押しかけてくる
宿へと戻って俺は部屋でリラックスする。これからどうなるか、明日はどうするか、そんな事をソファーに座ってだらけた姿勢で考える。
先程の控室では皇帝が「聞こえない」を連発して側近を困らせて遊んでいたが、ちゃんと「時間ギリギリです」の言葉が出た時にしっかりと控室から退出している。
「エンドウ様、お客様がお見えです。」
ここで宿のスタッフがドアをノックした後にそう言ってきた。俺は誰が来たかの予測ができない。
もう皇帝は今日は来ないだろうし、メールンが来たならお客様と言う呼び方で呼ばずに「担当者の方」と言うのではないかと思ったのだ。
「客には会う。けど、この部屋では無い。何処か別の部屋を用意してくれ。そっちでなら会う。」
今クロはこの部屋にいる。森へと戻るかと聞いてワープゲートを出したのだが、今回はどうやらこの部屋でクロは過ごすつもりらしい。
この部屋では客がクロを怖がってオチオチ俺に話も振れないだろうと思ってそう言った事を言ったつもりだった。
しかしコレは俺が相手に対して「私的空間」には入らせないよ、と言っている様なものだ。
警戒している、そう客に対して言外に伝えている事になる。深読みをし過ぎかもしれないが。
(まあそれはそれで良いとして。さて、誰が来たんだ?心当たりが無い)
「畏まりました。その様にお伝えします。」
スタッフが俺の言葉を受けて答える。そこで俺は一つ大きく背伸びをしあくびを一つ。ドアの外側、廊下にはスタッフが一名立っていたのだが俺の言葉を客に伝える為に移動した。
このまま俺が「即座に会う」と言った事をするとふざけた者には舐められる可能性がある。
だがしかし「会わない」なんて断言すると相手に「敵」認定される事も考えねばならない。
只「会わない」と言うだけでソレはおかしい、などと思うかもしれないが、そう言った輩は以前の会社員時代にも一人だけ会った事がある。
この俺が会いに来てやったと言うのに、とそんな上から目線で勝手に敵意を発生させた者が居た。
その後はそいつと俺とは関係性がより悪化、と言うか、以前からその相手とは別に仲が良かった訳でも、ましてや悪かった訳でも無かった。
お互いに顏は知っていたが、接点は無い、そんな関係性だったにも関わらず、その時の事が要因で相手が勝手にこちらを敵認定してきたのだ。
まあ最初から接点が無かったのでその後に敵意を向けられたとしても自分の仕事に何ら支障は出なかったので良かったが。
コレにもし仕事上で関わらなければならない事案があったならば相手のその敵意で仕事がスムーズに進まなかったばかりか、邪魔されてマトモな仕事にならなかった可能性も有ったかもしれない。
別の部屋でなら会う、その条件付き、それをこちらから提示する事で「対等に接しましょう」と言った面も言葉の中に入ってはいる。
プライベートな空間に相手を、客を入れると言うのは「油断」、他には「あなたに敵意は無い」、或いは「好意を持っている」、もしくは「良好な関係を築きたい」などの意志アリと見られてしまうと言った事もあるだろう。
懐の深さを見せつけるのも良いが、甘く見られるのも面倒だ。
ここの帝国にはどうにも一癖も二癖もある人物がウヨウヨと居るらしい。皇帝しかり、帝国貴族?しかり、ここの運営しかり、俺への殺しの依頼を出した者しかり。
そうした相手がつけあがって勘違いし、俺に対し不快な言葉をぶつけてくる事にも繋がってしまう。少しくらいはこうした場面で少しくらい気を使って見ても良いだろう。
「お客様を別室にご案内しました。エンドウ様、どうされますか?」
「今行く。」
俺は再びのノック後のスタッフの言葉に答える。さて、どんな人物が俺を訪ねて来たのか?ちょっと楽しみだ。
魔力ソナーを使って調べていない。なので誰が来たのかは全く分かっていない。
そんな俺が部屋を出てスタッフに案内されて入った部屋には十人程の人物がずらりと並んでいた。
「何でこんなに多いんだ?つか、こいつら、誰?」
俺は客が来たと言うからどんな奴かと思っていたのだが、十人もこの場に居るとは思っていなかったので面食らった。
それぞれがデブ、ハゲ、髭、派手な服、痩せ、出っ歯、などなどの特徴的な見た目の男たち。
その見た目のインパクトがデカイ人物たちの中で一際「逆」に目立つ人物がどう見ても「普通」というのはどう言った皮肉だろうか?
