ヤバいと言われても・・・
で、そこでまたしても俺は引き留めた。
「どうせならコレも試してみたいからちょっと武器出して。」
もう俺が何をしようとしているのか察せられてしまった。
「あのよ?まさか、武器の強化をしようとしているのか?具体的にはどういう効果を付けようとしてる?」
「あ、カジウルの剣には切れ味?が上がるようなモノを。」
超振動ブレードにでもしようかな?高熱で焼き切るタイプでも良い。
だけど、そう言った事は一切説明しない。
超振動と言うのは文字通りに、細かい振動で刃を小刻みに振るわせてより剣の食い込み度を上げる仕様にして見ようと言う魂胆だ。
振動した刃が斬り当たっている部分の肉を寄り分けてより一層剣をスムーズに滑らせるのだ。
その効果を剣の刃の部分に魔力コーティングしてみようと。
高熱タイプは、剣に纏わせる魔力コーティングを超高熱にし、切った部分をその熱で焼却する追加効果を狙う。
こうすれば斬った部分のみならずその周囲の組織まで大やけどで、剣の当たった部分以外にまで攻撃の範囲も広がると言った具合だ。
掠るだけでも即座に熱が相手の身体を焼く、そんな狙いである。
「ねえ?私たちに身体能力あげる魔法を掛けるだけじゃ満足しないの?」
マーミの矢の先に強い衝撃を受けると爆発するタイプの魔法をくっつける。二本だけ。
コレを試しに一番最初の先制攻撃で当ててみて欲しいと説明した。
「そんな物騒な物を!?コレ今大丈夫なの!?爆発しないでしょうね!?」
そしてラディの短剣には攻撃範囲拡大を。刃の延長、もちろん不可視の魔力の刃を。
「これ、薄っすらと青いな?・・・ああ、魔力の刃・・・本当にコレ、斬れるのか?」
そしてミッツには服の方に俺と同じ魔法を掛けて防御力を上げておいた。ミッツは引きつった表情になる。
コレは命大事、回復役がいなければ怪我も治せないと言う訳でそうした。
「こ、こ、これだけの膨大な魔力を・・・服に?信じられないですねぇ。でも、エンドウ様には簡単な事なのですね・・・」
こうして万全な体制を整えていざ出陣である。門を今度こそ開いた。
すると目の前には巨人である。しかも一つ目の。腰みのだけの。頭に一本、波◯さんの如くに角の生えた。
肌の色は薄汚れた肌色。口は大きく裂けているような、それでいてその中には鋭い牙が生え並ぶ。
その手には丸太が一本。どうやら武器であるようだ。
そう、これはいわゆる、サイクロプスと言った具合だった。
「ヤベぇぞ!撤退だ!撤退!どう考えても俺らじゃ無理無理ムリぃ~!」
カジウルが即座に撤退と叫ぶ。どうやら俺以外、全員が気持ちを同じにしたようだ。
「先ずは私の弓で怯ませて隙を作るから、皆は息を合わせて退避して!」
マーミがそう叫んで矢を番える。そう、俺が最初に使ってくれと頼んだ矢を。それも二本同時に放つ曲芸うちで。
その矢の当たるタイミングを見計らうために四人はじっとサイクロプスから目を離さなかった。
しかし次の瞬間、矢に付加した「爆発」がサイクロプスを吹き飛ばして尻餅をつかせた。
ここはサイクロプスの巨体が居るので狭く感じはするが、しかし動き回れない程の広さと言う訳でも無い空間である。
サイクロプスはどうやら致命傷とはいかないまでもかなりのダメージを負ったのかまだ立ち上がってこない。呻き続けている。
「お、おい、これ。どういう訳だ?まさか、エンドウの魔法が?た、倒せ・・・るのか?」
ラディはそう口にした。これにカジウルもマーミもミッツもサッと俺の方を向く。
「うーん?行けるんじゃないのかな?駄目そうだったら俺が交代するし。やってみればいいと思うんだよね?ソレに、魔法かけたジャン?効果のほどを観察しておきたいんだけどな。」
これにミッツが賛同してきた。
「や!やりましょう!エンドウ様が私たちにはついています!今のマーミの矢の爆発で奴はまだ起き上がれていません!今のうちにやれるだけの事をやってみましょう!」
どうやらこれにカジウルがヤル気を出した。
