先に得ておくべきだったもの
翌日の朝。俺はちょっと寝坊した。どうやらチビチビと飲んで長時間楽しんでいた酒の影響か、何なのかは知らないが。
「おい、今日は随分と起きるのが遅かったな。・・・まあ移動に時間が掛からねーからイイけどよ。アタシは先に朝食を食っちまったぞ?エンドウはどうするんだ?」
「あー、そうだね。通りの屋台物で良いや。直ぐに出よう。」
どうやらゲルダは俺が部屋を訪ねて来るまでずっと大人しくしていた様だ。食事は宿のを頼んで出して貰ったんだろう。まあそれの代金は俺が出す事になっているが。
昨日は随分とゲルダも賭けを楽しんでいたのでその件で少しは気晴らしになったんだろう。
俺が遅くに起床した事に別段怒った様子が無いのはホッとした。
そうして宿を出て賑わっている屋台通りを歩きながら見た事、食べた事の無さそうな珍しい物を探し買ってソレを頬張りながら門を目指す。
「おい、別に門の外に出てから移動しなくてもそこら辺の陰から移動しちまっても良いだろうが。何でそっちに行くんだよ?」
「・・・へぁ?あ?そうだな。そう言えばそうだった。散歩気分で宿を出たからウッカリしてたわ。」
ゲルダにツッコミを入れられてようやっと気付いた。既にゲルダにはワープゲートをバラしているのだ。
別に門から一々出てから人目の無い場所でワープゲートで移動、などと言った手間など要らないはずだ。
俺にとっては別にギルドの依頼も、ゲルダの狩りも何ら緊張感無くできてしまう。
なのでそこら辺の事を全く脳内に残していないので何と無く動いている状態だ。
「あー、じゃあそこの陰で良いか。行こう。」
「エンドウは凄いのか、アホなのか、どっちなんだ?アタシが指摘しなければずっとこのままだったのか一日中?」
ゲルダの厳しい言葉に俺は「申し訳ございません」と謝罪の言葉しか返せなかった。
そうして一瞬でワープゲートで森に移る。ここで今日も狩りである。と思ったら。
「とは言え、一昨日と昨日で結構アタシはもう満足しちまってるんだけどねぇ。さて、じゃあ今日はエンドウの力っての見せてくれよ。ギルドに出す魔物はアンタが捕まえるんだろ?」
「あー、そうは言ってもさ?ゴリアリススパイダスをもう一体、じゃあ駄目なんだろ?そうなるとそれに匹敵する魔物か、或いは、それよりも一段下がるけどそれなりな魔物を二体か三体だろ?俺、魔物の目利きとか知識無いからなぁ?ゲルダ教えてくれない?」
「呆れるねぇ・・・」
ゲルダはそう言いつつも魔物と遭遇したらその時に教えてやると言ってくれた。
この森に居る大物と言える魔物にどんなのが居るのかゲルダは知らないのだ。俺も知らない。
なので行き当たりばったりで俺が見つけた魔物の事をその時に教えてくれる事に。
そして魔力ソナーで見つけた魔物の所に早速到着。先ずは一体目。
「発見するのにこんなに早いとはねぇ。本当にふざけた奴・・・」
「何で俺そんな風に言われなきゃいけないの?」
ふざけた奴呼ばわりは止めて欲しい所だ。俺は真剣である。
とは言え、三十分も掛からずにこうして魔物の目の前まで来ているのだ、確かにこの世界の常識で言うと外れているのだろう、大いに。
「で、こいつは?連れて行っても大丈夫そう?」
「うーん?微妙な所だな?と言うか、従魔闘技場にどんな種類が出てるのか、アタシは知らないんだから被るんじゃないか?何も知らずに捕獲して連れてったとしても。」
「あー、それはあるなぁ。もうちょっと情報を仕入れてから森に来るべきかぁ。でもなぁ?出場している従魔はきっとこの森に出てくる魔物ばっかりじゃ無いかと。そうすると多分?」
「ああ、そうなるな。捕獲困難な魔物以外は全部従魔にされてるって事だ。」
俺は先ずゲルダの狩りを中心に考えていたのでそこら辺の事に思考が行っていなかった。
これでは本当に何もかもが行き当たりばったり。計画性の欠片も無い。
「ごめんゲルダ。一度帝国に戻って闘技場に出場してる従魔の種類の資料を貰って来よう。・・・あ、でもそんなの普通簡単に渡してくれない物か。あー、どうしようか?」
「ギルド長に頼めば良いんじゃないのか?・・・ああ、でも向こうの資料も依頼人の個人情報やらに引っ掛かるか。」
