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かってはみたものの

 その箱をテーブルに置いて店員は「こちらで御座います」と蓋を開いた。

 そこにはオレンジ色の楕円。どうにもソレは卵である様だった。コレに店員の説明はと言うと。


「冒険者たちがこちらを持ち込んで来まして。どうにも魔物の卵である事は確からしいのですが。しかしこの様な卵を見た事がこの業界に入って一度も今までに無いのです。どうにもこれはその冒険者たちによると街道の地面に只ポツンと置いてあるかの様に落ちていたと言います。」


 奇妙な話だ。何処からこの卵は来たと言うのだろうか?もっと詳しく聞くとその街道は整備されていて魔物や野生動物などは近寄らないとの事らしい。

 その街道は商人などが通る様な道では無く、主に冒険者たちが森へと向かう際に通る道であると言う。

 そんな場所にこの卵は落ちていたと言うのはおかしな話である。これを持って来た冒険者は何の魔物の卵かは分からなかったが、売れば小金になるだろうと言う魂胆で拾ってこちらに売る気で持って来たと。

 その後に店主が珍しい卵として買い取って調べて、業界仲間にも情報を貰おうと走り回ったらしいのだが。

 落とし物としてどうにも捜索願が出ていると言った訳でも無く、かれこれ一週間程経っていると言う。あちこちに問い合わせをしてみても何処からも名乗りは上がらなかったそうだ。


「分からないのです。孵化の方法も判明せず、そもそもこの卵はどんな魔物の種であるかの判別も出来ておりません。しかしこの卵は死んではおらず、今も生きておるのです。」


「うん、それくれ。幾ら?」


「は?」


「面白そうだ。買わせて欲しい。どう言った方法で孵化させたとか、生まれた魔物がどんなモノであるかも孵化した後は連れてきて見せる。どうだろうか?」


「いえ、こうしてお客様にこちらをお見せ致しましたから買わせない、などとは申しませんが・・・本当に宜しいので?」


「ああ、幾ら吹っ掛けてきてくれても構わない。金はちゃんと持ってる。相場がどれ位になるかなんてのは素人の俺じゃ分からないから、アンタが値段を決めてくれ。あ、俺は夕方に従魔闘技場で試合があるから、今決めれなかったら翌日にまた窺わせて貰うからその時までに決めておいてくれるか?その卵、俺が予約って事で。」


