな?」
俺がそうこいつらに言っても反応は返ってこない。まあ当然俺が既に「魔力固め」を施しているからだが。
「先ずはそもそもだ。お前らはちゃんと目的の人物を襲おうとする前に調べるべきだった。俺や、ゲルダがどれだけの力を持っているか。と言うか、俺ってこの帝国では有名人だと思っていたけど、知らない奴も居るのは考えたら当たり前だよな。」
そもそもこの帝国は広い。知らない奴が居てもおかしく無いだろう。こいつら六人は俺を見ても「従魔師」として認識してこなかった。
そう言えば遊技場の支配人も確か俺の事など全く知らない様子だったような気がする。
自らの興味が無い事に、人はトコトン知ろうとする態度にはならないモノなのかもしれない。従魔闘技場の事など全く知らずにいたんだろう。
(きっと自分の支配する世界だけが大事なんだろうな。それでも普通は外の情報もある程度は仕入れるのが普通なんじゃないのか?)
小物、只々自分の思い通りになる箱庭に閉じ籠っている。遊技場のあの支配人はそんな人物なのだろう。
「さて、これから尋問をするから素直に吐かないと痛い目を見る事になるから、注意しろよ?」
そこからはこの六人を暗がりに連れて行ってアレもコレもと情報を引き出しておいた。
もちろん最初はこちらの聞きたい事に反抗的な態度を取って来たので素直になれる様に軽く「捻って」やったりもした。
その結果が今の地面に転がっている六人である。俺の怖さを充分に理解してくれたようで全員が蹲って震えて頭を抱えている状態である。
「さて、遅い時間だけどお邪魔させて貰おうかな。本当にあの支配人は頭が悪いんだな。」
いや、この俺の評価は適切では無いのかもしれない。頭が本当に悪かったらあんな賭博場の一番上になど立っていないだろう。
かなりの爺さんだったから年功序列みたいな感じで後を引き継いだだけの立場と言う事も有り得るかもしれないし。
まあそれこそ、俺にとってはそれらの理由など今はどうでもイイのだ。こうして付き纏われる事が無くなるのならば。
もうここまで来ると爺さんには徹底的に痛い目にあって貰わないといけないだろう。俺にちょっかいを出すとどうなるか分かって貰わねばならない。
ゲルダのあの一件できっぱりと引き下がっていてくれたら良かったのに。そう思わずにはいられない。
そうしてやって来たのは以前にゲルダと遊びに来た遊技場。
「一応は賭場とか、賭け事とか言わずに「遊技場」なんだよなぁ。どっちでも良くね?とか思っちゃうのはイケナイ事なのかね?」
俺は「パチ●コ」の事を思い出しつつ中へと入って行った。アレも「遊戯」と言う括りである一応は。
「さて、どうしてやろうかね?まだ方法は決めて無かったけど。それにしてもここは二十四時間営業なの?」
まだまだ店内は客が多い。異様な位に。なのでまさかと思ったのだが。
「どの客も時間の事なんか全く気にした様子が無いけど。二十四時間とは言わずとも深夜までの営業か?」
外はもう暗い。けれども今日と言う日が終わるにはまだまだ時間がある。
「ちょっとだけ遊ぶかな?ああ、イカサマをするのも良いかもな。」
俺はここで前回の事を思い出して本当にイカサマをしてやろうか、なんて気になってみた。
(魔法の力でチョチョイノチョーイってな)
そんな所にあの爺さんが俺の前に現れる。しかもかなりのしかめっ面で。
どうやら差し向けた者たちが失敗したと既に悟っているんだろう。
「先日はどうも失礼を致しましたなぁ。して、今日はこの様な時間にこちらにどの様なご用事で?」
単純に遊びに来たと言う訳じゃ無いんだろう?とこの遊技場の支配人の爺さんが質問してくる。
これに俺ははぐらかさずに正直に正面から単刀直入に言う。
「これ以上俺たちにちょっかいを掛けて来るなら潰す。それを忠告しに来た。優しいだろ?」
「・・・はて、私には貴方が何を言いたいのかがサッパリですな。」
