纏めて片付け
「ああ、そうか。俺を犯人としてでっち上げるつもりだったのか。それでいきなり俺に突っかかって来て文句を言って殺そうとしたと。死人に口無しかぁ。」
騎士団長は俺を殺した後に皇帝を亡き者にしようとする計画だったんだろう。
騎士たちが玉座の間にこうして準備よく完全武装でこれだけの数入って来たのは此処から誰も逃がさない為だったと。
軍部に従うなら生かす、反旗するなら殺す。凄く単純な事だった。
「なるほどな。ダンジョン調査って事になってたあの時は面倒が重なると思って様子を見ていたと。ダンジョンは先に気にしなきゃいけない事だと騎士団長もその時は同じく判断した訳だ。だけど調査に対して警備部隊は出さない方向なのはどうかと思うけど。それもラーキルが認めたんだろ?俺の事を大分買ってくれてるからな。」
ダンジョン調査の時に騎士団長が居なかった理由は何となくコレで察した。
けれどもどうしてこうして今回に計画を実行しようとしたのかが気になる。
でもちょっと考えれば分かる事だった。
「怪しい奴って事で俺を殺害して片付けて、全部の罪を俺に被せる、と。ダンジョン調査も一段落しているだろう事もちゃんと調べてあるんだな。歴史家たちが戻って来て仕事部屋に引き篭もってるのを調査が終わったからと推定したからか。雄叫び問題は騎士団の総力を挙げれば解決できると踏んで、そこで一気にその流れを利用しようって事ね。」
まあ騎士団が、と言うか、この帝国の全戦力を上げてもドラゴンは倒せないだろう。
もしドラゴンを討ち取ろうなどと出陣したとして、返り討ちにされて全滅が確定、っといった感じか。
「だいぶ前から計画は立てられていたのかもしれないけど。綿密なモノじゃ無いな。どうやら軍部の方の掌握は済んでいて計画の成功も高いと踏んでの事だろうけど。」
先程から俺しか喋っていない。まあしょうがない。俺が魔力固めで騎士たちを全員漏れ無く動けなくさせているから。
ここで騎士団長にアーダ、コーダ、と喚かれても鬱陶しいし口も固めて喋れ無くしてある。
「さて、どうするラーキル?先ずは何から片付ける?」
「あー、エンドウ?これはどうなっているのかを先に説明してくれたりすると助かるんだが?」
未だに皇帝を狙って放たれたナイフは宙に浮いて固定されて落下していない。なのでその事が先に気になると言う事で説明を求められたのだが。
「先ずは自分の責務を果たす方が先じゃ無いか?こんなの後で幾らでも説明してやるから、さっさと御触れを出すように指示しなよ。」
俺はそう言って皇帝に「先ずは仕事しろ」と指摘しておいた。
「・・・だがこの状況では誰も動けんぞ?騎士たちが剣を抜いて構えて・・・は?」
どうやらやっと皇帝は騎士たちが全く微動だにせずにいる異常事態を察し始めた。
さっきまでやかましい位に口を開いていた騎士団長も全く今は口を開かない。
「ああ、じゃあ一言だけ。こいつらはもうとっくに動けなくさせたから。安心してくれ。ラーキルも知ってるだろ?俺の魔力でこうして相手を動けなくさせられるのは。・・・ああ、そうだ。ラーキル、こいつらはどうなるんだ?死罪ってやつか?」
「・・・本当に後で説明をしてくれるんだろうな?分かった。騎士団長並びに、この場に居る騎士たちは全員が、残念ながら。」
「うん、ならさ、騎士団長並びにこの場に居る騎士たちがその「雄叫び」の所に行ってその魔物を倒したって事にしよう。それで、その戦いで戦死者が多く出た。コレでちょっとは問題が纏まって片付けられて帝国の醜聞は隠せるし、しかも、汚名をこいつらも被らないで済む話にできるだろ。どうだ?これを合わせた話を御触れに付けりゃ広まり方も早まるんじゃないか?まあそこは置いておいて、酒の肴になるだろ。国民に娯楽の提供ってヤツだな。騎士団長は死んで英雄扱い。後々の処理の方も多少は楽になるんじゃね?いや、知らんけど。」
