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世間はそうやって回っている

 宿について交渉をする。二時間ほど部屋を借り受けたいと。

 借りるだけ。泊まらない。しかも二時間。これに別段機嫌を損ねられる事も無く、宿はその条件を飲んでくれた。金貨一枚で。

 この世界にレンタルルームと言う商売は無い。そのような部屋を借りたいと思ったらこうして宿で交渉するしかないだろう。

 そもそもそう言った部屋を用意できるだけの財力や身分を持った者ならば別な話ではあるが。

 そしてこうした部屋を貸してくれと言うものは偶にいるそうだ。マーミはそう説明してくれる。


「だってそう言った重要な話ってさ、こうして外で誰にも知られずにするのが、まあ普通よね。こう言った高級宿なら私たちみたいな冒険者にしたらお高い出費だけどさ。」


 確かに政治家なんかがお高い高級料亭などで会談、なんてニュースを見た事が幾度もある。

 こちらの世界でもこういった事はあると言う事だろう。高級レストランの個室で密室会議。美味しい食事と共に。

 そんな事が世の中を回していると思うと何ともモヤモヤした気持ちが何故か湧き出てきてしまう。

 自分とは縁の無い遠い世界の話。そう言った物が経済を回しているのだな、そんな事をこちらの世界に来て改めて思う。


 そうして借りた部屋へと入って全員がドアの閉まった瞬間に一斉に問いかけてくる。


「で、説明してくれ。何でギルドから出たんだ?」

「ねえ?ギルドが信用できないってどう言う事?」

「とりあえず金の分配を先に始めようか?話はその後にするべきだ。」

「エンドウ様の言う事です。何か深い事情があるのでしょう。皆さん急かすのは止めましょう。」


 ミッツがカジウルとマーミを止めてくれる。ミッツは俺を無条件に信用し過ぎだと思う。

 そしてどうやらラディはと言えば俺のギルド信用できない発言をもう既に呑み込んでいるみたいだった。


「まあ、最初から説明を順を追ってするから、落ち着いてくれ。」


 こうして俺は今朝のクスイと共に訪れた競り場での事をザックリ説明した。

 で、クスイとの約束と言うのをここで一緒に話した。それは。


 ビッグブス一頭の売値をそのまま一人に受け渡す。競りでの落とされた一頭の金額だけは俺が受け取る事。

 と言った内容だ。これを当然ながらパーティーと話し合って許可を得られたならクスイの提案の分配をする、と言った具合である。

 俺としては今回の五頭の売り上げを全部足して人数分で素直に割った金額になるものだと思っていたのだ。

 四人としても冒険者と言う職は金はいくらあってもいいだろうと思っていたし、金なんてモノはそもそもいくらあっても困らないし、むしろもっとくれ、と言う対象だろうから。

 このクスイの分配では皆納得しないだろうと思っていたのだが。


「ああ、構わねえよ。今回で活躍したのはお前だろ?つか、俺たち、ほど何も動いちゃいないしな。」

「って言うか、私たちが貰うのって、それが本来そもそもおこがましいよね。」

「まあ貰えないとそもそも金の方が流石にヤバかったから有難く頂戴させてもらうがな。」

「今回はそれこそエンドウ様がいなければ何の利益も得られなかったですから。それこそこうして売り上げを私たちに下さる事を恩にきます。」


 これをすんなりと了承されて肩透かしされた気分にちょっとなった。

 てっきり皆「もっと金をくれ!」と言うかもと、そう言った事態もあり得ると思ったから。


「みんなダンジョン初挑戦の俺に色々と教えてくれたじゃん?ソレに俺たちパーティーだし、その運営資金やら個人の生活がままならなくなればしょうも無いでしょ。渡さない理由が無いんだけど。恩なんて考えないでくれ。」


 一応ミッツの言葉にだけそう諫める言葉を掛ける。仲間だから当たり前なんだよと。

 そう言えばマーミはダンジョン内で討ち取った魔物の素材の所有権がナンタラとカジウルを説教していた事を思い出した。

 それを改めてマーミに聞いてみた。


「あ、それはね。そもそもね、パーティーと言えどもその中で一人だけの力で魔物を倒すなんて事があればさ、そいつ一人だけの物にしていい、って言うルールがあったりするんだ。で、今回は私たちビッグブスにかんしては何もできなかったしね。それで売れた金額を私たちが受け取るっていうのは少し筋が、ね。」


