仕事終わりの休息は
俺とギルド長、それと魔物を檻へと入れる為の要員である冒険者二十名が門の外に来ていた。
そして俺以外の全員が「何処に居るんだ?」と首をかしげてしまう。
ソレもそうだ。俺はまだ魔物たちの姿を消してあるままなのだ。これをいきなり解くのはこのタイミングだとまだマズイ。
帝国への入国手続きをしている旅人たちがまだ少人数残っていたのだ。なのでその者たちがさっさと居なくなってくれないと余計な騒ぎの元になる。
「もうちょっと待ってください。あの旅人たちが門内に入ってこちらが見えなくなったら見せますので。」
「見せますも何も、何処にも魔物はおらんじゃ無いか。騙した・・・と言った様子は君から感じられないが、どう言う事だと言うんだ?」
一応は帝国に混乱をもたらさない様にする為に隠してありますと告げているのだが、それでもギルド長は疑っている。本当にここに居るのか?と。
さて、ここにはちゃんと檻は四つ準備して貰っていた。あのギルドでの説明の後にギルド長は急ぎで魔物を入れる檻を集めてくれた。
俺が捕縛している魔物の見た目の説明をしたら「そんな馬鹿な?」と言った感じで驚いていたのだが。
これに俺が嘘を言う理由も無いと言う事でギルド長は業者に即座に連絡を付けてこうして一番頑丈な檻を追加で三つ用意したのだ。
暫くしてやっと門の前に誰も居なくなったので俺は魔法を解いた。まるで最初からそこに居たとでも言うかの様に「パッ」と魔物が姿を現す。いや、そもそも見えていなかっただけで最初からそこに居たのだが。
コレに今回の仕事に呼ばれた冒険者たちが「ひえっ!?」と小さな悲鳴を口から漏らしている。
ギルド長は悲鳴こそ出さなかったが、それでも目を真丸に見開いて固まっていた。
だがギルド長がいち早くこの中で正気に戻った。そして魔物をよく観察し始めて大きく深呼吸してから言う。
「動かんな・・・これを君がやっているのだな?誰も敵わない訳だ。」
呆れた様な感じで溜息を吐きつつも冒険者たちに檻を開ける様に指示を出す。
「お前ら、何時までビビっている?仕事をしないか。」
たったこれだけだったが、後ずさりしていた冒険者たちはハッと我に返る。そして慌てた様子で檻を開いた。
しかしその後はまた動かなくなる。恐らく目の前の魔物をどうやって檻の中に入れれば良いのかが分からないのだろう。
暴れる様子も無く、そして微動だにしない魔物。それらをどうやって檻へと入れれば良いのか?大体そんな所だろう。
だから俺がここでこの魔物たちを操って檻へと入れて行く。
「こいつはコッチか?ソレと、入れたらちゃんと閉じてキッチリと、確実に鍵を閉めてくれよ?大丈夫であれば拘束を解くから。後はそっちで運搬を頼むよ?」
俺は各魔物をギルド長の求め通りに入れて行く。そして冒険者がしっかりと鍵を閉めて檻に魔物を閉じ込めたのを確認を取ってから魔力固めを解いた。
その瞬間に魔物たちが暴れるのだから、コレにまた驚いた冒険者が腰を抜かして倒れ込む。
どうにもこの四体は狂暴な性質である様だ。俺にこれ程までに長時間拘束され続けていたのに割と元気だ。
檻に体当たりをしたり、噛みついたり、爪を立ててガリガリと引っ掻いたりと、それはもう喚くわ、ガキンガキンと金属が擦れる音が響くわ五月蠅いわでちょっとイラっとさせられた。
けど俺はここで手早くギルド長に用意させてあった依頼の成功証明の書類にサインをしてさっさとこの場を去る。去ると言っても光学迷彩の魔法で姿を消しただけではあるのだが。
何でこんな逃げる様に消えて見せたのかと言えば、引き留められたり、或いは魔物を大人しくさせて欲しいと頼まれたりすると面倒だったから。
(後日にギルドに行ってカードを提示すれば報酬を受け取れるって事だし?後の事は俺には関係無いしな)
依頼はもう達成したのだ。これ以上関わらないで良いだろう。文句を言われる筋合いも無い。
俺はそのまま空を飛んで人気の無い場所に降りる。そしてワープゲートを出して宿の部屋へと直接戻ってベッドに飛び込んだ。
「あー終わった終わった。さてと、一仕事終えた後はごろごろしてダラダラ過ごして、精神の疲弊を取りましょうかね。」
休息、休日は大切である。何事もメリハリが人生に張りを生む、などと偉そうな事を言うつもりは無いけれど。
ただ単純にここ最近働き過ぎじゃなかろうかと帝国に来てからの自分の行動を振り返ってみただけだ。
いや、そもそも休日に自分は何をしていたっけ?何をすれば癒やされていたっけ?と言った所まで思考し、その後に即座に寝た。不毛だな、と思って。
結局はゴロゴロとし続けている事も出来ない性分らしい。俺は翌朝になって少し早めに起床すると朝食を摂った後には闘技場に足を運んだのだ。ソレは何でかというと。
「賭け事って俺、やった記憶が無いんだよなぁ。」
大分以前にはモヒカン野郎と決闘での事でマーミに金を預けて全額自分に賭けるなどとした事はあったが。
「あれは自分が勝つって分かり切っていてやった事だったからな。闘技場に来た時にやったアレも俺が自分で自分に賭けるとか、当たり前の様に勝つのが分かってて賭けたし?」
そんなのは賭け事とも呼べないモノだろう。ならば本当の賭け事とはいったい何だろうか?
