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今後の予定は特に無し

 出て来た料理は大盛りのいわゆる「焼きそば」だった。お好み焼きからのコレである。

 しかも出て来た飲み物はこれまた馴染み深い。透明なジョッキグラスになみなみと注がれた冷えた透明な黄金色。


「よっしゃー!乾杯しようぜ!エンドウの勝利に!」


「ああ、乾杯。」


 俺はキガッズのテンションに付いていけないのでいつも通りに対応する。

 これにキガッズは「もっと楽しく大声だせよぅ!」などとガハハと笑う。で、親父さんがコレに。


「うるせぇ!静かにできねえのか!他の客の迷惑だ馬鹿野郎が!」


 と叱るのだが当の本人は治す気が無い。そして客たちも慣れた様子でハハハと笑う。


(アットホームって言うのかね?これが。さて、マジでこれってビール・・・?)


 まだ飲み物には口を付けていない。しかし既にキガッズはぐびぐびとジョッキ半分まで飲んでいる。

 その後は俺の目からして「焼きそば」を豪快に口に詰め込んでモグモグと美味そうに咀嚼している。


「ほがふふへほ!ひゃへひはうへ!」


 どうやら俺に早く食べろと言っているらしい。身振り手振り付きで料理が冷めてしまうとも訴えて来ている。


「器用だな。面白い奴だ。じゃあ、俺も食うか。」


 で、やはり飲み物は「ビール」だった。いや、発泡酒かもしれない。そこら辺の詳しい違いを味で俺は判断できないのだが。


「んでやっぱり・・・焼きそばなんだな、コレは。」


 麺は太くもちもち、キャベツ、ニンジンと似た味、触感のこの世界の野菜、そして濃い目のソース味だ。

 豚肉の細切れ?とそっくりな肉も入っている。コレが何の肉なのかは知らないが、かなり再現度が高い。


「というか、その物だな。お好み焼きも驚いたけど、うーん?なんだかなー?」


 俺以外の日本人がこの世界に以前にも居た事はいいのだ、そこは。

 しかしこれほどに食に対して執着心とか、或いは熱意を上げる程に故郷の食事が恋しかったのか?と言いたくなる。

 この再現度はどれだけの苦労と労力、年月がかかったのかと思うと、ちょっと行き過ぎだと俺には思えて来てしまった。


「まあ、美味いんだけどね。文句があるなら食べるなって事だろうからな。感動した事は確かだし、感謝しないとなぁ。」


 焼きそばとビールを充分に堪能し、食べ終わった後の俺は満足感に包まれていた。

 ここでキガッズがビールをグビッと飲み干してからおかわりを頼んでいる。

 店員がおかわりを持ってきてテーブルに置いた後にキガッズが俺に質問を投げて来た。


「なあ?俺の剣を腕を振り当てるだけで折ったじゃねーか?ありゃ一体どう言った裏があるんだ?俺もやってみてーんだが。アレができりゃよ?どんな攻撃が来たって防げちまいそうじゃねーか。俺にもやり方教えてくれねー?」


「まあ別に特別な事してないから教えても良いけど。馴れ馴れし過ぎだろ、キガッズ、お前。負けてるんだぞ?俺に?そんなんで良いのか?」


「うん?別に俺は強さに拘りはあるが、今よりも強くなれるのなら負けた相手にも素直に意見を聞くぜ?矜持だ悔しいだ、って気持ちを糧にして、それを踏み台にして、一人で強くなるって奴も確かにいるがな?俺はもっと楽しく強くなりてーんだよ。だから、俺を負かした奴にだってこうして仲良くなりてーと思うし、強さの秘訣もどんどん聞くぜ?」


