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まだまだ長い

 俺は別に荷物など無い。インベントリに全部突っ込んでしまっているので手ぶらだいつも。

 部屋へと入ってソファへと座り十五分程ゆっくりと力を抜いてリラックスをする。

 そして宿を出た。もちろん食事をしに行く為だ。外に出ればそこら中で客引き、だみ声で喧嘩、酒に酔った者の戯言などなど。

 そこは繁華街である。いや、この帝国は何処の場所もこう言った喧騒であふれ返っているんだろう。

 この帝国の国土のその殆どが酒に博打に女、そう言ったモノであふれ返っている。

 ソレを中心として他の商売が付随して成り立っていると言って良い。


 金を稼いだ者は上機嫌で酒を飲み、女を買い、そしてまた働く。働いた金を博打に注ぎ込んで一喜一憂。

 賭けに負けて泥沼に嵌まった愚かな者は闇の中へと消えていく。それが路地裏であったり、借金のカタに売られたりと。もしくは自分自身を担保にでもして金にするのか。


 一歩その煌びやかな通りを外れればそんな暗い部分がそこにもあそこにも、と言った感じである。

 俺が視線を暗闇に向けてみればそこではかなりの強面三人が人一人を引きずってより深い闇の中へと消えていく所が見えた。


「いやー、もうそろそろ夜だって言うのに、ここは歌舞伎町か?それとも渋谷?銀座?池袋?」


 光が消えない。通りにあふれる店から漏れる光が通りを照らして明るいのだ。

 恐らくは二十四時間営業、とまでは行かないまでもそれに近い営業時間で店を開けているに違いない。

 明るい時にもこれらの店は開いていてひっきりなしに客が出たり入ったりしていた。

 帝国は眠らない。そんな陳腐な言葉が俺の頭の中に浮かぶ。


 そうして暫く歩いていれば気になる店を見つけた。そこは光あふれる大通りでは無い。

 偶々視線を外した際に脇道に見えたうっすらと入り口から光が漏れる酒場。

 俺はそちらに自然と足が向かって歩いていた。そうしてそのまま店の中へと入る。

 そこには客はまばら。大通りに並ぶ店とは大違い。静かな雰囲気。

 客と客との視線が交錯しない様にと区切り用の衝立があり、どうにも特殊な店と言う具合である。


「入り口に立っていないで中へと入りな。そこの席が空いている。」


 店の奥の調理場からそう野太い声がこちらに掛けられた。どうやらその男性が店主である様だった。

 一人で切り盛りしているのか、他の従業員は見当たらない。俺は素直にあいているテーブルに着く。


「見ない顔だな。すまねぇが、うちはこれ一本だ。それと酒はこれしか置いてねぇ。不満があったらうちにはもう二度と来ねえでいいぜ。」


 どうやらメニューは他に無いらしく、自動で酒と料理が出されるらしい。

 そして持って来た店主の見た目はこれまた強面。茶色の髪は短く刈り上げられていて坊主頭。

 体格もかなり幅があって頑丈そうな体つきだ。そしてその顔の右側には大きな傷が額から顎にまで一本通っていた。


「有難う。コレ幾ら?」


 俺は出て来た料理を見て問う。どうにも「ビーフシチュー」である。酒も琥珀色をしていてウイスキーである様だ。


「帝国銀一枚だ。それ以下もそれ以上でも無い。前払いだが、どうする?」


「じゃあハイ、これ。では、いただきます。」


 俺は換金所でカードの中だけでなく、現金で持っていた王国貨幣も帝国の物に切り替えている。

 代金を店主に渡して即座に支払いを終えれば俺はその料理を早速口に運んだ。


「おお?美味い!肉が滅茶苦茶柔らかいなぁ。ほろほろと溶けるように消える。下拵えと煮込む時間を相当かけてるんだなぁ。凄いなぁ。」


 ソレは俺の知るビーフシチューとは少しだけ味が違ってはいたのだが、非常に美味かった。

 酒の方も口に運んでみたが、こちらも独特の香りで俺の知っているウイスキーとは別物だ。しかしその味わいは勝るとも劣らない。

 少々酒精が強かったので俺はこっそりと氷を魔力で生成して酒の中に入れる。

 コレで氷がじんわりと溶けて薄まれば自分好みの味になった時にグイっと酒を煽ろうと思ったのだが。


「・・・おい、それは、なんだ?」


 コレを店主が見ていた。何だか目つきが鋭いので俺のした事に怒ったのかと思ったのだが。


「・・・俺のコレにもこっそりとやってくれないか?」


 店主が自分の飲んでいた酒のコップを以てこちらにやって来てそう小声で求めてくる。どうにも俺のこの酒の飲み方に興味を覚えたらしい。


「おお?悪いな。ふむ、コレは・・・段々と溶けるのか?なるほどこれで徐々に薄まって、時間が経てば経つ程に味と香りの変化が出て楽しめるか。いやー、魔術師だったのかアンタ。是非ともウチの店を贔屓にして貰いたいな。どうだい?ウチの料理は?」


