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連戦連勝

 俺と対戦相手との賭けの倍率がどの様な比率になったのかを俺は知らない。

 けれども会場の客の熱狂でそこにどう言った偏りが出たのかは分かった。

 俺を応援する者が多いのだ。昨日の試合を見た者たちなのだろう。会場の八割?が俺への声援へと変わっている。

 ソレは単純に俺へのファンと言った感じでは無く、賭けをお前に全額入れたから勝て、と言った感じのヤジが多い。


「まあ信用されていないのは分かってるよ。ポッと出の俺が昨日一試合勝ったばかりだからね。」


 たった一試合でも俺はこの闘技場の頂点と呼べる相手にあっさりと勝ってしまっている。

 そのあっさり具合で俺がどれだけの力を持っているのかを客は理解したのだ。長年この場所で賭けに賭け続けた客の目はきっと肥えているんだろう。

 俺が今日の対戦相手にも勝つと、そう彼らの中では確信に近い何かがあるのだ。

 だから賭けた、俺へと。その熱意がかなりの本気であると言うのが嫌でも感じられた。きっと大金を賭けたに違いない。


 既に俺とクロは台上に上がっているのだが、相手がまだ来ていない。確かに少しだけ会場に入るのは早かったかもしれないが、それでも相手がギリギリの時間まで台上に上って来なかった。


「・・・何してんだろ?まあ棄権とかでは無いと思うんだけど。」


 俺はここで「まさかなぁ?」と首を傾げる。俺の命を狙った犯人じゃ無いだろうな?と。

 生きているとは思っていなかった?生きていたとしても会場入りが遅れて不戦勝になるだろうと思っていた?

 そう考えると相手がビビッて出てこないだけなんじゃ無いかと思えてくる。朝の部屋の前に居た男たちは足止め役?そう考える事もできた。


 そう思っているとようやっと相手が台上に上って来た。その従魔はと言うと。

 巨大カタツムリ、狼らしき魔物、それと猿型の魔物だ。


 カタツムリはどれだけ巨大かと言うと、大人の背丈ほどもある。

 狼はと言うと、普通だ。しかしそれに油断もできはしないが。

 猿はと言うと、これまた可愛らしい。リス猿を思わせる小ささである。


 どう言ったバランス構成であるのかが読みにくい。とは言え、この従魔師もこの闘技場で戦い抜いて来た者である。舐めた戦いはしてこないだろう。

 この従魔師も昨日の俺とカーリスとの対戦を見ていたようだからだ。


「・・・私は貴方に勝てるとは思っていない。従魔を殺さないで欲しいと願う。コレを聞き入れてくれないか?しかし負けるつもりで戦ったりもしない。それは礼儀に反する。」


 どうにもやりにくい相手だな、そんな事を俺は考える。この従魔師は自分の言いたい事だけを、自分の試合への姿勢を、俺へと押し付けて来た。


「ソレは分からん。勝てると思って無いなら何故アンタは俺とこうして今日試合をする?」


 試合開始までの短い時間で俺は相手の心の内を聞こうと質問をした。これには。


「支配人と私の出資者が勝手に試合を組んだ。この戦いの中に従魔師の誇りは無い。」


「いや、従魔師の誇りって、何?俺そんなの知らないけど?」


 相手の従魔師は軽鎧をまとって腰にはショートソードがある。どうやら自分の身を自分で守るスタイルなのだろうか?もしくは自ら攻めに掛かる珍しいタイプか?

