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大変そうだな

 一応は捕まえる事には成功した。俺は魔力で地面から檻を作り出してその中へと岩塊蜥蜴を誘導したのだ。

 檻は魔力で作ったのだが、だからと言ってその維持に魔力がずっと必要というものでは無い。

 檻の強度はかなり高くしたつもりだ。岩塊蜥蜴が暴れようとしても壊れない事を意識して。

 こうしておけば魔力を抜いた檻に岩塊蜥蜴が齧りついたりしないはずだし、そのまま檻は残った状態である。


「うん、別に俺の魔力で無理矢理力づくで止めても良かったけど。そうすると結局は魔力を吸収され続けるだけだっただろうしな。」


「おい、アタシも今頃気付くのは間抜けだったと思うんだけどよ?従魔にするにも魔法陣でコイツに魔力を通すだろ?吸収されて通用しないよな?」


「・・・取り敢えず連れて行って、できなかったらできないで、それは向こうの問題じゃない?駄目なら駄目、無理なら無理で良いでしょ。」


 俺たちは魔物を捕獲して連れて行くと言う仕事を受けただけだ。その種類や特性を指定されている訳じゃ無い。

 言い訳にしかならないが、しかし契約の中には細かい指定など無かった。ならば言い逃れできる内容である。


「良し、じゃあ次に行こう。と、その前にこれを先にギルドに引き取って貰った方が良いか?」


 岩塊蜥蜴をこのまま放置もできない。ましてや帝国の何処かに隠しておくと言うのも面倒だ。

 万が一にもバレたらその後にごちゃごちゃと何かと煩く言われる可能性が高い。


「言って見りゃこの魔物は被害が全く無い人畜無害だったから何も問題無かった訳だ。だけどこうしてみりゃ魔法を使う奴らにとっては勘弁って感じだな。魔力を食われるんだからよ。」


 そう、ゲルダの言う通り。この魔物は魔術師の天敵だ。いや、魔力を使う者全ての、である。俺も流石にこんな存在が居るとは思っていなかったので結構驚いている。

 俺の得意とする「超・御都合主義の極み」とも言うべき魔法が吸収されて無効になるのだから。

 恐らくはこの世界の高位の魔術師でもコイツと真っ向から対峙したら百パー負ける。

 何せ魔術師の発動する魔法の尽くが無効にされてしまうのだ。そんな相手に勝とうなどとは無理であろう。


(俺の場合だとクソバカな程にある量の魔力で押し切って勝てるだろうけど。今回は捕獲だったしな。ちょっとどうしようかパニくった部分があったよ全く)


 魔物を余り弱らせ過ぎれば死なせる可能性が出る。だから魔法をぶつけるにも加減を考えるだろうが。

 俺の魔力制御はいかんせん、まだまだ精緻と呼ぶには程遠い。精進が足りないのは自覚している。

 そんな状態で相手の魔物が魔力を吸収するとは言っても、ありったけの魔法をぶつけて結果魔物が死亡などと言った場面になれば目も当てられない。


「うん、それじゃあゲルダ、先にギルドに行って一体目の捕獲ができたから引き取りの準備をしておいてくれって伝えておいてくれる?」


「ああ?お前のアレで一瞬だろ?何でそんな先触れみたいな事をする必要がある?」


「いや、ゲルダ、冗談言っちゃ駄目だって。ワープゲートって魔法で出してるからね?こいつに魔力吸われるじゃん?」


 俺は岩塊蜥蜴が入っている檻に対しロープをインベントリから出して縛り上げる。


「・・・あー、そう言う事かぁ。分かった。じゃあ、行ってくる。」


「前回のあの場所に来てくれって言っておいてくれれば分かるだろうから。んじゃ宜しく。」


 俺はワープゲートを出す。しかしゲルダはそれの前で振り向いて俺に対して質問をしてくる。


「で、どうやってコイツを運ぶつもりだ?」


「んー?このロープ持って俺が空飛んで、まぁ、空輸だな。」


 この世界で空輸などと言った事を考えた事がある者は何人いるだろうか?

