捕獲大作戦・・・?
彼らにはあのドラゴンの雄叫びの件の「御触れ」は耳に入っていないのか、いるのか、どうなのか?
昨日今日の出来事なのでまだ聞いていないと言った事も考えられる。それはそれで、そんな問題があったとしても関係無く仕事はやると言ったスタンスなのだろうか?
と思ってみたらどうやら既にこの冒険者たちの中で情報を仕入れていた者が居たらしい。
あっと言う間にその「雄叫び問題」の話が始まった。どうやら帝国の文官たちの仕事は丁寧で早いらしい。
その内容は俺があの時に口にした提案とも呼べない様な思い付きが骨になっていた。
騎士団派遣、魔物討伐、犠牲者多数、殉職者たちは英雄、二階級特進。
言ってみればこれは帝国が本気で嘘を立て並べて広めていると言う事である。
国民は真実を知らないのだからコレを嘘八百と批判する者は出ない。疑う者も出ない。
(清も濁も呑み込んで治世できるのが王の器って事かね?まあ、そこは俺の苦労じゃ無いし考えないでも良いか)
これは皇帝が抱える悩み、問題であって俺が考える事じゃ無い。
時には真実なんてモノは公表しない方が良いモノだってあるだろう。真っ正直に、馬鹿正直にあった事を公式に発表なんてする必要は無い。
そう言った事ができる社会構造、政治体系なのだこの世界の国と言うのは。
新聞記者が居る訳で無し、報道機関がある訳で無し。真実の追及、などと言った事を成す集団は無いのだ。
そんな話も終わる頃に夕方に差し掛かり始める。帝国からは大分離れた場所にまで来ていた。
彼らは冒険者、体力があり、ここまでの行軍はかなりの早足だったにも関わらず別に疲れたと言った様子も無い。
各自が慣れた様子で役割分担をして野営の準備を始めている。どうやら夜中に無理してまで進むといった事までしないでも良いらしい。
計画通りの進捗状況、と言った空気がこの場には漂っている。
「それにしても指定の魔物を捕獲する中心になる奴ってどんな野郎なんだろうな?」
「そうだよなぁ。今回はゴリアリススパイダスだからなぁ?俺たちは餌を撒いて作戦場所に誘き出すだけの仕事だから良いが、そいつは一人で捕獲をするのか?」
「その野郎がどれだけ強いかどうか知らんが、ギルマスは何を考えてるんだか?みすみす死なせる様なこんな真似、イカレてるぜ。」
「そいつが死のうが、捕獲を失敗しようが、俺たちには何も痛いなんて事は無いじゃねーか。俺たちは仕事を終えたら報酬が出る。それで良いじゃねーか。」
「そうそう、俺たちは頼まれた仕事を終えたらガッポリ報酬、そう言う契約だからな。ギルマスは魔物の捕獲が失敗しても俺たちの評価は下げないと言ってる。気楽に行こうぜ?」
「だが、そいつが死ぬと分かっていて放っておくのも、後味が悪いぜ。何とかなら無いもんかね?同じ冒険者なんだし?」
「そう言うならお前が捕獲を手伝ってやれば?一緒に死んでやる奴が一人でも居ればそいつも死出の旅にお供が付いて寂しく無いだろうさ。」
「勘弁してくれ。そんな自分が確実に死ぬと分かってる事に何て飛び込めねーよ俺は。」
冒険者たちはそれぞれが和気あいあいとした空気でそんな会話を続けている。
「そうだな、俺も邪魔になる人が側に居るとそいつに死なれても困るし、守らなきゃいけない手間が増えて面倒だな。」
そんな中に俺の声が響くと冒険者たちは一斉に言葉を止めて戦闘態勢に入りつつ声のする方へと同時に向く。
「お前!何者だ!?」
リーダーが俺へとそう叫んで威嚇をしてくるのだが。
「・・・あ?良く見たら今日ギルドに来てた妙な服を着た奴じゃねーか・・・」
「どうも。俺が今先程の話の「中心人物」ってやつです。宜しく。」
俺のこの言葉に全員がポカンとした顔になる。そして誰もがその次には「ああ、こいつが死ぬのか」と言った妙な納得した雰囲気を出していた。
だがここでリーダーが正論を口にしてきた。
