その大本にあるのは何か?
これはどう言う事だろうか?とちょっとだけ考えた。レストの方でこの鎧と執事だけはギリギリ制御できているのだろうか?
「我々は歓迎されていないと言う事か。だが、しかし!」
「引き下がる訳には参りませんな。ええ、参りませんとも!」
このオッサンたちの反応に俺は「は?」となった。どう言う事かと思って少しだけ冷静になってみればどうって事無い。
どうやら執事のこの一礼の仕方は帝国では「一昨日来やがれ」という意味らしいのだ。
だからオッサンたちは拒否された事に対して諦めないぞと口に出している。
そう、この程度で諦める訳が無い性格をしているのはもう既に充分に解っている。
(レストが執事に入れさせるなって指示を出している訳じゃ無さそうだ)
恐らくは元になっている人物の性格や特性などをこの「のっぺらぼう」は引き継いでいるんだろう。
ダンジョンに取り込まれて魔物に変化してしまったとは言え、そうした部分が色濃く出ているのではないかと推測する。
レストは別に歴史家二名が来る事は拒否していない。そして今レストの支配から一時的にではあるがこの執事は離れてしまっている。
ならばそうなるとその行動に対しての基準となるのは元々持っていた「仕事」がそうなるんだろう。
この執事はアポイントメントを取っていない存在を自らの守る主に会わせる気は無いと言う事に繋がる訳だ。
(メイドたちもきっと普通のメイドじゃ無かったんだろうな。だってメイドが侵入者に対して迎撃にいきなりその手に何ら躊躇なくナイフを出すとか、有り得ないだろ?)
当時のメイドも執事もレストの「監視」と「守護」の二つの役割を与えられていたのではないかと推測できる。。
レストは守られていたんだろう。二代目皇帝に。しかしそれでも暗殺者はレストの元に辿り着いて今この状況になっている。
二代目皇帝がどんな心情で「守護」を命令したのかは今となっては意思を確認はできない。もうとっくにこの世にはいないのだから。
「で、引き下がらなければ力づくで排除なのか・・・」
執事はスッと姿勢を正すと構えを取った。それはどうにも俺から見て空手の構えなのだが。
この執事、どうやら徒手空拳が戦闘スタイルなようで。
扉横にずっしりと存在感抜群で立っていた鎧もその手の武器を構えてこちらに向けて来ていた。
これには流石に危険を感じたオッサンたちはすぐさま俺の後ろに隠れる。
「引き下がる訳には、とか啖呵切っておいて情けなくない?」
俺が二人の言動にツッコミを入れる。コレに返って来るのは。
「ええい!私たちを守らねばお前も困るのだろうが!」
「そうですよ!私たちにやらせたい仕事とやらがあるのでしょう!?だったら!」
最初の頃のあの意地を張っていた態度はここに来てもまだ続くらしい。ああ言えばこう言う。
とその時に執事が一歩踏み込んで来た。その速度は一瞬だ。そして拳では無く「抜き手」で俺の目を狙って来ていた。殺意が高過ぎである。
だがソレも俺の文字通り目の前で止まる。いや、俺が止めたのだが。もちろん魔力固めである。
「すまないが、このまま通してもらうぞ?というか、最初俺だけの時は通してくれたのはレストが指示を出していたからだな。その命令が無ければ一度通している者であっても融通も利かずにこうして襲って来ると。」
ついでに鎧の方も固定している。扉を開ける時、通る時に襲われても面倒だ。
「行きますよ。ほら、さっさと歩く!」
オッサンたちは執事も鎧も動かないと分かった途端に直ぐ扉に近付いた。観察をする為だろう。細かい意匠をどこまでも目に焼き付けようと必死な様子。
俺はそれを無視して扉を開いてその隙間にオッサンたちの背中を押して半ば無理矢理中へとねじ込む。
こうしてやっとの思いでヌシの間へと辿り着いた。
中へ入ると扉が自動で閉まっていく。どうにもそう言った機能が元から付いているのだと思われる。俺は全くコレに関与していない。
