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やっと折れたその先に

 虚空に消えた王冠を見て二人が一気に冷静になる。しかしそれも一瞬だけ。


「何処へやった・・・?何処へやったと言っている!」


「いきなり消えた・・・?出しなさい!もう一度!ここに!」


「俺の意志で幾らでもいつでもどこでも出し入れ可能ですよ。あ、この事は内密にね。それも約束してください。」


 ここで一気に長引かせずに畳みかけてしまう作戦に出てみる。


「さて、俺の命令に従ってダンジョン調査に協力すると言ってください。そうすれば俺がダンジョンの中を案内しますよ。その最後の最後でこの王冠は二人に調べて貰いましょう。如何しますか?」


 すると二人は黙ってしまった。コレに俺はそこまで言う事を聞くのが嫌なのかと思ってしまう。


「あ、宣言をするならちゃんと証人が必要ですかね?ダシラスを呼んできますね。彼は皇帝が貴方たちに付けた護衛の役を持っていたんですし、妥当ですよね。俺と御二方の間だけの口約束、反故にする、なんて事にならない様に今から連れて来ます。」


 俺は二人の魔力固めを解いて天幕を出て直ぐにダンジョンへと入る。そしてワープゲートでヌシの間に移動してダシラスを呼んだ。


「あー、俺ってここ最近ダンジョンと行ったり来たりだな?まあ、仕事だしな?・・・ダシラス、ちょっと良いか?ついて来てくれ。もう少しであの二人が陥落しそうなんだ。」


 この説明にダシラスはニッコリと笑って首を縦に振ってくれる。


「畏まりました。私にできる事が有れば幾らでもご命令を。」


 命令と言う程の事では無い。だが今はダンジョン調査と言う面で見て俺がダシラスに頼み事をすると命令と言った形になってしまうのはしょうがないモノだと呑み込む。


 俺はダシラスと共にまたワープゲートを通ってダンジョン入り口付近に出る。

 そしてそのまま天幕へと再び入ったのだが。


 そこには諦めたような、悔しい様な、怒っているような、憤っているような、悲しんでいるような、喜んでいるような、もう何と言って良いやらわからない程に様々な感情が複雑に絡まりに絡まった表情になっているオッサンたちが。

 そして俺たちへと視線をちょっとだけ向けてから下を向いて二人が口を開く。


「・・・分かった。お前の調査に全面協力をする。だが、条件がある。」


「私もです・・・このダンジョンに初代の頃の、過去の超貴重な遺物が存在する事は分かりました。」


 俺は条件を付けようとしてくる事に呆れながらも一応その求めを聞いてみた。


「私たちが充分に調べ尽くすまでこのダンジョンを潰さない事を求める。」


「そうです。この中に在る品々を全て帝国へと運び、保管しなければなりません。」


 貴重な品々をダンジョン消滅と共に失われるような事が無いようにしろと言ってきた。そもそも俺はこのダンジョンを潰すと言う選択肢は持っていないのだが。


「ああ、なんだ。そんな事ですか?うーん?中の美術品やらなんやらはここのヌシに持ち出して良いかと聞かないと駄目かな?俺の持ちモノじゃ無いし?ここに持って来てた品は借りて来た物だし?」


 俺の認識はそんな感じだ。このダンジョンはレストの物だ。その中に在った物なのだから当然に所有権はレストにある。

 レストは簡単に俺にこれらの品々を預けるとまで言っているが、俺はこんな物要らないし。芸術の感性を俺はそこまで持って無い。

 ダンジョンを一時的に魔力固めで拡張しない様にしている今の時点で俺がこのダンジョンの運命を握っていると言っても過言じゃ無いが。

 それでもここはレストの物なのだ。俺が勝手にアレもコレもと決めてしまっては良く無い。レストと相談だ。


 だがこの俺の答えにオッサンたちが眉根を顰める。何を言いっている?と。

 しかし俺はまだここで二人に対して「初代皇帝がダンジョン主」という事実を公表しない。


「では早速天幕の片づけをお願いします。使用人たちも帰らせてください。あ、まだ今の仕事が途中だと言うのであればキリの良い所で終わらせておいてください。夕方にまた迎えに来ます。ダシラス、二人の言った事を聞いたな?お前が証人になってくれ。何かと二人が俺の言う事に反発してくるような事が有ったらソレを皇帝に報告な?」