「おいおい、信じられないぜ?確かにお前はギルマスと話しをしてるんだろうけどな?お前、手ぶらじゃねーか。そんな奴が捕獲?馬鹿を言うなよ?俺たちは捕獲道具なんて一つも持ってきちゃいねえ。お前が何も持って無いのであればどうやって捕獲をするって言うんだ?」
「ああ、なるほど、おっしゃる通り。筋が通ってますね。でも安心してください。皆さんは御自身の仕事を完遂すれば報酬は出るんでしょう?ならその魔物を誘き寄せる場所に俺を案内してくれたらそれで良いですよ?」
「はっ!ふざけた事を言うじゃねーか。だがな?死ぬとみすみす分かっていてここでお前を連れて行ける訳がねぇよ。帰りな。何処をどう見てもお前は戦う支度すらしてねぇ。最低限すらも無いお前を案内する程俺はボケてねぞ?殺しの片棒担ぐ様な真似ができるはずねえだろう?ギルマスは一体何を考えてこんな奴を・・・」
どうやら俺をこのまま連れて行くのは抵抗があるらしい。どうにもこのリーダーはマトモな人物である様だ。好感が持てる。
まあ確かに俺の事を全く知らない人物ならこうした反応をすると言うのも頷けた。
だけども俺は別にこのリーダーの人情も心情も矜持も知った事では無い。こっちもこっちの都合があると言うのをちゃんと伝える。
「俺はギルドマスターと契約をしてるので、連れて行って貰えなくても勝手に仕事はしますよ置いて行かれてもね?一応は挨拶をと思ってこうして姿を現しただけなので、別にそちらがどう思おうが、どう対応してこようが、俺はその指定の魔物を捕まえて帝国に連れて行くだけです。今日は顔見せだけと言う事で良いでしょう。俺の事なんて心配しなくて良いですよ。貴方たちは貴方たちの責務を果たすだけで結構ですから。」
俺は俺の都合で動くよ?と言っておく。そっちもそっちで自分たちの仕事をきっちりと熟せばいいと。
取り敢えず俺も自分の野営準備をする事にした。しかし彼らとは別の場所に移動する。
かなり遠目に冒険者たちと離れた距離、視界に入れても小さなゴマ粒にしか見えないそんな遠さにまで離れてそこで各種の準備をした。
冒険者たちに無駄にインベントリを見せる必要は無いだろう。彼らと仲良くなる必要も無い。
彼らと俺とは仕事の質が違うし、連携も別に取らねばならないと言った事も無い。今回の仕事の役割がハッキリと区別されているのだから。
「さてと、明日に備えて早めに寝ようかな?とは言え、今日はちょっと遅めに起きてるからまだまだ眠さはやって来ないな。」
などと俺はボヤキつつリクライニングチェアを出して座り、暗くなった夜空を見ながらボンヤリとリラックスしてその夜は過ごした。
そして翌朝、俺の所にリーダーがやって来ていた。
「おい、起きてるか?起きてるなら話がしたい。・・・と言うか、この道具は何処にあったんだ?意味が分からねえ。確かにお前は手ぶらだった。こんな荷物を何処に隠してた?」
「ふぁ~?おはようございます。ああ、俺の事を置いて行くと言った選択肢は取らなかったんですね。まあそのまま置いて行かれても帝国には戻ったりしませんでしたけど。で、話とは?」
俺はテントから出て朝食の準備をし始める。とは言え、昨日の夜に作った食事を温めるだけ。残り物である。
この俺の呑気さにリーダーはちょっとだけムッと俺を睨んでから話し出した。
「昨日あの後に直ぐに気付いた。お前はそもそもどうやって俺たちに追いついた?そしてどうやってあの中に突然誰にも気づかれずに現れる事ができた?ソレを考えたら只者じゃない、そう思い直した。しかも・・・今目の前のこの光景で確信した。お前、もっと何かを隠してるな?そして俺たちはソレを見抜けないでいる。それだけの力量差が俺たちとお前の間にある。強いんだろお前?俺たちの想像以上に。」
どうやらこのリーダー、聡明でもある様だ。しかしまあ、昨日の言葉の謝罪は口にしないくらいにはプライドというモノもある様子。
「食事が終わったらこっちに来てくれ。今回の計画を説明する。」
それだけ言ってリーダーは去って行った。いやはやこっちの答えも聞かずに行ってしまったが、それで良いのだろうか?
