森の奥と観光と賭け事
俺はそこまでの量を飲んでいなかったので朝の目覚めは悪く無かった。
「ゲルダは馬鹿みたいに飲んでたけど、ウワバミかね?それとも只の飲兵衛?」
彼女が二日酔いかそうで無いかでソレは決まる。そして俺は隣の部屋のドアをノックする。
「おーい、準備は良いか?朝食を摂ったら出発しよう。」
「あいよ!さて、どんな魔物と出会うかねぇ?楽しみだ。」
扉を開けて出て来たのはスッキリとした顔のゲルダ。どうやらお酒に強いらしい。
俺たちはそのまま宿を出て大通りに出ている屋台飯を食べて腹ごしらえとした。
そのまま以前に俺が捕獲依頼で向かった森に続く道がある門へと向かう。
「で、アタシは自由に狩りをしても良いんだろ?お目付け役が居るってのはちょっと気に入らないけどね。」
「まだ言うのソレ?じゃあ俺は余計な事は言わないでおく?」
「いや、魔物の居る方向は教えてくれ。ササッと手軽で時間も無駄に掛から無いしなその場合は。狩りに満足したら残りの日数を帝国で遊ばせて貰うよ。」
「まあ、余った時間は色んな場所に案内させて貰うよ。」
こうしてお喋りしながら門を抜ける。門番にギルド依頼書の控えを見せたらすぐに通してくれた。
引き留められると言った事も無くスムーズに通れたのはギルド長のサインがその依頼書に入っていたからだと思われる。
さて一応は森に到着するまでには一度野営をする必要がある距離なのだが、そこら辺は飛ばしてしまっても良いだろう。
さっさと狩りを終わらせて帰還して帝国観光を楽しめば良い。
「じゃあ人目が無くなったからちゃっちゃと行こうか。あ、コレの事は他言無用ね?」
俺はワープゲートを出してゲルダに通る様に促す。その時には「誰にも言っちゃ駄目だよ?」と人差し指を唇に当てながら。一応ゲルダは信用できると判断してさっさと移動だ。
「エンドウ、お前さ?そう言う所が駄目なんだぞ?・・・もう既に一回体験しちまってるから抵抗はそこまで大きくは無いけどよ。おい、無理矢理アタシの身体を操るなよ?アレもお前がやってたんだろ?ちょっと待ってろ、待ってろって!抵抗感がそこまでって言っても無い訳じゃ無いんだから!おい!押すな!押すなって言ってんだろ!こらぁ!」
俺はゲルダの背中を押してワープゲートに無理やり押し込む。今の俺にはワープゲートを幾ら長時間出しっぱなしでも魔力の減少は感じられなくなっている。
しかしゲルダの覚悟ができるまで待つ気にはならない。どれだけ時間が掛かるか分からないから。
(以前はかなりごっそりと体の中から減っている感覚を味わっていたんだけどなぁ)
自分と言う存在がどんな所に向かおうとしているのだろうかとふと不安に駆られる。
しかしなってしまったモノはしょうがなく、ならば徹底的に上り詰めてしまった方が楽になるのでは?などと言った思考も多少はしてしまう様になっていた。
「さて、ここの森での一番強い魔物はゴリアリススパイダス?だったかな?奥に行くといるらしいけど。今の時間だともう餌を摂って寝てるか?」
「また一瞬で訳の分からない・・・ここはアレか?今回の狩りする森って事か?あ?ソレで何だって?ゴリアリススパイダスって言ったら全身が超希少素材じゃねーかよ。つか、アタシ一人で狩れる訳無いだろうが。そんなの。」
「いや、別にゲルダに狩れって言ってる訳じゃ無いよ?あくまでも参考に?あ、じゃあどんな魔物狩る?その魔物の特徴を教えてくれたら直ぐに見つけるけど?」
「何で直ぐに見つけられるんだよソレで・・・つか、どんな方法使えばそんなの分かるんだ?そもそもさ、アタシはこの森の生息する魔物や生態系を知らないんだぞ?何が居るのかなんて知らねーんだから。」
そう言えばそうだった。そんな初歩的な所を全く考えていなかった。
「じゃあまたテキトーに俺がざっくりと方向を教えてゲルダがそっちに向かう的な感じで?」
「それしかないだろ?それ以外にどうしろって?まあ出てくる魔物を知らないなら知らないで程良い緊張感になるからそこは良いんだけどよ。」