「遠慮ってモノを・・・まあ、そんなのを持ち合わせていたら頂点には立てないか。それじゃあ教えてやるよ。」


 俺は説明を始めた。と言っても只自分の持つ魔力で自身を覆うだけと言った説明だ。

 魔力を強めに腕に集め固めてそれを振っただけ。剣を弾く様な軌道で振るのではなく、当たった力が逃げない角度で素早く、思いきり振りぬく、それだけだ。

 こうして改めて言葉にして自分のやった事を説明してみたものの内心で「いや、ありえねーし」と思ってしまった。

 それができりゃ苦労はしない、と言うやつだ。それ、どんな達人?って感じである。

 カンフー映画でもこんな場面無さそうである。素手で金属の塊を折るなどと。寧ろ何で折れた?と俺自身で今更に思ってしまった。

 しかもこちらに斬りかかられたその剣の横っ腹を叩くのだ。そしてソレを折るなどと普通は土台無理な話である。フィクションにも限度があろう。

 だけどこの世界には「魔法」「魔力」があり、それを可能にできてしまうのだから、さあ大変。


「ほーん?なるほどな?じゃあ明日から俺もソレを特訓してみるっきゃねーな!」


 ガハハと笑うキガッズ。俄然ヤル気である。この調子だと俺のこんな拙い説明だけでキガッズはこの方法を習得してしまうのでは?と感じる。


「まあ、頑張れ。俺は・・・指導しないから。面倒そうだし?」


「そりゃ残念だ!しかしもうやり方は分かった。俺だけでやってやるぜ。出来る様になったらもう一度試合しようぜ!今度は戦神の方でどうだ?全力で試してみたい。そうなったらエンドウが適任だ!」


「遠慮しておく。さて、御馳走様でした。驕ってくれるんだったよな?んじゃ、お休み。」


「おー?もうかよ?もっと話したかったんだがな。じゃあ、またな!」


 キガッズはまだ飲んでいくつもりらしい。そしてどうにも俺を引き留めると言ったしつこい事を言ってこない。

 コレに俺は「サッパリした性格なんだな」と感じて「またな」と返した。コレがしつこい野郎だったら返事はしなかっただろう。

 その後は宿に戻ってすぐに部屋に入る。そしてベッドにダイブして寝転がったらそのままいつの間にか寝ていた。


 翌日、昨日飲んだビール?が良かったのか、どうなのか?気分良く今朝は目覚める事ができているように思う。


「さて、今日は何かあるかね?試合は・・・無いか。多分組まれていたら朝一で連絡が来てると思うしな、いつものパターンだと。」


 今日は一日何も無さそうだ、そんな事を思いながら一つ背伸びをして部屋を出る。そのまま真っすぐに宿も出て朝の帝国をぶらつく。


「うーん?もしかしてこの帝国には再現された「食事」って奴が多いのかな?昨日の事も考えるともっと見つけられそうだな。」


 俺はそんな事を思い付く。もしかしてこの帝国には「日本人」が色々とこだわった料理がそこかしこに存在するかもしれない。

 そうするとソレをちょっと探して見たくなった。日本の食事ってモノが恋しくなったらこの帝国に食べに来れば良いのである。

 そうなればソレを扱っている店を発掘しておかねばと思って今日一日は食い倒れを覚悟でそう言った店を探す気になった。


「まあ、魔力ソナーで探すなんて無粋な事はしないで自分の足で歩き回って見つけましょうかね。」


 俺には時間があった。そしてお金もあった。この思い付きは別に急ぐ事でも無ければ焦るモノでも無い。

 このまま俺は散歩気分で大通りを行く。とそこで早速見つけたのが屋台だった。


「焼き鳥・・・?串に肉を刺して炭火で焼いてる・・・ありゃネギマもあるぞ?あっちは砂肝?」


 今まで見つけられなかったのが不思議なくらいにその屋台は大繁盛。列ができていたりする。


「あー、もしかして不定期か?それとも決まった日時があるのかね?俺も食べたいけど・・・また今度にするか。」


 行列に並ぶのに抵抗があったので俺は焼き鳥?をスルーした。次に見つけたのはどうにも。


「ラーメン?ラー・・・メンだな、こりゃ。」


 呆れてモノが言えなくなりそうなくらいに醤油ラーメン。これまた屋台での販売で、立ち食いラーメンと言った所である。しかもこちらも盛況だった。

 そこかしこでズルズルと麺をすする音が響き、そしてズズズズとスープを飲み干す客たち。しかも器用に箸で食べている。


「こっちも今まで見た事無いな?・・・焼き鳥と同じパターンか?もしかして?」


 まさかな?などと思いつつもラーメン屋台を通り過ぎる俺。


(もしかしてグループ会社があって、それが纏めてこう言った「食」を扱っていたりするのか?)


