楽しんでください存分に
「そんな訳でゲルダ、帝国に行かないか?」
「いきなり何でそうなるんだよ?」
翌日はマルマルの冒険者ギルドでゲルダとそんな話を個室を借りてしていた。
「意味が分からねえ・・・アタシが帝国のギルドで依頼を受ける?しかも、捕獲の?アタシは狩りがしたいんだが?」
「いや、別に狩りをしちゃ駄目って訳じゃない。テキトーに数体の魔物を捕まえたら後は好きなだけゲルダは狩りをすれば良いさ。ぶっちゃけ、言い訳作りだな、これは。」
「はぁ?本当に何を言っているのかサッパリだ。」
ゲルダが依頼を受ける、捕獲をするのに魔物を弱らせようとしたのだが、勢い余って仕留めてしまった。コレである。
捕獲を実際にするのは全部俺がやれば良い。ゲルダは帝国のあの森の中で思う存分狩りを楽しめば良いのである。
依頼失敗とならない為にも俺がそこそこ強力な魔物を二体か三体を確保したら後はやりたい放題すればいい。
あくまでも依頼を受けるのがゲルダなので俺は補助としての立場で参加と言った形にするつもりである。
この説明にやはり疑問を投げてくるゲルダ。
「何でそんな事をしなきゃいけないんだ?アンタが受ければ良い話なんだろうが?身代わりにアタシに受けさせる意味が分からないよ。」
「いやー、あんまりにも実績を作っちゃうとホラ?勝手に向こうが盛り上がっちゃってランクを上げてきそうだから?俺は別に高位冒険者になりたい訳じゃないし。有名になりたい訳でも無いからさ。」
「それだけか?」
「ゲルダが満足する狩りを出来る様にと思って配慮したってのもあるかな?マルマルの近場に遠征だけってなると面白みがないだろ?だから帝国の観光とかもついでにしたら?って提案かな?」
「まあ確かに帝国なんて離れた土地の魔物に興味はあるけどよ。そもそもがだ。アタシの使える休暇はそこまで多くないぞ?数年溜めてたくらいだから、十五日だったか?たったそれだけじゃ帝国に何て行ける訳ねぇよ。」
「よし、じゃあ出発しようか。荷物はもう俺がインベントリに仕舞ったし。向こうでの費用は俺が奢るよ。使い道が今まで無かったからな。これくらいはどうって事無いだろ。」
「・・・はぁぁァぁ?アタシの言った事、今、お前ちゃんと聞いてたよな?この距離だから「聞こえなかった」とは言わせねぇぞ?」
どうにもこうにも、ゲルダは「何も理解できない」と言った具合な顔で俺を睨む。
しかし俺はどうせならもう実際に行って見れば黙るだろうと思ってワープゲートを出す。
「じゃあこの中に入ってくれ。・・・いや、大丈夫だって。俺が先に入って見せようか?え?こんな怪しいモノに入るなんてする訳ないだろって?HAHAHAHA!じゃあちょっと無理やりにでも移動して貰いましょうかね?」
「おい!止めろ!なんだコレ!?勝手に体が動かされるぅゥぅゥう!?」
俺は話をさっさと先に進める為にゲルダを魔力固めで操作して歩かせる。そのままワープゲートを通らせた。
それが繋がっているのは俺が宿泊しているあの高級宿の前である。
「・・・おい、何処だここは?こんな宿がマルマルにあるなんて聞いた事もねぇし、新しく建ったなんて話も聞かねえぞ?と言うか、さっきまでアタシはあの個室に居ただろうが?何で外に居るんだよ?アタシはどうやってこんな場所に来ちまったんだ・・・?」
もう既に魔力固めは解除してある。けれどもショックでゲルダはその場から一歩も動けないでいる。
「ようこそ帝国へ。じゃあ行こうか。この宿は俺が利用してる所だ。ゲルダの部屋もここで取る。費用は俺の懐からね。」
「おい、説明何にも無しかよ・・・あー、なんにも考えたく無いぞ?ふざけた野郎だな、アンタは何処までもよぉ・・・」
さっさと宿に向かって行く俺の後ろからトボトボとした足取りでゲルダが付いて来る。
この後はサクッと手続きをしてゲルダの宿泊部屋を取る。ここで一度落ち着きたいと言ったゲルダを一旦部屋に案内する。
「じゃあ俺は自分の部屋に戻っておくから。と言うか隣だから、心の準備ができたら声を掛けてくれ。その後は一緒に冒険者ギルドに行こうか。」
「・・・おい、この部屋一泊一体幾らなんだよ・・・そんでもって、アンタ、幾ら金を持ってやがるんだ?」
ゲルダは自らの泊る部屋の入り口に呆然として立ったままでそんな言葉を俺に向かって言ってくる。
しかし俺はその言葉を無視して自分の部屋に入った。