そう言った後にゲルダの纏う雰囲気が変わった。どうやら気持ちを既に切り替えた様だ。
なので俺も魔力ソナーで森中を調べて手始めに一番近い所に居た魔物の方角を指し示す。
こうしてゲルダのストレス発散の狩りが始まった。
狩ったらゲルダがその場で簡易処理をして俺のインベントリに入れる。コレの繰り返し。
猪、鳥、蜥蜴、昆虫、鹿、と言った具合に狩りは順調だった。
これらそれぞれの魔物は一撃で仕留められている。ゲルダの力量はかなりのモノだ。
数を熟したからかゲルダは満足そうにしている。そして。
「ふぅー、それじゃ今日はこの辺にしようか。」
「よし、じゃあ帰ろう。はい、入って入って。宿の部屋に繋がってるから一瞬で帰れるよー。」
「おい、森に来る時も門なんて一々通らないでも、コレで即座に移動できたんだったら何でやらなかったんだ?」
「え?雰囲気は必要でしょ?これから狩りだって言う流れ?的な?宿泊してる部屋からいきなり森に移っても良かったの今朝は?」
「・・・アタシが悪かったよ。そんな事されてたら余計に気持ちの切り替えに時間が掛かっただろうねぇ。」
こうしてゲルダは溜息と共にワープゲートを通る。今日の狩りは終了だ。そう、今日は、である。
まだまだ明日、明後日もゲルダは狩りをする気なのだろうこの調子だと。
「食事はどうする?夢中で狩ってたから既に夕食の時間だけど?昼を食べて無いでしょ、ゲルダ。」
そう、ゲルダは昼食を抜いてまで狩りに集中していたのだ。ゲルダは自分で用意していたのだろう干し肉を食べ、水分補給くらいはしていたのだが、これではしっかりと食事をしていたとは言えない。
「ああ、じゃあこの宿の食事を食べてみたいねぇ。高級宿みたいだしな。美味い料理と酒を楽しませて貰えるんだろ?」
と言う事で俺たちは宿の食事を摂る事にした。その事をスタッフに告げて専用の食堂に向かう。
そこで出た食事に舌鼓を打ってお酒も楽しんで就寝、その日は終了した。
そうして翌朝。今日は雨だった。結構な量の雨が降っている。
「で、どうするんだ?今日の狩りは中止って事で良いのか?」
俺はゲルダに今日の行動をどうするか尋ねた。
「しょうがないね。これだけ雨がザーザーじゃあ魔物の動きもへったくれも無い。魔物の痕跡を辿ろうにもこんなんじゃ追うに追えないよ。びしょ濡れになるのも嫌だしね。雨の中の狩りなんて土台無理な話さ。」
「大人しく部屋の中でゴロゴロする?」
「遊べる場所は幾らでもあるんだろ?この帝国にはさ。だったらソレで今日は遊ぼうじゃないか。」
ゲルダは休暇をトコトン狩りと遊びに注ぎ込むつもりらしい。休息を取る、と言った風にはなら無い様だ。
と言う事なので連れて来たのは俺が以前に楽しんだ「ラスベガス」みたいな区画だ。ここならば一日中遊べるだろう。
「じゃあコレが最初の資金ね。無くなったら追加で出してあげるから。俺は此処に居るから楽しんできなよ。」
受付で俺は自分のカードから三十万程の金をここ賭博場専用の「チップ」に換える。それをゲルダに渡した。
「アンタ無造作にアタシに渡すけど、それだけの額は本来だったらちょっとした大金だろうが。まあ、人の金で遊ぼうってアタシが文句なんて言えたもんじゃ無いんだけどね。それじゃあ行ってくるかね。」
気楽な様子でゲルダは奥へと消えていく。俺は俺で今日は賭けで遊ぶと言った気分では無かったのでこの賭場に内設されているバーみたいな所でお酒とツマミを楽しんでいた。
酒とツマミは決められた一定額をチップ換金した者にはサービスでお酒飲み放題、ツマミ食べ放題。
要するに上客扱い。今後ともウチを御贔屓に、と言うやつである。
賭けに熱中して喉が渇けばここで飲み物を注文して喉を潤し、小腹がすいたらちょっとしたモノを食べて、また賭けに挑むのである。
「で、既に二時間は経過してるのにゲルダが一度も帰ってこない、のは何故?」
細く長く遊んで勝たず負けずを繰り返しているのか?はたまたマグレで大勝して資金を得る事ができているのか?
