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試合は一方的に

 俺の後からのっそりとした動きでクロが台上に上って来る。すると会場が少しだけ静かになった。

 今まさにクロに注目が集まっている。そしてその静かになった時間は僅かだ。

 目の肥えた観客たちはクロの事を見てどんどんと喋り出す。憶測、予想、予測、経験談、新たに見た種類の従魔に対してどうにもそう言った話題で持ちきりと言った感じになる。

 だがここでまた静かになった。一瞬だけ。俺がクロ一匹しか連れて来ていないと分かったからだ。

 そこでまた客たちの声が上がる。コレは儲けた、油断か或いは自惚れか、この試合を舐め切っている、勝つつもりが無い、などなど。

 誰もかれもが俺に対して言いたい放題。時には罵声も飛び出して俺に怒りをぶつける者も居た。


(柄が悪いなあ。しかし、仕方が無いか。俺が負けると思っているならそうしていればいい)


 俺は負けるつもりは無い。しかし負けたら負けたで得られるモノもあるはずだ。それが賭けに掛けた分の大金に見合うだけの教訓であれば良いのだが。

 だからと言ってここで相手にワザと負けるなんてあり得ないので全力で、だとこの会場がどうなってしまうのか分からないので、ホドホドに魔力を放出して力を発揮し戦うつもりである。

 そう、俺はクロだけに戦わせるつもりは無い。自分で戦う。そして相手の従魔を殺すつもり何て無い。

 俺が魔法を使えば恐らくはどんな従魔も一撃で葬る事が可能だ。だけども無駄な殺生をする気は無い。

 一応は魔力固めもなるべく使わないつもりである。ならどうするかと言うと、身体強化をメインで使うつもりだ。

 逃げるにしても、ぶつかり合うにしても、これなら多少の融通と加減がし易いと思ったのだ。


 こうして俺への罵声が飛ぶ中で対戦相手が出て来た。堂々としたその佇まいに歴戦の勇者、と言った雰囲気を感じる。

 相手はローブを羽織っており、その手には杖で魔術師スタイルだ。そして従えている魔物はと言うと。


 もじゃもじゃの体毛のゴリラと、何処からどう見てもゾウガメ、人の半分くらいある巨大なウサギだ。

 これだけを見るとどうにもおかしな組み合わせだ。しかし別にコレはどうやら悪くない構成らしい。

 ソレが何故らしい、なのかは客の声から分かった。客が興奮して声を上げているのだ。


「その剛腕で従魔も従魔師も一緒に吹っ飛ばしてくれよ!」

「あの従魔の甲羅を貫けるとは思えないね。」

「どうせ従魔師があの巨体の体当たりで吹き飛んで気絶で終わりだろ。後は場外に逃げ出すんじゃないのか?」


 だった。恐らく毛むくじゃらのゴリラ、略してモジャゴリがアタッカーなのだろう。

 ゾウガメは大きさ的にも動きの鈍さ的にも素早く動けそうにないのだが、特殊な力でも持っているのかもしれない。防御関連で。

 そしてウサギはきっとその機動力と体のデカさ、重さで直接従魔師を狙う立場なのだろう。もしくは遊撃で臨機応変に動くのだ。


「なるほど。時にはゴリラがその巨体で従魔師への攻撃を防ぐと言った事も可能だし、そっちのウサギが相手従魔の足止めとかも狙うと言った感じになる事もありそうか。」


 俺がそんな「バランス良いな」と言った感想を口にしたら相手の女従魔師も口を開いた。そう、男では無い。女の従魔師だった。

 そして若い。恐らくは二十歳を少し過ぎたくらいだ。


「ふぅん?一瞬で私の従魔の構成を見抜くのね。中々の目をしているわね。でも、手加減はしないわよ?話に聞けば今日に帝国に入って、ここで登録して、しかも私とその日に戦うなんて、迂遠な自殺も良い所よね?精々私の従魔に「事故」で殺されない様に注意しなさい?全力を出した魔物の攻撃なんて掠っただけで人なんて簡単に死ぬから。」


「おや?今までそうやって他の従魔師を「事故」に見せかけて?」


「あらやだわ。別に死なせたくて死なせた訳じゃ無いわよ。それにまだそんな事案は二回しか経験が無いわ私は。意図的に殺すのは殺人と一緒。だけどコレは競い合いよ?結果従魔師が死亡した、なんて話は良くある事だわここじゃ。私の従魔が加減した体当たりで相手を場外負けにさせたら倒れる際に打ち所が悪くて死亡してしまった、なんて事が二回あっただけ。」


