準備のために
これに四人はヒソヒソ話を始めた。先程は互いに牽制し合っていたのに仲良しこよし。
それだけ準備されたビッグブスの事で四人には動揺がはしっているのだろう。
「これほどの?どうなさる?私は二頭欲しいのだが、そちらは?」
「いや、そもそも先に値を付けましょう。それからですよ、二頭目の話は。」
「これだけの立派なものを五頭とは恐れ入るが、隣の見慣れない者が冒険者として狩って来たのでしょうか?」
「そこら辺は後でクスイ殿に探りを個々人で入れていく。それでいいでしょう。確かに見逃せないですからね、これは。」
この話し合いによって一頭が白金貨五枚と金貨三枚となった。ドンダケだよ、である。
そしてそこでクスイが続けざまにこう言った。
「では、二頭目が同じ大きさと言うのは面白くないでしょうから、もう少々大きめのものを用意いたします。」
クスイのこの言葉の意図が分かった俺は最後に残された一頭を小部屋へと戻し、インベントリに放り込む。
そして代わりに一番体格がデカイものを頭に浮かべて手を突っ込めばそれはソレは見事な先程のビッグブスよりも1.5倍程のものが取り出される。
それをまた隣部屋に運ぶと四人の目から又もや鋭い眼光が放たれる。
「絶対にモノにしますよ私は。」
「いやいや、これだけのものを見る事は滅多に無い。させませんよ?」
「二頭目はいいかと思いましたが、これを見て気が変わりました。」
「お三方だけの戦いにはさせませんよ。これは私も仕入れたい。」
ヤル気が漲っている四人はお互いを睨み合う。そこにこの競りの方式が説明された。
「三度、競りをします。こちらの用意した紙にお値段を書いて行きます。一回目に誰が一番高い値を付けたか、二度目に誰が高い値を付けたか、それを値段を言わずに発表します。そして、三度目に一番高い値を付けて頂いた方に買取をして頂く。」
この方式は高い心理戦と相手の予算を推理する高等な読み合いだ。
俺には流石に着いて行けないレベルの商売人ゆえの戦いである。彼らの心の内を想像するだけで恐ろしさを感じる程だ。
(だって最初売るはずだったのは二頭だっただろ?で、その場合だけでも計算すると大体一人頭をさっきの値段で計算すれば日本円で20万ちょいになった?!充分過ぎるだろうに・・・)
一週間でどれだけの金が要り様か?冒険者が普段どんな生活をしているのかは俺にはまだまだ知らない事が多すぎて困るが。だからと言って20万もあるのは過ぎた話なのでは?と感じてしまう。
でも、命を賭けた仕事なのだからそれ位は欲しい所なのかもしれない冒険者と言うものは。
他にも次の依頼の為の道具の手入れなどにも金が要り様になるかもしれないし、痛めた武器や防具などの修繕や整備などにも金がかかるかもしれない。
幾ら金があっても足りない、そんな感じなのかもしれないと考え直せば少ない、と見てもいいのかもしれない。
その日暮らし、冒険者と言う職はそうでは無いのだ。次へと繋げられるように準備を怠らない。その怠らないを実行するための金も要る。
将来を見据えて下準備を怠らない、そう言った心構えを持っていなくちゃ務まらないのかもしれないと思えば、もっと金が欲しいのは当たり前だ。
冒険者を辞める時がいつか来る。それは避けられない。だったら貯蓄も考えて溜めておくこともしなければ。
ここまで俺は考えて世知辛すぎる冒険者と言う職に言葉が出なくなった。
それでも売った金額は四頭で白金貨二十枚、金貨十二枚。俺たち五人で割れば、と考えて思考が止まる。
そんな俺の心の中などお構いなしに競りは既に終わっていた。早すぎる。
三度目の競りでクスイが名を発表する際の四人の緊張感と言ったらない。
俺はそれを見ただけでごくりと唾を飲み込んでしまった程だ。
緊張が走る。そしてとうとうクスイが金額を確認して一番高い値を付けた人物の名を上げた。