「おっしゃ!もうどうにもならなかった時はエンドウ!助けてくれよ!じゃないとあんな怪物相手じゃ俺たちじゃ命が幾つ有っても足りねえかんな!マジで!」
そう叫んでカジウルが起き上がろうとしたサイクロプスの弁慶の泣き所に剣を斬り込もうと踏み込んだ。
その踏み込みの速さは俺の魔力が付与されていたからだろう。瞬時にサイクロプスへとカジウルは接近する。残像が残る程である。
「ぅぉ!オオおおおおぉ!?」と言った困惑の叫びと共に剣が振り切られた。
その次には大の大人一人分はあろうかという程の太さのその脛が断ち切られていた。
これには流石の怪物も叫び声を上げる。それはダンジョン内で盛大に響き渡り、耳を塞がないと我慢できない位の煩さである。
ソレが落ち着いたころに今度はラディがのたうち回るサイクロプスの頭へと忍び寄った。
それは痛みに我慢をし始めたサイクロプスが再び体制を整えようとした所だった。
その両目にラディのナイフが突き刺される。そう、攻撃範囲が魔法で延長されたナイフが。
本来のナイフの長さなら目を潰すだけに留まるソレが、突き抜けて脳にまで届く。
サイクロプスはどうやら絶命したようで身体を一瞬ビクンと大きく振るわせた後にそのまま倒れ込んだ。
その時に手に持っていた丸太、棍棒代わりだっただろうソレがミッツの方へと倒れてくる。
サイクロプスがその巨体を支えるために床に立てていたソレが手を離されてしまったためだ。
誰も間に合わなかった。それがミッツへと直撃する。
しかしドシンと大きな音をたてて丸太が床に転がった時、ミッツはその場に立ったままだった。一切の怪我を負うことも無く。無事である。
「成功したな。どうやら魔力って他人に掛ける事もできるんだな。うん、上出来。師匠はなんて言うかなぁ?」
俺のこの態度に四人からジト目で見つめられた。解せない。
「・・・倒せたのは良いのよ?でもね、こんな非常識は今後一切やりたくないわね。エンドウ、私はもうこんな思いは嫌よ?」
マーミがそう言って俺の方に近づく。真剣な顔で。
「私たちも同意の上でと言った形だけれど、もう貴方の実験には付き合いたくないわ。だって、これじゃあ命が幾つ有っても足らないモノ。」
ガチで嫌がられてしまった。嫌われてはいないようだが、コレは反省せねばならない。
「スマン。一応四人の安全の為も入ってたんだけど、ちょっと性急過ぎた。もうこんなマネはなるべくしないよ。」
「おいおい、なるべくって何だよ?やらないってそこは言うものじゃ無いのか?」
カジウルが追加でそう言ってくるが、でも「場面」というモノがある。
「だって戦力を分散しなきゃいけない場面とかあった場合に、戦力増強としてやっておかなきゃなんないような時があるかもしれないじゃん?」
俺は例えを出してみる。
「言いたい事は、解るがな。確かに生き残ろうと思ったら何だってやっておかなきゃ、ってのはある。まあそうだな。俺は今後ともこう言った事には賛成ではあるな。条件付きだけど。」
ラディはこの強化すると言う手段を肯定してきた。ミッツもそうだ。
「私はエンドウ様からこうして魔力で強化されていなければ死んでいたでしょう。運が良くても重体で命が危うかったかも。装備にこうして魔力を纏わせる強化は今後ともやって行ってもいいのではないでしょうか?」
「でもね、エンドウしか使いこなせないでしょ?そうするとこの先私たち、このやり方に慣れてしまえばエンドウなしには冒険できなくなりそうだわ。そうすればそもそも引退も視野に入れなきゃならなくなる。」
マーミは懸念を口にする。ごもっともである。今後俺がこんな強化を繰り返して彼らを守っている事が当たり前になればそれに甘えてしまうだろう。
そしてソレは俺が居なくなった途端に崩壊すると言う意味にも繋がってしまう。
まあ居なくなったりするつもりは無いのだが。でも、別れと言うのはどんな形でアレ存在する。
分かれ道で二手に分かれる。戦力を二分して当たる。各自で分散してバラバラに行動するなどである。
