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優秀な手に負えない自由人

「皇帝陛下、もう既にかの者はこの世にはおりません。我らがここへと参る前に死んでおります。」


「・・・んん?あの薄汚い短気で癇癪持ちのアイツが?君たちが殺した、って訳では無いよな。仕えていた主人に害を為す行動はできない様に君たちはなっている。あ、そうなるとこの資料を直接持ってこれたのはワーリックが死んだ後になるんだよな自然に。で、じゃあ片付けたのはそこの君かい?」


 ダシラスが即座にワーリックは既に死亡している事を皇帝に告げる。皇帝はコレを聞いて俺の方へと顏を向けて来た。


「まあ、そうだな。思わず顔面ぶん殴っちまった。そしたら加減も何も無くって殺しちゃったんだよ。いや、コレは不可抗力と言うか、正当防衛と言うか、な?」


 俺はあの場の事情説明をして欲しいとばかりにダシラスに顏を向ける。


「そのお話はまた後に詳しくさせて頂きます。従魔闘技場の特別室に死体がありますのでそちらに人をやって頂けけますか?入り口前には事情を知る者が見張りをしておりますのでそちらも事情聴取をして貰えれば。それと、中に居る従魔は彼の物でありますのでどうかお手を付けない様にお願い致します。」


 ダシラスがそう説明をすると皇帝は玉座の横に立っている者へと命令を出した。


「と言う事らしいから、一通りの事は全部頼んだ。私と彼らは部屋を変えて話をしてくるから。宜しく。」


 随分と簡単な指示だ。こんな皇帝でこの帝国が回っていると考えると不思議でしょうがない。

 もしかすればこの皇帝は御飾で、全ての統治は皇帝のこの命令に増々目つきを鋭くした宰相であるだろうこの男がしているのかもしれない。

 などと思ったら皇帝が俺とダシラス、あとそれから鼠男を指さして「ついて来て」と言ってくる。

 他の魔術師は今までずっと壁際に固まって一言も発していない文官たちが連れて行く。テーブルに並べてあった犯罪証拠を一緒に持って。


 こうして俺たちは別室へと移動したのだが、その部屋はどうにも客間と言った感じじゃない。


「ここは私の部屋なんだ。肩の力を抜いてくれ。今お茶を出そう。」


 皇帝自らが自室にこうして事件の証人を招いて、しかもお茶まで手ずから出そうとしている。と言うか手馴れているようで準備が早く、もう既にテーブルには茶が出されてしまっていた。

 お構いなく、などと言う隙も無かったくらいだ。呆気に取られてしまう。これから事件の聴取を皇帝自らが行うのだ。有り得ない話である。

 一国の一番上に居る存在がこの様な行動をすると言うのは俺の中の「常識」を当て嵌めてみても有り得ない。


「じゃあ、ちゃんと分かり易く説明してくれそうなコルミダシラス、君が中心で話してくれ。」


 こうして妙な取り調べは始まってしまった。俺は軽い気持ちでこの国の頂点はどんな人物なのかを一度見てみようと考えただけだったが、ちょっと面倒になって来た。

 取り敢えず出されたお茶を俺は飲む。サッと簡単に手早く出された物ではあったが、しっかりと甘く、香りが良い。

 俺はコレに少しだけ気分を落ち着かせた。もうここまで来たら一区切りするまでは付き合おうと。


 ダシラスの話は鼠男が屋敷に来た所から始まった。ワーリックがどうして死亡したのか迄の経緯を説明すると言った感じである。

 で、まあこの説明で先程から微動だにせずにいる鼠男。顔の色は青い。だがしかしその顔つきはもう自分の命を諦めたモノで静かな呼吸だけを規則正しくしている。


「このようにして、ワーリックは死亡しております。」


 話は俺が思わずぶん殴ってしまった所で一段落した。これを最後まで静かに聞いていた皇帝は。


「・・・ぷっ!くくくっ!あは!あは!あははははははは!いやー!人生というモノは分からないものだな!ワーリックも自身がその様な死に様を晒す事になろうとは思っても見ない事だろう。考えつきもしないなそんな死に方は!」


 どうやら皇帝の中ではかなりの笑い話という感じである様だ。非常に上機嫌で笑い続ける。


「いや、ホント!もう!顔面が陥没する程の威力の拳とは!どんな境地に至ればそれだけの威力が出るんだい?しかもそんな人物が従魔師で、しかも凄く強力な魔物を従えているとは!思っても見ないよ!あははははは!」


 俺の中で皇帝の人物像に形ができてくる。どうにもこの皇帝「自由人」と言った感じだろうか?