自動で閉まる扉の構造は後回しで俺はオッサンたちを中央へと背を押して歩かせる。中に入ったら入ったでまたオッサンたちは内部の装飾や構造などに集中してしまい立ち止まってしまったから。
そこに声が掛かる。レストだ。玉座に座っていてその姿はちゃんと「王」としての威厳が出ている様に感じる。
「エンドウ、遅かったな随分と。さて、その二人が例のかい?」
この言葉にハッとしたオッサンたち。ここらで良い加減オッサン呼ばわりを止めて名前を知りたい所なのだが。
「ぬお!?誰だ貴様は!?」
「ぬぬぬ!?その着ている衣装は・・・!?」
オッサンたちはレストの方を向いて警戒心を上げる。レストの隣にダシラスが控えているのだが、それすら目に入っていない様子だ。それは何故かと言うと。
「私の事はレストと呼んでくれ。お初にお目に掛かる。優秀な歴史家なのだそうだな?宜しく頼む。」
レストが立ち上がってオッサンたちの前まで歩み寄って丁寧にお辞儀をしたからだ。
「このダンジョンのヌシとなってしまって長い年月を無為に過ごしたが、いや、まさかこんな事になるとは夢にも思わなかったよ。」
このレストの挨拶にオッサンたちが眉根を顰める。何を言っているのか一瞬分からなかったんだろう。
人と言う存在がダンジョンのヌシになれるなんて考えた事も無い、そんな感じだ。
「さて、今日はもう疲れているのでは?エンドウが迎えに行ってから相当な時間が経っている。もう時間的にはいつもなら寝ている時間だな。」
レストは別に眠らなくても大丈夫な身体に変化している。ダンジョン主として取り込まれると言う事はそう言う事だ。
レストの身体は人としての範疇を超えて別の何かに変わってしまっている。食事も睡眠も不要なのだ本来は。しかしその精神は「バケモノ」とはならずにそのままなのだ。
オッサンたちの疲れを心配してこうして休息を取って翌日から仕事に取り掛かっては?と提案しているのである。
だけどもオッサンたちの興奮は未だ冷めやらぬ状態でそれどころじゃない。
勘も良いのか、オッサンたちは目の前でそう心配をする存在の事を薄っすらと気付き始めている様子だった。
「・・・まさか、いやいや、有り得るはずが無かろう?奇跡とはそう起こらぬから奇跡というのであってだな・・・?」
「おや?いえいえ?いや?それでも・・・そんなまさかがあるはずが・・・ですがしかし?」
目の焦点が合わずにオロオロし始めた二人に対してレストは俺へと顔を向けて「大丈夫か?」と目だけで言ってくる。
「あー、お二人とも?レストはお二人に自己紹介をしましたよ?だったら返事をしないと。」
俺がそう促してやっとの事でぎこちなくとも自分の名を口にする二人。
「私の名はバガンゲルと言う。あー、このダンジョンの調査を皇帝から命じられてここまでやって来た。」
「同じく歴史家のジャモルフと申す。このダンジョンに有る物は全て素晴らしい品ばかりだ。」
二人はどうやら挨拶専用の仮面というモノが在るらしく、俺に対する態度とは全く違う顔をレストへと見せた。
そしてとうとう俺はやっとこの二人の名前を知る。頑固オヤジの方がバガンゲル、オタク眼鏡がジャモルフ、である。
「じゃあ今日は食事を摂って明日から本格的に仕事に取り掛かって貰うとしましょうか。」
レストとのやり取りでこちらを見ていない間に俺は準備を終わらせておいた。
俺のこの言葉にオッサンたちはこちらに振り返る。そしていつの間にか調理台と食材がその場に現れた事に驚いている。
そして俺が料理し始めたのをポカンとした顔で突っ立ったままに見ている。
(このまま勢いで押し通しちゃわないと、いつ二人がまた忙しなく休み無しに動き出すか分かったモノじゃないからな)
レストが調理の手伝いに入ってくれたので食事の準備はあっと言う間に終わる。
テーブルと椅子はもう出してあるので俺はそこへとできた料理をパパッと手早く並べて行く。