賭け事の醍醐味、それを俺は味わった事が無いような気がする。
「ドキドキワクワクする事か?自分の読みと想像を頼りに勝負に出る事か?ブラフで相手を引き下がらせて勝つ事か?」
先の読めない展開に一喜一憂。賭けた金が跳ね上がって手元に戻って来るか、それとも全て巻き上げられるか、確かにソレも大事なのだろうが。
「どうせなら楽しみたい所だな。自分が応援した方が勝ってくれたら嬉しいだろうから。」
賭けに負けたとしても悔しく無い、そんな試合内容が見れたら見れたで満足だろう。
俺がこの闘技場でこれから賭け事をすると言うのは別に自分が儲けようと思っての事では無い。
だからここは楽しく興奮できる、そんな遊びをしたいのだ。
「さてと、何処でチケット購入を・・・っと、向こうだな。」
人の大勢集まって並んでいるカウンターが視界に入って来た。そこはかなりの熱狂ぶりである。
どうやら今回の試合のマッチングが非常に珍しいモノであると言うのが客たちの会話から察する事ができた。
そして予想屋と思われる者がチケット売り場カウンターとは別で遠く離れた所に居て今回の従魔師の詳しい情報を求める客にソレを売っていた。
「スイマセン、このガリアシリスと言う従魔師に金貨三枚で。」
「はい、承りました。・・・こちらをどうぞ。」
俺は並んでいた列が自分の番になった時に自分の持っているカードを受付へと出してそう頼んだ。
カードでの支払いでもちゃんとチケット購入が出来るのは知っていた。直ぐに手続きが行われてカードと共に試合内容と賭けた金額、それとその倍率が打ち込まれたチケットを受け取る。
これはどうやら読み込み機械と印字する機械がドッキングした特殊な魔道具で出される物らしく、結構丈夫で厚手な紙で発券されていた。
そしてこの試合での賭けはこのガリアシリスという従魔師を俺は選んだ。別にコレに特に意味は無い。
何だか名前の響きが妙に気に入ったからそちらを選んだだけだ。
「さて、買う物は買ったし?観戦席に行こうかな?あと十五分後?トイレに行っとこう。」
こうして準備を済ませた俺は観戦席に向かう途中で呼び止められた。
「エンドウ様、こちらへどうぞ。特別席が御座います。」
ソレはメールンだった。久しぶりに会ったような気がする。
「あ、城に呼ばれた仕事は全部片付いてるから、俺の試合を組んでくれて良いよ。あ、流石に今日は無しね?明日からにして貰える?今日は一日遊ぶつもりでいるんだ。」
「はい、畏まりました。・・・では、こちらの席をどうぞ。」
そう言って案内で連れてこられたのは小さく周りを囲われているゆったりと居られるスペースが確保された座席だ。
「一枚の券で金貨一枚以上でのお買い上げでこちらのお席での観戦をして頂ける権利も付いてきます。」
どうやら「一般市民」と言える人々はチケットの購入に金貨など賭けない様だ。
他の特別席と思われる場所にはどうにも「金持ち」とみられる者がふんぞり返って席に座っていた。
何故金持ちと思ったのかと言うと、分かり易い。着ている服の生地がスベスベてかてかで高級そうだと言うのと、宝石じゃらじゃら、装飾品は金でピカピカだからだ。
これを金持ちと言わずして何を金持ちと言うのか?もの凄く分かり易い「成金」と言う奴だろうこれは。
その見ていた金持ちがこちらの視線に気づくと席を立って俺の方に近づいて来た。
「やあやあこれはこれは。一日にして伝説を作り上げたエンドウ様ではございませんか。私は・・・」
「あ、すみませんがお席に戻って頂いても?貴方と懇意になるつもりはこちらには一切無いので。興味もありませんのでお名前を語られても困ります。あと、もうそろそろ試合が始まりますので、そこに居ると観戦の邪魔です。御引取り願います。」
俺はバッサリとその近づいて来た金持ちを言葉で切り捨てる。と言うか、もう試合始まっちゃうマジで。
今日を楽しみたくてここに俺は居るのに、目の前に飾り立てられた豚が居られたら楽しめない。