ゲルダの案は恐らくギルド規約などで規制がされて情報を安易に出せないのだろう。そうなると引っ張り出せたとしてもソレの手続きなどで時間が掛かると見られる。
もしかしたら今回の依頼だけは特別と称して直ぐに資料を渡してくれるかもしれないが。
何だか俺はソレをしたくない。あのギルド長の腹の中は結構な黒さだと俺は思っている。
そんな人物に対して早々に頼み事とか要求を安易にしたくない。
「うーん?なら闘技場の予想屋なんかが情報をそこら辺持ってるかな?適当に探して纏めて売ってくれそうな人物を探すしかないね。」
この俺の出した案にゲルダが「お?」とした顔になった。そして納得する。
「中々の妙案だな。ああいった所には確かにそう言う商売で金を稼ぐ奴が大抵は居るからな。闘技場でずっと長年その商売をしてきているだろうから出場してる従魔の事も当然把握してるか。なら戻るとするか。」
こうして一度俺たちは帝国に戻る事にした。
そうしてやって来たのは従魔闘技場のチケット売り場前。そこは相変わらず賑わっている。
次の対戦カードでどちらが勝つか、負けるかを誰もが真剣な表情で悩んでいた。
「売ってくれないか?アンタの持ってるここに出場してる従魔の情報全部。」
「は?」
そんな場所でいきなりゲルダが一番側にいた予想屋にそんな言葉をストレートにぶつけていた。
「うぉい!もうちょっと交渉ってのがあるだろ、ゲルダ。あ、スイマセンね?ちょっとお話良いですか?」
俺はすかさずツッコミを入れてゲルダを止めたがもう遅かった。
「あんたら何の目的でそんな事を?俺たちの飯のタネだぞ?そう簡単に売っちまえば俺が他の奴らから潰されちまうぜ。」
他の奴らと言うのは情報屋とか、予想屋などのコミュニティの事をどうやら言っているらしい。
「金を出せば売ってくれるんだろ?そう言うのを商売にしてんじゃねーのかよ?」
ゲルダはまたしても身も蓋も無い事を口にする。これ以上ゲルダに喋らせるとこちらの印象が悪くなり過ぎる。
「おい、ゲルダ。交渉は俺がするから黙っててくれ。物事って言うのはこっちの要求だけ告げれば「ハイソウデスカ」ってすんなりと進むもんじゃ無いんだから。裏も表も金を出せば済む世の中ならこんなに苦労はしてないし、そうなっていたらもっと世の中単純だっただろ?今のゲルダの現状を思い出してみろよ?」
俺の言葉でゲルダが少しだけムッとした表情になってから黙った。
「すまないが、俺たちの要求を呑んでくれるあんたらの「総元締め」を紹介してくれると助かるんだが。」
この俺の求めに予想屋はもの凄く渋い顔をしてくる。そして黙ってしまった。まるでこれ以上お前らと交渉する気は無いと言いたげに。
「あちゃー、これは前途多難だな。済まなかった。不快な気持ちにさせちまったこれは詫び賃だ。受け取ってくれ。」
俺は帝国金貨を一枚その予想屋に渡してゲルダを引っ張りその場を去る。コレにゲルダが文句を付けて来た。
「おい、今のはどう言う事だよ?あんな事で金貨を渡すなんてどう言う神経してんだ?」
「ん?別に大した事じゃ無い。俺の懐は重たいからな。あれ位は負担でも何でも無いよ。」
「そういう意味で聞いてんじゃねーよ。あの予想屋の口からアタシらの事が他の奴らに広がったら他の予想屋だけじゃねえ、情報屋もアタシらの相手をしなくなっちまうんじゃないのかよ?」
俺たちは人気の無い場所に移動して会話を続ける。
「うーん、そう言った事もあるかもな。でも、その逆もあるかもしれない。取り敢えずもう二人か、三人位に声掛けして誰かしら売ってくれる奴が居ないか探そう。」
俺の返した言葉にゲルダが首を傾げる。逆、と言った事にどうやら「何でそうなる?」と疑問に思っているらしい。
とは言え、他の予想屋に交渉をすると言うのは頷いてくれたのでチケット売り場近場以外で客引きをしている予想屋の所に向かう。
「おいおい、アンタら、怪しいぞ?目的は一体なんだ?もしかしてこの闘技場を掻き回す魂胆なのか?」
二人目にはこう言われて断られた。この時も「総元締め」を紹介してくれと一言求めたら黙られてしまった。
