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色んな戦い方がある

「テメエ、何様のつもりだ?やろうって言うのか?あぁ?」


 俺が近づいて来る事に気づいて相手がファイティングポーズを取る。

 ステップまで踏み出してまるでボクシングの様だ。と言うか、恐らくだがコレが相手のやり方なんだろう。

 喧嘩も自信がある、そう言った感じだ。だから従魔でクロを狙って俺には気を向けてこなかったのだ。

 近づいて来たら自身の拳打でノックアウト、素人なんてそれで充分。そんな感じなんだろう。


「なるほどな。おーい、クロ。別に本気を出しても良いぞ?一応は殺さない様にだけどな。」


 クロは余力を残している。違ってクロへと再度突撃した相手の従魔はどうやら二度の全力で疲弊が見られた。

 どうやら持続力は無く、瞬間火力、そんな感じだ。そう、二度目の突撃もあっさりとクロに躱されてしまっていた。


「・・・ちっ!引け!俺を守れ!」


 どうやら相手は従魔を引かせるらしい。クロに固執していたように見えたのは自分の従魔でクロを倒せれば今よりももっと名声が得られると考えての事かもしれない。

 昨日今日で俺とクロはこの闘技場で有名になっている。それを倒す事ができれば「サイキョウ」を名乗れるとでも思ったのだろうか?

 まあ昨日は従魔師のトップ?と言える相手に俺は勝っている。屁理屈を並べれば、俺に勝てばこの闘技場の頂点だと嘯く事もできるだろう。

 しかしここで相手は守りに入るらしい。従魔を自分の元に戻る様に命令を出した。


「判断が遅いよ。最初の攻撃が失敗してる場面で引かせるべきだった。従魔がもう疲れて動けないじゃないか。」


 相手の三体の従魔はどうにも燃費が悪いらしい。ゼイハア、とこの時点でもう息が荒かった。

 そんなタイミングで俺の横にクロが戻ってきた。そしてちょこんとお座りしてお行儀が良い。


「さて、クロ。さっきも言ったけど。本気出しても良いぞ?・・・ん?別に出す気は無い?ならどうするか。じゃれて遊んで来たらどうだ?ん?今ので充分運動した?お前ちょっと怠け癖が付いて無いか?」