 俺が口にした言葉にゲルダが理解不能と言いたげに「は?」と間抜けな顔になっている。


 岩塊蜥蜴をワープゲートに潜らせた場合、どう言った作用が起こるか分からない。

 そしてこの檻を馬車や荷車に乗せて運ぶにしてもこの場所から帝国までの距離を考えると無理がある。

 一切の障害物が無い空中を一直線で飛ぶのが一番早いし楽だろう。


 ロープはかなりの長さにしてある。空を飛んでいる俺の魔力を岩塊蜥蜴に吸われないだけの距離が開く様に。


 ゲルダは俺の答えにウン?ウン?と首を捻りながらワープゲートを通って行った。

 何がそんなに納得いかないのか俺には分からない。何かしらゲルダの中に引っ掛かるものがあるんだろう。

 ソレを今いつまでも気にしても居られないので俺はロープを握って空へと浮かび上がっていく。


「さて、余り速度を出して檻が揺れたりするのも俺の負担が大きくなるだけだし。程々で行きますかね。」


 運搬途中で岩塊蜥蜴が暴れる、と言った心配は無さそうだった。

 何故か?ソレは眠っているから。どうやら俺が出した魔力を食べて腹が満ちたのか、或いはどうなのか?

 取り敢えず大人しく目を瞑りジッとしているのでこの間に進んでしまいたい所である。

 岩塊蜥蜴は俺の魔力で釣り上げてこの檻に誘導している。そして檻に入り切った所を完璧なタイミングで閉じ込める事に成功していたのだが。

 その時には釣りに使った魔力塊を食われていた。その時の食いつきの素早さと言ったら瞬きするよりも早かった。


「食い意地が張っていてたからこうして捕獲できたんだよな。さてさて、こいつを従える何て方法があるのかね?」


 その身から魔力を吸収する特性を持つ魔物だ。どうやって魔法で従わせれば良いのだろうか?

 そこら辺の事を考えるのは俺の仕事では無い。なのでその事は早々に忘れて真っすぐに帝国に戻る事だけを考えて空の帰り道を行く。


 そして帰りは一時間掛かった。気を使って慎重に運んだ結果である。

 地上には帝国冒険者ギルドマスター、及び今回の件での担当職員であろう者たちが集まっていた。その数三十名。

 ゲルダの姿はそこには無い。一体どうしたのかと言った疑問は横に置いておいて着陸をする。


「・・・早速捕獲をしてきてくれた様で嬉しいのだが。よりにもよってコレをなぁ・・・」


 ギルドマスターは俺と檻を交互に見つつそんな言葉をぼやく。


「で、ゲルダはどうしました?」


 ギルドマスターのそのボヤキに対して俺が返したのはゲルダの事。


「あー、その、何だ。捕まった。」


「は?」


「ちょっとコレには事情があってな?」


 聞こえて来た言葉にまた面倒そうだと思って詳しくその内容を聞いてみた。すると。


 ====  =====  =====


「と、言う訳でよ。エンドウが戻ってくるから、以前の場所にまで来てくれってさ。」


「うむ、分かった。準備は一通りは終えている。早速出よう。ゲルダ嬢も一緒に来て貰うが、良いかね?この依頼は君の名で受けられている依頼だからね。済まないが同行をして貰わねばならん。」


「まあ分かってるさ。んじゃボチボチ行きますか。」


 ギルドから出たギルドマスターとゲルダ。しかしそこに三名の男が行く手を塞ぐ。その男たちの顔は下品で小汚く無精髭を生やしていた。

 しかしその身に纏っている鎧はしっかりした物。だがそれは手入れが全くされておらず薄汚い印象。


「お前がゲルダだな?大人しく来て貰おうか。お前には不法入国の疑いが掛かっている。牢屋にぶち込んでやるから覚悟をしろ。」


「あん?何だ?テメエらは?」


「俺たちはこの国の御役人様だぜ?抵抗すれば痛い目を見るのはそっちだ。俺たちの言う事を素直に聞かねえと、もっと罪が増える事になるぜ?いいのか?」


 下劣で低俗、しかも相手の力量など全く見えていない脅しをゲルダにかける男たち。だけどもこの様な脅しに屈するゲルダでは無い。

 と言うか、この程度の言葉が脅しになる様な相手では無いのを知らない自称御役人様。


「アタシは今から用事があってね。あんたらにゃ着いていけないね。ソレと、役人だって言うならそれなりの身だしなみは整えて来るんだね。あんたらの汚いなりじゃ何処をどう見ても只の浮浪者にしか見えないよ。それに、御大層な身分だ、権力だってんなら、その証拠をちゃんと示してから用件を口にしな。品位が無いばかりか、全くの信用無しだね、アンタらの言動じゃな。つまらない時間を使うのは無駄以外の何物でも無い。そっちこそ痛い目を見たく無けりゃさっさとアタシの目の前から消えな。」


