俺の言う事なんて聞いちゃくれない
まだ他の貴族たちは門までの到着に時間が掛かりそうだった。最初に到着した貴族の馬車の速度と比べてそいつらの速度は遅いのだ。
俺を馬鹿呼ばわりした貴族はもう馬車を相当な速度で走らせて既に遠くにまで行ってしまった。
「俺はゆっくりと行くかね。とは言え、一番最後に到着って言うのは恰好が付かないから少しだけ早めな速度を出すけど。」
最終的にはワープゲートを使えば即座に到着できるので何も心配は無いのだが、俺がダンジョン前で先に待っていると徒歩で来ているのにいつの間に追い越したのか?と俺を馬鹿呼ばわりしてきた貴族に難癖付けられてしまうだろうからそこら辺は調整をするが。
「俺が皇帝からこの件は全権委任されてるの分かってるのかね?・・・あ、いや、あれは絶対に全く分かって無いと言うか、認識すらもしてない?そもそもの事、それをちゃんと話として事前に聞いてない可能性も?」
皇帝と謁見して直接その口から俺へとその旨の事は発しているのであの場に居た文官たちは全員知っているはず。
恐らくはあの時居た文官たちは全員何らかの高位貴族であろう。今回の事でその貴族たちが自らの子飼いの部下をこうしてダンジョン調査として捻じ込んできたと考えれば話が繋がる。
とは言えだ、この調査十名の者たちの程度の低さだと、あの場に居た皇帝を馬鹿にして見下す発言をしていた者たちの配下だろうと言うのが想像できる。
子は親に似る、なんて言う。こうした貴族の世界も似た性質の者たちが集まると言った感じなんだろう。
そうなればきっと俺の事など全く眼中に無い、ばかりか、もしかすると最悪の事も考えておかねばならないか?と思ってしまう。
「おうおうおう、先に到着したらしいけど。律儀に他の貴族が来るまで待っているつもりらしい。」
最初に速度を出してカッ飛んで行った貴族は既にダンジョン前に到着したようだった。魔力ソナーでその動きを観察していたので分かったのだが。
しかしまあ、何も道具や荷物の準備がされていない様子。どうにも「日帰り」なんて考えであるらしいコイツは。どうにも何も考えていないと言うのがコレでもう決定と言っても良い。
「調査するんだろ?魔物と対峙、或いは遠方から確認と言う事もするはずだよな?何で自身の身を守る為の装備が最低限しか無いんだ?どう考えても楽観と言うのを通り越してるだろこれじゃあ。」
俺は溜息が出そうになるがグッと飲み込む。俺はこいつらとダンジョンに入るだけで後は自由にして良いと皇帝から言われている。ならその時まで我慢だ。
「俺の事を平民呼ばわりするから、自分が危なくなれば「おい!平民!貴様は私の盾になれ!」とか言ってきそうだよなぁ?」
平民の力を借りる、とか言った事にならず、使い捨ての道具と見なしてきている可能性の方が高いこの貴族たちは。
そうだとすると俺はダンジョンに入った後もこいつらに纏わりつかれて自由になれない可能性が出る。
「もしこいつら死んだら誰の責任になるんだ?・・・全権委任された俺か?でも皇帝からは自由にして良いとも言われてるんだけど・・・」
自由にして良いとは、こいつらを俺が勝手に扱っても良いと言う事だろうか?