無くなれば俺の所に来れば追加を出すと言ってある。なので負けてはいないのだろうが。
もしかしたら他の客が賭けている所を見学していると言ったパターンもあるかもしれない。
賭けにバンバン勝っている他の客を見てその様子に熱中してずっとその場に居続けているとか?
そんな事を考えていたら店の一番奥の方でワッと歓声が上がったのが聞こえて来た。
「何事?まあ、いいや。俺は俺で今日はノンビリする気でいるし?関係無い、関係無い。」
多少の興味は引かれるが席は立たない。恐らくはアッと驚く様な勝ちがおこったのだろう。
時折そう言った盛り上がりが発生するのが「賭け」である。
「これが店側が意図的に起こしたモノ、とか言う可能性もあるけれど。」
コントロールである。さくらとも言う。店側が客に飽きさせない様にと仕込んだ演出と言った事も考えられる。
「意地の悪い思考だとは思うけど。そう言うのも無いとは言い切れないよなぁ。」
これをもう少しだけ甘い考えに思考を向けるならビギナーズラックで大当たりとかだろうか?
ともかく、この歓声は俺には関係無いモノとして気にしないでおこうと思ったのだが。
またしても同じ場所で歓声が上がった事で何だか妙な予感が脳裏に過ぎる。
「いや、まさかね?まさか、まさか。」
そう言えばゲルダが、戻って来ない。再びその事を思いだしてソワソワする。
別に戻って来ないなら来ないでもゲルダは一人でだって何かしら問題が起きても自力で何とかできるだけの力量がある。
なんてったって魔物を一刀の下に刈り取る事ができるくらいに強いのだ。
心配する事は無い、荒事に巻き込まれて戻って来ない、と言った事も考えにくいと再び思考に蓋をしようと思ったのだが。
またしてもワッと歓声が上がる。しかもその騒ぎ、熱は上がっていく一方。
そしてまたしてももう一度、これまでとは桁が違う客たちの盛り上がった声がびりびりと部屋中に響き渡る。
それが収まった時に俺に声が掛けられた。
「申し訳ありませんお客様。少々お時間を頂いても宜しいでしょうか?別室に移動して頂きます。どうぞこちらへ。」
丁寧な言葉で女性スタッフが俺にそう言ってきた。コレに俺は嫌な予感が膨れ上がった。
でもコレに「嫌です」などとは言わずにそのスタッフの後に付いて行く。
(あの歓声に関係してるんだろうなぁ、きっと。んで、俺がこうして呼ばれちゃうって事は・・・)
こんな事を体験するのは初めてだ。余り体験したくは無い代物の類であるこれは。
そうして案内された部屋に入ればそこでふんぞり返ってソファーに座るゲルダの姿。
「おうエンドウ!お前までこっちに来させられたのか。」
「あの歓声の元はゲルダ?」
俺の溜息と共にした質問にゲルダは「あッはっはッ!」と笑うだけだった。
その横に俺も座ってもう一度溜息を吐く。そしてまた質問を投げた。
「なぁ?何で俺とゲルダは此処に呼ばれたんだ?ゲルダが、元凶、で、あってる?」
「何だよ?アタシが何でも悪いみたいな言い方は止してくれないか?ちゃんとやり方を店員に教わってしっかりとそれに従ったぞ?でもまあ、勝ち続けられると嫌なんだろうさ、こう言う場所はさ。」
まあ賭けなんて胴元が儲けて客は素寒貧、何てのがお約束だ。
賭けに勝って大儲け、などと言った客は極々一部。勝って負けてを客が繰り返す中で一人だけ大勝を連続されちゃぁ、ここの賭け場のオーナーが警戒するだろう。
「で、勝ったの?」
「当たり前だろ?」
どうやらあの歓声はゲルダが大金を稼いだ事によってギャラリーが湧いたモノであったらしい。
ここで部屋に入ってくる人物が。その人物には強面の護衛だろう者が三人も付いている。
そして俺たちの正面のソファーに座ったのはもの凄く人が良さそうなお爺さん。
「いやはや、我が遊技場は楽しんで貰えていますかな?自己紹介をさせて頂きます。私はここの支配人をしておりますダルンデルと申します。」
柔らかい口調で自己紹介を始めたお爺さん、だがその笑顔の目の奥が笑っていない。こちらをまるで射殺すかの様な鋭さを感じる。
俺とゲルダはこの支配人にどうやら値踏みされて、或いは観察されている様だ。