 店主はどうやら顏の怖さとは別でどうにもおしゃべり好きらしい。気さくな性格なようだ。俺の席の隣に座って俺に話を振って来た。


「気に入ったよ。時々食べに来ようと思う。実を言うと今日この帝国に来たばかりでね。他にも料理の美味い店を探したいと思っているんだ。」


「おう、そうか。毎日ウチの店の料理ばかりじゃ飽きちまうからな。そりゃ大事だ。ガハハハハ!何せウチはこれ一本だからよ?」


 そう言って店主は豪快に笑う。これには他の客が驚いていた。どうやらこの店主がこれほどに上機嫌になっているのは珍しい事なのだろう。

 こうして店の雰囲気は俺が最初に入った時よりも少しだけ柔らかい空気になった。

 俺は店主から料理の美味いと評判の店の事を聞きながら食事を終える。


「御馳走様、また来るよ。それじゃ。」


「おうよ!今度来た時も、コレ、頼むわ。」


 コレ、というのは酒に氷を入れた事である。店主はこの飲み方をどうやら気に入ったらしい。


 俺は上機嫌で宿へと戻ろうと大通りへと向かう。初日で濃い一日になったな、などと思いながら帰り道を歩くが、そこに怪しい三人が道を塞いできた。

 まだここは大通りに出ていない脇道、そして周囲の建物の影が掛かった一番暗い場所だ。


「死ね!」


 俺の一日はまだ終わらないようだ。

 そいつらは俺を殺す為に雇われたのか、はたまた只の強盗三人組か。

 いきなり俺を殺そうとして来るその動きは慣れたモノに見える。その手にあるナイフが俺の腹へと突き出された。


「今までどれくらいの殺人を重ねて来たんだ?三人が同時に仕掛けてくるとか。」


 三人がタイミングを合わせてほぼ同時にその手のナイフで刺突をしてくるが、そんなモノが俺に通用するはずが無かった。


「さて、君たちはこうして俺を殺すのを失敗した訳だが、一つ聞かせてくれない?雇われたの?それとも只の手慣れた強盗殺人?」


 もちろんこの三名は俺の「魔力固め」で動けなくさせてある。もし彼らが依頼を受けたプロの暗殺者だとこのまま自殺をされては困るので口も固めてしまっていたのでこの質問に答えられないのだが。


「ああ、ごめんね。どちらにしろ吐いても、普通の強盗殺人でもどちらでも結末は変わらないんだけど。俺の気が変わるかもしれないから、全部吐いて命乞い、それに賭けて生き残ろうと思った奴は視線だけ俺の目に合わせてくれれば一応は喋れるようにするけど?」


 全く動けずに彫像の様になったままの犯罪者たちへ一人づつ、俺は顔を向ける。


「嘘は分かるから口に出さない方が身のためだとここで先に行っておく。・・・誰も俺に視線を合わせてくれないね?と言う事は暗殺者で決定かぁ。誰に頼まれたんだか?」


 只のゴロツキ、強盗殺人であるならばこんな反応にきっとなら無いだろう。三名ともが相談したかの如くに俺の目を一切見ようともしなかった。

 さて、すると俺は今日この日に誰かの恨みを買って、こうして早速刺客を差し向けられてしまったと言う事になるのだが。


「はぁ、確かに数名心当たりがあるからしょうが無いけど。あのオッサンでしょ?それと、カーリス?だったっけ?今日戦った従魔師って?」


 俺が名前を出しても三名は何ら揺らぎもしない。依頼主がバレない様に表情に出さない訓練をしているのか、それとも只々依頼主が誰だかバレない様にこいつらには知らされていないのか。

 俺を殺す様にだけ命じられて、それだけを熟す。確かにそう言った流れの方がバレたりする可能性は非常に低くできるし、殺すと言う「仕事」だけをするのを基本とするので効率も良いんだろう。


「それと換金所の爺さんが俺のこの金目当てに、なんてな?」


 金に目が眩んで俺の冒険者証を奪ってその中身を全て自分の物に、なんて魔が差したと言った事も無くも無いだろう。

 だけど俺の考えるにこの三名はきっとあのチョビ髭オッサンが仕向けて来たのだと勘が言っている。

 まあ確証も証拠も無いので殴り込みになど行きはしないが。さて、どうするべきだろうかコレは?