その後大体三十分くらいだろうか?ドアがノックされた。ゲルダである。
「もう難しい事を考えるのは止めた。行こうぜ。冒険者ギルド、だよな?依頼を受けてやるよ。もう自棄だ。」
「良し、じゃあ出発だ。」
俺とゲルダは宿を出る。そのまま大通りを通ってここ帝国の冒険者ギルドに歩いて向かう。
ワープゲートで向かわないのはゲルダの観光の為である。
しきりに顔を左右に振ってゲルダは街並みを視界に収め続けている。
「マジでここはマルマルじゃねーのか・・・本当に帝国?嘘だろ?おい?」
国に不法入国したみたいになっているが、まあバレないだろう。この事を咎められたら俺が皇帝に一言いえば許されると思う。
ゲルダ一人くらいは大目に見てくれるだろう。何せ俺は皇帝に貸しを一つも二つも作っているし。
そうこうしているうちに冒険者ギルドに到着だ。中へと入ればそこで即座に職員が俺たちの側に駆け寄ってくる。
「エンドウ様とそのお連れの方ですね?どうぞこちらへ。」
どうやら特別待遇と言った感じらしい。俺たちが案内されたのはギルド長室では無く、どうにも客間だ。
そして特別な客人を招いて接待をする部屋らしく、豪華な調度品が飾られていた。
俺とゲルダはソファーに座る。そこにお茶と菓子が出されてテーブルに並ぶ。
その際にも職員から「幾らでもオカワリしてください」などと言われた。
「なぁ?エンドウ、って呼び捨てで良いか?エンドウさ?何をした?ここが帝国だって言うのはもうここまで散々歩いてきて理解はしたさ。でもよ?これ程までの待遇をギルドがお前にするって、考えられないぞ?」
「んー?別に?何もした覚えはないけど?ここのギルド長から直接依頼を受けて魔物を捕獲しただけだな。あ、この帝国って従魔闘技場があるから後で見に行くか?」
俺のこの返しに何とも言えない顔になるゲルダ。しかし従魔闘技場は興味を引かれたらしく「行く」と短く返事はしてきた。
その後ゲルダは茶と菓子を思う存分堪能して「うめぇ」と繰り返し口にして顔を蕩けさせている。どうやらギルドはかなりお高い品を出してきた様だ。
そんなゲルダの二度目のおかわりが終わった時にギルド長が現れた。その脇にはどうやら今回の依頼書が抱えられている。
「やあやあ!エンドウ!彼女が今回の同行者と言う事かな?君が連れて来た者であるからして只者では無いのだろう?まあ今回の捕獲を成功させてくれればこちらとしてはどんな形であれ良いのだ。良し、早速ここに署名をしてくれるかなお嬢さん?」
ギルド長が俺たちの対面のソファーに座り早速書類を広げる。
どうやら直ぐにでも契約をしたいのか前置きも無く挨拶もせずしてテキパキと準備をしてしまう。
「・・・気に入らないねぇ?まるでアタシは居ないみたい。居なくても良いって言ってる態度だよ、それは。」
ここでゲルダがギルド長に文句を付けた。先程の茶と菓子を楽しんでいた顔はそこには既に無い。
「ふむ?確かにそうだな。これは失礼。しかしこちらとしては魔物の捕獲はエンドウがするのだと言った認識でいる。事実君は添え物だな?居ても居なくてもエンドウが居ればこの依頼は成功したも同然だ。エンドウがどうして君を同行させるのか?何故君が依頼を受ける形にするなどと言う面倒をするのか?それらの理由など知らなくても良いのだよ。エンドウが実質この依頼を受けているという事実さえあればね。」
明け透けに言い過ぎだと思えるこのギルド長の発言は。でも別にコレにゲルダが機嫌を悪くした様な感じは無い。
ギルド長がゲルダに喧嘩を売っていると勘違いを確実にされるだろう言い方であるのに。
「なるほどね。アタシはじゃあ自由にやっても良いってお墨付きを貰えた訳だこれで。どれどれ・・・別に変な条件なんかは書かれていないね。普通の内容だ。おかしな所は無いみたいだね。ほら、コレで良いだろ?」
ゲルダは書類をしっかりと読み終えてから署名をする。コレにギルド長は微妙な顔つきになった。
どうやらギルド長は自分の発言をしっかりと認識したうえでゲルダにぶつけていた様だ。
安い挑発みたいなものだったんだろう。コレでゲルダが怒ったりしてその本性が多少なりとも見えればそれはそれで良し。
冷静にツッコミを入れて来たらそれもそれで会話を続ける、その人となりを観察すると言った目的だったのだろう。
このギルド長はそう言った人物だ。まだ短い付き合いだが、俺のギルド長への印象はそんな感じである。