ソレが終わればオッサンたちに座るように促してソレを見届ける。
「頂きます。」
俺がそう言って食べ始めたのを見てレストもダシラスも食事を始めた。
コレに誘われる様にしてオッサンたちも釣られて食事を口に付け始める。その表情は未だに何かに納得がいっていないと言った難しい顔だ。
(よしよし、どうやら思考の隙間に捻じ込めたらしいな。夕食を終えた後は素直に寝てくれると助かるんだけどな)
レストの存在に困惑していたオッサンたちの思考に「夕食」を挟み込んで大人しくさせる事に成功はしたが、食べ終わった後がまた問題だ。
このまま満腹感と疲れで眠気に襲われて静かに睡眠を取ってくれると助かるのだが。
もしかしたら食事をした事で余計に血流が良くなって興奮状態に移行してしまう可能性もある。
そうなったらレストか、或いは俺に質問攻めしに来る事だろう。そうなると面倒だ。
そもそも俺がもう休みたい。ここまでの引率で相当に俺の精神は疲れている。正直、寝たい。
その思いが通じたのか、どうなのか?人心地ついたオッサンたちは背もたれへと体重を預けて「ふぅ・・・」と一息ついたと思ったら直ぐに寝てしまった。二人同時にである。シンクロ率が凄い。
どうやら食事は二人の御口にあったようで全て平らげている。俺たちもその後に直ぐに眠りに入った。
そうして翌朝。未だに眠りの中に居る歴史家二名を放っておいて俺はレストに話しかける。
「なあ?相談なんだけどさ?ここのダンジョンの拡張を止めているのを解除しようと思うんだが、どうだ?」
「なんだ、そんな事か。もうこのダンジョンの事はエンドウに全ての命運を託してある。自由に決めてくれていい。その決断が消滅であっても私は受け入れるよ。」
「いや、レストをドウコウしようって気は無いし。それにこの中に在る品々は貴重品らしいから。それらの目録をちゃんとあの二人に作らせて運び出したいと考えてるんだよね。」
「もう既に過去の遺物と化していると思っていた物が貴重品か。ガラクタでは無いのだな。そこまでは考えた事も無かったな。構わないよ、持って行って貰っても。もう一度言うが、もう既にこのダンジョンはエンドウの掌の上だ。消すも消さないもな。」
生殺与奪は俺の意思一つで、などと言って来るレストに俺はハッキリと述べる。
「俺はレストを殺す気は無いし、最初に言ったけど、ここの「のっぺらぼう」たちの個性が面白かったから消したくないんだよ。それにどうやらメイドや執事や鎧もどうにも貴重品らしくてな。いや、言い方が少しおかしなこれだと?」
俺のこの言葉にレストがちょっとだけ驚いた後に笑う。
「ソレは考えた事も無かった。いや、そもそも私はこれまでずっと思考を止めて只々逃げていただけだったな。自分の身に起きた衝撃に心がずっと閉じられたままだった。エンドウが来てくれたおかげでこうして私はまだ笑っていられる。有難いことだ。」
ふふッと笑ってレストが天井を見上げる。そしてシミジミと自分の願いを口にした。
「私は何時までここのヌシとして存在し続けていられるのだろうな?できれば帝国をずっと見守っていたい所なのだが。」
「あー、それはワークマンも研究して無い分野だろうな。というか、レストの存在自体がそもそも信じられない存在だろうしな。これまでにそれを思いつくだろうきっかけになる情報とか一切無かっただろうし?」
ダンジョンは発生したらすぐに攻略して消滅させる、それがこの世界の基本だ。その基本が歪んでできたダンジョン都市もありはするが。
危険な存在であるダンジョンをちゃんとリスク無く活用、運用など無理な話なのである。ダンジョン主はその全てが魔物であるのだ。コントロールなど無理な話だろう。
従魔師などと言う職があるにはあるが、さて、ダンジョンの奥まで入り込み、そのダンジョン主を自らの配下として契約できるのかどうか?