 逆にゲルダから啖呵を切られる男たち。そんな展開になるとは思っていなかった男たちは顔を赤く染める。


「ふざけた女がぁ!その澄ました顔をぐちゃぐちゃにしながらマワしてやる!謝っても許さねえぞゴラァ!」


 男の怒声にゲルダが取った行動。それは。


 ====   ====   =====


「ああ、その時の事を思い出すと今だに震えるよ。ゲルダ嬢は怒らせてはいけないねぇ。」


 ギルドマスターがそんな台詞で続きを説明する。


「ニッコリと、それはもう美しい笑顔だったよ、ゲルダ嬢は。それに男たちが呆けてしまってね。いきなりなんだ?と。そしてそれから静かに男たちにその笑顔でゲルダ嬢が近づくものだから私も唖然としてしまってな。私がそんななんだ。男たちはもっと思考が停止していただろうね。だが、そこからが奴らの地獄だったよ。」


 震え上がるギルドマスター。その瞬間を見てしまったようで。


「蹴り上げられたんだ、男の大事な部分が。思い切り、流れる様に、遠慮など無く、ね。ゲルダ嬢は男のその意識の隙間に刺し込む様にして金的を・・・おおぅふっ!」


 しかも続けて二回連続で蹴り上げたそうだ。一度目で硬直する男にすかさず間髪入れずに二度目の連撃。

 男はその自然さと余りの速さの蹴りを両方とも防ぐ事ができずに地面に沈んだと言う。口から盛大に泡を吹いて気絶しながら。

 確かにこの様な光景は傍から見ていただけでもトラウマに。その蹴りの威力は大の男が気絶するレベルの威力もあったと言う事だ。それをもし自分が食らったら?想像するだけで背筋が凍る案件である。


「男が地に沈んだ時には既にゲルダ嬢は動いていてね。残りの二人をあっと言う間にボコボコに・・・おおぅっふっ!」


 またしてもギルドマスターが思わずと言った感じで震えあがる。どうやらその二人も見るも無残な姿に変えられたんだろう。


「その後は治安部隊が駆けつけてね。丁寧な対応をしてゲルダ嬢を重要参考人として連行していったよ。まあ、不法侵入と言ったモノでは無く、暴力行為における容疑での連行だからねぇ。今日の残り一日は独房に入れられてしまうだろうね。」


「あー、事情は分かりました。なら迎えに行ってきます。ギルドマスターも依頼を受けている冒険者が捕まってる、なんてのは面白くないでしょう?」


「君がいれば別に問題は無いんだがね。まあ、しょうがない。因みに、不法入国と言うのは本当かい?」


「じゃあ俺はもう行きますね。引き渡しはこのまま檻ごとと言う形で。では。」


 俺はギルドマスターの質問に答えない。余計な事は言わないでおけばいい。

 要らない事を知る必要は無い。後で国の調査がギルドに入って来たとしても、ギルドマスターは「何も知らなかった」で押し通せば良いだけの話だ。


(とは言え、ゲルダが不法入国、ってのは確かなんだけどね。俺が無理矢理に拉致って来たみたいなもんだからなぁ。ゲルダに罪は無いよな?)