「エンドウ様、彼らはこの帝国における商人たちで御座います。」
スタッフ説明、これだけで分かった。こいつらは俺が「フリー」である事を何処からか知って俺をスカウトしに来たと言う事だ。
従魔闘技場での俺のバック、スポンサーを名乗り出に来たと言う訳だ。
「ふぉっふぉっふぉ。お初にお目に掛かります私は・・・」
「ええい貴様は喋り方が遅くてイライラする!お前は後にしろ!では初めまして私はこういう・・・」
「抜け駆けはさせんわ馬鹿者が!おい、お前!内に来い!俺の所は充分以上に金は用意してある!こいつらみたいにみみっちい予算など組んでおらん!即座に俺の配下になれ!」
「馬鹿はお前だ!いきなり何を言いだすかと思えば失礼な言葉を吐き散らして!品性というモノが無いのか貴様は!エンドウ殿!こやつなど放っておいてワタクシと交渉を・・・」
「この様ないきなり口を開き出す阿呆共は放っておいてもっと静かな場所に移動して私とお話しませんか?会員制の誰も来ない店を知っております。どうでしょ・・・」
「どいつもこいつもだまらっしゃい!お前たちは此処に何をしに来たのだ!先ずはこの中で一番の年長の私が挨拶をするのが・・・」
「年長もへったくれもあるか!この際は良い機会だ!アンタはいつもそう言って年齢の事を口に直ぐ出すがな!そんなモノ商売と言う戦いにおいて何の理由にも理屈にも武器にもならんのだよ!そこが分かっていないからアンタは二流止まりなんだ!他のお前らも同じだよ!」
「なんだとぉ!」
俺はこの商人たちがやり合っている内に部屋の外に出た。そしてそれに付いてきたスタッフには「面会は終了」とだけ言って後は今日の所はもう誰か来ても俺へと取り次がない様に言っておいた。
こうして自室に戻ってベッドに大の字に倒れ込む。
「あー疲れた。さて、あの中で何だか大物な感じを受けたのは「普通」の彼だけだったな。他のは、あれは、なぁ・・・無いわ。」
この日の夕食は外食で新たなイイ感じの店を見つけてそこで摂った。その後は直ぐに宿へと戻って就寝した。
そして翌朝、静かな朝だ。しっかりと熟睡できた。俺を寝ている間に殺そうと刺客が来たりもしなかった。
「てっきり来ると思っていたけど。まあ諦めた訳じゃ無いだろうな。今は様子見にしたのかね?」
昨日の俺の闘技場の活躍で何か思い直す所があったのか、どうなのか。
あれだけ昨日は何度も襲撃があったけれども今の所は静かなモノだ。とは言え今日これからの事は俺にも分からないのでまた襲撃はあるかもしれないが。
「俺じゃ無くてクロを集中的に狙って来る、って事も考えないといけないか。クロ、森に帰っていてくれ。こっちに滞在しているとお前が狙われるかもしれないからな。とは言え、間抜けにもお前が掴まって敵に洗脳されるとか言った事は考えにくいけど。万が一にも安全は確保しておいた方が良いだろ。」
俺はワープゲートを出してクロに森に帰っておくように言う。
コレにクロもどうやら納得してくれたようでノソノソと起き上がってゆっくりとした足取りでワープゲートを潜る。どうやらまだ眠いらしい。
「さて、今日はどうするかな?メールンが来ない、って事は今日の試合は全く無いのかな?あれ?試合に勝った報酬はどうやって受け取るんだ?まさか、名誉だけ?」
試合に勝利した名誉だけを従魔師は得る、というのだとちょっと面白く無い。とは言え、そこら辺は詳しく聞いていなかった俺が悪い。
試合への出演料はいかほどか?ソレを俺は先ず確認しておくべきだった。
「まあ最初の賭けでもう金は充分に稼いだからそこら辺は後で良いか。」
俺はワープゲートを出して宿から出て行く。出入口を通らない。
何故なら宿の外には「出待ち」が大量に居たからだ。昨日の「十人」の比では無い。
その三倍は居た。誰もかれもがきっと俺のスポンサーに付きたいのか、それともミーハーな闘技場ファンが俺の居る場所を掴んでサインでも強請りに来ているのか。
そんな者たちの相手をしていられない。コレは皇帝に早速お願いしに行かねばならないか?などと借りを作りに行こうか悩むレベルだ。