 クロの顔を見ながら俺はそう問いかける。コレにクロが顔をあからさまに横にそむけるので俺は言う。


「よし、クロ。命令。あの三体の内の一匹と遊んできなさい。言う事聞かないと、後でお仕置きな?」


 俺の言葉にクロがシャキンと背筋を伸ばした。そして一直線にカバへと走り出す。


「おい!迎撃だ!」


 相手もコレに対応してカバとフクロウに命令を出していた。どうやらサイは俺用の最後の砦と言う事みたいだ。俺を警戒しているらしい。

 ならばコレに俺は真正面から行こうと思ってゆっくりと一歩ずつ相手へと近づく。


「クソが!それ以上近づくんじゃねえ!それ以上近づけば容赦はしねえぞ!?」


 どうやらサイを俺へとぶつけると言っている様だ。脅しでは無く、実際に俺が踏み込めば命令を出してサイを突撃させて来るだろう。


「どうやら死にたいらしいな!?なら・・・行け!」


 とうとう許容範囲を超えてしまったらしい。サイが俺へと目掛けて突撃してくる。

 しかしその速度は最初にクロへと突進した時よりもキレが無い。

 それでも当たれば死ぬだろう、普通の人なら。でも、俺には通用しない。


 このサイを俺は「ピョーン」と軽く飛び越える。そのまま着地したら相手へとまた再び一歩一歩近づく。


「テメエは一体何だってんだ!こうなりゃ・・・来やがれ!」


 ファイティングポーズを取った相手が拳を打ち込んで来る。それはもう的確に俺の顎へと。

 ソレはしっかりと当たりはするが、俺がそんなモノに怯む訳が無い。

 自分の身体を魔力で覆って硬質化させている。拳だけでなく、剣や槍、ハンマーなど、どんな得物であっても今の俺に傷をつけられる手段は無い。

 恐らく俺に被害を与えたいのならばドラゴンの「ブレス」くらい持ってこないと駄目だろう。


 俺はそのまま相手の胸へと手を当て添える。そして、そのまま押す。単純に押し出し、場外へと相手を出す為に。


「てめえぇぇぇぇぇぇ!」


 何度も何度も俺の顔面、胴、胸部などなどに相手の拳が打ち込まれるが、ダメージなんて全く無い。

 両手でラッシュを相手は掛けて来るが、それも虚しい結果になる。


「クソがぁ!何でこの手は離れねえ!?クソクソクソがぁァぁァ!」


 殴るのを諦めて相手は俺の腕を掴む。そして引き剥がそうとする。それも失敗に終わる。


「コレで決着。はい、お終い。」


 俺は一歩一歩確実に前へと出て相手を押し込み、そして場外へと出した。ここで試合終了のゴングが鳴る。そこでやっと俺は手を離す。


「さてクロ。もう良いぞ。と言うか、途中でもう相手の従魔は動けなくなってたな。」


 この相手の従魔は長期戦に向かない。と言うか超短期決戦用だ。何せこんな短い試合時間だったはずなのにもうこの従魔たちは動けなくなっている。

 フクロウはそうでも無いと見せかけて規則的な呼吸をしている、しかも舞台の上でだ。空をもう飛んでいない。

 カバもその巨体からは想像できない速度の突進を見せていたが、どうにも無理をさせていた様子。サイも同様だ。一歩も動けない、そんな感じで寝そべってしまっている。


「と言うか、俺の知ってるサイもカバも確か本気で走ると人間は逃げ切れない程のスピード出せるんだよな?妙な雑学を思い出したなぁ。」


 俺とクロはそのまま控室へと戻る。その途中で背中から「クソがぁ!」と言った相手の叫びがこだましていた。

 客たちの中にも荒れている者が結構居る。大声で「チクショー!」と言った叫びがこちらに聞こえて来ていた。どうやら大金を賭けて負けてしまった者たちが出ているらしい。


「お疲れさまでした。・・・あの、大丈夫ですか?」


 俺担当のメールンが控室に入るとそう労ってくっれるのだが、何を意味して「大丈夫か?」と聞いて来ているのだろうかと俺はここで聞き返した。


「大丈夫も何も、何の疲れも無いよ?別に嘘を言っている訳じゃ無い。」


「あの、多くても一日で「三試合」までが従魔師の「普通」です。それ以上は流石に前例が無いと言いますか、何と言いますか・・・」


 確か十体までが登録可能な従魔の数だった。なのでそこから計算しても三試合までが、という事に繋がるんだろう。

 従魔師本人も試合をすればするほどにそのストレスが、プレッシャーがあるはずだ。だから多くても三試合と言う訳だ、「普通」は。精神的疲労度も鑑みて。

 それに従魔の疲労なども考えたり、次の試合の組み合わせ、ローテーションを考えるとそれこそ一日一試合が妥当なんだろう。

 従魔の疲れを残させる様な連続使用はできないだろうし、そこは上手く回さねば試合ができなくなるその内に。


 ソレを俺はクロ一匹で為してしまっている。だからメールンは何とも言いようが無いと言った具合になっているんだろう。


「心配は無用だよ。こう見えてクロはタフだし。いざとなれば俺から魔力を分けてやれば延々と動いてられるしな。」


「あの、それってどう言う事ですか?エンドウ様はこの従魔に魔力を「分け与え」られる?・・・そんな話今まで一度だって聞いた事ありません。それらしい噂なんかも耳にした事すらありません。到底信じられないんですが?」


「うーん?そもそもさ、俺が従魔師ってのがどんなモノなのかが解ってないんだよね、イマイチ。あ、聞いて良い?従魔師って、ざっくりと言っちゃえば、魔物に言う事を聞かせられれば、それで従魔師で良いんだよね?」


「・・・えーと、はい、そうですね。エンドウ様は確かに従魔師です。」


「うん、じゃあその従えている魔物に自身の魔力を分け与えて力を増強させるのは、ここの規定には有り?無し?」


「・・・その様な記載は一切無いはずです。と、言うか、そんな従魔師が存在し得るはずが無いので記載する意味はありません。」


 メールンが何で俺がこんな事を聞いて来たのかの真意が分からないと言った感じの声を出す。


「魔物の持つ内在魔力を超える様な従魔師は居るはずが、存在するはずがありませんよ。そもそも従魔にするには魔法契約を無理矢理受け入れさせるために魔物を先ず限界まで弱らせなければならないんですよ?」


