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来訪者は皇帝

 次の対戦相手は従魔に魔法を連発させ弾幕を張る戦法だった。

 俺はここで疑問に思う。魔物ってこんなに魔法を使える種類が居るのか?と。

 調教して魔法が使える様になる、と言った事もあるかもしれない。そうなるとそう言った調教の為の「基礎マニュアル」的な何かがあったりするんだろうか?


 さて、この試合は俺が正面から魔力障壁を作り出してそのまま魔法攻撃を防ぎつつ押し出しで勝った。

 相手は自分の側に従魔を置いてその位置から魔法を放たせていた。なので俺はコレを魔力障壁を前へ前へと進めていって、その圧力でそのまま相手を下がらせて場外へと落とした。

 クロは全く活躍出来ていない。そしてこの結果に客はと言うと。


「ふざけんなコラァ!インチキだこんなモノぉ!」

「ありえるかあぁァぁァぁァ!なんだってんだ!どうなってるんだよぉ!」

「また負けちまった!次こそはと思ってたのに!従魔師たちは何やってんだゴラァ!」

「弱い従魔じゃ勝てねえんだよ!もっと強い奴を連れて来いよ!」

「おい!運営は何してやがる!?こいつは絶対にイカサマしてるだろうがぁ!」


 などなど、俺への批判が殺到だ。まあ唸りたい気持ちも分からないでもない。

 今回は俺が全部片づけてしまった。相手の戦法を真正面から完全封殺しての勝利だ。

 この戦いの中身が全く分かっていない、理解しようとしていない客たちの頭ではこうしてヤジを飛ばすくらいしかできる事が無いのだ。顔真っ赤である。

 逆に対戦相手だった従魔師は顔を青褪めさせている。別に客の罵声を浴びてビビった訳じゃ無い。

 この戦いの内容があからさまに自らの常識を壊す内容だったからだ。


「さーて。昼飯だな。一回ずつ対戦するのが面倒だな?後半は今日の予定している残りの対戦相手全員で掛かってくれば良いんじゃないだろうか?」


 俺はそんな事をボヤキつつ控室へと戻った。メールンがやはり待っていて俺を出迎える。


「お疲れ様でした。ではこれからお昼休憩に入ります。闘技場内にも食事処はございます。こちらの控室にお食事を運んで貰う事も可能です。外へと出て食事をなさる場合はこちらのお時間を知らせる道具をお持ちいただいて外出をして頂く事となりますが、如何しますか?」


 どうやら自由にして良いらしい。さてコレにどうしようかと俺は考える。


「控室で食べて時間までゆっくりここでしていようかな。あ、別に食事は運んできて貰わなくて良いよ。自前で用意はする。」


 俺はインベントリから道具を取り出して準備を始める。一人焼肉だ。いや、メールンも居るし一緒に食事に誘ってみても良い。


「どう?メールンも一緒に食べよう。」


 俺が虚空に手を突っ込んでアレもコレもと道具を揃えていくモノだからメールンがコレを目にして硬直してしまった。


「あ、ゴメン、誰にもこの事は他言無用でお願い。」


 そんな口止めでメールンが誰にも言わずに黙っていてくれるかは分からない。けれども一応はちゃんと「誰にも言わないで」とは伝えておく。

 そんな焼肉準備中にここで来客が来た。誰かと思えば。


「いやー!素晴らしい戦いばかりだった!今まで見た事が無い様な試合内容だ!君は凄いなぁ!」


 皇帝がいきなりこの控室に現れた。そして俺がこれから何をしようとしているのか理解してこう言ってくる。


「ご相伴に与って良いかな?いやー、何この肉!凄いキメ細やかな肉質だな!これ程の肉は私だって数年に一度くらいしかお目に掛かれないぞ?」


 いきなりそんな事を言ってくる。先程硬直したままだったメールンがコレに元に戻るタイミングを失ってしまった。

 どうやらメールンは皇帝を一度でもその目にした事があるんだろう。ビシッと背筋を伸ばして壁際まで下がってしまった。


「おや?もっと気を楽にして構わないよお嬢さん。別にいきなり失礼をしたって処分だ何だと喚かないから。私は女性には優しいよ?さあ、君も一緒に食べようよ。」


 皇帝はいきなりそんな事をメールンに声掛ける。コレにハイソウデスカと直ぐにリラックスできる女性がいたらどれだけの胆力だろう?