「エンドウは何て事を思い付くんだ・・・採用しよう。おい、今の話は聞いていたな?その方向で今すぐに仕事に掛かれ。・・・動いても大丈夫だ。さっさと民の不安を拭い去るぞ。」
皇帝が文官たちにそう命令を出す。その事でおっかなビックリな感じで文官たちが少しづつ動き出す。
どうしてそうなるのかと言うと、あまり派手に動いて騎士たちに目を付けられて切り殺されないか心配だからだ。
しかし騎士たちが全く動かない事を理解した文官たちから一斉に動き始める。早い所問題を一気に解決したいから。
「はぁ~。軍部には全く怪しい動きを察知してはいなかったんだがなぁ。しかしこうなってしまってはコレに関わっている者たちを全て洗い出して処分せねばならないか?」
ラーキルはそうぼやきながら溜息を吐きつつ大きく肩を落とした。
「もうこいつらやっちゃって良いか?あ、魔物と戦ったって言う「証拠」も付けないと駄目か?」
「・・・いや、一思いにやってあげてくれ。最後の情けだ。そう言った細かい演出はエンドウがしないで良いさ。必要ならこちらでやるよ。」
皇帝のこの言葉で俺は「魔力固め」を締め上げた。何処の部分をかって?ソレは心臓だ。一気に、かつ瞬間的に潰して彼らの命を絶つ。
恐らくは痛みも感じはしなかっただろう。感じても一瞬だと思う。皇帝が最後の情けだと言ったのでこうした方法で騎士たちの命を奪ったのだが。
「あー、もうちょっとやり方はあったかもな。でも全員苦悶の表情にはなって無いし、まあ、良いか。」
事は全て片付いた、と言って良いモノかどうかは俺には分からない。これらの処分は俺がする訳じゃ無い。
俺がやるのはここまでで、後の事は城の人間たちがやる事だ。もうこれ以上俺がこの件に関わる気は無い。
「さて、じゃあ俺からの報告をしても良いか?」
俺はダンジョンの引っ越しを終えたと、たったそれだけを皇帝に伝える。
だけども皇帝はそれでは済まないと言った感じで俺に質問を投げてくる。
「他にも教えて欲しいことが多くあるんだが?どれから聞けばいい?・・・ああ、そうだ。今回のあの雄叫びの件を聞かせてくれ。それ以外の所は、まあ、良いさ。その内に別の機会に聞かせて貰おう。」
「ん?あー、えー?どう説明したら良いかな?まあ、ぶっちゃけアレがここまで響くとは俺も思っていなかったんだよなあ。ご迷惑を掛けたみたいでスイマセンネ。」
「エンドウ?申し訳無く思っていないだろ。ちゃんと謝罪する気があるなら詳しい説明をしてくれ。」
「じゃあ部屋を変えよう。それと二人きりで話そうか。多分コレは大勢が知ってちゃいけない話だからな。」
「一体何だと言うんだソレは・・・いきなり聞きたく無くなってきてしまったぞ?」
ここで玉座の間に召使たちや衛兵たちが入って来て床に倒れている既に死亡している騎士たちを運んで行く。
彼らにまでドラゴンの話は聞かせられない。皇帝だけには話しても良いだろうが。あの雄叫びの正体が一体何なのかは、余り大勢多数の有象無象には周知してはいけない。混乱が増すだけだ。
なので俺と皇帝は部屋を移動する事に。移動先は皇帝の私室だ。
「で、話して貰いたいような、して貰いたくない様な・・・まさか君の従魔のあの黒い魔物が?」
「いや、違うよ?まあそうだな。見て貰った方が早い。そこの壁に映すから。」
俺は魔力プロジェクターを発動する。そして真っ白な壁にはあの時の映像が映し出される。しかも俺の視点でである。
当然にそうなると映し出されるのはあの「真の姿」になっているドラゴンであり、その丁度雄叫びを上げている大迫力な映像が。
音声は出さない様にしてある。何せそんなモノをここで響かせたらまた城が大混乱だろうから。
大体二十秒から三十秒程の短い映像だ。たったそれだけではあったのだが、充分以上に、と言うか、過剰すぎる程に皇帝には伝わってしまった様だ。