 ここ帝国の飲食業界にはもしかしたら大手と言えるくらいの会社が存在するのか?と言った思考が過ぎる。

 その思考を裏付けるかの様に屋台がまた目についた。そしてやはりこちらも大人気のようで行列だ。


「おいおい・・・今度は、唐揚げ?何の肉ですかね?」


 盛大にじゅわーッとなる油の音。どうやら今追加分を揚げている真っ最中である様だった。

 この音に反応した通りを行く客が振り向いた。そして直ぐに列に並び始める。


「・・・ドンダケ熱意パナインデスカ・・・?」


 まさかここまでとは思っていなかった。唐揚げまで再現するとは恐れ入る。低温から高温の二度揚げだろうか?最初から衣、肉に下味が付いたタイプか、客のお好みで後から味付けを入れるタイプなのか?

 余計な事にまで気が行く程に気になった、気になったのだが、ここも我慢した。スルーした。


「朝食なんだよなぁ。もっと落ち着いて、静かに食べれる場所に行きたい。」


 そう言った思いで後ろ髪惹かれつつも通りを先へ先へと進んでいく。

 そうすると俺のこの気持ちにぴったりな店が見つけられた。


「ああ、優しい香りだなぁ。この店で食べるか。すいませーん。席空いてますかー?」


 お店のドアは開きっぱなし。そこから俺は顔だけ入れてそう一言問う。

 すると店員だろうおばちゃんが元気良く「あいよ!そっちの奥の席に行っとくれ!」と返してくれた。

 店内を軽く見渡しつつ他の客が食べている食事を見たら何だか見覚えのある料理。


「フォー?」


 どうにもソレはベトナム料理のフォーだった。お米から作られた平たい麺のアレである。


(日本だけじゃないのかよ。なんだ?知ってる料理なら何でも再現しようとしたのか?・・・あ、いや、そもそもこの世界にあった料理が偶々似てるモノだった可能性も・・・)


 余りここは深く考察しない方が良いんだろう。食事を美味しく食べられればそれで良いのだ。難しい事を考える必要は無い。

 俺は店のおばちゃんにオススメを注文して素直に待つ。そして即座に運ばれてきた料理を早速食べる事に。


「とは言え、フォーってよく考えたら俺食べた事無いんだよねぇ?」


 それでも食べてみれば優しい口当たりとしっかりとしたスープの出汁が美味しくて即座に完食する。

 あっと言う間に食べ終わった事に自分でもちょっとびっくりしつつ代金を払って店を出る。


 そんな時に声を掛けられた。聞き覚えのある声である。


「おはようございます。貴方とお話をしたいのですが、お時間を頂けないでしょうか?」


「ソレは個人的にって事?それとも組織として、って事?」


 声を掛けて来たのは昨日の女性。どうにも神官らしいと言った事しか今の所俺には分からない。

 今日は護衛が二名付いて来ている。まあ多分姿が見えないだけで別の場所から様子を監視していると思うが。


「こうして私が外に出る際には護衛が付かねばならないのです。申し訳ありません。誤解をさせてしまわない様にハッキリと言います。私は貴方に興味が非常にあるのです。話がしたいと言うのも個人的なモノです。帝国聖教会は関係ありません。」