 それこそメールンはそんな大胆な性格はしていないから皇帝のこの言葉に「ひゃい!」とまるでシャックリでもしたかのような返しをしている。


「なあ、色々とツッコミたい所があり過ぎて何から言えば良いか分からなくなったんだが?」


「いいねえ!やっぱり君は良い!私を前にして何ら気負わない。畏まらない!敬わない!そう言う相手が私はずっと昔から欲しかったんだ。」


 俺がそんな事を皇帝へとツッコんだら、何だか分からないが感動されてしまった。


 さて、俺がこんな風にお偉いさんにヘコヘコと頭を下げて卑屈な態度を見せないのはやはり「力」を持っているからだ。


 一々面倒になってしまう、お偉いさんに対して言葉遣いを気にしていると。


 俺は自分の「力」を自覚している。相手が何を仕掛けてこようが、実力行使をしてこようが、権力を使って圧力をかけてこようが、どうとでも出来ると俺は思っている。

 だから気にしない。ある程度言葉遣いを考えはするが、態度はラフに。


「皇帝がこんな場所に来ても良いのか?護衛も付けないで。いや、付けてはいるか。五人はいるね。いや、そう言う事じゃ無くて。昨日の今日で観戦しに来るとか、暇なの?いや、コレも違うな。皇帝が従魔師に飯をたかる?いやいや、違う違う。ここへは何しに来たのか?ああ、これだ。って言うか、食べる気満々じゃ無いか?誰がやるって言ったよ?」


「えー?良いじゃ無いかお近づきの印に!」


「それこっちのセリフだからな?」


 何とも掴み所の無い皇帝だ。とは言え、何となくだが悪い奴では無いのは分かる。

 メールンが俺と皇帝のやり取りを横目で「は?」と言った感じで呆けた顔をして見ていた。


「それにしても護衛の数を言い当てられるとは思わなかったなぁ。それと、暇では無いよ。コレは視察さ。それに食事をしないでこっちに移動だったからねぇ。コレを見たら食べたくなるだろ?」


 俺はもう肉の準備をしていた後だった。なのでこうして皇帝に今「この肉食べさせてよ!」と求められてしまっている。


「まあ別に食べさせてやれるだけの量は有るけど。しょうがない。で、だから、視察?ああ、俺を直接見て始末するか、利用するか自身の目で判断を下しに来たのか。大胆な事を。それにしたってこうして控室に来る事は無かったんじゃないのか?」


「良いじゃ無いか!もっと君と話してみたくなったんだから。それと、物騒な事は私は考えていないからそんな心配はしないでくれていい。何だったら君に対して周りが余計なちょっかいを出さない様にと私が一言付けようか?」


「いや、要らないよ。こうして突っかかって来られるのは一々面倒だけど、無ければ無くなったで予想外な面白い事、なんてのも起こったりしなくなるだろうからな。」


「君は増々良いね!おっと、その焼けている肉、私が食べて良いかい?この肉の味がどんななのか興味が尽きないんだ。」


 俺は会話しつつも肉を焼き台に乗せていた。そこで真っ先に焼けた一切れを皇帝が涎を出しそうな勢いで見つめている。


「塩を一つまみ。はい、どうぞ。」


 俺は皿にソレを取って渡す。そこには箸も付けて。


「おや?コレはどうやって使うんだ?刺して?いや、挟んで?・・・おお?そう使うのか!」


 俺が他の肉を箸でひっくり返しているのを見て皇帝が見様見真似。そして直ぐに使いこなす。


「ほわぁ~・・・なんだい?この肉は?美味しいよ、今まで食べて来た中で一番だ。圧倒的に。あー、飲み込むのが勿体無いぃ!」


 五月蠅い位に皇帝はノリノリである。この帝国の一番上の人間とは思えない態度だ。

 俺も自分で一枚焼けた肉を取ってそのまま口に放り込む。美味い。こんな美味いモノがまだまだインベントリには沢山入ってはいるが、その内に無くなってしまう物だ。良く味あわないと確かに勿体無い。