できていたらもうとっくに無限に資源を得る事ができるというダンジョンが一つくらい存在してもいいはずだ。
そんな事になれば人はその無限という呼び名に欲望を持って群がってその身に破滅を宿すだろう。
人は利益を得る為に時に争う。その争いはヒートアップする、きっと。その最終到達地点が「戦争」と言える。
しかしここで人がダンジョンの主になれるという可能性が出て来た。
理性を保ち、感情があり、精神の破綻が全く起きていないと言える存在のレスト。
彼がダンジョンを管理、支配していればダンジョンの危険はほぼゼロに等しいくらいまで下げられるだろう。
(ワークマンにこの危険は一言後で行っておかないとな。とは言え、それくらいはワークマンも直ぐに気付くだろうけど)
勝手に「だろう」と決めつけると後で痛い目を見る事も多くある。その経験は会社勤めの時にも幾度か経験している。
まだ大丈夫だろうとは思うが、少しして今の状況が落ち着いたらワークマンの所に一度顔を出しに行く事に決めた。
さて、ダンジョンを止めていたのを解除する目的はもちろん一緒に取り込まれた数々の美術品、装飾などを取り出す為である。
歴史家二名の求めに対しての約束は守るつもりだ。まあこれは今でなくともと言えるのだが。
ダンジョンを無理矢理に抑え込んでいた「歪み」を解消して妙な変化や予測不能の事態にならない様にと言う面もある。
不測の事態になると後々に余計な面倒を抱え込む可能性がある。
だったら本来の流れに沿った自然な形を解放した方が幾らかワークマンへの相談もしやすいと思われた。
「まあ魔力固めの解除は一気にやらずに締め付け具合を緩めて少しずつやってくけどね。」
俺はレストにそう言いながら朝食の準備をし始める。レストもこれに手伝いに入ってくれる。
そこでダシラスが起き出して朝の挨拶をし始めると同時に頭を下げて謝罪の言葉を口にするから「うーん?」と俺は唸る。
何せ俺よりも遅れて起きた事をダシラスが気に病んでいるのである。俺は別にそんな事で起こらないし、嫌いにならない。
だけどもダシラスは自らが命令を受ける立場にあって上司よりも遅く起きると言うのは引っ掛かる部分があるんだろう。
上司とは俺の事である。一応はこの調査の全権を持っていてダシラスはその下に付いているという事実は確かにそうではあるのだが。
俺はちゃんとそこまで気にする事じゃ無いと伝えているのだが、それでも本人は渋い顔が治らない。元通りになるのには時間が掛かりそうだった。
朝食の準備ができてその匂いに意識が覚醒したのか歴史家たちがお目覚めだ。
「・・・ここは一体何処だ?そう言えば私は昨日・・・」
「おっと?おお、あれは夢であったか。そうであるなぁ?」
寝ぼけていた。いや、昨日の体験がまだ脳内で完全に処理できずに事態を呑み込めていないと見られる。
一晩ぐっすりと眠ったくらいではこの二人は昨日体験した事が「夢」であると思ってしまう程の衝撃なんだろう。
そんな二人に構わずに俺は朝食をテーブルに並べる。この光景を今更だがおかしい物だと俺は笑う。
「ダンジョンの、しかもヌシの間でこんな呑気に食事をしてるんだから正直言ってこの世界じゃ常識外だよな。しかも何日も寝泊まりしてるんだから。「おかしい」を何度もやっていればマヒするな感覚が。」
しかもついでに言うとダンジョン主は人で、追加で初代皇帝で、そんな存在が俺と一緒に朝食の準備だ。
世の中は何がどうなるか分かったモノじゃない。事実を知る者がこの光景を見たらそう思うだろう。
俺のセリフが聞こえていたのかそうで無いのか。まだ寝ボケ眼で立ち上がる歴史家たちはフラフラとテーブルに近付く。そして昨日座った椅子にボーっとしたままに座る。
昨夜は座ったまま寝てしまった二人をちゃんと移動させて俺が用意した布団に寝かせている。そう、布団を持ち込んでいたのである俺は。インベントリ様様である。
ちゃんと布団に寝かせたおかげでしっかりと睡眠が取れたらしい二人の目の下にはクマは無い。今日はこれから大仕事なのだ。疲れを残してある状態にはさせられない。
まあ余り元気過ぎても扱いが大変になりそうなので少しだけ注意が必要だが。暴れたりした際には俺がまた魔力固めで止めて冷静になるまで抑え込めば良いだろう。
「・・・ぬおッ!?そうだ!私はダンジョンに居るのだった!」
「はっ!?帝国の宝を!至宝を!持ち帰らねば!研究!研究うぅゥぅゥう!」
急に覚醒した二人が早速喚くので俺は魔力固めでその口を固める。二人はコレに「むゴムご」と開かぬ口に手を添えてグニグニと揉んでいる。
この様子だとどうやら自分の身に何が起きてどうして喋れ無いのかが分かっていない。
俺は二人に対して落ち着く様に言う。
「朝っぱらからそう騒がないでください。食事に唾が入ってしまうじゃ無いですか。行儀が悪いです。」
俺は冷静にそう言うと、コレに二人の動きがピタリと止まる。何処までシンクロ率が高いのか?