「さて、この様にして御客様をお呼びしたのは、部下から私に報告が上がって来た事に因ります。どうやら・・・そちらのお客様がルーレットで不正を行っているとの事。」
ルーレット、回る台の窪みの何処に放り入れられた球が最終的に入るかを予想して当てるゲームだ。
「へぇ?それじゃあ聞かせて、見せて貰いたいね?その不正ってのの、証拠って奴をね?」
ゲルダがコレに切り返す。そう、イカサマって奴はその現場、その瞬間に捕まえなくては只の言いがかりにしかできないのである。
後からイカサマを指摘するならその証拠と、それをそいつがやったと証明できる事が必要である。
それでも言い逃れやすっとぼけなどで「やって無い」と主張されると「やった」「やらない」の泥沼になってしまう事が多い。
「この私の目で見た所、お客様方はその様な事をする人物とは思えません。ですが、私も部下の事は信じておりますれば。不正が無いと仰るならば何故あれ程の勝ちを得る事ができたのか?そこら辺を御教授して頂けませんでしょうか?」
「つか、俺この場に呼ばれる必要性あった?」
この分だとゲルダに俺が金を出している事は向こう側には知られている。
そうなるとゲルダがイカサマをやったと付き付けられている状態であるとなれば、俺も「グル」として扱われてしまうのは当然なのかもしれない。
「御客人がずっとカウンターで飲んでいられたのは従業員たちの報告で分かっておりますが。お連れ様の事で御座いますので、こうしてご一緒に事情をお聞かせ願えないとこちらも後の処理に時間を使わねばならなくなるモノでして。」
まあ要するに片付けるなら纏めて、って事なんだろう。
「アタシは別に大した事はしてないねぇ。まあ、変な例えかもしれないけど、狩りと一緒だよ。ずっと癖を観察していただけさ。それに合わせて二分の一に賭けるだけ。まあ面白い様に見込みが当たったから、アタシの目もまだまだ腐っちゃいないなって事が証明できたねぇ。」
ゲルダは滅茶苦茶凄い事を言っている。
これをどうやら支配人も理解したようでさっきまでニッコリとしていた笑顔に引きつりが入る。
そう、一切ゲルダはイカサマ、不正などしていないと言う事である。
「いえいえ、二分の一、とはいかないでしょう?黒と赤、そして緑があるではありませんか。」
俺も一応は遊んだが、この世界のルーレットもやはり赤か黒かの数字をピンポイントで当てるのと。
赤の枠か黒の枠、どちらに球が入るかを予想するだけの二分の一の賭けがあるのだ。俺の知っている世界でのルーレットと同じ。だと思う多分。
そしてそのどちらの枠でも無い「緑のゼロ」がその中に一つだけあり、そこに球が入ると確か倍率がドン!でヤバいはずだ。
「あー?黒と赤の動きとは全く違う癖が出た投げ入れ方をしたらおかしいと思うじゃん普通?ソレで緑に全額賭けただけじゃねーかよ?勘だよ、勘。それの何がおかしいんだ?」
ゲルダは何がいけないのか?何がおかしいのかと言った態度でそう言い放つ。それがどんな困難な事であるのか解ってはいると思いたい。
そんなゲルダに俺はツッコミをいれた。
「うーん?つか、全額賭けたとか?普通の精神してたらやらないからな?オカシイの、ゲルダだぞ?解れ?」
「あぁ?何でそうなるんだ?だって外したらソレはそれでまたお前が金出して遊ばせてくれるんだろ?なら良いじゃねーか。」
「アホの子ですか?そんな理由があっても普通は稼いだそんな大金を当たる確率がめちゃクソ低い目に賭けるとか有り得ないのが普通なんだよ。ゲルダが普通じゃないのは知ってたけど。」
「おい!アタシを普通じゃない呼ばわりかよ!」
ゲルダは俺の質問「勝った?」に対して「当たり前」と返してきていた。ならばこの「緑」に一点賭けの全額投資に勝っているのだ。そりゃ会場中に客の歓声がこれでもかと響き渡ったのは当然だ。
「良い加減にして頂きたいものですなぁ?その様な戯言がまかり通るとでも?」
突然に支配人から低い声でそう言葉が放たれる。先程迄の好々爺の様な空気はもうそこには存在していなかった。
「何処の組の工作員だか知らないが、そんなふざけた真似をイカサマもせずに貫き通したと?そんな事が信じられると思うか?全く・・・コレがもし只の流れの「荒らし」であるならあるで、それもソレ面倒極まりない所だ。」