「なるほどね。でも、ワザと悪意を持って従魔師への攻撃を仕掛ける奴もいるんじゃないか?」


「殺さなきゃいいの。相手も自分が死ぬ前に負けを宣言すれば良いだけよ?貴方も危険だと判断したらすぐに負けを認める事ね。」


 先輩にアドバイスを頂いた。確かに即座に負けを認めると言うのは勇気が要るだろうが、自分が死なない為には必要な代物だ。

 けれども俺が負ける要素はどうにも今回は一切無い様だ。盤外戦術などを心配はしないでも良いらしい。

 どうやら相手は俺へと真っ向勝負を仕掛けるつもりらしいからだ。


 ここで試合のゴングが鳴った。甲高い金属音が会場に響いて一斉に客が黙る。

 舞台上に奇妙な静けさだけが残った。どうにも相手は俺へと様子見をするつもりらしい。


「かかって来なさいな。その強力な従魔でも私の鉄壁は崩せないでしょうから、先手を貴方に譲ってあげる。」


「あ、それはどうも。あ、聞きたいんだけど。従魔を強化するとかはしても大丈夫なの?」


 俺と相手の会話が舞台上に響く。呑気な俺の質問に「はぁ?」と相手が呆れ驚いた。舞台から観客席までは相当距離があるのだが、耳の良い観客はコレが聞こえた者も居たらしく「何言ってんだコイツ?」と顔を疑問で歪ませた客が何名か俺の視界に入った。


「強化、ですって?何を馬鹿な事を言っているの?・・・どう言う事よ?」


「あ、規定に駄目って書いてあったりしなければやっても良いって事だよね?じゃあクロ、良いか?」


「がうう。」


 クロは素直に俺の流し込んだ魔力を受け入れた。それにクロの方は別段見た目で変化は起きていない。

 けれどもクロはクロでこの魔力で何をしたらいいかを既に理解していた。

 何も俺は教えたりはしていないが、きっと野生の勘と言う所なんだろう。クロの迫力が一段も二段も上がった。

 上がったと言ったが、別に見た目には何も変わりが無いのだが、それでも会場中からソレを感じ取った客の「ひぃっ!?」と言った小さな悲鳴が響いている。


 クロはのそりのそりと歩いて相手従魔に近付いた。この迫力に負けたモジャゴリがとうとう手を出してしまう。

 自身の主人の命令は「待て」であったはずなのだが、どうやら今のクロへの恐怖に負けてしまったようだ。


 その動きは大振り、一撃当たればクロでも平気とは言えない、そんな圧力を秘めていた。

 けれどもそんなモノに当たるクロでは無い。そのモジャゴリの拳が当たる瞬間には目にも止まらぬ速さでモジャゴリの横に移動していた。

 モジャゴリの空ぶった拳が石畳を砕く。バキッ!と言った音が響いた時にはもうクロはモジャゴリに横から体当たりをかましていた。


 コレを受けたモジャゴリは場外へと吹き飛ぶ。しかしどうにもダメージは無いと言った感じである。

 受け身を取れた様子は無かったのだが、モジャゴリは即座に立ち上って来た。

 しかし様子がおかしい。台上に復帰しようとしない。上がって来ない。


「何をしているの!早く戻って来なさい!・・・何故私の言う事を聞かないの!?」


 俺の予想だが、従魔師の命令優先がクロの迫力と体当たりのショックで一時的に混乱していて動けないでいるだけだと思う。

 思うのだが、それを一々相手に伝える義理は無い。恐らくだがもう少ししたらきっと上がって来るだろう。


「くっ・・・こうなれば!行け!」


 相手のウサギ従魔が俺へと迫る。どうやら俺に狙いを変えてきたようだ。クロの変化に相手も気付いているんだろう。自分の従魔では太刀打ちできない、と。

 で、狙いを俺の場外負けに切り替えたと。当然それを成せる従魔に命令を出す訳だが。


「ああ、舐めて貰っちゃ困るね。とは言え、相手は俺の事なんて知らないんだからまあしょうがない。」


 今更だが、もうどんな魔物でも俺に勝てる奴はいないと思う。友人?としてドラゴンがいるくらいだ。それ以上の存在が居ないと言うのであれば俺が油断しなければ負ける要素は無い。