俺のイメージは恐らく大まかには間違っちゃいない。だからこその、この微妙な顔なのだ。
すんなりとゲルダが受け入れて、しっかりと書類を読んで、その内容に納得して即座に署名。余りにも素直である。
ギルド長はきっとゲルダと言う人物を計りかねてのこの表情なのだと思われる。
ゲルダの事はどうだっていい、魔物の捕獲さえ成功すればいい、などと言ったギルド長ではあるが。それでも俺が連れて来た者を見極めようとしての言葉だったのだろう。
やはりこのギルド長は結構腹の中が黒い様だ。
「ふむ、大丈夫だ。さて、一応はゲルダ嬢、君が依頼を受けた形となっているから聞こうか。出発はいつかね?捕獲した魔物の引き渡しはいつ頃を考えているかい?」
ギルド長はそう言って俺の方をチラッと見つつもゲルダにそう問いかけた。
「そうだねぇ・・・今日は先ず観光に時間を使って楽しんでから明日以降に出発って感じにしようか。そっちが急いでるって言うならこれから直ぐでも良いけれど?その場合は色を付けて貰おうかね?」
ゲルダは強気でぐいぐいと踏み込む。ギルド長相手にこの態度である。普通の冒険者ならそもそもギルド長が出て来たらそこで初っ端から恐縮してここまでの事は言えないだろう。
そもそも最初からゲルダは物怖じせずにいた。まるで偉いなどと言った肩書は自分には通用しないとでも言いたげに。
「いや、存分にこの帝国での観光を楽しんで行ってくれ。しかし一週間後迄には魔物の引き渡しをしてくれるとこちらも助かるのだがね?」
ギルド長も一応は期限を付けて来た。恐らく書類にはこの期限は記載されていなかったはずである。
「ああ、じゃあその位に二体で良いか?エンドウ、どうだ?」
ゲルダは俺にそう言って視線だけ向けてくる。ギルド長の方に顏を向けたままである。警戒をしている様だ。
「んー?そう言えば書類には魔物の捕獲数は書いて無かったのか?ならこの間の奴をもう一体と蛇?それとも鶏?どっちが良い?」
「・・・いや、前回に捕獲した魔物以外を頼みたい。同じ魔物では面白みが出ない。しかも恐らくは同じ魔物だとカリゲルドから邪魔が入るだろう。そこら辺我儘を言っている様ではあるが、魔物の指定は駄目だったかね?」
ギルド長から注文が後出しである。ここ等辺は俺の分からない、知らない事情とやらが裏にあるんだろうと思ってそこで「駄目じゃ無いよ」とだけ言っておいた。
「さて、それじゃあ出ようか。従魔闘技場って言うのに案内してくれるんだろ?エンドウ。」
ゲルダはそう言って立ち上がってさっさと部屋を出ようとドアに向かっていく。
どうやら必要な事はもう大体聞いたと言った感じだ。別に従魔闘技場は逃げも隠れもしないのでそこまで急く事も無いのだが。
「じゃあ彼女の観光案内してきますので。次に顔を合わせる時は魔物を引き渡す時ですかね?」
俺もそう言って部屋を後にする。そのまま堂々とギルドの外へ出るゲルダの後ろを追う。
そのまま通りを少し歩いてからゲルダは横道に入った。そこは人影が無い通りであった。
「ふー・・・はぁ~。あんな堅苦しい場所には長居はしたくないねやっぱり。もう解体場が恋しくなってきやがった。」
「あれ?そんなに緊張してたのか?堂々としていて立派だったぞ?これから仕事だって言うのにそんな状態で大丈夫か?」
どうやらゲルダは緊張していたらしい。しかし俺のこの言葉にゲルダが。
「あのギルド長、やり手だよ。言葉を選んで上手く慎重に切り返せていたと思うけど。後で何かと付け狙われないか心配だね。」
付け狙われるとは一体どういう事だと思って聞いてみる。すると。
「腕の立つ冒険者を抱え込もうって腹が見えたね。アタシを挑発してきたのもそうだし、小っちゃい注文を後から出してきたのもそうだ。ソレとすんなりと観光を楽しめ、なんて分かり易い「良い人」を演じようとしてきた態度もそうだな。まあそこら辺の態度はちょっと下手糞に感じたけど。ソレも計算に入れてるのであれば、相当厄介なオッサンだよ、アレは。」
俺はギルド長に対してそこまでの感想は出てこなかった。只々腹黒いんだろうな位にしか考えていなかった。
ゲルダがこれまでに相当な数の冒険者たちと向き合ってきた事で出て来た人物評なのだコレは。
素材買い取りの件などの冒険者とのやり取りで様々な揉め事をこれまでゲルダは起こして来ていたりするんだろう。そのこれまでの積み重ねて来た経験と言ったやつだろうか?