 俺のこの言葉にダシラスが頭を少しだけ下げて「畏まりました」と言ってくれる。コレでもう二人は言い逃れはできないだろう。


「じゃあ俺たちはまた戻ってるんで。宜しく。」


 俺は短くそう言ってまた天幕を出る。そして直ぐにまたヌシの間に戻った。

 さてこの後はワークマンの方だ。彼は研究室に帰す。もう荷物の整理は終わっている。


「ワークマン、準備は良いか?じゃ、通ってくれ。」


 俺はワープゲートを出してダンジョン都市に繋げる。出る場所はもちろんワークマンの研究室である。


「それじゃあ世話になった。今回の事で世界のダンジョンへの見方が変わるだろう。まあ、そこまで大きい物では無いだろうがな。」


 そう言ってワークマンはレストと握手を交わして去っていく。俺はワークマンが纏めた荷物をインベントリに入れてさっと研究室へ行き、ババッとソレを出してさっさとダンジョンに戻った。


「さて、少しづつ問題は片付いてるな。後でまたワークマンの所に行ってダンジョンの事を色々と聞いてみないとな。」


 このダンジョンは消滅させない。だけどもこのまま放置しているとこのダンジョンが地上に出てしまう。

 ソレを何とかする為のアイデアを出す為にワークマンに来て貰っていたのだ。コレで解決案が出ないようだとずっと俺がこのままこのダンジョンを「魔力固め」で拡張を抑え込んでおかないとならない。

 ソレは勘弁だ。けれども本当にもしどうしようも無いとなったらこのダンジョンを一旦外に出してしまうのが良いと思われる。

 何せ一時的にとは言え「自然」を俺が止めているのだ。これに歪みが何処かに生じていてもおかしくは無い。

 その歪みに気付かずに放置しておけば余計な面倒事を作り出してしまう可能性を残す。

 ソレはきっとダンジョンが地上に現れる事よりももっと、もっと、面倒な気がしてならない。


(少しだけ緩めておくか。・・・んん?ちょっと拡張速度が速いな?抑え込んでいたから反動が出たか?)


 嫌な感じがして魔力固めを一部緩めてみたのだが、解放した際の強い反動という、やはり歪みができ始めていたようだった。

 しかしこうして解放した事でソレがまた一時的にも無くなったような感覚を得る。何となく抵抗感が緩んだと言うか、膨らもうとする力が少し弱まったと言うか、そんな感じだ。

 コレに俺は一時的にもこうして拡張を止めていたのを緩めたのは良い事だったんだと思いたい。

 この事をちゃんとレストに伝えておいた。彼にもちゃんと内部の事を把握して貰っておいた方が良いだろう。


「・・・むむ?そうか、無理矢理はやはり駄目なのだろうな。私が意識して止めようとしても拡張は止まらなかった。それだけ膨大な魔力をこのダンジョンは貯めてしまっていたんだろう。取り敢えず新たにできた場所は私が現地に行ってこの目で直接確認しよう。記憶と違うのか、同じなのかが分かれば拡張した場合の構造の予測はしやすいだろうからな。」


 ここはレストが住んでいた城を丸ごと取り込んだ可能性が濃厚だ。と言うか、確定に近い位に。

 なのでレストがその新たに拡張された場所を確認すればこのダンジョンの事がより一層に分かると言う形になる。

 こうしてレストは確認を取って来ると言ってヌシの間から出て行った。その時に俺も付いて行こうかと声を掛けたのだが「只の散歩だよ」と言って軽く断られた。

 レストは引きこもりだったのでその事を自嘲しての言葉なんだろう。苦笑いがその顔には含まれていた。


 さて、俺はまた夕方まで暇になってしまった。とは言え、別にのんびりとしていれば良いだけだ。

 忙しく行ったり来たりしていたのでちょっと一息入れるくらいは良いだろう。

 ダシラスは皇帝に提出する報告書を書いている。自分で持って来た書類用の道具一式を出して真剣な顔つきで書類製作をしていた。

 そこに俺は一言ダシラスにお願いを口にする。


「あ、あ、ダシラス?その書類は俺の事も書いてたりするよな?あのさ、俺の「能力」の事はあんまり書かないでくれるか?まあ、もう既に手遅れ感はあるけど、それでも書面で残る様な情報はちょっとな?」