「とは言え、俺が彼らと合流しない、なんて事をするとは向こうは思って無いんだろうな。まあ行くけどさ。」
こうして俺は朝食をゆっくりと摂ってから野営道具をサッと片付けて彼らの待つ場所へと向かった。
そこでは既に冒険者たちは片づけを終えている。即座に出発を出来る様にしていた。
だがリーダーが俺へと先ず今回の計画を説明すると言う事で再度の確認の意味も込めてミーティングをすると口に出す。
すると自由に喋っていた彼らが一気にシンと静まる。
「俺たちは目標の居る森に入って奴の縄張りに餌を撒く。その餌の流れを追って目標が広場に出て来た所をアンタが捕獲、簡単な仕事だ。俺たちは餌を撒いたらその広場には近づかない。これから今日一日早歩きで進んだ距離の森にその目標は居る。これだけの人数で馬車を使わないのは、経費削減だ。俺たちは別に二日の行軍くらいじゃこの程度の仕事で疲弊なんてしないからな。馬車を使わない分の金は俺たちの懐をちょっとだけ重くする。帰り道は気楽なもんだ。それをこいつらは受け入れた事でこうして徒歩で向かっている。荷物の中は必要最低限の物資と道具だけだな。目標への餌はビッグブスの肉だ。ヤツはこいつが大の好物、って訳でも無いが、食い付きは良い。」
「うーん?もっと綿密に計画を練ってると思ったけど、違ったなぁ。ん?ああ、そうか、幾ら計画を立てても相手は野生の存在だし、こっちの思い通りに動かない場合もあるって事だな。臨機応変ってやつか。まあ、確かにこんな簡単な作戦はそこまで詰める内容なんて無いよな。」
「そう言うこった。それと、ここで聞いておきてぇんだが。アンタ、どうやって捕獲をする気なんだ?やっぱり、手ぶらだよな?その方法を聞かせちゃくれねえか?」
リーダーがしっかりと真剣な目を向けて俺を見る。他の冒険者たちは誰もが「おいおい、冗談だろ?」と口から洩らしている。
どうやらこの中で俺の事を信用しようとしているのはこのリーダーだけらしい。このリーダーの言葉に他の冒険者たちが信じられないと言った目をリーダーに向けているのだ。
リーダー以外の誰もが「自分の役目」を終えたら即座に撤退をする気満々なんだろう。そして帰還したらギルドで報酬を受け取って御終い。俺の事など誰も気にしたりなどしない。
俺の気にするところでは無いが、恐らくはこの冒険者の中にギルド側の「監視官」が一人くらいは混じっては居るだろう。それが誰だかは分からないが。詳しく調べようとも俺は思っていないし。
さて、この様な仕事にこれだけの数の冒険者が参加しているのだ。一人くらいはギルド側が「監視」で雇った冒険者が紛れているはずだ。
じゃ無いと冒険者たちの報告に「嘘」が紛れているか、いないかが分からなくなってしまう。
報酬を貰う上で、やるべき事をやっていないのに「終わった」などと嘘を報告してきたら?ソレを見抜く為にも証人となる者が必要になるだろう。
(まあ仕事に嘘ついて続けられる様な業種じゃ無いだろうけどな)
嘘とバレれば信用が落ちる、信頼を得られなくなる。そうなれば仕事をその冒険者にギルドは任せなくなる。また嘘をつかれたら堪ったモノでは無いのだから。
誠実な仕事をこそ求められる、どんな職種だって。ならば彼らが直ぐにバレる様な嘘を言う確率はまあそこまで高くは無いだろう。これだけの人数が口裏を合わせて虚偽報告するとも思えないけれど。
けれどもそこはギルドもちゃんと裏を取る為にもやるべきことはしっかりと熟していないと、後に問題が発覚した時に大問題になるのだからこう言った時には監視を付けもするだろう。
「じゃあちょっとだけ俺の力を体験して貰ってみようか。」
俺は魔力固めをそのリーダーだけに短い時間かける。時間にして7か8秒くらいだ。
それだけで充分だったんだろう。俺が魔力固めを解いた後にリーダーは大きく深呼吸をしてこう言った。
「アンタの力は怖い程分かった・・・出発しよう。」
リーダーはそう口にしたのだが、周りの冒険者は納得いかないと言った感じの顔だ。だけどもリーダーがこう言うのであればそうするしかない。
こうして出発する事になった。リーダーがこの様に俺の事を認める言葉を口にしたのだから、この中に監視が居たとすれば充分なアピールにはなっただろう。
俺は契約を破る気は無い、それがしっかりと伝われば良い。俺は嘘を吐くつもりも無い。ちゃんと仕事は熟す。それをちゃんと解って貰えただろうか?
