本物の熱量とは如何なものか?
と言う事で翌日の昼、俺はまた一つ美術品を持ってオッサン共の天幕へとお邪魔した。
そしてここでババーンとその美術品を取り出して掲げて見せた。単刀直入である。
縦40cm、横50cmと言う小さい物ではあったが、その絵画はもの凄く緻密に描かれていて情報量が半端無い。
どうやらこの絵画はレストが初代皇帝になった時の戴冠式?建国式?とかいった場面を切り抜いた絵であった。
「ばばばばばば!馬鹿な!何故それをお前が持っている!?」
「まさまさまさまさ・・・まさか!文献には正式に載っているのにも関わらず未だに見つかっていないとされるモノをどうして!?」
この二人の反応に俺はサッと絵を背後に隠す。
「貴様!ソレをもっと見せろ!」
「その絵は貴方が持っていても何の価値も無いモノです!私に渡しなさい!」
俺は背後に隠すと同時にインベントリにソレをしまっている。だから二人が椅子から慌てて立ち上がって俺に掴みかかって来ても遅いのだ。
「何処にやった!?今の絵画を!渡せ!私に!」
「何処どこドコです!?貴重な資料の一つですぞ!貴方が持っていても無駄なんですよ!」
俺は無言で迫る二人をひらりと躱して天幕を出る。そして一言。
「ああ、コレもダンジョン調査で出てきました資料でしてね?いや、お二人はダンジョン調査に協力をしないと言っていましたか。ではコレは渡せませんねぇ。調査資料として関係の無いお二人に渡す訳には・・・あ、お仕事の途中にお邪魔してすいませんでした。この辺でお暇しますね。」
俺はそう言ってダンジョンへと入って行く。その背後からはもの凄く悔しそうな呻き声が二つ響いて来ていた。
「うぬぬぬぬぬぬうううううう!」
「むききききききいいいいいいい!」
オッサンの出すそんな叫びなんて誰得だ?と思いつつも俺はワープゲートを出してヌシの間に移動する。
「おっす!大成功!いやー、なんだろうね?あの二人あんなであってもかなり優秀な人材みたいだな。」
俺が持って行った物をチラリと一瞬しか見ていないのに、どうやらその物の価値をちゃんとその短い間に見抜いている様だったし。
「溜飲が下がりますね。エンドウ様をあれだけ馬鹿にした言葉を吐いていましたから、いい気味デス。」
ダシラスはそう言てニコリと微笑する。しかしブラックな笑いであり、決してスカッとした、と言った感じでは無い。
「エンドウ殿、もう私の研究はキリの良い所まで行ってある。二人をここに連れて来てやったらどうだ?」
ワークマンはそう言って持って来た資料とレストとの質疑応答を見比べて新たに情報を纏め直している。
「まあ陥落するのはもう一押しでイケるだろ。けど、レストが初代だって事を二人が信じるかどうかはまだ分からないな。それに何だか今日の食いつき具合の様子を見るに暴走する可能性があるしな、信じたら信じたで。」
俺は懸念を口に出す。今日のあのオッサンたちの瞬間的で、かつ、激しい反応に思う所がある。
もし本当にレストが初代皇帝だと認めればどうだろうか?二人の熱量は本物であると俺は今回の事で確信した。
そうなると何でもカンでも噛みつくようにレストへの質問を繰り返すのではないかと思ったのだ。
自分の興味以外の事に気を配らない、いや、配れなくなる?あの二人の性格だと最初から他者への配慮と言ったモノが欠けている様に見える。
何ら遠慮も無しに聞きたい事だけ一方的に口にしてレストの事など全く気にもしないのではないだろうか?
