何ともならない
無視した。俺は支配人に用は無い。ダンジョン調査の件でそれ所じゃない。
用があるなら直接俺の部屋に支配人本人が来てちゃんと説明すれば良いだけだ。
何故俺が呼び出されて一々闘技場へと行かねばならないのか?嫌である。
もしコレが支配人を騙った者の呼び出しであったならばソレもソレだ。
相手のペースに乗せられるなんて真っ平御免である。まあ俺は力ずくでソレをぶち壊しにできるのだが。
相手が考えていた展開を台無しにして吠え面かかせてやっても良いのだが、一々闘技場まで俺が行かねばならないと言うのが駄目だ。
先ずここで俺は「行かない」と言う選択肢を取る。こうなったら何もかもが始まらないのだからコレで良いのだ。
本当に支配人が俺に用があって呼び出したと言うのであれば、コレに憤慨して俺の宿泊部屋にやって来て文句の一つも言おうとしてくるのでは無いだろうか?
俺を狙った暗殺を企んでいた者であったのなら、この方法が失敗した事を直ぐに悟ってその後の作戦をもう一度考え直す時間を取るはずだ。
「どちらにせよ、俺に用があるならそっちが来い、ってな。呼び出されて「ハイソウデスカ」と素直にソレを守る性格じゃ無いんだよなあ。」
以前の会社勤めの頃の自分ならば、きっとホイホイとコレに闘技場まで足を運んでいた事だろう、律儀に。
でも、今の俺は全くあの頃と性格が変わった。それこそ別人か?と言える程に。
当時の会社員時代を知る者がここに居たらきっと「お前誰だ?」と口にするだろう確実に。そんな位に今は以前の自分とは懸け離れている。
だから、呼び出しに応じない。勝手、我儘を通す。それができるだけの力を今は持っている事も一因だろう。
魔法と言うのはこの世界には別段当たり前の存在として受け入れられているが、俺にはそうでは無い。
考えれば考える程に、この魔法と言う力を恐ろしく感じてしまう。
なるべくならそうして深く考えない様に普段からしているが、それでも時々「魔法」に思いを馳せて身震いしてしまう。
こんな強大な力を個人で持つモノじゃねーな、と。
そうこうして朝食を食べ終えた俺は店を出た後に直ぐに路地裏に入る。そして直ぐにワープゲートでレストの元へと移動する。
「おーい、どうだ?何処か異変が起きたりとかは無かったか?」
「・・・来たかエンドウ。いや、不気味な程に何も無いな。君が昨日にこのダンジョンの拡張を止めてから何も変わっていない。本当に、何も無いよ、恐れ入った。」
どうやらダンジョンは今の所の異変は出ていない様子だ。出ていたらソレはそれで大変である。
まあ俺の方でもこのダンジョンへと今も流している魔力に変化が有れば感じ取っていたと思うので、レストの言う通りに何も起きてはいないんだろう。
「なあ?所でさぁ?レストがそのダンジョンの「穴」に飛び込んだ後の事ってどうなったんだ?」
「ソレは「あちら側」でその後に何が起きたか?って事だろう?ソレは私には分からないんだ。気付いた時にはもうこのダンジョンの中、そして外には一切出る気は無かったからね。」
「ここはレストの想像力で具現化されている、って事で良いのか?」
「このダンジョンかい?・・・そうでは、無いね。どうやら私が住んでいた建築住居の一部を取り込んだみたいではある。」
「ソレは要するに、ダンジョンがレストの住んでた家を一部だけでも呑み込んだ、って事で良いのか?穴に飛び込んだ後に?」
「そうだね。そう考えられるだろう。」
「なあ?一部だけか?本当に?・・・何か俺にはそうは思えないんだが?」
俺はここで疑問をレストに投げる。確かにここはダンジョンで、レストがここに引き篭もっていた間に魔力が充填されたりしただろうけれど。
それが満ち満ちて外の世界へと繋がってしまう程になってしまったかもしれないけど。
それでも拡張をそこまで簡単に出来る物なんだろうか?いや、ダンジョンの研究者じゃないのでそこら辺は何も分かりはしないのだが。有り得るかもしれないし、有り得ないかもしれない。
そう言った事は観察、観測した後に事実が判明するのであって、今はまだそこら辺の結末に至る程の情報が手元に無いので何も断言できない。