俺はこいつらを置いて一人でダンジョンクリアを目指そうと思っていたのだが、ここでどうにも解釈の違いに気づいてしまった。
「こいつらを守ってやる気にはなれないんだけどなあ。あ、でも俺は謁見した時にその手の事はちゃんと口にしてるから貴族たちが勝手に死んでも俺には責任は無いかな?」
そうしてどうしようか悩みつつ道を歩いていれば馬車が一台、俺を追い越していった。
どうやら悩みつつ歩いていた事で歩幅がかなり小さくなっていたらしい。そうなれば進む速度も距離も落ちると言う事だ。
「おっと、少し歩くのが遅くなり過ぎてたな。先にダンジョン前に付いて悩んでいても時間はそこそこあるだろうし先に到着しておいた方が良さそうか。」
こうして悩むのを止めてひたすら歩くのだが、そこに二台目、馬車が俺を追い越していく。
そうしていれば三台目、四台目、五台目、と、どんどんとその通り越していく台数が上がっていく。
七台目が追い越した所でダンジョンのある場所の直前まで来る。そうなるとそこには先に到着していた馬車が並んでいる。
「邪魔だなあ。どいつもこいつも日帰りする物だと思ってるのか。このままここに馬車を置いて行く気かよ。しかも誰も彼もが普段着?しかもそれに剣を持ってるだけとか。本当にこいつらダンジョンてモノを知らないんだな。いや、舐めてるのか?どっちでも良いか。」
恐らくはこいつらを選んで送り出してきた貴族たちもダンジョンを舐めているんだろう。
ソレと同時に捨て駒とも考えているかもしれないこの調子だと。これでは余りにも道化が過ぎる。
恐らくはこいつらが死んでもその高位貴族たちの勢力には何ら影響が出ない、そんな者たちを選んだのだと俺には思えた。
そうして考えていれば残りの貴族たちが到着する。コレで全員が揃った。既に先にこの場に到着していた貴族たちは馬車から出て雑談に花を咲かせている。この間の娼館の話だ。
そこに最後にやって来た貴族たちも馬車から降りてその輪の中に加わっている。ダンジョンの話など一切しない。
(おい、これをちゃんと皇帝の監視たちはしっかりと記録してるんだろうな?・・・ああ、そうか。この十名の中の内の誰かが皇帝の直属の部下とか言ったパターンもあるか)
諜報活動で一番な方法だ。調査対象に「仲間」と思わせてその懐に潜り込むなどと言う方法は。
これならば外側から監視などと言わずにその対象本人の口から大事な事をベラベラと喋らせる事も容易くなる。
とは言え、この憶測が真実かどうかを今確かめるのが俺の仕事では無い。あくまでも俺はこのダンジョンの調査、そしてできれば消滅させる事を依頼されているだけだ。
こいつらの事は全くの別であり、俺が首を余り突っ込む所では無い。だがそれも限界がある。
「スイマセンが、さっさとダンジョンの中に入りませんか?仕事もせずにここにサボりに来たわけでは無いでしょう?」
「・・・貴様、我々の話を途中で切って来るとは無礼であろうが。ふん!貴様に言われるでも無い。この様な穢れた場所にいつまでも居る気は無い。即座に中に入って直ぐに解決して城に戻るつもりである。貴様の様な平民は入り口の何処かそこら辺で震えて無様に蹲り、我々の帰りを待っていればよい。」
こいつらは俺の事を何も知らないらしい。それこそ俺が従魔闘技場で連戦連勝だった事を。その試合内容が「異常」であったことも。
それで良いのか貴族が?と思う。情報は時に自分の命を殺しもするし、守りもする。そんな世間に無頓着な事ではこいつらは「貴族」など長くやっていけれないだろう。
「あの、この件で俺が全権委任されているって話はアナタたちは分かってます?」
「・・・何を言っている?その様な事は知っている。だが平民の言う事を何故高貴なる我々が聞かねばならんのだ?」
本気で何言ってるのか分からない、そんな顔を誰もがする。いや、この中で一名だけ表情を変えなかった者が一人だけ居た。
しかしそれ以外の九名はその貴族の顔を見ていない。俺の方へと視線を向けて来ていた。
「皇帝陛下が謁見のあの場で口にした言葉であるが、そんな事に従う道理が何処にある?平民如きが何を出来ると言うのだ?我々に指示を出す?これからの行動指標を決める?重要な決断を下す?馬鹿らしい。そう言った事は貴族の我々がする事であり、寧ろ貴様は我々の命令を聞く立場だろうが一も無く、二も無くな。我々が危うくなれば貴様が率先して我らの肉壁となって高位なる我らを守るのが使命であろう。」
もうこうなると流石に何も言う気になれない。呆れた顔で黙っている俺に何を勘違いしたのかその貴族は続けて言う。
「お前が我々と同行したいと願い出るのならばお情けで連れて行ってやろう。感謝するのだな?」
そう言ってその十名は高笑いしながらダンジョンへと入って行く。大きく開いたその地下への大穴へと。