「・・・ふーん?帝国聖教会、ねぇ?そんなのがあるのかぁ。ああ、そう言えばミッツはどうしてるかなぁ?」


 教会などと言うワードが出て来たのでふとミッツの事を思い出してぼやいてしまった。コレに。


「元気でやっているそうですよ?毎日忙しいと言った内容の手紙を貰います。」


「は?」


 どうにもこの女性、ミッツと知り合いである様子。俺はちょっとコレにビックリして間の抜けた声を出してしまっている。


「手紙には賢者様に指導して貰って以前とは比べ物にならない位の力を得たと、そう書いてありました。」


「おいおい、ミッツ、何情報漏洩、個人情報流出させちゃってんの?・・・ああ、それを教えられるだけの信頼を置ている相手だって事か?それで俺に興味が?」


「あら、私は一言もその賢者の名を発してはいないのにお認めになられるので?」


 引っ掛かってしまった。簡単に。自分で賢者だと認める様な発言であるこれでは。

 手紙には「賢者」としか書かれてはいないんだろう実際に。でもそれに俺が反応してしまっては自白している様なモノだ、自分が賢者です、と。


「・・・で、君の名は?知っての通り、俺の名は遠藤だ。宜しく。はぁ~。これまた妙なのに捕まったもんだ。」


「妙と言われると良い気分ではありませんが。そうですね、名乗っておりませんでしたね。と言うか、名を告げる前に貴方に止められてしまったのですがあの時は。」


 くすくすと笑ってから一礼して相手は自らの自己紹介を始める。


「私はここ、帝国聖教会に所属しております、マシルと申します。未熟ではありますが「聖女」の称号を頂いております。」


「はいはい、聖女、ねぇ?そんな聖女様が俺みたいな正体不明の怪しい奴にどんな話があるって言うんだい?」


「では、立ち話も何ですので、教会の方でゆっくりとお話をしましょう。では参りましょうか。」


 どうやら静かな所で話とやらをしたいらしい。これに俺は諦めと共にこのマシルと言う聖女の後を付いて行く。

 ここで俺の左右を挟むようにして護衛の者たちが並び歩いて来る。これはどうやら俺が途中で逃げ出さない様にと言った感じだ。

 そしてその護衛の機嫌はすこぶる悪そうだ。横目で「ギロリ」と俺を思いきり睨んできているので間違いはないだろう。

 きっと俺の「聖女」に対する態度が気に食わないんだろう、心の底から。

 しかしその聖女本人が何も気を害する様子も無く俺と会話を続けていたモノだから何も口には出さないでいるんだろう。

 口に出さない代わりに思いきり睨んで圧力を掛けたいのだろうが、正直これには鬱陶しいとしか俺には感じられなかった。


 こうして歩く事五分程。さほど遠くは無かった。今俺の目の前には広大な敷地、荘厳な雰囲気の建物が。

 その敷地内へと何ら気にする事無くさっさと入って突き進む聖女。そして途中で振り返って一言。


「ようこそ、帝国聖教会へ。歓迎します、賢者エンドウ。」


 俺はこの賢者呼ばわりに顏を顰める事で返事とした。

 この態度を別段何とも思っていなさそうなマシルはさっさと建物の方へと向かって進む。

 ここまで来たら俺も引き返そうとは思わない。その後に付いて行ってどうにも客間だろう部屋へと入る。


「では、二人きりでお話がしたい、と言った所ですが。最低この教会内でも護衛が一人付く事になっておりますのでご了承ください。」


 そう言って俺をソファーに座るよう促してマシルは自らでお茶の用意をする。

 さて、護衛と言ってはいたのだが、先程までずっと付いて来ていた男の護衛はこの部屋には一人も入って来ていなかった。

 部屋に居るのは俺とマシルと、それとメイドさんただ一人だけ。


(メイドが居るのにお茶の用意を自分で?・・・ああ、メイドでもあるけど、護衛でもあるって?)


 個人的な客だからその持て成しの茶は自らが入れる、そう言った流れなんだろう。

 良く良く観察してみればメイドさんはそもそも最初から入り口のドアの横に立っていてずっと動かないままだ。

 どうにも視線は床に向けている。しかしギリギリでソファに座る俺が視界に入るくらいの下げ方である


(滅茶苦茶警戒されてるよな、これは。目線を下げて「見てませんよ」アピールかもしれないけど、意識がこっちにガンガン向いてるのが何となく分かるよ)


 テーブルに俺の分のお茶が出される。どうやらお高い茶葉を使っているのか自然な甘い香りが気分をリラックスさせる。

 ここで俺は先ずはと言った感じで最初の質問を投げた。


「で、ミッツとはどう言った関係なんだ?手紙のやり取りをするくらいには仲が良いみたいだけど?」


「はい、私と彼女は同期です。二人で切磋琢磨して互いに高め合う仲でしたね。とはいえ、別にぎすぎすとしたモノではありませんでしたけれど。互いに一人前と認められてから配属先がこうして離れ離れになりましたが、手紙のやり取りは定期的にしていましたから。」


「ふーん。で、教会はこっちの帝国と、向こうの王国のは同じって事か?それとも全く別?」


「違いはありません。元は同じです。しかし帝国と王国では全く違う部分もあります。それぞれが独立していると言っても過言ではありませんね。今はミッツも大分忙しくやっているみたいで、手紙の方にも私に改革の内容を相談して来ていたりします。」