皇帝の一声でこう言った者たちは皆無になるだろう。それでも僅かに俺へと接触を試む者は出て来るだろうが。
それでも今の状況よりかは遥かにマシになるだろう。とは言え、こうして出待ちなどを無視して外に出る手段を俺は持っているのでこうした集団は避けようと思えば簡単にできるのだが。
「コレは外を歩く時は顔がバレない様にしておいた方が良いな?さて、どんな風に魔法を使えばソレができるかな?」
俺はそこを少しだけ考える事にした。通りを行くのに有名人が顔を隠さないといけないのはこうした群がる者たちが居るせいだ。
囲まれたら移動もままならない。そんなのは面倒過ぎる。
「あ、顔だけじゃダメか?服装もこれだからなあ。光学迷彩で透明化・・・それしかないのか?」
コレを使うのは避けたい。コレは緊急用とか、もっと面倒になりそうな場面で使うのであって、それ以外ではなるべく使いたくないと考えていた。
まあ俺が考える緊急用と言う「ハードル」の内容はかなり低いので、今回の様な事にも使ったりしても差し支えない位だが。
「それでも俺は楽しみたいんだよ。」
誰にも認識されない、それはそれでこの通りを歩いていて寂しい限りだ。世界に自分が「居ない」事に等しいのだから。
俺はインベントリからフード付きのマントを取り出す。そして羽織った。そして顔の部分には影ができるように深めに被ってなるべく魔法を使わずに通りを歩く事にした。
コレで何とかバレずに済むだろう、そんな甘い考えは直ぐに壊された。
「うおッ!アンタは闘技場で!あれの!?」
「嘘だろ!こんな所で会えたなんて!」
「キャー!凄いわ凄いわ!ねえ!握手して!」
「ねぇ?貴方、美しい女は要らないかしら?」
「おうアンタ!稼がせて貰ったぜ昨日はよ!あんたみたいな強い奴は従魔闘技場ができて以来初めてさ!」
「うちはこんな商売をしていまして、ご興味御座いませんか?」
「ふひひひひ!あのような従魔は何処で仕入れたモノで?おいくらでした?」
「ようようよう!随分と稼いでいるみたいじゃねーか。俺にもそのお零れをくれよ?金持ちなんだろ?」
「なあアンタ!朝食がまだであればウチの店で食べないか?ウチの店の御贔屓さんになってくれよ!」
「今はアンタの話題で帝国は持ちきりだ!有名人と仲良くなりたいねぇ。どうだい?俺と一杯そこで飲まないかぁ?」
ウザったい。見つかってしまった早々に。囲まれて四方八方からぎゃあぎゃあと誰もかれもが自分勝手な事を口にして五月蠅い。
自分の言葉を聞いて貰いたくて声を大きくしている者、その陰でこっそりと俺に触れようとして来る者。
勧誘、誘惑、質問、疑問、などなど自分勝手に口を開いては俺の事など考えない。ワイワイガヤガヤ終わりが見えない。
そんな中で一際面白い動きをする者が居るのを俺は捉えた。恐らくは。
(スリ、だな。しかもかなりの手練れだ。こう言った状況は稼ぎ時だろう。でも、見逃せないのがなぁ)
この状況からスリが居る事が分かればこの集まって来た者たちは一斉に犯人を特定して捕まえようとするだろう。
そうなればこの場は大混乱、その隙に乗じて俺もこの状況から逃げれば良いのだが。
「捕まえた。ほら、皆さんに財布を返してやれよ。そうしたら憲兵に突き出さないでやる。三数えるまでにその手の物を手放せ。そうで無ければ・・・いーち、にーい、さー・・・」
ギリギリで金属がぶつかり合うジャリンと言う音がする。それはこの騒ぎを即座に止めた。
誰もがその口を閉じ瞬時にその方向へとバッと視線を向ける。この時に俺は脱出した。光学迷彩で姿を消して、空へと舞い上がった。
それと同時にスリに掛けた魔力固めは解いていた。その瞬間にスリも逃げている。
自身の懐にあったはずの財布がその地面に落ちているのを見てスリの被害者は皆驚いている。その後は直ぐに自分の財布を拾いに動いていた。
その後はぎゃあぎゃあと誰がやったかを騒いでいるのだが、犯人はもう既にその場から逃走を成功させている。