支配人はそう言って俺たちを睨みつけて来ていた。どうやら勘違いしているらしい。
「俺たちはそのどちらでも無いんだがなぁ?うーん?なぁ?勝った分は全額返還しても良い。もともとの俺が換金した額を戻してくれるだけでそれに応じる。コレで納めてくれないか?荒事は止めて貰いたいんだがな?早まった決断はしないでくれるか?」
ここで大暴れ、なんて展開は俺は望んじゃいない。何とかこの場を大人しく収める為にその様な提案を俺は支配人にしてみたのだが。
しかしコレにゲルダが文句を付けてくる。
「あぁ?アタシは普通に勝ったんだぞ?その分をタダで返すって?おい、エンドウ、ふざけるなよ?アタシの稼いだ分だろ?何勝手に決めてんだよ?」
「いや、そもそもその金の出所は俺なんだからゲルダが偉そうにするなって。・・・あー、遅かったかぁ。」
このゲルダの言葉で護衛の男たちが動く。その懐からナイフを取り出した。どうやら俺たちをソレで脅すつもりで出したらしい。
ここで支配人が冷徹な声音で言う。
「今の貴方たちの置かれている立場が分かっていないようですね?痛い目を見てから放り出されるのと、このまま有り金全部こちらに支払って五体満足で家に帰るのと、どちらが良いですか?ああ、痛い目を見る場合には今後の将来に響く一生モノの怪我をして頂く事になりますが?如何です?」
支配人はそう言ってまたニッコリと笑顔の好々爺に変わった。
「そちらの気の強いお嬢さんは中々に美人ですね?娼館で働いて貰うと言う方法もありますよ?どうなさいますか?」
「うーん、ゲスだなぁ、支配人。言葉は選んだ方が良いし、品位も下がるから最後のは口にしなかった方が良かったねぇ?」
俺は支配人の言葉をそう指摘する。だってゲルダが怒りでプルプルと震えているのだから。
「へぇ~?このアタシを娼館に、ねぇ?面白い冗談だよ、全くね?」
「ゲルダ、抑えて抑えて。支配人、もう一度お尋ねします。俺たちを解放する気は無いですか?」
俺のこの言葉に支配人は不機嫌さを隠さずにこう返してきた。
「お前らは本当に頭の悪い輩だな?私がこうして時間を取る必要も無かった。これなら部下に全部任せてしまっていればこんな不快な気持ちにさせられなかったのだがなぁ。」
諦めたような感じで支配人は答えを述べる。ここで瞬時にゲルダが動いた。
その速さを俺は止められない。と言うか、止める気が失せていた。支配人のこの答えに。
その後は一方的だった。多分護衛の男たちも強かったんだろうと思うのだが。ゲルダの方がソレに一段か、或いは二段強い。
俺たちの座っていた場所に一番近い場所に居た護衛のナイフを叩き落とし、それを取り上げてそのまま相手の腕にグサッと刺すと言う早業をゲルダがやってのけた。
刺された護衛の悲鳴が上がったもう次の時にはその場にゲルダは居ない。この一瞬の出来事に驚愕で固まった護衛にゲルダは即座に接近していた。
その顎をアッパーカットで打ち抜いて護衛をノックアウト。これに脳震盪でも起こしたのか、その護衛は意識を失ってそのまま後ろに倒れて床にドサり、動かない。
「きさまぁ!」
三人目がコレでようやっとゲルダを刺し殺そうと動いたのだが、駄目だった。
見事な一本背負いと言って良いんだろう。その護衛は突き出した腕を躱され、捕まれ、背負われ、その勢いを利用されて放り投げられ、綺麗に宙を舞って床に叩き付けられた。
その衝撃で肺の中の空気が全部抜け出たのか「がはぁ!?」と悲鳴にもならない声を護衛は上げていた。
しかしそれだけでは終わらない。ゲルダはその護衛の鳩尾に一撃、拳を打ち下ろす。
ソレが当たった場所からドムッ、と重い音が響き護衛は悶絶、その後に追い打ちで顔面をサッカーボールでシュートを放つ感じでゲルダに思いきり蹴っ飛ばされて気絶した。
「で、アタシが、何だって?もう一度さっきの冗談を言ってみて欲しいねぇ?娼館が?何だって?」
ゲルダのニッコリ笑顔が怖ろしい。優しい感じの問いかけもまたより一層の恐怖を演出している。
これに支配人の顔は一気に青くなっていった。叫び声を上げなかったのはそれが無駄だと知っていたからなんだろう。
これまである程度の修羅場の数をこの様子だと支配人は潜って来ているのではないだろうか?