(まあ実際に失敗なんてする事は有り得ないと断言できるし?現物を捕獲して持って行けば良いだけだからこの場でアレコレ思わないでも良いよな)
捕獲を成功させてギルドにその今回の標的の魔物を持って行けば良いだけである。失敗なんてするはずが無い。
ドラゴンくらいの存在が相手だと捕獲するのに苦戦はしそうだが。早々にドラゴンと同格の魔物がそこら辺にウヨウヨと居るとは思えない。
そんなこんなでその目的の森の目の前に到着した。既に夕方に差し掛かる頃に到着だった。
ここでもう一泊野営である。そして翌日に冒険者たちは森へと入って餌を撒き、その仕事が終われば彼らは即座に帰還する予定だ。
俺たちは野営の準備をサッと終わらせて軽く夕食を摂ってサッと寝てしまう。
幾人かが交代で見張りを行うのだが、こうも人数が多いのでその順番に少々揉めていた。
ここは森の直ぐ側である。魔物が森から出てきてこちらを襲う確率があるのだ。
その時になって一番最初に対応する事になるのは見張り役であり危険が伴う。それに少しでも睡眠時間を取りたいと誰もが思うのだ。
前日の野営の時は比較的安全な街道の途中での一泊だったらしいのでこれ程に揉めたりしなかった様だ。
(何で事前に決めておかなかったんだよ?ここまで大げさに揉める程の事なの?)
一部の者たちが喧嘩を始めそうになっていた。どうやら三つか、四つのグループが今回は合同で事に当たると言った形になっている様だ。
そのグループ同士がちょっとした言い合いから喧嘩に発展しそうになっている様子。
「そっちがやれば良いだろうが!」
「ああ?それはこっちのセリフだボケェ!」
掴み合いになりそうな所へリーダーが止めに入る。しかもどうにも過激な手法で。
ぱしん、と乾いた音が二回連続で鳴った。これはリーダーが喧嘩している両名の頬を引っ叩いた音である。
「良い加減にしろ。見っともない真似してんじゃねぇよ。どっちも寝ていたけりゃ寝てて良いぞ?俺が代わりにお前らの分まで見張りに立ってやる。それで良いな?」
この言葉で二人はバツが悪そうに俯いた。それぞれのグループの仲間だろう者が二人を引っ張って離れさせて自分たちのテントへと連行して行っている。
リーダーがソレを見送った後に俺の所にやって来た。そして一言。
「見苦しい所を見せちまったな。スマン。」
そう短く謝罪の言葉を掛けて来たので俺はそれにこう返答した。
「いや、良いけど。取り敢えず俺も見張りに立つから教えてくれ。代わる時間はどれくらいだ?起こしてくれりゃ交代するぞ?」
「いや、アンタはこっちの事を気にしないで良い。あくまでも俺たちとアンタは「別々」なんだ。こうして今一緒に居てもな。こちらの問題はコッチで片付ける。ゆっくりと寝ていてくれて良さ。」
俺も見張りをすると申し出たのに断られてしまった。だけどもそうすると他の冒険者たちの俺へと向ける視線に妬みが入るのではと思ったのだが。
「明日アンタが目標を捕獲してくればそんな視線はどっかにすっ飛ぶさ。気にし過ぎだぜ?」
などとリーダーには軽く笑い飛ばされた。こうまで言われたら俺はもう何も言わないで良いだろう。御言葉に甘える事にした。
こうして翌朝。全員がまだ日の登り切らない時間に起きていて既に朝食を済ませた時間くらいに俺は起床した。
「早い・・・眠い・・・どうしてこんな時間に?」
俺はもうちょっと時間に余裕があると思っていた。幾ら何でもと言いたくなる時間に「餌撒き」をするのはいかなる理由か?