それではレストの負担が大きくなる一方だ。行き過ぎたら俺がオッサン二名を止めなくちゃいけない。
「いいさ、別にもう私は過去の人物だ。今更その程度の事で揺らぎはしないよ。」
レストがそんな風に言う物だから俺はちょっと警告しておく。
「あんまり舐めない方が良いぞ?ワークマンは割と大人しかっただろうから、そんな事を軽く言えるんだ。「本物」って奴はいつだってヤバイものだから、覚悟は決めておいた方が良い。まあ、そんな奴らを俺が連れて来ちゃったみたいなものだから、いや、ホント、ゴメン。」
俺は今の内にもう一度レストに頭を下げて謝っておいた。
その後は雑談だ。ずっと引き篭もっていたレストの為に帝国のざっくりとした歴史をダシラスが教える。
俺もソレを一緒に聞いていたが、どうやら今の帝国になるのにかなり早い段階で傾向が出ていた様だ。
五代目から素案作りが始まり、紆余曲折、七台目で施行。その後は法改正を重ねつつも急激に発展、急速な拡大に多様化、そこから今が大体安定期と言った様子らしいのだが。
「私が望んだ平和では無いけど、それでも、まあ、大体の部分は叶っていると言えるのかな。」
しみじみとそんな風に感想を漏らすレスト。自分の出る幕は無い、そう感じているのだろう。
確かに遥か昔の人物が時を経て現代に蘇っても、さあ大変。今更というやつだ。
今の時代を生きる者が、今の時代を治めるのだ。過去の亡霊モドキが出て来たからと言って「じゃあハイ頼みました」と政治を頼める訳も無い。
過去の遺物は引っ込んでろと、口の悪い者であればそんな言葉を口にする事だろう。
そんな話をしていると時間の過ぎるのも早い。どうやらおやつの時間と言った具合になっている。小腹が空いていた。
お茶を用意して一服してから俺は再びオッサンたちの天幕へと行く事にした。
ここで畳みかけてしまおうと思ったのだ。こんな事に無駄に時間を掛けるモノでも無いだろう。
昼に持って行った絵画は元の位置に戻して今度は違う美術品を手にする。それは大理石?で出来た像だ。
重い物であっても俺には関係無いのである。常時自分に魔力を纏わせているので身体強化もほぼしっぱなし状態と変わらない。
その像を軽々しく持ってダンジョンから出てまた突然天幕へと入る。
しかし今度は像を前に出さない。
「こんにちは。またお邪魔しますね。所でお二人が今調べている資料って何が書かれているんですか?」
俺の突然の訪問に険しい顔で迎えるオッサン二名。しかし直ぐに机に向き直って仕事を続けてこちらに構ってくれない。
どうやら抵抗をしようと一生懸命らしい。だけどもちらちらと俺の背後にある像へと視線を頻繁に向けて来ていてその様は面白可笑しい。
どうにも直ぐに俺へと食いつくと即座にダンジョンへと戻って行ってしまって美術品を観察する時間が短くなると考えた様だ。
「ああ、教えてはくれないんですか?そうですよね。俺に何か話しても無駄だと思っているんですよねぇ。しょうがないかぁ。じゃあ俺はもう戻りますね?」
会話を続けるつもりが無いのであれば俺は此処に居るつもりは無い。
こうなってしまうとオッサンたちの浅い作戦は失敗になってしまう。
それを即座に修正する為に頑固オヤジの方が口を開いた。
「初代の頃の重要資料だ。あの頃の時代背景や皇帝の人柄、城の内部の様式など。幾らあっても足りない位にあの時代の資料は少ないのだ。」
結構教えてくれた。きっと会話を続ければ俺が長居するので像の観察を少しでも続けられると思ったんだろう。
既にオッサンたちは俺が持って来た像の価値などを見抜いているらしい。
俺と会話をすれば堂々とその像の方に視線を向ける事ができると思って仕事を一時中断する二人。
「貴方には分からないかもしれませんがね、我々は生涯を持って初代の歴史を追い求めているのですよ。我々の生きる国の始まりを知る。私たちは本気なのですよ。」
オタク眼鏡の方は少量の熱意を含めてそんな事を俺に向けて行ってくる。
「なるほど、それは素晴らしいですね。誇りをもって自身の仕事を追い求める。いや、中々真似できない生き方です。御二方は強い心をお持ちなんですな。」
俺は皇帝がこの二人に仕事を任せた事に此処でやっと納得がいった。
ならばとこの言葉を伝えても良いだろうと思って口を開く。
「皇帝陛下が貴方たちにさせたい仕事はダンジョンの調査です。もう薄っすらと分かってきていると思いますが。」
二人はまた黙った。それは要するにもう察したのだ。ダンジョンの中はその「初代」の頃の品で溢れていると。
俺が持ち込んだ品を見て即座にソレがいつ、どの時代の物なのかを大体把握できるくらいにその鑑定眼は鋭いのだ二人は。