「別に惚けて見せても良いさ。あんたが刺客を差し向けて来ているってのはこっちは既にもう知ってる。どんな言い訳しようとも次に何かしらやってくればこの店が無くなると思ってくれ。」
俺やゲルダの事を警戒していたからこそ、支配人はこれだけ早く俺の前に姿を現したんだろう。
ソレを優秀と言っていいのか、臆病と言っていいのか。まあ対応の速さは評価できる。
だけども変な部分にプライドが高いのか、何なのか?支配人はもの凄く俺の事を睨んだままに。
「お客様は御冗談がお好きな様ですなぁ。ここは遊技場で御座いますれば。お遊びにならぬのならば直ぐに御退場を。」
「おや?追い出すのか支配人自ら。別に俺は遊んで行かないとは言って無いのにな一言も。」
不機嫌さを隠そうともしない支配人。ずっと眉間に皺が寄ったまま。
「ああ、そうそう、今日は此処に来る前に男六人に絡まれたんだがね。俺が彼らを丁重に持て成したら直ぐに帰ってくれたよ。その時に、ああ、なんて言っていたかな?」
男たちからお前の名前を吐かせたぞ、なんてハッキリとは言わないが、それでも俺はそんな内容を込めた台詞を支配人にぶつけつつ店を出た。
「仏の顔も三度かぁ。別に俺は仏じゃ無いし?次が来たら潰そう、本気で。」
最初にゲルダに不法入国を突き付けて来た奴らの事はノーカンで良いと俺は思っている。
実際にゲルダは俺のせいで不法入国と言う形にはなっているから。
しかもこの事実をチクったのが遊技場の支配人かどうかは確認していないし、そもそもその帝国の役人だと言ってゲルダに迫った者たちは実際にどうやら本当に役所の人間だったらしいからだ。
まあそれでも程度の低いゲス、外道の類であったからこそゲルダに即座に潰されたのだし。ボコボコにされたのは自業自得だ。
これがもっと常識人が対応していたらゲルダも素直に言う事を聞いて連行されていたと思う。事情聴取も聞かれた事にはすんなりと正直に答えていただろう。
「さてはて、コレで支配人も思い止まって・・・くれると思えないから残念なんだけどな。」
あの俺への態度、対応だときっとまた過ちを重ねる事だろう。そうなればもうこちらも遠慮はしない。
数ある遊技場の内の一つが潰れるだけだ。あそこで常連になって遊んでいた者が居たとしても配慮しないで良いだろう。
俺はもう支配人にちゃんとハッキリと言った。ならば後の事の全ての責任はその支配人にある。恨むならそっちを恨んで貰うとする。
こうして俺は宿へと戻って明日に備えてさっさと寝てしまう事にした。
そうして翌朝。目覚めは良かった。今日は魔物の捕獲に向けてどう言った場所に向かうのかちょっとワクワクした。
「今度はどんな魔物を見る事ができるのかね?ゲルダはもうそこら辺は決めてあるのか?」
と思ったらゲルダの方から俺の部屋にノックをしてきた。
「おい、起きてるか?さっさと飯にしようぜ。」
こうして朝食を頂いてさっさと宿を出る。
「屋台飯も偶には食いたいんだが?帰って来たら夕食はどっか外で食わない?」
俺は出発前にゲルダに問う。コレにゲルダは。
「ああ?良いぞ?別に外で食うのが嫌な訳じゃねーし。」
取り敢えずそんな了承を得てから俺は魔法を行使する。まだ少し宙に浮く位で止めておいてゲルダにまた質問だ。
「で、次はどっちの方角に?」
この短い質問に滅茶苦茶嫌そうな表情でゲルダが指さしたのは昨日に向かった岩山の反対方向。
俺はその方角に向けて飛翔する。もちろんゲルダも一緒だ。
充分に大空に舞い上がったら今度は最大速度まで一気に加速、とはせずに少しづつ速度を上げながら目的地への空の旅を始めた。
昨日と変わってそこら辺に気を使ったのだが。それでもやっぱりゲルダは不機嫌そうな顔であった。昨日の様に叫び喚いたりはしなかったが。
そうしてそんな空中飛行に慣れて来たゲルダの様子を鑑みて俺は昨日よりも飛行速度を上げてみた。バレない様にほんの少しづつ。
魔法でのバリアが張ってあるので一応は「音速の壁」の件での被害はこちらには出ない。