 それこそ周りの者たちがもう既に諦める位には、それはそれは自由に振る舞うんだろう。周りが諫めても、注意しても、怒っても、恐らくは無駄なのだ。

 そしてどうにも仕事関連はきっとそんな自由を許してしまえるだけの優秀さを持ち合わせているんだろう。こう言った者は強い。非常に厄介で、そして手に負えない。


「その従魔を見てみたいなあ!ここに連れて来てくれないか?」


「いや、俺は従魔闘技場で暫く世話になるつもりだからここには来ないぞ?出場をするつもりだし、ガバッとそれで稼がせて貰うつもりだ。しかも全戦全勝、一切の負け無しでな。」


「はははは!ソレは面白そうだ!今度時間ができたら見に行かせて貰うよ!じゃあ今日はここまでかな?」


 皇帝は手を二度叩いた。すると扉が勝手に開いてそこには兵士が一人、メイドさんが一人立っていた。

 どうやら彼らに付いて行って城を出ると言った所か。案内役らしい。


「皇帝陛下、我々ワーリックに使えていた魔術師への罰は・・・」


 どうやらダシラスは裁かれる気満々だった様子だ。だけどもこの質問に皇帝は何ら深刻そうにもせずに。


「ん?無実で良いよ?契約で縛られてただけでしょ魔術師は。君たちにはワーリックの命令を拒否できる状態じゃ無かったのは知っているよ。以前に調査で君たちが騙されてその契約をさせられたと言うのは分かっているから。あ、脅迫の上で契約をさせられた者も中には居たっけね。心配はしないで良いさ。寧ろこれだけの証拠を直にこうして持ってきてくれて有難い位だよこっちの方がさ。」


「ソレはこちらの方が為された事です。我々は只の荷物持ちだったのです。」


 ダシラスはワーリックが死んだ後に俺が急に行動を起こした事を説明し始めた。


「面白いね君!やる事も発想も大胆だ。しかし隠し部屋を即座に見つけたって、どうやったのかも聞きたい所だが、どうやら時間が足りないようだ。また今度会った時に教えてくれると嬉しいなあ。」


 この言葉と同時に先程の開いた扉の所に居た兵士が部屋へと入って来て鼠男の後襟首を掴む。そのまま引きずって廊下へと出て行ってしまった。

 どうやら鼠男は罰を受ける事になるのだろうこの様子だと。哀れではあるが、自業自得だ。因果応報。


 ダシラスは皇帝へと深く一礼した後に部屋を出て行く。俺も会釈だけしてその後に付いて行った。


「またねー。」


 そんな皇帝の声が俺の背中へと掛けられた。


 こうして俺とダシラスはそのままメイドさんの後ろに付いて行って城を出た。門を過ぎた所でダシラスが神妙な顔つきで喋り出す。


「私はワーリックの屋敷に戻り、屋敷にある私物を回収してこようかと思っています。こうして貴方のおかげで解放されました。どれだけ感謝の言葉を重ねても足りません。」


 ダシラスが俺に頭を深く下げて来る。しかし俺はソレを否定する。


「俺はそこまで感謝されるような事をして無いよ。と言うか、いきなり自分に危害を加えて来たからって勢いで反撃して即死させちゃったのって非常識過ぎるしね。いや、まあ、あれは本当に自分でも把握できなかった位に自然に拳が前に出ちゃったんだけども・・・そんなので感謝されてもこっちが困惑しちゃうよ。」


 ダシラスとはここで別れた。俺もクロを迎えに行く為に来た道を戻る。とは言え、途中で人気の無い場所に行ってワープゲートで一瞬で移動するが。


「はーい、留守番有難うねー。俺たちが行った後で誰か来たりした?」


 部屋の入り口前に立っているメールンに俺は声を掛ける。コレに返ってきた答えが。


「・・・いつの間にそこに?えっと、その?何だか高位の文官らしき人と黒ずくめの人が二人一緒に中へと入って行きました。ちゃんと私も説明をしたのですが「構わない」とだけ言われて。そのまま少ししてから何事も無いかの様に出て行きました。私は中へと入っていません。」


