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どうやら待たなきゃいけないみたいだ

 しかし俺が次の冒険を楽しみにしていたのとは逆の報告がされた。


「調査隊が行って帰って来るのに大体ざっと見て九日はかかるって。それからね。魔物の素材買取の許可が下りるのは。それと、私たちがその間に依頼を受けるのも禁止だって。コレは当分の間私たち収入無しよ?どうしろって言うんだかねギルドはさ。」


 マーミがそうぼやく。調査が終わってもその結果を分析し、それからダンジョンでの活躍の報酬が支払われるらしい。

 要するに、よくダンジョンを潰してくれましたね、という感謝と報酬が払われると言うのだ。

 ランクが一段階上がると言うのもこの時に手続きをするらしい。


「馬車の方も終わった。まあ別に何も問題なんて無いんだがなこっちは。あーでも、そうするとだ。エンドウのその、えーと、何だ、「アレ」の中に入れた素材はどうやって捌いて金にする?」


 カジウルが暫くの間を凌ぐための金の調達をどうするのかと言ってくる。

 俺はそれに答えを出しておいた。


「クスイに一応話は出しておいたから。後でもう一度その話で店に寄っていくよ。何か希望がある?この数だけ卸すとか、この魔物の素材は出さないでおくとか?」


「本当はギルドでやって貰うのが一番俺たちには良いんだがな。このままじゃ確かに酒も飲めねえ。ちょっと手続きが面倒だが、その方がいいな。しかしクスイの店か。お前はどういう繋がりなんだよ?」


「そうですね。エンドウ様がクスイさんと懇意にしているなんて何時の間にですか?」


 どうやらこのマルマルの都市においてクスイの評判は良いらしい。しかも店も大分高評価と言った感じのようだ。

 二人には説明していなかったのでラディとミッツは不思議そうに俺を見る。


「以前助けた事が有るんだよ。その縁だな。それと、まあ、コレ、言って良いのかな?あ、駄目だ。まだ情報はあんまり広めない様にしておくか。ちょっと事業をな。ちょっとしたアレだ。」