なのでそこら辺の事を気にせずに速度を上げていく。コレに次第にゲルダも「何かが変だ」と途中で気付き始めて俺にチラチラと睨んだ目を向けてきた。
恐らくは過ぎ去る景色の速さで俺が速度を上げに上げている事を気付いたんだろう。「おい」とか「おい」とか「おい」とか、俺を止めようとする言葉が聞こえて来ていたがそれらを無視した。
何せ遠い場所に行くのだから速度を全開にしないと時間ばかり掛かって仕方が無いから。タイムイズマネー、とは言う気は無いが、無駄に時間を掛ける必要など無いのだ。
「止まれ!」
そんな怒鳴る声がしてやっと俺は速度を緩めてブレーキを掛ける。
「・・・行き過ぎる前に止めて良かったぜ。あそこに見える場所が目的地だよ。このまま突っ込んで直前で言ってたら相当に通り過ぎてたじゃねーか、この速度だったら。」
どうにも俺は空の旅に夢中になり過ぎていた様だった。
障害物が無く。全く遮る物の無い視界。それに随分と気持ちが上がっていたらしい。
「ああ、気付け無かった。そうか、今度は火山なのね。・・・お?側に街があるな?へ?あんな危険そうな火山地帯に、街?」
ここでピンと来た。ああ、温泉かぁ、と。だけどもゲルダからはそれとは別の答えが聞こえてくる。
「あの山は良質な鉱物資源が取れるんだよ。この街は鍛冶でデカくなって行った所だ。あの火山の頂上に巣を作っている火空蜥蜴が今回の目的さ。アレを生きたままマトモに捕獲するなんて、冒険者の最高位でも難しい位だよ。全く。」
俺はこの答えに「ああ、そう言う事ですか」としか返せなかった。何せ「温泉」と言う言葉がそこには一言も入っていなかったから。
ちょっとがっかりしつつもその街の手前で地上に降りて街へと一旦入る。帝国からこの街までの時間はざっと一時間と言った所だ。
昨日よりもかなり速度を出したはずなのにこの時間である。相当に遠い。
「別に街に入らないでも直接山に向かえば良いじゃねーかよ。何でこの街に入るんだ?」
「え?観光しちゃ駄目なのか?ここは初めて来る所だし、俺は見て回りたいんだけど?」
「・・・まあ、良いや。仕事で来た訳だが、別に寄り道したって構わねえか。アタシの名前で依頼を受けてるんだ。失敗しました、なんてのだけは止してくれよ?」
「失敗かぁ。岩塊蜥蜴みたいな厄介な魔物もこの世界には居るって分かったし。ちょっと油断だけはしない様にしないといけないよなぁ。」
失敗する気は毛頭無い事だけはゲルダに追加で伝えておいた。
「それにしても何処からもカンカンキンキンと、金属音が響いて来る奇妙な所だなあ。それに、冒険者が多い?」
武装している者たちが通りに多いのだ。誰も彼もが真剣な表情で精悍な顔つきだ。その身に纏う武具も一級品の様に見えた。コレにゲルダが教えてくれる。
「当たり前だろ。ここには上位の冒険者が自ら足を運んで武器防具の調達をしに来るのが居る。普通はそう言うのを仕入れる商人とかと組んで派遣された代理が武具の注文、支払、受け取りをしに来るのが当たり前なんだがな。実際に自分の目で確かめないと気が済まない、納得しない奴らが居るのさ。こだわりが強いんだよ。自身が使う物で、しかも命まで預ける。そんな事を他人任せにはできないって奴らは多いさ。」
ゲルダのこの説明に俺は「確かにそうかも」とそこで納得した。
さてここで別に鍛冶に関してや武器の事で俺たちは来た訳では無いので、そう言った店は外から眺めるだけで通り過ぎて行く。
それにしても剣と盾、剣と鎧、鎧と盾、などなど。武具屋とか鍛冶屋とか言った店がもの凄く多くてその看板のバリエーションも多い。
剣と一言で言っても種類やデザインと言ったモノは沢山ある。鎧の形式も盾の形も同様だ。
組み合わせが被ると店の判別に難が生じるからだろう。どれもコレも一つとして同じ看板は無い。
しかしやはり似たり寄ったりになってしまう点はどうしても発生してしまう所はどうしようも無いだろう。