 俺はまた一枚焼けた肉を皿に取ってメールンに渡す。しかしメールンが肉に手を付けない。

 どうやら硬直が全然抜けないようだ。まあ放っておけばいいだろう。別に無理矢理食べさせると言った真似はしたくない。

 食べて見て貰いたいと言うのはある。俺はこの肉を気に入った相手には食べさせようと前に考えていたから。

 メールンは良い奴だ。その人間性は真っすぐで優しい。そんな相手なので気に入らない訳が無い。


 とは言え、どんどんと肉は減っていく。皇帝が肉を良く味わいながらも次々に食べて行っているから。

 焼き台はじゅうじゅうと音を立てて肉の焼ける香ばしい匂いを立て続けている。


 ここで俺は塩だけではちょっと物足りなくなってインベントリから香草を取り出す。太腿焼き用のアレである。

 少し残っていたソレを焼く前に良く肉に揉み込む。そしてワープゲートを小さく出してとある場所へと繋げて手だけ突っ込む。そこに生っている実を一つ採取する。

 ソレはあの森の奥、メルフェの木である。そこから実を一つゲットだ。


 コレを俺はすり潰した。そしてソレを香草漬けにして焼いた肉に絡めて食べる。


(うん、中々イケる。甘さが強いからもうちょっと塩気と割って食べれば良いアクセントだ)


「あー!なんだいソレは!狡いな!私にもソレを食べさせて貰えないか!?」


 皇帝がこの食べ方を即座に目を付けてきた。何だか子供を相手にしている気分にさせられたが、皇帝は何処をどう見たってもうしっかりとした大人だ。


「おい、皇帝がそんな態度で目下の奴らに舐められたりしないのか?」


 早速俺が渡したメルフェの果汁を絡めて肉を頬張る皇帝はここでやっと皇帝らしさを見せる。


「ふふふ、私のこの態度を舐めて掛かった奴らはもう既に監獄行きしているよ全員ね。今は私を侮る者は一人も居ないさ。・・・これ美味しい!って言うか!メルフェだねコレ!」


 どうやら何の実の果汁なのかを即座に理解したらしい。皇帝はかなり驚いた顔で俺を見る。そして。


「コレをこんな風にしちゃうなんて、なんて贅沢なんだ!恐ろしいな君は!普通は冷やしてそのまま食べると思うんだけど、こうして料理に使用するのもアリなのか・・・コレは料理人に良い刺激になる!気軽にマネできるモノでは無いし、そもそもメルフェの実を手に入れる難易度が高過ぎるけど!」


 メールンがコレにまたもや硬直を強くした。恐らくはメルフェの実と聞いて驚きを重ねたんだろう。

 まだその皿に乗った肉をメールンは未だ口に入れてもいない。


「で、皇帝陛下、お時間は宜しいので?ここで余り時間を使っていると他の仕事を圧迫するんじゃないか?」


「嫌味な事を言わないでくれよ。まあでもその心配は無いよ。昨日の内にほぼほぼ仕事は片付けたからね。今日の為に!そして本日は最後まで闘技場で観戦だ。偶には良いじゃ無いか、息抜きくらいはね。しかし確かにここに居られる時間はもう少ないな。では最後に君に。」


 俺のこの言葉にそう返してきた皇帝は姿勢を正すと俺を真っすぐに見つめてきてこう口にした。


「エンドウ殿、私と友人になってはくれまいか?」


 握手を求めるように皇帝が片手をこちらに出してきた。この皇帝の行動に護衛の気配が大きく揺らいでいる。

 どうやらこの行動は本来なら予定に無い事の様だ、護衛達からして見れば。

 いや、肉を食べる事も本来ならやってはいけない事だろう。毒見役も居ないのに皇帝は俺が提供した肉をバクバクと勢い良く食べていたし。


 本当なら俺へと試合に対しての労いの言葉だけを掛けて帰るはずだったのではないかと推測する。


 ここで俺はその手を取った。そして軽く握る。そう、俺はこの皇帝と友人になるのを受け入れたのだ。


「有難う。もの凄くホッとしたよ。君が友であれば私は百人力を得たと等しい。」


 先程迄とは全く違う頼り無い声量でそう皇帝は口に出す。コレに俺は返した。


「いや、百人ぽっち?俺としてはどれだけの数の相手が来ようが勝てるけど?それこそ百万と対峙しても勝てるな?」


 俺がコレを本心で言っている事が解ったのか、皇帝が爆笑する。


「あーっはっはっはっはっはははははっはははははああああ!ひっひっひっひっひ!ふはふはふはふはふああふあはははははあはふああああああああは!ぐふっぐふっぐっふうううう!ヒヒヒヒイヒイ!」