 これに呆れて「ちょっとって何よ?事業って何よ?」とマーミに冷たい視線を送られた。

 そんな事を関係無いといった具合でカジウルが控えめに、だけど嬉しそうに言う。


「よし!ちょっと心もとないが、後で金は入ると言うし!パーッと勝利の宴でもしようぜ!」


「誰が金出すの?もちろんカジウルが言い出したんだから出してくれるのよね?」


 マーミがからい事を言い出す。しかしこれにカジウルは怯む事無く胸を張る。


「そこまで豪気にとはいけねえけどな。俺の残り少ない手持ちを全部出すぜ!今日は俺たちがダンジョンクリアした記念なんだ。そんくらいは俺が出さねえとよ!」


 男気溢れる発言にラディもミッツも「おお~」と立ち上がってガッツポーズをするカジウルを見上げる。

 呆れた様子で、しかし頼もしいと言いたげにマーミもカジウルを見る。


「じゃあ俺も出す出す。ちょっと待っててくれないか?確かいくらか俺のカードの中に入ってたから卸してくる。」


 俺は打ち上げパーティーにワクワクしたので自分も資金提供をすると言って皆に待っててくれと言って金を下ろしに行った。

 これにカジウルが「俺の見せ所を奪っていった?!」と叫んでいたがソレは俺には聞こえなかった。


 こうして酒場と言う場所に向かった。

 俺の下ろしてきたのはクスイを助けた時に倒したウルフを売った時の金だ。その中から金貨十枚を下ろしてきた。

 そもそもあんまり金を使う機会が無かったし、それの事を半ば忘れていたと言っていい。

 その金貨を酒場の主人に全部渡して「コレで個室と、あと美味い飯と酒をたくさんお願いします。」と言ったら小さな悲鳴を上げられた。


「おい、エンドウ、俺の見せ場を取るなよ!って、まあ言った所で俺の出せる金がねぇ。俺の手持ちなんて・・・トホホだったからな。」


「あれだけ見栄きっておいて残金がどれだけあったか勘違いしてたとか。締まらないわよね。」


「そう言ってやるなよマーミ。いつものカジウルって感じだろ?ダンジョン攻略できて頭の中が浮かれてたんだろうさ。そういう俺だって嬉しいんだぜこれでもな。」


「私たちの初めてのダンジョンクリアですからね。コレで箔が付きますね。でも、全てはエンドウ様お一人の力だけで攻略したようなものですけど。」


 この酒場では個室があり、何時もは予約やら何やらで開いていない事が多いらしい。

 しかし今日はどうやら運良く開いていたのでその部屋を取る事ができた。

 椅子に座ると同時にドアが開き、店員がテーブルへと酒を並べる。

 黄金色に輝くシュワシュワと泡を吹いているソレ。要するにビールである。こっちの世界でもお酒の基本はどうやらこれが普通なようだ。


「では、エンドウのパーティー加入と、初!ダンジョンクリアを記念して!今日はパーッと飲もう!」


 カジウルのこの掛け声に皆が酒を飲み干す。しかし、俺だけが一口含んでそれ以上呑むのを止めた。

 そのタイミングでまたしても部屋のドアが開く。店員が今度は肉、サラダ、をテンコ盛りにした皿を持ってきたのだ。

 追加で酒も。五つ。で、俺が酒をどうやら飲み干していない事に気が付いた店員が首を傾げながらもその横にジョッキを置いて出て行った。

 木製のジョッキである。空にしている四人のジョッキを片付けるために持って行く店員。


「どうしたエンドウ?もう成人してるんだからグイっと一気にいかねえか。何だって飲み干さなかった?こういうのは景気づけに皆で一杯目はイッキするもんだぞ?」


 アルハラか!とツッコみたかったのだが、ソレも飲み込んでその理由を俺は告げた。


「ぬるい・・・ぬるくて飲めねえ。マズイじゃんか温くて。あぁ、そうか。温けりゃキンキンに冷やせばいいじゃん。俺の魔法で。」


 これに気付いて俺は飲みかけの方の酒へと魔力を流した。それこそスーパ●ライも驚きの温度になるようにだ。

 日本での俺は別にビールが嫌いだった訳では無い。そもそも誰だって温いビールは好みじゃ無いだろう。

 それこそピキピキと言い始めるくらいに冷やした酒をグイっと俺は呷った。


「・・・っかー!これじゃないとな!でも、炭酸が弱いな。でもこれくらいなら許容範囲内か?」


 この俺の様子を四人はじっと黙って見ているだけだったが、最初にマーミから声が上がった。


「何ソレ!?私にもやってくれない!?冷やすとかどういう発想してんのよエンドウは?」


 俺はこのリクエストに応えてマーミのジョッキに魔力を流して俺が先程飲んだ温度と同じにしてやる。

 ソレをマーミは喉を一つごくりと鳴らしてから口を付けて一口飲むと驚きで目を見開き、続けてそのままイッキしてしまった。

 その様子を先程俺を見ていた目と同じ視線で観察する残り三人。


「・・・っ~~~!ッカァー!凄いのどごし!あたしは今までコレを知らずに酒を飲んでたのね!人生どれくらい損してたのよ!って位だわ!」


 この感想を聞いて三人は。


「俺もやってくれ!」「マジかよ俺にもだ!」「ワ、私にもお願いします!」


 であった。で、ここで俺はちょっと疑問を持った。


(ミッツっていかにも神官な訳ですが、酒を飲んで良いんだろうか?良いんだろうけど)