「善良な一般市民としては警察機構にしょっ引いて貰う為に通報、何てのが一番良いんだろうけど。こいつらを手っ取り早く俺の魔法でパパッと消す事も可能なんだよなあ。」


 来たばかりの帝国でもう既に派手な事はしてしまい自重と言うのはもう無理だ。ならばここで俺の独断と偏見でこの暗殺者たちの処理をしてしまっても良いだろう。

 そう言った事も別の場所で散々やっているのだから、今更である。かなり残酷な仕打ちで苦しませて殺す様な真似もした事だってある。

 ならばこいつらにも、なんて思って止めた。


「こいつらを警察機構に引き渡してもきっと何も情報を喋らないだろうな。拷問を受けてもこの様子だと吐くかは疑問が残る。だけどこの国の事はこの国で何とかして貰おうじゃ無いか。俺は観光しに来たんだ、あくまでもな。」


 俺はこの三名をそのまま操って大通りに出る。このまま道行く人に犯罪者を引き渡す場所は何処かを訪ねながらこのまま大通りを進もうと考えたのだ。

 こいつら三名は顔を隠せていない。なのでこの騒ぎできっと有名人となれる事だろう。

 その手に持つナイフが剥き出しで店から漏れる光を反射して煌めいている。

 コレに気付いた周囲の人々が悲鳴を次々に上げていく。注目は最大に上がる。何せこの悲鳴で店の中から野次馬がそこかしこから出て来るのだから。

 こいつらはもう暗殺者としては終わったも同然だこうなれば。


「あの、こいつらはどうやら暗殺者らしくって。何処に行けばこいつら引き取って貰えますか?」


「えぇ!?何を言っているんだいあんた?」


 俺は途中で気の弱そうな青年へと声を掛けてそう質問をしたのだが、答えはこれだ。とてもじゃ無いが俺の言った事なんて信じられないのも無理は無い。

 俺だって普通の一般市民だったらそんな事をいきなり言われてもこの青年と同じ反応をしたと思う。


 しかしその後に直ぐにあの治安部隊が現れた。そう、俺が帝国の城に行くのに一緒だったあの者たちだ。


「武器構え!囲め!警戒最大!距離!詰めろ!」


 この号令に従って十名の屈強な男たちが剣を抜き放って迷い無い動きを見せる。


「はーい、そこまでにして貰えますか?縄があればこいつらを拘束してください。貴方たちに引き渡します。俺がこいつらを「固めて」あるので心配しないでください。安心ですよ。」


「・・・君は。コレは君がやったのかね?」


「俺の事覚えてましたか?まあそれは置いておいて。こいつらはどうやら俺を狙った暗殺者らしいんです。なのでこうして拘束して引き渡しをさせて頂きます。」


「コレは、魔力か?これ程の力があれば我らに引き渡しなどせずとも君自らの手で手間も掛けずにその場でカタを付ける事ができたのでは?」


「いえいえ、こいつらが犯罪組織だったりしたらコレでソレを潰せる切っ掛けにでもなればと思いまして。それじゃあ俺はコレで失礼します。一日でゴチャゴチャあり過ぎてもう疲れて寝たいんで。」


「感謝する。」


 もうちょっとこの隊長に引き留められるかと思ったのだが、意外とすんなりと帰らせてくれた。

 この会話中に暗殺者三名は手際良く縄で縛られ、猿轡までされて連行されていっている。


 それと魔力固めをこの隊長は見抜いていた様で俺の事をまるで化物でも見るかのような視線を向けて来ていた。

 まあそれでも恐れずに俺と普通に喋っていたのは修羅場を潜った数が違うんだろう。肝が据わっている。


「あーあ。コレがきっかけでまた何事か新しい面倒事がこっちに来ない事を祈ろうか。」


 こうしてようやっと俺は宿の自分の部屋に戻って来た。来たのだが、部屋の雰囲気が変わっている事に気が付いた。


「・・・部屋、間違って無い。部屋の装飾や家具などの配置も変わって無い。けど、俺以外で誰かがこの部屋に侵入したな?」


 ソレは僅かな違和感でしかなかったが、俺にはそれだけで確信になる。

 だってここに戻って来る前に襲われているんだから。そのせいで今の俺の気は鋭敏になっていた。


「魔力ソナーでもう速攻調べたけど。部屋に誰かが隠れているとか言ったのは無いな。ふーん?もうちょっと詳しく調べるか。その前に。」


 俺はサッと自前で部屋の隅々まで調べられる手段がある。非常に便利だ。また暗殺者でも隠れているんじゃ無いかと先に簡易的に調べてみたがその形跡は無い。ここで俺一人だけで部屋をもっと詳しく調べ切っても良い。

