コレが帝国の・・・やり方かぁァ!
その豪華な衣装を着た男の号令で魔術師たちがクロを囲んだ。そしてその全員が一斉に魔力をクロへと向けて放っている。
「・・・何をしているんだ?」
俺はただそれだけを問う。こんないきなりの事をされて少々イラついた。何の説明も無しにこうした行動を取るとは少々を通り越して失礼、と言うか、俺の事など眼中に無いと言っているようなものだ。
「・・・なんだこいつは?おい、お前、こいつは誰だ?」
「へい!そこの魔物の主人でさぁ。」
どうやらこの案内役は俺の事を騙したらしい。いや、こいつが発した「上の方」と話しをしてくると言った言葉の意味としては間違ってはいないと言えるか。
しかしここで怒りだけで話をしてもいけない。いきなり俺の従魔に対してのこの仕打ちはどう言った考えでの事なのかをちゃんと問いたださねばならない。
「何故俺の従魔にこの様な事を?何をしているんだこれは?」
俺のこの短い、そして単純な疑問と質問にどうやら「御貴族様」が答えてくれるようだった。
「は!貴様の様な者にこの立派な従魔は勿体なかろう?この帝国貴族、ワーリック様が貰ってやろうと言うのだ。光栄に思え。」
「なるほど、こいつの主人たる俺に何ら断りも無く従魔を奪うと言う事か。良く分かった。」
「奪う?馬鹿な事を言う。お前が私に対して献上する形になるんだ。それが不満ならこの場で貴様の首を俺が不敬罪として直ぐに切り落としてやっても良いんだぞ?」
どうやら本当にこの帝国の貴族だと言うその男が剣を抜く。背後で隠れている案内の鼠男は動けない。
いや、俺が逃がさない。今コイツにだけ俺は魔力固めを施してある。喋れるように足だけ固定して。
「俺は此処に案内された時にそこの案内に「上と話してくる」と、ここで待てと言われた。従魔を譲るなどと言う話は一切していない。献上なんて言葉も発してはいない。こうして勝手に人のモノを奪うのは野盗、盗賊と同じ行い、悪党と見なすが?それでもいいか?法に照らせば幾ら貴族と言えども罪人として判決が下る案件だろう。今やめるなら許しても良いんだが?」
「は!何処までも馬鹿か。もう既にそこの魔物は俺の従魔になっている。術式は発動し、既に刻印がその身体の何処かに現れている事だろう。さて?証拠を示して貰いたいものだ。何時お前の従魔だったのだ?その魔物は?ホレホレ、言ってみよ?さて、その裁判にどう言った証拠があると言うんだ?幾らでも私を訴えてみるがいい!」
「そうか、ならばそこの案内から証言をして貰おう。で、どうなんだ?」
俺がそう言葉を掛けるのだが、鼠男は自分の足が先程から地面から全く離れない事で焦っている。恐らくはこの部屋にこの貴族を案内したらさっさとズラかるつもりだったんだろう。この様子だともう金は受け取っているに違いない。
「・・・!な!何で俺の足が動かない・・・!?」
先程から小声でそう言い続けて必死に動き出そうとしているのだが、全く動けていない。
「・・・おい、貴様?様子がおかしいな?まさかこの愚か者に有利な言葉を吐くつもりなのではあるまいな?」
貴族は案内の男の首に剣を突き付ける。
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ!滅相もございません!その様な事をしたらあっしの首は胴と切り離されると分かっています!その様な事は天地神妙にかけて!誓って!喋りません!」
首を拘束で左右に振る鼠男。顔が真っ青だ。足が固定され動けないパニックに、こうして権力者から睨まれて剣まで突き付けられたのだからその顔から血の気が失せるのも分かる。
「そうか。ならお前も俺を騙した詐欺師だな?ならばこの貴族様と共謀と言う事でいいな。こんなふざけた真似するのが帝国貴族のやり口なんだな。とは言え、別に気にしないけど。」
帝国貴族とやらが全部が全部こう言った犯罪者ばかりとは決めつけはしないが、いきなりこうして一番初めに出会ったのがこう言ったクズだと気持ちも萎える。
「さて、クロ。どうやらお前はこのお貴族様の従魔になったらしいけど?そこら辺どうなんだ?お前はこいつの言う事に従うのか?」
「がううう?」
のそりと立ち上がってお座りの状態になるクロ。首を傾げて「何言ってんの?」と言った雰囲気なのだが。
しかしコレはこのお貴族様には通じていないようで。
「ふん!一々面倒な奴だ。ここでこいつに殺させるのもいいか。よし、やれ!この男を殺せ。」
随分と人一人を殺すのにスムーズだ。スムーズ過ぎる。いつも気に入らない奴が居るとこうして貴族の特権としてバカスカ殺人をしている奴なんだろう。慣れ過ぎている。
きっと殺した相手の死体は隠蔽でもして犯罪が露呈しない様にでもしているんだろう。貴族と言うくらいだからそれくらいの伝手と金は持っているのは当然か?