ゲルダの言葉は非常に重たい。響きにかなりの説得力が含まれていた。
「しかもあの様子だときっとアタシの事を調べるだろうねぇ。ギルドを出た事を確認したらすぐにでも調査をし始めるだろうさ。エンドウの事を信用しているみたいに言っていたけどね。まあこれはこれで普通な対応か。ギルドとしては中途半端な人物をこの件に関係させたくは無いだろうからね。」
俺は余りにも能天気に考え過ぎていたらしい。これはしょうがない。俺はこの世界の冒険者ギルドの裏側や苦労や危機管理意識などは全く知らないのだから。
とは言え、知ろうとする様な努力もしようとは思わない。こちらにギルドの被害や苦労が丸投げされる様な事が無ければ、俺は俺で好き勝手にやらせて貰うだけだ。
「まあそこら辺は忘れて今日は楽しませて貰おうか。自棄だ、自棄。ギルド長の口からここが「帝国」って事を聞いちまったからねぇ・・・」
どうやらずっと通りを歩いて来ていてここがマルマルでは無いと理解はしていたと。
恐らく俺の説明からして帝国であろうと言うのは辛うじて呑み込んでいた感じか。
そして「冒険者ギルド」に入ってそこの「ギルド長」の口から直接「帝国を楽しんで行ってくれ」などと言われてここでやっとゲルダは確信をしたんだろう。
「さあエンドウ。従魔闘技場に案内してくれよ?今日はそこで楽しませて貰うからよ。」
こうして俺とゲルダは従魔闘技場に移動した。移動中にはそこで「賭博」もできる事を説明する。
ゲルダはノリノリで「よっしゃ!」と言って賭けに乗り気であった。
先ずは雰囲気を味わって貰う為と思って観戦、観客席に案内をしようと思ったのだが。
ゲルダは先に賭けチケットを購入すると言う。そこで俺はその求めに販売所に連れて行ったのだが。
「うーん?確かに従魔師はマルマルじゃ一人として見かけた事も無いし、噂も聞かねぇ珍しいモノだったけどよ?ここじゃこんなにも当たり前なんだな。」
丁度次に始まる試合に出る従魔の種類が載っている掲示板を眺めてそうゲルダは呟く。
「こっちの魔物の強さの方が有利かな?でも戦略を練ればこっちも戦えない事も無い。本当に良い線イってらー。」
どうにも次には感心したような事を言っている。そこにどうにもここの常連客みたいな空気を出すオッサンがゲルダに声を掛けた。
「おう、お前さんどうにも目利きができるみたいな言い方じゃ無いか?面白そうだな?話をちょっと聞かせてくれよ?」
「ああ?何だ?ちょっとくらいなら良いぞ?何が聞きたい?は?どっちが勝つかだって?うーん?順当に行けばコッチが勝つだろ。割合だぁ?そうだな・・・七割は勝つ。あ?何でそうなるのかって?単純にこっちの従魔が力押しすりゃ相手を圧倒できるからだよ。ん?じゃあ何で良い線言ってるって言ったのかって?そりゃ従魔師の作戦次第、それと特殊能力をどう使うかでその対戦相手に勝つ目が出るからさ。勝つだろうって言っても力押ししかできない魔物と、特殊な戦闘方法を持つ魔物ではどっちが厄介かって事さ。力押ししかできないってんなら対処方法が単純って事でもある。どっちも連れてく従魔は最大で三体だろ?それを操って戦わせるんだ。何が起きても不思議じゃない。この試合の見所はそこだな。」
そう言ってゲルダは俺にその勝率三割の方の従魔師のチケットを買う様に言ってきた。
「アレ?ゲルダ良いの?七割の方に賭けなくて。ん?ここに来たのも初めてで魔物の特性は知っていてもソレを操る従魔師の事は知らんって?あー、そうだな。で、どうせなら夢のある方を買うって事か。ロマンだねぇ?」
勝つ、負けるを今回は見物する事に重点を置いて今日は楽しみたいとゲルダは口にする。そしてどうせなら不利だと自分で判断した方を応援したいと言う事だった。