今も俺の背後の像が一体いつの時代の物であるかは既に辺りを付けているだろう。
「でも、それだけじゃない。今はそう言っておくに留めるけど、お二人とも、覚悟が決まったら言ってください。また明日も来ます。」
俺はそう言い残して天幕を出る。素早く像も一緒に持って帰る。
「今ので決めようと思ったのにな。二人とも何であんなに頑ななんだろうな?」
恐らくだが別に意味も理由も無いんだろう。敢えてつけるなら、俺の事が気に食わないと言った感じか。
俺の事なんてこれっぽっちも知らない癖にその点だけで意地を張っているんだろう。
まあ純粋に今取り掛かっている仕事を放りだせないと言った事も付随するだろうが。
「さて、また明日の朝に行くか。今度は何を持って行ってみようか?」
ちょっと楽しくなってきた。ダンジョンの中はまだまだ様々な美術品がある。
当時のこの場所にあった別居の城に飾られていた物なんだろう。ダンジョンがその城を丸々一緒に呑み込んだと言うのがもう確実である事はこれ以上調べないでも分かる。
俺はまたヌシの間に移動する。そしてまだオッサンたちが頑なに動かない事を伝える。
「そういった種類の人物は一度そんな風になると中々動かないモノだ。気長に待てば良いと思うが?」
ワークマンの意見はもう既に自分がやりたい事をやり切った者の言葉だ。余裕が感じられる。
「そういう態度で居れば居る程に長く苦しむ事になります。エンドウ様への態度の代償として妥当でしょう。」
ダシラスは何だか俺への敬い具合が悪化している様に感じてならない。
「私はいつでもいい。待つよ。時間は幾らでもあるしな。」
「あんまりだらだらと待たせる気は無かったんだけどな。すまんレスト。」
大人な対応のレストに俺はまたやっぱり謝る。こんなにも厄介で長引く様になるとは俺は思っていなかった。
「さて、もう食事の準備をしてさっさと寝よう。あ、ダシラス、何だか仕事と言った仕事をさせられてないけど、何か不満はあったりするか?」
俺のこの心配にダシラスは。
「不満などと畏れ多いです。今この場に居られる事すら望外でありますので。」
深く頭を下げてそう言うダシラス。心配は要らないらしい。
こうして俺たちはいつも通りに食事を摂って早めの就寝をした。
さて、俺たちはずっとこのヌシの間に居る訳だが、人の営みで大事なのは何も食事や睡眠だけでは無い。排泄も生きる上で必要な行動だ。
さて、何が言いたいのかと言うとだ、このダンジョン、トイレがある。水洗便器だ。俺のよく知る形であった。
初日にレストに厠の質問をした所、ダンジョン内にあると言う答えが返ってきたのだ。
俺はコレに流石にモニョった。深く考えてはいけない案件だとすぐさま思考の切り替えをしている。
何せ流れた汚水は何処に?いや、そもそもなんでトイレットペーパーまで完備?と言った様々な問題が目の前にあったからだ。
そんなこんなでダンジョンのそのトイレを見た時に俺の思考は宇宙に飛んだ。即座に戻ってこれはしたが、未だにその時の事を思い出すと頭が痛くなってきそうになる。
(普通に野営であれば地面に穴を掘って、そこに出して、埋めて、で終わる話だ。俺だったら魔法で水を出して洗う事も簡単だし?)
でも、ここはダンジョンだ。その水洗便器から流れて行く汚水の流れ着く先は何処だ?と考えるだけで訳が分からなくなる。だからその事は即座に考えない様にして思い出さない様に思考に蓋をして封印している。
外で天幕を張って、野営をしている二人は、いや、お付きで一緒に来ている様々な使用人たちは大変だな、などと思いながら俺は眠りについた。
そうして翌朝。いつも通りに変わらず朝食を摂る。準備は俺がいつもしていた。
コレにダシラスは恐縮していたが、どうにもダシラスは食事を作るのは苦手と言う事で俺が全てを担っている。
ワークマンは別に作るのはへたくそでは無いらしいのだが、味付けが微妙にいつもなるらしい。
なので消去法で俺なのだ。レストは当然皇帝なので調理なんてできないだろうと思ったが。
「いや、できない事も無いぞ?私がこの周辺にあったダンジョンを片っ端から潰していた時には食事準備はいつも順番制でな。私の作る食事は仲間内では良い評価を貰っていた。ダンジョンがこの土地周辺に全く出現しなくなった頃にようやっと落ち着いて国造りをし始められるようになってな。」
「ん?この近辺でダンジョンがずっと発生していたのか?それを次々に攻略しても幾らでも湧いて出て来た?」
俺は引っ掛かった。ここ帝国の周辺はどうやら当初はダンジョン都市の様にあっちこっちにダンジョンがあったらしい。
ずっと潰しては沸いてきて、潰しては湧いてきての鼬ごっこだったと言う。ソレが全く出現しなくなった?