(まあ、助かった。今回は見逃しても良いか。とは言え、ちょっとお灸は据えるか。犯罪は宜しくないぞ、と)
俺はそのスリを追ってそのまま上空を飛行して追いかけた。そうしてやって来たのは特段薄暗い建物の陰。
広さはそこそこにあり、このスリ男だけでは無くその仲間と思わしき男が十名程その場には居た。
その中の一人が話し出す。恐らくはこいつらのリーダーなんだろう。
「おう、首尾はどうだった?今日は通りが一段と騒がしかったからな?仕事もやり易かっただろう?馬鹿共は何に浮かれていたんだか知らねーが、こんだけ注意が散漫になっている時も早々無ぇ。かなり儲けが・・・」
「ヤバいぞ!お前たちも気を付けろ!あれは本当にヤバい!」
慌てた様子でその暗がりに駆け込んだスリはそう言って仲間へと注意しようと説明を始めるのだが。
「そこまで。この場の全員動くな。・・・さて、君たち、犯罪者集団、と見て良いんだよな?人様の汗水たらして稼いだ金を盗むとは許せん行為だな。」
「・・・へッ!どいつもこいつも賭けで勝った金ばかりさこの国に居る奴の金なんてな!汗水だぁ?働くのは博打をする為さ!生活の為じゃねぇ!馬鹿共はマトモに生きる事を放棄した奴らばかりだ!そんな奴らの金を盗んだって良心は傷まんがね。」
「人から物を盗む事自体が法に触れているんだから、やってはならない事だと理解できているだろうに。それをやっておきながら開き直るのは止してくれ。救い様が無いだろう?お前たちもこの国で生きている以上は法に従わなければならない。それが嫌なら国を出て野山で自給自足で生きて行くべきだ。そうすれば自由だぞ?さて、見た所、食うに困っても居なければ、止むに止まれぬ事情がある、と言った感じでも無い。盗みをするのは、娯楽の為か?それとも遊ぶ金欲しさの犯行か?」
「そんなものはテメエにゃ関係無ぇだろうが?それに、はッ!笑わせやがるな。自給自足で野生に変えれだぁ?そんな面倒くせぇ事を誰がするか。ここで俺たちは死ぬその時まで遊んで暮らすんだよ。それが俺たちには出来るんだ。」
そう代表であろう男が言った後に九名の男たちが俺を囲う為に動き出す。
ここに逃げ込んで来た者、スリ男、そいつ只一名だけはその場から全く動かない。
ソレは俺が魔力固めをしている訳じゃ無い。最初に俺が言った言葉を守っているから。
「テメエが何様で何者なのかは知らねえが、どうにも一人で突っ込んできたらしいな?なら簡単だ。目撃者は死ぬ、それだけだ。」
「お前たちは殺しをした事があるって事か?」
端的なこの俺の質問に返されたのは。
「ああ?こんな仕事をしてりゃ人一人くらい殺すだろうに。ここに居る奴らは最低でも二人は殺してら。それがなんだ?あぁ、そこの新入りだけはまだ殺しをした事がねえな?おい、お前、俺たちがこいつを痛めつけるから止めはお前が刺せ。」
その新入りとはスリ男だ。しかしこのスリ男、首を縦にも横にも振らない。返事もしない。俺が動くなと言ったその言葉を頑なに守っている。
「おいテメエ!返事くれぇしねぇか!舐めてやがんのかコラァ!?」
代表の男が凄むがそれでもスリ男は微動だにしない。それは彼が俺の怖さを実際にその身で体験したからだろう。
この場で生き残るには俺の言葉を守る以外に無いと、そうこのスリ男は直感しているに違いない。
「けッ!もういい!やれ。」
この言葉が合図で一斉に、とはいかずに舐めた態度であろうニヤニヤ顔で一人が近付いて来る。そしてそいつは言う。
「どうやって痛めつけてやろうかぁ?ああ、泣き叫ぶのは無しだぞ?ここはよぉ?陰になっていて人は来ねえが、音は外に響くんだ。だから、ちゃんと口を塞がないとなぁ最初はよぉ?」
下品下劣、そしてどうにも残虐、そして外道。先ず近づいて来たこいつはどう考えても生かしておいても社会の得にはなりそうにも無い。
俺を囲う他の奴らを見てもどいつも同じ顔でニヤニヤ。そして代表の男も同じくニヤニヤ。
「駄目だ。救える奴がいない。さて、聞くけど。人殺し、しかも二名以上?ついでに理由は口封じ?そんな犯罪者の刑罰はどうなっているんだ帝国は?・・・あぁ、死罪で良いのか。ならここで俺がやっても変わらんよな?」