だからこのゲルダの強さに自分が何を言っても通じないと即座に理解して血の気が引いたんだろう。
「・・・いえ、全てこちらの不手際、勘違いだったようです。続きを楽しんで行ってください。どうぞ今後もウチの遊技場を御贔屓に。」
支配人が完全敗北の言葉を漏らす。ゲルダの勝ち分はそのままで、このままここで遊んで行っても良いと言う事らしい。
「良し!エンドウ、行こうぜ。まだ遊んで無いのが沢山あるんだよ。今日は一日遊び倒すぞ!」
どこぞの回し者だと端から疑って掛かって俺たちの事を処理しようとしていた支配人が悪い。
コレでは俺たちが悪者の様に見えてしまう。だけどもしょうがない。こうなってしまっては後の祭りだ。
「あー、支配人さん?俺たちは本当にイカサマなんてしていないんだよ。これは本当だ。敵対組織の構成員だとそっちは思っていたようだけど。彼女は昨日今日にここ帝国に来たばかりでな。雨だからと言ってここに遊びに誘ったのは俺なんだ。すまないな。こんな展開になるとは俺も露ほどにも思っていなかったモノで。」
俺はそんな謝罪を口に出しながら部屋を出る。既にゲルダはもうこの場に居ない。さっさと戻って行ってしまっている。
その後はルーレットで勝った分を使って思う存分にゲルダは様々な勝負事を楽しんだ。
それこそ勝ったり負けたりしている。人を相手にするゲームは勝つのだが、運が殆どのモノは随分と負けが込むと言ったバランスだった。
これはゲルダの狩りの観察眼が要因だと見られる。後で話を聞いてみたらルーレットではディーラーの球を入れる際の動きを一時間程ずっと見ていただけらしいのだ。
その後はルーレットで賭ける客の黒と赤の比率を計算し、その動きと連動させて自分の考えの答え合わせをしてから勝負に挑んだと言う。
「三回程最初は負けたがな。それでも四回目に賭けた後からは勝ち続けたぞ?最初の負けを全てひっくり返してやったぜ。」
最初は少額を掛けて様子見、その後は本気で注ぎ込んで勝ち続ける。余りにもこのやり方は馬鹿げていると思うのだが、ゲルダには確かにお似合いな勝負の仕方かもなとそんな風に納得してしまった。
そうして昼食を内設されている食事処で食べてからもゲルダの遊びは続いた。
ずっとそのゲルダの様子をスタッフは観察している。これは本当にゲルダがイカサマをしていないかどうかを調べる為なのだろう。
最後に俺が伝えた言葉では支配人は信用、納得しないだろうから。
(まあ本当にゲルダがイカサマでもしていたら俺が逆に保証金でも慰謝料でも払うけどね)
イカサマ、不正などをする様な性格では無いゲルダは。短い付き合いだがそれくらいなら俺でも分かる。
裏表が無いゲルダは。こうして向き合ってみれば最初の印象からは大分違いを感じている。
気性は荒いし激しいが、それでも弁えなければならない所ではしっかりとブレーキを掛けられる人物だゲルダは。
そしてどうやら「ふざけたやつら」が嫌いらしい。正当な理由無くして一方的に文句を付けてくる奴ら、そんなのが大嫌いな様だ。
それでも我慢はしっかりとする。その後に堪忍袋の緒が切れるのは早いが。しかし直ぐに暴力には訴えない。いや、手が出た時は徹底的なのだが。
「まぁ、付き合いきれない、って程でも無いのが何ともね。良い意味で言えばきっぱりサッパリって性格なんだろうし、気持ちの良い奴ではあるんだろうけどな。」
ゲルダがまたカードゲームで大勝した様子と、それを横で見ていた他の客たちの歓声。
それらを鑑賞しつつ今日一日俺は酒をチビチビ飲んで過ごした。