 笑い過ぎだ。お腹を抱えて抱腹絶倒の勢いで笑う皇帝。これには俺もドン引きだ。

 俺がドン引きな訳だから、まだ硬直から脱出出来ていないメールンがまた追加で固まるのはもうどうしようもできない。

 皇帝直属の護衛だろう五名も未だに笑い続けている皇帝に唖然としている。

 その護衛だが、隠れていてこの部屋の中には居ない。各自それぞれ何かあれば即座にこの部屋へと突入できる位置には居るが。俺はその位置を魔力ソナーで把握している。

 それでも今の爆笑中の皇帝を止めようと動く者はいない。どうしたら良いかを判断しかねているらしい。


「ふはっ!それじゃあ私は観覧席に戻るよ。この後の試合も楽しみにしている。健闘を祈っているよ。」


 ここで最後にシャキッとした態度で皇帝が退出の旨を伝えてくる。俺への応援の言葉を添えて。

 そしてパパッと何事も無かったかのように出て行った。


「あ、メールン、俺はもう充分食べたから残りは食べて良いよ。」


 未だに動けていないメールンへと声を俺は声を掛ける。コレでようやっと気を取り戻したのかメールンが叫ぶ。


「エンドウ様!何で皇帝陛下にあんな接し方になるんですか!?皇帝陛下ですよ!?皇帝陛下ですよ!?」


 どうやら無礼な態度に皇帝が怒って俺を処刑するんじゃないかと気が気でならなかったらしい。

 しかしそうなればソレはソレ。そうなったら俺は残念だがこの帝国から出て行くだけだ。処刑なんて御免被る。


「おっと、メールン、時間は大丈夫?あ、まだまだ余裕あるって?なら俺はここで昼寝するからメールンは自由にしていて。試合時間になったら呼んでよ。」


 流石にこの何事も無かったかのような俺の言葉にメールンがキレた。


「はいはいはい!分かりました!お肉遠慮無くごちそうになりますね!もう!私心臓が止まるかと思いましたよ!・・・お肉オイシイデス!」


 緊張した事に泣くのか、俺の奔放な態度に怒るのか、肉の美味さに喜ぶのか、どれか一つにできないんだろう。全部の感情が同時に迫って来ているようでメールンは何だか面白い顔になってしまっている。