そこは緩やかな斜面になっていてどんどんと奥に入って行けば行くほど暗い。
俺はもうこの貴族たちの態度に何も言う気になれずに溜息と共にその後を付いて行った。
そして暗い地下へと続く道がある時点でパッと視界が明るくなった。そこはどう見ても「城の中」と言ったら良いのか。
しかしどこもかしこも飾られている装飾品はボロボロな場所だった。
「事前調査隊の報告の通りだな。さて、その撤退した魔物とやらが居る場所を先ずは目指そうでは無いか皆。」
どうにもこの十名の中のリーダーの男がそう言ってずんずんと迷わずに前へと進んで行く。俺はコレをどうしようかと一瞬悩む。
そしてそれに一緒に俺は付いて行った。それは何故か。
(毒にも薬にもならない、死んでも別にどうって事無い奴だとしてもだ。だからって言って簡単にサクッと見殺しにするのも後味悪そうだ)
この十名の貴族たちから俺は被害と言える被害も受けてはいない。なのでそうなると俺が今このダンジョンでの全権委任されていると言う点に責任もあるだろう。
この貴族たちを放っておくといった選択肢は少々取りづらい。
(結局はお人好し、って言っても良いのかねこういう時は。俺は御守はしない、なんて言ったけど)
それでも見捨てると言った形になってしまうと後々で嫌な気分にさせられるだろう。ここで誰か一人でも死ねば。
そうなるとこいつらに合わせて俺も移動をしないとならない。少々面倒になったなとは思うが、仕方が無い。
こうしてどんどんと何の警戒も無しに進む貴族たち。そしてその進む先に到着したのはちょっとした広さの部屋だった。
そこは大体学校の教室程の広さがあり、しかし何ら装飾も無い小部屋。だがその部屋の中央には。
「な、なんだあれは?重鎧が?どう言う事なのだ?あんな物を見て事前調査隊の者たちは引き返して来たと言うのか?何処まで馬鹿馬鹿しいのだ!」
そう怒鳴るリーダーが一歩部屋へと入る。しかしそこで異変が起きた。
「な!?なんだとぉ!?」
その重鎧はテリトリーに入って来る者を排除する役割でもあるのか動き出したのだ。
しかもその全身からハッキリと黒い靄が噴出している。その勢いは勘違いや見間違いとは呼べぬ程の勢いだ。
あっと言う間にこの部屋がその靄で埋まっていく。そしてその靄はこちらの通路にまで漏れ出て来ていた。
「ま!先ずは退避!退避だ!」
コレに驚いた貴族たちは一旦引く事を即断した。あれ程に最初は息巻いていたのに。
通路は別段狭い訳では無く広々としている。なので逃げる際に互いに押し合いへし合いと言った事は無く無事にその重鎧から遠ざかる事ができた。一時的に。
そう、一時的にだけ。その重鎧はあたかもその重量を感じさせない速度で走ってこちらを追いかけて来ていた。
全力で走り逃げる貴族たちは背後から聞こえてくるその金属が激しくぶつかり擦れる音を耳にして恐怖で顔を青くして走り続けた。そこに振り返って確かめようとする者は居なかった。
それでもこちらの逃げ足が速かったので追いつかれたりはしないでいるのだが、いつまでもずっとその重鎧は追いかける事を止めない。
そうしてこのダンジョンに入って来た入り口の部分へと戻って来たのだが、貴族たちは撤退する意思が無かったんだろう。
もう一方の通路へと向かって走り続ける。重鎧が追いかけてくる通路の反対側へと。
(取り敢えず俺も一緒に付いて行ってるけど。はてさて、このままこいつらの流れに合わせていても良いモノか?)
ここで俺が何を言ってもこいつらが耳をそれに貸すと言う事は有り得ないだろう。
今俺があの鎧を倒したりしてもその手柄を自分の物として城に戻った時に吹聴する可能性も有る。
そんな事をされると気分も悪いし、面倒だ。そうした嘘を後から修正する労力など使いたくはない。
(何もしないで付いて行くだけで良いか。所詮俺は「平民」でしょうからね)
この貴族たちが言った通り、所詮無能な「平民」として振る舞えば良いかと俺は開き直る。
そうしているうちにまた分かれ道になった十字路だ。しかし真っすぐに進む通路を塞ぐように並ぶ人影がある。
その数は十五。フリフリのスカートが可愛らしいメイドだった。しかしその顔がヤバい。
「な!?ななんだぁ!?顔が・・・顔が!無い!?」
そう、いわゆる「のっぺらぼう」なのだ。服装も全て同じで顔が無い。そしてその両手には剣が。
どう見てもこの先には行かせないとばかりに立ち塞がっている。しかしそこからこちらへは移動してこない。
どうやらあくまでも直進して行こうとする者を止める役割である様だ。
しかし不気味だ。目が無いのに確かにこちらを「見つめてきている」のが分かるのだから。
「く!クソ!何なのだここは!?気色が悪い物ばかり!クソ!クソ!クソ!右に行くぞ!」
リーダーがそう決断を下す。どうやら正面のメイドたちとやり合う気は一切無いらしい。
(情けなさ過ぎない?良いのかコレ?)