「どうしよう?いきなりこんな展開になるなんてなぁ?でも、ちょっとくらいは予想できていたけど。」
鼠男の胡散臭さもあって「こんな展開もあるかな?」と頭の片隅には置いておいたのだが。本当にそうなるとは普通は思わないだろう。
「おい!さっさとそいつを殺さんか愚図め!」
御貴族様はクロへと命令を発しているのだが、クロはソレを完全に無視して俺を見ている。その内情は「え?どうしたらいいのコレ?」であった。
何だか微妙に困った様な顔のクロ。それを見て俺は吹き出す。
「ぶふっ!いや、お前の自由にしていいぞ?このお貴族様の言う通りにしても良いし、逆に完全に無視してもいい。」
「何故私の命令が届かん!どう言う事だお前たち!コイツには既に刻印が施してあるはずだろうが!?」
「いえ・・・ソレが・・・」
魔術師の一人が何かを言い淀む。コレをお貴族様は大声で叱責する。
「伝える事があれば確実に言えと何時も言っているだろうが!」
俺はコレに思う。この貴族は人殺しを何とも思っていない。そんな奴の機嫌が損なわれるような事を誰が率先して口にしたいと思うだろうか?
只の報告をしただけでその内容が気に入らないから伝令役を切り殺す、そんな事もこの調子だとして来ているのではないだろうか?それも一度や二度だけでなく。
そんな無意味な殺人をしている所をこの魔術師が一度でも見ていればきっとこの場で報告をするのを躊躇うだろう。
何せクロにはその「刻印」とやらは入っていないのだから。
「ま、魔法陣は完璧に作動しております!失敗はしておりません!」
勇気を持って振り絞った声で報告をする魔術師。だがコレに怒りの声を上げるのは。
「ならば何故私の命令通りのソイツは動かない!貴様!死にたいのか!」
殺すとか、死にたいのか、脅し文句がその二つで、しかも本当に殺そうとしているのだから冗談で御貴族様は言っているのではない。
二言目の内容を誤ればきっとこの魔術師は御貴族様に斬り掛かられるだろう。
「も!もう一度!」
そう言って魔術師たちは青い顔をしてもう一度魔力をクロへと向けて放ち始めた。
先程は分からなかったがその瞬間に床に青い光で以前に師匠から教わった「魔法陣」が浮かび上がる。
「おー、こんな感じになるのかー。俺が前に師匠から教わったのは魔力を向上させる単純な物だったよなぁ。でもこれ、結構複雑な物もあるんだな。」
見ていると魔術師たちがどんどんと魔力を送るたびに魔法陣には複雑な紋様?が浮かび上がって来る。
どうやらコレがこのお貴族様の「刻印」とやらを魔物へと入れる魔法陣らしい。
光の強さが先程より増して「ピカッ」と光るとどうやら儀式が終わりらしい。床から魔法陣が消えていた。
「良し!やれ!そこの男を殺せ!・・・何故動かん!お前はもう私の従魔だろうが!主人はこの私だぞ!」
怒りで声を荒げるお貴族様。だけどもクロは一行に動かない。寧ろ俺へと「こいつ誰?」的な意識を俺へと向けて来ている。
そして我慢がならないとばかりに手に持つ剣を魔術師に向ける。
そしてスタスタ何ら力む事無く歩いてその剣を先程に話した魔術師へと振り切った。
「あらら、とんだ短気のアホ坊ちゃんだったかぁ。マジで殺すとか有り得ないね。でも、そんな事させないけど。」
そのお貴族様は若い。大体二十歳くらいか。そのお坊ちゃんの振り切った剣は魔術師を殺す事は無い。その魔術師は俺の魔力で保護しているから。
切った手応えが妙だったからだろう。てっきり切り殺したと思っている相手が無事な事に直ぐ気付いたお貴族様はまた憤る。
「何故・・・何故貴様生きている!死ね!死ね!死ね!」
再び三度剣をぶつけるが、魔術師は傷一つ負わない。
「俺の命令に背く気か!死ねと言われ何故死なない!」
アホの子ここに極まれりと思ってしまう。激昂していて自分とその目の前以外が全然見えていない。
さて、このお貴族様をこのまま生かしておくべきだろうか?ソレを俺は考える。