「ふーん。そいつらきっと皇帝直属の暗部の人たちだと思う。おーい、クロ、無事か?」


 俺がその二人組がどう言った者たちだったのかを口を滑らせてしまった事でメールンは「え!?」という驚きと共に顔色を真っ青に変える。

 部屋の中へと入ると別段クロには何ら変わりは無い。どうやら暗部の二人組はワーリックだけが目的であったようでクロには一切のちょっかいを出してはいない様子だ。

 クロも別に自らに危害を加えてこないのであれば大抵はスルーするので多分大丈夫だったんだろう。


「あー、見事にワーリックの死体が無いね。しかも壁の罅もその痕跡が一切無いな。かなり魔法の腕が高い奴らなのかな?まあ、出会う事なんて今後無いだろうけど。」


 この部屋に入った者はその二人しかいないとなれば、ワーッリックの死体を運んだのか、処分として「消した」のか。

 殴った際に飛び散った血の痕跡さえ何処にも無い。壁に入っていた罅の跡もまるで最初から「そんな事は無かった」と言わんばかりに綺麗になっている。

 どうやら中々の魔法の使い手だと俺は推測した。しかし今後そいつらと俺が絡む事案など無いだろうとその事を早々に忘れる。


「さて、メールンさん。俺とクロを登録したいんだけど、どうすればいい?それと、宿泊したいんだけど、どっか良い宿ないかな?」


「あ、あの・・・一体どうなったって言うんですか?皇帝陛下直属、しかも暗部って・・・」


「知らない方が身のため、って事で。既にもう事は全部片付いたのでメールンさんは今までの日常に戻って今日のこの事は忘れた方が良いですね。」


 追加で何かあればメールンにも事情聴取などが来るかもしれないが、それまでは今回の事を綺麗さっぱりと忘れてしまった方が幸せだ。

 しかしまぁ、忘れたくてもできない位にインパクトの強い出来事だったので、気にするなと言ってもおそらくは無理か。


 血の気が引いて顔色が青いままでメールンは俺とクロの手続き書類を持ってくると言って行ってしまった。

 まだまだこの部屋でどうやら待たねばならないらしい。とは言え、それでも別に俺には他に何か急ぐ用事も無いのでゆっくりと待てばいい。


「それにしてもこの国に入ったばかりなのに初っ端からこんな大事になっちゃうとか。無いわー、無いわー。」


 てっきりクロが横に付いて来てくれているから余計な揉め事はそこまで無いだろうと甘い考えだったが、こんな流れになったのは俺の気が緩み過ぎだからだ。

 どんな事がこの身に降りかかって来ても、自分の魔法でドウとでもなる、そんな気持ちが今回の事を招いたと言って良い。

 案内の鼠男が小さいか大きいかは関係無く、悪党と分かっていながら自由に泳がせてしまったのがいけない。

 この部屋に来た時点で鼠男は拘束して何を企んでいるかを吐かせれば良かった。

 そうすればいきなり「皇帝」に会うなんてイベントに発展しなかった事だろう。


「あー、それでも別の展開になったとしてもその内に皇帝とは遠からず会う事になっちゃったんじゃないかと想像しちゃうなぁ。」


 俺はこの従魔闘技場で金を稼ごうと考えていた。ならばワーリックに絡まれないで何事も起きずにいた場合はどうか?と考えてみると、皇帝は高い確率で俺に会いに来た事だろうその時は。

 俺がこの闘技場で連戦連勝をしていればその事は皇帝の耳に即座に入るのは確実。そうなれば高みの見物をする為に此処に皇帝がやって来た筈だ。

 あのフリーダムな皇帝ならやりかねない、と言うか、絶対にやると思える。俺の試合を見物しに来た事だろう。

 そして多分俺の事を呼び出すか、或いは直接俺の所に来る。そうなれば否応無しに俺は皇帝と顔合わせとなる。


「会う事は確定だったなこう考えると・・・よし、頭を切り替えよう。さて、登録後に直ぐに試合を組んでくれたりするのかね?」


 今日という日はまだまだ時間がある。そして俺は従魔バトルをまだ一度も見学できていない。

 そんな状態でいきなり試合もへったくれも無いだろうと思っていたらメールンが戻って来た。

 そして部屋に置いていっていたままのテーブルへとその登録用紙を乗せる。


「こ、こちらにお名前と従魔の種類を書いてください。そうしたらこちらの書類に魔力を少しだけ流して頂ければ完了です。他にも何か聞きたい事があったら何でも聞いてくださいね。」