「・・・きょ、恐怖で震えが止まらないのだが?エンドウ、これは、真実なのか?現実なのか?この、世界に、この様な存在が?この帝国にある伝承、伝説の中にもこの様な存在の記述のある文献などありはしないぞ?嘘だとか、冗談と言って欲しいんだが・・・」
震えが止まらないと言っている皇帝。その癖に結構お喋りだ。だけどもその声は非常に小さく、そして擦れている。
皇帝は一生懸命になって俺に何かを言いたいらしいのだが、俺はドラゴンの事は全く怖いと思っていないので本質的な部分が伝わってこない。
「うんー?ちゃんと言ったと思うけど。こいつは別に理由も無く暴れたりしないぞ?それにもう帝国からは遠く離れた所に移動したし。安心して良いぞ?ソレと、ちゃんと話せば分かる奴だから別にそこまで怖がること無いって。」
「本当か?信じて良いのか?こんな存在に帝国が襲われでもすれば・・・」
「いや、だから、別に大丈夫だって。それにこいつは俺の友人だし。無暗矢鱈と暴れたりする奴じゃないよ。」
「何だ一体その友人と言うのは・・・」
この後皇帝に「本当か?」「嘘じゃないのか?」「大丈夫なのか?」と幾度も繰り返し聞かれて多少ウンザリさせられた。
けれども今回の雄叫び騒動を起こした原因は俺にもあるのでちゃんと皇帝に安心しろと何度も言い返して宥めた。
「おう、それじゃあもう伝える事も多分もう無いし。俺は宿に戻るわ。んじゃな。」
俺はワープゲートで宿の部屋へと繋げる。ここには皇帝しかいないし、別に俺がこうして即座に別の場所に移動できる力を持っているのを知られても良いだろうと思って部屋を後にする。
知り合ってそこそこに付き合いができた相手に対して信用するとこうして力を隠さずに直ぐに目の前で使って見せてしまうのは俺の悪い癖だなと思いながら。
「んぁ~。さて、仕事はもうコレで終わったと言えるのか?もうダンジョンの調査の面では引っ越しが終わったから良いとして。ドラゴンが叫んだのがこの帝国にまで響き届いていたのはもうさっきので全部片づけられるだろ?じゃあ久々にベッドでゴロゴロして疲れを癒やしますか。」
別に疲れていると言っても体力面で、では無い。精神面が「ちょっと休んどけ」と訴えてきているのだ。
俺はその心の声に従って今日は一日部屋でゴロゴロして過ごそうと決めるのだった。
そうして翌日。「客人が来ている」とドアの向こうからのスタッフの声で今日は起こされた。
「何だ何だァ~?・・・眠いんだけどなぁ。まあどうやら大分寝過ぎたようだし、起きはするけどさ。」
今日はちょっと珍しく起床が昼前と遅くなってしまった。なのでこの来客も別にいきなり早朝に押しかけて来たと言った感じでは無いので俺の機嫌が悪くなると言った感じでは無い。
「食事は・・・後で良いか。先に客の対応をしますかね。」
俺はスタッフにその客人をこの部屋に案内するように伝えてから背伸びをしてグッと深呼吸をする。
ベッドから起き上がってソファに座ってボンヤリとしつつもコップ一杯の水を飲む。
そうしているとノックが。どうやら客がやって来たようだ。
入室許可を出して入って貰うと立派な体躯のジェントルメンが。
綺麗に切り揃えられた口髭が何とも似合っている。これは嫌味では無く純粋に「イケオジ」だなあと言った感想だ。
「お初にお目に掛かる。私はこの帝国での冒険者ギルドを纏め上げている者だ。名をガベルと言う。宜しく頼む。」
どうやら冒険者ギルドのマスターであるらしいその男は軽い会釈を俺にしてきた。礼儀正しい人物に見える。
コレに俺は向かいのソファーに座るように促して単刀直入に用件を聞く事にした。
無駄話をする必要は無いだろう。俺の自己紹介も別にしないでも良いだろう。向こうは当然俺の事をしっかりと調べてからこうしてやって来ているはずだから。
「で、用件をどうぞ。話は聞きますが、受けるか受け無いかはその内容次第です。」
俺のこの態度に別段ギルドマスターは動じない。
「では、遠慮無く伝えよう。君のその実力を見込んで、頼みたい。魔物の捕獲を。」