「目撃者が沢山いるんだけど、どうしようかなぁ?もうこんな害しか齎さない存在はいない方がマシじゃない?」
俺の言葉は今この場に居る者たちには聞こえていない。何故なら先程から飽きもせずに魔術師にお貴族様は斬りつけ続けていてそちらに視線が行っているから。
魔術師もずっと切りつけられているのに全く自分が死なない、傷一つ無い事に段々と冷静になっていく。
「こ、これは、いったい?」
この魔術師の困惑の顔を見てようやっとお貴族様が止まる。
「きさまあああああああ!何をしたぁ!?」
今度は俺に向かってきて剣を振るうお貴族様。でも先程まで魔術師に斬り掛かっていた状況と全く同じになる。
俺に全く剣が届かない。そうなると短気で直ぐに暴れるこのお貴族様はまたしても俺にずっと剣を振り続ける。
しかし一向に斬り殺せない為に息が上がり始めてゼイハアと呼吸が荒くなる。そこでやっと冷静さを取り戻し始めた。
「な、何者だ貴様は!?何故私の思い通りにならない!」
俺はこのセリフにどう言って良いやら困った。だけども次の言葉に一層俺は嫌な気分にさせられた。
「お前は私の奴隷になれ。さすれば何不自由無く俺が飼ってやろう。」
どの様な思考回路であればこんなセリフがこの状況で吐けるのか?
お貴族様がそんな事を偉そうな態度、そして何らおかしいと思っていない顔でぬけぬけと吐き出す様を見て俺は。
「あ、駄目だコリャ。」
突然の御貴族様のこの物言いに俺は咄嗟に手が出てしまった。しかも本気の踏み込みで、顔面に拳を振り切ってしまう。
俺自身もこんな行動に瞬時に出るとは思わなかったので寸止めができなかった。
何と言うか、身体が勝手に動いたと言うか、意識外の行動なのだコレは。
結果は最悪。いや、これ以上この御貴族様が何もやらかさない、という点で言うと最上かもしれない。
顔面は陥没、壁まで吹き飛んでその身体がめり込む程の威力で、即死だろう。
どうにもぶつかった衝撃で内臓破裂でもしたのかその口から「ごぼぉ」と盛大に吐血もしている。
「あぁ、やっちまった・・・かくなる上は・・・おい、案内の男。こいつの屋敷に案内しろ。あ、それと魔術師の皆さんもついて来てくださいね?クロはここで待機ね。あ、メールン、さん?ここでクロと一緒に留守番して貰っていても良いですか?」
そう、この場には逃げ出したり部屋を後にする事無くメールンが居た。一部始終を見ていた。
「わ、わ、わ、わ!私が!?」
「はい、スイマセンがこの部屋に誰も入らない様に廊下で近づく者たちに注意をしていてください。あ、別に誰も通すな、って事じゃ無くって。」
俺はこの部屋に入ろうとする者が居たら「ワーリック様がいらっしゃるので入らない方が身の為」と言って脅して引き返させようとすればいいと言っておく。
それでも無理に入ろうとする者が居ればこの件に巻き込んで貰って構わないとも。
俺は魔術師たち、それと案内の鼠男と一緒にこの「ワーリック」の屋敷へと向かうために部屋から出る。
「ひ!ひいいい!た、助けてくれ!命だけは!」
鼠男が何か言っているのだが、俺はコレに。
「案内の続きをお願いするよ。さあ、お貴族様の御屋敷に案内してくれ。」
とだけ述べる。コレに顏をこわばらせて固まる鼠男はおっかなびっくりに歩きながら道案内に徹する。
魔術師たちは茫然としたままに俺に付いて来ている。別に彼らには魔力固めなど施してはいない。
彼らは俺に対して「敵わない」と咄嗟に悟って言う事を素直に聞いているだけだ。
こうして俺たちは帝国貴族「ワーリック」の屋敷に到着した。
「さて皆さんには証人になって頂きます。では、屋敷の中に入るので魔術師の貴方が先頭で中に入ってくれますか?入ったら俺の指示に従って歩いてください。皆さんも一緒に付いて来てくださいね。」
こうなれば俺は自棄である。あれだけの暴君だったワーリックと言う貴族には裏が当然にあるだろう。