 メールンから聞いてはいるが、従魔師本人が前線に出る事は先ず有り得ないと聞いてはいる。しかし例外などもあったりするだろう。


「誇りを持たぬ従魔師か・・・ならば遠慮は要らんな。事故で死んでも恨んでくれるな?」


「どんな精神なんだよ従魔師って奴は?いきなり従魔を殺さないでくれと言ってきたり、俺を殺す気満々だったり?」


 事故で死んでも恨むな、と言うセリフは「事故に見せかけて殺す」と言っているのと同義だ。


 そうして俺たちの会話が良い所?で区切られた所で開始のゴングが鳴り響いた。

 相手の従魔、狼と猿がクロへと向かっていく。どうやらこの二体でクロを足止めと言った感じなのだろう。


「クロ、遊んできていい。でも相手の従魔は殺しちゃ駄目だ。」


 一応俺は従魔を殺すつもり何て無い。メールンの気持ちに配慮した訳では無い。

 無暗矢鱈と殺しをするのは如何なモノかと思っての事だ。コレは試合である。しかし殺し合いでもあるのだが。

 従魔師を殺すのは御法度としても、従魔同士の殺し合いは容認されている。しかし別にそれにハイソウデスネと従わないでも良いのだから。


「この台上は広いからクロの大きさでも余裕で走り回れるのは良い事だな。」


 狼はクロへと果敢に攻める。噛みつき、ひっかきなどで。しかしそれをクロは何とも無いと言った感じでヒョイヒョイまるで踊る様に飛び跳ねて躱す。

 そこに猿が狙って魔法で攻撃している。どうやら前衛が狼、後衛が猿と言った配置である様だ。


「はー、あんなに小っちゃい可愛い猿が魔法で攻撃。しかも結構えげつないな威力が。」


 猿の放つ魔法は結構な威力。自由自在に爆発を操れる様で赤い小さい光る玉をクロ目掛けて指さしてその先端から飛ばしている。

 ソレをどうやら爆発させるのが猿の攻撃方法らしいのだが、一定の距離や目標物に到達で爆発すると言った感じでは無い。

 クロの避ける方向を邪魔、妨害するかのように狙って爆発するのだ。


 だけどもこの爆発にクロが怯む様子も無い。爆発に巻き込まれる、と思えば空中で体を捻って着地点を変えたりして軽々と爆発を避けてしまう。

 クロが苦戦をしていると言った事も無く、縦横無尽に走り回る。


「さて、こっちはどう言った攻撃を仕掛けて来るのかねぇ?」


 相手の残りの従魔はカタツムリだ。しかしその場からじっと動かずにいる。従魔師の方もだ。

 何か作戦があるのか、そうでないかは知らないが、これでは試合にならない。

 このままクロが満足するまで運動させてから終わりにしようかと考えていたが、気が変わった。俺から相手へと近づいて行く。


「・・・自ら敵の攻撃範囲に入って来るのか?それはこちらに都合が良い。」


 相手従魔師はそんな事を俺へと向かって言う。どうやらただ単に移動速度が遅いだけらしかった。

 良く見るとカタツムリは僅かずつだが俺の方へと移動していた。床がそのカタツムリの移動した距離の分だけ濡れていたのだ。


 でも俺はここで変だと思った。このカタツムリ、遅れてやって来た従魔師と一緒に台上に上がったはずなのだ。

 カタツムリ、移動が遅い、鈍い、俺はそんな自分の中に有る「常識」に囚われて一瞬隙ができた。

 ここでカタツムリの、どうにも「口」からカメレオンの様な舌が素早く伸びて来たでは無いか。

 このカタツムリは足が遅い訳でも無い、そしてそもそも魔物であって俺の知るあの「カタツムリ」では無いのだ。

 俺は只単に巨大になったカタツムリ、そんな印象で目の前の「魔物」を見てしまっていた。

 だから絡め捕られた。カタツムリの口から延びたその舌?触手?に。

 足が遅いと思っていたのだが、只単に慎重に俺へと近づこうとしていただけであり、間合いを測って頂けである。


「まさかなぁ。油断をしていた訳じゃ無かったんだけど。ビックリした。」


 俺は絡め捕られはしたが、別に動けない訳じゃ無い。と言うか、既にもうこの拘束から俺は抜け出ている。