これまた面倒そうな話を持ち込んで来たなと俺は思った。ギルドマスターが直接俺の所に来て指名依頼である。
裏に何かありそうだと一瞬思ったのだが、こうも真っ正直にギルドマスターが単刀直入に話を切り出したと言う事に俺は目の前の相手は信用できる人物だと直ぐに思い直した。
「正直に全て洗い浚い吐いてしまうとしようか。君の様な強者に対しての隠し事は自らの首を絞めかねない事態になる事も多い。さて、この従魔闘技場には多くの従魔師が居るのだが、彼らに出資している者たちが最近になって多く依頼を出してくるようになってね。しかも大物を指定した依頼だ。コレの経緯は全て把握している。君がここで暴れたからだ。君を倒せる従魔を揃えようと言った動きが活発化したんだ。出資者たちは必死だし、本気で君を倒したいと願っている。彼らからのそんな重圧を受けている従魔師たちも君を倒して名を上げようと思う者も居てね、愚かな事に。君と一度でも戦った事のある従魔師ならばそんな馬鹿な思いは持たないだろうからな。」
ギルドマスターはきっと俺の試合を見ていたんだろう。ここまでの事を伝えて一つ大きめの溜息を吐いてから説明を続けた。
「我がギルドでもこうした依頼を成功させたいとは思っているのだ。報酬は高いし、成功させれば評判にもなる。だが、なぁ。大物、と言った指定が重く圧し掛かってくる。我がギルドに所属している冒険者たちでは到底捕獲などできない魔物ばかりなんだ。実力が足り無さ過ぎる。大勢で捕獲に挑ませてみたとしても、被害の方が大きくなり過ぎて見合わない依頼でな。そこで、君も冒険者だと言う調べが付いてこうして頼みに来たのだ。試合は見させて貰っていたのだが、君は全力を出してなどいないんだろう?」
どうやら見る目もある様だ。確かに俺は全力で戦ってはいなかった。いや、本気など出せば会場が消し飛ぶ様な威力の魔法をバンバン連発できるのだから本気など最初から出せないのが当たり前なのだが。
「私も悩んだのだ。そもそもそう言った出資者たちが君を倒そうとして依頼を出しているのだから、君に依頼を受けてくれなどと頼むのは筋が通らんと思ったのだ。だが、どの依頼も「誰に」などと言った部分までは記載が無いのに気付いてね。強力な魔物さえ自らの所に持ち込まれるのであれば、それを持って来た者が「誰でも良い」と依頼主は考えている。だから君だ。思考の穴を突こうと思ってね。依頼主はそもそも君を倒せるだけの大物を欲しているが、その大物を君が依頼を受けて捕獲しに行く、などと言う所までは想定していないのだ完全に。」
どうやらこのギルドマスター、お茶目でちょっとした悪戯心まで持っているらしい。
そう、依頼主たちにドッキリを仕掛けるつもりでこの話を俺の所に持ち込んだのだ。
ニヤリと悪巧みをしている笑みを俺に向けてきているギルドマスター。
「さて、どうだろうか?私の用件はコレで終わりだ。もし受けてくれると言うのであれば冒険者ギルドにまで来てくれ。私が直接君への指名依頼を出す特殊条件でこの件の処理を頼む事になるだろう。しかも誰にも内密にだ。今日一日待つ事にするよ。それが過ぎてしまったら断られたと思っておく。以上だ。何か質問はあるかね?」
「いや、ありませんね。どうもお疲れさまでした。」
俺のこのあっさりとした返事にギルドマスターは一つ大きく頷くとソファから立ち上がり、サッと部屋を出て行った。
「さて、どうしようかな?この話に乗っかるのも面白そうかな?」
もうダンジョン調査は終わったのでこの従魔闘技場での試合を再開してもいい。
そこら辺の打ち合わせなんかの話を一度してからでも遅くは無いだろう。
俺は部屋を出て外に繰り出す。取り敢えず今直ぐには決めずに先ずは腹ごしらえから始める事にした。
そして食事を摂っている間に考えた。俺は冒険者登録をしてあるのでこの頼みは受けた方が良いんだろう。
しかしどうにも悩む。その大物とやらがどれだけの存在なのか?