そう、この金持ち、醜く太っているのだ。貫禄がある太り方じゃ無い。豚と例えてしまったが、それこそ豚に失礼と言えるくらいにぶよぶよに肥え太っている。
からだ中が弛んでいない場所など無いのでは?と思えるその顔はダルンダルンだ。
俺のこの言葉でその顔を怒りに燃やして真っ赤にしているのだから余計に視界に入れたくない。
その金持ちの付き人だろう男が側に居たのだが、そっちはそっちで顔を真っ青にしていた。
『さあお待たせしました!今日一番の注目の試合です!』
会場に試合の始まりを告げる宣言が響く。それに会場は大盛り上がりで歓声が凄い。
そんな自分の声すらも聞こえなくなりそうな中で金持ちが何やら騒いでいるので、それが何と言っているのかが俺にはさっぱり聞こえない。
そして一通り金持ちは言いたい事を言ったのかどうなのか?自分の席に戻って行った。
その後の試合は面白いモノだった。見ごたえがある内容で、それは一進一退と言っても良いだろう戦いだった。
相手が仕掛ければそれを受けて立ち、受けたら受けたでお返しにと激しいカウンターをお見舞いする。
かと思えばソレをまた相手が華麗に躱して反撃を狙うと言った様な、激しい戦いとなっていた。
見ているこちらはその展開の速さと密度の高い戦闘に大盛り上がりだ。解説スタッフだろう者も中々頑張ってその戦闘や従魔が繰り出す技の説明をしていて聞きごたえもあった。
で、結果はと言うと。
「負けたかー。後一歩最後に踏み込めていたら、相手を場外に押し出せたんじゃないかなー、あの場面は。でも体力が残って無かったみたいだし?あそこで躓いたのは致命的だったなー。」
そんな試合内容を振り返りつつ良いモノを見させてもらった気持ちになった俺。
試合に出る訳じゃ無く、こうして観戦と言う視点で見た事は俺にとって良い刺激になった。
「俺も試合内容でこんな手に汗握るバトルを・・・なんてな?」
強さの差があり過ぎればそうした試合内容も展開しにくいのは分かっている。
俺とクロで試合に出てもゴリ押しで勝ってしまうだけだ。この試合の様に相手の戦法や従える魔物の使える特殊能力のやりくりで勝つ、などと言った事は無理な話になる。
クロ以外のもっと弱い魔物を従魔にして試合に出て戦ったとしても、恐らく負けない。俺自身がソモソモ魔法でゴリ押しして勝ててしまうから。
負けるつもりが俺に無いのでこれはもうどうしようもない事だ。ワザと負ける気なんて毛頭無い。
「さて、別の賭け事で遊ぶとしよう。この帝国にはもっと色んな遊びが在るだろうし。ここだけで一日潰すのは面白くないよな。」
俺は早速だが席を立って移動する。周囲では賭けに負けた観客が自分の持つ券を宙に投げてそこ等じゅうで紙吹雪になっているのだが。
「あー、この光景って競馬会場とかであったり?TVでチラッとこんな場面見た事あったな?」
記憶の片隅にあったその映像を瞬間的に思い出す。しかし直ぐに忘れる。
さっさと闘技場から出てここの他に珍しい、面白そうな賭け事が無いかどうかを探して歩かねば。
今日と言う一日はこうして賭け事で楽しんで過ごす事に決めていた。これまでまだ一度もマトモに帝国の観光をしていないから。
「では試合が決まり次第にその日程を連絡致します。行ってらっしゃいませ。」
闘技場を出て行く俺をメールンが見送る。俺はその言葉に何ら返す事無く大通りへと繰り出した。
さて、その日に遊んだ賭け事に使った金額は別に多くない。それは入ったその場その場で遊戯に勤しんでいる他の客たちが注ぎ込んでいる賭け金をちゃんと観察してから遊んだからだ。
そして一日中遊んだその総合結果はと言うと。
「ふむ、金貨三枚の負けか。まあ朝から夕まで遊び倒してこの金額でならちょっとお高めの出費とは言え、楽しんだと言えるかな?釣り合いが取れている、と言う所で考えると、まあ、それは個人の捉え方と言った感じか。」