でも、ふと考えたのだ。レストは此処にずっと引き篭もる事を決めていた。
そんな人物がそもそもダンジョンを拡張するなどとは一切考える事は無いだろう。狭くて充分なのだから。
しかしこのダンジョンはそのヌシの意志の通りには行かずに拡張をしていると言う。
ソレをレストは止められないと言った。するとどうだろうか?何で止められないかの理由がそこに存在しているはず。
「なあ?俺の推測で話すけど、もしかしてレストが生活していたその建物ごと、ダンジョンが呑み込んだんじゃねーの、それって。こうして世界に繋がって、そこから徐々に呑み込まれたその住処が外に現出しようとしてるんじゃないか?」
「・・・もしそうなら教えてくれないか?ダンジョンの入り口周辺は今どの様な状況になっている?」
「大草原?まあ、何も無いね。この場所周辺に何かしらの遺跡の様な残骸すら見受けられない。」
俺の答えにレストが「そうか」とだけ返してくる。俺はコレに悟った。推測が大体合っていたんだと。
「ちょっとした「城」であったんだ。だから、その跡地に「何も無い」と言った事は考えにくいな。エンドウの推測は当たっているかもしれない。」
レストがそんな答えを導き出す。こうなればだ。さて、その城をこのまま出現させてしまうのは宜しくないと言う事になるだろう。
いきなりそんな建築がいつの間にか現れたりしたら大事になるだろう。
帝国へと戦争を仕掛けようとする国が出城をいつの間にか築いた?などと言った展開に。
「なるはずネーナ。驚きの矛先がそもそもそこまで行くより前に何でいきなり城が、って事に注目するだろうし。」
城がいきなり出てくれば帝国の役人たちは直ぐにでも調査団を派遣するだろう。
いや、もしかしたら占拠するための軍、もしくは破壊する為の兵器を導入して来るかもしれない。
そんな流れになる事はそう確率的に高く無いと思うが、もし万が一にもそうなれば面倒極まり無くなる。
「このまま俺がダンジョンの拡張を止めたままにしておいた方が良いな。どう考えても外に出しちゃ駄目なやつだコレ。」
今の所はこの止める事に関して俺に負担は無い。なのでこのままダンジョンの件に解決の糸口が見つかるまではこのままにしておく方が良い。
「早い所ワークマンを呼んで色々と調べて貰わないとなぁ。それよりも、ドラゴンの事に関しては、さて、どうしようか?」
俺はあの気まま勝手なドラゴンを探す方法を考えた。でも、頭を捻っても良いアイデアが浮かんでこない。
アイツが今どこをほっつき歩いているのかすらも分かっていないので、そこから始めるとドラゴンを見つけるにしても骨が折れるだろう。
「俺から探しに行くんじゃなくて、あいつが俺を見つければ良いだけか。いや、俺の事を見つけてもアイツが来るとは限らない。このダンジョンの事も詳しく解説してくれればありがたいんだけどなぁ。」
それにしたってドラゴンに俺を見つけさせるにしてもどの様な方法が良いかも思いつかない。
そうして俺が悩んでいればレストが声を掛けて来た。
「・・・何故君はそこまでしようとする?いや、以前に理由を聞いたけれど、あれは冗談だと思ったんだ。本当の所はどうなんだい?」
「ん?いや、あれが本心だけど?それ以外には別に隠してる事も無ければ、他に理由がある訳でも無いね。」
「どうやら本気みたいだね。敵わないな、全く。」
レストはまた何か一人で納得した様子だ。呆れた、と言った顔から一息ついて「ウンウン」と首を縦に振っている。
俺はコレに「なんだかなあ?」である。レストが何を考えているのかサッパリだ。でもここで彼の心情にツッコミを入れて詳しく聞いている時間でも無い。
「それじゃあ先にワークマンの所に行ってくる。今日中には連れて来るから待っていてくれ。」
俺はワープゲートでワークマンの研究所に移動する。今度はちゃんとワークマンの執務室のドアの前に出て来た。ちゃんとノックをして入室の許可を得てから部屋へと入る。
「入り給え・・・なんだエンドウ殿か。ん?もう時間かね?まだ随分と早い様だが?」