 さて、ここでどうやってゲルダが不法入国者だとバレたのかだ。

 俺のワープゲートで来たのである。当然門を通って審査を受けた訳でも無ければ身分証明証を呈示した訳でも無い。

 入国出国の証拠がそもそも無い。誰にも知られる事無く帝国に入ったのだからゲルダをピンポイントで狙って来た今回の事は少々不自然だ。


「そんなゴロツキみたいな男たちが役人だって言ってゲルダを連行しようとした事もおかしな話なんだよな。そんな真似をする人物じゃ無いしね、ここの皇帝は。」


 俺の事をちゃんと監視しているであろう皇帝がゲルダを狙ってあの様な頭の悪い真似をするとは考えられない。

 そして同じくしてギルドマスターも今回みたいな馬鹿をやらかす人物じゃない。


「他にゲルダの事を知ってるのは誰だ?ああ、宿のスタッフ・・・がそんな事をする事情なんて無いだろうし?そうなると、アレか?あの遊技場の支配人か?」


 その可能性が一番高い人物が思い当たる。ルーレットでゲルダに「イカサマ」を言いがかりをつけて来たあの支配人だ。


「あー、確かに今回みたいなちゃちな汚い事をやってきそうだわー。」


 俺は大通りを進んで城に向かって歩いている。ゲルダを迎えに行くために。到着までのその間に犯人が誰なのかの予想をしながら。

 そうして城に到着すれば門を顏パスで通らせて貰えた。しかも案内人付きである。どうやら話は既に終えているんだろう。

 案内された部屋へと入ればそこには二人の人物。皇帝とゲルダだ。


「おう、随分と遅かったな。アタシの事を少しは心配したか?」


「エンドウ、言ってくれれば彼女の分まで滞在用の一級特別許可証を発行したのにな。」


 二人はケラケラと笑って俺を迎える。まあゲルダならどうせ無事だろうと思っていたので別にそこまで深刻に心配をしていた訳じゃ無い。

 ソレを伝えたらゲルダがムスッとした顔で「ソレはあんまりじゃねえのか?」と不貞腐れた。


「彼女は強いからね。こちらも下手な対応を打てば被害を免れない。無駄な痛みは無いに限るよ。丁寧に御持て成しをしたから大丈夫さ。」


 皇帝がニコッと笑って余計な手出しなどしないと言葉にする。皇帝は俺がゲルダをここに連れてきている事など既に知っているのだから害意などを持っているはずも無い。


 ゲルダが男三人を沈めた騒動の後に皇帝直属である治安部隊が直ぐに駆け付けたのは最初からゲルダの監視もしていたからだろう。

 恐らくは不法入国だなどと言った事はもう既に知られていた事実なはずだ、この様子だと。

 ソレをあえて放置していたのはきっと俺が今度は何をやらかすのか?と言った事を観察するために泳がせていただけだろう。

 俺がここに直接ゲルダの事を伝えに来ていれば許可証をすんなりと発行をする気でいたのだ皇帝は。


「さて、ゲルダ。今日はどうする?まだ時間はあるけど。もう一体行く?」


「今日はもういいんじゃねーか?まだまだ休暇はあるしよ?明日、それから明後日で一体ずつ連れてきゃギルドマスターも満足するだろ。」


 俺は今日の内に依頼を達成してしまおうと考えていたのだが。ゲルダはもうそんな気分では無いらしい。

 確かに急ぐでも無い、焦るでも無い、そんな依頼だ。ゲルダの休暇日数にも余裕はある。


「今回の話を聞かせてくれないか?もう私は今日の分の仕事を早めに終わらせられたんだ。残りの時間、私に娯楽を提供してくれると嬉しいね。ああ、報酬を出せって言うなら幾らが妥当かな?」


 部屋の隅に居たどうにも秘書であろう男に皇帝は視線を向ける。

 その秘書は別段呆れた顔になったりしていないので仕事自体が今日の分終わっていると言うのは嘘では無いんだろう。

 その秘書が掌を二度叩くと扉が開いてどうやら報酬の入った革袋をテーブルに置く。


「まあ良いんじゃねーの?アタシも今日の事はしっかりと振り返っておきたいしな。」


 ゲルダが俺の意見を言う前に了承してしまう。そして「さて、何処から話したもんかね?」などと言って今朝の話からし始めた。


(まあ、良いか。俺もお茶と菓子を頂こう)


 話をするのは主にゲルダ。俺はその横でソファーに深く座りながら休憩を取る事にした。


 そんなこんなで時間が過ぎて話は終わる。


「あっはっはっは!いやいや、本当に面白い話を聞かせて貰ったよ。エンドウが私が思うよりももっと鋭角に斜め上な人物だったとはね!あっはっはっはっは!これは傑作だ!」


「おい、人の事をお笑い芸人みたいな言い方するんじゃねーよ。」


 俺はこの皇帝の爆笑をツッコむ。何が傑作か!と。

 コレに皇帝は詫びの印だと気楽な感じで食事に誘って来る。


「ああ、済まないな。お詫びと言っては何だが夕食を食べて行ってくれ。そのまま一泊して行ってくれても良いぞ?」


「飯は食べるが、泊まりはしない。宿に戻るよ。と言うか、ゲルダ?相手は皇帝だぞ?言葉遣いが雑過ぎやしないか?」


「んあ?別に良いんじゃねーの?だって最初に「楽にしてくれ」って言われたからな。そっちの秘書さんは良い顔して無かったけどよ。公式な場じゃ無いから別に問題ねーだろ。」