いや、変わるだろう。こいつらを捕縛して観衆の目の前で死刑を執行すれば犯罪の抑止力にもなる。
インパクトの大きさで一般の者たちに「犯罪=死」と言ったイメージを植え付ける事ができる。
こいつらのやってきた罪状を周知させてから死刑執行をしたりすれば国民感情的にも「娯楽」の提供と言った感じにもできるか。
この世界には娯楽が無い。いや、この帝国には娯楽しか無いと言っても良いかもしれないが。
地球、中世ヨーロッパでは犯罪者の死刑がエンターテイメントとして一般市民に公開されていたと言うのは聞いた事がある。
ここ異世界、そして帝国などと言った酒、女、賭博の三拍子そろった特色の国なら死刑も国民への娯楽としてて公開するのではないだろうか?
そこまで考えてから俺はこいつらを魔力固めで拘束した。約一名を除いて。
「おい、お前、本当にまだ人を殺した事は無いのか?そうであれば縦に首を振れ。」
スリ男は仲間が誰一人として微動だにしなくなった事を察して顔を青褪めさせる。自身が受けた魔力固めを思い出したんだろう。
俺がそう質問をすれば、コレには正直にスリ男は縦に首を何度も勢い良く振った。
「よし、ならお前だけ見逃してやらん事も無い。ここに治安部隊を呼んで来い。こいつら全員捕縛させる。逃げるなよ?逃げても場所は分かるからな。さて、行ってこい。」
俺がそう言うとスリ男は素早く動き出す。自分の命が惜しい、それは誰だって思う事だ。
コイツは仲間を売った。いや、この場ではそれ以外にどうしようも無い場面だったと言う事だ。
売ったと言う表現もちょっと違うかもしれない。そもそも俺が野次馬に囲まれていた時に現れてスリをしてしまった時点で「詰み」だったとも言える。コレは余りにも運が無いとしか言えない。
さて、別にスリ男に呼びに行かせなくても俺が直接知らせに行けばよかったのかもしれないが、一応はスリ男に更生させるためのコレは一手である。
別に俺がそんな事に気を遣わないでも良いのだが、それでもまあ「一線」を超えていないと言うのであれば救いの手モドキを差し出しても良いだろう。
もう既に一人殺している、なんて事になっていたらこの場で全員処分、なんて事を俺が直接していたかもしれない。
「人を殺すのにも何だか罪悪感が無くなっているなどうにも。とは言え、やるのは外道邪道の類だからそこまで良心も擦り減らないんだけど。」
日本人の自分は確かに以前に死刑、死罪に対して思う所も無くは無かった。それこそ自分の手で人を殺すなんて考えた事も無いし、実行できるはずが無かった。
だけどもこの魔法と言う力と、半ば無理矢理とは言え自然の中、あの弱肉強食の森の中で生活したあの体験が俺をこの様に以前の自分から大きく変えてしまったのは事実だ。そこを今更ゴチャゴチャ考えてもしょうがない。
俺は椅子をインベントリから出して座って待つ。魔力固めで動けないこいつらを見ているとどうにも「前衛芸術?」などとふざけた事を思ってしまう。
この光景は自分がやった物なので俺が作り上げた光景なのだが。コレに「じゃあ何を表したかったの?」とこの場に他者が居たらそう聞かれているかもしれない。
まあそう聞かれたとしても自分でやった事ではあるが答えられもしないのだけれど。
こうしてくだらない事を考えていたらそこにスリ男と治安部隊が到着したのだった。
「また、貴方ですか。ご協力痛み入る。」
そのセリフはこの治安部隊の隊長だ。毎度毎度こうして現場に駆けつけて来るのは人が居ないからなのか、どうなのか。もしかしたら現場至上主義と言った事も考えられるが。
「こいつらは犯罪集団なので捕まえてください。どいつもこいつも二名以上の殺人を犯しています。しかも悪意を持って。」
「あい了解した。お前たち、捕縛せよ。」
仕事人間なのだろうこの隊長は。すぐさま部下に命令を出して犯罪者たちを手早く捕縛させる。
手際が良い、と言うか、俺へともっと事情聴取はしないでも良いのだろうか?