こう言った場面で俺がそこで別れ際に魔法を掛けて行ったとしても、時間が過ぎたり、効果が無くなってしまう程の強力な攻撃にさらされたりすれば極めて危険に晒される事になるのだ瞬時に。
強化が掛かっている状態からいきなりそれが無くなれば元の能力に戻ってしまう。ならばそれは急激な弱体化と同じ意味になってしまうだろう。
「なあ?今、俺が掛けた魔力の方はどうなってる?もう元に戻っちゃったか?」
このいきなりの質問に沈黙が降りた。
「・・・実を言うとよ?まだまだ持続してるんだよなぁ・・・」
カジウルがそう答える。しかも続けて。
「ちょっと俺自身でもこの感覚を忘れないようにって思ってよ。身体を動かすときに意識を内面に向けてゆっくり動かしてんだわ。で、よ。どうやら・・・俺、ちょっとコツが分かってきた。」
驚き発言である。カジウルが自身の魔力で強化を維持していると口にしたのだ。
「ちょっと待ちなさいよカジウル!?アンタまさかでしょソレ!?ほ、本当に?できてるの?」
「おい、嘘じゃ無いだろうな?だったら俺にだってできそうだな。エンドウの力を受けなくとも自力で出来るようになれば、今よりもっと上を目指せるようになる。俺もやってみる価値はあるな。」
マーミは慌てて、ラディは冷静にカジウルの言葉を深く受け止めた。
「ならば私にも出来るでしょうか?マーミの矢の爆発も彼女自身の魔力で再現ができるようになる?そうなれば私たちのランクはかなり上に行けるようになりますね。」
ミッツもこの事に関して自力で出来るようになる事はかなりの価値になると計算した様子。
でもここで待ったが掛かった。
「今はそれどころじゃないでしょう!こいつをどうするの?持って帰る?そもそもこいつをギルドに提出した所で疑われるだけよ?あぁもう!カジウル!どうする!?」
マーミは真剣な顔で立ったままのカジウルに指示を仰いだ。サイクロプスがヌシだったと、このまま持って行って提出しても絶対に最初から素直に信じる者は居ないと。
「あ?あぁ、ちょっと今いい所なんだ。もう少し集中させてくんないか?あともうちょっと・・・」
このカジウルの返しにマーミは呆れて天井を仰ぎ見るだけだった。
大分時間があれから経ち、そうしてやっとコツを掴んで「おっしゃ!」と喜びを叫んでいるカジウルがこちらを見る。
「で、どうする?このまま帰るか?俺はもうヌシなんてどうでもいいんだけどな。そんな事よりも価値のある物を身に付けられたしな。」
カジウルはどうやら本当にマスターしたようだ。ラディの方は既に俺の付与した魔力が尽きていたようで身体強化していた感覚を掴むための特訓ができていない様子だった。
「エンドウ、ここから出たら俺にもう一度強化の魔法を掛けてくれ。絶対にモノにしておきたい。コレは今後の俺たちのパーティーの未来を決める。絶対にできるようにならなければ・・・」
どうやら難しい顔して特訓をしたいと言ってくる。確かにこれができるようになれば彼らにとって戦力が大幅にアップ間違いなしだ。
でも苦い顔をしているのはマーミである。
「私は、あんまり気が乗らないんだけど?そもそも、それを身に付けなくたって今まで私たち上手くやれてたでしょ?」
これにミッツが被せてくる。
「駄目ですよマーミ。貴女もやるんです。でないと貴女一人がこのパーティーで活躍できなくなります。」
ミッツも俺が付与した魔力の効果を自分自身で発揮できるようにと、自分の身体に巡っている魔力に集中していた。
「あのさ、もう、出ない?ダンジョン。ヌシはもうインベントリにしまったからさ。俺だけ暇なんだよね?」
マーミ以外が俺の掛けた魔力へと意識を集中していた間、ずっと静かだったのだ。
取得しようと、魔力の感覚を捉えようと必死に食らいついていた。
マーミだけがずっと複雑な顔でソレを見続けていた状況は、俺にとって暇としか言いようのない時間だった。
「おう、すまねえ。じゃあ帰還だ。っつっても、帰り道は気を張りつめなくても大丈夫だろ。もう魔物だっていない事だろうしな。」