 そんな時間もすぐに過ぎ、試合開始の時間が来る。


「ではエンドウ様、次の試合も頑張ってください・・・」


 メールンはやっとこの時間になり落ち着いたらしい。次の試合の見送りをしてくれる。

 俺はコレに軽く片手を上げて応えてクロと一緒に舞台に上がった。

 そうして余裕を持って登場したが、ここで驚かされた。早速フラグ回収と言っても良い状況になったからだ。


「へぇ?従魔師が四人か。合計で十二体の従魔が相手ね。」


 もう既に舞台の上には相手が立っていたのだ。しかも一人では無い。恐らくだが午後の部で当たる相手全員だろう四名の従魔師が居たのだ。

 昼前にやった試合後の俺のボヤキを誰かが聞いていた訳では無いと思う。客のヤジが五月蠅い中で俺の呟きを聞いていた運営関係者がいたとは思えない。

 だからこそ、今のこの状況は運営が追い詰められて決定した事なんだろうなと直ぐに察した。

 そしてこの舞台に立つ四名の従魔師たちも一対一では勝ち目が無いと理解しているんだろう。切羽詰まって苦汁を呑むような決断だったと見られる。

 誰もが苦々しい顔で俺を睨んできていたから。


「悪いが、全員でやらせて貰うぜ?」

「貴方が悪いのですよ?この今の闘技場の平穏を脅かしたのだから。」

「すまないけど、アンタを殺せと命令を受けていてな。恨まないでくれ。」

「いきなり現れてあんな真似されたら俺たちがクソみたいに見られちまうじゃねーか。だからよ?な?分かるだろ?」


「ああ、分かるよ。今までぬるま湯に浸かり続けていたんだなぁ。いきなりそこに熱々の湯を入れられちゃあ、びっくりしちゃうよな。」


「ふざけやがって・・・」


 俺の返しに四人が増々俺を睨む。俺が来るまでのこの闘技場の状況を「ぬるま湯」などと言う表現をしたから。

 さて、「力」というモノは人を良い方向にも、悪い方向にも気持ちを大きくする。

 俺がこんな相手を煽る事を口にしてしまうのは魔法が使える様になっているから。それが強大だから、つい相手への気遣いをポロッと落としてしまう。


 魔法など持たないサラリーマンをしていた時であったならこんな態度には絶対になりはしない、しようとも思わないだろう。


 だけども此処は異世界で、そして相手の殺意が明確に示された状態であるから、どうしても自分の中に有る魔法と言う規格外な力で強気に出てしまう。

 彼らの現状を考えて慮ればこの様な言い方をする事はしないでもいいはずだ。もうちょっと言葉を選んで切り返す事もできたはず。

 しかし相手が「殺意」を口にしてしまったのだからしょうがない。俺はコレをハイソウデスカとすんなりと受け入れられる訳が無いのだ。


 彼らのスポンサーが手を組んで俺を排除しようと画策したと言った線もあるだろう。もしくはこの四名が相談して協力体制を組んだか。

 どちらにしろ俺は負けてやるつもりは無い。もちろん殺されてやるつもりも無い。

 だから相手を気遣う言葉なんて出て来る訳が無い。


 ここで開始のゴングが鳴った。相手の従魔は見た事のある従魔も居れば初見の従魔もある。

 見た事があると言えども見た目だけ似ている、と言った感じで特殊能力などが別の可能性も有ったりするが、そこはどうでも良いだろう。

 きっとソレは俺には効かない。クロには通じるかもしれないが。


 しかしこの四名の狙いはクロでは無く俺であるらしい。こちらに向かってきた従魔はどれもコレも俺へとまっしぐら。

 だが悲しいかな、そのどれもがクロにあしらわれて場外へと放り出されている。

 俺が「従魔を殺すな」と言っているのをクロは覚えているのだ。この事を守って向かってくる従魔への力加減を考えてそれぞれ対応している。


 前足でペシッとはたく。後ろ足でヒョイッと蹴る。体当たりでポーンと吹き飛ばす。尻尾でペシーンと叩く。

 既にクロはどの程度の力を込めれば従魔を殺さずに対応できるか会得したようだった。場外に出された従魔はどれもコレも死んではいない。


 そんな中で俺を殺す命令を受けている従魔師が人差し指を俺へと向けて来た。

 だがしかし何も起こらない。ずっと俺を指さしっぱなしであるのだが、その表情が次第にもの凄く苦いモノでも口に入れたような顔に変わっていっている。

 その内に「何故なんだ!」と小声で叫んだ。コレに俺が首で「カキン、カキン」と小さな音がしている事に気付いた。

 そこには「黄色と黒」の色彩が「赤と黒」に変わった虫が。


「うおっ!?なんだ、蜂か。・・・あ?もしかして、これ、毒蜂?」


 どうやらコレが俺を殺す手段だったようだ。もちろん俺の表面は魔力でコーティングされて幾ら斬れ味高い名刀でも傷一つ負わせられないバリアが張ってある。当然その蜂の針も通らない。