 俺はそう言って店員の様子を観察したが、一瞬だけ悩んだ様子を見せた後に直ぐに答えを出してきた。


「白金貨十枚でどうでしょうか?」


「いや、別に幾らでも構わないよ。あ、コレで支払いは可能?直ぐに会計済ませちゃいたんだけど。」


 俺がカードを出して見せると店員は目を見開いて驚きを見せた。コレに俺は店員が一体何に驚いているのかが分からない。


「・・・畏まりました。直ぐに手続き準備を致しますのでこちらへ。」


 俺はそう言われて別室に案内される。卵は入っている箱ごと俺へと渡された。

 カードの読み取り魔道具が部屋へと持ち込まれて決済をする。こうした大金のやり取りはやはりこうしたカード支払いが簡単で楽ちんで良い。


「では、お買い上げ有難うございました。またのお越しをお待ちしております。」


 そう言って店員に見送られてこの店を出る。するとメールンが一言。


「如何でしたでしょうか?お気に召した従魔はおりましたか?お時間もソロソロ迫って来ておりますので、控室の方へご案内致します。」


 俺はそのまま従魔闘技場に歩いて行くメールンの後ろを歩く。

 卵は箱ごと俺の手の中だ。メールンは俺が何も買わずに出て来たと思っているのか、どうなのか。

 何せこの箱へと視線を向けて来ていなかったので気付いてすらいないかもしれない。


「今回はクロに運動させるつもりで自由に遊ばせてみるかな?」


 思考を切り替えて今日の試合の事を考えてみる。

 クロが普段どう言う風に過ごしているのかと言った所は、正直言って知らない。

 クロは賢いので放置していても自分で餌を取っている様だし、別にこちらが世話をしないと生きていけないと言った感じも無い。

 別に俺がクロをペットとして飼いたいと思って連れている魔物でも無いので結構扱いも興味も雑である。


 こうして控室に入った俺はクロを呼び出す。ワープゲートを通ってクロの居る場所に出るとどうにもクロはウトウトとしていたらしい。

 声を掛けると俺を見て大あくびをしてからのっそりと立ち上がるクロ。


「運動の時間だぞー。というか、俺の都合でお前を引っ張り回してるのは、嫌じゃないのかお前は?」


 俺のこの問いかけに別段クロは嫌だと言ったリアクションも見せずにワープゲートを素直に通って行く。


「まあ俺がこいつに気を遣うのは違うよなぁ。」


 クロは俺のペット?、従魔と言うのともちょっと違う。パートナーと言える様な信頼関係でも無く、考えれば考える程に微妙な関係と言えるかもしれない。


 こうして控室に戻ると「お時間です」と丁度試合の時間となった様でスタッフが俺を会場入りしてくれと呼びに来る。

 俺は選手専用の通路をクロを連れて進んで闘技場へと出た。するとそこにはやはり観客席を埋め尽くしても足りないと言わんばかりの客たちが詰めに詰めていた。


『皆さんお待ちかね!今日の大一番がこれから始まります!やはり注目は従魔師として登録した初日から伝説を作り上げたこの男!エンドウ!勝利に勝利を重ねて今やその強さは不動!誰がこの男を!その従魔を倒せると言うのかぁ!?』


 会場にアナウンスが流れると客たちが一斉にワッと声を上げて熱を上げて行く。

 ボルテージは最高潮、と言った感じだ。溢れんばかりに、喉が裂けんばかりに大声を上げて興奮を吐き出す客たちの注目は全てが俺に向けられていた。


『さぁ!その伝説!その最強に挑むのはこの選手だ!伝説には「伝説」を!今日はその「伝説」が強力な従魔を従えて試合に臨むと言う情報が入っています!それがどんな魔物で!どれ程の強さか!ソレは見てのお楽しみです!』


 相手選手の紹介がされて反対側の通路から出て来たのは俺がまだ見た事が無い従魔師だった。

 筋骨隆々と言った具合で、どうやらかなり体を鍛えているのが一目で分かる。

 その従魔師の後には見た事のある従魔が。その三匹全部が俺が捕まえた魔物であった。

 これを見た客たちから口々に小さい悲鳴が漏れ出していた。どうやら客たちはこの魔物三匹に対して少なくとも恐怖を感じたらしい。


「蛇に鶏に、それと・・・何て名前だったっけ?」


 もう俺はその魔物の名をすっかりと忘れていた。ギルドに引き渡したからもう良いだろうと思ってスッパリとその魔物の名前をポイ捨てしているのだ。

 これらの魔物たちは同じスポンサーが買い付けたんだろう。どれくらいの金額を使ったのかは知らないが、御愁傷さまだ。

 俺は負けるつもりが無い。この試合に勝つためだけにこの三体を購入したと言うのであれば金をドブに捨てたようなモノである。

 だけども別にこの闘技場でこれからもこの従魔たちは戦っていくだろうから別に無駄な出費と言う訳じゃ無いだろう。

 そんな事を俺が考えていたら相手選手がこちらに言葉を掛けて来た。


「ふーん?あんたがエンドウってか。俺を呼び出すくらいにあの脂肪団子野郎がどうやら切羽詰まってるって事だから呼び出しには応じたが。どう見ても弱っちそうじゃねーか。こんな凶悪な魔物を従魔にするのに掛けた金は幾らだってんだよ、全く。それを俺に与えるから絶対に勝てって?俺じゃ無くてもこんな従魔が付いてりゃ他の誰がやっても勝てるだろうに。・・・と思っていたんだがなぁ?そっちの黒いのは、どうやらスゲーな?後でゆっくり見せてくれねーか?試合後にでもよ?」