「ダンジョンができるって事はその空間は魔力でできてるんだよな?そしてダンジョンを攻略するとその魔力は消えてなくなる?消えては出てきての繰り返しをそれだけ繰り返していたと言う事は、ここの土地はそれだけ魔力が豊富だったのかね?」
豊富だった魔力が無くなればダンジョンは発生しない。そう考えても良いだろう。
だけども、いつもどんな事も、同じ事の繰り返しは余りにも重ね続けると「歪み」ができる確率が上がる。
「なあ?ダンジョンって攻略されて消滅すると本当にそこで使われていた魔力は全て完全に一緒に消滅するものなのか?残滓とかは?」
俺はそのまま考えを続けて話す。
「その残滓がもし重なっていった場合、ダンジョン一つくらい作れるくらいに膨れ上がったりとかは?」
これは嫌な予想だ。しかし何だかしっくりくる理由でもある。
レストが暗殺により殺されそうになったその時の、ダンジョンとなる魔力溜まり、空間の歪みが作り出した「穴」。
まさかとも思えるが、しかし俺の中ではコレが「なるほど?」とストンと腑に落ちた。
「・・・因果というモノなのかなこれは?確かにそう考えるとどんな偶然だ?とは思えるが。私の身に起きた事はなるべくしてなったと言う事か。現実は想像を超えるのだな。」
レストがしみじみとそんな事を口にした。どうやらもう達観していてこんな状況になった原因を既に呑み込んでいる。
ワークマンは俺のこの予想が興味深いらしく、新しく紙を取り出してそれにメモを書いている。
「あ、今日も向こうに顏を出しに行ってくるから。んじゃ宜しく・・・とその前に、ワークマン、研究は終わりで良いんだったよな?レストに話を聞かないんだったら時間も余るだろうし、コレを置いてくよ。時間潰しにレストと遊んでてくれ。」
俺はチェスを取り出して説明書付きで渡す。コレにレストは興味を惹かれてまじまじとチェスを見る。
恐らく似た様な遊戯盤はレストの時代にもあったのかもしれない。「ほう?」と何だかちょっとだけその視線に物珍しさと懐かしさが混じったような複雑な吐息が漏れていた。
こうしてまた俺はオッサン二名の天幕に向かう。手に持つのは飾り皿だろう滅茶苦茶に豪華な装飾の物である。
ソレを脇に抱えていきなり天幕に入る。許可を得たのは結局は最初に来た時だけ。
こうしていきなり俺が入って来る事にも慣れて来たのか、オッサン二名は直ぐに俺の方に向き直る。
「持って来た物を見せろ。それは重要な資料だ。初代の頃の品だろう?ならば我々が持ち、調べる。」
「ダンジョンの中にどれだけの品々が存在するのかは知りませんが、調査であるならば我々に預けるのが本来でしょう?」
いきなりそんな事を俺に言ってくる二人。なるほど、確かに理屈が通っている。
「いえ、渡せませんね。だってお二人はダンジョン調査に協力しないつもりだったんでしょう?なら都合の良い所だけ食いついて成果を横取りしようとしているような発言でしか無いですね今のは。そんなあさましい行為をするのが貴方たちの矜持ですか?」
「何を言うか。皇帝が我々に命令書を出してまで調査をさせようとしたのだぞ?ならばお前こそが私たちに協力するべきだろうが。」
「そうです。このダンジョンに初代の頃の資料が多く残っていると判断して皇帝は私たちに調査を命じたのでしょうから。ならば何らおかしい事は言ってませんよ。」
「いえ、俺は直接に皇帝から貴方たちに「やらせたい仕事」と言うのをちゃんと聞いているんですよ。それを何も知らないで自分たちの要求だけを押し付けようとするのはどうなんですかね?それに俺がそもそもこのダンジョン調査の全責任を持っているんですよ?言う事を聞く気が無い事を最初から直接お二人は俺に伝えて来ていたでしょう?ならそんな相手からの謝罪も無しに仕事を与える事なんてするはずが無いじゃないですか人情的にね。」
言い返す。道理が通っていようが、理屈が無かろうが。感情で突っぱねる。
こんな謝罪の一言も口にする気が無い高慢ちきな相手に対して下手に出て「はいはい」と素直に言う事を聞いてやる気は無い。
コレにまた頑固オヤジの方は「貴様あ!」と怒りを込めて叫び、オタク眼鏡は「その態度は何だ!」とヒステリックに叫ぶ。
「じゃあお邪魔しました。また昼に顏を出しに来ますね。」
俺はさっさと天幕を出る。良い加減ちょっとだけうんざりしてもいる。しかしここでこちらが折れる気は無い。