そうした店の看板デザインをデフォルメしたり、或いはリアル寄りにしたり、実際に店の商品を外に飾ったりと、どうにも各店の工夫が見られてそれだけで結構楽しかった。
「それで、アレはそう言った理由で喧嘩してるのか?」
俺たちが観光で街の大通りを歩いていたら道の端で喧嘩している者がいた。
会話の内容からその問題の看板のデザインで揉めていると言った風に聞こえる。
この街に存在する店の数が多過ぎて看板デザインが出尽くしているんだろう。
うちの店がこのデザインを使う、いいや、こっちが先にその組み合わせを使うと決めていた、などと言った言い争いである。
そんな二人を横目にその場を通り過ぎる俺たちだったのだが。
俺の着ている服が珍しいのはこの街でもやはり同じであり、通行人がチラチラと俺たちを見ていた。
そしてソレと同様にこの喧嘩している二人もまた、俺に視線を向けて来ていた。それは一瞬の出来事。
その二人の視線と俺が喧嘩を見ていた視線がほんの僅かだけ交錯したのだ。
「おい!そこのアンタ!アンタが決めてくれないか!当然ウチを選ぶよな!?」
「はぁ!?何を言ってやがる!アンタ!うちを選んでくれたら割引するぞ?」
呼び止められてしまったのがその視線の交わった瞬間だったので俺も足を止めざるを得なかった。
「・・・じゃあ、そっちで。」
俺はたったの一言、指さして俺はその場を去ろうとしたのだが。
「はぁ!?ちょっと待てよ!何でウチじゃ無いんだ!そんな雑な決め方あるかよ!ちゃんと選べ!」
「おいおい、選ばれなかったからって当たり散らすなよ。おっと、お客さん、今度うちに来た時には三割引きさせて貰うぜ。」
「そんなモノは賄賂だろうが!公平性に欠ける!こんなのは認められん!」
「はっ!何言ってやがる。お前も商売人なら客を引き付ける言葉を直ぐに出せなかったのが落ち度なのさ。」
「ならウチは六割引だ!あんた!言い直してくれ!これならウチを選ぶだろ!?割引って言葉だけで向こうを選んだならもう一度再考を要求する!」
「ああ!?馬鹿を言うなや!もう既に決まった事を後から覆す?そんな事はうちは認めないぜ!」
「まだ決まってなんか無いだろうが!」
「じゃあこっちで。」
俺は六割だと言い出した店の方に指さし直した。それからはまた同じ内容が逆転しての言い争い。
ウチは七割引き、じゃあこっちは八割だ、などと言って馬鹿な喧嘩を続ける。
俺はコレに呆れて。
「そんな下らない事で喧嘩し合ってる店なんてどっちも選びません。」
と最後にハッキリと言ってその場を去った。こんな無駄な時間に長々と付き合っては居られない。
この喧嘩を遠巻きに見ていた周囲の人々は俺がコレに巻き込まれた時には口々に「この街名物が始まったな」などと言って苦笑いで他人事としてこれを眺めていた。
知っていたんだろう、近くに寄れば今の俺みたいに無理矢理巻き込まれると。
割引だと言っても特に武器や防具など別段必要としていない者からしたら、こんな二人の喧嘩の仲裁など買って出るだけ損である。
どうやらこんな事は日常茶飯事である様子なのだ。そんなモノに何時までも煩わされていたくは無い。
そして俺がその場を離れると横にゲルダが寄って来て「プー、クスクス」と笑ってきた。
「あいつら滑稽だな。とは言え、自分の新しく出す店の宣伝も兼ねてるんだろうから、まぁしたたかだよなぁ。喧嘩は本気でしていたみたいだがな。」
「・・・ああ、そう言う事か。機を見計らってる所にほいほいと俺が近くを通り過ぎていたと。」
ゲルダは俺を笑ったのではなく喧嘩をしている二人を笑ったのだ。
そしてゲルダのその見立てに俺は「ああ、そう言う事か」と腑に落ちた。
こんな激戦区しか無いと言って良い街に店を出すのだ。派手な宣伝は必要だろう。
店を出すくらいには優秀な商売、或いは鍛冶の腕前?を持っていると言う事なのだ。それを先ずは知って貰わねば始まらない。