 その相手の従魔師はそう言ってニカッと笑う。見た目のゴツさに反して中々に爽やかな性格なのかもしれない。


「まあ、良いけど。負けたら悔しいだろうし?そんな精神でクロを見ても嫌な気分になるだけじゃないのか?」


 試合前の会話なんて別に俺はしなくても良いのだがつい答えてしまった。これに相手の反応が。


「おいおい、俺が負けるとは決まった訳じゃねーだろ?試合はまだ始まってもいねーじゃねーか。そんな台詞は俺に勝ってから口に出せよ。」


 機嫌が悪くなった、と言った感じも無く軽い感じでそう返してくる。相手はニヤリとその表情を楽しそうに歪めて笑っていた。


『さあ両者、位置につきました!合図が掛かれば試合開始です!エンドウ対キガッズ!この「伝説」を制するのはどちらか!?』


 随分と実況は盛り上がってる様子ではあるが、勝つのは俺なのは確実である。

 もし負けるとなると、それは俺がまだ知らないこの従魔闘技場のルールの「穴」に負けると言った事になるだろう。

 それ以外で「実力」と言った面で俺が負ける要素が全く無い。完全に無い。


「あー、そう言えば今回の試合の特別ルールとかあったりするかどうかは聞いて無かったな?しょうがない、負ける事もちゃんと想定しておくべきかぁ。」


 大雑把には基本的なルールを把握してはいるつもりなのだが、細かい所をまだ俺は把握できていない。

 なので今日の組まれた試合に何かしらの俺が不利になるルールを敷かれていると負ける確率がある。


(で、いきなり三体をクロに仕掛けてきたな、迷い無く相手は)


 この判断は最善手だと思う。向こうのキガッズと言う従魔師はクロの力をざっくりとだが見抜いた様な感じの発言をしている。

 そしてこうしていきなりクロへと三体を一斉に向かわせている事から中途半端な攻めは通用しないとしっかりと確信したんだろうと思われる。


「で、アンタは俺に真っ向勝負、って?」


 キガッズはその右手に剣、左腕には円形の小盾である。

 クロへの対応は三体の従魔を突撃させて自由に暴れさせて抑え込む。当の従魔師本人は自身の実力で相手をぶっ倒すと言った作戦なようで。


「これを避けるのか!人は見かけで判断しちゃならねぇなぁ本当によぉ!」


 その一撃は確実に俺を殺す気で放たれた一撃だった。しかし俺はソレを少し体を斜めにしただけで躱している。


 俺はこのキガッズと言う従魔師がどの様な戦闘スタイルで、どうして「伝説」などと呼ばれているのかなど全く知らない。

 けど、こうして攻め込まれて一つだけしっかりと分かる事が一つ。


「あんた、従魔師じゃないな?」


「はっはぁ!今はそんな事を気にせずに試合に集中しようぜぇ!楽しくなってきたなぁ!オイ!」


 怒涛の連続攻撃、と言って良いのだろう。キガッズは俺に反撃をさせる気は無いと言わんばかりの密度で剣を連続で振るい続けてきた。

 ここは主に従魔が主役では無かったのか?と思ってしまうくらいにキガッズの攻撃は激しい。俺に一太刀浴びせようとかなり必死に剣を振っている。

 でもその剣撃は一度もマトモに俺に当たらない。俺はヒョイヒョイとソレを全て躱していたから。

 いや、躱していると言うか、魔力でのバリアで剣を受けて、そのまま流しているだけだ。直接俺の身体に当たっていない、と言った点で躱していると言えるが。


 クロの方もクロの方でどうにも余裕がまだあるらしい。蛇の巻き付きをスルリと抜け出し、鶏の跳び蹴りをペシッと尻尾で叩き落としていた。

 最後の三体目、ゴリアリススパイダスと言う名だった事を思い出したが、この従魔、いきなり大技をブッパした。

 蛇と鶏二匹が連携を取ってクロを抑え込み、ゴリアリススパイダスの形態変化の時間を稼ぐ。


 そう、この魔物、どうにも第二形態と呼べる状態がある様だった。

 その甲殻、背中の棘が伸びてより強力で凶悪な見た目になる。どう言った原理でそんな事ができるのだろうか?