喚くと同時に椅子から立ち上がっていた二人。次にはやはり同時に椅子へとドサリと腰を落とした。
次には虚ろな目になりながら口内でモゴモゴと何かをぼやいている。俺がまだ魔力固めで口を開かぬ様に固めているのでソレが何と言っていたのかまでは分からない。
「じゃあ朝食にしましょうか。頂きます。」
俺は大人しくなった歴史家たちを見て魔力固めを解いた。
その後は沈黙が続く朝食となる。別に話す事がそこまである訳じゃ無いのだから静かな食事となるのは当たり前だ。
しかしまあ、どうやら問いたい事が山ほどあって何から聞けば良いか迷っている二人が居るのだが。
「さて、何から聞きたいですか?それとも俺が勝手に一通り説明をしましょうか?先に皇帝がお二人に何をさせたいのかを伝えた方が手っ取り早いかな?」
朝食を終えてそう言った俺にバガンゲルが親の仇だと言わんばかりの眼差しをこちらに向けて来て怒鳴る。
「勿体ぶるのか?それとも何か企んでいるのか?・・・さっさと教えんか!」
「そうですね。このまま調査の方針を我々に伝える気が無いと言うのであるならば別ですがね。」
片やジャモルフの方はと言うと俺に対して嫌味を述べる。お前は責任者じゃ無かったのか?と。
「じゃあもうぶっちゃけましょうか。これから伝える事実が受け入れられなくても最後までやり切って貰いますよ?」
俺は説明を開始する。このダンジョンが過去にこの場所に在った城である事。
ダンジョン主が初代皇帝で、今二人の目の前に居る事。
現皇帝がソレを知り、レストに初代の頃の話を取り纏める様に指示した事。
「おそらく二人に出した命令書に何も詳しい事が書かれていなかったのは、きっと混乱を少しでも起こさない様にする為でしょうね。まあこんな事を端からいきなり信じる者の方が少ないと思うけど。それでも念を入れたんでしょう。噂話にも上げたくないと考えたんじゃないかと思いますよ?今までずっと謎だった時代の背景がコレで判明すると分かったら、余り不特定多数の者に教えるよりかは少数精鋭の信頼する相手に任せた方が騒ぎも最小限にできるだろうし、纏められた情報に誤りや嘘偽りなども混じらないと考えるでしょうしね。」
俺の説明を受けたバガンゲルの顔はずっとポカンと口を半開きにした間抜けな顔だ。
ジャモルフの方はと言うとコレもまた間抜け面を晒している。目を見開いてジッと固まったままだ。
「昨日にもう薄々と感じていたでしょう?お二人はきっともう分かっているでしょう?そう言う事ですよ。」
しかしまだどうしても信じたくは無いんだろう俺の説明を。二人が最後の最後で噛みついて来た。
「そんな馬鹿な話・・・聞いた事が無い・・・あり得ん、有り得ないのだ、そんな事は!」
「ほ、ほ、ほ、本当に貴方はつまらない冗談を・・・冗談、そうです、冗談です!そんな作り話が我々に通用するとでも!?」
無理矢理に否定をしようとする二人。しかし俺はここで言ってやった。
「じゃあこのダンジョンの中に在る物は全て一緒にこのダンジョンと葬りましょうか。有り得ないのでしょう?冗談なんでしょう?なら全てが無かった、幻だったと思ってお二人には城に戻って貰いましょうか。そこまで頑固に拒絶をするなら俺から皇帝に貴方たちをこの調査から外す様に願い出ましょう。他の方に変わって貰った方がスムーズに事が運びそうだし?きっと交代した歴史家は大喜びでこの仕事を最後までやり遂げてくれるでしょうからね。お二人とした約束は全て無かった事に・・・」
もちろん俺はこのダンジョンを潰す気は無い。しかし脅しとしてこの二人に使うのならば嘘も方便だ。いや、使い方がコレであっているかはイマイチ分からないが。
ズサササ、俺がそれを言い終えた瞬間にそんな音が俺の目の前で上がった。