 もう既に一杯目はイッキで飲み干しているので酒に関しての戒律と言うモノは無いのだろうと予想してソレを頭の中からほっぽりだす。

 そうして三人の酒を冷やしてやると、マーミと全く同じリアクションを全員がとるのだった。


 酒が来るたびに冷やしてやり、飲んでは食べ、食べては飲む。四人はソレを繰り返していた。

 俺だけは控えめに食べ、飲み、腹八分目で止めてゆっくりとこの空気を味わった。


「んじゃ先に俺だけクスイの所に行ってくるよ。皆はまだまだ楽しんでてくれ。」


 俺だけがこの場を離れる宣言をする。


「おいおい、お前が主役なんだぞ?とはいってもこの金もお前さんが出してくれているから何とも言えん。」


「そうね。クスイに買い取ってもらう話を通してあるんだっけ。今日中に?まあ、仕方が無いか。でも、最後にこの酒だけは冷やして言ってくんない?」


「おう、何だかんだ言ってまだまだ飲む気でいるからなこいつらは。最後まで付き合わなくていいぞエンドウは。こいつらこういった時は馬鹿みたいに飲むからな。」


「私も付き添いたい所ですけれども、お、お腹がいっぱいでその・・・動けません。」


 俺はマーミの酒をキンキンに冷やしてからワープゲートを作って、何時もの様にクスイの家の庭に向かう。

 その際に「また明日ギルドで」とミッツから言われて「あぁお休み」と返事をしておいた。


 こうして大分暗くなった時間にクスイの家のドアをノックする。


「クスイ、居るかい?買取の件での話をしに来た。」


 これにドアを開けてくれたのは娘のミルだった。


「あら?エンドウさん。父さんはまだ店の方で片付けをしてるわ。さ、入って。もうちょっと待っててくれる?」


 家の中に招かれて入ると食事の用意をしている所だった。


「あ、まだ食事終わって無かったのか。なら明日に出直した方が良かったかな?」


「気にしないで。良かったらお食事ご一緒します?あらお酒飲んできたんですか?なら食事はもう済ませた感じ?」


 俺はパーティー加入とダンジョンクリアした事をミルに話す。その祝賀会で飲んできたと。


「じゃあお茶だけ出しますね。この間凄くイイお茶っ葉が手に入ってお気に入りなの。」


 こうして俺は出されたお茶を飲みつつクスイを待つ。お茶はどうやらグリーンティー、いわゆる緑茶であった。

 馴染む味に心も酔いも落ち着いてくる。こういう時はコーヒーより緑茶派な俺としては程よく力を抜く事ができてホッとする。

 そんなタイミングでクスイは仕事を終えて部屋に入って来た。


「おお、エンドウ様。確か買取の話でしたな。早速そちらを片付けてしまいますか。」


「いや、先に食事を済ませてくれよ。腹が減ってるだろ?あ、そうだ。ちょっと俺もソレで味見してもらいたいものがあってさ。」


 俺はエコーキーの例の料理を作るために一度裏庭に出てキッチンをインベントリから出す。

 何が始まるのかと言った感じでクスイがソレを横に来て見学するつもりらしい。

 ミルも食事の用意はもう既に大方終えた所だったようで俺が何する気なのか顔をのぞかせているのだが、その目は見開いていた。どうやらインベントリからキッチンを出す所を見てしまったようだ。


 ついでに二人分のエコーキーの太腿香草焼きを作り始めた所を驚きを呑み込めないままに眺めてきている。

 と、そんなこんなで調理はすぐに終えてこれまた皿を取り出して料理をソレに乗せて家の中へと入る。


「こいつを味見してみてくれないか?意見が欲しいんだ。美味い、マズイだけでもいい。一応好評だったんだけど、多めに意見は欲しい所だからな。」


 食事に一品追加で、と言った感じで俺はテーブルへとソレを並べる。

 クスイは「では、遠慮なくいただきましょうか」と言い、ミルは未だに口を「は」と開けたままでソレを呆けた目で見つめていた。


「柔らかい肉の噛み心地と、噛めば噛むほどに香草のいい香りが鼻を抜けますな。コレは美味い。」


 このクスイの感想に我を取り戻したミルが「あ、いただきます」といって肉を頬張った。


「おいしーいいい!ナニコレ!?こんなお肉今まで食べた事無いですよ!あ、もしかしてもの凄く高級なお肉ですか?」


 これを俺はネタバラシする。エコーキーの肉だと。そうすると唸る顔になるクスイ。驚きを隠せないミル。


「あのような噛んでも噛んでも旨味の欠片も無い肉がこの様になるのですか・・・いや早、して、これを私に、と言う事はコレも、ですかな?」


「あんな美味しくないお肉なんてもう二度と食べないって思ってたけど、コレはちょっと凄いわ。」


「ちょっと考えてもらいたいんだ。多分コレ「料理人」にはできない調理法だと思うんだ。で、「魔法使い」をお願いしたいんだけど。」


 俺はこのエコーキーの香草焼きを何とか商売にできないかとクスイに相談したいと話す。

 俺が説明した魔法での「下拵え」を聞いてクスイはどうやら心当たりが無いか悩んでいた。


「ふむ?最初からそう言った者を育てた方が良さそうですな。魔法使い、しかも落ちぶれている者は二人程知っていますが、どうでしょうね。私も二度ほど顔を合わせただけの者ですので、その者らがこの話に食いついてくれるかどうか、わかりません。」