 と一瞬考えたが、この世界には魔法があったのだ。恐らくは魔法でこの様な事ができるんだろう。


 ゴリアリススパイダス、名前が長いので略して「ゴリパ」で良いだろう。

 そのゴリパがその背中の棘を鞭の様にしならせてクロに向かって振るう。まるで触手の様に。

 そしてソレと同時に舌も使ってクロを絡め捕る事も狙うと言った器用な真似をしてきていた。


「ほほー?あんな戦い方もできるのか。俺がやった時は直ぐに捕まえちゃったからなぁ。知らなかった。」


「何だって?アレを捕獲しただって?嘘だろ?おい?」


 クロは触手も舌もやはり完全に躱している。まだまだ余裕だと言った感じに見受けられた。

 どうやらクロと、ゴリパ他二体の従魔との間には相当な開きがある様で。魔物としての格の違いという奴だ。

 クロはこれらの連携攻撃に対して一度だって掠らせもしないで躱し切っている。


 キガッズは一旦俺から距離を取って今は呼吸を整えている。ついでに俺がゴリパを捕まえたと発言した事に驚きを隠せないでいる様子だ。


「どうなってる?こいつは、というか、まさかこの三体はお前さんが捕まえて来たとでも言うのか?」


「そんな事は気にせず試合に集中しよう、じゃ無かったのか?楽しいんだろ?思う存分攻めて来ても良いぜ?」


「・・・おうよ!なら全力でぶつからせて貰うぜ!こんな戦いは久しぶりだぁ!」


 またしてもキガッズは一直線に俺に向かって来る。だがここで違ったのは従魔も俺の方に攻撃ターゲットを変えて来たと言う事だ。

 どの従魔が?と言ったら、鶏の方だ。嘴を前に突き出して俺に体当たり、どうやらそのまま俺をその鋭い嘴で貫く気なのか、或いは噛みついて来る気なのか。

 俺はどうやらキガッズと鶏からの挟み撃ちと言った形にされていた。


 蛇の方の従魔はその尾でクロを打ち据えようと必死になっている最中だった。

 だがやはりコレもクロは通用していなかった。ゴリパの攻撃を避けるついでにベチベチとその前足で、後ろ足で、その蛇の尾を叩き落していた。


「じゃあちょっと従魔の方から退場して貰うかね?」


 試合を長引かせる必要は無いだろう。もう充分に相手の力量は分かった。ソレと従魔の強さも。


 俺は先に鶏を片付ける。鶏に対して魔力固めをしてそのまま操って場外へと向かわせる。

 キガッズが振るう剣は軽く横払いした腕で狙って叩き折る。もちろん俺は魔力で体を覆っているので当然無傷。

 そのまま剣を折られた驚きで動きが止まったキガッズを俺はヒョイと持ち上げて場外へと放り投げた。

 余り高く投げ上げると地面に衝突した威力で死んでしまうと言う事も有り得るので、なるべく低く滑らせる様な感じで投げてはおいたのだが。


 クロの方も決着を付けていた。後ろ足でその蛇の顎を蹴り上げて気絶させたらしい。

 ゴリパの方はと言うと、クロは一瞬で体当たりを食らわせて吹き飛ばしていた。

 あの巨体で重さがあるゴリパが場外に出て、それでもかなりの距離をゴロゴロとすっ飛ぶ勢いだ。ハッキリ言って、この従魔闘技場にクロに敵う奴はいないだろう。


 さて、この決着に会場中が静まり返った。俺の事はさておき、相手のキガッズは「伝説」などと紹介されていたのだ。

 それがこうもあっさりと場外である。クロだって相手従魔の密度の高い連続攻撃をヒラリヒラリと躱し続けてこれだ。

 どう考えてもクロがこの闘技場では頭二つ三つ所じゃ無く抜きん出た規格外だと気付いただろう。


「あー、もう駄目だ。降参だ。勝てるわきゃねーわ。ホント、アンタ一体何者なんだ?」


 呆れた様な声で苦笑いしつつそう俺に向けて言うキガッズ。続けて勧誘してくる。


「アンタ戦神闘技場でヤル気は無いか?あっちでもアンタは無敵だろうぜ?たちまちに頂点になれるぞ?」


「いや、別に俺はそんなモノ目指してないよ?ここに居るのは・・・ま、偶々とか、気まぐれってヤツだな。」


 コレに会場中が再び沸いた。「伝説」が自らの負けを認める、すんなりと。


『なんと!この伝説の戦いを制したのはエンドウ!しかも戦神闘技場の生ける伝説とまで呼ばれていたキガッズに負けを認めさせての勝利です!』


 俺の勝利宣言が会場に響くとまたしても客たちがワッと沸く。


(別に俺に不利になりそうなルールとかは結局は無かったって事か。拍子抜け?いや、無事に終わって良かった?まあ何にしろ、負けていたらそこで登録解除して去っていたけどな)


 ここでそんなルールに負けていたらきっとこの従魔闘技場から登録を消して別の所に移動していただろう。

 その時は帝国からは出て行かずとも何処かしらの面白そうな宿か、或いはこうした催し物がある場所に移籍?をしていたと思う。

 それこそ戦神闘技場とやらに移って大暴れ、なんて可能性も有った。けどこうして何事も無く勝ててしまったのだからこのまま、まだここに居ても良いと判断する。


「この役立たずがぁ!何故負けを認める!勝つまで!死ぬまで戦えぇ!お前をこちらに引き出すのに幾ら掛かっていると思っておるのだ!従魔にどれだけの金を注ぎ込んだと思っておる!そこのソイツを早く殺さんかぁ!」