 そう言ってマーミはちょっとバツが悪そうに説明してくれた。なので俺はここで言っておく。


「回収作業を手伝ってくれたじゃん?だからさ、それで分け前って感じで受け取ってくれればいいさ。何も迷う事なんて無いよ。俺たちは仲間なんでしょ?なら仲間のお金事情を心配しちゃいけない、何てのは別にない訳で。それでも駄目なら単純に俺からの厚意だと思って受け取ってくれればいいさ。特に今回は冒険者の何たるか、とか、ダンジョンて言うものを教えて貰っていた訳だし俺が。授業料だと考えてくれればいいさ。その代金だよ。」


 最後に追加で「言い訳ならいくらでも」と言って皆の前に金の入った袋を出す。一人一袋。

 サンネルから受けているビッグブスの代金に至っては白金貨では無く金貨での崩した物だったので、きっちりと代金の枚数を数えて袋に入れなおして渡す。


「顔が引きつりそうなんだが?何だよコレ、いくら入ってるんだよ・・・」

「あのさ、予想外なんだけど?普通のビッグブス一頭の値段より多くない?」

「これはアレか?傷が少なく、鮮度が高かったから、ってやつで高値になったのか?」

「大きさも含まれているのではないでしょうか?あの時のビッグブスはどれもかなり大きいモノでしたし。」


 説明をする時に詳しく値段を教えていなかったので大分驚かれてしまう。

 そしてカジウルが「エンドウのはいくらなんだ?」と言われて数えてみると。


「金貨八十五枚だな。あー、競りで出したのは大体一回り半?くらいデカい奴の競りだったんだけど。」


 白金貨五枚、金貨三枚で買い取られたビッグブスの1.5倍の体格に合わせて、競り落とされた値段も1.5倍と言った所に色を付けたような感じだろうか?

 その色の付けるお値段の差でサンネルが一番高い値を付けたと言った感じになるのだろうか?

 あの競りでどれ程の僅差で戦っていたのかはクスイだけが知るのみだ。なので後で聞いてみようと思った。


 そもそも、ビッグブスと言うのは素材として「全て」が使い物になると言う話である。

 ソレに魔物なのだ。それを狩るのに命が掛かっているとなれば高い値が付くのは当たり前では無いだろうか?

 確かに一撃で仕留めたし、傷はその攻撃で付いたものしかないので皮は使い道がかなり広く採れるだろう。

 鮮度と言うのもそうだ。インベントリの中に入れるとどうやらその素材の劣化が進まない。

 狩ったばかりの新鮮ぴちぴちである。そう言った事も値段には含まれているのだろう。

 値段に関しての話はコレで終わりにした。この話を続けていると次の話へと移るタイミングを逃してしまう。


「じゃあ、それで、だ。何でギルドの部屋をすぐに後にしたかって言えば。そうだな。はっきり言っておこう。盗聴されていた。あの部屋、天井に誰か潜んでた。」


「おう・・・マジかよ。エンドウの言う事だから、まあ疑いの余地はねえな。」


 以外にもカジウルはあっさりと俺の言った事受け止めた。きっとダンジョンで魔物が居る事を的中させていたからだろう。


「まさか?だって私たちの話の何を盗み聞きしようって言うの?アタシらなんかのランクの下な方のパーティーなんて価値のある情報なんて無いでしょうに?」


 マーミはそう言って自分たちの情報をすっぱ抜こうとするのは別段ギルドには利の無い行為だと感想を口にする。

 しかしラディはソレを否定した。


「おい、マーミ。考えが逆だ。俺たちは言うなればダンジョンをクリアしたんだ。そんなパーティーを上手く転がす為の情報をギルドは欲しいのさ。ギルドは俺たちを飼殺すつもりでな。俺たちがダンジョンクリアを申請してまだ調査は終わってない。だけど、これがもし事実だとギルドが確認したら?そもそも早い所パーティーの情報を掴んでおきたい、そう考えるんだよ。だから俺たちが部屋を借りたいなんて言った事に乗って来て「無料で貸し出す」何て事をしてきたんだよ。」