だからその証拠を全て差し押さえてこの国の「皇帝」にでも突き出してしまおうと言う魂胆である。
「ではこの部屋に入ってください。それからそこの壁の一番左の小さな突起を押してください。はい、では中に入りましょう。」
俺はもう既にこの屋敷の構造は全て把握してある。隠し部屋なんてモノも丸裸だ。
その隠し部屋に今の全員で入る。そしてそこにあった証拠資料を全て回収させた。その回収する用の箱は俺が用意している。もちろんインベントリから出した箱である。
ソレを魔術師全員で運び出させる。鼠男にも協力させて。
「さてこのままこの帝国を統べる一番上の人にこの資料を全部提出しに行きましょう!早速レッツゴー!」
俺の言葉に魔術師の誰もが顔を青褪めながらも反対の意見すら上げない。逆らおうとしてこない。
鼠男の方はと言うと「コレは夢だ、夢なんだ」と呟くと「ハハハ・・・」と乾いた笑いを漏らしている。どうやら精神が持たなかったらしい。
この場に居る俺以外の全員が資料が満タンの箱を持ち屋敷を後にする。
そしてそこから大通りへと道を変えて進む。足取りはそこまで早く無いが、確実に前へと。
コレに大通りの者たちは何だ何だと遠巻きに俺たちの事を野次馬根性で眺めに来る。
そしてソレは異様な光景になった。俺たちの進む先に誰も人が立ち塞がらない。道の脇へと寄ってしまったのだ。
俺はこんな風になるとは思わなかったのだが、なってしまったモノはしょうがない。
さて進んでいる方向はあの天まで届けと言わんばかりな突出した高さのあの塔なのだが。
そこにこの帝国の一番偉い人が居たりするのだろうか?俺はこの集団の先頭を歩いている訳では無かった。
ワーリックに斬り掛かられていた魔術師が先頭を歩いているのだ。
「このまま歩いて行けば「皇帝」にコレを渡せるのか?」
もちろんこの箱の中身は今までワーリックがやって来た犯罪の数々の証拠資料である。
コレを木っ端役人に渡すなんてマネはしない。皇帝とやらに直接突き付けるつもりである俺は。
「こ、皇帝陛下の城はあの、塔の手前にある。・・・わ、私たちは用済みになれば・・・殺すのか?」
「は?別にそんな無意味な事しないけど?証人になって貰うって言ったのに、俺がそれしてどうするの?俺が思わずあの御貴族様を殺しちゃった事を有耶無耶にするためにやってるんだから。アナタたちを殺す意味が無いでしょ?」
この答えに何を感じたのか俺には分から無いが、魔術師たち全員が顎をダラしなく落として唖然としていた。解せぬ。
俺は最初から証人になって貰うとちゃんと口頭で伝えていたはずだ。なのにソレを全く理解して貰えていなかったとは。
そんな魔術師の彼らに対して俺が一つ溜息を吐いた時にその集団はやって来た。
「我らは帝国治安部隊の者だ!貴様たち、所属と役職名を名乗れ!」
「あー面倒臭いなー。さっさと行こうか。構ってると時間の無駄。目的地まで遠いしね。このまま進みますよー?」
俺は彼らを無視しようと思っていたのだが。
「名乗れと言っている!」
治安部たちだと言う者たちが武器を構える。それは槍。デザインは至ってシンプルな物。
俺たちの前方を七名で、後方を八名で塞がれて槍を突き付けられたのだが、ここで魔術師が素直に吐いた。
「私はワーリック・コレザイム・アレスタリアン様の下で働かせて頂いておりました魔術師。名をコルミダシラスと申します。我々は皇帝陛下に直に「告発」をしに参る途中で御座います。」
もうきっとこの魔術師の代表とみられるコルミダシラスと言う男は覚悟が決まったんだろう。
俺の言葉にあっけに取られていた姿も、顔を青褪めさせていた姿も、もうそこには無い。
覚悟を決めて全て受け入れる、そんな強さを持った表情へと変わっていた。
この治安部隊とやらはきっと野次馬たちからの通報からここにやって来たのだろう。それはもうどうしようもない事だ。