 迫るウサギはその大きさで迫力が桁違いだ。しかし可愛いと言った見た目でも無い。俺の知っている「ウサギ」とは全く別物。

 牙がある、そして目つきがもの凄く鋭い。そして鳴き声が「シャアアアアア!」である。魔物なのだコレは。

 その巨体で一気に俺に迫るウサギ。しかし跳びかかられた瞬間に俺はサッと腕をウサギの股下に入れた。そして。


「ホイッとな?」


 あの巨体のウサギが「ぽーん」と投げ飛ばされて宙を舞う。そのまま場外へと。

 しかし動きが身軽な魔物だったんだろう。空中でクルッと一回転して綺麗に着地した。見事な十点満点だ。


 会場中がコレに「ポカーン」とした。いや、相手の従魔師も同じくであった。

 ウサギは直ぐに台上に復帰して主の元に戻る。このタイミングでモジャゴリも台上に戻って主の傍に寄る。


「さて、俺たちの力量は分かって貰えたな。じゃあクロ、ちょっとその亀に一撃入れてみて。」


 クロは俺の言った事を実行する。そして前足を軽く振り上げた。そして亀を目掛けて振り下ろされる。しかしその一撃は緑色をした六角形が空中に現れて防いでしまう。

 どうやらコレがこの亀の特殊能力と言った様子である。


 このいきなり現れた緑色の六角形はクロをすっぽりと覆い隠すくらいに大きな物だった。しかもコレ、魔力で出来ているらしい。ソレが俺には瞬時に感じ取れた。


「はぁ~。凄いね。魔物の中に魔法を使い熟せる種類が居るんだな。しかもその亀、防御に特化してる?」


 魔法をこれほどに使い熟す魔物が存在していたとは思っていなかった俺は感心した。

 しかし俺のこの言葉を聞いても相手には一切余裕など持てないと言う感じである。


「なんて力なの!?これ以上の一撃は・・・」


 どうやらクロの軽い一撃までしか防げないらしい。今先程以上の力を込めればどうやらこの魔力での防御壁は突破してしまう様だ。

 相手は凄く苦々しい表情になる。美人が台無しになるくらいに皺が顔に出来ている。

 そう、相手の女性従魔師は非常に美人だ。若い、美人、おまけにこの従魔闘技場で強者として君臨している。高スペック女性である。

 そしてどうにも客からの人気が非常に高い。女性客にもファンが居るようである。客には男性だけじゃ無く、女性の数も相当数居る。

 そんな男女両方からの応援の声すら今は聞こえてはいないが。それは当然勝つと思っていた女性従魔師の従魔が何ら良い所を見せられていないからだ。


「クロ、下がって良いぞ。さて、負けを認めるつもりは?」


「・・・無いわね。まだ私は全力を出していない。いい気になって貰っては困るわ。」


 まだヤル気の模様である。しかしまだ全力を出していないとはどう言う事だろうか?

 モジャゴリはクロには敵わず、ウサギも俺に投げ飛ばされ、亀の防御は心もとない。ほぼほぼ詰んでいると言える状況だと思うのだが。


「二体であの黒いのを足止め!一気に行くわ!」


 どうやらクロには敵わないと見て足止めを狙うらしい。そして俺に従魔師自身と亀で迫ろうとしている様だ。


「クロ、殺しちゃ駄目だ。それと大怪我させても駄目。遊んでいて。」


 俺はそれだけクロに言う。別に従魔が怪我などしたら俺が治せば良いのだが、俺は魔物の身体の構造まではまだ把握しきれていないと感じるので完全に治療ができるかは不安が残っている。