 ゲルダのこの堂々とした態度に皇帝がおかしそうに笑う。


「本当に彼女は肝が据わっているよ。女傑と言うんだろう?こう言った女性は。内にぜひ欲しいんだけどねぇ。」


「その件は断っただろ?色々と向こうには世話になってる人たちがいるんでな。その恩返しみたいな所があるから早々に移籍はする気ねーんだ。」


 既に俺が来る前に皇帝はゲルダに誘いを掛けていたらしい。しかしゲルダはこれを断っていると。


 この後は場所を変えて食堂に移動。出される食事を堪能した。


「あー、美味い。美味い。美味い。やっぱ権力者が出す食事は美味って決まってるんだなぁ。」


 俺はしみじみとそんな感想をこぼしながらゆっくりと食事を楽しんだが。ゲルダは。


「うめええええええ!オカワリ!うめええええええ!オカワリ!うめえええええ!オカワリ!」


 と叫びつつも何だか人が変わったようにおかわりを何度も繰り返している。どうやら食事の美味さの衝撃がそれほどまでにデカかったらしい。

 まるで壊れた喋るオモチャの如くに何度も同じ言葉を繰り返すだけの存在に変わってしまっていた。

 その食事の勢いも早さも物凄い。皇帝はソレを見てゲルダの分だけは手早く持ってくる様に給仕に指示を出していた。

 この料理、コース料理らしいのだが。ゲルダはそんな事は御構い無し。


「いやはや、凄い食べっぷりだね。そこまで喜んで貰えたなら嬉しい事だ。エンドウはどうだい?」


 皇帝はゲルダのその様子にちょっとだけ引いている。


「ああ、美味いよ。堪能させて貰ってる。」


 既にゲルダの料理は終了していた。今彼女はゆっくりとデザートを食べている。驚きな事にシャーベットである。

 コレにうっとりとした顔になってゲルダは「うめぇぇぇ・・・」と呻いていた。普段の姿や表情、態度からは想像もつかない程のだらしなさだ。

 普段どれだけ食事に対して頓着していなかったのかが窺える一場面である。

 こうして俺と皇帝がようやっとデザートに入ると言った所でやっとゲルダが落ち着きを取り戻していた。


「はぁ~、食った食った。こんな美味い飯食った事ねーや。」


 ゲルダがしみじみと腹をさすりながらそう溢す。俺はコレに「いやいや、どれだけなんだよ」と。


「冒険者になった当初に次々に依頼を達成して金は幾らでも稼いでたんじゃないのか?それで高級食事処で食べたりはしなかったのか?」


 俺はゲルダの昔を聞いてみた。確か登録から短期間でランクをギュンギュンと上げて爆速で上位冒険者と言われる位になっていたのではないのか。


「あー、あの頃はやる事成す事楽しかったからな。飯の質なんて考えて無かったぜ。解体と鑑定をする様になってからも飯の事は二の次だったなぁ。今回の事で考えが変わった。良いトコの食堂を探そうかな向こうで。」


 どうやら夢中になった事に対しての集中力で他の事に関するアレコレをすっとばしていたタイプらしい。

 ここで皇帝が質問をしてきた。明日の予定は?と。


「で、明日も魔物の捕獲に向かうんだよね?次は何を捕まえる気かな?できれば今日の岩塊蜥蜴みたいな厄介な魔物は勘弁して欲しい所なんだけど。あれ、魔力を吸うから魔法が効かないでしょ?しかもその身体も大きいし、硬いし。アレに暴れられたら止めるにどう言った手法を取れば良いかがちょっと、ねぇ?」