だけども此処からどうするかだ大事なのは。この魔術師が俺の事を「こいつがワーリックを殺した」と口にすれば次は瞬く間に俺が治安部隊に包囲される事となるだろう。
俺はその事を直ぐに思い付いてこのコルミダシラス、長いのでダシラスと俺の中だけで呼ぶ、の次の言葉を待つ。
しかしその警戒は直ぐにあっけなく必要無くなった。
「ここにある資料は全て犯罪資料に御座いますれば。皆様方には護衛として皇帝陛下の元まで付いて来て頂きたい。コレを見つけたのは此処に居ります方のご協力無くしては為しえなかった事であります治安部隊の方々。」
そう言ってダシラスは俺の方へと視線を向けてきた。コレに俺が逆にポカンとさせられる番になった。
「ソレは、本当か?ならばその真偽の為にも我らが護衛をするとしよう。」
どうやらこの治安部隊が付いて来てくれるそうだが、俺はここで思った。
(あれ?これもう俺同行しなくても良さげじゃない?それに何だか今更になって来たけど、皇帝に直接会うって滅茶苦茶面倒事に巻き込まれるんじゃないか?と言うか、押し付けられる?)
すんなりと治安部隊がダシラスの申し出を受け入れたものだから俺はこれからどうしようかと悩む。
クロの元に戻って直ぐにでもズラかるか。それともこのまま一緒に行った方が後々で楽になるのかどうかを考える。
まだ帝国のその御城には距離がかなりあるので歩きながらどちらにするかギリギリまで迷う事になった。
城に辿り着く前に俺は途中でダシラスに話しかける。
「なぁ?皇帝ってそんな簡単に会えるモノなの?つか、何で治安部隊が一緒に来る事に?」
「・・・彼らは皇帝陛下直属なのだ。帝国は犯罪に対してはかなり厳しい法を敷いている。この犯罪の証拠が誰かに奪われぬ様にとこうして付いて来てくださっている。」
「いや、それにしたってすんなりと行き過ぎでしょうに?しかも俺は今日帝国に入ったばっかりの余所者だよ?と言うか、治安部隊が皇帝直属って、それ、ありか?」
変な所に気が行ってしまう。疑問だらけだ。犯罪に目を光らせていると言うのであればワーリックと言う貴族の犯罪ももっと前にでも取り締まって欲しかった。
そうすればこんな面倒な状況に俺もならずに済んだと言うのに。と言うか、まあ、こうした貴族の犯罪は表に出にくいだろうし、隠されたら見つけにくいし、立証もしにくいと言うのは何となく理解はあるが。
もしかするとこのコルミダシラスと言う魔術師は有名人で信用と言うのが高いのかもしれない。
この国での魔術師の身分の高さなどを調べる気も無いのでどうでも良いのだが。
皇帝にこのまま会うのか?それともトンズラこくか?その二つに一つを悩みつつアレもコレもと出て来る疑問であっと言う間に城の前に到着した。
巨大な門と城壁。広大な敷地に芸術の粋を凝らした城の外観。まあ素晴らしいの一言だ。
この城もどうやら観光の名所の一つらしい。周囲にも俺と同じくこの城の煌びやかさに感動している者たちが居た。
とは言え、そんな人たちは城壁の上にチラリと見える城の一角しかその視界には入らない。
俺たちはそもそも門を通って城の敷地内に入っているのだ。城の全貌がこの目に入っている。
(あちゃー、流れに乗っていたらこのまま城に入る事になるぞ?どうする?いっその事ワープゲートで逃げちまうか?いや、会えるって言うなら会ってみるのも面白いか)
一期一会などとは言わないが、せっかく会えると言うのであればあって見てもいいかと思い直す。
恐らくはこんな事が無い限りきっと俺は皇帝なんてモノに興味も抱かずにこの帝国を楽しんでいた事だろう。
どうせここでの目的など有って無い様なモノである。気まぐれや流れに乗って気ままに遊べばいい。
俺たちは門番に止められる事も無く、警備兵たちにも咎められる事無く、城の内部を真っすぐ進む。
「って、いやいや、どう言う事よ?何で誰も引き留めたりしないの?あれ?マジで誰も近づいて来ないよ?良いの?」