 魔法使い、そんな肩書につまらないプライドを見せてくるような奴は要らないと俺は言っておいた。

 ソレにクスイは「そうですな」と言って新たな商売を始めるにあたって余計なモノを抱える者は使えない、と同意してくれる。

 それよりもクスイの顔の広さがどうにも凄い事である。

 俺がこういった話を振っても嫌な顔一つせずに、こうして答えを即座に返せるとは凄い事だ。

 クスイは店一つで納まる器じゃ無いだろ、と考えてしまうくらいに。


「あとそれから他にもいろいろと卸したい魔物がたくさんあって・・・その、アレだ。すぐにでもパーティーに一週間分の生活費が渡せるだけの収入が欲しいんだけど。大丈夫かな?」


 四人分の冒険者、それが一週間、贅沢する訳では無い程度に、そう言った条件を付け加えてクスイに相談する。

 俺はこの世界での冒険者なる職業を解っていない。なのでそこら辺の基準を解っている者に頼るのだ。

 金がいくらあれば暮らしていけるのか、それをクスイに丸投げである。

 ダンジョンクリアの事も話した。なのでギルドから活動を停止するように言われている事も。


「事情は分かりました。ならば今日はそこら辺の詰めを少しして金の工面はまた明日にしましょうか。明日の朝にもう一度家へ来てください。その時に一緒に「仕事」をしましょう。そうすれば余計な書類の手続きは私が処理してしまえますので。」