 俺は既に帝国の魔術師たちに色々と規格外な所を知られている。だからもう今更と言えば今更だ。

 だけども正式な国の書面で俺の事をあんまり事細かに書かれたいとは思わない。

 いや、もう王国でも俺の事は様々な報告書に記載されているのだろうが、気持ち的に目の前でソレを書かれているとモニョモニョする。一言だけ言っておきたくなったのだ。


「はい、弁えております。それに御心配なさらずとも帝国にはエンドウ様を縛る力はありません。無理矢理にエンドウ様に言う事を聞かせようとしても、それができるだけの手札など思いつきませんから。」


 ダシラスがここまで言うのだ。本当にそんな力は帝国には無いんだろう。

 だけどもそんな事を全く考えずに俺へと一方的な要求を突き付けてくる者は存在するかもしれない。いわゆる「バカな奴」と言うそれだ。

 俺はそんな奴が居る事を知っている。この世界で幾らでもそう言った奴に会って来た。会いたくも無かったが。

 それでもそう言った者は向こうから俺へと近づいて来るのだからどうしようも無い。迷惑千万だ。

 まあだからこそ頭が良いとは言えず、引き際を弁えない「バカな奴」と言う事なんだろうが。


 さて、そんな事をボンヤリと思い出していれば時間も迫って来た。オッサンたちは片づけは終わっているのかな?などと思いながら俺は座っていたリクライニングチェアから立ち上がった。

 この時にレストが戻って来る。そして一言。


「いやー、どうやら本当に一緒に飲み込まれていたんだな。覚えのある場所が復活していた。中庭まで再現されていて驚きが隠せないよ。それと通路も長くなってそこに飾る装飾品が増えていた。見覚えのあるだったよ。少し気に入っていた絵画が増えていた。以前は無かったんだがな。」


 どうやら確定したようだ。このダンジョンはレストが退位してから住んでいた城だ。


「・・・なあ?何でメイドも騎士も一緒に巻き込まれて、彼らだけがあんな風に変わってしまったんだろうか?」


 俺はふと疑問に思った事を口にしたが、それはレストも分からないと言う。


「そこはワークマンも疑問に思っている部分で聞かれたよ。しかし私にもそこの所は分からなくてね。ワークマンは「何か要因があるのかもしれないが今は解明でき無い」と言っていた。私だけがこうして意識が残り、彼らは「魔物」と化した。その違いは何なのか?あの「黒い穴」に私が最初に飛び込んだから、というのがきっかけであるんだろうと思うのだが。」


 少し悲しい表情に一瞬だけ変わるレスト。それも直ぐに元に戻った。


「じゃあ行ってくる。連れて来るにしてもワープゲートで連れてきたりせずにダンジョン内を歩いて来るからここに到着までは相当に時間が掛かると思う。飯は少し待って貰う事になるだろうからちょっとの間我慢していてくれ。」