 けれども俺は宿のスタッフをここで呼んだ。受付カウンターまで戻ってまで。第三者の証人を作る為に。

 そこで俺が口に出したのは「俺の居ない間に部屋へと何者かが侵入した形跡がある」と言ったサスペンスドラマのセリフの様な言葉である。

 コレにスタッフが「まさか」と言った顔になる。それでも即座に動き出し、部屋へと俺と一緒にスタッフ二名が付いて来る。


 中へと入ってスタッフに何か変わった所が無いかどうかを調べさせる。

 俺が部屋を契約して最初に入った時にはソファにしか座っていない事も伝えてある。


「無い、ですね。別にこれと言って消えている物も無ければ、何か追加されている様な不審な点もありません。」


 スタッフが部屋の中をざっくりと見て回ってそう答えを出した。

 だけども俺はここでベッドマットレス?をひっくり返す。もう既にスタッフと一緒に部屋に入った時に調べておいた。今度は念入りに、入念に。


 その裏側には何だかチカチカと規則的に青白い光を明滅させる四角い箱が。

 コレを見てスタッフが小さく悲鳴を上げる。「ひぃ!?」であった。どうにもソレが何なのかを知っている様子だった。

 俺はこの世界の「道具」をまだまだ知らない。だからソレが一体何なのか分からないのだ。


「あの、コレ一体何ですか?」


「・・・ば!ば、ば、ば、ば!」


「ば?」


「爆弾です!」


「爆破テロかよ・・・」


 どうやらどうしても俺を殺したいとその犯人は思っているらしかった。

 俺がベッドで寝ている間にドカン、である。この宿の事などお構いなしで俺を殺害しようとして爆弾を設置したらしい。

 この爆弾の衝撃がどれだけあるのかは分からないが、最低でも人一人を殺すのに充分な威力を持っているだろう。そうじゃ無ければ只の嫌がらせにしかならない。

 俺は即座にこの爆弾を魔力の壁で囲った。それもかなりの魔力を注ぎ込んで。

 どれくらいの爆発になるのか分からない。下手に動かしてこの宿ごと木っ端みじんを狙っているという可能性もある。


「そうなると暗殺者とこの爆弾は別人の仕業?それとも二段構えだった?あのチョビ髭が「提携」の宿で騒ぎを起こしてでも俺を殺そうとするとは思えないけどな?」


 俺は爆弾をマットレスからもぎ取る。慎重に。一応は魔力障壁で覆ってはいるのだが、安心はできないだろう。

 この魔力障壁を吹き飛ばす程の威力がこの爆弾へと込められていたりしたら、と思えば慎重に取り除いた方が良い。


「さて、私はコレを安全に処理するために出かけてきます。安心してください。それと忠告します。あなたたちは、自分の身の安全の為に「何も無かった」いいですか?この部屋には「何も無かった」。いつも通りに過ごしてください。」