こんな目立つ通りで喧嘩をしていたのは計算もあっての事。だけどもあの二人は別にそこで話し合ったり談合したりしてやった事では無いんだろう。ゲルダは二人が本気で喧嘩していたと判断している。そこは信用できるし。
と言う事は自然とこの通りで顔を偶然合わせたこの機に喧嘩を勃発させたと。
「なるほどなぁ。この街の特色って感じだなまさに。」
面倒に引っかけられたと思って俺はちょっと機嫌が悪くなっていたのだが。
ゲルダの見解を聞いてそれが逆転して「面白い街」という認識に変わった。
とは言え俺たちは此処に遊びに来た訳じゃ無い。仕事をしに来ていたのだ。
ここで観光は切り上げて目的の場所に向かうのが良いだろう。充分にこの街の事を知る事ができたと思えたから。
「じゃあ捕獲に向かうか?ゲルダは何かこの街で見たい物とかあるか?」
ゲルダはこの街の事をしっかりと知っていた。鉱物資源が豊富、鍛冶が盛ん、と。
「ん-?そうだなぁ。新しい解体用の刃物を買っても良いかもな。今使ってるのは長年愛用してきたナイフだけどさ。こっちを予備にして新しいのを使っても良いかと考えてた。使い心地が似た物があれば良いけどよ。大幅にそれが変わると手元が狂う可能性があるし、そこは一番拘りたい所だなぁ。」
「じゃあ先にそっちを探すか?時間が掛かりそうだ。俺も店の中を見学していきたいと思ってたんだ。試しにそこの店に入ってみようか。」
こうして俺とゲルダは通りにあった派手な店構えの大きな武具店に入ってみる事にした。
中へ入ってみればそこには大量の武器、防具がディスプレイされていた。
壮観だと言える光景に俺は入り口で暫しそれに見入る。けれどもゲルダは何とも思わないと言った風に直ぐに店の奥に向かってしまう。
俺はフラフラとソレに追従する様にしてゲルダの後を歩く。左右にキョロキョロと首を振りながら。
右を見ても左を見ても所狭しと綺麗に並べられた武具たちに目を奪われる。
種類も豊富でずっと見ていても飽きない。何せ店の広さがかなりのモノなのだ。
これは何時間でも居られそうだと思っていたら早々にゲルダが俺に声を掛けて来た。
それに俺は店員ともう交渉を終えたのかと思ったら違った。
「ここは駄目だ。別の所に行こう。」
たったのそれだけ。ゲルダは足早に店を出てしまう。
コレには「おいおい」などと思ってしまったが、俺もそれに直ぐに付いて行って店を出る。
「で、何が駄目だった?」
単刀直入に聞く。何せゲルダの機嫌がちょっぴり悪い。無駄に必要の無い言葉を付け加えて質問すると今以上に機嫌が悪化する可能性もある。
「注文品は完成までに二週間は待つとよ。しかも店の商品を一度でも買って、しかも会員にならなけりゃならない。それと細かい要求の入った指定のモノは常連にでもならないと受け付けていないだとさ。」
「・・・なんだそりゃ?」
この返って来たゲルダの答えに呆れてしまった。いや、店側のそう言った方針なのだから俺が何かと文句などを言える訳でも無いのだが。
「店員の教育はしっかりしていたよ。別にそこにアタシはイラついたりはしてない。あの店は最低限の所は守ってる。けど、あんな客を選り好みや選別する様な中身に誰がしたんだかね。」
「うーん?あそこを長く使って、かつ頻繁に利用する者にとっては会員になると良い思いをする内容なんじゃ無いか?最初からあの店はゲルダの求める店じゃ無かったってだけで。」
そう、今回ゲルダが欲しいのは今後に長年使っていく新しい解体用ナイフ。それだけ。
一々あの店で要らない商品を買って、会員になって、長年通い続け買い物する常連などと言った条件は全く持って無理なのだ。
「ああ言う店だからこそ、新規客を囲い込む必要があるんじゃないのかい?とは言え、エンドウが言う事に納得はするけどよ。」
ちょっとだけムスッとしながらゲルダは歩く。俺はその斜め後ろを付いていっている。