ソレをリーダーに聞いてみたらちゃんとした答えが返って来た。
「目標はこれくらいの時間に狩りを行う。一日を充分に過ごせる量を摂取するとジッと動かなくなっちまうんだ。だからこうして朝早い内に餌を撒く。コレにほいほいと食いついて来るって事だ。そうやってどんどんと目的の場所に誘き寄せる。俺がアンタをその場所に案内する。朝食を食べ終わったらすぐに行くから準備を早く済ませちまってくれ。」
俺は言われるままに朝食をサッと終わらせる。こうして作戦は開始された。慎重に冒険者たちは森の奥へと向かっていく。
俺はと言うとリーダーに案内されて捕獲場所へと移動する。そこは森の中にぽっかりと空いた空間。
サッと見てどうにも小学校のグラウンド、ってくらいだろうか?
これ程の場所を内包するこの森は相当に深く広いと言う証しなんだろう。
ここでなら幾ら目標が暴れても周囲には何も無いので被害も最小限と言う訳だ。
「以前に一度、目標を捕獲しようと言う作戦があった。けど、失敗に終わってな。死人は出なかったが、大怪我を負った奴が何人も出た。そいつらは運良く回復して仕事に復帰できたが。それでも俺たちはどうしても悔しくてな。今回の件にこうして参加したって訳だ。ああ、でも、簡単な仕事で報酬たっぷりに惹かれて、ってのも正直な話でな。昔の事を何時までも引きずってちゃいつまでもこの仕事は続けてられないからな。しかし今回集まった奴ら全員が、言っちゃ悪いが、失敗すると思っている。気を悪くしないでくれよ?それくらいに奴はヤバかったんだ。」
リーダーは全体指揮を執る為に居るようで、こうして俺をこの場所に案内した後は餌を撒きに行った冒険者たちに合流すると言う。
「よし、じゃあ俺も餌撒きに行ってくる。そこまで待たずしてこっちに目標がやってくるはずだ。捕獲を頼むぜ?」
そう言ってリーダーは森の奥へと消えて行った。
「じゃあのんびりと待つとしようかな?その目標がどんな形した魔物なのかは分から無いけど。ここに来た魔物は全部片っ端から捕獲したら良いかね?」
俺はリーダーからそもそもその魔物の姿の説明を受けていない。どうにも俺がその魔物の事を知っていると思ってリーダーは話を進めていた様だ。
なので俺はこの広場に目標以外の魔物が入って来ても区別が付かない。なのでここに現れた存在は全て片っ端から捕らえる予定である。
この世界の生物の区別も種類も知らないのだからしょうがない。捕まえたそれらを全て連れて行けばその中から「ゴリアリススパイダス」と言う魔物がどれなのかを冒険者たちが後に教えてくれるだろう。
リーダーと分かれてから30分が過ぎた頃だろうか?思いの他早く現れたなと思ったのだが。
この場にやって来たのはビッグブスだった。しかもそこそこ大きい。
今回の目標が来た訳じゃ無かった事にちょっとがっかりする。そう、俺は今魔力ソナーで森の中を観察していないのである。
こう言った事は事前に情報があった方が良いはずの仕事であるが、俺にとってはちょっとした面白可笑しいイベントくらいにしか感じられていない。
なのでこうして何も事前情報などを仕入れずに魔物というものを観察しようと思って大人しくしていたのだが。
さて、ビッグブスが現れた、それだけじゃ無かった。その後ろからそのビッグブスを追いかける様に、食らいつこうとする様に追いかける存在が付いてきた。
ビッグブスよりも一回り大きい狼、と言った姿のどうやら魔物だ。夢中で逃げるビッグブスの尻を追ってここまで来た様だ。
だけどもその次にまたしてもその狼を追いかけて来たかの様に姿を見せる存在が。
ソレはその狼より一回り大きい?と言って良いかどうかちょっと測りかねるが、蛇だった。超巨大蛇と言って良いだろう大きさだ。
蛇の動きなんてクネクネ、ニョロニョロと遅いものと言ったイメージだったのだが、その蛇魔物の這いずる速度は今にも狼に追いつかんばかりのスピードだった。
しかし驚くべき事にその蛇を餌にしようとしているのか?どうなのか?これをまた追いかける様にして姿を現す存在が。
ソレは巨大な鶏?である。その巨大な蛇に匹敵する大きさで、嘴を大きく開いて今にもその蛇に噛みつこうとしているのだが、その口内はギザギザの牙?だらけである。