あのオッサンたちは絶対に調子に乗る。こっちが少しでも譲歩しようものならばずけずけとそれ以上に踏み込んで来るだろう。
ある意味で自分に正直。悪く言えば他人の事など知った事か。扱い難い、もの凄く面倒臭い。
「次で陥落してくれると助かるんだけど。・・・無理かなぁ?」
オッサンたちを、歴史家二名のあの性根を叩き潰せるだけのインパクトのある物を見せつけなければ、もしかするとずっとこのままかもしれない。
主の間に戻ってみるとレストもダシラスもワークマンもチェスに集中していて俺が居る事に気付かない。
この娯楽が気に入ってくれたのならソレはそれで良い事だ。しかしここで俺はレストに相談したい事がある。
「なあレスト、これだ!って感じの唸らせられる品って無い?どうにも向こうは梃子でも動かないって感じでさー。爆破したい。」
「・・・何を言うかと思ったら爆破と言ったか今?物騒だな。まあ、そうか、無い事も無いと思うが。」
ワークマンとダシラスがチェスで対戦していた。レストはソレを観戦していたので俺のこの求めに直ぐに返事をしてくれた。
ダシラスはソレを見てやっと俺が戻って来た事に気が付いて慌てて頭を下げて「お帰りなさいませ」と口にする。
俺はダシラスに対戦に集中していて良いと言っておいてレストに問いかける。
「レスト、その一品貸してくれない?あ、もし大事な物で人手に渡したくないとかあるなら別に良いんだけど。」
「いや、こんな物を今更、と言った代物だから大丈夫さ。・・・これだね。」
レストはヌシの間にあった玉座のクッション部分をパカッと開ける。するとそこから出て来たのは王冠だった。
シンプルな意匠の王冠だ。装飾が一切無い。金でできているのか、俺の知らない鉱物でできているのか、その表面はキラキラと光を反射して黄金に輝く。
「コレを見せれば俺の言う事を素直に聞いてくれるようになる?」
「いや、そこまでは分からんよ。何せこれの価値が今の現在にどれくらいになるのかは私にはさっぱりだ。」
ダシラスは結構博識だ。ならばダシラスが分かるかと王冠を見せてみたが。
「いえ、私は専門家ではございませんのでそこまでは。」
との事だ。結局この王冠でオッサン二人がこっちの言う事を聞いてくれなかったら一度皇帝に話をしに行くのが良いだろう。
「あ、ワークマン、ダンジョン都市に戻るか?調べた事を纏めるのにも研究所に戻った方がより捗るんじゃ?」
俺はそうワークマンに提案した。コレをワークマンは了承する。
「そうだな。コレが終わったら荷物を整理しておこう。世話になってばかりだなエンドウ殿には。」
「忘れない様にな、論文書くの。王国にも帝国にもそれを提出しなきゃいけない、だろ?」
「・・・忘れていた。いや、期限は決められていなかったはず。うむ、気長にゆっくりとやろうか。」
ワークマンをこのダンジョンに連れ出すのに色々とあった。このダンジョン調査は王国と帝国が協力と言う形を取っているのだ。
その調査の専門家として調べた内容を双方の国へとワークマンはレポートを出さなねばならない。
俺は「頑張ってくれ」と一言だけ応援をする。それ以上は何とも言えない。だって俺がワークマンをここに連れて来たのだから。
ワークマンも別に嫌々で来た訳では無いしこれくらいの言葉くらいしか言えない、思いつかない。
そうこうしている内にチェスはダシラスの勝ちで終わる。コレにワークマンは少々悔しいようで「うぬぬ」と唸る。
しかし俺が荷物整理を促したのでソレを一旦収めて片づけを始めた。
「じゃあ先に俺はこれ持って行ってくる。コレで駄目だったら皇帝にまた命令書でも出して貰わないと駄目か?」
そもそもその歴史家二名へと出した命令書の内容が具体的じゃないのがいけない。
いや、具体的と言えば、具体的と言うか、何と言うか。何せダンジョン調査に加われ、と言うのだからこれほどに単刀直入な言葉は無いだろう。
しかし全く違う畑の研究者を派遣するなんて言うのは、その命令を受けた当人からすれば納得いかない中身だ。自分たちに何をさせる気なのだ?と。ジャンルの違う調査なのだから何の役に立つのだ?と。
けれどもこれに「本当の事」を書いて命令書を出していたとしても、あのオッサンたちならばきっと信じたりはしないはずだ。
そんな事をしても寧ろ皇帝の事を「頭がイカレたか?」などと判断したのではないだろうか?