 会場がシンと静かになる。それだけそいつの声は大きく響いた。声を拡大する道具か何かを使ったのかもしれない。

 それだけ男の叫んだ声は歓声がまだ止まずにいた会場に良く通っていたから。


「んん~?どこかで見たような?見て無いような?」


 その男の全身は弛んだ脂肪の塊と言って良いだろう見た目だ。そしてゴテゴテとキンピカ、ギンピカ、じゃらじゃら宝石、これでもかと装飾品を全身に身に纏っている。


「あれが俺に頼みをしてきた脂肪団子だよ。馬鹿な奴さ。アンタの強さを全く理解できてないんだ。しょうがねえ事かもしれんがな。あの腐った野郎は金って言う数字でしか物事を判断できないのさ。あれでもここ帝国での大商人を張ってるんだぜ?笑えないだろ?」


 キガッズが舞台の上に登って来て俺の横に立ってそう説明して来る。そんな情報は別に俺は要らなかったのだが。


「あいつは何て名前なんだ?俺はあそこまで恨みを買う様な事をした覚え無いんだけど?」


「おいおい、カリゲルドと言えば帝国では名の知れたクズとして有名だぞ?それでいて商売は決して犯罪を起こさない。奇妙な奴だぜ?まあ裏でどれだけの事をやらかしてるのかが明るみに出ていないだけかもしれないがな。」


 俺はそんな奴に目を付けられていたのかと溜息と共に肩を落とす。

 それにしてもカリゲルドと言えば俺にチンピラを差し向けて来た者の名だ。

 そしてようやっと俺は思い出した。先日に試合を観戦した日に俺の隣りに来て勝手に喋り出した奴が居たのを。


「ああ、あの時は名前を聞こうとすら思わなかったし、観客の声が会場中に響いていて全然何も聞こえなかったんだよなぁ。その時に何かギャアギャア喚いていた様な気もするけど。そうか、あれがカリゲルド、なのね。」


「おう!一緒に飲みに行かねーか?お前さんの事を教えてくれよ!どうしたらそんなに強くなれるんだ?酒でも飲みながら聞かせちゃくれないか?奢るぞ幾らでも!」


 俺とキガッズは選手退場する事にした。カリゲルドはまだ喚いていてそれが会場に響き渡っているのだが、無視だ。

 選手専用通路に入った時に俺はワープゲートを出してクロを森へと戻す事にする。

 クロはクロでどうやら今日の試合は良い運動にでもなったのか一つゆっくりと長く伸びをしてからワープゲートを通って行った。


「おいおい、そんな魔法も使えるのかよ・・・コリャ国の魔術師が歓喜の悲鳴を上げて気絶するぞ?」


 キガッズにワープゲートを見られたのだが、気にしないでおく。そう、俺とキガッズは同じ通路に一緒に入ったのだ。

 というか、キガッズが俺に勝手に付いて来たと言うのが正しい。舞台上を去る時にキガッズが馴れ馴れしく俺の肩に腕を乗せて来てそのまま付いてきていた。そしてそのまま退場したのだ。

 ここで俺は通路を歩きながらちょっとした質問を投げた。


「従魔は良かったのか?放置だろあのまま。アンタが従えてるんじゃ無かったのか?」


「おう、あれは一時的な処置でな。俺には詳しく分からんが、特殊な方法であの試合中だけあの従魔たちは俺の言う事を聞く形になってたんだ。後の処置は別の奴がやる算段でよ。」


 しかし返って来たのはこの様な返答だったのである。コレに俺はそんな方法があるのかと少しだけ興味が出たが、俺には必要なさそうなので直ぐに忘れる事にした。


「そんな方法があるんだな。知らなかった。まあ別に知らなくても大丈夫な情報だったけど。で、何時まで付いて来る気なんだ?」


「良いじゃねーか!アンタの、エンドウの祝勝会と行こうぜ!」


「お前は負けたんだろうに・・・悔しくないの?負けた相手の祝勝会とか言って、しかもソレを奢るとか言って無かったか?」


 控室に行くまでの間の会話は続く。


「いやだってよ?余りにも実力が懸け離れ過ぎていてなぁ?正直言ってそんな気分にもならんぞ?自慢じゃ無いが、これでも戦神闘技場で長年頂点張ってたんだぞ?それがあんな子供をあしらうみたいにされて負けたんじゃあ、悔しいも何も無いだろうに?」