ソレは見事なスライディング土下座。それをやったのはついその瞬間まで俺へと最後の抵抗を見せていた二人。
「止めてくれ!貴様にはここに在る物の価値が分からないのか!」
「このダンジョンは全て帝国の重要文化財ですぞ!ソレを消すだなどと!貴方は正気ですか!?」
懇願の声がその土下座から上がって来た。どうやら俺がやると言ったらやってしまう人物だという評価を付けているらしい二人は。
俺のズボンに縋り掴んで上目遣いで睨んできている。土下座までしていると言うのにその口から出て来る言葉は反抗的。
どうにも心と体のバランスが取れていないらしい。いわゆる情緒不安定というモノだ。
どうやら二人は心の底では俺の説明を「真実」として受け入れているらしい。
ソレが土下座と言う行動に繋がる。どうかダンジョンを消すなどと言わないでくれと。その気持ちが現れたんだろう。
だけども俺に対する拒否、拒絶がまだ残っており、喋り方、その言葉遣いは反抗的になってしまうと。
俺はここで止めを刺す事にした。その止めはレストが刺すのだが。
「レスト、この場所に何で国を興そうとしたんだ?きっかけは何だった?」
「ん?そうだなー。ちょっとした気付きだったな。この周囲の土地はダンジョンさえ無くなれば凄く良い立地なのでは?ってな。たったそれだけの理由だったな最初は確か。」
レストの語るその理由に歴史家二名の耳がピクリと動く。
「そもそもだ。私の名前なんだが、長ったらしいだろ?これは国を興す際に私が只の「レスト」だと示しがつかないってんで急遽決まったんだ。私は別にどうでも良かったんだけどな。その当時の仲間の一人がどうにも「末永く」って言う意味の古代語の響きを似せて今の名にしようと提案してな。」
レストは続けて自らの名前の由来を話す。その後もまだ話は終わらず。
「それこそ私は別に貴族でも高貴な血を引くモノでも無い。只の一般市民だったんだけどな。それがこうも担ぎ出されてなぁ。私が徹底的にダンジョンを潰す事を決めて活動している間に仲間になった奴らが勝手に私をそうやって祭り上げて来たものでな。勢いだったんだ、最初は。只の冗談だと当時はずっと思っていたよ。」
当時の仲間を思い出しているんだろう。レストは懐かしいとばかりに苦笑いを見せる。
「アミト、リセル、アーマルク、ベグド、イーバリア、ガナッツ、他にもどんどんと私の活動に加わってくれた仲間が大勢。そいつらが本気で国造りをするって言い出した時はアイツらの頭を疑ったものだ。」
ここで歴史家の顔がガバッとレストに向けられた。どうやら彼らの琴線に触れる単語があったらしい。
「ベグド、ガナッツ?それらは確か初代皇帝の片腕と呼ばれる人物・・・」
「アーマルクと言えば今も続く名門帝国貴族です。アーマルク家が、初代の?」
「お?アーマルクは家名になっているのか。そうか。アイツは自分の名を・・・そうだ、確かメルケットって言っていたっけ。アーマルクと言われる方が良いと言われてな。いつもそっちで呼んでいたから家名だと言う事をすっかりと忘れていた。アイツはいつもそうやって一線を引いて冷静な目で意見を言ってくれていたから凄く助かっていたな。そうか、今もアイツの血は続いているんだな。」
レストは自分の仲間の血脈が今も帝国にある事を嬉しいと口にする。
「まさか本物なのか・・・」
「ですが、そうなると本当にこのダンジョンのヌシだと言う事に・・・」
二人はレストのこの様子に嘘が無い事を悟る。そして慄いた。「事実は小説よりも奇なり」なんて言葉がこちらにもあるのかどうかは知らないが、どうやら目の前の事実を受け入れられたらしい。
そんな二人に対してレストはもう一度自己紹介をする。
「私の名はアリブレスト・ゲン・フォーゲルアイマー。初代皇帝をやっていた。」