 こうしてどの魔物をどれだけ売るのかの相談をしてその日の夜は終わりにし、俺は森の家に帰る事になった。


「じゃあ、また明日。宜しく頼みます。おやすみなさい。」


 そう言って家の裏庭でいつものワープゲートで帰宅する。

 見送りでミルが一緒にいたのでやっぱり俺のコレを見て目をカッピらいて驚いていたが「まあいいか」でそのままスルーした。説明は面倒だから。

 ミルがコレを他の人に言いふらす様な事は無いだろうと思って。


 そうして俺は三日ぶりの家へと帰って来た。


「あ、俺ならワープゲートでいつでも家に帰ってこれるんだな。何だろうか?この安心感?」


 こうしてダンジョンクリアをした後でその事実に気付く。マヌケである。


「タダイマ~。と。もう寝てるかな?」


 早寝早起き、今回はちょっと夜遅い時間。とは言え、元の世界での自分だったら充分まだ起きている時間。

 だけどこちらの世界は明かり、照明と言った物が普及していない。だから暗くなればそもそも作業は中止せざるを得ないし、夕食を食べ終わればその後は寝るだけである。

 だけど忘れていた。師匠には俺が魔法で作った明かりを見せている。家の中は明るく、師匠がまだ起きていた。


「ふむ、エンドウ、早いな。もう帰って来るなんて。非常事態でも起きたか?あるいは早めに切り上げたのか?」


「師匠、早寝早起きですよ。健康的な生活習慣の為にこう言った夜更かしはしない方向で行きましょうよ。まあ事情としては早めに片付いちゃいました、って所ですかね。」


 この俺のセリフに「んん?」と顔をちょっと顰めた師匠は次には驚きの声を上げた。


「おいおい、ついこの間だろうに、パーティーに参加してくると言って出かけたのは。」


 これに俺は明日説明すると言って欠伸を一つした。


「明日の朝に朝食を摂りながら話します。明日は朝からクスイの所に行かなきゃいけないんで。んじゃ、おやすみなさい。」


 こうして俺は自分の部屋へと向かう。その時に後ろから師匠の溜息が聞こえた後に「ああ、お休み」と挨拶が返ってきたのだった。


 そして翌日の朝である。クスイとの約束があるので俺はしっかりと早朝に目を覚ました。


「ん~!はァ~。今日はのんびりと家でゴロ寝してらんないんだよなぁ。金を工面しないとパーティーの生活費が・・・世知辛いねぇ。」


 俺はリビングへと向かう。既に師匠が朝食を作って準備をしていてくれていた。


「うむ、エンドウ。で、聞かせてもらいたいのだがな。昨日は何があった?と言うか、お前が出掛けた後、冒険者としてどのような仕事をしたのか?最初から聞かせてくれ。」


 これにあんまり詳しく話しだすとクスイとの約束を忘れてしまうかもしれないと思ってかいつまんで話す事にした。

 朝食を摂りながらポツリポツリと順を追って説明をしていく。

 で、途中でエコーキーの香草焼きの事も話して師匠に試食もついでにしてもらっておく。

 そうして全て話し終えると師匠はうんうんと納得したようだ。


「なるほどな。大体は分かった。で、エンドウよ。お前の倒したキメラだが、それを市場には出廻さない方が良いだろう。それと、一つ目巨人もだ。」


「あー、やっぱりです?俺も薄々は感じてたんですよね。じゃあ、ヌシの前に倒してる魔物もやっぱり?」


「あぁ、そうだな。そんな物を世間に出回るような事をすれば厄介なモノを招くぞ。そうだな、分かりやすく言うなら、貴族が動く。しかも大分薄汚れて汚い奴が、な。」


「俺、そう言うの嫌なんですけど?・・・あーでも、もう出しても出さなくても時間の問題かもしれない?猿の件で多分もう目を付けられてる可能性高いなぁ。」


 俺は猿の皮を売った事を思い出していた。あの時のギルドの反応はもう既に何かしらの動きを作り出してしまっている可能性が高い。


「ああ、すまないな。その事に関しては私も迂闊すぎた。あれはそもそもやめておけと言っておくべき案件だったな。すまない。」


 師匠も認める程である。何故師匠はそんな事を今言うのかと思えば、師匠は色々とあの時は正気で居られなかったショックなことが多く目の前で起きていたタイミングだ。

 冷静になって後から思い返せば不味った、そう結論付けるに至る事が容易い程の事案であると言う事だ。

 遅かれ早かれそう言う面倒事に巻き込まれる事になってはいたかもしれないが、そういったモノは起きるタイミングが遅ければ遅い程いい。

 この世界の事をまだまだ知らない俺にとっては時間稼ぎしていたい所なのだ、もう暫くは。

 森に閉じこもっている期間がそもそも長かったのだ。しかもこの世界に来て早々に引きこもった。

 まだまだこの世界の常識に慣れていないのだから、もっとジックリたっぷりと時間をかけて感覚を馴染ませていたい所である。

 それからだろう。そう言った「事案」に対処するようになるのは。そうじゃないと今の自分ではどんなボロを出すか分からない。


 いや、ボロを出すよりも前に、そもそもそんなシガラミを真っ正直に対応してやる義理が俺には無かった。

 ソレに今ここで考えたってそう言った悩みは無意味なモノである。起きてからだ、そう言った事に悩むのならば。

 こうして食事中はその思考を放棄して出された香草のスープを飲み干す。


「ごちそうさまでした。じゃあ、クスイの所に行ってきます。師匠、魔力薬の作るペースは無理しない様にしてくださいね。」


 この俺の一言に「ああ、分かっているさ」と返して師匠は俺を見送る。

 ワープゲートをいつもと同じくクスイの家の裏庭へと繋げ、俺は何て事は無くそこを通る。

 こうして昨日と同じくドアをノックすると出てきたのはクスイだった。


「エンドウ様、さあ、どうぞ。中へ。お茶を飲んで一息ついてから会場へとお連れしますよ。」


「ん?会場?クスイが買い取ってくれるんじゃ無いのか?って事は?」


「競売に掛けようかと思います。そこなら私が買い取るより、捌くよりも多少は高値で換金できるでしょう。その代わりにまあ、手続きが少々面倒ではありますが。そこは私がエンドウ様の代理として手続きの方を担当しますので。どうぞ気軽にしていてください。」


 クスイは人の目がある場合はラフな言葉で、俺と二人で居る時は畏まって話す。

 それは俺が年上のクスイに畏まられて会話をしている事を訝し気な目で見られたくないからだ。

 探られて痛い腹では無いが、しかしだからと言ってその都度、俺とクスイの関係を説明するのも面倒臭いモノであるのだ。

 だから今はクスイは畏まったような言葉で俺と会話する。俺の名に様を付けるのもそう言う事だ。

 クスイは俺に命を救われた事を律儀にも恩として感じてくれているから畏まっているが、俺が悪目立ちしたくないと要求した事によって、それを慮ってこうして二つの顔を切り替えて接してくれる。ありがたい事だ。


「代理って事になると俺がクスイに依頼しているって形で良いのか?そうすると喋る時はどっち?畏まった方?それとも崩した方?」


「それはその時の場の空気で私が判断しますので、エンドウ様はいつも通りで構いません。それと別段無駄話をしに行くわけでは無いので、その会場の従業員とは最低限の会話しかしないでしょうし、余計な話はしないでしょうから。そこら辺は心配しなくてよいでしょう。」