 いや、抜け出ていると言うのは何だか変な表現だ。そもそもこの巻き付いている触手は俺の表面で止まっていて俺を直接的に締め付けれていないのだ最初から。

 俺は自身の身体を魔力で覆っているのでこの触手が直接俺へと接触する事が出来ていない。


 しかし外面的には誰から見ても「縛られて拘束されている」状態に見えるのだから客たちは大騒ぎだ。

 やれ従魔に助けを求めろだの、やれそのまま負ける気かボケナスだの、そんな生意気な奴はコテンパンにしろだの。言いたい放題だ。


 俺に賭けた客は当然、俺が負ける事を許容できない。だからここで発破をかけるように俺を罵る言葉を叫ぶ。

 俺の事をいけ好かない奴だと感じている客は俺が痛めつけられる光景を見たい。


 ここで俺があくびの一つでもして見せればきっと客たちは黙るだろう。俺の余裕を見て。

 しかしそんな相手に失礼な事をしないでも少しづつだが客は黙っていく。

 ソレはカタツムリが必死になって俺に巻き付けた触手を引っ張ろうとしても全く動かないのを理解するからだ。


「さて、コレはどうするかなぁ?と思っていたら剣を抜いて従魔師自身が俺に斬り掛かろうとしてくるとはねぇ?」


 俺の首に剣を突き付けられてそこで試合終了、なんて事になると面白く無い。なので俺はすぐさまこの拘束を抜け出す事にした。

 そのまま触手へと俺の魔力を大量に流す。そして巻き付いているのを引き剥がす。

 魔力固めから操作して操るのと同じ要領だ。コレによって俺は自由を取り戻した。


 それに驚いたのは相手の方だ。しかし勢いを止める事無く俺へと斬り掛かって来た。

 ソレを俺はひょいと躱して相手の服を掴む。そのまま勢いで引き摺って場外へと投げ放る。

 従魔師が場外に出てしまうと負けである。コレで俺の勝ちは決まった。試合終了のゴングが鳴る。


 俺とクロはそのまま静かに舞台を後にして控室へと戻る。そこにはメールンが待っていた。


「お、お疲れ様でございました。次の試合は、その・・・」


「ああ、別に疲れてないから連戦でも大丈夫だよ。クロもまだもうちょっと動き足りないくらいじゃないかな?」


 クロも余裕そうにあくびをしている。結構派手に動き回っていたと思ったが、クロ自身はそうでも無いと言った感じである。


「そ、その?不躾な質問をしても良いでしょうか?」


 メールンがここでどうやら俺に聞きたい事があるらしかった。コレを俺は了承する。すると。


「ど、どうしてあの時、この従魔は、その、魔法契約に縛られなかったんですか?」


「え?どの時の事?ああ、あれ?」


 どうやら魔法契約とはあの魔術師たちが大勢来てクロを囲んだあの時の事らしい。


「うーん?あれはねー、なんて言ったら良いのかね?俺が一応警戒してクロの事を魔力で覆って保護していたからなんじゃないかな?」


「・・・へ?」


 休憩時間の暇潰しにメールンの質問に答えていく。


「見ていたけどさ、あれは魔物に対してあの魔法陣の内容を焼き付ける?って言った感じのモノでしょ?だけどさ、恐らく抵抗すれば弾けるよね、あれ。クロはあの時何も抵抗してはいなかったけど、結局俺が魔力で保護していなかったとしてもきっと魔法陣の効果はクロには通らなかったと思うよ?クロ自身の強さもあってあの人数じゃきっとクロを従魔にできなかったと思うし。恐らくだけど、弱っていないクロをあのまま正攻法で従魔にしようと魔法陣を組むのなら、あの人数の四倍?くらいは必要なんじゃない?あ、でもそれもクロが抵抗を見せていない場合だね。暴れたり、魔力を放出して抵抗したりしていれば五倍か六倍?くらいじゃない?必要数って。まあクロ自身があの魔法陣を受け入れると決めたらそうならないだろうけど。」


「・・・あの、そんな魔物をどうやってエンドウ様は従魔に?」


「え?あー、そうかぁ。そう言う事になるよねえ。それは一応は秘密、って事で。一つ。今のも誰にも言わないでおいてよ。今のを知って馬鹿な事を考える奴が増えると嫌だしね。」