 そう言って俺はヌシの間からワープゲートでダンジョン入り口付近に出て即座に外へと出た。

 そこはもう天幕は片付いており、連れてこられていただろう使用人は一人も居なかった。綺麗さっぱりと片づけは全て終わっていた。

 俺の姿を見つけたオッサンたちはじろりと俺を睨みつけてくる。しかし何か文句を言うという風にはならなかった。


「言われた通りにやったんだ。約束は守れ。」


「そうです。今度は貴方が約束を守る番ですよ。」


「じゃあ行きましょうか。ダンジョンの中の安全は俺が保証します。では、行きましょう。付いて来てください。」


 俺はさっさとダンジョンの中へと入る。するともう覚悟は決まったのか、自棄なのか、二人は躊躇わずに俺についてダンジョン内へと足を踏み入れる。

 どんどんと進めばすぐにその神妙なオッサンたちの表情は驚愕と喜びと感動が混ざった奇妙な顔に変わってしまう。


「何だコレは!?この様式は!ああ!こっちもそうか!」


「何と言う事です!?あれは幻と言われていた一品ですよ!ああ!?こっちにも!?」


 頑固オヤジの方は建物内部の建築様式などに注目し、オタク眼鏡は壁に飾られている絵画や像、それに飾り皿などを見てギャイギャイ騒ぐ。

 雄叫びを上げて喜ぶオッサン二名、誰得?などと思っていたら前方からこの騒ぎを聞きつけた「中身の無い鎧」が歩いて来る。

 ガシャン、ガシャン、ちょっと派手目に警告でも鳴らしているかのような登場だ。

 だけどもオッサン二名はこれにも動じない。寧ろより興奮度が上がっていた。


「ふおおおおお!初期の皇帝騎士団の鎧だとおおおおお!?」


「複製品は見た事がありますが!これは!本物ですか!?げ、げ、げ!現物は初めて見ます!」


 二人の興奮した様子に引いたのか、ちょっとだけ鎧は歩みを止める。

 でも再び歩き出してきて俺たちに近づいて来た。しかも剣を抜き放った。


「あれ?こいつはもう俺の事は襲わないと思ったけど?ああ、そうか、レストの支配が弱まってるのか?俺がダンジョンを一時的にも魔力固めで止めたから?」


 俺がそんな思考をしている間にも呑気なオッサン二名はこれまた騒ぐ。


「あの紋章は過去に三代目皇帝に潰された家の紋章か?もっと良く見せろ!」


「剣の意匠は過去に流行ったと言われる物の様です!文献と照らし合わせたい!」


 自分の命が危いというのに、オッサン二名はその鎧の腕にしがみ付いて「もっと良く見せろ」と食らいつく。

 コレに俺は呆れた。何せその鎧が一時だけでも動けなくなる位の馬鹿力をどうにもオッサンたちが出しているらしいからだ。

 そう、身じろぎして鎧は二人を振り解こうとしているのだが、それが叶わない。

 オッサンたちも「まだだ、まだ終わらんよ!」とか「ええい止まれ!止まらんか!」と目が血走っている。

 それでもそんな時間は長くは続かなかった。とうとう力尽きたのかオッサンたちは鎧が一際大きく体を捻じる動きで吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛ばされた際に壁などに頭をぶつけなかったのは幸いだ。床をゴロゴロと転がったくらいで済んでいる。運が良い。それくらい派手に吹き飛ばされていたのだ。


「おい貴様!安全を保障するのでは無かったのか!」


「そうです!危うく怪我をするところでしたよ!」


「そんな事を言うくらいなら最初から鎧に飛びついてんじゃねぇよ!?」


 俺はそんなツッコミしか入れられない。それ以上に何を言えば?と言った感じだ。呆れてしまって説教もする気が失せる。

 そんな事は関係無い、と言った感じで鎧はその剣先を俺から変えて倒れた二人に向けた。

 流石にこれで自分たちがやった事がどれだけ命知らずだったのかを悟ったらしい。オッサンたちの顔が青くなった。

 まあ、そこまでだ。俺がそれ以上を鎧にはさせない。魔力固めでその動きをピタリと止める。


「先へ行きましょうか。お二人にして貰いたい事はもっと別なんですよ。」


 俺はそう言って未だに床に尻を付いているオッサンたちへと手を差し伸べて立ち上がらせる。


「おい・・・アレはどうなったのだ?動かんな?」


「い、い、い、今の内にもっと良く・・・」


「駄目ですよ?自分が死にそうだった事忘れたんですか?自殺しようとする人を俺は止められないですからね?」


 釘を少々刺しておく。こうでも言っておかねば後でのっぺらメイドが出て来た時にどんな行動をしようとするか分かったモノでは無い。

 こうしてまた通路を進む。俺はもうこのダンジョンの道は全て頭の中に入っているので迷ったりはしない。

 不測の事態になったら即座に魔力ソナーで情報収集を瞬時に終わらせる心の準備もしておいてある。

 取り敢えずはオッサンたちがいきなり飛び出して行かないように注意しつつ俺は先導をする。

 それでも俺の事なんて気にしちゃいないオッサンたちは首をグリュングリュンと回して目に入る全てを記憶に焼き付けようと必死になっている。


「後でもっとゆっくり見る時間は取りますから、もうちょっと早く歩いて貰えませんかね?」


 そんな事を俺から伝えたらそこに丁度のっぺらメイドが五人現れる。コレに即座に反応する二人のオッサン。


「おお!?今の城で採用されている物とは意匠が違うな?それぞれ身に着けている装飾品もどれも今は無い物ばかりか!」


「今はメイドたちにこう言った装飾品は付けさせない事を徹底させていますが、初代の頃はこう言った所に寛容で自由だったという話ですね!」


 二人はメイドを見てはいるが、見ていない。だから顔が無い事に気づいていない。その点に全く気が向いていない。

 だから一拍置いてその事に目が行った時に「ひやっ!?」とか「うひっ!?」などとオッサンが上げちゃいけない悲鳴を上げる事になるのだ。誰得?