コレに俺は不機嫌にさせてしまった詫びと言ってまた金貨を一枚その予想屋に渡す。
(どうやら相当に怖い人物が総元締めなんだろうな。一人目と同じ反応するとは思わなかった)
二人目の予想屋も物凄く渋い顔になって黙ったのだ。
そしてその場所から遠く離れて別の場所に立っていた予想屋に同じ事を聞いてみたのだが。
「ダメダメ。あんた、あのエンドウだろう?こうしてこの闘技場の伝説にお目に掛かれて、声を掛けられて光栄だと思うけどさ。その要求は吞めないよ。済まないな。」
この様な反応を返されてしまった。多分声を掛けた一人目も二人目も俺の事はしっかりと知っていたに違いない。
この闘技場の予想屋が俺の試合の事を、その内容を知らない訳が無い。そう言った情報を素早く仕入れて、研究し精査してそれを売る商売なのだ。知らなかったら商売にならない。
コレに俺はまた金貨を一枚渡してその場を去る。この時にもやはり一応は総元締めを紹介してくれないかと求めている。
求めているのだが、本当に面白い位に前の二人と全く同じく渋い顔をして黙ってしまったのはちょっと笑いそうになったけれど。
「おい、エンドウ。全部駄目じゃねーかよ。この調子だと全員同じ反応しか返って来ないだろ。もう意味無いんじゃ無いか?別の方法を探した方が良さそうだぜ。」
ゲルダがもう予想屋から情報を売って貰う案は止めてしまおうと言ってくる。
まあ確かにこれ以上はやっても成果が上がらないだろう。けれども俺はソレに待ったをかける。
「まあ別に焦って無いんだ。期限も別にあって無い様なモノだし。もう二人か三人に同じ事を繰り返しておこう。」
ゲルダはコレに理解できないと言った表情を見せて来た。なので俺は別行動をしても構わない事を告げる。
「じゃあ観戦でもして来たら?俺は俺でやるだけやっとくから。」
従魔闘技場は別に賭けチケットを買わねば観戦できない訳じゃ無い。観戦入場チケットを買えば試合観戦が可能だ。
まあその入場チケットは結構なお高い金額である。幾らかと言うと、一日フリーパス券で日本円で二万円位だろうか?午前、或いは午後フリーだと半分で一万と言った具合。
賭けチケットはと言うとそのチケットの試合だけは観戦できると言った感じだ。
最低限賭けなくてはいけない金額がその賭けチケットには設定されてはいるが、それも大体二千円だか、三千円だとか、確かその位だったと思う。ちゃんとはっきり覚えていない、気にしていなかったから。
観戦入場チケットの方が割高と言えばそうなのかもしれない。けれども只ゆっくりと試合を楽しみたい客はこっちの方が良いだろう。
この観戦チケットの方は高い分ちゃんとサービスも受けられる。一日フリーパスは俺とゲルダが入ったあの個室、午前午後の半日の方は俺が初めてここで賭けチケットを買って座ったあの仕切りがあった席に座れる。
俺はここで一日フリーパスをチケット売り場で購入、それをゲルダに渡す。ついでに多めにお金を渡して好きな物を食べて過ごす様に言っておいた。
コレにはゲルダは直ぐに表情を切り替えて「んじゃ行ってくるわ!」とスキップでもしそうな上機嫌で個室へと案内するスタッフの後を付いて行った。
「さて、こっちはこっちで食いついて来るか、そうで無いか。結果はどうなるかね?」
それから俺は手当たり次第に他の予想屋へと声を掛けて行った。しかしコレは予想通りに全滅。誰も情報など売ってはくれない。
去り際に俺が総元締めを紹介してくれないかと口に出すと、やはり誰もが全く同じ反応を示してきたから途中で本気で笑いそうになった。まあ我慢したが。
こうして俺は予想屋に誰にも相手にされずに成果無し、闘技場の外へと出る。その近場にあったどうにもお茶所らしい店に入って飲み物のオススメを頼んで一息つく事にした。
そうして注文したドリンクをゆっくりと飲みつつこれからどうしようか考えていたら俺の所に子供が一人やって来た。そして言う。
「言伝を頼まれたんだ僕。向こうでお兄さんを待ってるって人が居るよ。その人から呼んできてくれって言われた。」
(ああ、どうやら食いついたか。さて、お次はどっちの目がでるかな?)