「荷物だけ先に取りに来た。あっちに先に持って行っておくけど、まとめた物は何処に?」
「ああ、隣の部屋にある。・・・自分ではかなり少なくした方だと思うのだが、何かあれば言ってくれないか?」
どうやらワークマンは「あるある」に嵌まったらしい。物を持って行く際に「アレもあったら役に立つかも?」「アレも使うかもしれない」と言った感じで荷物が増えてしまうやつだ。
ここで俺は隣室に続くドアを開けた。そして中を見ればそこには。
「俺には何に使うのか分からない道具が沢山だよ・・・しかも書籍も一山あるな?」
そこには何かしらの調査用の魔道具なのか?様々な大きさの金属製の箱が幾つも幾つも山積みに。
その一つ一つは別にそこまで大きい物では無かったが、それでも最大でバスケットボールに近い大きさの物もあった。
そして追加で、恐らくは参考にする為の今までに研究発表されてきたであろう論文の山。
紐でしっかりと縛られてばらけない様にされている。
「・・・まあ、良いだろ。インベントリに全部仕舞っちゃえ。後はこれで王子様の方の手続きが終わればさっさと移動だな。」
俺はワークマンの荷物をさっさと片付ける。その姿はワークマンに見せない様に。
きっと俺が無限に荷物を持てると分かればきっと「コレも、それも、アレも!」と追加が増えて終わらなくなる。
その部屋から出てソファに座る俺。何にも言わない。荷物の件は下手に口を開かずにおいた方が良いだろう。王子様の許可の話をワークマンへと振った。
「なあ?とりあえずは手続きの件が済んだ事を確認したら先にワークマンはダンジョンに送る。帝国の方への書類提出なんかの諸々は俺の方で片付けておくからさ。」
「いや、それは私も同行させてくれ。と言うか、幾ら話に聞いた通りに、ダンジョン主がマトモであろうともだ。私一人と言うのは流石に何かあった場合の対処ができん。エンドウ殿に一緒に居て貰いたい。」
「まあそこら辺は不安だよな。いきなりあっちが何がきっかけで豹変するかなんてわからんだろうしな。」
人なんてどんな拍子で変わってしまうかなんてわかりっこない。もし相手の地雷を踏み抜いてしまえば機嫌を損ねてしまうのは当たり前で。
そしてワークマンが相手をするのはダンジョン主である。幾らその相手がマトモであると分かっていてもだ。
予測不能な事が起こった際に「普通の人」であるワークマンだけで対処ができるはずが無い。危険である。
「すまん、そう言われたらそうだよな。レストが別に話していても何処もおかしくないからさ。とは言っても相手はダンジョン主だもんな。やっぱりどこかしら危険を感じておかないとならない相手ではあるか。」
俺は自分がレストとの会話に何ら問題無かった事で少しだけ見る目が曇っていた。
ワークマンを連れて行けば後は勝手にやってくれるだろうと。そんな勝手な事を考えてしまっていた。
この指摘をされてやっとその事に思い至った事が少々気まずい。そんな俺の気分などお構いなしでワークマンはお茶を出してくれる。
「休憩だ。書いておかねばならない書類が今終わった所だ。」
どうやらワークマンはこの研究所を暫く離れるに当たって引継ぎ書類を書いていたらしい。
そこで俺はこんな時になってからこんな質問をしてしまう。言うのがこのタイミングでは遅すぎにも程がある。
「助手とかは要るか?忘れていたけど、調査には人手が要るよな。ワークマン一人じゃ出来る事が少なくなっちまう。」
「いや、今回は別に調査要員は控えておこう。私一人で良い。一応はヌシから話を聞き、その内容を今までのダンジョン研究に照らし合わせて行くつもりだ。一つ一つ丁寧に確認を取りたいのでな。余りに多く研究者が押しかけてもアレもコレもと忙しいだけだ。」
どうやら最近までずっと忙しかったワークマンはもっとノンビリゆっくりと研究をしたいらしい。
そして多分来てはいないだろうと思ったが、ワークマンの所にドラゴンが来ていないかどうかを訊ねる
「なあ?ドラゴンはこっちに来て顔を見せに来たりとかはしたか?」
「いや、来ていないな。どうした?何かあったのか?」