しかしそれならそれで良い。面倒が無いと言うのは別に悪い事では無い。
次々に縛り上げられていく者から俺は順番に魔力固めを解く。そいつらからどんどんと引っ立てられて移動させられていく。
「さて、これだけご協力して頂いているのだからお礼をしたい所なのだが・・・」
「いえ、結構です。」
俺はこの隊長の申し出に即断りをする。コレにちょっとだけ難しい顔をした隊長は「では」と続けて言う。
「皇帝陛下からの伝言を、では伝えさせて頂く。話がしたいから近いうちに遊びに来てくれ、との事です。」
隊長はソレを伝え終わるとサッとこの場を後にした。既に捕縛された犯罪者たちは連行されて全員この場には居ない。
いや、一人だけ残った。そいつはオロオロとして隊長と俺の事を交互に見る。
スリ男である。こいつはどうやら自身の事は治安部隊へと「自白」をしていないらしい。
まあ助かりたい気持ちから自分の罪を口にせず黙っておくのはしょうがない。
しかし俺がその事に対してどの様な態度を取って来るかを怯えているんだろう。
「お前は助かった。だけど、分かるだろ?今後もし罪を重ねると言うのなら俺が直ぐにお前を八つ裂きにしてやるから覚悟しろよ?ソレが嫌なら真面目に働いて真面目に生きろ。それができないと言うのであれば今すぐに治安部隊に自分の罪を告白して牢獄に入れられるでも、犯罪者奴隷でも何でもなればいい。」
俺の言葉にかなりの重みをスリ男は感じたのだろう。両膝両手を地に付けて首をがっくりと落としてしまう。
それを横目にして俺はこの場から移動した。向かう先は城だ。皇帝に会いに行こうと思って。
つい昨日ではあるが自分の魔力がどうなっているのかをその内に量りに行かせて貰うと約束をしていた。
そして今日になって治安部隊から皇帝の伝言を受けると言う妙な状況になった。昨日今日でこれだ。ちょっとざわつく所もあるが、コレも縁だ。
「コレは何か起きる前兆かもねぇ。放っておくと怖いし、まぁ、魔力の方も気になってたし。しょうが無いかぁ?」
こうして向かった城の門の前、到着した矢先に「ようこそいらっしゃいました」と門番に歓迎されてしまう。
皇帝が事前に周知徹底させていたんだろう。手回しが早いと言えば良いのか、それとも何かしら裏があるのか?