「サンネル様にお買い上げして頂く事になりました。では皆さま、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。」
クスイがその言葉と共に一礼すると一斉に声が上がった。
「サンネル!お前一体いくらの値を付けたんだ!?」
「くそ!?おそらくは私とそう遠くない値を付けただろう事は予測できるが!」
「やられました・・・もう少し値を上げて出すべきでした・・・」
「ふふふふ!どうやら皆さん、金を惜しんだ様子。これほどの大きさなら「宣伝」にも使える事、そのお考えを忘れていたのですかな?」
どうやらこのサンネルと言うのはビッグブスを解体して捌く前に「見せる」「魅せる」と言う事まで金額に入れて競り落としたようだ。
「しまった!クソ!私とした事が!」
「そのような・・・ああ、驚き続きで我を忘れていましたね。」
「これは一本取られました。悔しいですな。そんな簡単な所を見逃してしまいましたか。未熟を恥じねば。」
この言葉と共に競り落とし損ねた三人が退出していく。台車に乗せたビッグブスを運びながら。
それと共に代わりに備え付けのテーブルへと置いて行かれたのは代金の入った袋。
「では、手続きと行きましょう。確か現金払い、をお求めでしたね。カードへの振り込みでは無く。少々時間を頂きたいのですが。先に書類の方へとサインをいいでしょうか?」
「はい、もちろんでございます。今回は大きな買い物であるので運搬もこちらで致しましょう。こちらの冒険者がそちらのお店へとお運びいたしますので。」
クスイが俺を紹介した。これに会釈をしてこのサンネルへの挨拶とする。
「エンドウと言います。少々準備がありますのでこちらを小部屋の方へと一旦捌けさせます。二頭のビッグブスは確実にお届けに上がりますので、安心してください。」
「貴方がこの立派なビッグブスを狩った方かな?いやはや、貴方と直接交渉もしたい所ですが、今日の所はクスイ殿の手前それは控えさせていただきましょう。今度ウチの店に遊びにいらしてください。したいお話がたくさんあります。」
勧誘されてしまったようだが、別にクスイは機嫌を悪くしていない。むしろこのサンネルと言う人物と「良い仲」になりたいようにすら見える。
俺は「では」と一言断り小部屋へと引っ込む。その時にクスイから代金の方も放り込んでおいてくれと頼まれてすべての袋を渡される。これは要するにカジウルたちへ渡すお金だと言う事だ。
サンネルが買ったビッグブスに白いリボンを脚に結び付けて印としてインベントリの中に放り込む。ついでに代金の入った袋も一緒に。
その間もクスイとサンネルの間で「これからも良しなに」「こちらこそ」と会話が続いていた。
そちらに直ぐに戻ると書類の方は既に契約を完了していたようで後はお金と現物を交換するだけになった。
「では、サンネル殿に付いて行ってください。そちらで直接代金を受け取り、現物を渡してください。」
クスイはこの後にこの競り場での手続きが終わったと言う書類仕事をこなして店に戻るそうだ。
そして俺はこのお使いをこなしてギルドに直接行ってくれていいと言われる。
「そのまま売り上げを渡してきていいって事?ああ、分かったそうさせてもらうよ。あの四人も助かるだろうしなその方が。」
しかしクスイから金の分配に関して「条件」を付けられた。
それを俺は「話し合いで同意が得られたら」と言う理由で受け入れた。
それをクスイは笑って「それで構いません」と言ってここを離れた。
競り場を出ればサンネルの後ろに付いて行って受け渡しの場となるその店へと直接窺う事になった。
こうして店に到着、と言った感じにならなかった。そこはどうやら保管庫のようである。
「では、こちらに運んでいただいてよろしいかな?とは言え、どうやらビッグブスは後程運ばれてくるので?」
サンネルは俺が手ぶらでついて来た事を何も言わずにここまで案内してきていた。かなり懐が広いのか?あるいは天然が入っているのか?