「そう言うモノなのか?」


 俺の短い返しにキガッズが「そう言うもんだ!」と言ってガハハと笑う。

 まあ本人がそう言っているのであれば俺がこれ以上何か言う事も無い。と言った所でメールンが一礼して俺に勝利を祝う言葉を掛けてくる。


「お疲れさまでしたエンドウ様。そしておめでとうございます。このまま宿へとお戻りになられますか?」


「おう!久しぶりだな!元気でやっていたか!?」


 いきなりキガッズがメールンにそう声を掛けた。俺はコレにちょっとだけびっくりだ。しかし知り合いという事なんだろうと直ぐに呑み込む。


「ええ、別に何にも問題は無いわ、兄さん。」


 俺はこの言葉にまたびっくりさせられた。メールンの兄であると言うキガッズは。


「それならお前も一緒にどうだ?これから俺とエンドウは飲みに行くつもりでな!」


「おい、勝手に決めるなよ。まあ、別に良いけど。」


 俺は別にキガッズを嫌っている訳じゃない。なのでこの「飲みに行こうぜ!」と半ば無理矢理にでも連行されそうな勢いを止める様な事を言わなかった。


(そう言えば会社勤めの時にはこんな誘いをずっと断り続けていた・・・きっと周りからはつまらない男だとずっと思われていただろうなぁ)


 昔の自分を思い出しているとメールンがそのキガッズの言葉をきっぱりと断る。


「私はまだ勤務中です。またの機会に誘って頂ければ。では、お見送りをさせて頂きます。」


 即座に仕事モードに変わるメールン。コレにキガッズは「御堅いぜ、妹よ」と残念だと口にしていた。


 その後はキガッズの案内で飲み屋に向かった。向かっている途中でメールンが飲み会に参加しない事をキガッズが。


「久しぶりに顏を合わせたのにつれない奴だぜ我が妹ながらよ~。」


 そんな事をぼやいている。どう言った兄妹仲なのかは気になるが、別にそんな事を今聞く事は無いし、その必要も無い。


「おう!ここだここだ!おやじー!今帰ったぜー!」


「この馬鹿息子がぁ!どの面下げて帰ってきやがったぁ!」


 キガッズのこの掛けた声に即座に返答が来る。怒りの声で。そして即座に動く影。

 店に来た早々に奥のスペースからこれまたキガッズとも、メールンとも似ていないオッサンが出て来た。しかも凄い勢いで。

 息子と言っているのでおそらくはこの人物は、そう、父親なのだろう。


 ゴチン、そんな音が聞こえてきそうなゲンコツがキガッズの脳天に直撃する。


「いっつてええええええええ!?なにすんだっての親父!?今日の俺は客だぞ!客!?」


「この放蕩がぁ!何が客だこの野郎!いつもいつも何処かにフラッと消えたら長年連絡も無しにいきなり帰ってきやがって!手紙の一つも出さんか!この馬鹿が!」


 この親父さん、キガッズと背の高さは同等くらいだ。しかも体格も。

 キガッズが戦神闘技場でチャンピオンになっていたと言うのであれば先程のゲンコツも避けられたのじゃないのかと思ったが。

 どうにも身内の前だと油断でもするらしい。もう一度振るわれた拳をまたしても脳天に食らっていた。


(いや、このオッサンも強いな実は?キガッズは二度目は避けようと体勢を整えようとしていた、けど食ららってる・・・どう言う家族なんだ一体・・・)


 変な店に来てしまったと思いつつも店内を見渡すと、どうにも常連客だろう人々がこの二人のやり取りをクスクス笑いながら見ていた。

 どうやらそこそこに繁盛しているらしい。そしてこのやり取りは恐らく毎回されるのだろう。店の客たちの空気は別に悪くなっていたりはしない。

 そうなると出てくる料理にも期待が持てるというモノだ。美味い飯が出てくればそれで良い。


「今日は俺だけじゃ無いんだ!良い加減にしてくれよ!」


「ああん?・・・おっと、これは失礼した。こいつがいつもいつも馬鹿な事ばっかりするもんだからな。向こうの奥の席に入ってくれ。どうせコイツの奢りだろ?なら内で出してる一番良い酒を持って行くから期待して居てくれ。」


 そう言って親父さんは奥へと戻って行った。そしてスタッフに対してどうにも指示を出している。


「心配してくれる人が居るって言うのは、良い事じゃ無いか?」


「このゲンコツさえなけりゃあ、なぁ?」


 ゲンコツを食らった脳天をさすりながら涙目なキガッズに俺は慰めの言葉を掛けておいた。

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