「あー。登録を抹消する時はどうすれば良いの?」


「え?あ、受付にその手続きの申し出をして頂ければその日の内に登録解除はできますが。えっと?ずっと闘技場に名前を置いておくつもりが無いと言う事でしょうか?」


「そうだねぇ。ある程度大金を稼いだらもっとこの帝国の別の場所を見て回りたいし?かなり巨大でしょ?帝国って。ここにずっと居続けたりとかすると身動き取りづらくなるんじゃない?肩書は要らないんだ。」


 この従魔闘技場に登録しっぱなしだと後々で何者かが俺の知らない所で余計な厄介事を企んで利用しようと・・・何てのは避けたい。それを俺に押し付けられたりすればなおさら。


「てっきりこちらの従魔で頂点を狙うのかと思っていたんですが。これだけの強力な魔物を従えているのに残念です。」


 メールンがちょっとだけ苦笑いをしてそう言う。俺はさっさと書類にサインをして魔力をパパッと流して登録を完成させる。

 クロの魔物としての種類が何であるのか俺には知識が無かったのでそこはメールンに教えて貰った。


「はい、コレで完了です。では予定をお聞きします。試合をするのに都合の付けられる日はありますか?なるべく調整を細かくするために要望をお聞きします。この私、メールンが、えーっと、エンドウ様の担当となりました。今後とも宜しくお願いします。」


 どうやらこのままこのメールンが俺の担当スタッフをやる事になっているらしい。


「じゃあ今日に一試合入れられる?その前に一度試合の様子をこの目で見てみたいんだけど。と言うか、当初はその予定でここに入ったんだけどね。」


「では、こちらに専用の観覧席がありますので付いて来てください。案内いたします。」


 どうやら登録したら従魔師専用観覧席が利用できる様だ。クロはクロでこのままここの部屋に居させても良いらしい。

 こうして俺は案内されるままにメールンの後ろを付いて行った。


 そこは区切られた場所と言った感じでしっかりと席の間隔も広く取られた正しく「VIP」であった。


「ではこれから試合が始まりますのでどうぞごゆっくりして行ってください。」


 俺はメールンがこの場を離れようとするのを少しだけ引き留めた。頼みたい事があったのだ。

 メールンは俺の試合を調整するのに戻ると言う。そこについでで俺は冒険者カードを渡す。


「試合でコレの中に入ってる全額を「俺」に賭けておいてくれない?これ渡しておくから手続きをお願いするよ。」


「あの、幾ら私が担当者だと言っても冒険者証を預かると言うのは・・・いえ、責任を以て預からせて頂きます。全額、ですね。分かりました。手続きをしておきます。」


「従魔師自身が自分の勝ちに賭けても大丈夫なんだな。じゃあ宜しく頼むよ。」


「はい、従魔師の方々がご自分の勝利に対して賭けるのは別に規定違反ではありません。まあ、珍しい事ですけれども。出資者から従魔師の方は基本給料を貰っていますから賭け事と言った事をせずともお金には困っていないと言う所ですね。かなりお高い給料を貰っているそうです。あ、では私はもう行きます。ごゆっくり観戦をお楽しみください。」


 こうして俺は初めての従魔師バトルを目にする事になるのだが。


「お?両者入場か・・・狼?象・・・似た巨体の魔物に。それと小鳥?対する相手は・・・猿か?それと、巨大な蛙・・・。それと角が額から二本生えた馬?」


 バラエティ溢れる従魔。まあこの世界に存在する魔物を俺はまだまだ殆ど見た事が無いのでどんなのが居たりするのかはどれも初見と言ってもいい。

 そんな魔物を従える従魔師はと言うと、片方は何だか冴えない顔した陰気そうな人物。ローブを羽織っていて「これぞ魔術師!」と言った感じの杖をその手にしていた。その肩には小鳥が。