「ではソレを指示した者は一体誰でしょうか?ギルド長はそもそもそのような真似をする方では無いはずです。となると・・・」


 ミッツがラディに続けてそう犯人捜しをし始めようとした。

 既にこの言葉で四人は俺の言葉を信じてくれているらしかった。

 俺が魔力であの部屋を調査して、棚に魔力のこもった小さな箱を見つけた事を教えなくとも。


「まあ十中八九、副ギルド長だな。あいつはイケ好かねえ。」


 カジウルがそう予想を立てる。他の三人も同じ意見なようでうんうん頷いている。

 俺だけが副ギルド長なる人物を知らないので首をかしげるが、別に気にしない事にした。

 気にするならばギルドの俺たちへの態度や動向であって、この場で俺の知らない人物への警戒では無いのである。


 こうしてギルドが調査を終わらせるまで大人しく目立たない様に過ごす事を相談してこの場は解散となった。


 そうして宿を出て向かうのはクスイの所である。今回のビッグブスの金を全額クスイに渡すためだ。

 ポーション事業には金がいくらあっても足りない。いくら金があれども不安は埋められない。

 もしかしたらもっと金が必要な事が起きるかもしれないし、売り上げが予想よりもなかなか上がらずに最初の内は赤字を垂れ流すかもしれないのだから。

 その補填にする為の金はいくら事前に準備しておいても損は無いのだ。

 だから稼いだ金は全てクスイに全幅の信頼を置いて渡す気でいる。

 飯の準備などはそもそも自活できるのだから食事代を残しておかなくても十分なのだ。あの「森の家」の周囲は食料豊かである。

 なので何の心配も無い。あそこは既に俺にとって庭なようなモノだ。今更どんな危険が迫ろうとも平然として歩く事ができる俺である。

 稼いだ金は世の中を変えるためにクスイに託す。俺はこの世界を楽しみつつ金を稼ぐだけでいい。


 ポーション造りの最初の内は師匠が受け持ってくれているので俺はもうやる事は無い。既に師匠はポーション作りに関しては熟練である。

 商業の面に関してはクスイ以外には任せられる者はいないし、俺が商売などと言うモノに対して口を出す事はしない。思う存分クスイには自由にやってもらうつもりでいる。

 その事で金に糸目は付けないつもりだ。大いに世の中を震わせる商いをバンバンしてもらう事になるだろう。

 金は天下の回りもの、では無く、金を天下に回す者、にクスイにはなって貰うとしよう。


 とそんな事を考えていればクスイの店に到着である。

 店の中に入って行けば早速クスイが俺を手招きしていた。


「中へ入ってください。エコーキーの例のアレに関して知り合いの魔法使いを連れてきています。一度面会を。採用するかしないかはエンドウ様に任せます。」


「クスイ、仕事早すぎじゃね?でも、まあ、話が進むんならそれはそれで構わないか。うん、会ってみよう。」


 既にクスイはエコーキーの香草焼きの店を出す構想が頭の中にできていた模様だ。

 後はソレを任せられる者を雇うだけ。もしかしたらそう言った所まで準備は進んでいるのかもしれない。

 そうでなければ調理担当を担う「魔法使い」を連れてくるのが早すぎると思う。

 でも、俺が話を振ったのだし、それにクスイには思う存分やってもらおうと考えていた手前ここで引き下がる訳にもいかない。

 この店を開業するにも開店資金を作らねばならないなと思った。

 なのでこうしてその魔法使いに会う事となった。


 なのだが、その魔法使いは女性であった。いかにも魔法使いなその恰好。

 とんがり帽子に丈の長いスカート、袖がだぼだぼな上着。全身地味な黒で統一と。

 確か駄菓子のCM、ね◯ね◯ね◯ね、の御婆さんがこんな格好だったような?懐かしい。

 そんな事を思ってしまうくらいにはその恰好は本当にあり得ないと思ってしまう服装だった。


 だけれど中身、その彼女の年齢は若かった。ぱっと見、二十歳はいっていない。

 十八、十九くらいだろうか。そんなぴちぴちお肌であった。


 オレンジ色の髪でユルフワなボブカット、青い瞳、垂れ目気味で、第一印象は少々おどおどしている感じな女性である。