 なのでクロに「遊んでいろ」と言っておくに留めた。


「貴方の余裕もそこまでよ!魔力変化!相手を押し出せ!」


 この命令で相手の亀の魔力壁が形を変えた。器用なモノである。

 そしてその壁は横長になっていた。俺を囲むように俺に迫り、そのまま逃げ出せない様にして俺を押し出しする気らしい。


「なるほど、大胆な作戦だ。でも、ちょっと考えるだけで到達する予測だと思うんだけどな。とは言え、そんな予想は信じられないんだろうけどね。俺はさ、クロより強いよ?」


 迫る緑の魔力壁。俺は自らそれに近付く。そして軽く手を付いた。

 ミシリ、と魔力壁に罅が入る。それは俺が単純に力で押しているだけじゃない。魔力を込めた手のひらで押しているのだ。

 この魔力壁に「干渉」ができるんじゃないかと俺は考えた。それはどうやらあっていた。

 次第に力と魔力を込め続けていればその罅は全体に広がっていく。俺の魔力出力、圧力をどうにも亀は耐えられていない。


「そ!そんな馬鹿な!?」


 相手はその様子に「有り得ない」と驚きを見せている。ここで俺は力を込めるのを止めた。


「な、何故止めた!?」


 俺のこの行動にまたしても驚きと混乱をする相手に説明をする。


「いや、だってその亀が苦しそうにしてたから。取り敢えず飛び越させて貰う。」


 亀の口からは魔力壁に罅が入るたびに涎がダラダラと零れていた。どうにも疲労がヤバいと見受けられたのだ。

 なので俺はコレにやり方を変えた。高さ2m程のその魔力壁を飛び越える。

 相手の従魔に対して配慮をしたのだ俺は。このまま魔力壁をぶち壊すと亀にどの様な影響が出るか分からない。最悪死んでしまうと俺が悲しい気分になる。


「へ?」


 音も無くその高さを飛び越えた俺にもう何度目になるだろう驚きで声も出ない相手。

 そしてその側に俺は降り立って相手の腹に腕を回す。そしてそのまま抱えて駆け出して。


「へあああああああ!?」


 奇妙な声を上げて抵抗もできる間も無く相手の女性従魔師は俺に運ばれる。

 そして俺がソレをポイと放れば相手はドサリと場外。コレで相手の負けである。


「ああ、派手にやっちゃったな。でも多分俺がこの国で有名になっても「この国の中だけ」なんだろうけどな。」


 俺が王国に居た際には帝国の情報を全く耳にしなかった。まあ積極的に情報を仕入れようとしていた訳では無いのでそうなったのだろうが。

 それでもちょっとくらいは「帝国の有名人」なんてモノの情報が流れて来ていても良いはずだった。しかしそれが無かったと言う事はだ。

 俺がここで暴れて多少有名になっても周辺諸国に俺の存在はきっと広がったりはしないんだろう。


 ふとここで勝利者の名が上がらない事に気付いた。俺がコレで勝ったはずなのにだ。


「あのー?勝利者宣言は誰がするの?」


 俺のこの言葉にやっと試合終了のゴングが響いたのだった。


「よし、戻ろうクロ。あ、どうも今日は勉強になりました。では、また。」


 俺はクロと一緒に選手退場口へと向かう。そんな中、会場は誰も声を上げない。最初俺へとぶつけられていた罵声も飛んでこないし、女性従魔師へも誰も言及する言葉を口にしない。


 俺が退場して控室に戻ってくるとメールンが迎えてくれた。


「お、お疲れさまでした。あの「百戦錬磨」のカーリスに勝ってしまうなんて・・・」


「さて、コレで多分俺を「調子コイてる」って言って潰そうとして来る奴が増えるだろうな。取り敢えずそう言った奴らが俺との対戦を望んできたら幾らでも受けて立つから。試合日時の調整はそっちで決めてくれていいよ。それに俺は合わせるから。」


「よ、宜しいんですか?で、では、その様に取り計らいます。あ、それと・・・その・・・賭けの支払いが・・・」


「ん?ああ、一緒に向かうよ。クロはここで待たせていても良いのかな?」


「大丈夫です。大丈夫なんですが、その・・・」


「支払いを待ってくれ、って事かな?ソレはできない相談だな。即座に換金をさせて貰うよ?まあ冒険者証に振り込みするだけだろうし?もう俺が賭けをした処理はしてあって証拠が残ってるでしょ?ソレをナアナアで引き延ばして無かった事にはさせない。」


 カード内の情報処理だけの話なはずだ。待ってくれと言われてもそんな必要すら無いはずである。

 ゲンナマを用意すると言うのならまだ待てるが。そうでは無いのだ。俺は冒険者証を差し出してその中に入っている金額全部を賭けてくれと言い、そして処理されてしかも取り消しはできないとも念押しすらされたのだ。

 現金での準備はそもそも必要無いと言う事である。俺の冒険者証へと代金を入れる処理をしてくれるだけで良いのだから。


 硬直しているメールンを俺は促して案内をさせ手続き処理をする部署へと向かう。

 そしてそこで俺を待っていたのはチョビ髭を生やした背の高い身なりの良いオッサン。


「ようこそおいてくださいましたエンドウ様。」


 綺麗な一礼をして来るが、その態度は節々から俺への侮蔑が感じられる絶妙な具合である。


「さて、支払処理をして貰いに来ましたよ。お願いできますよね?」


「担当からお話を聞いていると思いますが、それには暫くお時間を頂きたく。」


「いえ、それは待てません。今すぐにお願いします。」


 俺はこのオッサンの求めを切って捨てる。コレに俺の隣に立っていたメールンの顔が引きつる。

 そして未だに顏を上げずに頭を下げているオッサンの頬も引きつっているのが俺には分かっている。


「冒険者証を読み取り機で処理するだけですよね?直ぐにでも手続きができるはずですよね?何せこの中に入っていた金額全てを賭けると言う処理は直ぐに終わらせられたんですから。出来ないはずが無いですね?」