 もう一方の方はと言うと飼育員の様な服でその手には鞭が握られていた。どっちも個性的な見た目である。二本角の馬に乗っていた。


 両者が睨み合い暫し。客席の歓声はワッと上がって、そして少しづつ静かになっていく。

 そうして幾らか落ち着きができた頃に何処からともなく開始のゴングであろう「カーン」と言う金属音が響き渡った。


 さて、従魔バトルはその従える魔物の特性を生かしたものとなるのだろう。

 小鳥からはその小さい身体からは想像もできない程の大きな「火球」が飛んで行く。その方向は相手の従魔師へ。

 しかしその火球の目の前に蛙が立ち塞がりその火球を見事に「丸呑み」にしてしまう。


 続けて小鳥から火球が放たれそうになっていたのだが、それを猿がキャンセルさせる。

 その掌を小鳥に向けて「水球」を撃ち込んでいたのだ。コレは小鳥の攻撃の妨害と相手従魔師への攻撃も兼ねている。


 コレをその巨体に見合わぬ速度で走り込んで来た象?の従魔が防ぐ。その頑強そうな体で水球を受け止め切った。

 ここで狼が走り出して二本角馬へと噛みつきを仕掛けようと突進した。

 しかし巧みな綱捌きで従魔師がコレを避け切る。避けた先で走り出しそのまま象の裏側に回って行く。

 どうやら直接相手への攻撃を仕掛けようと狙ったようだった。


 だがそこに小鳥の「火球」が馬を狙い撃つ。しかし従魔師がコレを自身の鞭で払い消した。どうやらその鞭は特注品なのだろう。綺麗に火球は消し飛ばされてしまう。


(へー、確か従魔師自身は戦わないとか言っていなかったか?前に出れば相手の従魔の一撃を貰えば即座に死に決定、みたいにメールンは言っていたはずだけど)


 そんな事はお構いなしと言った感じで戦いは続く。白熱した一進一退は観客のボルテージを上げる。


 従魔師も戦闘に加わって前に出る、というのは恐らくだが相手の従魔と自分の従魔との兼ね合いがあったりするんだろう。

 自身が前に出て戦う、そうした方が勝率を上げられる。そんな計算をして危険に従魔師自らも飛び込む。


 そんな戦いの決着は一瞬の隙を付いたものとなった。鞭を持っている従魔師の勝利になる。

 二本角馬に乗ったままに広い闘技台の上を走り回っていた彼はその手の鞭を相手従魔師へと巻き付けたのだ。

 そしてソレを即座に引っ張って場外へと相手を落として勝利したのだ。

 鞭の扱いも上手い、馬の操作も上手い、一瞬の隙を突く冷静さと大胆さも持ち合わせていると言った感じだった。


 この勝利に会場が一気に沸いた。賭けに勝った者、負けた者がその大半で。試合内容を称賛したりしている観客は非常に少なかった。

 その素晴らしい試合に拍手は無く、勝った負けたの雄叫びばかりが会場に広がる。


「うわぁ・・・俺みたいな視点で見てる奴なんて一人も居ないってか?嫌になるなぁ。今の試合って結構な駆け引きがあって見ていて純粋に楽しかったんだけど。」


 観客の「質」がどの様なモノかが分かってちょっと引く。しかし最初からここが「賭博」の場だということは知っていたのでそこまでショックは無い。

 ここでメールンが戻って来た。しかしその顔色は良い物とは言えない。


「・・・え、え、え、エンドウ様?よよよよ、宜しかったのでしょうか?この中に入っていた金額を言われた通りに処理をしてまいりましたが・・・幾ら何でも私こんな金額が入っていたなんて思いもよらなかったので手続き後に気付いて・・・その・・・一度賭けを申請したら取り消しも払い戻しもできないのですが!」


「いや、自分が勝つと分かっているから別に大丈夫。いや、この賭けの元締めがヤバいかな?」


「い、幾ら何でもエンドウ様があれ程の魔物を従えていると言えども、対戦相手はこの闘技場で頂点に一番近いと言われている従魔師の方です!絶対に勝てる相手とは言えませんよぉ!」


 何でメールンが泣きそうになっているのだろうか?ちょっと、と言うか、滅茶苦茶にビビっている。

 負ける事は有り得ないと俺は考えているが、それでも何かしらルールの穴を突かれて俺が負けるような事があっても俺が無一文になるだけでメールンが大損をする訳じゃ無いと思うのだが。