「へぇー、そっか。そう言う風にするのか。クロに俺は別に魔法契約はしていないんだけどな?」


「え?」


 ここでどうやら次の試合の開始が迫って来てしまった。


「あの、それはどう言う・・・?あ、すみません次の試合が。」


「ああ、そうだな。行ってくる。それにしても随分と俺を潰したいらしいな、誰もかれもが。」


 試合回数がこのままのペースで行くと十回を余裕で超える。それだけの数の従魔師と従魔の数がこの闘技場には登録されているんだろう。

 余りにも数が揃えられなければこんな大規模な事業は開けない。「国営」であるのだろう。そうじゃ無いとどうにもこの規模では無理があり過ぎる。


 そんな事を考えながら舞台へと上がった俺たちの前には既に次の対戦相手が立っていた。

 その手にはどうにも何かの道具?らしき物を手にしていた。それをその相手は口元に持って行き。


「皆さん!おかしいと思いませんか?私はここで相手が不正を行っているのではないかと主張させて頂く。」


 次の相手はどうやら俺を「イカサマ野郎」として失格を狙っているらしかった。どうにもその手に持つのは「マイク」らしく会場中にその声が響く。


「先ず、そもそも有り得るはずが無いでは無いですか?従魔師があのような動きができるなんて。きっと何かしらのイカサマをしているに違いありません。」


 このちゃちな主張に客が湧く。そうだそうだと囃し立てる。具体的にどんな不正をしているのかを口にしていないのに。

 俺はコレに只のイチャモンだと気付いた。客の雰囲気を味方につけてこちらの精神を揺さぶりに来てるんだろうなと。


「幾ら強力な従魔と言えどもこれほどの連戦で疲れを見せないなんてあると思いますか?本来禁止されている薬物を無理矢理投与しているに違いありません。」


 どうやら薬物は駄目らしい。とは言え、彼の主張には何も証拠が無い。いや、もしかしたら「でっち上げ」もセットでして来る可能性も有るかもしれない。


「ましてや、従魔師が魔法を行使し、相手の従魔の攻撃を防ぐ事など不可能。きっと禁止されている魔道具を使用したに違いありませんね。」


 どうやら火の玉の雨が降っていたあの二回目の試合の事を言っているらしい。はて、禁止されているその魔道具とはいったいどんなモノで、そして禁止されているとはどう言う事だろうか?


「ましてやこの従魔にはどうやら魔法契約がされていないと言う情報を私は掴みました。それは只の魔物に過ぎず、この場に居て良いモノでは決して無い。」


 どんな方法を使ったか知らないが、俺とクロがその「魔法契約」なる物をしていない事を突いてくる。


「さて、この男は従魔師ですか?否!断じてこいつは従魔師では無い!私は此処に相手の失格を求め主張します!」


 さて、どうやら言いたい事は言いきったらしい。相手がニヤリと口元を歪めて俺を見た。

 眼鏡をかけていてどうにも痩せぎす。しかし連れて来ている従魔はかなりの強さである様だ。


 ネコ科の魔物らしいが、クロ程の大きさでは無い従魔が一体。

 ワニの見た目をしているのだが、後ろ足二足で立ち上がっている従魔が一体。どうやら尻尾でバランスを取っている様だ。

 そしてイタチと言って良いだろうか?しかし背中にはハリネズミみたいに無数の棘が生えている従魔が一体。


 相手の従魔はそんな構成である。どれもクロには及ばないと感じるが、どんな特殊な力を持っているか分からないので油断は禁物だろう。

 さて、ここで相手が主張した事に対して何か申し開きはあるか?みたいな感じでここの職員だろう者がその手に「マイク」を持って俺に近付いてきてソレを渡してくる。


「あーあー、テステス。これ、聞こえてる?聞こえてる?それじゃあ言わせて貰うけど。薬って使っちゃ駄目なんだな。今まで知らなかった。試合って魔道具?は使っちゃいけないんだな。知らなかった。ああ、それと、魔物に言う事を聞かせられて従わせる事ができれば、それは「従魔師」じゃないのか?魔法契約は一々そこに必ず必要な物なのか?ソレは知らなかった。俺はこいつを別に魔法とか使って契約?を押し付けなくても言う事を聞かせられるけど、あんたはどうにも違うらしい。格が違うんじゃないか?俺とアンタで。それと、俺は王国で従魔師としての証明書をちゃんと受けているから立派な従魔師なんだけどな?ああ、そう言えば帝国に入る前に門番には「王国と帝国の従魔師の資格は同じもの」って聞いたんだけど?そうか、俺は帝国ではまだ従魔師じゃ無かったんだなぁ。」