 さて、ここで説明しよう。俺があの森での生活初期にどんな行動をしていたのか。

 先ず、食える草を探した。手当たり次第に。この世界の植生は全く俺の居た世界とは違った。似てはいたが。

 だから探したのだ。野草を。食えるものを。片っ端から生で、あるいは茹でたり炒めたり。

 肉は確保できる。しかしそれだけでは栄養バランスは?と考えての事であり、それは失敗、成功、を繰り返してのモノだった。

 そんな中で見つけたのがこの世界での香草である。それらはどうやら沢山の種類があって色々と香りの違う物があったが、どれも地球の香草と似たものが多かった。

 形は違えどパセリ、バジル、レモングラス、カモミール、コリアンダー、ミント、ローリエ、しそ。


 それらとは違って街にも香辛料などが売っていた事も確認している。


 で、だ。これから面接する女性は先程からオロオロしっぱなし。「あの、その・・・」と言って固まってしまう始末。


「クスイ、事前説明は?・・・してない?はい?魔法を上手く使えるようになりたいか?と説明した?何でそんな事を?いや、確かにこれは魔力の操作を上手く使わないといけないけれど、でも、これ、料理ですよ?調理方法だよ只の。彼女にはその店で調理担当をしてもらうつもりなのに何で?」


「私が見せて頂いたあの下拵え方法は相当な魔力操作が必要だと見受けられました。そこで、魔力操作の腕を上げたいと思っている者を連れて来たのです。彼女は料理に関しては自炊をしていますので後は例の下拵えを覚えてもらうだけで任せられるでしょう。」


「あー、そう言う事なの・・・うん。一応は分かった。じゃあ改めて。俺は遠藤。君の名は?」


 俺はやっとここで彼女の名前を聞く。そうするとおどおどしつつも彼女は自己紹介をし始めた。


「て、て、て、・・・テルモと、い、言いま、ます。よ、宜しくお願いします!」


 ガバット勢いよく頭を下げられた。いきなりの動きだったのでその振り落された頭が俺へと危うく当たる所だった。もうちょっとで彼女の自己紹介は頭突きになりそうだった所だ。


「危ないよ・・・ちょっと落ち着いてくれないか?何も君を摂って食おうと言う訳じゃない。」


 こう言って見てもまだ落ち着きを見せる気配が無いテルモ。そして身の上話をし始めかけた。


「あ、あの、私、対人で昔から慌て過ぎだって注意される事が多くって。だけど、初めての人の前だと緊張しちゃって、上手く、その、あの・・・」


「うん、君の事なんて知る気は無いから安心して。頼みたい事がそつなくこなせるようになってくれればそう言う所は一切関係無いから。そう言った所を気にしている訳じゃ無い。」


 俺のこの言葉の返しに予想もしていなかったのかポカンとした顔になるテルモ。

 俺は続きを口にする。


「君にやる気があるのかどうか。魔力の操作を上手くなりたいか、って言われてここに来たんだよね?で、上手くなったらやってもらいたい店が有るから、そこの下拵え担当調理師として君を雇いたい訳だ。君に魔力操作を上達させるのはその店の従業員として働いてもらうため。慈善事業の為じゃない。君のためにする訳じゃ無い。ここまでは飲み込めるかい?」


 未だ俺の言った事を半分も理解できていない様子のテルモ。


「君を雇うかそうでないかは今後の君の上達次第だけど。指導を受ける気はある?もちろん別に無理矢理とは言わない。その場合は店で雇われる気はないと言われたらここで面会も終わりだ。」


 ゆっくりと、しかし確実に俺の言った言葉を理解して飲み込んでいくテルモ。

 こうして俺の言葉の答えが出たのかテルモはしっかりとこちらの顔を見て返事をした。


「私をそのお店で働かせてください。私、その、何処に行ってもこんななので雇ってもらえる所が無くて。今の雑用の仕事もお情けで、って感じで雇われていて。でも今の私が変われるならこの機会を逃したくないんです!」


 ここぞと言う時ははっきりとものを言うのだな、とその気合の入り様を俺は採用した。


「じゃあ早速だけど、先ずはコレの皮むきから行こうか。なに、お手本は見せるし、魔力の流れや要領を掴みやすいような指導を考えてるから先ずは実際にやって行こうか。実践は大事だよ。」