掛ける金額は俺の裁量に任せると言われてしまう。まあそこは別に良いだろう。この帝国での観光は俺が持つと言ってある。ゲルダは帝国の貨幣を持ってはいないのだ。
ならばちょっとド派手に金を掛けて遊んでみるのも良い。そこで俺は大体の換算で言うと十万を一気にぶち込んだ。
受付はコレに多少驚いていたが無視を決め込む俺。俺がチケットを買っている間には既にゲルダに話しかけていたオッサンは俺たちの側から「参考になった。じゃあな」と言って離れて別のカウンターでチケットを購入している。
「じゃあ俺たちも行こうか?案内が付いてくれてるし専用の客席に行こう。」
俺たちの目の前には専用スタッフが現れた。そのスタッフは「特等席」に案内する役目である。
「あぁ?それどう言う事だよ?専用?・・・エンドウ、どれだけ注ぎ込んだ?ソレで負けでもすれば損するのはお前だろ?アタシの遊びに何でそこまでエンドウは金を使う気になるんだよ・・・」
疑いと呆れを混ぜた目で俺を見るゲルダ。まあ確かに言いたい事は分かるし最もだ。
だけども俺の持ち金はそれこそ、その程度で容易には減ったりしない額が入っている。
損とか得とか、儲けたとか、金をドブに捨てたとか、そう言った事が全く持ってして俺には意識に無い。
寧ろこの金でどれだけ楽しい思いができるかと言った考えである。こっちの世も所詮は何をするにも金が必要だ。
そしてその金は湯水の様に使える状態にある。ならばこれを使ってのんびりと、なんてせずに楽しい毎日を送ったって良いだろう。
使えるモノは何でも使えば良い。それが自分の楽しいと思える事であるならば躊躇しないでも良いだけの額を持っているのだ。
今回のゲルダへの接待を俺は面白いと感じている。ならば幾らだって金を使って見せよう。
そうしている内に特別席に到着だ。そこは俺が以前に座ったあの場所とは全く別。
完全個室の様な作りになっており、座る席からは試合の舞台が一望できる。専用の飲み物も用意されており、給仕係も付いていた。
ゲルダはコレに再び俺の方を睨む。その視線には「おい、本当に幾ら使った?」と言った無言の圧力が込められていたのだが。ソレを俺は完全に無視して席へと座った。
十分ほど待てば選手入場。その後は一分ほど時間を置いてから試合が開始される。
初っ端から力押しの勝率七割の方が押せ押せだった。猪型従魔三体を同時に突っ込ませて相手の従魔を押し込んでいく。
そのパワータイプと言って良いだろう従魔はビッグブスに似ていた。しかしどうにも亜種であるらしい。
チケットを買う際に従魔師の紹介の隣には従魔の名前が書いてあるのだが、そこにはビッグブスとは書かれていなかった。ビッグダルアリート?だったか、どうだったか?ちゃんとした名はイマイチ覚えていない。
「おっ?どうやら反撃するらしいな?だけどちょっと遅いと思うんだがね?アタシの予想ではもっと早めに対処しにかかると踏んでたんだが。もっと別の思惑があったか?或いは相手の魔物の突進力が予想していた以上だったか?」
ゲルダがジッと試合を見つめ続けつつもそう言葉を漏らす。突進を受け止めていたのは蜘蛛と言った見た目の昆虫系だろう魔物だ。二体で圧し止めていると言った感じになっていた。
口から糸を吐き出して相手従魔を絡め捕って突進を止めようとしたのだろう。だけどもそれでも止められずに押し込まれていたのだが。
蜘蛛の後ろに隠れていた従魔師があと一歩の所で場外に押し出されてしまう、と言った所で猪魔物はピタッと止まった。どうやら間に合ったらしい。
「ああ、持ち堪えたね。どうやら予想していた以上に押し込まれたんだね。でもコレで相手は無防備さ。」
あと一歩の所で、そんな感じの悔しそうな顔をしている猪魔物を止められてしまった方の従魔師は。
その相手に一匹のウサギ型魔物が走り込む。その体格は1m位である。大きい。