ここで俺は企業秘密があるので覗かないで下さいと言ってその保管庫の中に入って扉を閉める。
どうやら部屋の中は大分冷やされており、この中で肉が傷むのを遅らせる目的の倉庫のようだ。
そんな中ですぐにインベントリからビッグブスを取り出そうとする。もちろん突っ込んだ手に握られるイメージは目印の付いたモノをと。
でそれはちゃんと違わずにしっかりと俺の手に捕まれて引っ張り出せばちゃんと目印を付けたビッグブスが取り出せるのだから便利である。
こうして俺はサンネルに中に入って来て確かめてくれと呼ぶ。
「はい、確かに。確認いたしました。ですが、どうやって?どのような方法で?まるで魔法ですな?確実に手ぶらでしたな?いやはや、私も長い事、商売をしておりますが、こう言った事は初めてですな?知りたい、実に知りたい。」
そう言ってじーっと俺を見てくるサンネルに俺はお金の支払いを求めるとニコッと次には百面相の様に笑った顔になった。
「いやあ、良い取引ができました。クスイ殿だけでなく私とも繋がりを持っていただきたいのですが、どうでしょう?ウチの専属などいかがですかな?」
勧誘をされながらこの倉庫の裏にある事務所の様な小屋へと案内される。
この勧誘を俺は断った。
「申し出は嬉しいのですが、あいにくと私はクスイとやらねばならぬ事が有りまして。しかし、サンネル殿がもし何かお困りの事が有りましたら協力はしても構いませんよ。」
「はっはっは!いやはや、今はそのお言葉だけで満足させて頂きましょう。ですが、クスイ殿とのその「やらねばならぬ事」が為された暁には、私とも組んでお仕事をして頂きたい所ですな。」
私にも一枚噛ませろ、そう言う風に言ってくると思ったのだが、このサンネル、どうやらプライドがあるらしい。
クスイに対して少々対抗心を燃やしているようだ。しかし、それはソレで区切って飲み込む度量を持ち合わせているらしかった。
自分ともクスイと同じ、もしくはそれ以上の事を、と暗に求められる。
しかしそんな会話もテーブルに用意された現金が断つ。どんと置かれたその金貨の重さは相当である。
「少々そちらには事情がおありの様子だったのでこちら、金貨でご用意させて頂きましたが、よろしかったでしょうか?それとも余計な事でしたかな?」
多分俺がこの後にギルドに用がある事を考えての事だろう。しかし、一体いつこの金貨の詰まった袋を用意させていたのだろうか?
ずっと俺と一緒にいたし、倉庫で分かれた時間も僅かでしかもサンネルの側には彼の部下らしき人物は何処にも近くに見当たらなかったはずだ。それこそ近づいてくる人影も無かったはず。
俺は脳内マップを持っているし、それでもしっかりとそこら辺は確実に確認はできていたのに、この直ぐに金を用意できた「タネ」が分からない。
(俺の事をあんな風に言っておいてよく言うよね。ビッグブスをどんな方法で?とか知りたいと言っていたけれど、それこそコッチが聞きたいぜ)
後でクスイにでもそのタネを聞いてみようと思ってその金貨の詰まった袋を手に取る。
「中身を確認しないのですか?それは不用心すぎますよ?」
サンネルがそう言って俺が部屋を「ではありがとうございました」と言って出て行こうとするのを止める。
俺は疑っていなかった。金貨の枚数が少ないなどと言った事を。だから逆に言ってやった。
「じゃあお聞きしますが、何故予定の金額より中身が多いんですかな?このままお金を頂いて直ぐにここを出て行こうと思いましたけど、そう言って引き留めると言う事は何かおありで?」
俺の脳内には魔法で作り出したスーパーコンピューター並みの処理能力が入っている。信じられ無い事に。
で、この受け取った袋の中身が俺がクスイから教えてもらった金額よりも多く入っている事を、持ち上げた時に理解した。
そう、手に持っただけでソレが重さで判断できてしまったのだ。
これには矛盾が生じる。
用意する金額を間違えて多く入れてしまったのか?
あるいはこのまま金を持ち逃げしたら詐欺だの窃盗だのと言う気だったのか?
確認をすると言う行為に対して何らかの思惑があったのか?
でも考えると何故そもそもそんな事を俺にさせるのかが分からない。金額を確かめ無いのかと言ってくるサンネルの意図が。
確かに少ない金額しか入っていなければそれは未払いと訴える事になる。
しかし、信用問題である。商売においてそう言った金に関する事でトラブルを起こす事は厳禁だ。
ここら辺はサンネルだって細心の注意を払っている所だろう。だから「不用心」だと俺に言ってくる所が変だ。
少なければ後で訴えを起こすかもしれなかったが、それはサンネル側が「その場で確認しなかった方が悪い」と主張すればこちらは何も言えなくなる。
金を貰ってその場から離れてしまえばソレで「納得した」と言っているも同然。例え金額を確認しなかったと言えども、そこは商売だ。確認作業が無くともやり取りが終了してしまえばそもそも「それまで」と見なす。当然だろう。
本来とは違う少ない金で物を得られたらそれは利益だ。それが相手側の不手際によるものであっても。そうなればサンネルは利を得る訳だから文句は無いはず。
しかしこの中は「多い」のだ。それは通じる道理が無い。損をしてしまうのはサンネルになってしまうのだから。
サンネルはそもそも金額を「多く」して渡してきている。それを確かめさせるために「不用心」だ等と口にしたのならば、彼が俺に「何故?」と訊ねられたいから?