 この事がバレたら犯人がこの宿に戻って来て同じ様にまた爆弾テロを起こすかもしれないよ?と暗に含んだ言葉でスタッフを黙らせる。

 俺の言葉の意味を理解できたのだろう。二名のスタッフは顔を青くしたのだが、そこはプロ。動揺を抑え込んで直ぐに元の表情に戻った。


「さて、俺が部屋に呼んだのは家具のデザインが気に入らなかったとか、配置がとか、そう言った嘘をでっち上げて乗り切ってください。それじゃあ行ってください。」


 俺が合図をするとスタッフは部屋を出て行く。その動きはスムーズで動きにぎこちなさが出ていたりもしない。


「よし、それじゃあ帝国の外に行くか。ワープゲートで出て行こう。」


 真正面から「爆弾処理をしに帝国外に出ます」なんて言って門を潜ったりしない。そんな事を悠長にやっていられる時間は無い。


 俺は即座に移動した。そこは帝国から遠く離れた場所。ここで爆弾が爆発しても誰にも聞こえないし、被害も出ない。


「爆発はこのまま障壁内に閉じ込めた状態でさせた方が良いか?うーん?でも、どれくらいの威力がこの爆弾にあるのか知っておきたいな?」


 この世界にあるこの爆弾は特殊な物の様である。青い光が明滅している所を見るとどうにも魔法が関連していると見られるのだが。

 その明滅も何だか早くなってきている。恐らくはもうそろそろお時間なんだろう、爆発の。


「コレをスタッフが直ぐに見抜いて爆弾だと言ったけど、本当かどうかは見てみないと俺も信じられないしな。と言うか、宿のスタッフって勉強をしてるんだな、テロ対策の。」


 爆弾なんて人生の内に一回も見る事なんて無いはずだろう、真っ当に生きていればこの世界では。

 それなのに宿のスタッフは直ぐにコレを見抜いた。そう言った教育が宿でされていたりするんだろう。

 奇妙な光る箱があったら爆弾、そんな単純な教育だったとしても、それを知っているのと、知らなかったのとでは天地の差が出るはずだ。

 と言うか、生きるか死ぬか、その境目になるだろう。


「さて、爆発に巻き込まれたりはしたくないから離れているか。」


 俺は爆弾を地面に置いて大分離れてから魔力障壁を解除する。そして待った。

 光の明滅は次第に間隔が早くなっていき、そして光の強さも次第にそれと同時に上がっていった。

 かなり離れた場所に居るのにその光の変化が良く分かる程だ。

 そして明滅が無くなった次の瞬間「ドガーン」だろうか擬音にすれば。

 爆炎、3mくらいの高さまで火柱が立った。その炎の範囲は大体直径5m程。

 確実にあの部屋が火災で完全に駄目になる威力である。


「・・・今日の試合を他の従魔師が観戦していた可能性もあるんだよなあ。そいつらの誰かが俺には「敵わない」と思って暗殺を企てた、とか言った事もあるかもしれないかぁ。犯人は絞れない、って事なのかね?」


 爆発が起こるまでずっとその様な事を考えていた。そもそも俺に恨みを抱く者だけじゃないのだ、命を狙うのは。

 勝てない、そう結論づけた他の従魔師が「裏の手段」を使って俺を消そうと試みた、そんなパターンもあるかもしれないのだ。

 今分かる事はこの爆弾はあのチョビ髭オッサンの仕業では無い、と言う事くらいだ。

 そして今日戦ったカーリスは灰色、どちらかはまだ分からないと言った所だ。


 炎の柱は少し長めに存在し続けた。コレはかなり殺意が高い。確実に俺を灰すら残さない、と言った意思が見える。


「終わったな。さて、戻ってやっとの事眠れそうだ。・・・いや、眠れる、のか?」


 このままだと俺の寝込みを襲ってくるんじゃないのか?そう考えなおす。


「そうだな。最近はちょっと弛んできてるから今日は少し気を引き締めるか。」


 あの森の中で生活した時の事を思い出す。あの頃は魔法がまだ上手く扱えていなかった時、野生の獣は容赦なく俺へと遅い掛かって来ていた。ほぼ毎日。

 あの時の事を考えれば今の状況は非常にイージーだ。今は一晩中熟睡しながらでも結界を張って他者をシャットアウトしていられるのだから。


 ワープゲートで部屋へと戻る。もう一度俺は魔力ソナーで部屋の中の詳細を調べる。そして何も無い事を確認してからベッドへと飛び込んだ。


 そうして翌日、俺はゆっくりとした目覚め、とはいかなかった。

 どうにも俺が目覚めるタイミングをずっと部屋の前廊下で待っていたのかどうなのか?ドアがノックがされる。


「エンドウ様、お客様です。従魔闘技場より担当者のメールン様が御出でになられています。」


「今行きます。待っていてください。」


 俺はそれだけを伝えて背伸びをして深呼吸をした。どうにも昨日の今日でこれだ。警戒は必要だろう。

 魔力ソナーをドアの外に広げてみるとそこには五人の屈強な男が居るではないか。


「何でそうなるんだよ?声を掛けて来たのも此処のスタッフじゃ無いじゃん。」


 昨日の続き、らしい。ドアを開けて油断している俺へと一気に襲い掛かる算段だと見える。男たちの手にはナイフが握られている。そして巨大なハンマーも一本その側に転がっていたのだが。