 オッサンたちはそののっぺらメイドの1m前まで近づいて全身を、顔以外をまじまじと上から下まで観察していたのだが、それが少し上に視線が向いた瞬間にこれである。

 そしてそのメイドたちはやはり最初の鎧の時と同じで侵入者に対しての防衛行動を起こしており、その手には小さめのナイフが握られている。


 コレにオッサンたちが瞬時に後退する。そして俺の背後に隠れるように回り込んでくる。


「おい!どうなっているんだ!安全は保障すると言っていたではないか!?」


「そうですソウデス!貴方の命に代えても私たちを守るんですよ!」


 何と言えば良いのやらだ。オッサンたちはそもそもここがダンジョンと言う事をサッパリと忘れている。


「あの、さっきも言いましたけど?死にたいならそう言ってくれれば良いじゃ無いですか?もしかして言った傍から、頭の中から抜け落ちてるんです?」


 ここはダンジョンで、調査に協力している。それが分かっていれば魔物への警戒が少量でも頭の中に残るだろう。

 だけどもうこの二人の脳内にはそんな事なんてこれっぽっちも無いのだろう。初代皇帝の頃の品々が目の前一杯に広がっているのだから。

 それに意識が全集中してしまい、自分のたった一つしか無い命の事まで忘れてしまっている。これでは何を言っても通じない。打つ手が無いと言ってもいい。


「さて、行きますよ。まだまだ先です、連れて行きたい所はね。」


 もちろんのっぺらメイドにも魔力固めで動けない様になって貰っている。

 この場を去る間だけだ。ずっと固め続けるつもりは無い。なのでさっさとこの場を離れてしまおうとオッサンたちを引きずる様にして無理矢理歩かせた。


 そうして通路を行けばやはりオッサンたちはそれでもと言った感じでまた周囲の観察を続けながら歩く。

 生涯を賭けているというセリフは本物だったというのは充分に理解したけど、それでも限度があるって事を言ってやりたかったのだが。

 子供の様にキラキラした目であっちもこっちもと視線を向けているオッサンたちには何を言っても無駄だと思って諦めた。


(ワープゲートの事はこの二人に知られない方が良いかな?と思っての事で多少の面倒は許容するつもりだったけど。これは流石にちょっと後悔するなぁ)


 ちょこまかと動き回る目の離せない三歳児、それがきっと今のオッサンたちに相応しい表現だと思う。

 何も見ても興奮し、粘りに粘って細かい部分まで観察しようとするから一向に先へと進まない。

 と思ったら、次の興味を引く物を見つけると一目散にそれに向かって走り寄るのだ。

 コレに付きあって歩いているとこっちが体力的な疲れでは無く、精神的な疲れが溜まる。ここは思い切ってワープゲートに無理矢理放り込んでヌシの間へとさっさと移動してしまおうか?とすら考える。


 ソレをグッと堪えて俺は案内を続ける。止めてあった拡張を少しだけ解放したせいでヌシの間への道のりが少々遠くなっている。

 これはもうやってしまった事だ。しょうがないと諦めている部分はある。しかしそれでも少しだけ後悔はある。オッサンたちの興味を引く品々が増えているのだから。

 ちょっと進んでは止まり、と思えば次は通路の先にある興味の引く品へと走っていくオッサンたち。

 これにはうんざりしそうになる。良い加減に落ち着けと。でもこの時俺は考えた。


(おい、このままレストに会わせて良いモノか?いや、信じるか?いや、信じないだろうけど。でも万が一にも・・・)


 この調子でオッサンたちがレストに会った時の事を考えてしまう。

 初代皇帝が目の前に居ますよ?さて、コレをこの二人はどう受け止めるのか?