 俺は相手への煽りを少しだけ混ぜて「勘違いされてもおかしくない」言い方をする。

 だからこそ相手はちょっと煽られた事に怒りつつもそこを突いて来た。


「皆さん、聞きましたか?彼は薬の使用を認めましたよ。そして道具を使用した事も。」


「いや、アンタ何勘違いしてんだよ。俺は「使った」なんて一言も言って無いじゃ無いか。そもそも、俺はこの闘技場の細かい規定を知らないんだけど?それにさ、使った、使っていない、って言う不正はその場で、その時に、その証拠を押さえなければ何の意味も無いんだよ?さて、アンタは俺に対して薬を使ったと主張しているけど、それはどんな薬で、どう言った時に使われていて、さて、その証明はどうやってするんだ?今ソレを主張して、その証明ができなきゃ只の言いがかりにしかならんだろうに?それにさ、ここでアンタがその使ったって言う薬を持ち出してコレが相手の控室にあったと言いだしてもさ、それはアンタが俺を陥れる為に用意した物としても捉えられるだろ?」


 俺が先制パンチを入れたせいで相手が何も言ってこなくなってしまった。所詮は俺へと精神的揺さぶりをかける為だけにそうした「主張」をしたに過ぎないのだとコレで証明したようなものだ。


「それと、俺が何で従魔の攻撃を防げないなんて決めつけるんだよ?魔法を行使すればできない事も無いだろ?何で従魔師が魔法を使えないとか不可能とか言ったんだ?俺は使えるんだけど?」


「魔法契約で従魔を縛り付け続けるのに従魔師の魔力が必要になる!お前はその魔物と契約をしていないからこそ魔法が使える余裕があるんだろう?この闘技場に只の魔物が舞台に上がるとは、危険だ。お前はその部分で失格だと・・・」


「あ、そう言う事なんだな。従魔師は確か十体まで登録が可能だったか?あ、強力な魔物であればあるほどに契約とやらで消費し続ける魔力が増えるのか。それで俺が魔法を使えるはずが無いと。そこらへんを以てして従魔じゃ無く魔物だと言ってる訳か。ふーん。なぁ?従魔師ってさ?従える魔物に命令して言う事を聞かせられれば良いだけじゃね?契約なんてしなくても。」


「何を言うか。契約をせずに狂暴な魔物を従えるなどできるはずが無いだろうに。」


「いや、目の前に出来てる例があるでしょ?自分の目で見ているものを否定するのはどうかと思うよ?」


 相手がコレに黙った。俺の言う事に従ってクロが動いているのを分かっているのだ。


「それと、従魔師って魔物を魔法で「必ず」縛り付けないと名乗っちゃいけないモノなの?そう言う基準が決まってるの?そうだったなら俺は王国で従魔師の資格は得られなかったはずなんだけどなぁ。ああ、そうそう、魔法契約ってそもそもどうやって「やってある」か「そうでない」か調べるの?どんな方法があるのか教えてくれないか?そこら辺俺は何も知らなくってなぁ。教えてくれよ、先達として。」


 俺がコレを言った後に会場に誰のか分からない声が響いた。その内容は「これより協議を致します。」と言った内容だった。

 コレの為に休憩時間が挟まれるらしい。約五分程。


(ああ、つまらない演出だなあ。コレも相手の企み事の中に入っていた事なんだろう)


 このアナウンスが流れた後に相手が「チッ!」と舌打ちをしているのだ。しかも俺に分かるように盛大にしているのだから分かり易い。

 恐らく俺が言い負かされて単純に引け腰になれば失格を無理矢理押し付けようとしたのではないだろうか?