俺はここで「うーん」と一つ唸る。ワークマンに俺自身の悩みを聞いて貰うだけでも心が軽くなるだろうかと考えて。
「いやー、実はなぁ。」
そうして俺はダンジョンの拡張の件と、それからソレを止めた際の俺の中の魔力の減りが全く感じられなかった事を話す。
そしてソレがドラゴンなら分かるだろうと思って呼び出したい事も。
「・・・恐ろしい話だな、それは。確かにソレは知っているかもしれないであろうドラゴン殿に聞かねば答えが分からんかもしれんな。」
ドラゴンは今頃は何処に居るだろうか?人の社会の事を大体は理解したドラゴンは今は自由に世界中を飛び回ってあっちこっちと観光して回っているんだろう。何時俺の所に気まぐれでやって来るか分からない。
俺のこの状態はワークマンにもさっぱりだと言う。ならばもっと魔力、魔法に詳しい師匠に話を聞いておくべきかもしれない。
ドラゴンを呼び出すと言った事をする前に、そこで答えが出るかもしれないと言うのもある。
師匠は北の町に滞在しているはずだから行けば直ぐに会えるだろう。でも今は先にコッチの仕事を八割方片付けたくらいまではしておきたい。
そんなこんなでもうそろそろ時間になる。俺はワープゲートを王子様の私室に繋げて移動する。
「あー、いつもいつも今更だけどさ。これを言うのも何だけど。城に来るときは全部ワープゲートで来てるなぁ。んでもって、いつもここを移動先にしてゴメンな。」
俺はソファでくつろいでお茶を飲んでいる王子様に謝罪の言葉から入った。
コレに王子様は小さく溜息を吐いて「いつもの事」と言った感じで話し出す。
「もう慣れたよ。コレが例の物だ。こちら側の手続きと許可は全部突っ込んだ。後は向こうの問題だ。」
「あー、今回のダンジョンの研究の結果は帝国と王国の合同と言った形になる、で良いのか?」
「そう言う事だね。その件の辺りも契約書などの必要書類も完備させてある。もちろん、その中身はちゃんと「平等」になる様にしておいた。まあ、エンドウ殿がコレに関わっている時点で平等なんてのは端から無理ってものだけどね。」
両肩を上げて見せる王子様のその表情は苦笑いだ。コレに俺からは何も言えない。
「いつもいつも済まないねぇ、お前には苦労を掛けちまって。」
「何故老人の様な声音でソレを今言うんだい?」
まるでドリ◯の大爆笑コントみたいに年寄りの真似をして言葉を吐く俺に王子様が訝し気な目でそうツッコんで来る。
コレに続けて俺は解説を入れる。
「そこは「それは言わない約束だろう、おとっちゃん」って言う所までが一区切りなんだけどね。」
「・・・何を言いたいのかは全く分からないけど。まあ、エンドウ殿から受けた恩は大き過ぎるからね。これくらいの事ならお安い御用、と言いたい所だけど。余り頻繁には止めて欲しいかな?今回の書類処理も相当に手続きをスっとばしたんだ。けど、それでも相当な労力が掛かっているからね。そこを分かって欲しいな。」
この王子様のジト目に俺は心から「ホント、すまん」ともう一度謝罪を口にする。
「それじゃあ行ってくる。暫くは顔を出しに来ないと思う。また大きな問題が出て来たりしなければ。」
俺がそう言ってワープゲートを出してワークマンの所に戻る際に王子様から。
「もう二度とそんな厄介な問題など起きない事を願うよ。」
そんな言葉が背後から聞こえた。
その後はワークマンの元に戻って直ぐにまたワープゲートを開く。繋げ先は帝国の城の近くの物陰だ。
俺とワークマンは早速帝国へと入ったのだが。
「あ、入国手続きとかして無いね。不法入国?・・・まあ、良いか。ラーキルなら許してくれそうだしな。」
「言っている事が大胆過ぎる・・・一度外に出て門から入り直さないか?」
俺はワークマンのこの心配を「大丈夫大丈夫」とだけ言ってさっさと城の方へと歩き始める。
「このくらいなら許してくれるだろ。事情があるしな。それに俺がダンジョンの調査に必要で引っ張って来たんだから、そこら辺の事も預かってる書類の中に全部書かれてるんじゃないか?」
「いや、自信を持つのは良いのだが、何故そんな確信を持てるんだ?」