「あ、もしかして担当として俺が負けたりすると君に何かしらの処罰があるのか?」


「いえ、そう言ったものは無いですけども!と言うか!何でそこまで落ち付いていられるんです?あれだけの金額ですよ!?惜しくないんですか?」


「なんか話し方が負ける前提になってない?落ち着くのは君の方だってば。ほら、俺の試合を組んで貰えたんだよね?じゃあ出場口に案内してくれる?」


 俺のこの言葉にメールンはやっと自分を取り戻して「こちらです」と案内を始めた。

 まだまだ試合までに時間は有る。賭けをするのだからその客がベットする時間とその処理もあるのだ。

 恐らくは賭けのチケットを買う客を捌くのに相当に時間が掛かるはずだ。何せこのコロッセオには満タンに客が入っている。

 その誰もがどうにも賭けを楽しんで、と言うか、熱狂している風なのだ。きっと俺と言う新人と、そして相手となるこの闘技場頂点に近い従魔師の戦いは彼ら客たちの話題を攫うだろう。


 そしてオッズは相手が「1.3倍」で俺には何故かオッズが付いていない。


「なあ?何で俺の方にオッズが付いていないんだ?」


 俺は専用待機室に向かう途中でチラリと見えた看板を目にした。その疑問にメールンは。


「えっと、その、倍率を決める担当者が経営者と話合いをした所、その・・・「話にならない」となりまして。あ!私もその場にいてエンドウ様が凄い方だと言うのは説明をしたのですけれども。でも「うちの頂点に勝てる奴はいないだろ」とか言われてしまって、その・・・エンドウ様は「15倍」と言う事で決まりまして。あ、コレは規定で決まっているモノで、余りにも実力に差がある対戦は最大値がそうなるんです。」


 珍しい決め方もあるのだな、そう思った。確かにポッと出の今日に登録したばかりの従魔師が強い魔物を従えているとは言えいきなり強者に挑むなんて事はここの事業をしているオーナーからしたらふざけた事を、と思ってしまう部分があるはずだ。

 きっと相手のオッズの「1.3倍」などと言った率は客へのサービスと言う訳だ。

 幾らメールンがその目で従魔の強さを見た訳でも無いのに俺の「強さ」を説明しても説得力も無いはずだ。


「で、客の殆どはその相手に賭けたのか?」


「・・・九割九分は。と言うか、エンドウ様一人だけがご自身に掛けているので均衡が形だけでも取れていると言った感じでして。」


「じゃあメールン、君も俺に賭けてみない?儲けさせてあげるよ?あれ?このセリフって詐欺師のそれだな?」


「私は賭けを出来ない決まりになっています。運営側ですので。そう言ったモノは不正に繋がりかねませんから。」


 八百長は無いよ、そうメールンは言っているのである。まあ確かにそう言った賭けの元締めが試合結果を操作すると言った事を先程見た試合では感じなかったのでコレは本当なんだろう。

 先程の試合がもし仮に「演出」などと言うのであれば、それはそれで、それと分からせなかったたら良いのである。戦闘の専門と言う訳では無いが、俺が見た限りでも「真剣勝負」が繰り広げられていたと言える。

 まあしかし、従魔師にはスポンサーが付いていると言う事なので、そのスポンサー同士が裏で何か画策していた場合は分からない事ではあるだろうが。


 賭けの受付時間が終了近くなったので俺たちはクロの居る部屋に迎えに行く。

 こうして俺とクロが揃って出場者専用の入り口へと案内されて、さあ、会場入りだ。


「では、頑張って来てください。御武運をお祈りしています。」


 そう言って俺とクロを送り出してくれたメールンはまだ心配らしい。ちょっとだけその表情は苦い顔つきだった。

 俺は自分が負けるとは思っていないが、もしかしたら相手の熟練した「盤外戦術」に負ける可能性は否定できない。

 ルールの穴を突いて俺が負けるように仕向ける、それくらいの事はやってのけれるだけの「経験」が相手にはある。

 相手は長い事この従魔闘技場で戦ってきた猛者であるはずだ。ならばそれくらいの事はやって来るかもしれないと想定の中に入れておいた方が良い。

 俺は所詮今日帝国に入って、今日に登録したばかり、そして今日が初対戦である。生まれたばかりのヒヨコどころか、卵のままである。生まれてさえもいない様な状態だ。この帝国の事も、従魔闘技場の深い部分も全く何も知らない状態である。


「さて、存分に楽しもう。」


 俺は客の歓声を浴びながら舞台へと上がった。

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