 しかし俺が従魔師の「常識」を分からないなりにも言い返した事で相手もこれ以上は無駄だと判断したのかもしれない。

 それと俺が王国で従魔師の資格、証明証も得ていると言った事でこれほどに素早く引いたというのもあるかもしれない。

 ごちゃごちゃと御託を並べて良い訳、誤魔化し、詭弁を弄して排除しようとするのに、俺が王国で資格を得た、というのは障害になる。

 ここで俺の事を「従魔師じゃない」と否定をすると王国との揉め事に繋がりかねないと判断したか。或いは従魔師協会との関係悪化を考えたか。

 そこら辺は全く俺にも分からないので妄想の域を出ない。とは言え、どうやら俺をちゃんと「従魔師」として協議では認めたようだ。


「試合を開始します。準備をしてください。」


 たったのこれだけ。どうにも冷たい対応だ。あれだけ相手からあーじゃない、こうじゃないと言われた俺をちゃんと従魔師だと言う肯定の説明を客へと協議側からしてくれればいいモノだろうに。


 こうして客たちのどよめきもまだ止まぬ状態で試合開始のゴングが鳴った。

 ソレは先程迄のやり取りを無かった事にするかのように。


 相手が開始後にけしかけて来た従魔は針山イタチ。そいつがクロへと向かって言った。そしてその背中の針を三本程牽制としてクロへと飛ばす。器用なモノである。

 そんなモノなど躱すまでも無いと言った感じでクロはコレを前足を振って払い飛ばす。クロには傷一つ付かない。


 そしてそのやり取りの間に俺にはワニが仕向けられていた。そしてそのワニ、結構な踏み込みの速さであった。二足歩行なのに。

 そしてそのままの勢いで俺へと押し掛かって来る。ボディプレスだ。

 恐らくコレを普通に食らったらそこらの「従魔師」では圧殺されてしまうだろう。

 そう、俺を殺しに来ているのだコレはあからさまに。俺が死んだら試合中の事故とでも言い張るつもりに違いない。

 もし俺が死んで相手が試合で「負け」と判断されても今後のこの闘技場での強力なライバルが死んでくれた、そんな風に万々歳とでも思うだけだろう。


「こんな一々面倒な相手とやり合わなくちゃいけないのか。はぁー、どうやって負かしてやろうか?」


 俺はワニのプレスの下に潜り込み、そのままホイっと持ち上げる。そしてソレを場外へと放り投げた。

 これくらいでは死なないだろう、幾ら従魔と言えども魔物だし?そんな感じでちょっと力を込めたのだが。

 コレは予想外な展開になった。ワニが綺麗に体を空中で捻って綺麗に着地したのだ。俺はコレに目を奪われた。驚いた。

 その一瞬、俺の身体に衝撃が走る。とは言え、ちょっとした体の揺れを感じただけだ。

 ソレは相手の側で待機していたネコ科の従魔の体当たりだった。恐らくはコレで俺を吹き飛ばして場外、或いは気絶を狙ったか、或いは殺す気だったのか。

 そんな体当たりでも俺の身体はその程度にしか揺るがなかったが。


「全て戻れ。一斉に相手を攻撃しろ!」


 相手はどうやら今度は俺を狙っての集中攻撃を従魔に命令している。遠慮もクソも無い。俺を殺す気だ。

 先の試合でクロには敵わないとでも判断しているのか、俺を狙い撃ちにしてきた。

 イタチの背中の全ての針が俺へと向けられた。それが連続して発射される。

 コレが一本でも刺されば普通は致命傷だろう。普通なら。俺はそもそも普通じゃない。

 相手もソレを理解した上で従魔に全力を出させて俺を狙っているのだろう。


「まあこれくらいじゃ殺されてやれんがね。」


 魔力で壁を作ってその針を全て弾く。そんな俺の背後からネコ従魔が再び攻撃をしてきた。

 鋭い爪を持つ前足で俺を切り裂こうとして来ていたが。


「受けてやっても良いけどな。どうせ無傷で済むし。けど、一応は壁で防がせて貰う。」


 コレも針と同じ様に魔力の壁で弾いた。でもここで続けてワニが攻めてくる。その大きく開いた口で俺を噛み砕こうとして来ていた。


「クロ、やって。」


 その一言だけで瞬時にワニの身体が吹き飛んで離れていく。そう、クロが一瞬でワニへと体当たりしたのだ。

 今度はワニは受けた衝撃で上手く着地できなかったのか舞台の上をゴロゴロと転がってしまう。しかし意識は無くさなかったようで直ぐに立ち上がった。それでもフラフラだが。


 この間にもネコ従魔は俺の作り出した魔力障壁にがりがりと爪を立てていた。まるで爪研ぎするように。しかしその顔は「シャー!」ともの凄い形相だ。怒っているのか、イライラしているのかは分からないが。