そんなウサギがかなりの速度で突っ込んでくるのだ。人がコレにぶつかれば吹き飛ばされるのは確実である。
どうやら勝率三割とゲルダに断じられた従魔師は蜘蛛で何とか突進を止めてのカウンターが狙いだったようだ。
だけどもこれに相手の従魔師はウサギの突進をひょいと躱す。どうやら身躱しは達者な様でその顔はドヤ顔をしていた。
そんな攻防の間にもブチブチと蜘蛛の糸が引き千切られている音がし続けていた。どうやら猪従魔の力は蜘蛛の糸よりも強いらしい。
だがその時には決着が付いていた。蜘蛛だ。二匹で突進を止めていたと思っていたのだが、片方が動いていたのである、いつの間にか。
突進を止めた蜘蛛は一匹だけであり、どうやらそちらは直接糸を相手に巻き付けて動きを止めるタイプらしい。
そして動いた二匹目は罠を仕掛けて絡め捕る、と言った習性なのだろう。ウサギの突進を軽々と避けたはずの従魔師が不自然な体勢になって必死に体を捻っている。
どうやら足が床にくっ付いて離れないらしい。強力に粘着されているのだろう。どうやら一ミリも足を上げられない様子だ。
いつ仕掛けたのか?何時の間に?とこれには俺も驚きである。
そう、蜘蛛の魔物は最初から偽装していたのだ。猪魔物の突進を止めているのが「二体」の蜘蛛魔物だと見せかけていたのである。
しかもこの蜘蛛、どちらもそっくり。所々色が少しだけ違うだけで見た感じ同じ魔物に見える。
いや、恐らくは同じ蜘蛛魔物でも行動タイプが違う同種なのだと思われる。同じ種でも住処としている場所が違うと行動が変化したり特徴が出たりするんだろう。
確か出場する従魔の名前が並んでいる看板にはこの蜘蛛の魔物の名前だろう所に「×2」とか言った表記がされていたはずだ。
身動き取れなくさせられた従魔師は多分こう思っていたはず。二体の蜘蛛従魔で三体の突進を止めるので精いっぱい。
そんな状態なのに糸を千切られかけているのだからウサギを躱し続けて時間を稼げば再び猪魔物は突進を開始して相手を場外に吹き飛ばす、と。
そう思ったからこそドヤ顔だったのではないだろうか?糸の切れるだろう時間は直ぐに訪れる、そうすればこちらの勝ちだ、と。
だけどもそんな未来は来ず、今も足を止められて動けない従魔師。ここで靴を脱げば良いのだと気付いたようで、しかしその行動を取ろうとした時にはもう遅かった。
次々に新たに絡みつく糸。そう、既に全身が糸で絡め捕られて全く動けない状態にさせられている。
まだ猪魔物は動ける状態では無く、場外にあと一歩で吹き飛ばされそうだった従魔師の方は既にその場から移動して中央に居る。
ウサギ従魔は脚をダンダンと床を蹴って威嚇をしている。これには相手従魔師に「早く負けを認めろ」と訴えているジェスチャーに俺には見えてしまった。
コレに少しだけ俺はプッと笑う。魔物であるし大きさは可愛く無いのに仕草がそのまま俺の知るウサギであったから。
その時にアナウンスが入る。糸で絡め捕られた従魔師は戦闘続行不可能と見なされた様だ。猪魔物も一向に糸から脱出できる気配が無い事で勝敗が決したと見なされてしまった様だ。
勝者の名前が会場に響く。それは勝率三割とゲルダが評した方の従魔師の名であった。
「勝った方の従魔師は忍耐力を武器にして戦う奴なのかねぇ?それとも事前に作戦を充分に練ってから挑む性格なのかねぇ?中々グッとくる試合内容だったよ。面白かった。」
ゲルダはどうやら従魔闘技場を気に入ったらしい。
「さて、賭けには勝った。その金で今日はじゃんじゃん飲むよ!」
どうやらこの後は昼間っから酒を飲むつもりらしい。
「明日から狩りだけど?そんなのでダイジョブなの?昼間っからお酒って。」
「良いじゃ無いか!せっかくの休暇だろう?とことん遊び倒してやるよ!」