「支払いに関しては別途処理が必要でして・・・」


「そんな言い分は聞いていないんですけども。処理を今すぐにしてください。出来ない理由なんて俺には関係無い。別途なんて言ってますけど、じゃあソレはいつ終わります?そしていつになったら支払いをされるんですか?明確な時間を求めます。そしてソレを書面に残して頂きます。金額もしっかりと全て詳らかにして書かれた書面を用意してください。」


「責任を以て支払いは必ず・・・」


「信用していません。この場で直ぐに手続きをしてください。それ以外は受け付けません。これ以上の問答は無用。時間の無駄、口を開く労力の無駄です。」


「・・・」


 俺がこう断じてしまったのでオッサンは口を閉じるしかない。未だに顏を上げないオッサンとの間に沈黙が訪れる。


「話にならないですね。あなたが誰なのか俺は一切知らないんですけど?前に出てきて話してきたから上の役職員だと勝手に思ったんだけど。どうやら只の時間稼ぎの下っ端らしいな。責任者呼んで。あなたでは話にならない。」


 俺のこの言葉に隣のメールンが気絶しかけている。今にも半開きの口から魂でも抜けてしまうのではないかと言った具合の放心状態だ。


 俺は別に金に困っている訳でも無いし、ましてや守銭奴でもない。そもそも俺はこの世界の金に対してそこまでの執着が無いと言える。

 しかし何故ここまでここで押しに圧して「金払え」と責めているのかと言えば、偏に信用だ。

 俺はここは初めてだし、目の前のオッサンに対しても初対面である。そんな相手の言葉をハイそうですかと即座に呑み込めるほど「良い人」では無いのだ。今会ったばかりの俺と目の前のおっさんとの間に「信用」などと言ったモノがあるはずも無い。

 そしてこちらは大金を賭けている。それに見合うだけの誠意を相手は見せてしかるべきだ。俺とこの従魔闘技場の間には何らの信用も信頼も未だ築かれてはいない状態である。相手の方から積極的に俺へと信用を得ようと動く場面だろうここは。


 しかしこの目の前のオッサン、俺を舐めている。このオッサンがもし責任者で「責任を以て」などと口にするなら今直ぐにでも支払い処理をするだけで良いのだ。

 ソレを「待ってくれ」と言うのだから馬鹿らしい。俺が負けると思っていたのだ、このオッサンは。

 俺が勝つ目を最初から想定していない、100パー負けると思っていたのだ。僅かにでも「万が一」を考えていたのなら今この様な対応になっていないはずである。

 そう、処理の準備すらしていなかったのだ。このオッサンの態度は最悪と言って良い物だ。心構えをしていなかったと言う事である。

 カードの処理なんて時間は掛からない。俺は幾度もこのカード取引でやり取りしている。その手続き時間は一瞬だ。それを俺は知っている。

 別途処理、なんてモノがあるはずも無い。王国で使われていた同じシステムを使っているのであれば。

 そしてこの冒険者証を読み取って処理を行えたと言うのであれば、ソレは王国でしていたモノと同じ物であるはずなのだから。


「メールンが俺の担当なんだよな?で、どうなの?支払いはできるの?できないの?ハッキリと答えてくれ。」


「・・・でき、ます、いま、すぐに、でも・・・」


「なら今ここでメールンに渡すから、やって来て。」


 このやり取りにもまだチョビ髭オッサンは動かない。頭を下げたまま。しかしギリギリと歯ぎしりの微かな音は聞こえている。

 俺からカードを渡されたメールンがもの凄く遅い速度で歩いて手続きカウンターの中へと入って行く。

 そしてそのカウンターの一番奥にあった読み取り機に俺のカードを刺した。それは起動して「ピー、ガガガ」と言った音をさせて直ぐに静まる。

 処理が終わったのだろうカードを取り出したメールンが戻って来て俺へと返却してくる。それを俺は静かに受け取る。


「有難う。このオッサンと話してないでメールンに最初から渡して処理して貰ってれば良かったかな?あ、そうそう、もし不当な理由で彼女をいじめたり、暴力振るったり、解雇するとかになったりしたら、どうなるか分かってます?メールンはこのまま俺の担当者として変えないでくださいね?それだけ伝えておきます。じゃあメールン、クロを迎えに行こうか。そうだな、クロを泊まらせられる宿を教えてくれる?ガッポリ稼いだからどんなに高い宿でも大丈夫だ。」