そのお使い小僧に俺は小遣いを渡す。メッセンジャーご苦労、と言う意味の。
俺は金貨を子供の掌に乗せてやったが、これに子供の方はギョッと目を一瞬見開いて驚いている。
「貰っとけ。別に遠慮しないで良い。・・・ああ、金貨じゃ使い難いし、誰かに見られたら疑われちゃうか。なら・・・ホレ。」
俺は銀貨銅貨をじゃらじゃら入れた小袋を子供の手の上へ。だがやはり子供は混乱している。どうしてこんなにくれるのか?と。
俺はソレを放置して子供が指し示した待ち人の居る方へと歩き始める。ドリンク代金は先に支払い済みだ。
「で、俺をこんな所に呼んで何の用だい?あ、もしかして総元締めに会わせてくれるのかね?」
そこに待って居たのは何処にでも居そうな見た目の男。特にこれと言った特徴が見られない平凡な顔つき。そいつに俺は声を掛けてみたが。
「アンタが会いたがっている人物は俺だよ。さて、ここで立ち話も何だ。俺の家に行こうか。あんたの求めている物を売るか、売らないかはこれからのアンタの態度次第さ。」
そう言ってその男は歩き始める。これ以上の話は此処ではしないとばかりに。そしてどうにもこの何の変哲も無い男が「総元締め」だと言う。
黙って付いて来い、そんな感じなんだろう。そのまま男はこちらに振り返りもせずにスタスタと歩いて行ってしまう。
コレに俺は素直に言う事を聞くしか無さそうだと思ってそのまま男について行く。
そうして付いて行った先は誰も来なさそうな路地裏。入り組んでいてまるで迷路と言った様相の。
そこをグネグネと幾つもの曲がり角を進んで到着したのはどう見ても行き止まり。
そこで男が壁を二度ノックする。そして十秒程してからまた二度ノックした。
しかし何も起きない。だがその後に男はまたノックする。壁を。今度は五回。
「・・・おお?凄いなコレ。」
俺はビックリさせられた。壁がゆっくりと横にスライドしていくのだ。どうやら仕掛け扉らしい。
そのまま男はその先へと進む。コレに遅れない様に俺もそのまま男に付いて行く。
「で、何処まで行くんだ?そろそろ到着って事か?あんな仕掛けがあったくらいだからもうちょっとって感じ?」
この質問に男は何も答えてはくれなかった。ちょっとだけこちらを向いて視線を投げて来ただけ。そこには「もうちょっと待ってろ」と言った意味でも込めていたんだろう。
そうして辿り着いたのは何の変哲も無い家だった。しかし周囲を壁で囲われてここの空間だけ異様である。
その家に男は入っていく。この隠れ家に驚く暇も与えてくれない。
その内部も別段コレと言って不審な物は無く、小奇麗に片づけられて清潔にされていた。
そして男はどうやら客間に入る。そこで話をすると言う事なんだろう。俺もそのまま部屋に入った。
そこには武器を携えた五人の強面が奥の壁に並んでいた。
「さて、そこに座れ。話がしたいんだろう?茶も菓子も出さないがな。」
男は一人用のソファーにドカリと座ってから俺にその対面のソファーに座る様に言う。
「回りくどいのは嫌いだ。何故従魔の情報が欲しい?」
いきなりそんな質問されてしまったが、俺はそれに逆に切り返した。
「もうそんな理由はそっちは既に知ってるんじゃない?」
俺が何でそんな物を欲しがるのかなど、この男が知らない訳が無い。
だって情報を扱う者にとって素早さは大事な武器だ。動く事、風の如しである。
新鮮な情報は高値を付けて売れるし、仕入れた情報を寝かせて時間を置いて価値を高めると言う手もある。
その判断をするのにも仕入れを素早く行うと言うのは必須事項。この男がソレを分かっていない訳が無い。
「そんな小っちゃい話をしていられる程、こちらは暇じゃ無い。要らないのか?情報が。あんたの態度一つで今すぐにでもお帰り願う事も可能だぞ?」
この男の言葉に壁際の五人が全員剣を抜く。