どう考えても臆病過ぎだこの行動は。確かこの十名の中に魔法が得意だと言っていた奴がいたはずだし、剣が得意だと言っていた者が居たはずだし、弓が得意だと言っていた者が居たはずだし、などと最初にこの十名と顏合わせた時の事を思い出す。
それだけ自慢をしていた者が集まっているのだ。少し相手の方が人数が多くたって覆せる実力があるから自慢し合っていたのではないのだろうか?
(これ何処に向かう事になるんだろうな?・・・おや?正面に大穴が・・・)
どうやらこちらは行き止まりらしい。目の前には大穴が広がっており普通では飛び越えられない程の距離である。先へと続く通路はその穴によって断たれていた。
大体オリンピック選手の三段跳びでも無理だな、と言った大穴が行く手を塞いでいる。
「な!なんだとぉ!?」
リーダーがそんな風に派手に驚いた声を上げている。
そこまで声を大にして驚く事だろうか?ここはダンジョンだ。何が起ころうとも不思議ではない空間である。
そんな事をボンヤリと思ってしまう俺は貴族たちの次の行動を予想できなかった。
「おい貴様!この穴に飛び込んでどれくらいの深さなのか確かめてこい!浅ければ我々がここに飛び込んでも助かるだろう。怪我をせぬよう貴様が下で我らを受け止めよ!即死の罠が有ればお前が断末魔を上げてソレを知らせろ!」
余りの無茶な求めに一瞬俺はその意味の理解を拒んだ。こいつら宇宙人?と。
しかしその一瞬の俺の硬直すらも許しがたいとでも言いたかったのか、リーダーは俺の腕を掴んで引き摺って穴へと落とそうとした。
コレに俺は抗っても良かったんだがソレは止めた。このまま素直に穴に落ちようと。
既に俺は魔力ソナーで穴の下に何があるかを把握している。そう、何も無い。取り敢えずそのまま落ちればどうやら一階層下に移動するだけの様だったから。
俺が穴へとこのまま落ちればこいつらと別れられる。そうなると俺はもうこいつらと行動を共にしなければならない理由が消える。
無理矢理こいつらに穴へと落とされた、という理由で。
そんな俺が落とされる直前だ。貴族の内の誰かが「あそこにドアがあるぞ!アソコに入って一旦休憩にしないか?」などと聞こえてくる。
どうやら走り逃げるのに夢中でそのドアを見逃していたらしい。確かに前方に巨大な穴が出現していたのでそちらに視線が集中してしまっていただろうからしょうがない所もあるだろう。
重鎧がまだ追いかけてきているかもしれない、そんな重圧もあったのだからこの貴族たちの今の余裕の無さであれば周囲に注意を払えなかったのも納得する。
「で、俺は落ちるんだけどね。もう遅いって。」
俺は流されるままに穴へと振り落とされた。リーダーに捕まれた腕を引かれるままに動いていたから。
「おお!一端そのドアの先へと入ってみるか。もしかしたらそこで隠れていればさっきの鎧に我々を見失ったと思わせられるかもしれん。」
子供の思考、そう言わざるを得ない。その今も追いかけてきているかもしれない重鎧に知恵が有れば絶対にそのドアを見逃すはず無いだろうにと思うのだ。
そして確実に追い詰めていたのにその獲物の姿が無いと分かれば、その重鎧はそのドアの先を確認しようとするだろう。そうなれば休んでなんている時間は無い。
重鎧を倒すか、或いはそのまま逃げ続けるしか選択肢は無い。そしてあの貴族たちはどうにも重鎧を倒す力はない様子だ。あのドアの先が行き止まりであればそこで絶対絶命に陥る。
メイド十五名が道を塞いでいたのを勢いで正面突破しようとする選択肢すら出てこなかった所を考えて彼らの実力はどうにも皆無と見て良いだろう。
貴族たちは楽観視しかできない生き物なのだろうか?そんな風に思いながら俺はそのまま穴を落ちて行った。
俺が穴に落ちて行っている事など誰一人気にしていない。いや、一人だけこちらをチラッと見た者が居た。