今日一日で俺はスロット、カード、ルーレット、サイコロ、レースなどを楽しんだ。
これに「ここはラスベガス?」と口走ってしまったのはしょうがない事だと思う。いや、ラスベガスになど行った事など無いのだが。
賭け事をしてマイナスになる事を大抵の人が「負け」と考えるのだろう。俺もその一人だと思う。
けれども今の俺のお金事情で見るとこの程度の金額は何とも無いのだ。
だから心の余裕もあるし、こうして「一日を遊んだ」と言う感想からして、その使った額が金貨三枚だといった認識になる。
多少の贅沢をして休日を楽しんだ、くらいにしか感じないのだ。勝った負けたで使った金額がそれくらいなら休日を楽しんだと言えなくも無いと。
賭け事で自身の持ち金を増やすと言う目的でも無く、賭けに勝った事で脳内麻薬の分泌を促して快感を、と言った依存をしている訳でも無い。
「そんでもって俺はもう帝国を今日だけで充分に楽しんだし、堪能したし。長期滞在とかは考えないで良いかな?」
帝国を去るつもりに今日で早々なっている。ここでやるべき事はもう無いし、別にここにずっと居ると言ったつもりも無い。
後はその内に切りの良い所でここから去れば良いだろう。
「となると、従魔闘技場にいつまで居るか、って事だな。あそこはあそこで別に居心地が悪い訳じゃ無いからなぁ。」
闘技場にいつまでも長居し続けると俺に目を付けてくる者が増える一方になっていくだろう。目の仇みたいにされるのは嫌だし、余りここで観客に大人気とか、英雄呼ばわりとか、そう言った風に言われるのも何だか柄じゃない。
俺はそんな事を考えながら気分良く宿への帰り道を行く。
だけどまあ、そんな時に限って余計な奴がちょっかいを掛けてくる訳で。
「貴様か、カリゲルド様を侮辱したと言う奴は。おい、逃げられると思うなよ?もうお前は囲まれてんだ。一応は殺すなとは言われちゃいるが、ふざけた真似した事を一生後悔する事になる姿にしてやるから、精々泣き喚け。カリゲルド様の御気分を良くさせる為にあらゆる拷問を食らわせてやるよ。」
「・・・誰だよ?そのカリゲルドって?」
背の高い細みの筋肉質な身体の、逆立つ赤い髪をした男がそう声をかけて来たのだ。
その男の口からいきなり知らない奴の名前を言われてもこっちは何の事やらさっぱりだ。楽しかった今日一日の気持ちがコレで台無しである。
ここで俺は「さて、どうすりゃいいか?」と直ぐ気持ちを切り替える。
台無しになったとはいえ、気分をこれくらいで極限まで悪くした訳じゃない。プラマイゼロ?と言った感じか。いや、多少はマイナスかもしれない。
それでも、まあ、かなりイラっとさせられたと言えばそうなるが。ここは先ず寛容の気持ちで彼らを受け入れた方が精神的に負担も少なくできるだろうと、そう思ったのだが。
「貴様・・・何処までもふざけた事をぬかしやがって!せめて連れて行く分には穏便にと思ったが、気が変わった。お前ら、こいつを徹底的に痛めつけろ。ズタボロにして引き摺って行く。」
六人の屈強な男たちがその赤髪の言葉で俺を囲ってきた。
結局俺の事を後で拷問すると言っておきながら連れてく時だけ穏便?言ってる事が滅茶苦茶じゃないのか?などとツッコミを入れたい所をグッと堪えた。
何処にでも、何処に行っても、馬鹿は一定数存在するものだ。こればかりは摂理とか法則と言ったモノだろう。俺の力では抗えない代物である。
こうした奴らと出会って俺のできる事と言えば、どう言った対処をするか?と言った事だけだ。
「正直に言っただけだぞ?そのカリゲルドって奴の事を俺は本当に知らないんだ。すまないな。人違いか何かじゃ無いのか?」
「どこまでもふざけた態度を・・・やれ。」
俺の腕を掴みにかかり動けなくさせようとしてくる男たち。
「俺は男に抱き付かれて喜ぶ趣味をしていないんでな。近寄らないでくれ。」
久しぶりだ、この様なチンピラたちに絡まれるのは。しかしだからって嬉しい事でも何でもない。寧ろ無い方が良い。人生の中でこの様な事態が一度も無い事が望ましいモノだろう本来ならば。