「あれ?話してなかったっけ?俺は皇帝と友達になったんだよ。」
俺の進む後ろをワークマンは付いて来ていたのだが、この言葉にピタリと足を止めてしまう。
「どの様な経緯があればその様な事になるんだ?ソレは本当に大丈夫と言える根拠と呼べる物なのだろうか?」
ワークマンが遠い目をして立ち止まってしまったので周囲からの視線が少しだけ集まって来る。
俺はその背中を押して無理矢理ワークマンを歩かせる。
そうしていると城の門の前に到着した。そこで俺は皇帝との面会をしに来た事を門番に話したのだが。
「皇帝陛下に会いたいだと?不審な輩め!俺がここで血祭りに上げてやろうか!?お前の様な者を通す筈が無かろうが!痛い目を見たく無ければさっさとこの場から去れ!貴様の様な下郎に皇帝陛下がお会いなさる筈が無かろうが!つまらぬ言葉を吐くその口を俺が一生開けない様にしてやっても良いんだぞ!?」
追い返されてしまう始末だ。どうやら俺の存在は一部の者にしか知らされていないと言った感じらしい。一介の門番には俺の情報なんて浸透していない。
これにワークマンが「どうするんだ?」と言った感じで俺を見てくる。そこに俺が「皇帝と友達」と言った事を疑う様な意味は込められてはいなかった。
純粋にこの後の展開を心配する目である。俺の言った事をちゃんと「真実」として受け止めてくれている様だ。俺がそんなつまらない嘘を吐く理由も無いと分かってくれている。
「しょうがない。移動しよう。城の正面から堂々と入ろうと思ったんだけどな。ワープゲートでお邪魔しよう。」
建物の陰に移動して俺はワープゲートを訓練場に繋げる。
「誰も、居ないな。城の騎士とかが訓練で使っていたりとかして人が居るかと思ったんだけどな。」
人の目が無い事を確認してからワークマンを呼ぶ。こうして俺たちは帝国の城の中に入ったのだが。
「あ、俺この城の中の構造何も知らないや。調べるか。」
俺は魔力ソナーを広げて城の内部を全て把握する。今何処に皇帝が居るのかも。
こうして俺は知り得た情報で皇帝の執務室だろう場所へと向かう。ワークマンは何も言わずにコレに付いて来てくれる。
廊下を歩いている間に門番の時みたいな事にならぬ様にと姿を魔法「光学迷彩」で消して歩く。
見慣れぬ者が城の中を歩き回っているのにすれ違う誰にも声も掛けられないばかりか、視線もこちらに向けられない事でワークマンが「不法侵入極まれり」と口に出していた。
とは言えソレを聞かなかった事にして俺は皇帝の居る部屋のドアの前に立つ。そしてノックをした。
「入ってくれ。」
そんな短い入室許可が下りる。そこで俺が先に部屋の中へと入った。
「すまん、調査人員を一人加入させるから、その事でちょっと話と処理して欲しい書類を持って来た。ワークマン、入ってくれ。」
俺は直ぐに皇帝へと用件を口にする。コレにどうやら切りの良い所まで書類整理が終わったのだろう皇帝がこちらに顏を向けてくる。
皇帝が仕事をしているのは真っ黒で何の素材で作られているのか分からない美しい艶のある机だ。相当に大きい物である。
座っている椅子もこれまた高級そうで、全て革張りのリクライニングチェアの様なゆっくりとリラックスして座る事もできるだろう代物だ。
「いやー、先日の件で処理案件が大幅になってしまって。エンドウの報告を聞けていなかったな。すまない。ダンジョンの事よりも内部の「掃除」と「整理」の方が比重が大きくなってしまったんでなあの瞬間に。」
「いや、それよりもそんな時にこんな物を持ってきちゃって悪いな。読んでくれれば分かる。一応はこの場で許可だけでも欲しいんだが。」
俺は懐から取り出したように見せかけて王子様から受け取った物を皇帝へと手渡す。
皇帝の横ではもの凄く不審な者を見る目で宰相だろう文官が俺を見つめて来ている。
ワークマンは部屋に入って来て俺の背後に立っていてずっと黙ったままだ。
本来ならばここで書類を渡す際には直接皇帝へと手渡すなんて事をしないだろう。
部下が一度受け取って中身を一端確認してから皇帝へと引き渡すのでは無いだろうか?