そう考えたら道理が通るが、そうするとサンネルが何処に対して、何に対して金額をより多く渡すつもりになったのかの理由があるはずだ。気になるのはそこである。
「なるほど、どこかで金額を多く出すだけの理由、その何かがサンネル殿には有ったと言う訳か。」
俺がこの答えに辿り着いたのは一秒も掛からなかった。そう、脳内コンピューターが即座にここまで辿り着いてしまった。
なので俺が「何で引き留めたのか?」と言ってサンネルが眉を顰めた次にはもう既に今のセリフを口に出していた。
これにサンネルは一瞬だけ驚いた顔をしてお手上げだとジェスチャーする。
「貴方には敵いませんな。そうですね、言うなれば、これからも仲良くしたいから、ですね。ありていに言えば。それと、競り場から労ぜずしてあそこまでの大物を運んでいただいた事も。その他にも、色々と、まあ思惑はありますが、悪いモノでは無い事だけは信じて頂きたい。」
このセリフに俺の脳内マップが示したサンネルの表示は緑色であった。俺を騙そうとして言っている訳では無い事を確認する。
「では有難く頂戴いたします。サンネル殿が何か問題を抱えた時には私の力が及ぶ限りの協力を致しましょう。では本日はありがとうございました。」
「貴方は恐ろしい方ですな。エンドウ様は冒険者、とお見受けしますが、どこかのパーティーに入っていらっしゃるので?」
どうやら俺がギルドにこの後向かうと言う情報でサンネルは俺を冒険者だと予想を立てていたようだ。
俺の格好はそもそもスーツを着ていて何処から見ても冒険者などとは言えない、見えない姿であるのだが。
ギルドに行く、それだけで俺を冒険者と断ずることはできないはずなのだが。それでも確実にサンネルは俺を冒険者だと確信している様子だった。
「冒険者カジウルのパーティーに所属していますので、何か御用時、もしくは依頼等ございましたら是非冒険者ギルドへどうぞ。」
別に調べられればすぐに判る事なので俺は正直に聞かれた事に答えた。
こうして俺はサンネルとのやり取りを終えてそのまま金の入った袋を持ってギルドへと向かった。
そうしてギルドへと到着する。まだ中に入るのは慣れてはいないが、だからと言って躊躇する事も無い。
サンネルから受け取った金貨のパンパンに詰まった袋は途中で人気のない脇道に入ってインベントリへと放り込んておいた。
この時に俺は考えた。インベントリを目立たない様に運用するにはどうしたらいいだろうか?と。
今更なのだが、これをなるべく人目につかない様に利用したいのだ。こんなに便利なのだからいついかなる時にでも他人の目を誤魔化しつつ使えるならばこんなに楽な事は無い。
今のままの使用法では使い勝手が悪い。しかし、自分の格好を改めて観察し「あ、ちょっと無理っぽい」と落ち込んだのは内緒である。
インベントリのあの空間を隠すための「ゆとり」がスーツには無いからだ。
これでゆったりとした袖のある着物を着ていたら、そこの内側にインベントリを出してそこにさも入れてますよ的に誤魔化す事もできたはずだ。
しかしスーツにそんな隠し場所は無い。精々胸元の内ポケに小さなものが入れられるくらいだろうか?それならインベントリを使わなくても持っていられるのだからしょうも無い話だ。
そんな事を考えつつギルドに向かっていた。そう、ギルドで落ち合うのだからその場でお金を渡す事も考えていたからだが。
だが、金の分配の件は別に簡単な方法で解決する。そう、関係者以外がいない場所で受け渡しをすればいいだけの話である。
「おう、来たかエンドウ!じゃあ移動すっか。こっちだ。」
来たばかりの俺を引っ張ってカジウルは何処へ行こうと言うのか。
「なあ?来たばっかりなんだが?皆は?つか、どこ行くの?」
俺はギルドの奥の部屋へと連れて行かれた。そう、それも大分奥にある人気の来ない部屋である。
「予約を取っておいた。利用料は今回取られなかったぜ。ダンジョンクリアをしたからな。それで今回は無料だとよ。」
カジウルが部屋に入るとそう教えてくれた。どうやらここはギルドでのヒソヒソ話をする時にレンタルして貰える部屋らしい。
それを聞いて真っ先に俺がした事と言えば。
(盗聴器・・・もしくは、どこかに人が隠れていて聞き耳を立てている?)