出資者がどうやら俺を倒したいが為、それが自身の商売の宣伝効果が高いと見てその魔物の指定を出しているのだ。
その出資者たちは各自でどうやら複数依頼を出していたりするんだろう。色んな種類を捕獲して来いと。
「で、こうして俺はギルドに来ちゃったが。ちょっと外観派手目?儲けてるのかね?」
俺は臆せずにそのまま中へと入る。両開きのスイングドアだ。西部劇のガンマン気分でサッと中に入り込む。
それに対して中にいた大勢の冒険者たちがギロリと俺の方を向いて強い視線を当ててくる。
三十名が塊となっており、ギルドマスターは俺がこの件を断ったら彼らに依頼を出すつもりで呼んだんだろう。
「おい、アンタ、見ない顔だな?それにそんな服装で大丈夫か?冒険者登録をしに来た・・・って感じでも無いな?依頼をしに来たんならここじゃねえぞ?隣の建物だ。こっちはアンタみたいなのが来る所じゃあ無い。早く出て行きな。」
この冒険者は恐らく親切心でそう言っているのだ。それと、これから大物捕りをすると言った感じで気が張っているのだろう。
ちょっと乱暴な感じで俺にそう声を掛けて来た冒険者はどうやらその塊のリーダー的存在らしい。
「ああ、御親切にどうも。でも心配は要らないよ。俺はギルドマスターに呼ばれていてね。あ、受付さん?俺が来た事を知らせてくれるかい?」
俺のこの求めにどうやら話は通っていた様で、こちらが何者かを受付嬢は問わずに奥の通路へと向かっていく。
この動きに冒険者たちが一様に怪訝な顔をしてこちらを注視して来ている。
戻って来た受付嬢が「ご案内します」と言って俺をスタッフ以外進入禁止だろう通路に通してくれた。コレにどうやら冒険者たちが一斉に「はぁ?」と驚いた声を出している。
どうやら呼ばれていると言っても俺が中へと招き入れられると言った事態では無く、この場にギルドマスターがやってくるものだと冒険者たちは思っていたらしい。
そう思ったのは恐らくは今回の大物捕りの件に俺が係わっているのでは無いか?と言った予想からだろうが。
俺は案内された部屋へと入る。
「こちらです。お茶を今すぐ持って参りますのでどうぞ座ってお待ちください。」
そう言って受付嬢も一緒に部屋へ入る。どうやらお茶の用意をしてくれるようで部屋の奥へと消えて行く。
この部屋にはギルドマスターは居ない。何か準備でもあるんだろう。特殊だ何だと言ってこの依頼の件を処理すると口に出していたからその書類の用意などをしているのかもしれない。
俺はこのギルドを魔力ソナーで調べていない。なので中にいる人物たちの動きなども把握してはいない。
何故ならそんな事に動きたく無かった。単純な理由だ。何でもカンでもと全てを把握しようとすると疲れてしまう。
何処の世界にも知っておいた方が良い事、知らない方が良い事、それらがあるのだ。
無駄に「知らなくて良い事」まで知れてしまう魔力ソナーはこんな場面で使いたくはない。
そこにギルドマスターが入って来た。そして先ずは俺を歓迎する言葉を口にする。
「やあ、来てくれたか。有難い。宜しく頼むよ。早速だがこの書類をよく読んでから署名をしてくれるかい?」
どうやら即座に俺に動いて欲しいらしい。持って来た書類を早速読めと言う。だけどもそこに「良く読んで」と言う言葉が入っている事がこのギルドマスターの性格が出ている。
「この内容で納得できなければ条件を増減させるし、報酬額も上げる交渉を受けよう。そちらで何か付け加えたい案があるのならソレも契約の中に即座に反映させたものを直ぐに作らせる。先ずはこちらで用意した中身を確認してくれ。」
どうやら一方的にギルドが決めた条件を押し付けると言った感じでは無い。
ここまで譲歩するギルドマスターの思惑が読めないが、出された書類は良く読み込む。
そこに別段おかしな部分は一切無い。書類の裏に実は小さい字でこちらに不利な条件が入っていると言った事も無い。
そして魔力をその書類に通して調べてもみた。ちょっと過剰でやり過ぎとは思ったのだが、別段何か特殊な魔法的な俺の知らない物が仕込まれていると言った事も無かった。
「コレで良いですよ。でも、ギルドに居た冒険者たちも同行させて欲しい、って言うのは、どうなんです?」
俺がすんなりと良いと言った事にギルドマスターは小さく驚いた顔をしたのだが、それも直ぐに引っ込んだ。