「で、次の店は何処にしてみる?・・・あ、もしかしたらあのさっきの店の系列店とかだったりすると断られる可能性大だな。」
俺がその点に気付いてソレを口に出したらゲルダが余計に不機嫌になる。
「まさか止めてくれよそんな事。・・・そう聞いたら何処の店も同じに見えてきちまったじゃねーか・・・」
俺はコレに失敗したと思った。道の端に寄ってゲルダが立ち止まってしまったのだ。
そして周囲にある看板をどれもコレもと良く観察し始めた。そして。
「おい、ここの通りはあの店の看板と似た印の店ばっかりだぞ?エンドウがさっき言った事って、まさか。」
どうやら先程の店の看板をゲルダは覚えていた様だ。俺はすっかり忘れている。と言うか、そこまでハッキリとその看板すら見ていない始末だ。
アソコで良いんじゃね?と言った軽い気持ちであの店に入ってみようなどと言っていたのである。
「ゲルダそこでちょっと待っててくれる?俺がそこの店に入ってちょっと確かめてくる。」
先程の店でゲルダは機嫌を悪くしている。ならば確かめに行くなら俺一人で行った方が良いだろう。
提携店や系列店と言った形になっているとさっきのデカい店のルールやシステムと同じになっている可能性が大きい。
今以上にゲルダが不機嫌になる必要も無いだろう。今度また断られたらゲルダの機嫌は一気に急降下だ。ソレは余計と言うモノである。
で、結果はと言うと。
「駄目だった。ちょっとこれは店探しの所から難航するかもしれないぞ?」
「マジかよ・・・アタシの今の解体用ナイフは特注で作って貰ったから既存のなまっちょろい普及品じゃ代用になりもしねえぞ?」
「どうしても新しい物欲しい?」
「ここまで来たら買って帰りたいね。」
ゲルダはどうやら「こうなれば」と言った決意を持ってしまった様だ。注文を受けてくれる店が見つかるまでは魔物捕獲は無理だと。
いや、俺一人で行ってこれだと思う魔物を捕まえてくればいいだけだ。二手に分かれれば良い話である。
「じゃあ俺もそれに付き合いますかね。別に急ぐ訳で無し?ああ、でもゲルダの休日の残り日数も計算にソロソロ入れないと駄目じゃ無いか?」
俺もコレに一緒をする。ゲルダは放っておけない。何せ道理の通らない事に関しちゃ手が出るのが早過ぎる。
見張っていないと駄目なレベルだ。コレがもし地元のマルマルであれば大丈夫な案件だろう。
けれどもここは別の街。ゲルダの事を知るはずの無い者たちが集まっている場所。
そこでゲルダに難癖付けて絡んで来る者が居たとしたら?それこそ血の雨が降る事は間違い無しである。これまでの事でソレはハッキリと分かっている事実だ。
そんな事は告げずに店探しに付き合うと言った俺をゲルダは何故か眉根を潜めて睨んで来る。
「エンドウは別に魔物の捕獲を済ませちまえば良いんじゃねーのか?・・・まあ別に良いけどよ。」
ゲルダも二手に分かれれば良い話だと理解はしている。けれども店探しに俺が同行する事を了承した。微妙に納得していない空気は出してはいるが。
「俺ももっとどんな店があるか見て回りたいんだよ。まさか系列店しか無い、なんて事は無いだろうはずだし?そう言った店では職人さんや店員がどんな風にして経営をしてるかってのを見ておきたいんだよ。さっき俺が入った店の対応と、そう言った店の対応ってどれ程の差があるのかってね。まあ、只の気まぐれみたいなもんさ。」
コレも嘘じゃ無い。あのデカイ店は何だか真新しかった。どうにも近年に立ち上がったばかりの新興勢力と言った具合に。
商売が上手い、と言った感じでは無く、組織化が上手い?他の店を半ば無理矢理従わせてきた?
そんな雰囲気を俺は感じたのだ。何せ俺が入った店の店員の対応が何だかもの凄くぎこちなくて「申し訳無い」と言った気持ちがアリアリと分かる頭の下げ方だったからだ。
「気まぐれねぇ?まあ、良いか。それじゃあここの通りの看板を一通り見てみる事にするか。」
ゲルダはそう言ってまた通りの中央に戻って歩き始めた。