疑う事だった。そもそも、便利だなと言う感想は確かに持った。
けれど、俺はこのギルドと言う組織に所属しているとは言え、ギルドに信用をそこまでしている訳では無い。
それこそ今俺たちのパーティーはダンジョンクリアをしたのである。
その事でマーミがどれ程の「話」をギルドに説明しているのかは俺は知らない。
だけど、ギルドが俺たちからもっと詳しい情報を探りたいと思っていたらどうだろうか?マーミの説明だけでは見えない所の情報を。
そうして探りを入れるのにこうした部屋を無料だなんて言って差し出して、そこで為される会話からギルドに優位に働く情報を得ようとする。
組織と言うものは情報が生死を分かつ。情報が儲けを出す。俺たちがダンジョンクリアをした。そこからどれだけの利益をギルドに取り込めるか?
ここではそもそも魔物の買取もしているし、それこそ依頼と言うものを斡旋している。冒険者の事に関してはギルドは独占していたいはずだ。囲いこんで放したくない筈である。金の生る木なのだから。
ならばそう言った所から癒着やら何やらが起こっていても不思議では無い。
所詮は人と言う存在は何処に行っても、何処であろうとそう違いは無いだろう。
この世界の「人類」と接し始めてそう結論している俺としては「無料」と言う言葉に何故か抵抗感を覚えてしまったのだ。
「タダより安いモノは無い、ね。胡散臭い。疑いすぎかもしれない、か。だけど、調べるけどさ。」
そもそもギルドがダンジョンの調査を終わらせるまでこちらは動きを制限されている。
その代わりとして特別に無料にすると言う形も無くは無いかもしれないが。
そもそも俺がこの冒険者ギルドの「方針」や「理念」を知らない。知ろうとも思っていなかった。
多分有料で借りたと言ったならば俺はここまでの事に思いを馳せなかったと思う。
だけど今は何故こんな事を考えたのかと言えば、それこそ俺が今から大金を彼らと分配する予定だったからだ。
人は大金を持ち歩くと疑心暗鬼に陥りやすい。そんな自分も以前サラリーマンをしていた時に現金払いで家電製品を買いに行った時にドキドキして「盗まれないか」「襲われないか」とあらぬことを考えてしまった事が有る。普段財布に入っている三万円では揺らぐ事の無かった精神が、たったの十五万ほど財布に入っているだけでそれだった。小心者である。
それとは比べ物にならない程の金額が俺のインベントリに入っている。
こちらの貨幣だから俺にはなじみが無く自覚もそんなにないのだが、大金であると言う認識はある。
誰かが盗むとか、襲ってくるとか、そう言った事をこちらの世界でも同じように考えなかったわけでは無い。
しかしそこまで深刻になる事が無かっただけだ。インベントリに放り込めばそう言った事に心配しなくて済むからだ。それとこちらの貨幣価値に慣れていないから大金を持っていると言った意識が気薄だったこともある。
だけど今からここでソレを出して分配するのだ。その大金を俺が今この場で出す。
それを思ったら一気に疑心暗鬼が沸き上がって来たのだ。その心が今俺を突き動かしている。
そう、安全を確保するために、まるでスパイ映画の様な盗聴器が仕掛けられていないか?
あるいは誰かしらがこの部屋に隠れていて俺たちの話を盗み聞きしていないか?
そもそも俺たちは聞かれてマズイ話をしに来た訳では無い。だけど、だからと言って耳をそばだてて静かにソレを聞かれているという状況も気分が悪いものだ。しかも俺たちに知らせないで勝手に相手側がソレをしていたら最悪な気分である。
だから俺は自分の魔力をこの部屋全てに行き渡らせた。天井裏、地下にも何かおかしい物は無いか?
それこそ何か人の目では見付けられないような仕掛けが壁に仕込まれていないか?