 イタチの方はと言うともう背中の針は全て射出してしまっているようであった。攻撃が既に止んでいる。

 ここで俺は相手に一言聞いてみた。


「負けを認めるか?それともまだ奥の手がある?どちらでもこっちは構わないが。」


 相手がもの凄く「悔しい」と言った表情に一瞬だけなる。だが直ぐにソレは元に戻っている。その後は自らの足で場外へと降りてしまった。

 コレは自分から負けを認めたと言う事だろうか?しかし自分の口で敗北を宣言していないので心の中で「俺はまだ負けちゃいない」とか思っていたりするのだろうか?


 相手がそのまま控室へと戻っていてしまう。それを慌てて追うようにして三匹の従魔たちはその背を追うようにして退場する。

 ここでやっとゴングが鳴った。しかしその後は客のブーイングが会場中を満たした。それはいつまでも止む事無く、そしてどんどんと大きくなっていく。


「俺に向けられたモノなのか?それとも相手に?どっちも?とは言え、煩いからクロ、黙らせて。」


 俺の言った事がちゃんとこんな五月蠅い中でも聞こえていたクロは大きく息を吸った。そして。


「ごあああああああああああああああああああああ!」


 吠えた。客のブーイングを黙らせる声量で、しかもそこには魔力が込められていた。

 びりびりと会場の空気が震える。客たちのブーイングなど簡単に抑え込めてしまうくらいに。

 コレに客の誰もが息を止めた。強大な魔獣の力の一端をこれで感じ取って恐怖したんだろう。

 顏を青褪めさせる者、背筋がビシッと硬直してしまった者、ヒイと小さく悲鳴を漏らした者などなど。誰もがクロへと視線を釘付けにして固まった。


「よし、それじゃあ戻ろう。もうそろそろお昼休憩に入るかな?いや、俺だけ飯を食わせずに連戦させる魂胆か?まあ別にそれでも良いけどな。オッと、クロ、おやつは食べるか?」


「がう。」


 そんなやり取りをクロとしながら控室に戻れば顔を青褪めさせているメールンが。


「お、お、おつ、かれさ、まです。あ、あの、本当に、その、従魔は大丈夫なんですか?だって、魔法での契約を施していないって・・・」


 どうやらあのクロの咆哮をメールンも聞いていたようだ。そして心配になっていると。ここでいきなり暴れたりはしないか?と。


「んん?メールンも怖いのかクロが?いやー、そうか。普通は怖いよな。俺は慣れちゃった、と言うか、最初から怖く無かったからなあ。あ、迫力あるな、くらいは最初思ったな。」


 俺はインベントリから「牛」と「羊」の内臓を引っ張り出してクロに与える。肉の部分は俺が後で焼いて食べる予定である。


「こんな魔物と遭遇して思った事がそれだけなんですか?す、凄まじいですねエンドウ様は。」


 がつがつと美味そうに内臓を頬張るクロをドン引きしながら見つめるメールン。


「クロはちゃんと俺の言った言葉は理解できてるし、何なら多分メールンでもコツを掴めば意思疎通をコイツとできるんじゃないかな?」


 俺のこの言葉は別に嘘を言っている訳じゃ無い。ちゃんと自らの言葉に魔力を込めてしっかりとイメージをクロへと伝えられれば俺じゃ無くてもクロは誰の言葉も理解できると思う。

 それに従うか、そうで無いかはクロがその相手が自分よりも強いかそうで無いかで判断するだろう。

 誰でもコミュニケーションを取る事くらいは容易にできるはずだ。いや、俺が簡単だと思っている事が他人には「無理無謀」だと受け止められていた、なんて事は幾らでも今まであるのだ。ちょっと不用意な発言だったかもしれない。


「いや、そんなのできるはずありませんよ・・・」


 どうやらやっぱりな結果になってしまう。メールンは俺の言った事に再びドン引きだ。


「無理では無いんだけどなあ。まあ、良いや。それで、俺はまた同じに短い休憩を取って直ぐ次の試合?」


「あ、ハイ。そうです。でも次の試合を終えたら昼の休憩が予定に入っています。大分長めです。」


「ああ、分かった。それじゃあもうそろそろ時間かな?行ってくる。」

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