「ああ、向こうは腐ってた。根っこだけじゃ無くてその周りの土の部分もな。で、こっちはどう言った違いがある?」


「帝国聖教会は人々を癒やしません。治療院は別にあります。薬草学や外科手術、免疫学や健康学などを用いて日々、毎日を「未病」で過ごす事を教えて人々を守っていますから。」


 俺はどうにもこの帝国の医療を舐めていたらしい。というか、こっちの世界の医療をと言ってもいいだろう。

 帝国がそもそもこの様な現代に通じる医療体制が整っているのを知って正直に俺は驚いた。


「・・・こっちの教会が活動資金を集める為に行っているのが、先日のあれって事か。あんなので何ができるって言うんだ?調査だったんだろ?あんなにもお粗末なモノで依頼者から金を巻き上げるのか?」


 しかしそうなるとこっちの教会は活動資金をどの様にして集めていると言うのか?俺のこの質問に暫し黙るマシル。

 こちらの帝国の教会が神の名を使っての「癒し」「治療」をしない様になった経緯などは別に聞かないでも良いだろう。大事なのはそこじゃない。


 ここで護衛のメイドさんがピクリと微かに動いた。そして一言だけマシルへと。


「なりません。」


 それは非常に冷たい声音であった。だがコレをまるで無視する様にマシルが話し始める。


「私は「聖女」と言いましたが、特別な力を持っているんです。ここ帝国では洗礼を受けて代々聖女に選ばれし者はこの特別な力を使い「真実」を見抜く裁定者として活動します。」


「・・・これは驚いた。ウソ発見器、って事か。だからこんな息が詰まりそうなカチコチに身動き取れない不自由な生活って事なんだな。」


 いつでもどこでも護衛が付く。それはソレは毎日堅苦しい生活だろう。プライベートなどそこにありはしないと言った感じだ。

 しかしマシルはこれを多少は否定する。


「確かに何処に行くにも、何処で寛ごうとも、護衛が付いているのは面白くないと感じる部分もありますが。それでもある程度の自由も、権限も、権力もありますから。そこまで悪いモノでは無いんですよ?」


 ここでメイド兼護衛が動いた。俺の前にまで来て一枚の紙をテーブルに出してくる。そして。


「一部の者しかこの事は知りません。知ってしまった以上はこちらに契約をして頂きます。名を記して頂けない場合はこの部屋からは出す事ができません。」


「・・・おいおい、大げさだな?俺は客だぜ?いきなりこれは無いんじゃないのか?」


 俺は視線をメイドでは無くマシルへと向ける。コレにはマシルが。


「そんな契約などなさらなくても構いませんよ。無理矢理聞かされた事に対して契約をせねば部屋から出さないなんて、そんな理不尽な事は私が許しませんから。さあ、あなたは下がりなさい。」


 最後にメイドに下がれと命令するマシル。しかしメイドは引き下がらない。


「いけません。これはこの帝国聖教会での決まりですので。」


「ソレを覆せるだけの力を私は持っていますが?それでも下がりませんか?」


 少し強めにそうマシルが再びメイドに命令する。コレに苦み走った表情でメイドは契約書を下げて再び入り口ドアの横に立つ。


「さて、ミッツが手紙に賢者なんて書いていたってのは初めて知ったんだがな。どうして俺に目を付けたんだ?きっかけは何だった?」


「あら?ご自覚が無いので?あれ程の強力無比な従魔を側に置いて闘技場で大暴れなさっているのに?おかしな方ですね。」


 俺はコレに何も言えない。只々「あー・・・」とだけしか口から出せなかった。


「正直にお伝えしてしまいましょうか。先程の話に戻りますが、真実を見抜く、などと格好良い事を言いましたが、本当はもっとドロドロとした内容なんですよ。」


 何を言い出す気なのかと俺はマシルの顔をまじまじと見てしまう。

 コレにニッコリとマシルは笑顔になって言う。


「私が意識して念じれば相手の心の内を全て見透かす事ができるんです。まあしょっちゅうそんな事をしていれば私の精神の方が擦り切れてしまって人間不信になりますので、特別な「依頼」を受けた時だけに発動する「契約」をしてありますが。」