「はい、それはもう・・・」


 メールンの顔色は優れない。きっとクロの事を余計に恐れてしまったんだと思う。ちょっと引いた目でクロをチラ見している所からそう予想したが。


「ではもうそろそろお時間です。舞台へと向かってください。」


 ちゃんと仕事は熟す。メールンは動揺しつつ時間が来たことを俺へと告げる。


「それじゃあ次の相手をしてきますかね。」


 俺はまた舞台へと向かって控室を出る。そうして登場して見れば今度は相手従魔師が先に来て準備万端と言った感じだった。


「昨日登録したばかりでカーリスに勝ったんだよなアンタ。さっきの戦いも見させて貰っていたが、どうにも俺ではアンタにゃ勝てないようだ。」


「だから、何でそれで試合を組んだんだよ?アンタも出資者とここの支配人に無理矢理なのか?」


「いや?純粋にアンタと戦ってみたいと思っただけだが?」


 俺はコレにいきなり調子を狂わされる。また同じ様にいやいや戦わされているのか?と思っていたからだ。

 しかしこの従魔師は別段そう言った事では無いらしい。


「上には上がいる。それが世の常だ。高みを目指そうとする者は最低一度はそれに挑戦せねば成長は無い。俺はアンタと戦って今までに見た事が無い世界が見てみたい。」


 今回の相手の従魔師はどうにも真っ向勝負である様だ。暗殺を狙った犯人では無いと見られる。

 しかしだからと言ってハイソウデスカと信じたりしてはいけないだろう。裏でどんな悪事を働いているか分かったモノでは無い。

 時に人は笑顔で人を殺す。さも表では笑顔で良い人を演じ、裏ではニヤニヤと人を引きずり落とす事を生業としている、なんて事は良くある事だ。

 とは言え、俺の今目の前にしている相手はどうもそんな感じには見えないが。それでも真に受けるべきでは無いだろう。


「アンタの従魔はそいつだけなのか?」


 俺の目の前には従魔師に従う一匹の鹿。そう、鹿である。最大で三体まではオッケーなのだから他に二体が居るはずなのだが。


「アンタも従魔はソイツだけなのか?」


 同じ言葉で相手も俺へと従魔の数を指摘してくる。


「ん?そうだよ。あ、後々で従魔を追加登録とかはできるのか?」


「アンタ、従魔師としてソレはどうなんだ?いや、ここに昨日登録したばっかりだったか。まあその話は後で自分の担当に聞くと良いぜ?」


 ここで試合開始のゴングが鳴る。しかし相手は動かない。

 どうしたモノかと俺は思ったコレに。相手の手が読めないし、見えない。

 恐らくだが他に従魔の残り二体が居るはずなのだが、姿が見えない。鹿も動くと言った様子が無い。


(まさか姿を透明にする事ができる魔物?でも、クロが何の反応も見せないし・・・どうやら魔力ソナーにも反応が無い。どう言う事だ?)


 俺は警戒レベルを一段階引き上げたのだが、魔力ソナーには反応が無い。

 幾ら姿を透明にできる魔物だったとしても俺の魔力ソナーで見抜けない訳が無い、と思っていたら。


「上!?」


 そう、遥か上空からの攻撃に俺たちは晒された。火の玉が俺たちの頭の上から振って来ていたのだ。

 恐らくは鳥の魔物、しかもこうして火の玉が飛ばせる種類。これには俺も驚いた。

 確かに鳥は空を飛んでいてナンボである。クロの攻撃はそんな上空には届かない。反撃される心配無しに絨毯爆撃が相手は可能だ。


 クロがその火の球を避け続ける。しかし結構な激しい数の応酬に大きく大きく走り回っていた。


「なるほどなあ。コレは強力だ。で、その従魔はどんな事ができるんだ?」


 俺は自分の頭上に魔力障壁を張ってこれらを防いでいる。そんな風にして俺は余裕で相手に質問をしてみたのだが。


「おいおいおい・・・化物かよ?こりゃ今までに見た事が無い世界、なんてモノを超えてるぞ・・・」


 俺の質問には答えてくれないらしい。それ所か俺を化物呼ばわりだ。失礼である。

 なので俺は自分で鹿に近付いてよく観察をしてみる事にした。ゆっくりと歩いて相手に近付く。

 鹿は従魔師の傍に居続けてまるで主人を守るかのように庇う位置に居る。俺が自然体で近づいて来るのをズリズリと少しづつ引き下がりながら警戒を上げていた。


「普通の鹿じゃないんだよなぁ。俺は自分の頭の中の「常識」を棄てないと駄目だなコレは。」


 自分が知っている、見た事のある動物に近い姿をしていると、どうしても思考が「そっち」に行ってしまう。

 なのでここ等辺でそう言った思考は頭の奥へと押しやってしまい込んでおかないと、その内にこの事で足元を掬われる事になるだろう。


 ここで未だに上空からの火の雨を躱し続けているクロはどうやら面倒になってきたようだ。疲れていると言う風には見えない。しかし明らかに「つまらん」と言った感情が俺には感じられた。