 理解したらソレはソレ、この止まらないオッサンたちは相手の迷惑顧みず、と言った感じでレストへと質問攻めをするだろう。

 その質問に即座に答えられなければ怒り出すか?などとすら想像に難くない。


 信じないなら信じないで話しは先へと進まない。何せ現皇帝が彼らにやって貰いたい事は初代皇帝からその時代の事を聞き出して書に纏める事だろうから。


(どうすっかな?どっちに転んでも面倒クセェ・・・)


 何で俺はこんな事をやってんだろうか?などと今更な事を口から漏らしそうになった。

 忍耐力はある方だと思っていたが、このオッサンたちの御守りをしているとウンザリが押し寄せて来る。

 そうは言っても仕事と割り切って我慢をしていればそれでも少しづつでも先へと進む。

 とは言え俺が「こっちだ」と道を案内してるのにも関わらずあらぬ方向の通路の方へと走って行ってしまうオッサンたちを捕まえて引きずって無理矢理連行するのはキツイ。

 それだけで無駄な時間が大幅増だ。それでも魔力固めをして纏わせた魔力を動かし操って無理矢理歩かせる、と言った事をしないのはオッサンたちの熱意に免じてである。


(俺もこの二人みたいに何かに熱中できる趣味が一つでもあればここには居なかったんだろうなあ)


 自分の会社員時代を思い出す。本当に、振り返れば虚しく、そして哀れで、そして悲しい人生だったと今なら分かる。

 仕事人間、そんな言葉で表現してしまえば印象はそこそこ良いモノとして捉えられるが。

 ブラック社員、そんな風にも言い換えれてしまう。それは凄く宜しくない響きだ。

 今ならちょっとだけ思う。当時の自分はそうした自分のつまらない人間性を誤魔化す為に仕事に没頭していたんじゃないかと。

 趣味と言える程に手につく物を見つけられず、それでいてずっと「振り向かない」人生だった。

 前だけ見て走り切ったと言えれば良いのだが、定年して会社を辞めた後の自分を見つめた時の感想が「何も無い」だったのだから言い訳もできない。

 自分の生きて来た会社員時代で何も変わらなかった、残るモノが無かったと言う事なのだから。これ程に寂しい人生は無いだろう。


 そんな自分を思い出してしみじみする。オッサンたちのこの情熱を羨ましく思う。

 だから二人のやりたい事をやらせる。一応は軌道修正も入れつつ。

 苦労はあったがそんな風にしてずっと進んで行けばいつしか扉の前だ。そう、ヌシの間へとやっと到着したのだ。


「おお!この扉の意匠は名工初代ガラムリアスのか!」


「確か城へと献上されたのでしたな!・・・は?ソレが何故こんな所に?」


 二人の目はそのヌシの間の扉に注がれている。意識も全て。

 その扉の両側には守護の為の「中身空っぽ鎧」が槍を持って立っているのだが。

 その扉の前にはこれまた「のっぺら執事」が立っているのだが。


 そんなものは知らんとばかりに二人がまたしてもその扉を良く観察しようと、もっと良く見る為に近づこうとして執事の横を通り抜けようと走り出す。


 しかしコレを執事が両腕を大きく広げて立ち塞がる様に二人を止める。

 それでやっとオッサンたちの目に執事が入った。でも最初のメイドの時みたいな驚き方はしなかった。

 只「ぎょ!」とした目になって立ち止まるだけ。流石に顔の無い相手は二回目なので悲鳴は上げなかった様だ。

 それでも。


「おおお!その胸の小さい勲章は代々皇帝に裏で使える一族の物だな!」


「素晴らしい!これは確かその一族の最上位の者に与えられると聞きました!まさか!?」


 皇帝の裏に仕えると言われる一族の事まで知ってるオッサンたちは大丈夫か?と思ってしまう。それって容易く口に出しちゃいけない案件じゃないのか?と。

 秘事を言い触らされない為に口封じとかされるんじゃないか?などと少しだけ心配になる。


 ここでこの執事に攻撃されると言った流れになると思っていた。最初に会った鎧の事もあるし、メイドたちもその手にナイフを持っていたのだから。

 どうにも俺がこのダンジョンを魔力固めで一時的にもレストの手から制御を奪ってしまう形にでもなったようで、彼ら「魔物」の制御も離れてしまったと言った感じになっているのだ。


 だけども執事も、その扉を守る守衛の鎧もこちらへの敵意などは見られない。


 そんな事を俺が思っていたらどうにも執事が胸の前に両手を当てて深めの一礼をした。

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