此処は大通りで人の往来も多い。そこら中でコッチに野次馬の視線を向けてきている通行人が見受けられている。
ここで大暴れ、喧嘩などが始まればきっとそう言った人々はあっと言う間に集まって来て人の壁、それこそ「戦いのリング」とでも言える様な囲いができてしまう事だろう。
「ああ、面倒だ。そう言ったのは他所でやって欲しい。というか、確か向こうにそう言ったバトルをメインにした格闘場があったっけ?見に行って無かったな、そう言えば。」
今日一日歩き回って知った事である。従魔闘技場だけでなく、それこそ剣闘士?拳闘士?だったか、どうだったかの闘技場があるのだ。
そこは一対一、二対三、五対三、十対二などなどの複数対複数、などなどの対戦数がバラバラな試合形式もあったりして中々観客を飽きさせないルールがあったりするらしかった。
武器を使うルール、素手で戦うルールなど、結構細かい設定がされる試合内容だそうで結構面白そうだと思っていたのだが。
賭け事を遊ぶ事に集中して今日そこへ足を運ばなかった事を思い出した。
「じゃあちょっと皆さんお付き合いしてくださいよ。それじゃ行きましょうか。」
当然こいつらは「魔力固め」で全員動けなくさせてある。それを操って整列させてそのもう一つの闘技場へと俺は歩かせる。
「これは一体どうなってやがる!貴様がやってるのか!?うごおおおおお!コレを解きやがれクソがぁァぁァ!」
赤髪だけは喋れるようにしてある。だけどもこの現状に自分の無力を悟らずに俺への怒りを噴出させるとは、良い根性をしている。
この赤髪の部下だろう男たち六名の顔はパニックと言った様相になっているのだが。赤髪はそんな事には一切ならずに喚き続けている。
賢さで言えば自分たちの今の状況が赤髪よりも良く分かっているこの部下たちの方が余程知能が高いと言えるだろう。
「さて、到着したな。随分と近かった。それじゃあ殴り込みに行ってこようか皆さん?」
俺はニッコリと笑って彼らをこの闘技場に入場させる。もちろん観客席入り口からである。
入場チケット制であるらしく、当然俺が立て替えといてやった。カードでの購入が可能だったから。
さて、こうして入ってみると中は熱気で大盛況だ。今まさに試合が始まったばかりである。
そこに俺はこの七人を操って観客席からその試合の舞台に躍り出させる。
舞台の上はちょうど六対六のパーティ戦と言った感じだ。その二つのパーティは乱入者たちにギョッとした目を向けている。
恐らくは今まできっとこんな事は一度だって起きた事が無かっただろうから。
「頑張って行こうか。全力でぶつかって来て貰うとしよう。」
俺は文字通りに六人を突進させる。片方のパーティに。赤髪だけは単騎でもう片方のパーティに向けて走らせた。
この異常事態に双方のパーティは盾を構えてその突撃を受け止める気らしい。
彼らはきっとこの闘技場で戦い続けて来た歴戦の勇士なんだろう。切り替えがどちらも早い。
さて、その突撃の結末はと言うと、まあ、言ってみれば只素人を俺が魔力で操って突撃させただけなのだから返り討ちにあうのが当たり前で。
魔力固めで操っていたとは言えだ、盾に当たる直前にソレを解除していたりする。
だが走っていた勢いは止められるはずが無く、そのまま突っ込んで盾役の戦士に受け止められて即座に他のパーティメンバーからの容赦無い反撃を食らって即座に動けないくらいにボッコボコにされていた。
「まあ、しょうがないよな。プロと素人の違いだよ。赤髪の方もフルボッコにされてるなー。」
俺は悪びれる事も無くその結末を観察した後に満足して会場を出る。
今回のハプニングの後処理はここのスタッフとこの試合に出ている選手たちが勝手にやってくれるだろう。
試合の邪魔に入ったと言う事で七人はここの警備にこっぴどく絞られる事となるだろうが、そんな事は俺は知らない。