 クスイの家の台所を借りる。そこにエコーキーの太腿を取り出した。

 テルモがソレを見て「え?こんなマズイ物を?」とバッチリ内心が分かる表情を見せた。

 俺はソレにツッコミを入れる。


「あ、コレ食べた事が有る?なら話は早い。これを美味しくする。それを店で出す。最初は売れないかもしれない。マズイって言う「事実」が有るからね。でも、実際に食べてみてくれれば分かるよ。君もこれを売れると確信できるくらいにね。」


 時間も手間も労力も惜しい。彼女を早い所一人前にして店を出し、この美味しさを世間に広めてやりたいのだ。

 人を育てる。優秀な人材に。それには掛ける時間の長さが必要かもしれない。

 だけど、今は「できるようになる」だけで充分だ。魔力量を上げる分は後々でいいだろう。

 彼女がどれだけの魔力量を持っているかは分からないが、この料理に人気が出れば数をこなしてもらう事になる。

 そこら辺を見越して教えて行かねばならない。だけど、先ずはやらせてみない事には始まらない。


「じゃあ、こっちの足の方を持って。んじゃ、始めるよ。」


 俺は彼女にエコーキーを持たせる。それこそいきなり持たせて何を教える気なのかと言った感じになっているテルモ。

 そんな困惑に構わず彼女の背中に手を当てる。そして俺も一緒にエコーキーの足を握った。


「俺の魔力を君の中に流すから、その感覚に沿って君自身の魔力をそれに合わせて流して欲しい。付いてくる様に。それを一緒に今からエコーキーに流す。先ずはこれで感覚を掴んでくれ。」


 俺はダンジョンでやった「付与」を形を変えてテルモに施す。

 流す魔力の量はそこまで多くはしない。あくまでも彼女の魔力を誘導する意味で背中に当てた手から魔力を彼女の中に流れていくイメージで放出する。

 すると彼女は「ふぇ!?ふぇ!?ふぇぇえ~!?」と変な声を発していた。

 きっと自分以外の魔力が体内を流れる感覚など初めてなのだろう。身体を硬直させてはビクッと小刻みに跳ね上げている。

 だけれども手にしたエコーキーは放さないでいた。なのでそのままゆっくりとじわじわそちらに魔力が流れていくようにイメージを調整していく。

 もちろんその魔力の流れに彼女の魔力が追従してきているかを確認しながらだ。


「ここで変化させる。魔力で肉と皮を剥がす。しっかりとその部分が頭の中にハッキリと絵ができていないと駄目だ。全体に魔力を馴染ませたら、一気にソレを実行する!」


 馴染ませた魔力へとイメージした通りになるように強く念じる。

 すると皮は「ヌルリ」と言った表現がぴったりな感じで肉と分離して剥がれ落ちる。

 これを目の前にしたテルモが「ぅぐ?気持ち悪い!?」とその剥がれ落ちる様子の感想を述べている。


「よし、ここまでは良いかな?うん、詳しい説明は後でするから。ここは最後まで調理して食べてもらう所まで行くから。じゃあコレをしっかりと洗うよ。」


 魔法で水を作り出してその中へと皮の向けた太腿をポイっと放り込む。丸ごと。

 宙に浮いている水の玉。その中で発生している水流にクルリと一回りしてから取り出す。

 この間中もテルモの背中から魔力を流しっぱなしで。

 彼女の「え?はぇ?何コレ?」というリアクションは無視してだ。


「じゃあ次は香草を刻んでくれ。細かくね。ほらほらほら。次々出すから刻んで細かく。」


 インベントリから香草を取り出す。様々な物をだ。ぶっちゃけ何が一番あう香りなのかと言った事は考えていない。こういった事はテキトウでもそれなりに上手く行くモノだ。


 なので混乱しつつも香草を包丁で刻むと言う器用な事をする彼女の様子を見守る。

 みじん切りにしてそれを良く香りが出るようにと、それをまた重ねてまるでナメロウでも作るかのように細かく刻ませる。

 それが終われば次の工程だ。


「次は肉の組織を一気に破壊していくよ。均一に魔力を肉に。内部、外部共に隅々まで行き渡らせる。それじゃあ感覚をちゃんと掴んでね。」


 肉の組織が酵素で柔らかくなるイメージ。細胞組織の一つ一つが酵素と言う刃物で細かく一つ一つ分離してくようなイメージを。

 ちなみに俺は酢豚にパイナップルは入れないで欲しい派である。いくら肉が柔らかくなるからという理由があろうとも。

 肉を柔らかくしたいならそのままパイナップルを入れないで他の方法で肉を柔らかくしてから調理すればいいじゃんと思ったものだ。


「じゃあ刻んだ香草を満遍なく肉にべっとりと塗りたくって。うんうん、料理するらしいし手際も良いね。じゃあ、また魔力を流すから俺の魔力について来てね。これを圧縮するよ?いいかな?それじゃやるよ?」