初代皇帝がダンジョンに取り込まれて今ではヌシとして存在している、などと理由を説明してもきっと冗談がきついと突っぱねたのではないだろうか?
「王冠一つで何が変わるか、だよな。これってどう見ても何の変哲も無い只の王冠だぞ?」
宝石も付いていない、装飾も無い、特別な魔法が掛かっていると言った様子も無い。
本当にシンプルな、誰もが思い浮かべるに基本的なあの形。水滴が水の表面に落ちて弾けた所をスローモーション撮影、みたいな。テレビ番組で見た事あったりするあの形だ。
こんな物であの二人が食いつくか?と思ったのだが、コレがどうにもこうにも。
俺の方へと向いて即座に二人の顔から表情が抜けて真顔に。そこから突然。
「それをこちらに渡せえええええええええええ!」
「何故貴方がソレを持っているううううう!こちらに引き渡しなさいイイイイィ!」
食いつき方が今までとは違った。目が血走っている。俺は頭に王冠を被って天幕へと入ったのだが、いきなりこれだった。何処にそんな瞬発力があったの?と疑問に思う間も無く間合いが一瞬で詰まる。彼らは即行で俺に迫って来た。
この二人の乱れ様は一体何なのか?この王冠にそこまでさせる程の価値があると言うのは分かったが。
「こわっ!恐っ!コワッ!怖っ!」
俺は二人の勢いとその鬼の形相に超ドン引きして魔力固めを行使してしまった。しかも結構ガチに固めてしまう。
「むごぅおォっ!」
「むぐぅふぅっ!」
それでも抵抗を見せようと二人の喉の奥から力のこもった呻きが漏れ出て来る。
ここで俺はやっと少しだけ冷静になれて魔力固めを一部だけ解く。もちろん下半身は固めてその場から動けない様にして。
これ以上接近されるのは御免だ。オッサンたちの顔は非常に恐ろしいモノと化しているからだ。
「・・・ふぅ。それほどまでに食いついて来るとは思っても見なかった。えっと、それじゃあ、今ここで改めてお聞かせ願いたいですね。俺の言う事をちゃんと聞いて、このダンジョン調査に協力をしてくれますか?皇帝陛下が貴方たちにやらせたい「本当の仕事」をしっかりと受け止めてくれますか?」
「その前にその王冠は何処で手に入れたぁ!」
「裏側!裏側をその前に確認させてくださいっ!」
まだ興奮冷めやらぬ、と言った感じで唾をまき散らしながら俺へと大声をだして要求する二人。
その言葉に「その前に」と入っているので協力する気になってくれたと判断しても良いのだろう。いや、後から何かと言い訳をしてくる事も予想しておかないと駄目かもしれない。
ここでちゃんとハッキリとさせないと駄目だ。どちらが上かと。言質は取らねばならない。
「さて、ちゃんとハッキリと口に出して言って頂きましょうか?宣言、そうで無いと、ほら、この通り。もう二度と貴方たちの前には王冠は出しませんよ?」
俺は二人の目の前で王冠をインベントリにしまった。