 さて、こうなると従魔で俺の目をくらませてこの蜂を俺へと差し向けて、毒殺、と言った手配だったようだ。

 俺を一向に蜂が殺せないでいるのでどうやら思わず声が出てしまったようである。


「・・・暗殺、ね。真正面から俺を殺そうとするんじゃ無く。コレは流石にどうかと思う。」


 俺は蜂を魔力で包む。そしてソレを圧縮した。当然中の蜂は「グシャリ」と瞬時に潰れて死亡する。


「なぁ!?」


 どうやら俺に蜂を殺された事を驚いているらしい。いや、だってこんな物騒なモノを始末しない、なんて事はできないだろう。

 相手の従魔師は蜂がバレた事で一旦引き戻そうとしていたらしい。しかし俺がコレを「処分」してしまったので驚いたようだ。

 蜂は捕まらない、逃げ切れる、そんな判断だったのだと思う。そうじゃ無ければ相手はこれほどに驚かなかったはずだ。


 さて、試合状況はと言うと、クロが圧倒的な力で相手従魔をあしらっている。

 クロは余裕を持って向かってくる従魔を千切っては投げ、千切っては投げの大活躍だ。食後の軽い運動、そんな感じである。


 俺もここで決着させてしまう事を選ぶ。魔力障壁を作り出して相手四名を押し出す。

 別に彼らに怪我をさせたい訳では無かったのでその押し出す速度はそこまで早くはしていない。人が歩く程度の速度だ。

 コレに各自が反撃をするが、その程度の攻撃じゃ障壁は壊せない。


「何だコレは!?透明な壁が!?くそおおおお!」

「剣で!斬りつけているのに!跳ね返されるばかりで!どうなっているんだ!?」

「くっそ!これじゃあ依頼主に何て言い訳すりゃいいんだ!」

「あ、コレは駄目だ。勝てるはず無かった。」


 どうにもスポンサーから俺を「殺しても構わん」と言われているだけらしい三名は。何だか壁に押されている声に必死さは有れども殺意はそこまでじゃない。

 俺を従魔で狙って結果死んでも良い、寧ろ殺すつもりでけしかける、そんな感じを受けたのだ。


 だがそれとは違い蜂を使った従魔師だけはどうにも俺を殺す「正式」な依頼を出した者が存在するらしい。

 一々「依頼主」と口にしているのだから当然ソレは殺しを「頼んだ者」という意味だろう。

 この従魔師からは「人を殺し慣れている」と言った感じを受けていた。それと。


「最初に見た従魔は十二体だったしな。蜂は見て無い。明らかに狙ってる。」


 確実に違法、違反だと言う事だ。しかしもう蜂は存在しない。俺を殺すと言うのも試合中の事故に見せかけるためのモノだったはずだ。

 蜂の大きさは小さかった。それこそ俺が知っている「ミツバチ」程度の大きさだ。

 そんな小さい蜂をこの試合に紛れさせて俺を狙ったのだから当然ソレはバレない様にする為であっただろう。

 俺に指を向けるアクションがきっと蜂に俺を刺させるための合図だったのだ。


 ここで試合終了のゴングが鳴る。そう、俺が相手従魔師四名を場外に押しやったからだ。

 クロにあしらわれていた従魔たちが自らの飼い主の下に戻っていく。恐らくは二回目のゴングが鳴ると戦闘を中止して従魔師の所に戻る様に躾がされているんだろう。

 俺の勝ちが確定してさあ、この後はどうなるかと思っていたらアナウンスが入った。


「本日の催しはこれにて全て終了となります。皆さまお楽しみ頂けましたでしょうか?それでは皆さんお疲れさまでした。」


 どうやら本当にコレで今日はお終いらしい。ならばと俺は控室へと戻る。


「お疲れさまでした。えっと、その、予定よりももの凄く早く終ってしまったのでこれからの残り時間は自由時間となっております。追加で試合などが組まれる事もございませんのでどうぞごゆっくりお過ごしください。」


 メールンがどうにも苦笑いで俺へとそう伝えてくる。まあ、本当ならばもっと俺が苦戦する事を予想していたんだろうここの運営は。

 午前中の試合内容からして手早く終らせ過ぎていたと俺も思っている。だが俺はこの従魔闘技場の支配人に対して慮る事などしたりしない。

 この様に俺を潰すつもりで組んだ連続試合に対してのささやかな「やり返し」だ。

 最後の最後は従魔師四人纏めての対戦である。悪意があるとしか思えないのはしょうがない。


「やあやあや!凄いなぁ君の従魔は!確かクロって言ったかな?何処からこんな埒外な魔物を連れて来たんだい?と言うか、これほどの魔物を従える事ができるって君はどれだけの魔力を有しているのかな?」


 皇帝再び登場である。メールンはまたしても壁際にサッと寄って黙った。しかしどうやら昼飯の時よりかは幾分か肩の力は抜いている。しかし緊張感はその一糸乱れぬ立ち姿で直ぐ察せる。


「ダンジョンだな。こいつは消滅に巻き込まれないために逃げていた所を俺が救い上げた。魔力の件は俺にも正直言って調べた事が無いから分からん。」


「ははー!凄いね!大物の言葉だよ。ウチの魔術師は全員所属する際に魔力量を量るからね。どうだい?今度それで調べてみる?」


「ああ、そうだな。良い機会か。その内に気が向いたら伺わせて貰うか。」


 こんな会話を続けながら皇帝はクロの事を恐れずに近寄って撫でていた。

 その脚運び、動きが余りにも自然だったのでクロもこれには警戒をするのが一瞬だけ遅れていた。

 けれども皇帝が只単にクロを撫でるだけなのだと気づいたらすぐに寝転がってリラックスしてしまう。


 さて、昼時と今は少しだけ状況が変わっていた。側近が一人皇帝に付き従って部屋に入って来ていたのだ。

 その側近はどうやら皇帝のスケジュール担当らしく「短くて申し訳ありませんが、お時間です」と小声で皇帝へと声を掛けていた。

 どうやらこの側近、クロが怖ろしいらしい。怖気づかずにクロへと近づいた皇帝に対してもギョッと目を見開いて驚いていた。


「ああー、聞こえないなー。なんて言っているのか聞こえないなー。」


 コレにどうにもクロに近付けない側近を皇帝は面白そうにそう揶揄うのだった。

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