 香草をしっかりと染み込ませるために圧力を掛ける。肉全体を包み込むように魔力を展開して、ソレをまるで真空パックするように収縮させていく。

 香草のたっぷりと塗りたくられた上からギューッとまるで圧し潰さんが如くに。

 柔らかくした肉の内部にまで染み込むイメージも追加で入れる。


 ここまでテルモに俺の魔力は流しっぱなし。これには狙いがある。そう、魔力を一気にここで上げるのだ。

 確か魔力を溜め続ける事によって内包できる魔力量は上がるのだったか。それを俺の魔力を注ぎ込む事によって無理矢理引き出そうと言った感じだ。


「さて、ここまでが下拵えだよ。んじゃ、これを焼けば完成だ。焼き加減はどうしようか?カリっと表面を軽く焦げさせた方が美味しいかな?むしろ内部までジワジワ熱を通して全体を丁度良く満遍なく熱する方が美味しくできあがるか?」


 その他にも「蒸す」「煮る」「揚げる」「燻す」などもある。だけど生食だけは勘弁だ。


 幾つか候補を上げるが、一応今回はシンプルに考えて塩で味付けして焼く事になった。

 で、出来上がった物をテルモに食べてもらう事にする。焼いている間に香る良い匂いが彼女の鼻をヒクヒクとさせていた。


「で、できましたけど。不安で仕方が無いです。それに、いったい私に何をしたんですか?あの、最初話をしていた時なんかとは比べ物にならない位の魔力が私の中にあるんですけど・・・」


「はいはい、今はその話じゃ無くて試食ね。美味しいお肉を頭の中に入れている状態とそうでないとでは出来上がりが変わるかもしれないしね。しっかりと味わってみて。ほらほら。冷めちゃうからさ。熱々で召し上がれ。」


 何故か俺のその試食を急かす言葉にテルモが恨めしそうな表情を向けてくる。

 だけれども観念したのか目の前に出来上がった「不味いはず」と思っている料理を一口齧った。

 するとどうだろうか。噛んだ瞬間の顔の変化はお笑い芸人も引くくらいの面白すぎる顔に変わる。

 目を回して混乱しつつも口を動かして口内の肉の咀嚼が止まらない。おかしな事になっていた。

 イメージしていた「不味い」と口の中にある「事実」が繋がらずに困惑したままに、勝手にもぐもぐと口が動いているのだろうか?

 しかし「美味しいは正義」である。二口目にはもうそれは見受けられなかった。

 そもそも二口目を口に入れようとしているテルモは俺とクスイが側にいる事すら忘れている様子で、夢中になって齧りついた始末である。


 で、あっと言う間に完食してしまった。これはもう彼女は逃げられなくなったと言っていいだろう。

 こんなにも衝撃的な出会いをしてしまった食べ物を人は忘れる事ができるだろうか?

 その答えはきっと「出来ない」であろう。時が経っても、ふとその時の味を思い出して無性にソレが食べたくなるのだ。

 そしてこれが自分の手でいつでも作る事ができるとなれば?

 きっとそれはできるようになりたいと必死になる事請け合いであろう。

 それも料理をしっかりと意識して作っていた者であればなおさらだ。

 それは彼女が次に口にした言葉で証明された。


「美味しいです美味しいです美味しいですうぅぅぅぅぅ~!凄い!もうこれは売れない訳が無いです!」


 食べていた時は一言も無かったのに食べ終わってから「美味しいです」コールが後からやってきている。

 ここは食べ終わったのだから「美味しかったです」の間違いではなかろうか?

 でもそんなちっちゃな事にツッコミは入れない。彼女から太鼓判を押されたのだから。

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