宰相らしき人物が皇帝の横で仕事の補佐をしていたと言うのならなおさら。
その宰相も俺の持って来た書類の内容を把握していないと皇帝の仕事を手伝えなくなる。
俺もここで皇帝へと直接書類を渡してしまったのでこの宰相の面目をちょっぴり今潰してしまったと言う形になってしまっている。
でもコレに皇帝は何ら口にしない。俺の出した書類の束を受け取ってソレをすぐさまペラペラめくって内容を把握し始める。
「・・・いや、コレは参った。エンドウが王国とこうも深く繋がりを持っていたとは。早まったかい?」
「んー?別に俺は王国の間者じゃ無いぞ?今回はダンジョンの調査に必要だと思ったからこうして専門の研究者を連れて来たってだけで。その連れ出しに手続きが必要だって言うからソレを短縮してきただけだ。」
「その短縮がどれ程の事かと分かっていない所が凄いね。呆れて良いやら、笑って良いやら。どうやらエンドウは王国へ大きな貸しを持っているんだねぇ。」
「何か帝国に不利な条件が書かれていたのか?」
俺はここで王子様が何かしらの「仕掛け」を書類に施していたのか?と疑問になる。だが皇帝は言う。
「いや、本当に怖い位に「平等」だよ。この条件を作ってくれた人物とは仲良くやっていけそうだ。」
「じゃあ次期国王とラーキルは良い関係が見込めそうだな。」
俺が口に出した言葉にホンの少しだけピクリと皇帝が顔を引きつらせる。続いて俺に質問をしてきた。
「これ、まさかだけど、全て王太子がやったのかい?・・・ああ、そうなのか。エンドウは無茶だなあ。いや、本当に君と友達になって良かったと言うべきだろうかな?」
この言葉の後に皇帝は書類にぽんぽんと判子を押していった。コレを横に立つ宰相が「馬鹿な」と言った感じで驚きの顔でソレを眺めていた。
その書類を皇帝は宰相に渡す。コレを苦い顔で宰相は受け取って一礼すると部屋を出て行ってしまった。どうやらコレを最速で処理しに行ったのだと思われる。
さて、この部屋には皇帝と俺とワークマンしか居なくなってしまった。護衛は良いのかと思ったのだが、皇帝は確か側に護衛を置かないのだったと思い出す。
「さて、彼がその研究者かい?初めまして。私がこの帝国の皇帝をしているラーキルだ。宜しく。」
皇帝が先程からずっと黙っていたワークマンへと挨拶を飛ばす。
これにガチガチになっているワークマンも無難な挨拶を返す。その後に皇帝は短く。
「では、調査の件は頼んだ。」
と口にして俺たちの退出を促そうとしてきた。書類仕事はまだまだあるんだろう。そちらを進めたいと言うのは分かるが、そこで俺はちょっと待てとソレを止める
「いや、ちょっと待て。最初にダンジョンに入った時の初回報告をしてないぞ?」
「ああ、そこら辺の話は馬鹿な貴族共が牢に入れられているアレの事だろう?既にそこら辺の報告と処理は終わっているよ。」
「あー、それもソレであるんだけどな。それとは桁が違う。ダンジョン主の事だ。」
「・・・ソレは私が聞いておかねばならない内容かな?それほど重要・・・いや、何故ダンジョン主の話がここで?」
「ちょっと聞いておきたいと言うか、調べておきたい事もあってラーキルに知っている事が無いかどうかを聞いときたいんだよ。」
どうやら皇帝も俺の言い方に何か引っかかる所を感じたのか苦い顔に少しだけなってからこう言ってきた。
「じゃあ話を聞こうか。ずっと書類仕事ばかりで休憩も入れていないしな。面白い話を一つ頼むよ。」
そんな事を皇帝は言うと手を二度ほど叩いて鳴らす。すると部屋に茶と菓子を持ったメイドが三名入って来てテキパキと休憩の準備を始めるのだった。