こうしてスムーズに何処の骨とも分からぬ輩を帝国の最重要拠点へと入れてしまうのはちょっと、いや、大分おかしいと言える。
今俺は単独でこの城に入るのだ。他に誰も監視役が付いて居ないでそのまま俺が入場するとか有り得ないと思うのだが。どうしたって俺への警戒心が余りにも無さ過ぎるこれでは。
「まあ物陰にどうにも手練れは隠してあるようだからソレもちょっと違うか。」
少ないながらも柱の陰や通路の角などにどうやら「精鋭」と言える兵は控えさせているみたいだが。
しかしそれを見ても数は非常に少ないと言って良い。コレを含めて考えると。
(それ以外の「守るための手段」に自信があるって事なんだろうな)
一応俺は今魔力ソナーは使っていない。隠れている兵が居る事に気付いたのも目視での確認だ。
僅かながらその兵の影が隠れている場所からはみ出ていたのが偶々見えた、ただそれだけである。隠れている者がバレようとワザと見せている訳でも無いはず。コレは偶然だ。
隠れている兵たちも自分たちの事はバレていると言った気構えで隠れているだろう。最悪の事を想定して心構えをしていれば突然の事にも対応しやすい。
だからと言って隠れている事が偶然とは言え簡単にバレる様なつもりも無かったであろうが。
こうして俺は案内人さえ付けられずに何故か城の廊下を真っすぐに進んでいる。この後にどんな事が待ち受けているのか知らずに。
そうして俺はとうとう謁見の間に到着した。そこには皇帝はおらず、しかしその皇帝が座る椅子の左右にずらりと総勢五十名の文官?たちが並んでいた。
(どうなってるんだコレは?ああ、後から皇帝が入って来て「偉いんだぞ」って言う演出?)
文官たちが皇帝の入室に一斉に膝を付いて頭を下げる光景を思い浮かべたのだが、どうにも違った。雲行きが変だ。
「何だこやつは?コレが皇帝陛下がお認めになられたと言う輩か?」
「威厳も強さも感じられませんなぁ?この様な者が帝城に入って来るとは、いやはや皇帝陛下は何をお考えなのか。」
「見慣れぬ服装だ。どこぞの密偵か?それにしては目立ち過ぎるか。その様な間抜けが密偵とはあり得んからな。」
「こやつは情報によると確か従魔師だったかと。あの野蛮な。」
「はっ!獣臭いそんな輩をこの場にだと?さっさとこやつを誰かつまみ出さんか!」
「臭いが城の中に籠っては堪りませんね。換気をしてください。窓を開け放っておいてくれ。」
「あの問題をこやつ一人にまさか皇帝は依頼すると・・・?あり得ませんね。どう考えても愚策です。」
「平民がこの城の中に平気で入って来るのも気に入りません。おや?従魔師ならば従魔は今回は連れて来ていないのですかね?」
「そんなモノを連れてこられたら城が余計に穢れる。寧ろそんな事をしておれば即刻処刑を申し渡しておるわ。」
「あの下らぬ冒険者という者たちに金だけ払って突撃させれば良いのだ。城の正規兵を減らす事がこれなら無いだろう。」
「金なら幾らでも入ってきますからねぇ。馬鹿どもが幾ら死のうが替えが効きますからな。」
「冒険者は金さえ払えば何でもやるのだろう?ならばこんな者一人にやらせずともその冒険者とやらにやらせれば良いのではないか?」
「そうです。皇帝陛下の決定は決定でそれはそれ。我々は独自に金を出しあって冒険者を雇いましょうか。」
「そうだな、優秀な兵を一人育てるのにどれだけの膨大な時間が掛かると思っておられるのか皇帝は。兵が死ねばその時間が無駄に終わるし、遺族への補償金なども大量に払わねばならぬ。それならばいっそ金で危険を肩代わりする愚かな者共に代わりをやらせればいいだけであろうな。」
冒険者だって優秀な者はそれだけの年月と活動を重ねて成長している。国の兵士だけでは無いそこら辺は。
ベテランと言うのはどう言った分野でも時間と経験と労力が重なって初めてそう呼ばれるのだ。
金で危険を請け負うと言うのは確かに冒険者の一面ではある。だが一面だけだ。これ程に見下される様な存在では無い。
言いたい放題。今目の前の文官たちの状況がぴったりとその言葉に嵌まる。
(皇帝がコレを隠れてどこかで聞いていたりしたらと思うとこんな迂闊な事を口にはできないと思うんだけどなぁ)
それでもまだまだ皇帝へ批判的な文官たちは口を閉じずに暫くそうやって口々に不平不満、或いは勝手な事を言い続けていた。