 なるほどな、と思ったと同時に俺はドキッとした。あの時に俺は心の中をマルッと覗かれていたのか?と。


「・・・大分驚かれたみたいですね。しかし安心してください。貴方の心の中は、覗けませんでした。今までこの様な事は一度もありませんでした。流石は「賢者」ですね。」


「それ、もう口にしないでくれるか?俺は「賢者」だなんて器じゃないよ。もう「賢者」呼ばわりは止してくれ。気分が良く無い。それで、もう一度聞くけど。目的は?」


「最初に申し上げました通りです。貴方と仲良くなりたかったのです。それ以上でも以下でも無い。まあ、ミッツが散々「賢者」を絶賛していましたから手紙で。どれ程のモノかを私自身で確かめてみたかった、と言った部分がかなり大きいかもしれませんが。」


「食えない「聖女」様だねぇ?で、どうだったんだ?俺は?」


 俺は大きく溜息を吐いて肩の力を抜いた。この聖女が本気でそう思っていると分かったから。

 てっきり何か重大な案件をブッ込まれるのかとずっと警戒をしていたのだが、それが馬鹿らしく思えてくる。


「想像以上でした。もっと貴方の事が知りたく思います。一週間程私と共に行動をしてくれませんか?その人柄をもっと知っておきたいです。」


「・・・その心は?」


「敵に回したくないので貴方の好き嫌いを把握して仲良くやって行ける為の情報が欲しいと言った所です。」


「ぶっちゃけ過ぎじゃない?まあ、悪くは無いけどさ。正直に言うってのは確かに良い事だとは思うけど、ちょっとくらいは濁した言い方ってもんがあるんじゃないのか?」


「誰に憚る事無く自分の気持ち、言葉を吐ける立場に居ますので私は。この程度の事で回りくどい言い方をする必要はありませんから。」


「聖女様って言うのは代々明け透けにモノを言う人物が就任してきたのか?って言うか、上から数えて聖女って何番目?」


 下らない事を聞いてるなと自分で思う。マシルのこれまでの発言でどうにも大分上の立場であるのだと分かるが、ハッキリとさせておきたい。


「この帝国だけで言えば一番上です。」


 一番偉いらしい。どうにも普通ならここでそんな人物にお願いされれば「はい」と答えるのだろうが。


 しかし俺は人柄を知りたいなどと言われてハイソウデスカと行動を共になどとする気は起きない。


「俺は俺のやりたいようにする。そっちに付き合う気は無い。だから、そっちが俺に合わせる事は別に問題無いよ。」


「そうですか。しょうがありませんねそこは。ならばこれからの予定を調整して時間を作ります。」


「何でそこまでするのかねぇ?俺なんかを観察したって面白い事は無いだろうと思うんだけど自分では。まあ、良いかぁ・・・」


 しかし俺は今まで自分が成してきた事を思い出す。するとどうにもやらかしてきた事ばかりが思い浮かんできてしまってちょっと落ち込む。客観視したら面白過ぎる事だらけだった。


 だけどもここ帝国では別に俺が「やらかす」事はこれ以上は無いだろうとも安心する。

 従魔闘技場では大暴れしたが、それくらいだ。帝国に出現したダンジョンの件は既に片付いていると言って良いし。

 闘神闘技場には出場する予定も無い。冒険者ギルドの魔物捕獲依頼は既に終わっている。


(あ、報酬を受け取りに行って無かったか。じゃあちょっと顔を出しに行くかね。・・・いや、止めておいた方が無難か?ギルド長に見つかったら、というか、確実に呼び出してくるよな、あのギルド長は)


 サッと入ってスッと手続きしてパパッと脱出。うん、無理である。

 想像しただけでもう分かり切っていた。俺がギルドに顏を出したらギルド長室に行くよう案内されるに違いない。

 報酬を受け取るには受付での手続きが必要だ。その際にきっと捉まる。


(まあ、別に報酬を受け取らなくても金には困って無いし。行くのは止めておこうか)


「じゃあ話は終わったな。お暇させて貰うとするか。」


「またこうして近い内にお話をして頂けたら嬉しいです。お見送りをさせて頂きますね。」


 俺はこうして聖女に見送りをされて教会を後にした。

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