 俺はオッサンに釘を一応刺し、直ぐにメールンに宿の紹介を求めた。

 これにメールンがハッとして慌てた様子で早口で捲し立てる様に説明をしてきた。


「提携している最高級宿が御座いますのでそちらをご利用なさっては如何でしょうか!?この闘技場の直ぐ隣で専用直通通路が御座います!従魔をそのまま連れて行く事も可能です!どうでしょうか!?」


 恐らくだがその「提携」というのはこの闘技場が「経営」しているのを言い換えているだけだろう。

 俺がこうして大金をせしめたのでソレを少しでもその「宿の方」で回収したいと考えているに違いない。

 未だに頭を上げていないオッサンの方からの歯ぎしりの音が少しだけ小さくなったのを俺は気付いている。多分メールンに対して「良く言った」と心の奥で思っているに違いない。

 今の俺に対してこの闘技場の「経営している宿」なんて言い方は印象が悪くなるとの判断をメールンはしたんじゃないかと思う。


(まあちょっと深読みし過ぎであるけれど、メールンに免じてその宿にしようか)


「じゃあそこに案内してくれる?行こうか。」


 こうして俺とメールンはクロの所へと一端戻ってからその「提携」宿へと向かった。


 説明通りに直通通路があり、そこはかなりの大きさでクロでも余裕で通れる道幅。

 そこを過ぎれば目の前にはピカピカに磨かれた光を反射する程に真っ白な巨大な建物が。そう、コレがどうやらその高級宿である。ハッキリ言って、過剰に眩しい。


 それに目が慣れる前に宿の中へと入る。するとそこは何と言って良いやら。以前にクロと泊まった宿があったが、その時よりも一段グレードアップした内装のロビーが。

 広さといい、煌びやかさといい、まあ何処を見渡しても金が掛っているのが直ぐに見て取れる。


 メールンは受付カウンター前で一礼して「では私はコレで」と言って去っていく。

 多分連絡する手段は色々とあるのだろう。ここで何も連絡事項などを告げて行かないのであるならば俺の知らないそう言ったシステムがあるに違いない。


「すみませんけど、これの中に入っている金額全て使うと最大で何日宿泊できますか?あ、食事は無しで素泊まりをお願いします。」


 俺はこの帝国での食事はこの宿では無く外の「酒場」でしようと考えていた。

 宿で出る食事が美味しいのは当たり前だと考える。それだと驚きも発見も無い。なので外で食べ歩きをしてそう言った楽しみを帝国では堪能しようと考えたのだ。

 北の町の食堂ではその発見があった。あの感動をこの帝国でも味わえたらなと思ったのである。


「・・・一年は軽く泊まれます。どうなさいますか?」


 引きつった顏をして受付男性が答えてくれた。俺のカードを受け取ってソレを読み取り機に突っ込んで即座にその顔色を変えていたのが印象的だ。


「じゃあ先ずそれでお願いします。途中で宿を引き払ったりする事があればその差額を払い戻しと言う事で。」


 俺はここでその「一年間」を先払いをする。途中で気が変わって宿を変更する際には残っている期日の差額を払い戻しして貰う事をちゃんと言葉にして伝える。

 こうして支払い手続きも終わって部屋の鍵を貰う。ちなみにこの宿の一番安くて広い部屋にして貰った。

 一応はクロを一緒に泊めると言う事にしてこの宿に泊まるので広さは確保、そして別に金が沢山あるからって無駄な出費は抑える。この要望を満たした部屋を選んでもらったのだ。


 俺は到着した部屋に早速入る。そしてワープゲートを出してクロに選ばせた。


「クロ、ここで寝泊まりしても良いし、森の方で過ごしても良い。取り敢えず用ができれば森の方に迎えに行くからどっちを選んでも良いぞ?」


「がう?」


 一緒に部屋へと入ったクロは俺の言った言葉に少しだけ悩んだ風を見せる。そしてその後でクロはワープゲートを通って森へと一端戻ったのだった。

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