考え得るだけの可能性を色々と模索してソレがそもそも在るか、無いかを薄く広げていく魔力で探る。
その広げた魔力から何か違和感を感じる物はあるかどうかを。広げる魔力の薄さはまるでオブラートの様に繊細な、それでいて抵抗感がソレに感じられた場合に直ぐに感知できるようにと込める魔力の濃さを限りなくゼロに近くするイメージで。
どうやら魔力と言うのは体感だが、込める魔力量を多くすると、自分以外の魔力を押しのける様だと分かった。
これはダンジョンで魔力を広げた際に感じた事だった。だから逆に自分の魔力をそう言った直ぐに押しのけされるだろう位に薄いものを広げた場合に「抵抗感」を感じた所に何かがある、そう言った事を調べられるのでは無いかと思ったのだ。
で、ギルドと言う組織を信じたくはあったのだが、見つけてしまったモノは仕方が無い。
一か所、俺たちがいる部屋に備え付けられているテーブルの側にある棚に何かがある事を感じてしまった。
ついでに言うと、地下は無かったが、天井裏に何者かが潜んでいる事も判明してしまったのだからどうしようもない。
壁はどうやら厚く、そもそもこの部屋は秘密の話をする為に使われる用途らしいのでドアもぶ厚く、中の会話が外に漏れ出るような事は無いみたいだ。
だが、これはいかんともしがたい。盗聴しようとしている者が潜んでいる、何の仕掛けかはまだ調べていないが棚にも仕込みがある。
ここで話をする事はこれではソモソモできない。
「ここを出て一部屋宿を取ろう。お高い所の部屋を。しっかりと防音で、客の信用を守る所に。」
俺が部屋に入って入り口でずっと立ち止まっている事に不思議な目で見ていた四人。
そんな俺が次に口にした言葉に次々と「何故?」と言った質問が飛ぶ。
「おいおい、せっかくギルドが部屋をこうして無料で貸し出ししてくれてんのに?宿を?何だってそんな事を言ってるんだ?」
「・・・来た早々意味わかんないんだけど?でも、それを一々言うって事は、大事な事なのよね?」
「エンドウがそう言うからには別に部屋を変えてもいいが、ギルドじゃダメって事かそれは?それはどう言った理由なのかは、後で説明してくれるんだよな?」
「一番高くて、それでいて客の信用を第一に考えている宿と言ったら、一部屋金貨六枚ですよ?・・・うーん?でもエンドウ様が言うのであれば私は従います。」
カジウルだけが呑気な事をまだ考えているみたいだ。ミッツの言った宿の金額に「ちょっと待て!?」と驚いているのだから。
他の三人は既に俺の言った事を疑問に思いつつもこの提案をしっかりと受け止めてくれた。ならば早い所ここから出るのがいい。余計な事を口走る前に。
「じゃあ行こう、さっさと。説明は後でする。黙って出よう。今は何も聞かないでくれ。ちゃんと後で答える。」
俺はそう言ってから棚に仕掛けられていたモノを一度確認してから部屋を出た。
その際にカジウルが「一体何だってんだ?」とまだ俺の言った事を納得していない様子だった。
これにマーミが「浮かれ過ぎよあんた」と出てきている釘を打っていた。
真剣なその眼差しにカジウルは「うっ」と唾を飲み込んでいる。どうやら自覚があったようだ。
ダンジョンクリアとはソレだけ名誉な事なのだろう。長い事ソレを引きずって高揚し続けてしまうくらいには。
この部屋はそもそもダンジョンクリアをしたパーティーだから、と言った理由で無料で貸し出されたと言っていた。
そう言った優待もまたカジウルを浮かれさせる一因でもあったのだろう。
だが、残り三人はそうでも無かった様子。きっと名誉はあって困らないものだが、そもそも生きる上で名誉だけでは生きてはいけない。
この世を生きる上で必要なものは何処も変わらない。それは真っ先に金である。
きっとそう言ったシビアな考えが今もこの三人を難しい顔にさせているのだろう。
カジウルはそこら辺「目立ちたがり」が三人より少しだけ多いのだきっと。
その多い出っ張った部分をマーミにちょこっと叩かれて、今は普段のカジウルへと戻ったみたいである。
「で、どうするんだ?必要経費?とは言え、分配するだけでそんな金を出すのは馬鹿馬鹿し過ぎるだろうに?」
ギルドを出てからカジウルがそう言葉にする。正論だと俺も思う。
だけど俺はソレに対して彼らが到底信じられない言葉で黙らせる。
「ギルドが信用できなくなった。だから仕方が無い。金は俺が出す。すぐに離れよう。」
こうしてこの言葉の意味を一番深刻に受け取った様子なラディが先導でこのマルマルの都市一番の信用のおける宿へと歩き出した。