 さて、こいつらがドアを無理矢理破壊して襲撃をしてこないのは何故か?そんな大きいハンマーがあるのならドアの一つや二つぶっ壊すのに一分と掛からないはずである。


 しかしそんな事を俺がさせる訳が無い。そう、結界を俺が張っていたからだ。ついでに衝撃吸収と消音も付けている。

 だからこの男たちの傍にドアを破壊して部屋に侵入するための巨大ハンマーが廊下に転がっているのだ。


 強襲する、それができないと理解した男たちはどうやら騙し討ちを狙うと言う方針転換をした様だ。


「さて、どうしたモノかね?おちょくる?それとも昨日みたいに捕まえて引き渡す?無視する?どれもしっくりと来ないなあ。一応はこの刺客も誰かの差し金だろ?昨日の犯人とはまた別か?それとも同じ者の犯行か?」


 どうにも俺の思っていた流れにはならないと言うのが良い加減理解できた。

 俺の命を狙う犯人は新参者の俺をどうにかして排除したいらしい。しかも、自分の実力でも無ければルールの穴を付いた方法でも無く、こうした無法で。汚い手口で。


「容赦が無いな。盤外戦術にも程があるだろうに。さて、こいつらに付き合っても何も面白くなさそうだし、朝食をどっかに食べに行こう。」


 俺はワープゲートで宿の外に出る。こういった手合いにいつまでも付き合っていてもキリが無さそうだと思ったからだ。

 この調子だと俺は今日従魔闘技場での試合は無いのかな?そんな事を考えて闘技場への直通通路を進んだ。

 しかしこの考えは別にあっていると言う訳では無いらしい。メールンがそこでは俺を待ち伏せていたかのように立っていたではないか。


「おはようございます。今日のエンドウ様の試合予定、なのですが・・・」


 ちょっとだけ申し訳なさそうな顔でメールンは俺へと今日の予定を告げて来た。

 俺はその次々に告げられる試合の時間を聞いて「今度は虐めか」とぼやいてしまった。

 ソレはみっちりと詰めに詰められた俺の予定。第一試合はもうこれから後一時間後に始まると言う。

 そして試合後は十五分の休憩を挿んでまた試合、それを繰り返してこの闘技場の開いているギリギリの時間まで戦い続けろと言うのだ。


「その、この予定は異常すぎますので私も支配人に止める様にお願いをしたのですが・・・」


「まあ良いんじゃないか?賭けはできる?俺の?あ、駄目なの?俺だけ?支配人が決定させた?へー、直ぐに封じて来たか。まあ良いさ。その代わりにメールンは賭けを出来たりはするの?できる?じゃあ俺に賭けておけば全部負けないからこの先ここで仕事をし続けないでも一生遊んで暮らせる金を得られるよ?どう?あ、やらない?そう、それは別に自由だから良いけどね。気が変わったら賭けを途中からでもいいからやってお金を増やしておくと良いよ。」


 俺はこの「支配人のやり口」を全て受け入れた。コレに俺は文句は無い。だって昨日は俺の口から「挑戦者、幾らでも歓迎」と出してしまっているから。

 とは言え、朝食だけは食っておきたい。なので食事処をメールンに紹介して貰ってそこで朝食を摂った。

 食べ終わればもうちょっとで試合の開始時間だ。控室へと俺は案内される。

 そこでメールンがどうやらずっと疑問に思っていたと言った感じでおどおどと質問をしてきた。


「あの、従魔は一体何処に?もう少しで時間ですが?」


「ねぇ?従魔師だけで舞台上に上がって一人で戦うとかもできたりする?規律にはそこら辺の記述は無いのかな?・・・うんうん、それじゃあ別に俺だけでやってしまっても構わないんだな。」


 どうやら試合は従魔がいなければならない、と言ったルールは無いらしい。ならばここでクロを連れてこないで俺だけで台上に上がると言うのもアリだろう。

 だけどもそれだと俺がこの従魔闘技場に何しに来たのか分からなくなりそうだ。

 せっかくクロの良い運動にもなるかな?くらいの事は考えていたので俺はワープゲートを出してクロを呼ぶ。


「おーい、クロ。やるぞー?こっちに来てくれ。」


 俺のこの声にクロはゆっくりとワープゲートを通って来る。コレに何処からどうやってクロが現れたのかが全く分かっていないメールンが唖然とした顔で固まってしまった。

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[気になる点] 主人公、人外の強さを身に着けてからは舐めプが多いよね?その割には小難しい事を延々と考えて結局思考を投げ捨てるってパターン化してきてる。便利な能力なんだから普通に使って無双したらいいのに…
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