カジウルがかなり能天気な発言をする。でも俺の方がもっとこの世界での非常識な発言をした。
「あ、それなら俺の魔法で帰ろう。一瞬で。」
このセリフに真っ先に反応してツッコミを入れてくれるのはマーミである。
「待って!マッテ、マッテ、マッテ!ちょっと、まって、欲しい、のよ?ここはダンジョンの最奥よ?三十五階層よ?そこから?魔法で?一瞬で?ちょっと行ってる意味が分からないな~オネエサン。」
怒りとも、呆れとも、驚愕ともつかない微妙な表情で俺に迫るマーミ。
「あー、エンドウの言う事だからよぉ?ホントにできちまうんだろうが・・・だけどなぁ?俺たちとしてはソレを「はいそうですか」と早々に受け入れる何て事はできねえよ。」
カジウルが至極真っ当な意見を述べる。逆の立場だったら俺だって確かに信じられないだろう。受け入れられないだろう。
「俺は別にいいと思うけどな。もうエンドウの事に対してあんまりドウコウ言って一々反応するだけ無駄だって、この短い間で散々分からされたからな。」
「あんまりな言い方は止してくれよ。別に俺はそんなつもりじゃ無いんだぜ?」
ラディのこの言い方に一応文句をつけてはみたが、俺もそこら辺は強く言えないなと思っているのでそれ以上は言わなかったが。
「では、エンドウ様?魔法で一瞬と言う事ですが、転移の魔法陣を持っているのですか?アレは相当に高い代物で王族や一部の高位貴族しか持っていないともっぱらの話ですけれど。」
「え?魔法陣?魔法陣ってそんなのもあるのか。ふーん、色々あるんだな。転移がお高いねぇ・・・」
転移と聞いてちょっと考えてしまう。もしかしたらソレで俺は元の世界に帰れる?
でも、おそらくは無理だとも考えてしまう。そして。
(元の世界に戻ったら、俺は定年退職したあの時の状態に戻るのか?今の俺のこの若さはどうなる?この世界の俺の自由と引き換えに元の世界に戻って、俺は何がしたい?何ができる?もし、今の若い状態で戻れたとして、どうだと言うんだ?)
こう言った考えに陥り、この場で俺は元の世界に帰る事を完全に放棄した。
「ねえ、ちょっと。魔法陣の事も知らないで魔法で一瞬で帰れるって言ったの?・・・一体全体どう言う事?訳が分からないわよ?」
流石冷静なツッコミ役であるマーミ。説明責任を果たせと俺を睨んでくる。
そこをちゃんと説明したい所だったが、百聞は一見にしかず。
俺はこのヌシの部屋とクスイの家の裏を繋げるイメージを脳内で作り出して魔力を放出する。
大人一人が余裕で入れる黒と紫の混ざり合った渦が俺の前に出来上がる。そして「繋がった」という手応えが俺の脳内でアナウンスされる。
「さあ、この中に入ってくれ。説明は・・・しないでおく。体験してくれた方が早い。早い所行ってくれ。これ結構魔力使うんだ。ホレ、早く!」
そうは言っても誰も動かない。と思われたのは短い時間でカジウルが最初に動いた。
「えーい!ちくしょう!エンドウ!もしコレで何かあったら恨むぞこの野郎!こんな怪しいとしか言いようのないモンに飛び込ませようとするとか!普通じゃねえよ!この~、クソッたれ!自棄だぜ!」
そのセリフと共にカジウルは飛び込んだ。やはりカジウルは皆を引っ張って行けるだけのリーダーの器を持っているのだろう。
その後にはミッツが続いた。
「エンドウ様のやる事に何の不安もありません。では、続けては私が入ります。・・・うー、てやぁ!」
不安は無いと言っておいて、怖がってちょっとためらっておいて気合と共に飛び込んだミッツ。
「あーもう!全員阿保か!これじゃあ私もやんなきゃいけなくなったじゃないのよ!なんで普通に戻る事をカジウルは提案しないのよ!?えーい!コナクソ!女は度胸じゃゴラァ!」
と言ってマーミもその後に飛び込んだ。どうやら後に引く事ができないと悟った様子で。
「俺までアホ扱いかよ。でも、まあ、この時点で俺だけ入らない、ってのもできねえし。カジウルが飛び込んだ時点で詰んでるわな。んじゃま、初体験と行きますかね。」
ラディはそう軽口を言ってゆっくりと歩いて渦の中へと冷静に入って行く。