ソレはダンジョンに入る前に俺が全権委任をされていると話した時に表情を変えなかったあの貴族だった。
(完全にそいつが皇帝の潜らせた諜報員だろうなぁ。しかしまあ良くあんな奴らと波長を合わせていられるなずっと)
潜入先の「道理」に合わせて動かねばそいつらに疑われる。一人だけ周囲と歩調が違えばその差が浮き彫りとなって疑惑の種になりかねない。
だからこそ周りと自分を合わせなければならないのだが、よくもまあ、あんな阿呆たちと同じ調子で、同じ言葉選びで、同じ、同じ、同じでずっと居られるモノだと感心する。いや、寧ろある意味尊敬できる。
内心で頭の悪い貴族たちを笑っていたり見下したりしているかもしれないが。
「おっと、落ちるのもここまでだな。さて、ここはどこ等辺だ?先ずは調べたりせずに少し歩いて見て回ってみるか。」
俺をまるでゴミ扱いで穴へと落としてきた奴らの事などもう気にしないでも良いだろう。
ちょっとくらいは「無事でこのダンジョンから外に出れますように」と祈ってやって良いかと思いはするが。
「さて、このダンジョンをさっさと攻略するか?それとも少しだけ一人でいる事を堪能してからにするか?」
久しぶりに一人だ。ここにはクロも居ない。帝国を歩いて見て回れない鬱憤をここで晴らす為にダンジョン内をうろついてもいい。
「とは言え、そう言った事をさせてはくれないらしいけど。」
今の俺の居る場所がどこら辺なのか分からない状況で前方から重鎧が三体。
「魔力ソナーを使えば一発でボスの居る所が判明するけど。それだけじゃつまらないよな。」
皇帝からは期限を決められていない。なら散歩気分でこの城の中の様なダンジョンを攻略しても良いだろう。
何かしら異変を感じたらすぐにワープゲートで脱出して外の様子を見に行けば間に合うはずだ。
ダンジョンから魔物が溢れて帝国に危機が訪れたとしても直ぐに駆け付けられる手段を俺は持っている。気楽にいけばいい。
そんな風に思って俺へと迫って来る重鎧を観察してみたのだが。
「この鎧、中身が無いんだな?からっぽ?だけど動く・・・ポルターガイスト?いや、違うか。よーく目を凝らして見てみるか。」
するとその動きをどうにも操っているボンヤリとした光が見えてくる。どうやら俺の「魔力固め」と似た感じでこの鎧は操られているらしい。鎧はそのボンヤリな光に包まれている。
「へぇー。なるほどな。俺とやってる事が似てるわ。でも密度が足りない様に見えるけど。」
そんな一言を言っている間にその重鎧三体が一斉に俺へと斬り掛かって来る。それを俺は後方に飛んで避けた。
「俺が魔力を流して干渉した場合、こいつらを乗っ取れるのか?乗っ取りが成功した後に解除した場合はどうなる?」
一度制御権を奪えばその後は解放して放置しても動かないままなのか、或いはもう一度復活してまた俺へと再び襲い掛かって来るのか。
「どちらにしろ完全に潰せばいいだけか。さて、どれくらいの圧に耐えられる?」
俺は魔力でその重鎧を囲う。そのままで鎧を魔力壁で圧し潰しにかかる。
メキメキメキ、ギャリギャリギャリと鎧が擦れ打ち合わさる音が響く。段々と俺はコレに圧力を上げて行って限界まで圧縮をして行く。
「中々抵抗感が強いな。魔力で保護をされているからかな?でも、残念。」
ドシン、と鉄の塊が床に落ちる。こうなるともう動く事も不可能だろう。潰し終わったその塊には先程まであったあのボンヤリな光、魔力が無かった。
「さて、どうしようかこの次は。うーん?お城みたいだし?宝物庫なんてあったりするのかね?なーんちゃって。」
最初にこのダンジョンに入って来た時は通路も装飾品もボロボロと言った「廃墟」の様に見えたのだが。
俺の今居る階層?は何故か掃除が行き届いているかの様にピカピカだ。そして高価そうな壺やら絵画が飾られていて様相が全く変わっていた。
「これらを持って帰れば相当な金になるだろうけど・・・止めておくか。」