「もしかして、従魔師が反乱を起こしたら対処できなくなる系の話か?」


「・・・余りそこら辺を私の口から言いたくないけど、そうなるね。勘が鋭いねぇ。」


 皇帝が苦笑い。なので俺は岩塊蜥蜴を止める方法を語る。


「魔力塊を腹いっぱいになるまで食べさせると直ぐ寝るみたいだぞ?俺がこっちにまで運んで来る間ずっと大人しかったから。対処はそれで良いんじゃ無いか?」


「ソレってどれだけの魔術師が必要になるかな?エンドウの基準で判断したら相当数を駆り出さないと止められないと思うけどね。」


 皇帝は今度は溜息と共にそう切り返してきた。まあ確かにそうかもしれない。

 以前に俺は帝国魔術師たちにアドバイス?をしているのだが、その成果が現れるのはいつになるか分からない。

 なのでその前に岩塊蜥蜴が暴れる様な件が発生したら俺が止めるしかなくなるだろう。

 でもそれが発生するか、しないか迄は俺にだって分からない。起きればいつ、どこで、どれ位の被害が?などと言った事まで分かるはずが無いのである。


「それじゃぁ戻るよ。ゲルダ、落ち着いたか?じゃあ宿に戻ろう。」


 俺がそう声をゲルダに掛けたらこの返事が何と。


「んー、明日は空蜥蜴で良いんじゃ無いか?蜥蜴続きで闘技場が蜥蜴ダラケになっちまうだろうけどさ。」


 ケラケラ笑いながら上機嫌でゲルダは明日の捕まえる魔物の事に言及する。

 そろそろ蜥蜴がゲシュタルト崩壊しそうだ。空の蜥蜴?俺は頭の上に疑問符がこの時に出ていたと思う。

 皇帝は皇帝で別の所に心配があるようで。


「あー、ちょっとソレも対処が難しいヤツ・・・しょうがないね。コレも闘技場の活性化の為か。それに従魔師の後援である商人たちから金を市場に放出させる為もあるからなぁ。」


 諦めた、そんな雰囲気を出して皇帝は食堂から去って行く俺たちを見送る。

 俺は腹ごなしに歩いて宿に帰るつもりである。ワープゲートを使わずに。

 ゲルダもコレに文句は無かったみたいで見送る皇帝に「じゃあな」と別れの挨拶をしていた。


 こうして城を出た時には辺りは真っ暗、とはなっていない。

 ここ帝国は眠らない都市といっても良いんだろう。そこかしこの飲み屋や、街灯の明かりがあっちこっちを照らして暗さなど何処にも見当たらないと言って良い位にピカピカと光っている。


「夜でもこんなに明るいと変な感覚に襲われるぜ。もう普通は眠ってる時間じゃ無いのか?」


「ゲルダには違和感があるんだな。俺は・・・ちょっと懐かしいと思っちゃう所があるなぁ。」


 当然サラリーマン時代の事である。既にその思い出は遠い彼方だ。

 なのでこうして昔を思い出す光景を目にして懐かしいなどと言った妙な気分にさせられる。


(寧ろあの頃の俺には何も無かったと言えるんだけどな。皮肉だなぁ)


 変わらぬ毎日、通勤、出社、仕事、終業、帰宅、就寝。

 同じ毎日では無い、しかしやっている事の根本は全く同じで変わらぬ毎日。

 世界中にそんな毎日があるから、その歯車の動きに因って世の中と言うモノが形成されている。

 しかしその歯車の中、人一人と言う小さな歯車が脱落しても世の中の動きは止まらない。

 定年退職、俺が居なくなった会社も別に何ら変わり無く、今日も存在し続けている事だろう。


(俺の今はそう言う人生があったからこそ、この世界に居るって事だな。それもそれでどう言う因果なんだかなぁ)


 妙な事を考えながら歩いていたら俺の横を並んで歩いていたはずのゲルダが居ない。


「おおぅ!?おーい?何処行ったゲルダぁ~?」


 左右をキョロキョロしてみても見当たらない。しかし後ろを振り返ったら遠くでゲルダは男六人組に囲まれていた。


「オウ、ノウ・・・なにこの展開?あれですか?暗い夜道を女性が歩いていると犯罪者が寄ってきますよ、危ないですよ的な何かですか?」


 これがゲルダを只単にナンパしに来た男たちだったらまあ、まだマシだ。

 だけども男たちの表情がソレは違うと訴えている。ゲルダを睨んでいるのだ。


「今ゲルダは機嫌が良いはず。ここは穏便に済ませ・・・あぁ、駄目だコリャ・・・」


 どうやらまたゲルダを狙ったモノであるらしい。男たちは各自がナイフを抜き放った。

 幾ら夜の街に明かりが多くて明るいと感じるとは言えだ。その中には暗闇もあっちこっちに存在する。

 この男たちの行動はその暗闇に隠れて周囲に容易にバレない様にして行われていた。計算した行動である。


 そんな事を察せないゲルダじゃない。しょうがないので俺がこれを止める事にした。

 放っておくとゲルダが全員始末してしまう。そう、恐らくこのままだと遠慮無しにゲルダはこの男たちを殺してしまうだろう。

 美味しい食事で上機嫌なはずの所にこんな無粋で物騒な邪魔が入ったのだ。ゲルダの機嫌は急降下、ギルドマスターに聞いた話のあの「美しい笑顔」にゲルダはなっていた。


「あー、君たち、命が惜しくばその光物を仕舞いたまえよ。死にたくは無いだろう?俺が居て良かったな、君たち。」


 俺はそんな言葉をウンザリした気持ちで吐き出しながらゲルダの横に並んだ。

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