「あー、後で説明すんのめんどくさいな?はぐらかして有耶無耶にしようっと。」
最後に俺は渦をくぐりながらそうぼやいた。
そこでは四人が無表情で立っている。誰も言葉を発しなかった。
ここはクスイの家の裏庭である。死角が多く、他人の目を気にせずにワープできる場所として便利なのでここにいつも出る事にしていた。
これには四人はおそらくだが頭の片隅にも考え付かなかったのだろう。そしてこの結果は余りにも常識からぶっ飛んでいるのだ。四人の常識から。
で、言葉が出てこない以上に理解が追い付けなくて思考も停止してしまった、である。
動かない四人に声を掛けて見ても反応が無く、俺は溜息を一つ吐いて誰か一人が再稼働するのを待たずして店の中へと入ってクスイを探した。
そして探し人はすぐに見つかる。カウンターで接客中だった。
「毎度ありがとうございました。」
そんな慣れた一言が店内に響く。買い物をして帰る客の背中を見送った後にクスイが俺に近づいてきた。
「エンドウ、お帰り。いやはや?どうしたんだい?また何か・・・やらかしたのか?」
どうやらクスイの中で俺はトラブルメーカーだとでも思われているようだ。
この言葉に俺は反論したい。けれど一度決闘騒ぎ、しかもそこで大金を掛けるマネ、と言ったかんじで結構やらかしをしていてもう既にちょっと呆れられているので、言い返そうとした言葉をスンでの所で飲み込んだ。
「いや、ちょっと相談したい事が有ってさ。で、俺パーティー組んだから、今回の得られた物に関してなんだけど。」
「ふーむ?ソレは今日の仕事が一段落してからでよろしいですかな?どうやら魔力薬の件で問い合わせのお客が少々増えましてな。それを捌くのにちょっと時間が掛かるもので。」
クスイは俺のこの話に「商売」の顔に瞬時に変わった。
「あぁ、分かった。魔力薬はかなりの手応えだな。ちょっと早めに生産を開始して販売を前倒しにした方が良くなってきたかな?」
「まだ充分な準備をできておりませんから、もう少々の我慢ですね。私としてはしっかりと数を揃えてからと思っていますので。客の不満もまた売り上げの道具ですよ。」
これに俺はクスイの怖さを垣間見た。で、まだ庭に呆けているであろう四人の事を説明した。
「で、さ。そのパーティーでダンジョンからさっき帰って来たばかりでさ。クスイの庭を借りちゃってるんだけど。そのメンバー今庭で休憩中で。大丈夫だった?」
「おや?もしかしてアレ、ですかな?しょうがありませんな。どうぞ結構ですよ。おっと、ではお客がまた来ましたのでここら辺で。」
クスイはまた店に来た客の方の対応へと行ってしまった。まあ最低限の報連相はしたのでもういいだろう。
どうやら魔力薬の問い合わせをしに来た客らしくクスイはまたその説明をしているようだった。
「もういい加減正気に戻っただろ。じゃ、この後の行動はどうするのか、話し合うかね。帰って来たから、ギルドに報告がまず最初か?」
こうしてまた俺は庭の方へと戻る事にした。
で、元に戻っていたのは意外にもカジウルであった。
「・・・ここは、クスイの、店の裏庭、だよなぁ?どんな理屈で、どう言った理論で、どうしてここに居るのかさっぱり分からねえ。」
その言葉に反応したのはマーミであった。
「どうしよう・・・アタシは多分悪い夢でも見てるのよ。そうだわ、今私は宿のベッドで夢の中なのよ、そうよ、そうに違いないわ・・・」
反応しただけでカジウルの言葉に「会話」をしている訳じゃなっかった。それだけショックが深刻なのだろう。ちょっとヤバい。
「は、はは、あははは・・・も、物語の中でしか知らない事を今私体験したのよ・・・ふ、ふ。フフフフフフ・・・」
ミッツはまた別で、かなりイッちゃいけない方向へと脳内がぶっ飛んでいてまだ帰ってこれていなかった。
で最後に一番冷静な判断をしたのはラディであった。
「おい!お前ら!正気に戻れいい加減!ここはマルマルだろ!?だったらギルドに報告に戻らにゃいかんだろうが!オイ!ミッツ!頭の中をいつまでもお花畑にしてんじゃねえよ!」