「その五人は俺を脅す為に居るのか?それともあんたを守る護衛として置いてるのか?まあどっちにしろソレはどちらも通用しないぞ?」
俺が脅しには屈しないとハッキリと言うと男はイラついた様にして頬杖をついた。
「チッ!本当に厄介だな、アンタは。全く、化物を相手にするとこれだから嫌なんだ心底。」
「おいおい、人をいきなり化物呼ばわりとか、アンタ何様だよ?そんな呼ばれ方して気分が良い訳無いだろ?」
化物なんて呼ばれ方は頂けない。そこはちょっとイラっとして俺は突っ込む。
「はっ!アンタのせいで従魔闘技場が荒れちまった。全く持ってしてこっちは迷惑食らった側だ。あんな従魔を連れて大暴れ。しかもあの脂肪ダルマがゴリアリススパイダスを得ちまって闘技場の均衡が大崩れだ。こっちの商売の調整がソレで忙しくて敵わねぇ。文句の一つも付けたくなる。」
「ソレは俺のせいじゃないだろ半分以上は。文句があるなら冒険者ギルドと従魔師たちに付けるべきじゃ無いのか?あと魔物の競売に負けた商人たち。」
闘技場の波乱は確かに俺にちょっとくらいは原因があるなと自覚している部分はある。
しかしこの男が言った事の全てが俺の責任じゃない。だからちゃんと否定はしておく。
そうしたら男の方が不機嫌になりながら口を開いた。
「アンタが大本だろうそもそもが。はぁ~。話が進まねぇな。元に戻そう。冒険者ギルドからアンタは依頼を受けてる、その情報はもうとっくに知ってる。その上でどんな魔物を捕獲すれば良いかを知るために情報が欲しいんだろ?種類が被らない様にする為、そんなのは解って言ってるんだこっちは。只アンタを試す為に言っただけだ最初のはな。素直にこっちのその質問に答えてくれてりゃすんなりと売っても良かった。なのに言い返してきやがってよ。駆け引きなんて通用しないってのも、あんな試合を見せられたら小さい子供だって解るっての。」
「そこまで分かってるならもう良い加減結論をくれ。情報を渡す気はあるか?無いか?どっちだ?」
何だか今は立場が逆転している様な感じになってしまっている。別に俺は暴力で脅して情報を奪おうと言った事をする気は無いのだが。
それでも向こうはどうにも俺に暴れられたらどうしようも無いと言った空気になってしまっている。
なのでここでその雰囲気を変える為の話を俺の方から切り出す。
「幾ら出せば良い?あ、それと今の状態の闘技場にどんな魔物が持ち込まれれば上手く安定した状態になりそうだ?そこら辺の助言をくれるともっと助かるんだけど。」
お金の話を先にしてしまう、それが一番手っ取り早い。こちらはお金をちゃんと出します、欲しい情報にしっかりと対価は払います、と言ったアピールだ。
コレで相手側もキッチリと商売として話を続けてくれるはず。
「ちっ!アンタの事が増々理解できねぇ。分かった。売ってやる。売ってはやるが、高いぞ?ソレで良いな?」
「ああ、良いよ。あ、ギルド証から引き落としでいい?読み取り機とかここ置いてる?」
「・・・ボッたくられるとは考えないのか?クソッ!アンタを直接この目で見て、対応してどんな人物か判断しようと思ってこうして自身で出張ってきたんだがな。止めときゃ良かったぜ。」
溜息と共にその一言を口にした後に男が指をパチンと一つ鳴らす。すると部屋に読み取り機を手にしたメイドさんが入って来た。そして目の前のテーブルにそれを置く。
俺はその流れのままに懐から出したように見せかけてインベントリからカードを取り出す。そしてそのままそれをメイドさんに渡した。
手早く手続きは進んでカードが返されると同時に小冊子を渡された。どうやらこれが俺の求めた品らしい。準備万端だったと言う事なんだろう向こうは。
「ソレを持って早く帰ってくれ。どんな魔物であれば闘技場の均衡が取れるだろうかはアンタの相方に聞けば答えは出るはずだ。」
「あ、ゲルダの事?ちゃんと調べたんだな。そっか、俺の事も知ってたんだし、そっちも当然調べるよな。」