その取り調べで俺の事がきっとバレるだろうけど、さて、証拠が無いだろう。
俺に対して何かしらの聴取をしたいと訪ねられて来たりしたらバックレすればいい話だ。
その求めが任意同行だとすれば行く気は無いし、強制だと言ってきたらば力づくで御帰り願う所である。
こうしてこのカリゲルドとやらの使いだろう男たちを見世物にしてやったのにはちゃんと訳がある。
こいつらはどうせそのカリゲルドとやらの「私兵」だろうから、こうした大勢の観衆が居る所で目立てば今後の動きを制限されるだろう。
これだけ注目を浴びたのだ。何処に行っても「闘技場に乱入してボロクソにされた奴ら」として後ろ指刺されて外を出歩けなくなるだろうきっと。
カリゲルドとやらへの嫌がらせにもなるし、こいつらへの「報復」としてはちょうど良いだろう。何せ俺を痛めつけるつもりで近づいて来たのだから。
さて、こっちの闘技場の試合はまた気が向いたら観戦しにくればいいだろう。今回は特別にこいつらを趣向を凝らした「懲らしめ」をする為に来ただけである。
今日はいつもとは違った気分だったのでこうして気まぐれが激しい。精神が賭け事で遊んだ事でちょっと変なテンションになっていたんだと思う。
今後は気を付けようと反省をしつつも宿へと辿り着く。
「後々で考えれば、いつもの俺ならこんな思い付きはしなかっただろうなぁ。ちょっとはしゃいでた、ってのは否定できないな。まあ、いいや。さて、従魔闘技場の俺の試合っていつに組まれたりするのかね?」
宿に戻って部屋でベッドに寝転がりながらそんな事を思う。俺が捕獲した魔物はきっと依頼主の所に引き取られているだろう今頃は。
そうなるとその魔物とはその内にこの闘技場で顏を合わせる事になるはずだ。その時にはその魔物は立派な「従魔」として俺の対戦相手として会場入りする訳で。
「ギルド長はそこら辺の事をなんて説明する気かね?もしかしたら説明せずに引き渡したり?」
結構あのギルド長は悪戯好きだ。なので依頼の魔物を引き渡しの際にどう言った思い付きをするかは読めない。
「まあそこら辺は俺の気にする所じゃ無いか。さて、明日に試合がまだ組まれて無かったら美味い物食べ歩きとかしてみようか?」
決まるか決まらないかの予定。そこに一々気を揉んでいてもつまらない。試合予定が無かった場合の事を考えてどうしようかと、そちらを悩んでいた方が多少は有意義だ。
帝国の名物などがあれば食べてみたいし、美味しいお酒などがあったら飲んでみると言うのも悪くない。
まだこの帝国には楽しめそうな事がもっとあるだろう。その事を今この時になって思い至った。
賭け事を楽しむだけじゃ無く、これだけ規模のデカい国なのだ。もっと見る所は沢山あるはずである。
「ああ、観光名所なんかを案内してくれる専門の業者とかいないのかな?ありそうではあるけど。明日は明日でまた考えるかー。今日はもう寝よ。」
俺は今日あった事を一つ一つ思い出しながら目を瞑る。そうやって居たらいつの間にか眠っていた。
そして翌日。気持ちの良い朝である。昨日の事などサッパリと忘れて俺は部屋を出る。
一度従魔闘技場の方に行って見て俺の試合がどうなっているのかの様子を聞いてみようと思って。
しかしそんな必要は無かった。ロビーにはメールンが居たからだ。
「本日の夕方にエンドウ様の試合が予定されました。ご都合の程は宜しいでしょうか?」
どうやら俺の試合は既にマッチングされたらしかった。コレに了承をして俺は宿を出る。
大通りをぶらぶらしつつ何処か気になった店で朝食を摂ろうと思って。
夕方までには大分時間があるのだ。もっとこの帝国を知る為にも有意義に時間は使うべきである。
「宿に戻ったら最近はダラダラ過ごす事が多いからなぁ。もうちょっとシャキッとしないとダラケ癖が付きそうで怖いや。」
そんな事をぼやきながらイイ感じの店が無いかどうかと右左へ視線を揺らしながら俺は通りを歩いた。