そして冒険者たちを連れて行くのはどうなのか?といった俺の質問に答える。
「ああ、彼らは君を隠す為の目晦ましとして連れて行って欲しいと言う事だよ。君は、その、その姿は目立ち過ぎるからね。」
「まあ、それなら良いでしょう。ああ、それと、俺はこうして・・・」
俺は自分の姿をその場で消す。魔力での光学迷彩だ。こうして「目立つ」と言われたので分かり易く「他から見られる事が無い手段」があると一目で分からせる為に使って見せてみる。
そこに受付嬢がお茶を持って現れたのだが。不思議そうにギルドマスターに一言。
「先ほどのお客様は帰られてしまったのですか?」
「・・・お茶をそのままそちらに出して君は下がって良い。」
このギルドマスターの言葉に受付嬢は違和感を覚えたのだろう。ちょっと眉根を顰めたが、お茶をテーブルに置くと直ぐに部屋を出て行った。
ギルドマスターの顔は少々青褪めている。どうやらいきなり目の前から俺の姿が消えたのが相当心臓に悪かったらしい。
「とまあこんな感じです。取り敢えずこの事は内密にお願いしますね。」
俺はそう言った後に姿を見せてから書類にサインをしたのだった。
その後は俺とギルドマスターは一緒に先程の冒険者たちの所に向かった。俺は姿を隠したままで。
そしてその後はギルドマスターが先程のリーダーに何やら話しかける。
「では、手筈通りに。君たちは何も考えず私の指示した動きをしてくれれば報酬は出す。」
「・・・俺たちも馬鹿じゃ無くてねギルマス。指示の通りには動くさ。俺たちの数、力じゃ目標の達成は無理だと分かってるからな。で、中心人物になるそいつは何処に居るんだ?」
「いや、このまま出発をしてくれ。後々に彼は合流する。今すぐに出発は?」
「おう、準備はもう出来上がってるぜ。今すぐにでも出る。じゃあお前ら!行くぞ!」
この合図でギルド内に大きく響く掛け声が一斉に上がる。屈強な男たちが集まって「おー!」と雄叫びを上げるのだから迫力が凄い。
そして俺はどうやらこのまま彼らに付いて行くだけで良いらしい。目的地は彼らが知っていると。
そこに到達したら彼らが獲物を追い込む係りと言った所か。最終的に依頼目標は俺が捕獲すれば良いのだろう。
ギルドマスターが俺へと出してきた契約書類には詳しい所は別段コレと言って書かれていなかった。
作戦なども全く俺は聞いていない。この冒険者たちはどうやら事前にギルドマスターからそう言った所は会議で決めていたらしく、スムーズに出発となった。
こうして俺はまたしてもこの帝国から外に出る事に。何かしら頼まれ事があるとこうして流されて動いてしまう。これには「働き過ぎだな」などと思ってしまったのだが。
(ブラック・・・あれ?冒険者の仕事は個人事業?だとするとブラックとは呼べない?)
その事に辿り着いた思考で俺は愕然としてしまった。
冒険者とは派遣業だ。しかし、その仕事を受けるか受け無いかは自分で決めるものだ。
強制的にと言ったモノでは無いのだ、働くも、働かざるも己の心一つで決める稼業である。
ならばこうして俺がこの仕事をダンジョン調査が終わって直ぐに受けたのは俺の自由意志に因るものだ。
誰かに押し付けられた訳でも、ましてや強制されたモノでも無い。
ちょっと前に「働き過ぎた」などと思っていたのにコレである。俺はどうやら動き続けていないと死んでしまうマグロなのでは無いかと落ち込んでしまった。
落ち込んでいてもしょうがない。俺はずっと冒険者の後に付いて歩いている。
冒険者たちがギルドマスターから受けた仕事はどうやら気楽にできるものらしく、どうにも緊張感と言ったモノが見られない会話が多い。
やれ「こんな簡単な仕事でガッポリ」だの「楽な仕事で大物捕獲だぜ!」だの「帰ってきたらこの金で酒場で飲み明かすんだ俺、げへへへ」だの「久しぶりにお気に入りの居る娼館に行けるぜ!」だのと口々に気楽な事を述べている。
(おい、本当にこんな奴らで大丈夫か?)
そんな不安を俺は持ってしまう。彼らの言葉は何だか楽観的過ぎて油断から死ぬんじゃ無いかと思えてしまったからだ。
大物と彼らがどの様に対峙して、その計画とやらが遂行されるのかと言った部分はまだ俺は全く知らない状態だ。この不安も当たり前だろう。
(目的地に着いて俺の姿を見せればちゃんと説明をしてくれるのかね?)
そんな事を考えながら今は只々彼らの後ろについて行くしか俺にはできる事が無かった。