一番深刻そうだったミッツの後ろ頭を平手でベチンと強めに叩いてラディは彼女を元に戻そうと試みた。
それにしてもお花畑、では無くもっと別の情景をミッツは頭の中に浮かべていたのではなかろうか?って言うくらいに暗い表情になっていた様に俺には見えていたが。
果たしてミッツの脳内は無事なのだろうか?と心配になる。
とこれにミッツはやっと現実を見る事ができるようになったようだ。
「はっ!?ここは何処!?私は一体!?」
そんなお決まりな「コントかよ」とツッコミを入れたくなるセリフでミッツは周囲の状況を把握しようと首を左右に振る。
「おう、そうだった。・・・ここは、マルマル、で良いんだよな?じゃ、じゃあ帰って来た事をギルドに報告して、その他諸々も報告して・・・どうする?ダンジョンで起きてた事を報告しても、俺たちがそのダンジョンのヌシをやった事も。報告した所で何日か拘束されるぞ?調査班が派遣されて調べがつくまでは支払いも、魔物の素材の換金も、してくれないぞ多分。」
「え、あー、そうねぇ。あんまりな事が起こり過ぎてちょっとそこら辺の事に意識を向けて無かったわ。取り合えず、報告だけはしちゃいましょ。ヌシを倒した事を報告するだけなら別にそこまでアレコレ言われないでしょ。ダンジョンが縮小している事が確認される、それ位じゃない?確認作業としちゃ。」
調査隊が調べる項目で一番確実で簡単なのはダンジョンの縮小だと言う。
ソレが一番確実にヌシを倒したと言う証として認められるのだそうだ。
「じゃあ、アレか?俺たちが倒した魔物の買取はギルドを通すのは今回は一時的に中止にしとくか。あれだけのものを、となれば混乱が一層増すからな。俺たちもギルドから自由を奪われるだろうしな。そうすると、今回の「儲け」の分配はどうするよ?」
「あ、それは俺がクスイに頼もうかと思ってるから。そこら辺は大丈夫だ。多分。」
俺がそう言うとミッツは鋭い質問をしてくる。
「と言う事はエンドウ様はクスイさんと既に深い中と言う事ですか?そうなるとエンドウ様のこの素晴らしさ、凄まじさも既にもう知っていると言う事ですね?」
「ちょっと言い方に誤解を招くような表現ではあるが、まあ、概ね合ってるとだけ言っとく。だから心配はしなくてイイと思う。」
これに一先ず四人は納得してくれた。
「んじゃ、俺たちのダンジョンアタックはギルドに簡潔に報告して詳しい事情は無し、って事で。よし、行くか。」
話がまとまったので庭から出てギルドへと全員で向かう。
予定の迎えの馬車は要らなくなったのだからその手続きの方もやっておかねばならないと言うのもあるからだ。
報告する者と馬車がもう必要なくなった事の手続きをする者と分かれてやれば早めに用事を済ませられる。
こうして俺の初めてパーティー、そして初ダンジョンは終了となった。
どうにもこうにも濃い冒険となったりしたが、結構ドキドキして楽しかったと言った感想を俺は持った。
その事を向かう途中で皆に話したら「そんなのはエンドウだけだ」と三人から言われた。
そんな中「さすがエンドウ様!」と、何故かミッツだけが俺を持ち上げて来た訳だが。
そうこうしている内にギルドに到着した。
中に入り二手に分かれる。マーミとラディはダンジョンの報告、そしてカジウルとミッツは馬車の手続きだ。
この二つは一緒でも良さそうなものだが、どうやら馬車の運営とギルドの運営はそれぞれ別らしい。それでギルド内とは言え二つに分かれるそうだ。そこは厳密にそういったルールがあるそうだ。
そして俺だけが残されたので一人休憩スペースで待つ。
(次の冒険は何が待っているのか?少し楽しくなってきたな)
冒険者の仕事はクスイへの資金提供の為の手段であった。
しかし俺は今の時点で少しこの冒険者と言う仕事を楽しいと感じている。
「不謹慎、なんだろうな。でも、こうして皆でワイワイと出掛けるのは悪くない。むしろ、楽しいな。」
こうして俺は機嫌を良くしてニコニコした笑顔に自然となりながら皆を待った。