 そしてクロが大きく場外へと逃げ出す。すると火の雨はクロを追わずに俺へと向けられた。

 鹿の前に辿り着く前にそのクロを狙っていた全ての火の玉が俺へと降り注いでくる。


 俺の周囲はその火の玉が弾けて目の前がオレンジやら赤やらに染まった。


「おいおいおい・・・コレで死んじまったら俺が負けになっちまうじゃねーかよ。」


 相手のそんな言葉には別に心配が含まれていない。どうやら俺がこれくらいでくたばったりしないと信じている様子だ。


「まあ確かにこれぐらいでは死ねないな。」


 俺は展開する魔力障壁を広げて一気に舞台上を覆う。このまま火の雨に晒されていると試合が先に進まないからだ。

 この程度の事で俺は死なないが、それでも相手への接近の邪魔である。

 なのでここで上空の鳥従魔の攻撃がこの舞台の上に降ってくる前、遥か上空で魔力障壁を展開してソレを防いだ。

 ここでやっとクロが上がって来る。面倒な火の雨が止まった事で俺の傍に寄って来た。


「さて、その鹿はどんな能力とかがあったりするんだ?見せてくれ。」


「俺の負けだよ。おーい、試合を終了してくれ。俺の負けだ、負け。」


 この言葉を誰が聞いていたのか?試合終了のゴングがすぐさまに会場に響いた。それと同時に火の雨も止む。


「・・・おいおい、最後まで戦わないのか?」


 俺はそんな事を訊ねる。諦めたらそこで試合終了、などと言った言葉は誰が言ったのだったか?


「アンタがそれを言うのか?こんな真似をされて勝てると思える程に俺は諦めが悪くないんでな。」


 ここで上空から大きな大きなカラスとワシであろうか?二体の魔物が相手従魔師の傍に降り立った。

 どうやらこの二体が上空から火の雨を降らせていたようだ。

 相手はさっさと退場通路を戻って行ってしまう。ここにこれ以上いても無益なので、俺もそれに倣って控室へと戻った。


 部屋ではメールンがやはり出迎えてくれる。そこに俺は先程の試合での疑問を投げてみた。


「なあ?後から従魔は登録可能?・・・あ、普通に考えれば追加は可能だよな。従魔を殺されたら後から追加できないと減る一方になるし?」


「はい、確かにそうです。追加で登録は可能です。でも最大で十体までしか登録できません。従魔師同士で従魔をやり取りすると言うのもできません基本は。」


 何故ここで基本は、などと口にするのだろうか?それを少し詳しく聞いてみると。


「一度契約を解除して相手に譲渡、と言った方法は取れるのです。ですが、コレがされた回数はそこまで多くは無いですね。引退する従魔師から譲り受ける、などと言った事がその中身ですね実際は。」


 なるほどなと俺は納得した。そこで俺は知らない事が多いなと思ってメールンに規約が纏まっている冊子か何かがあれば読ませて欲しいと告げる。


「あ、そうでした!先ず登録者にはこちらを渡して読んで頂かなければなりませんでした・・・」


 メールンは今まですっかりと忘れていたと言った感じで壁の傍に置いておいたのだろう自身のカバンから一つの分厚い本を取り出した。


「こちらをお読みになって疑問がある部分があれば私に聞いていただければお答えします。」


 どうやらルールブックの様だ。それを俺は受け取る。とここで読んでいる時間は無くなっていた。


「次の試合の時間です。あの、良ければ私がもう一度上と掛け合ってきますが、どういたしますか?」


「いや、良いよ。今日の所は全て受けて立つ。逃げも隠れも時間稼ぎもしない。全部やっておこう。今日に全てを終わらせておけば明日からはきっと暇になるだろうから。」


 俺はそう言って次の試合の為に控室を出る。

 さて次の相手はどんな奴だろうかと思って舞台に上がれば既に相手は準備万端と言った感じであった。


「おい、ふざけるなよ?テメエの従魔は一体しかいないそうじゃねーか。俺の従魔三体をソイツ一匹でどうにかできると思ってやがるのか?ええ?舐められたもんだな?」


 何だか「どこぞの不良」と言った見た目の男が立っている。そしてそう自信満々に言ってきた。

 相手の従魔はクロと同じくらいの体格のサイ、カバ、フクロウだった。どうやらかなり強力な魔物であるらしい。

 相手の自信がコレに窺い知れる。相手はこの自分の率いる三体がクロと「同格」と思っているんだろう。

 しかし俺はこれに思った。同じ体格の魔物が三体で一斉にクロに襲い掛かられればきっと苦戦は免れないだろう。


 そう、俺の見立てだとそれでも苦戦なのだ。クロの方がまだ二段も三段も「格」が上である。

 しかし相手はそう思ってはいない。


「調子に乗ってるふざけた野郎をぶち殺す為の布陣だこいつはな。滅多に使わねえ。後々でこいつらの世話の面倒が増えるからな。取り敢えずテメエの従魔は今日死ぬ。残念だったな。これまでの試合はどうせマグレかイカサマでも使ったんだろうが。そんなちゃちな真似で俺のこの従魔に勝てるとは思わねえ事だな。」