 お茶を飲みつつ今回の競りの説明をしてもらう。こうして予定しているのであろう時間が来たようでクスイは席を立った。


「では参りましょう。会場は少し遠くなので馬車を呼んでありますのでそちらに。」


 こうしてクスイは店の事をミルに任せ、俺たちは店の前に来ていた専用馬車に乗り込んだ。

 こうして馬車に揺られて十分とちょっとだろうか?付いたそこはテレビで見るような鮮魚市場みたいな感じだった。

 しかし扱っている物はさまざまであるようで、見た事の無い草花、どう見ても何に使うのか分からない道具、あるいは新鮮な肉が並べられている。

 所によっては生きている魔物を檻に入れてあったりと、その周囲は騒がしく、そして何を言っているのか聞き取れない掛け声がそこらじゅうでしている。


「クスイ、俺たちはこんな煩い場所で競りをやらなきゃいけないのか?これはちょっと嫌だな。」


「安心してください。本日は専門の業者を呼んでありますから。個室を用意しておりますよ。そちらで買取交渉をしますので。」


 どうやら準備は既にクスイは終わらせているようで、その部屋へと行く途中なのだそうだ。

 こうした場を通っていくのは俺に競りを見せたかったからだそうだ。

 今後何かあれば俺だけでここを利用する事もあるかもしれないと考えて、クスイは一々こうして競り場を通るルートで部屋へと案内してくれたそうだ。


「さ、こちらで待っていてください。この台車に一頭ビッグブスを乗せておいていただけますかな?それとあちらの方の台車にも。お願いします。」


 こうして小部屋へと連れてこられてクスイの言う通りに台車へと近づく。

 どうせ売るならばと思って一番ガタイが良く、大きいモノをなるべく選んで二つ出す。

 ソレを台車に乗せてクスイの確認を貰うために見てみると感心された。


「ほほう、これは何とも立派なビッグブスですな。二頭売ればおそらくは充分ですが、どうしますか?値崩れを起こさない程度にもう少し出していきますか?それなら交渉する人数を後二人は増やします。」


「あー、クスイが信用している商売人なら、出しても良いかな?んじゃもう三頭ほど大きさの同じくらいの奴を見繕って出すよ。」


 これにクスイは「では、声を掛けて参ります。」と言ってこの小部屋を出て行った。

 俺は大人しく待つ。ここで出来る事など無いからだ。インベントリの中を覗きつつ、先に出した二頭と同じくらいのデカさのビッグブスをイメージしながら手を突っ込んで握ってみればいつの間にかその手にビッグブスの足を掴んでいるのだから本当にどうなっているのか分からない。

 覗いた中は宇宙である。それ以外は何も無い。何も無いのに入っている。これ如何に?

 などと思って哲学している場合でも無いのでとりあえずは出したビッグブスを床に並べておいてクスイが戻って来るのを待った。

 と暫くと言った時間もかからない内にクスイは戻ってくる。


「では、私がこちらの一頭を先ず出しに行きますが。どうしますか?ご一緒に参りますか?ここは完全に鍵がかかりますので盗難はありませんし、万が一にもそのような事が有った場合の補償もされていますが?」


 これに俺は一人で待たされるのもどうかと思ったので着いて行く事にした。

 そして隣の部屋に入ればクスイと同じ空気を纏う人物が四人。かなりギラギラした目を台車に乗せられたビッグブスに向けていた。


「何と立派な。どうやらコレを得るのは私が一番になりそうですね。」

「いやいや、そもそも貴方だけの独壇場にはさせませんよ。」

「ふむ、どうして私たちが呼ばれたのか分かりましたなこれで。」

「クスイ殿はなんとまあ、このような仕入れの伝手があれば私たちなどを介さなくてもよかったのでは?」


 四人が四人ともお互いをけん制しつつクスイへと称賛を口にした。

 しかしクスイがこれに返した言葉で四人は新たに驚愕する事になる。


「これと同じ大きさのビッグブスを五頭用意させて頂いております。値の方は四人が談合してして頂いた金額で結構でございます。ですがそれは一人一頭のお買い上げと言う条件で。しかし、追加でもう一頭欲しい方がいらしたら、その最後の一頭を競売とさせていただきます。」


 クスイが俺に隣の小部屋から取り出して並べてあるビッグブスを全て持って来て欲しいと伝えて来た。

 言われた通りに従ってこの場にそれを運んでくると四人から「ぬおっ!」と驚きの声が上がった。

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