俺の方が逆にこの状況に驚かされる。城の警備なんて言ったらもっと厳重で、怪しい者が居たら即座に拘束だろうに。
どうにも城勤務の文官だろう者たちもこちらの歩みを止めてくる様な事も、立ちはだかって来る事も無い。
「どう言う事なのよ?」
再び俺はダシラスに問う。しかしコレの返答が「会ってみれば分かります」と。
コレに俺は内心で「おいおい」と唸るのだが、もう既に謁見の間であろう扉の前まで来てしまった。
その扉が自動で開いて行く。スーッと音も立てずに静かに。
「よう!前触れは来ていたからもう大体の流れは分かってる。こっちに来てくれ。早速だがそれを見せて貰おうか。」
そこに居たのは凄く爽やかジャニーズ系イケメン。しかも気さく。滅茶苦茶気さく。
「コルミダシラス、お前はワーリックの所の魔術師って事だが。告発と言ったらしいな?その経緯と覚悟は後に問う。さて、それじゃあここの上に取り敢えずは並べられるだけ出してくれ。」
此処は謁見の間のはずなのだ。奥には黄金に輝く玉座がある。だがしかしこの皇帝はそこに座っていないのだ。
この場には良く会議室とかでみられるテーブルが五つ程並んでいる。その前に皇帝が立っているのだ。
「え?この人が皇帝?威厳も何も無いね?恰好も何だか普通の文官の恰好?」
ここまで来るまでに胸に書類関係を抱えた者たちとすれ違っている。その者たちと似た服を着ているのだ皇帝が。
「そう言えばそこの君、この僕でも今までで一度も見た事が無い服だねそれ。ちょっと見せてくれない?」
「いやいやいや、先にコッチ優先しないのかい!気が散り過ぎだろ?って言うか、本当にアンタが皇帝なの?偉い人の態度じゃ無いんじゃないのソレは?」
俺はこの皇帝の変なテンポに乗せられて困惑してしまう。
「おっと!君はそう言えば協力者と聞いていたな。後でコルミダシラスと一緒に話を聞かせてくれ。・・・そこの君も一緒に、ね!」
そこの君とは「鼠男」の事である。この鼠男、ずっとダラダラと冷えた汗を掻きっぱなしであった。
何せこんな事が無かったら一生縁の無い城にこうして今居るのだから汗の一つも出すだろう。
だけどもそれ以上に、皇帝と会うし、その皇帝に直接指名されて後で事情聴取するとまで言われたのだ。この先の自分の人生を思い滝の様に汗を流してしまうのはしょうがない。
鼠男に逃げ出す機会は無い。あったとすればきっとワーリックをあの部屋に連れて来た瞬間だけだっただろう。
「マジで本物なら俺の言葉遣いを声を荒げて注意してくる奴がこの場に居ても良いはずでしょ?誰かー?誰かいないのかー?」
俺はこの場でそんなふざけた物の言い方と態度でずっと居るのに、何故か壁際で控えている文官たちは俺へと何も言ってこない。
玉座の横に立っている滅茶苦茶鋭い眼光を持つ、どうにも宰相と見られる人物でさえ何も言ってこないのである。異常だ、これは。
そんな俺の事など関係無いと言った感じでダシラスとその他の魔術師は箱からドンドンとワーリックの犯罪の証拠をテーブルに並べていく。
取り敢えずはここにあるテーブルに並べられるだけの数を出した所で皇帝が動く。
「それじゃあ一つ一つ見て行こう。」
皇帝がそんな事を口にしてテーブルの端からその資料を手に取り見ていく。
一つ一つ丁寧に手に取っては中身に目を通していく。その速度は速く、次、その次とどんどんと進む。
「いやー、コレはもっと早い段階でワーリックを消しておくべきだったなあ。これだけの数の罪を重ねていたなんて。要注意人物として見張っていたはずなんだけど。まあしかしお手柄だよ。ウチの諜報部でも調べ切れていない犯罪の証拠もこの中に一緒にあるみたいだし。じゃあ早速ワーリックを消す為に暗部に命令を出そう。容赦しなくて良いと付け加えておくのも忘れちゃ駄目だな。」
ある程度の数を読み終えた皇帝はそんな事を気軽に口にした。