それらを持って帰っても捌くのが面倒そうだった。サンネルにそう言った品を代わりに捌いて貰うと言う手もありはするが。
「ダンジョンに有った品ってどうなんだ?」
素人目の自分から見てもどうやら絵画などは「宗教画」の様に見えたし、通路に飾ってある壺や像などはまあまあ良いデザインだと思えたのだが。
「止めておこう。芸術品の価値なんて俺には分からないし。それにそう言ったダンジョン産の品がどの様な価値なのか調べて無かったからな。」
別に今更俺は大金が欲しいとか思わない。一攫千金も狙っていない。ならばここは手を出さずとも良いだろうと思ってそれらを無視する事にした。
そうやってまた暫く歩けばまた重鎧と出会う。今度は五体だ。でも、それも先と同じ様に対処して無力化した。
だがその後に通路を直進し続けて出会ったのはあの「のっぺらぼう」だった。
「流石に人型だし、顔が無いとは言えちょっと・・・」
こうしてダンジョンに居て、そしてこうして侵入者とも言える俺へと剣を振りかぶって切り殺そうと近付いて来るのだから即座に返り討ちにしても良いのだが。俺は一旦魔力障壁を張ってソレを防ぐ。
「なんか気分を害するよなぁ。ダンジョンで発生した「魔物」として見ても良いんだろうけど。」
十五名?が一斉に俺へと攻撃を仕掛けて来ている状況だ。殺意がかなり高い。
「ガチガチのフェミニスト。って訳じゃ無いけど。全員これ女性だよね?」
メイド服を着た「のっぺらぼう」。メリハリの付いた女性体型である事でちょっとだけ抵抗感が湧く。只々殺す事に。
「こんなのを無双して千切っては投げ、千切っては投げって、流石にそんな暴虐はなぁ?」
この「のっぺらぼう」を殺した際に血飛沫がドバドバ吹き荒れると言った血の雨が降るとかになったらかなりのトラウマものである。
鎧の中が空っぽだったからこそ、圧殺と言った手段を取れた。だけどこの「のっぺらぼう」は生々しいのだ。
「本当に、マネキンみたいな作り物っぽかったら良かったのに。何でこんなにリアルなんだよ・・・」
まるでその体温すら感じられる程にその「のっぺらぼう」の肌はみずみずしい。
別にエロ目線でこの「のっぺらぼう」を見ている訳じゃ無い。観察をすればするほどに本当に「ニンゲン」に見えて来てしまっているだけだ。
そしてこのメイドのっぺらぼう、服装とか、別の部分も細かいのだ。そう、個性がある。
「何でそれぞれ同じデザインのメイド服なのにちょこっとずつ付けてる小物とか、髪型とか、癖とかが違うの?マジ怖い。」
魔力障壁でこのメイドのっぺらぼうの攻撃を防いでいる間に観察を続けて分かった事なのだコレが。
その事に気づいて増々このメイドたちを殺すと言う選択肢が取れなくなってしまっている。非常に鬱陶しいのに。
「魔力固めで止めちゃうか。とは言え、ダンジョンの消滅と共にこのメイドさんたちも消えてなくなるんだろ?ちょっとソレは忍びなくなってきちゃうなあ。」
先ず俺を殺そうと切りかかり続けている「のっぺらメイド」たちを拘束する。
しかしどうにも時間が経てば経つ程にこの個性溢れているのか、そうで無いのか微妙な「のっぺらメイド」に奇妙な情が湧いてくる。
「まさかそう言った罠なのかコレが?とは言っても、流石にこのダンジョンを攻略しない、って言った選択肢は取れないけど。」
こう言った感情は一旦心の奥底に沈めておく。コレにいつまでも拘っていると先に物事が進まなくなってしまうから。
「さて、まだまだ通路は先へと続いているけど。一本道だなここ?もしこの先が行き止まりだったらまた落ちて来た穴の所まで戻って反対側に行かないといけないのか。面倒だなソレは。」
とは言え、ダンジョンの中でもワープゲートを使える俺はそんな歩いてまた戻ると言った面倒などしないでもスタート地点に戻るなんて直ぐだ。
気にせず俺はその何処までも続く通路を進んだ。壁に飾られた絵画をゆっくりと鑑賞しながら。