まだコレで終わらなかった。そのまた鶏の背後から姿を現す存在が。やはりコレも鶏を追いかけている、と言った感じでは無く、こいつは最初に現れたビッグブスから、狼、蛇、鶏、その全てをどうにも狙っている様な眼光を魔物は持っていた。
巨大な蜘蛛だ。それこそこの中で一番の巨体である。
「・・・おい、これどう言う事なのか、誰か説明プリーズ・・・」
この中のどれかが「ゴリアリススパイダス」と言う魔物なのだろうか?いや、もしかしたらこの中には居ないのかもしれない。
ゴリア、などと言う響きで「ゴリラ」を思い浮かべてしまうし、後半のスパイダス、と言った響きで「蜘蛛」もイメージしてしまうのだが。
こちらの世界の魔物の名称などを俺は知らない。そして魔物と言う生物の特徴や基本習性なども知らないのである。
名前だけでどんな姿の魔物なのかを想像できない俺は自分の知っている言葉のその「響き」で勝手な想像を脳内に広げてしまう。
そんな事に思考を割いていたらあっと言う間にビッグブスは目の前まで接近しているし、その後ろからは次々に魔物が迫ってきているのだからこんなくだらない事に意識を持っていかれている場合じゃない。
「ビッグブスは食料として確保できるとして・・・狼はどうしたら良い?毛皮を剥ぎ取る?蛇も皮を?あ、肉は食べられるのか?鶏は・・・まあ、はい。それと蜘蛛・・・」
忙しい。脳内でシミュレーションをするのが。
当然今回の目標と思われる存在は生かして捕獲せねばならない。なのでこの場合は「蛇」か「鶏」か「蜘蛛」を捕獲しておけばいいだろう。
「あー、ビッグブスはもう慣れた。でも狼はなぁ?」
狼は飼いならせば良きパートナーとなってくれるのでは?と思い直す。
この世界に来て初めて殺生を行った対象は狼の魔物だったが、それはクスイが襲われそうなシチュエーションであった。
そしてその時に俺は無意識でこの世界の「魔法」を行使して撃ち殺してしまった。殺したくて殺そうとしてやった訳じゃ無い。
まあその後はギルドで買取して貰ったので無駄にはならなかったと言えるが。
二度目の狼との接触はあの師匠の隠れ家があった森の奥。そこにいた大狼とその群れだった。
無暗矢鱈の殺し合いを望んでいる訳じゃ無かったその時は俺の「なんかやっちゃいました?」で狼たちが服従のポーズをして来たので争いにはならなかった。
これの件で自分の魔力を周囲へと強く発する事はヤバいのだと言うのを師匠から教わらなかったら、もっと俺は各地で大騒ぎを作りだしてしまっていた事だろう。早めに「やっちゃ駄目」という事を知れて良かったと言える。
さて、こうして単独で現れたこの狼の魔物であるならば俺がペットとして捕獲しても良さそうじゃ無いか?と考えた。
群れから一時的に離れただけかもしれない。もしかしたら単独でこの森で生存してきた「個」かもしれない。
どちらにしろ俺がここで目標以外の魔物を捕獲しても誰も文句は言わないだろうし、クロ以外にも一匹魔物を俺が従えていた方が闘技場で色々と話題性も作れて良いのでは?と思ったのだが。
「駄目だな。命を自分の身勝手で飼う飼わないとか。傲慢だ。ホレ、森へお帰り。」
俺は狼に対して魔力を強めに発して驚かせる。コレに狼は急ブレーキで止まり、踵を返してもと来た方へと走って逃げようとして固まった。
そこには蛇と鶏と蜘蛛。それは誰だって固まるだろう。しかしこんなバケモノたちに追われていた事に今の今まで気づかなかったのだろうかこの狼は?まあ目の前の得物を追うのに余程夢中だったんだろうと思っておく。
狼はそれでも何とかその足を動かして横方向に逸れて逃げて行く。遠くに消えゆくその狼から「きゃいん、きゃいん」と情けない鳴き声が上がっていたのだが、これを聞かなかった事にして俺はサッとビッグブスを処理してインベントリに放り込む。
「さて、魔力固めでこの三体を捕まえたけど。どれが今回の?」
誰かがこの場に来て解説してくれると助かるんだけどなぁ?そんな風に思っていたらそこにリーダーが息を切らしてやって来た。
「おい!逃げろ!作戦は失敗した!余計な魔物が一緒に釣れちまっ・・・たぁ?」
そう言い切ったリーダーの顔は何だか信じられない物を見たと言った驚きの間抜け面になっていた。