 相手の目はどうにも眩んでいて魔物の「格」と言った事が真っ当に見えていないらしい。

 いや、クロがいつも怠そうにしているからこそそう言う風に勘違いを起こしている可能性も否定できない。

 火の雨を避けるのに場外に自分から飛び出すと言った事もしているので余計にクロの事を「使えない奴」などと認識してしまったといった事も有り得る。


「なら少し待ってくれれば二体目を連れて来る事もできるけど?まあ、もう直ぐに試合が始まっちゃうからそっちで待てないだろうけど。」


「は!二匹目を連れて来た所で俺には勝てねえよ。そうだな、もう試合が始まっちまうらしいから、恨むんだったら自分の油断、準備不足を恨めや。」


 ここで試合開始のゴングが鳴り響く。それと同時に相手の三体の従魔がクロに突進した。

 サイとカバはその巨体からは想像できない位の速度でクロへとぶつかりに行く。

 フクロウはと言うと大空へと舞い上がって行った。どうやら上空からの攻撃を仕掛けるつもりらしい。

 サイとカバが避けられてもフクロウでのカバーが入る事になるんだろう。実に良い連携だ。

 だけどもクロの瞬発力にソレが付いていけれるのであれば、の話になるが。


 俺はクロに魔力を譲渡して強化を施してはいない。なのでクロは素の状態でこれらを捌かねばならないが。


「な!何だと!?何故アレが避けられる!?」


 相手はどうにもこの事で驚いている。そう、クロが全ての攻撃を避け切ったからだ。

 サイとカバの突進に隙は無かった。しかしクロはソレを難無く絶妙なタイミングを見計らって跳んで避けた。

 そこへと上空のフクロウから「氷の礫」がクロを狙って放たれているのだが、それを空中で「くりゅん」と胴を捻る動きでコレもまたクロは華麗に避ける。

 それで終わったりはしなかった。そのクロの着地に合わせてフクロウは連続攻撃、その鋭い足の爪を以てして上空からの強襲してきたのだ。

 空中、クロの真上からその爪は振り下ろされたのだが、クロはフクロウの方も見ないでそのまま素早く屈んで爪をやり過ごして横っ飛びでサイとカバから距離を開けた。


 たったの一分以内でこの攻防が終わる。これらを言葉も出せずに客は見入っていたのだが、突然一気に沸きに沸く。

 どうやら先程の密度の高い戦闘が急激な興奮を客に感じさせたらしい。

 恐らくは客の誰もがクロがやられるモノだと思っていたんだろう。それがひっくり返されてテンションが上がったに違いない。

 賭けの結果がどちらに比重が置かれているのか、俺は今回も分からない。けれどもどうにも客の反応を見ているに半々、と言った感じか、或いは相手側へと賭けた者が若干多いか?と言った感じを俺は受けた。


 俺でも、対戦相手でも、どちらに賭けていたとしても、誰もが今の瞬時のやり取りを見て我を忘れて雄叫びを上げている。


「おい!もう一度だ!もう一度行けぇ!」


 相手がどうやら先程のは「マグレだ」などと思っているのか、再びクロへと従魔に攻撃を仕掛けるように命令を出す。

 従魔に対して細かい指示が従魔師は出せないのだろうか?どうにも魔法陣で魔物を無理矢理に縛りつけている影響からであるのか、単純な命令しか出せない様子だ。

 従魔師がもっと綿密な命令を出してソレを従魔が受けてそれに従って動けたならば、もっと戦略が増えて戦いは深みを増しただろう。

 でもこの相手を見ているとどうにもそう言った形には今後もなりそうには無い。


「なあ?俺の事を忘れて無いか?いや、普通は従魔師自身が戦闘に加わるって有り得ないんだっけか?でもこれまで俺は自分で動いて戦況を動かしていたんだし、分かりそうなものだよな?」


 相手はクロに執着している様にも見えた。俺には一切気を配って来ないのだ。


 俺はそのまま何らの気負い無く相手へと近づいた。

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