「・・・アンタ何も知らないのか?あのゲルダだぞ?はぁ~。その様子だと本気で知らないのか。」
「何?勿体ぶらずに教えてくれよ。ゲルダが何なんだ?」
「・・・昔、王国で大暴れした新人がいてな。そいつは冒険者ランクをあっと言う間に上げに上げて何処からも注目の的になった。だから誰もが誘致勧誘したくてそいつに釘付けってな。有能な冒険者は何処のギルドも欲しい。だからその動向を当時は何処の情報屋も仕入れていたのさ。しかしいきなり突然ギルドの裏方になったって事でちょっとした騒ぎになった。どうしてそうなる?ってな。そのまま順調に仕事を熟していれば最上級は夢じゃない、そんな勢いだった真っ最中でだぞ?いきなり鑑定と解体をする裏方に?あり得るか?普通?そんな人物がこの帝国にいきなり現れて、しかも今はアンタと組んで何やらやってる。見て見ぬふりなんてできないだろうが。直ぐに調べさせたらあのゲルダだって言うんだからこっちは心底驚かされてるんだぞ?」
まるで愚痴でも溢す様にしてゲルダの事を教えてくれた男は大きく溜息を吐いた。
「・・・これからは何か知りたい事があれば直接ここに来てくれて構わねえ。だからもう無駄に金をバラ撒くのはしないでくれ。現場の奴らが怯えちまう。」
「俺ってそんなにビビられてたの?まあ、分かったよ。今度からは派手な事はせずに真っすぐ此処に窺わせて貰うとするよ。んじゃ、ありがとね。」
俺が席を立つとメイドさんがお見送りをしてくれる。そのまま家を出て来た道を戻る。
「さてと、これをゲルダに見せれば後は何とかなるか?あ、いや、でもそうか。どんな魔物が良いかはゲルダが考えてくれるだろうけど。その魔物が何処に生息してるかはこれまた調べないと駄目か?」
ゲルダがどんな魔物が良いかを決めて、セットでその魔物が何処に住んでいるかを知っていれば良いけれど。
「まあ取り敢えず一つ問題は解決したし?また何かあったらその時はその時か。」
俺は小冊子をペラペラとめくり中身を見つつ従魔闘技場にそのまま歩いて戻った。
戻って来たのは良いのだが。ゲルダは今試合を観戦中だろう。俺は別に賭けをする気は無いし、観戦も考えていない。
直ぐに合流しなければならない訳でも無かったので宿の部屋に帰る。そのままベッドに寝転がって小冊子に掛かれている魔物の名前を眺めて時間を潰して見たりしたが。
「名前だけ見ても全く分からない。まるで何かの暗号を見てるかの様な錯覚に陥るな?」
従魔師の名前が一番上にあり、その下にその従魔師の従える魔物の名前が連なって書かれているのだが。
その名前を見ても、読めても、サッパリとその魔物の姿形が想像できない。
俺はその手の方面の専門家じゃ無いし、そもそもこの世界の常識など知らない。それこそ魔物の事など知るはずも無い。
「これゲルダが居なかったら詰んでたんじゃ?もしそうなっていたら闘技場の支配人にでもアドバイスか、或いは情報をくれって求めていたのかな?もしくは直に「何を捕まえてくればいい?」って聞いていたかも?」
取り敢えず今はそんな事を悩まい無いで良い。明日にでもゲルダにこの小冊子を渡せば解決する問題だ。捕獲は明日以降になるだろう。
小冊子を閉じて俺は何か他にやっておいた方が良い事が残っていないかどうかに思考を回す。
ゲルダが戻って来ない事にはこの話はこれ以上先に進まない。そしてゲルダはまだ観戦をしている。一日フリーパスを買い与えたのは失敗だっただろうか?
そのおかげで俺の時間が多めに余り過ぎた。総元締めがあんなに早い対応をしてきたのでその分だけ予定消化が早まってしまっているのだ。
「皇帝の所に行って受け入れ準備は進んでるか聞いて来るか。」
準備できてるのかそうで無いかは取り敢えずは置いておいて、聞いて帰って来るだけ。直ぐに戻って来れそうな用事を済ませてしまう事にした。